美貴のディナー用の服は黒のロングドレスだ。
背中が腰近くまで空いているのは、美貴の真っ直ぐな黒髪がより一層引き立つ。
美貴は少しだけ恥ずかしがっていたけど、このドレスに決めた。
化粧室から美貴が出て来た。とても素敵だ。
「智、どうですか?おかしな所はないですか?」
そう言うと、美貴はくるっと回った。
長い黒髪も同じように回わった。
まるで映画のワンシーンの様に見えた。
完璧だ。
これ以上何を望む。
ん、待てよ、どっかがおかしい。
「すごくいいんだけど、何か足らないような気がしてんだ。
何か、わからないんだよ」
「え、足らない?」
「いや、美貴の方は完璧なんだけど」
かなり昔の映画で見たことがあったけど、そのイメージと比べると首回りが少し寂しいな。
「あ、そうか、ネックレスだ。
それと、耳からぶら下がっている、えー、名前を知らないけど、それだ。昔の古い映画で見た事があるんだよ」
「私。ネックレスとイヤリング類は持っていません。
あ、この結婚指輪は別ですけど。
「イヤリングって名前か。
ネックレスとイヤリング、ドレスを買った時に気がつけばよかった。
今日はショッピングモールは閉まっているから、明日、買いに行こうよ」
「あ、はい。
私も気が付けばよかったです。
ディナーは明日にしますか。
智さ、いえ、智に恥をかかせたくないので」
「今夜のディナーは、俺たちにとっては特別な時間。
明日に伸ばすのはかえってよくないよ」
「智さえよければ」
「よし、決まりだな。そうだ、俺の方はどうだい?」
「すごく素敵です」
「よし、では、行きますか」
「はい」
美貴には内緒で、レストランの特別な席を予約していた。
サプライズで美貴を喜ばせたかった。
そこは窓側の席で、窓からは満月がよく見える。
さらに、月光に反射された海が広がっている。
レストランに着くと、予約係の人が席まで案内してくれた。
「わー、こんな幻想的な夜景見たことがありません」
「俺もびっくりしているよ。
予約した時に説明されたんだけど、まさか、ここまでの夜景だとは予想してなかった」
その夜景は、映画のワンシーンを切り取って置いてあるような素晴らしいものだった。
月は満月で、夜の女神に相応しく美しい。
海は、凪が何処までも続き月の光を反射して、綺麗な双子の月を演出していた。
右手を美貴の方に伸ばし、美貴の手を握った。美貴も軽く握り返した。
「今夜の私達にぴったりですね。
今日、一日の出来事全てが幻想的な事のように思えて」
そう言うと美貴は、再び、外の夜景を見た。
幻想的か。全くそうだな。
朝のあの気持ちを考えると。
「食前酒はいかがなさいますか?」
幻想的な夜景の世界に浸っていたので、突然声をかけられて驚いた。
美貴も幻想の世界から、現実世界に急に戻ったので、驚いていた。
2人の目が合い、自然と笑顔になった。
「美貴、食前酒はどうしようか。何か飲みたいのはあるかい」
「お酒はよくわからないので、智にお任せします」
「えーと。普通はリキュールを選ぶんだけど。そうだな、父さんが果樹酒を作るのが趣味で、俺が幼い頃、梅酒を水で割って飲ませてくれたんだ。とっても美味しくて、よく飲んでいたよ。リキュールと同じで甘いんだ。試して見るかい」
「はい。智の思い出の梅酒を、是非飲みたいです」
「それでは決まりだね」
確か、梅酒でも10年以上寝かした方が、味がまろやかで美味しくなるって父さんが言っていたな。
「すみませんが、梅酒で10年以上寝かせたのはありますか」
「はい、ございます」
「それを二人分お願いします」
「かしこまりました」
食前酒の話をした後は、急にお腹がすいてきた。
さて、困ったことに、今まで高級レストランに来たことがない。
どうやって注文するかだな。
「美貴、正直に言うけど。
俺、今までに高級レストランに来たことないんだ。
どうやって注文したらいいか知っているか」
「それなら知っています。
食べたい食材を告げ、料理方法を聞いて選ぶだけです」
「え、そうなの。
簡単だね。よかったー。
内心、ドキドキしてたんだ」
「うふふ。
智の別の面を発見。
もっと智の事が知りたいです」
美貴と初めてのディナーは、終始こんな感じで、笑いながら楽しく過ぎていった。
ディナーが終わって、すぐに部屋に戻るのは今夜の気分と合わなかった。
ふと、バーの方を見ると、ダンスホールがあった。
「美貴、社交ダンスは踊れるか」
「あのう、知識としてはあるのですが、実際踊った事がありません」
ダンスのクラスは真面目にやらなかったので、よく覚えていない。
あーあ、こんな事なら真剣にやればよかった。
「よし、踊りに行こう。美貴、俺にわかるように教えてくれ」
「はい、頑張ります」
「二人が楽しめればいいだけだから、頑張るに力を込めなくてもいいよ。
簡単なステップを教えてくれるだけで」
「あ、そうですよね。
楽しむために踊るんですよね」
「さて、行こうか」
「はい」
また、美貴が弾けるような笑顔になった。
それを見た俺の心の中で何かが芽生えた。
愛だ。
美貴と会って、まだ1日も過ぎていないのに、彼女に対する気持ちがはっきりと分かった。
美貴を愛している。
これって昔の言葉では、確か一目惚れ。
この気持ちを伝えたい衝動にかられた。
幸い、ダンスホールには誰もいなかったので、人の目を気にすることなく二人でダンスを楽しんだ。
静かな曲になり、美貴を軽く抱擁しながら踊った。
「実を言うと、朝起きた時は、気が滅入っていたんだ。
俺の母さんは表面上は完璧な人なんだけど、感情が全くないんだ。
ま、旧式のアンドロイドだからだけど。美貴に会えて本当によかったよ」
「あ、あ、あのう。私の方こそ、そのー」
「すみません。今の気持ちのを言葉で表現できなくて。
涙が出てきっちゃた」
「俺、今はっきり分かったんだ。
美貴のこと愛してるって」
「はい、私もです。
智のこと、心から愛しています」
俺は美貴にキスをした。
こうして初めての夜が過ぎて行った。