早朝。世紀末な時代に出てきそうな、パンクな格好をしたモヒカン頭の男が馬小屋から出てきた。彼は見た目に反して善良であり、例えば新人冒険者にそれとなく助言をしたり、右も左も分からぬ日本人の少年に受付のお兄さんがホモである事を教えたりするぐらいには良い人である。
そんな彼は、馬小屋から出たところで誰かが倒れているのを発見した。
「お、おい! 大丈夫か⁉︎」
慌てて駆け寄り抱き起こしてみれば、それは昨日の日本人の少年であった。顔が赤く、風邪でも引いたかのように発熱を起こしており、呼吸も荒い。
「風邪引いたのか! まだ寒い時期に油断するから……! おい兄ちゃん、しっかりしろ!」
「……うぅ……す……すみま、せ……」
「意識はあるようだな。ああ、喋らなくていい。とりあえず教会に連れてってやるから」
「ち……違……あの……う、ウィズさん、の……ところへ……」
「……ウィズ……? ウィズ魔導具店の貧乏店主さんの事か? 何で……」
「お、お願い……しま……ウィズさ……とこ……へ……」
そこで少年の意識は途切れた。
★
「……ぅ」
カズトが目を覚ますと、視界に映ったのは見覚えのある天井であった。身体を起こして辺りを見回してみれば、やはり見覚えのある部屋の中。
そして、何だか覚えのある気怠い感覚。
「あ、目が覚めましたか?」
更に聞き覚えのある声と台詞。
「……何から何まで本当に申し訳ありません」
全てを悟ったカズトはまず、DOGEZAした。
それから十数分ほどカズトは謝罪し続け、ウィズがそれを宥めて。ようやくカズトが落ち着いたところでウィズは切り出した。
「それで、カズトさんはどうしてまたあんな状態になっちゃったんですか? 無限の魔力があるにしても、魔法を使って魔力を減らせば、ああはならないと思うんですが……」
「えっと、俺もそう思って寝る前に外で魔法を使いまくってから床に就いたんです。でも、朝起きたらあんな状態になっていまして……」
つまり、カズトが眠っている間に魔力が回復し、更に許容量を超えて魔力を溜め込み、再び魔力が暴走を起こして昏倒状態に陥った、という事である。
「ヤバイと思って魔法を使おうとしたんですけど、全然集中出来なくて……それで、また迷惑を掛ける事になってしまうけど、ウィズさんのところに行こうと思いまして……」
そして、途中で動けなくなって世紀末な彼によって助けられた、という流れである。
「そうだったんですか……えっと……困りましたね……」
「……はい」
二人揃って苦笑いを浮かべる。カズトは眠る事が出来なくなってしまったも同然なのだ。
「えっと、それでですね……こんな事を言うのは本当に、その……申し訳ないんですけど……」
カズトは既に何度もウィズに迷惑を掛けている。彼としては、これ以上彼女に迷惑を掛けるのは本当に心苦しい。が、この件に関してはカズト自身の命が懸かっている。ここで躊躇うという事はつまり、彼の死に繋がると言っても過言ではない。
カズトは意を決して言葉を紡ぐ。
「あの……俺をここで住まわせてもらえませんか……?」
「…………えっ?」
その言葉を理解するのに、ウィズは十数秒の時間を要した。
「あ、あの……? それは一体どういう……?」
「いきなりこんな事を言われても迷惑ですよね……。でも、本当に申し訳ないとは思っているんですが、今のところウィズさん以外に頼れる人が居ないんです……。朝起きた時にウィズさんに魔力を吸い出してもらわないと、魔力の暴走を起こしてそのまま死んでしまうかもしれませんので……。あの、雑用でも何でもするので、どうかお願いします」
「え、えーっと……」
何と答えたものかと迷うウィズ。
率直に言って、店の経済状況的に人を雇うような余裕はない。閑古鳥が鳴いている現状、人手は全く必要ないのだ。
それに、ウィズは女性でカズトは男である。会ったばかりの男と同じ屋根の下で共に暮らすというのも、余り気が進まない。
かと言って、カズトの事を見捨てるというのも後ろめたい気持ちがある。放っておいたらどこかで魔力が暴走を起こし、野垂れ死にしてやしないかと考えると気が気ではないし、本当にそんな事になったら確実にウィズのトラウマになるだろう。
暫く悩みに悩んだ結果、
「…………分かりました。良いですよ」
「……っ! あ、ありがとうございます!」
どこまでもお人好しなウィズは、結局了承したのだった。
「ただ、ウチのお店は本当にお客さんが、その……少なくてですね……」
『少ない』どころか『居ない』と言っても差し支えないのだが、ウィズは少しだけ見栄を張った。
「流石にカズトさんを雇う余裕はないと言いますか……」
「あっ……だったら、俺は冒険者ギルドでクエストをこなしてお金を稼いできます! 勿論、その内の幾らかをお店に入れます!」
「ええっ⁉︎ あ、あの、そこまでして頂かなくても……」
「いえ、そうさせてください! 沢山迷惑を掛けてしまいましたし、何よりウィズさんは俺の命の恩人ですから、そうしないと俺の気が済みません!」
「あ、あの……で、ですが……」
「アレです、家賃を支払うようなものだと考えてください。居候させて頂くというのに何の対価も払わずにいられるほど、厚顔無恥ではありません」
「お家賃、ですか……。うーん……分かりました、そこまで言うのでしたら……」
「ありがとうございます!」
両手を床につけ、頭を下げるカズト。それは見事なジャパニーズDOGEZAであった。
「あ、頭を上げてください、カズトさん……。それより、これからどうされるんですか?」
「あ、えっと……今日は冒険者ギルドでクエストを受けようかと思っていたんですけど……」
「そうですか。でしたら、ギルドでクエストを受注した後、一度ここへいらしてください。私がお手伝いします」
「ええっ⁉︎ いえ、あの、お店の方は良いんですか⁉︎ 自分一人でも別に大丈夫ですけど……」
「お店の方は、今日はお休みにします。たまに商品の仕入れとかでお休みする事はありましたから。……多分、今日もお客さんは来ないでしょうし……」
言いながら著しくウィズのテンションが下がる。実際のところ、彼女の言うとおり『客』は来ない。たまに人が足を運ぶ事もあるにはあるが、それらは基本的にウィズの事を見に来た冷やかし者だけであり、何も買わずに去ってゆくのだ。つまり、客ではない。
ウィズは「それに」と付け加え、
「カズトさんは冒険者ですから、他の方にパーティーを組んでもらうのは難しいでしょう。ですから、今回は私が同行します。あと、放っておいたら、またどこかで倒れているんじゃないかと心配で……」
「…………重ね重ね申し訳ありません」
カズトは本日三度目のDOGEZAを行った。
★
そんなこんなで十数分後。
「クエストを受けてきました」
冒険者ギルドに行っていたカズトが店に戻ってきた。
尚、あの
「どんなクエストを受けられたんですか?」
「えっと、森に棲むゴブリン三十匹の討伐です」
「さ、三十匹ですか……⁉︎ そ、そうですか……」
明らかに駆け出しの冒険者が受けて良いクエストではない。ウィズは改めて同行を申し出て良かったと、内心そう思った。
「……カズトさん、次からはもう少し難易度の低い依頼を受けてくださいね?」
「えっ……あの、一番難易度の低いものを選んだんですが……」
「…………」
今の時期は冬の終わり掛けである。暖かくなり始めるのはまだ当分先だが、モンスター達はこの時期から活発になり始める。冬の間は難しいクエストばかりが張り出されるが、この時期から段々と難易度が低めのクエストが増え始めるのだ。
とはいえ、その中に駆け出しが受けられるようなクエストは存在しない。暫くはカズトに付き合わなければならなさそうだと、ウィズは溜め息を吐きたい気持ちになった。
そんな、なんとも言えないような表情を浮かべるウィズを見て、カズトは不安気に尋ねる。
「あ、あの……もしかして、ゴブリンって結構強かったりするんですか……?」
「あ、いえ……個体としてはかなり弱い方ですよ。中級魔法を使える今のカズトさんなら、一対一の状況下であればまず勝てるでしょう」
「……一対一ならって事は、多対一の状況下では確実に殺されるって事ですね……」
「えっと、そうですね……戦い方によっては勝てる見込みもあると思いますよ。というか、問題なのはゴブリンではなくて、その周りを
「……初心者殺し、ですか?」
あの受付の
「初心者殺しっていうのはですね、全身が黒い体毛で覆われた虎のような見た目のモンスターなんですよ。そして、初心者殺しは狡猾な性格をしていまして……ゴブリンやコボルトといった初心者の冒険者の方でも比較的楽に倒せるモンスターの傍らをウロウロして、それらを討伐に来た冒険者を狙って狩る、その名が示す通り初心者殺しのモンスターなんです」
ウィズの説明を聞いたカズトの顔から、サーっと血の気が引いた。もしもこの説明を聞かずにクエストへ出ていたら、間違いなく死んでいた事だろう。
「……ま……マジですか……」
「ええ、マジです。個体としても強いので、今のカズトさんでは間違いなく勝ち目はないでしょう」
「……あ、あの……クエスト破棄してきた方がいいですか……?」
「いえ、大丈夫ですよ。今回は私がついていますから」
「……重ね重ね本当に申し訳ありませんありがとうございます」
カズトは本日四度目のDOGEZAを行った。