ロクでなし魔術生徒の残念王女   作:サッドライプ

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 サブタイによる盛大なネタばれ。




白犬VS白猫!白猫が勝てる図が思い浮かばないのは何故だ!!

 

 学術都市フェジテを見下ろす丘の上にあるアルザーノ魔術学院。

 学術都市というだけあってこの街は昔から高名な芸術家を何人も輩出し、当然彼らが中心となって発展させていった街並みの美しさは語っても語り切れない。

 繊細・優美……歴史も絡めれば正直数時間は語っていられるのだけれど、敢えてそれだけの表現に留めよう。

 そこからさらに夕暮れに染まる絶景を見下ろす坂道は、それだけですべてを暖かく包み込んでくれるようにも見える。

 

 けれど私の心臓は冷えたようにきゅうと縮んで、苦しそうに鼓動を重ねている。

 彼女がロクでなしの問題児なだけではない、暖かな優しい一面も持っている子だと分かっても、私はそこにつけこみたい訳ではないのだから。

 二年前に私が彼女にしてしまったことを、ただ謝る。

 その結果お情けで許してもらったって、多分私自身が納得できない。

 罵声を浴びせられるくらいで、きっと丁度いい。

 

 

………そんなきれいごとを自分に言い聞かせたって、やっぱり自分の犯した罪で憎まれることは、怖いし辛いに決まっているから。

 

 

 けれど、ぐだぐだと迷っている時間も、どうやらこれで最後のようだった。

 

 

「ルミア!お願い、ちょっとでいいから話を聞いてもらえるかしら」

 

「………白猫?」

 

 

 緋の光を纏って逆行の中振り向いたルミアの表情は、校門で待ち伏せていた私の眼には判別できなかった。

 

 

 

 

…………。

 

「二年前、あなたを苛めてたこと。本当にごめんなさい!」

 

 私の迷いを形にして吐き出せば、たった一言だった。

 広い塀近くの人気の無い場所まで付き合ってもらって、髪が乱れる程に勢いよく頭を下げて、でもたった一言でやっぱり私の後悔がすっきりするなんてことは当然なかった。

 それどころか余計に具体的な形を持つ結果となった気がして、私の心に黒い雲が覆いかぶさってくるみたい。

 

「………あー、そういえばそうなんだっけ?とりあえず白猫、頭上げな」

 

 惚けた言葉が返ってくる。

 声色からして全く気にしてないかのようなあっけらかんとした言い方だったけれど、流石に私の気のせいに違いない。

 ルミアの言う通り頭を上げて、でも夕日に照らされてなんだか綺麗に見える彼女の姿に対比して自分が惨めで醜く思えて、私は俯きがちに窺うことしかできない。

 

 そんな私に何を言うべきか……少しだけそんな風に思案したらしいルミアが、告げる。

 

 

「別に気にしてない――――ただそう言うだけなら、簡単なんだけどな」

 

 

 ほら、やっぱり。

 システィーナ=フィーベルは、かつてルミア=ティンジェルだった女の子に、恨まれている。

 

 

「………ぐすっ」

 

 

「―――ぅわああぁっ、泣くな白猫、別にそういう意味じゃねーから!

 多分十中八九本当に気にしてないし、そもそもお前が何したにせよンなもん鼻で笑えるくらい“ルミア”って散々な人生送ってる気がするが、“俺”がここで気にしてないって勝手に言っちゃうのは流石にダメじゃね?ってだけだから!!」

 

「………?」

 

「あ、マズった?」

 

 それでも、やっぱりルミアは優しい娘だ。

 泣いた私を見て慌てて要領を得ない言葉を捲し立てて、自分を抑えて取り繕おうとする。

 

「いいの、ルミア。

 泣いて同情引いて誤魔化そうなんて、そんな、卑怯なことするつもり……、ないからっ!

 ないわよ、ないのに……っ、えぐっ、……ぅぁっ」

 

「だあああっっ!!?」

 

(流石にあの程度の失言じゃバレなかった、のはいいけどアカン方向にすれ違った気がする!?)

 

 ぽろぽろと涙が止まらない。

 墜ちる滴が土を泥にして、夕暮れの光景に汚い染みを作る。

 

 滲む視界で、その染みからどうしようもなく目が離せなくて、ルミアの靴しか見えないくらいに自然とまた頭が下がっていって――――、

 

 

「だっかっらっ、頭上げろつってんだろ“システィーナ”!!!」

 

 

「ひゃうっ!!?」

 

 手を伸ばしてきたルミアに、それこそ猫のように首の後ろを掴まれて、反射的に上がったというか上げられた頭。

 当然至近距離まで近づいていた彼女の瞳―――夕焼けよりもなお強い真昼の太陽のような輝き―――に視界が釘付けられる。

 瞬間、涙も、嗚咽も、思考ごと停止した。

 

「ああもう、どうせ“俺”が何言っても勝手で無責任だから、無責任に好き勝手言ってやるよ」

 

 始めて名前で呼んでくれた……それすらうまく認識できない私にルミアが語る言葉は、どこまでも力強い。

 

「“ルミア”がシスティーナを許すかどうかは、どうでもいい。

 お前がお前を許すか許さないか、そういうことじゃねーのか?」

 

「……、え?」

 

「間違えたんだろ?後悔してるんだろ?その感情は、誰かに拭いとってもらうような代物じゃない。

 ああ、だからって吹っ切れなんて話じゃねーぞ?そんなことする奴はただのバカだ」

 

 まるでそういう経験がまさにあったかのように実感が籠っている言葉。

 けれどなんとなく、ルミアのそれは私のものなんか比べ物にならないほど大きい、泣くことすら出来ないほど重いものだって感じた。

 

「頭を上げろ。前を見ろ。歩き続けた先に出会った何かが、新しい道を示してくれる」

 

 そして、それを乗り越えたことも。

 

 

――――もう八つ当たりなんてしないから、酷いことなんて絶対言わないからっ!

――――私を助けてくれたことに、私の味方でいてくれることに!ごめんなさいなんて言わないで……っ。

 

 

 ルミアの瞳の中に、ふと少女<ルミア>を床に突き飛ばし、押し倒して首を絞める男の姿が見えた気がした。

 体を返せ、嘘つき、そんな訳の分からないことをまくしたてて―――それでも何の抵抗もせずにただ優しく自分の頬を撫でる少女が、何故か告げる謝罪の言葉に、やがて力を失い泣き咽いで抱きしめられる男。

 

 救われたのは、きっと“少女”のほう。

 後悔して、絶望して、摩耗して………それでも自分が繋ぎ留めた命に懇願されて、自分で自分を許してしまったロクでなし。

 

 

(今の、は……?)

 

「世界なんて案外適当に出来てるんだ。

 どんなに重いもの背負ってたところで、そんなもん他人にとってはどうでもいい

 お前を責める奴も受け入れる奴も、お前が背負うものが何なのかなんか全く関係なくそうするだけだ」

 

 だから、一人で抱え込んで立ち止まって、潰される………そんなのくだらなさ過ぎるだろう。

 

 

「やっちまった、反省した!よし次行ってみよう!

………そんな感じでいいんじゃね?」

 

 

 それが、『ルミア=レーダス』の出した答え。

 

「……よく、分からない」

 

 私は涙の混じった声でそれだけ言った。

 言葉だけ聞けばあまりに無責任な生き方で、でも結局『気にするな』って言ってくれてるだけのようにも思えて。

 

 ルミア、貴方はどんな風に生きてきたの。

 いっそ彼女の方から踏み込んでくれているくらいなのに、ますます分からなくなってくる。

 

 それでもただ一つ確かなのは。

 私の涙が止まるまで頭を撫でてくれた目の前の人の、優しさと暖かさだった。

 

 

 

 

「…………ぁぅ」

 

 とはいえ。

 

 暫く経って落ち着いてくると、同い年のルミアに子供の様に慰められた恥ずかしさが途轍もなく大きくなってくる。

 

「うりうり。どーした白猫?顔が真っ赤なのは夕日のせいかにゃ~?」

 

「く、ぅぅ……っ!!」

 

 私の恥ずかしさなんてすぐに見抜いたのか、頭を撫でる手を少し押さえつける感じの角度に変え、悪戯っぽい笑みで覗き込んでくるルミア。

 わざとらしくにゃ~、なんて自由な方を猫の手にして煽ってくる仕草が、腹立たしくも途轍もなく可愛くて完全に怒ることもできない。

 

 でも目を逸らそうとした瞬間に手の力を強めて的確に首の動きを邪魔してくるから、そこから逃げるのもうまくいかない。

 何より撫でられること自体はすごく気持ちいいから、たとえからかわれてるとしてもこの時間を自分から終わらせるのは―――って違う違う!!

 

「ぅ、ぅぅぅ~~~~!!」

 

「はっ、本当に猫みたいに唸ってやがんの」

 

 勝てない。なんの勝負を始めたのかも分からないけれど、何故かそんな風に思えて悔しくてしょうがなくなってしまった。

 というかルミアはルミアでなんでこんな――――と思ったけど、どうせ何も考えてない。

 

 人の悔しがる姿を見て愉しい、相手が傷つかない範囲で人をからかって怒らせるのが大好き、割と擁護しようのない悪ガキみたいな一面。

 そういう意味では、再会して一日とちょっとなのに掴めてしまうくらい底の浅い部分があるのもルミアだった。

 

 

 それは、この人も同じ意見だったらしい。

 

 

「もー、相変わらず意地悪さんだね、“ルミアくん”?」

 

 

 私達のやり取りに割って入るみたいに甘ったるい声が響く。

 先程まで気配の無い――――いや、“気配を気配と認識できないほど自然だった”存在の方に振り向くと、夕日を優しく受け止めるような若草色の装束の女性が立っていた。

 

 穏やかな表情の似合いそうな顔を苦笑いに変えてルミアの方に呼びかける女の人を見て、面食らったように彼女も返す。

 

「え、今度こそ白犬、だよな?マジでお前学生の制服着ることになったの?」

 

「……何の話、かな?なんとなくバカにされた気がするけど」

 

 むー、と可愛らしく頬を膨らませるその女性の髪が、風にたなびいて緩やかに踊る。

 

………銀髪。

 

 白犬、という失礼だけど雰囲気的に納得できなくもない(勿論私は猫に似てなんてないけど)あだ名。

 この人がルミアが昨日最初に私と間違えた人なんだ、ってすぐに分かってしまった。

 

(なんだか、なぁ)

 

 私を見てシスティーナ=フィーベルを思い出すより先に空似の方を連想してしまうくらい近しいルミアの知り合い。

 そう考えると、なぜか胸がざわつくような感情を彼女に感じてしまう。

 

「あの、ルミア?この人は一体……?」

 

 その結果、ルミアの背後に寄り気味になりながら制服のケープを少し摘み、まるで人見知りみたいな感じになってしまった。

 当然にルミアも不審そうにそんな私を観察してくるけど、不意ににやりと笑う。

 

 なんか嫌な予感。

 

「いや、何言ってんだ白猫。お前の生き別れの姉じゃないか」

 

「その話またやるの!?」

 

「えぇ、嘘っ!?そんな、いきなり言われても心の準備が、どうしよう……!」

 

「信じるの!?」

 

「えと、えっと………ほら、おねえちゃんだよ!」

 

 す、っと包容力に溢れた空気を醸し出しながら両手を差し出してくる白犬(仮)さん。

 その胸に飛び込んで抱きついて感動の再会の抱擁を――――する訳がない。

 

「だから、私に姉はいないしセラって名前の親族もいないわよ!?」

 

 そう叫んで、そう言えば私は彼女の名前だけなら知っていることに気が付いた。

 だからどうしたという話なのだけれども、それより話が一層混沌としていて。

 

「ぅ……そう、だよね、今まで妹がいるなんて知りもしなかったダメな姉だものね。

 認めてくれるわけ……ふぇぇ」

 

「うっわー、ひでえ、どんな確執があるか知らんが、本当に泣かせやがったよこの白猫……」

 

「ええええ………」

 

 好き勝手なことを言うルミアはこの際放置するにしても、このえーんえーんと泣きだしてしまった女性をどうすればいいのか。

 というかなんで早速私が人を泣き止ませる番に代わっているのか。

 

 当初想定していたのとはまるで違う気苦労と疲れに、ルミアとの「またね」の挨拶もそこそこに家に直帰し、夕食も摂らずにベッドにダイブし、泥のようにその日は眠りについた。

 はしたないのは……でもしょうがない。

 妙な流れだったけどルミアと仲直りできたって認識で多分構わないし、ルミアほど厚かましい考え方はできないけれど、抱えた後悔はほんの少し軽くなった気がした。

 

 覚えていないけれど、その日は良い夢が見られたと思う――――。

 

 

 

 

…………。

 

「あはは。面白い子だったね。早速お友達が出来たみたいで、安心した」

 

「友達?まあからかえば面白い奴だが、うーむ。

 つか流石に気付いて嘘泣きしてたのな。やけにクオリティ高い演技だったが、やっぱ涙は女の武器ってやつか?」

 

「…………」

 

「何故黙る?」

 

「ち、違うの、システィーナちゃんの後ろで“ルミアくん”がいつもの意地悪な笑顔だったから、もしかして嘘かも、とは少し思ったわよ!?」

 

「もしかしても少しもあるか100パー嘘に決まってんだろド天然が。

 つーかお前はお前で相変わらず呼び方それかよ。言ってて変な気分にならねーのか?」

 

「え?でも私にとって“グレン君”はグレン君だから……。

 あ、もちろんその姿も可愛らしくて好きだよ、制服とっても似合ってる!

 でもせっかくなんだからもうちょっとびしっと着よう?ほら、スカートにちょっと皺が――――」

 

「うぜえ!?つか喧嘩売ってんのかてめえ!」

 

 

 

 

「それで、今日はどうしたんだよ、お前確か今国境辺りで追跡任務やってたんじゃなかったっけ?」

 

「それは終わったんだけど……そしたらすぐに帝都にとんぼ帰り。

 イヴちゃんてば本当に人使い荒いよぉ。

 だからちょっと寄り道して様子見がてら“ルミアくん”に構って癒されようかな?って」

 

「人を動物扱いすんじゃねえ白犬」

 

「一言で矛盾した!?とにかくなんだか性質の悪い麻薬が凄い勢いで出回ってるらしいの。

 名前は、確か…………エンジェル・ハイロゥ?」

 

「多分違うと思うぞ、主にヤバさの方向性が」

 

「そういう訳だから、無いと思うけどもし帝都に来る機会があるなら気をつけてね」

 

「そりゃこっちのセリフだっての。ま、どーしても困ったら助けに行ってやらんでもない」

 

「あはは、期待してるね。

 あ、そうだ。私、この任務が終わったら君に言いたいことが――――」

 

「 お い バ カ や め ろ 」

 

 

 

 





 微妙にさらっと救済されてるグレンくん。
 女の子と体が入れ換わることで迷いを断ち切る系主人公…………、んん?

 流石にメンタル最悪な時期に大人の男と精神入れ換わったとか天使ルミアちゃんでもキレます。
 それをグレンが自分も体入れ換わって大変なのにルミアだけを気遣って怒りを受け止め続け……みたいなベタな話があった模様。
 誰得シリアスにしかならんので流すだけですが。


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