ロクでなし魔術生徒の残念王女   作:サッドライプ

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 誰だっけ?とか言わないの。




アストレイ先生!アストレイ先生じゃないか!

 

 ルミアが、グレていた。

 

 私はルミアのことは、母親に捨てられたばかりで自暴自棄になっていた頃しか知らない。

 そんな明らかに平静を欠いた特殊な状況下での彼女を見て本質的にあの子はどういう人間かなどと語れるほど、私は厚かましくはないつもりでいる。

 

 けれどお父様もお母様も、当然ながら引き取るもっと以前のルミアを知っていて、子供ながらに聡明で優しい子だったと言っている。

 二人の人を見る目を疑うなんて有り得ない以上、それはきっと事実の筈だ。

 

 では、今のルミアはどうなのか?

 

 確かに本職顔負けの魔術講義には驚いた。

 栄養状態も……むしろ私よりいい物食べてるんじゃないかというかその胸分けて欲しいっていうかそんな感じで、教育面でも食事面でも、相当に恵まれた環境に彼女は今居るのかもしれない。

 

 それ自体は、誘拐されてからどんな目に遭っているのか怖くて仕方なかったのを考えれば喜ぶべきことで。

 与えられた環境をちゃんと糧にするのは本人の努力だから、ああいう態度の裏で相当の研鑽を重ねていることは想像に難くない。

 

 問題は、その研鑽を鼻にかけない……だけなら寧ろ美徳なのだけれど、その研鑽になぜか何の矜持も持っていなさそうなところ。

 

「―――――」

 

 にこにこ。

 

 ヒューイ先生の時とはうってかわって、花も恥じらうような可憐な笑顔でじっと初老の講師の授業を聴いている―――ように見えるルミア。

 先程の『学生ごっこ、飽きた』発言やその後の魔術講義の強烈な記憶も鮮やかな生徒達が、一体何事なのかとしきりにこちらをちらちら窺っている。

 

 けれど、彼らの表情を見る限り、私以外に“それ”に気付いてる人はいないと思う。

 私だって、すぐ隣でルミアを気にしていて先生の板書や話すタイミングとそれに対応する彼女の挙動にほんの些細な違和感を察知できなければ騙されていたに違いないのだから。

 

(そこまでして授業受けたくないの、ルミアっ!?)

 

 黒魔【セルフ・イリュージョン】。

 光を操作して自身を別の物に見せる幻覚魔法で、“授業を真面目に受けているっぽいルミア”の姿を纏っているルミア。

 魔術師として最高峰の位階である第六階梯に立つというカロン教授が特別講義ということで過去の偉大な魔術師達を紹介しながら哲学史に言及し、魔術師としての普遍的な心構えと思想を説いてくださっている中、それを真っ向からおちょくるような真似をしでかしている彼女を、さてどうしたらいいのか。

 

 やめさせる?どうやって?

 下手にルミアに呼びかけたりして、暴き立てるような形にできるほどの度胸は私にはない。

 教授格の先生の授業でトラブルを起こして目を付けられることになれば最悪家にまで迷惑が、という理由もなくはないけれど―――それ以上にまだルミアとどう向き合うかも決めかねている状態で、積極的に彼女にぶつかっていく勇気がない。

 常に正しくあれ、フィーベル家の娘として誇りを持て、普段から自分に言い聞かせている言葉でさえ、この場で貫くことに迷いを振り払えなかった。

 

(………そうよ、カロン教授だって第六階梯の大魔術師。学生の偽装なんか分かってて見逃してるに違いないわよ)

 

 逃げ道の口実だとは、自覚していた。

 

 

「最後まで気付けないとか……脳味噌に術式しか詰まってないだけなんじゃねーの、あの爺さん」

 

 

 授業終わりにルミアが呟いた言葉なんて、聞こえないっ!!

 

 

 

 

…………。

 

 午後の授業は魔術実技、ということだった。

 繊細さを表に出した建築様式の校舎に挟まれた校庭で、左胸に大きく円形の的を現す紋様を刻まれた等身大の人形が立ち、そこから十歩ほど離れた地面に引かれたラインを先頭にして私達のクラスが整列させられている。

 

 そして、その的に突き刺さる紫電が都合六発。

 

「このように、諸君らには攻性呪文(アサルト・スペル)で的を射貫いてもらう。

 回数は六回、その結果いかんで現時点での諸君の力量を見ることとする」

 

 怜悧な声で授業の趣旨を説明するのは、眼鏡をかけた神経質そうな比較的若い男の先生。

 精確に、そしてほぼ息を吐く間もないほどの短時間に【ショック・ボルト】を六連射してみせたことから相当に高い実力を示していた。

 名前は、確かハー――――、

 

「すいませーん、それで何で俺が先頭なんすかね?なんかさっき急に俺だけここに立てって言ってきましたけど………えっと、ハーマイオニー先生、でしたっけ?」

 

「ルミア=レーダス、貴様今何故私の名を女性のものと間違えた!?」

 

 名前は、ハ、ハー……ぅぅ、ルミアのせいでハーマイオニーっていう言葉が邪魔してうまく思い出せない。

 ハマ、ハマー、……ハマーン先生?は四角い細メガネ越しにルミアをじろりと睨みつけると、詰問するような口調である事実を口にする。

 

「なるほど、教師を舐め腐ったその傲岸さとふてぶてしい態度。

 保護者のセリカ=アルフォネアと瓜二つだな、忌々しい」

 

「「「…………!?」」」

 

「え、嘘……!」

 

 ルミアの保護者、そう言って出された名前にクラス中が騒然となる。

 何故ならその名は前人未到の第七階梯に唯一到達し、二百年前に邪神の眷族を討滅したという生きる伝説のものなのだから。

 現在はこの学院で教授をしている、というのは耳に挟んだことがある。

 でも、こんな形で急に関わりがあるなんて。それも、ルミアがそんな人のところで過ごしていたなんて。

 

 そう思ってルミアの方に視線を向けると、むすっとした表情でハマーン先生?を睨み返していた。

 

「だからなんだ?人の家庭のことをこんな大勢の前で持ち出して」

 

「ふん、忠告しようと思っただけだ。

 この学院には貴様より有能な魔術師は講師に限らずいくらでもいる、せいぜいその生意気な鼻柱を折られんようにな」

 

「ご忠告痛み入りますよっと。で、さっさと始めていいのか?」

 

「くく、ああ、さっさと始めるといい。

 何、ああは言ったがあのセリカ=アルフォネアの弟子のことだ、良い模範となることを期待している」

 

「――――ハッ」

 

「る、ルミア……!」

 

 険悪な雰囲気がルミアの鼻にかかった嘲笑で締められる。

 緊迫した空気の中、意に介した様子もなく線上に立ったルミアが左手を突き出して呪文を唱え始めた。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て―――、」

 

「ふふ、《歩みを刻め》」

 

(――、ルミアッ!?)

 

 マナの高まりに合わせてルミアの正面に展開する黒魔【ショック・ボルト】の魔法陣。

 けれど、起動して煌々と光照らし始めたその先から的どころか人形の姿がふらふらと移動していく。

 

 後で推察した話になるけど――――件のアルフォネア教授の件でルミアにいい思いを持っていなかったハマーン先生?が彼女に恥を掻かせるべく、人形を僅かな手順で移動させられるように細工を仕込んでいた。

 そして、それを見たルミアは口元を吊り上げてにやりと笑い、

 

「・“討ち果たせ”》」

 

 “撃ち倒せ”と唱えるべき呪文を何故か別の言葉で締める。

 言い間違いかとその時は思った、けれど―――魔法陣から放たれた電流が、不自然な湾曲軌道を描いて、移動した的の中心へと吸い込まれる。

 

「………馬鹿な。初級汎用とはいえ三属の【ショック・ボルト】を誘導追尾性能を持たせるように即興改変しただと?それも、この僅かな時間で」

 

「スケてんだよ、そういうやり口。

 実際【ショック・ボルト】が誘導性能持ってたって、普通ならだからどうしたレベルの魔術にしかならんが」

 

 魔術の即興改変。

 本来の魔術から、ルミアが今やったように性質を変化させることができるなんて、聞いたこともなかった。

 それだけに、ハマーン先生?の驚いた顔からしても、彼女がやったことは難易度の高い技術になることは間違いない。

 

「で?良い模範、ってのはこういうのでいいのか?」

 

「くっ……」

 

 改変【ショック・ボルト】を六発撃ち終え、当然のように全段命中させたルミアがにやにやしながらハマーン先生?に向き直る。

 苛立った様子の先生だったけれど、けちをつける余地もなかったのか次の生徒に交代を命じるだけだった。

 

 

………空気が悪い。

 

 明らかに上位者である魔術講師と生きる伝説の後見を受けた実力確かな不良生徒。

 その両者が軋轢を抱えた中で、生徒達が入れ換わり皆の前で射撃訓練をしていくという単調な時間が流れるものだから、より一層重くなっていく。

 

 そんな状況で、ただでさえ未熟な入学したての一年次生の私達が実力をうまく発揮できる訳もなかった。

 この魔術学院に入学できた以前で誰も多かれ少なかれ英才教育を受けているので、流石に攻性呪文(アサルト・スペル)を何一つ使えない、という生徒はいない。

 けれど緊張が呼吸と精神を乱し、講義をうけたばかりのマナ・バイオリズムの制御すら覚束ないような状況でなんとか発動させた魔法がまともに的を射貫けるかというと否でしかなかった。

 

 そして前の生徒が失敗する度にハマーン先生?は「この年のこのクラスは生徒の質が随分と低いようだな」などと言って苛立ちと失望を重ね、それがより空気を悪くし後の生徒にプレッシャーを掛ける悪循環。

 そして見るからに気弱そうな丸メガネの女の子が的の遥か手前の地面、半分も進んでいない地点に魔術を着弾させてしまったところで具体的な叱責が始まってしまった。

 

「もういい、やる気がないなら帰りたまえ。ここは優秀な魔術師がその才能を更に発展させる為に研鑽する為の学院だ。落ちこぼれをわざわざ拾う必要などない」

 

「そんな……っ、あと五回残ってます。次からはもっとちゃんとやれます!お願いします、チャンスをください!」

 

「時間の無駄だ」

 

「ひ……、ぅ…」

 

(――――)

 

 睨まれた女の子が俯いて涙をその瞳に溜めていく。

 私はそれを見て頭がかっとなっていくのを感じる。

 

 先生の苛立ちも分かる。ルミアの態度には問題しかない。

 かといって先生がルミアにしようとしたこともいい大人がするような分別のあることじゃないし、まして八つ当たりでちょっと最初にミスをしただけの新入生を泣かせていい理由になんてなる訳がない。

 

 この正しさについて迷う余地なんてない。

 だから私はそのことを弾劾しようと声を上げようとして――――、

 

 

「お、なんか授業止まってる?なんか丁度魔術射撃の復習したい気分だから、的使わせてもらおうかなー」

 

 

 わざとらしいくらいに陽気なルミアの声に出鼻を挫かれた。

 集まる注目を今回もまるで無かったかのように歩きだし、女子生徒と先生の近く、射撃地点の線上に向かっていくルミア。

 

「まず射撃姿勢。基本は足を軽く開いて背筋はまっすぐ、重心を安定させること」

 

「ルミア=レーダス!貴様何をっ」

 

「あ、あの……ルミア、さん……?」

 

「術の発動起点である左手は真っ直ぐ目標に向けて、右手は添えるか逆側に構えてバランスを取る。

 銃の射撃みたいにデカイ反動がある訳じゃないとはいえ、人に危害を為すレベルのエネルギーが眼前で発生するんだ、へっぴり腰で扱えば当然手元も集中も狂うからな」

 

 語る通りの立ち姿勢を実演しながら、先生と女子生徒を無視して“独り言の復習”をルミアは話し続ける。

 

「慣れるまでは起動が完了するまで目標から目を離さない。

 狙ったところに確実に向かっていく、そういう命中補正までちゃんと術式に含まれているからこその汎用魔術なんだから、静止した的を外すのはまともに起動していないか“狙ったところ”をちゃんと確定し切れないから以外に理由はありえない

 あとは、適量のマナで普通に術式を起動すれば―――、」

 

 そう言って三度、今度は改変無しで【ショック・ボルト】を唱えるルミア。

 紫電は正三角形を描くように的ギリギリのところを等間隔に掠めた。

 

「あれま、外しちまった」

 

 どう見てもただ命中させるより精確なことをやっていながら、惚けるように笑って女子生徒に向き直る。

 

「悪かったな“リン”、邪魔しちまって。

 さ、残り五回を見せてくれよ、期待してるぜ?」

 

「う、うんっ!」

 

「待て、貴様ら話を勝手に」

 

「黙って見てろや、ハズレ先生。押し問答してる方がよっぽど時間の無駄だろうが」

 

「ハズレ…ッ!?」

 

 先生の名前はともかくというか多分わざとでしょうけど、話したこともないクラスメイトの名前を覚えていたというの、あの居眠りとサボりしかしていないルミアは。

 そのルミアがリンという女子生徒に向けている視線には、確かな優しさと期待が籠っていた。

 

 

 お前はやればできる、落ちこぼれなんかじゃない、って。

 

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》っ!!」

 

 

 そしてリンは、その期待に応えた。

 ルミアの言ったことをちゃんと守って撃った魔術は、見事的の中心を捉える。

 

 その成果を確認したリンが、見てるこっちまで嬉しくなりそうな満面の笑みでルミアにお礼を言った。

 

「当たった、当たったよルミアちゃん!!ありがとう!」

 

「お、おう…いや、俺は特に何もしてないけどな!それよりルミア“ちゃん”かよ……」

 

 何故か引きつった顔で、気まずそうにそれに応えるルミア。

 

――――もしかして、ルミアは自分もこの空気を悪くした元凶だからと責任を感じて、リンに助け舟を出した?

 

 ふと浮かんだ考えは流石に深読みなのかもしれない。

 でも、リンを助けたのは優しさとか思いやりとかそういう心が彼女にあるから、というのはきっと間違いない、やり方は相当不器用だけど。

 

「そっか。……そっか」

 

 

「ルミア=レーダス!貴様私を散々コケにして、タダで済むと思っていないだろうな!」

 

「え、なんか奢ってくれるんすか!?流石ですゴチになりますメッシー先生!」

 

「呼び名ぁ!!原型すら残ってないだろうが!」

 

 

 誘拐されてから、ルミアがどんな日々を過ごしたのかは分からない。

 魔術師としては優秀かもしれないけどそれを帳消しにするあのロクでなし具合も、それが原因なのかすら分からない。

 というかルミアがもうちょっとまともだったら、先生(結局名前なんだったかしら?)がああも暴走してリンが泣かされること自体なかったかもしれない。

 

 でも、リンには申し訳ないけど、ある意味マッチポンプかもしれないけれど。

 両親の評価とか関係なしに、根っこのところではルミアは暖かい子なんだと、私は感じた。

 それと同時に、迷いが少しだけ晴れ、私自身前向きになろうと思える。

 

 

「―――うん。ルミアとちゃんとお話、しよう」

 

 

 私が抱える後悔、過ち、その結晶。

 吹っ切る為にも、ルミアにちゃんとぶつかっていこうと決めたのだった。

 

 

 

 

 

…………。

 

「ここがフェジテ、そしてあの丘のてっぺんがアルザーノ魔術学院。分かりやすくていいわね。

 えへへ、“ルミアくん”驚いてくれるかな?あなたの白犬が会いに来ましたよー、なんちゃって!!」

 

 

 

 





 白犬生存の理由?

………ノリ。


 や、別段サッドライプがハッピーエンド至上主義者じゃないのは知ってる読者は知ってると思うけど、今回勢いで書いてる病気ものだから。
 で、世話焼きわんこ系お姉さんが生きてるのと死んでるのどっちが面白そうかっていうと、ねえ?

………実際“入学式”で分かる通り時間でいうと原作より『一年以上前』でまだジャティスの造反も起こってなかったりするからあれですが。

 今回はきれいなサッドライプ()……え、もういい加減にしろって?


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