家族の絆   作:坂本ヒツジ

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悲しみの、涙が止まらない。

 その晩私は、母さんを付きっきりで看病をした。

 母さんは高熱による汗が止まらなかった。

 何度も夜中に起きては水を欲しがった。

 その都度ごめんねと言っていた。

 私もその都度、お互い様よと言っているけど悲しくなってくる。

 母さんの、このような姿を見るとは夢にも思わなかった。

 大病したことのない母がこのような姿になるとは、もはやこれは疑いもない流行り病の恐ろしさを身に染みて感じていた。

 道夫に移らないために今から対策を考えないと。

 道夫の対策と母さんの看病で忙しく、ふと気がつくと朝になっていた。

 

 朝早く、情報を聞きに行ってくれていた智が帰って来た。

 

「ただいま、今帰ったよ」

 

 私は急いで玄関まで行った。

 早く情報が聞きたかったからだ。

 

「それで、どうでした」

「俺たちが恐れていたことが現実となったよ。お母さんは流行り病にかかっている。発病して、1週間が過ぎれば大丈夫そうだ」

 

 やはり思っていた通り。

 それから智は詳しく流行り病に関して情報を話してくれた。

 

「とにかく1週間ね。わかったわ。それで、もしもの為に対策を考えてたんだけど、聞いてくれる」

「もちろんだけど、どんな対策なんだい」

「家族を完全に二つに分けて、なるべく接触しないようにするの。具体的に言えば、私が母さんの看病をして、智が道夫の世話をするのはどう」

「それは名案だね。これ以上病人を増やしたくないし」

「それでは今から、ね」

「えー。今から10日間。美貴に会えないのか」

「もう、智ったら」

 

 少し笑った。

 どんな状況でも笑わせてくれる智。

 

 ありがとう。

 心の中で感謝した。

 

 私たち夫婦は、逆境になればなるほど絆が強くなる気がした。

 道夫の事は気になるけれども、智が見ているから大丈夫。

 私は母さんの看病に専念しよう。

 

 母さんの食欲が全くなかったので、病人でも食べれるものを作らないと。

 そう言えば昔、私が熱を出した時に母さんが作ってくれた料理があった。

 確か、片栗粉に甘みを加えて熱湯を入れてかき混ぜるだけ。

 簡単で美味しくて、熱があってもそれだけは食べれた。

 でも、ここには片栗粉がない。

 甘みはサトウキビからできた黒砂糖がある。

 

 片栗粉、片栗粉。

 

 そうか、片栗粉はジャガイモから作られるから自家製で作ればいいんだよね。

 ジャガイモなら沢山あるし、それにうってつけのおろし器がある。

 細かくおろせるサメ皮のおろし器。

 これでワサビをすると、美味しくなる。

 ジャガイモを下ろした事はないけれど、きっとうまくいくわ。

 

 お湯は丁度沸騰しているので、ちょうどよかった。

 さっそくジャガイモの皮を剥き、水を張った小さな木桶に鮫皮ですっていった。

 全てすり終わると全体をよく混ぜた。

 上澄みを数回捨てるのを繰り返すと、底には白い片栗粉が出来ていた。

 木のスプーンでそれをすくうとお椀に入れた。

 黒砂糖を加えて少しだけの水でよくかき回した。全体がよく混ざったら熱湯を注いで素早く混ぜると、とろみのある懐かしい食べ物ができた。

 少しだけ味見をした。

 当時の記憶が蘇って来る。

 母さんは、親身になって私を看病してくれた。

 今度は私が親身になって看病をする番だ。

 少し冷ましてから母さんに持って行った。

 

「母さん、これ初めて作ったんだけど、食べれる」

「何だねそれは」

「片栗粉に黒砂糖を入れて熱湯で混ぜたもの。

 昔、私が熱が出た時に母さんが作ってくれたのと同じもの」

「どれどれ、懐かしいね。少しだけ食べるかね」

 

 そう言うと母さんは食べ始めた。

 懐かしいね、美味しいね、と言いながら。

 時間をかけながらゆっくりと口に運んだ。

 気がつくとお椀に入ったのを全て食べてくれていた。

 

 とても嬉しかった。

 

「母さん、お代わりは」

「あらやだ、食べ過ぎたみたい。

 もういいよ。ありがとう。

 とても懐かしかったよ」

 

 母さんはもう一度懐かしかったよって言った。

 私は思わず涙がでてきた。

 やっと母さんが食べてくれた。

 

「なんだよ、この子ったら。

 私が食べただけで泣いて」

「懐かしいのと、嬉しいのが重なったから。

 少し横になる母さん」

「そうだね。美貴のおかげでお腹いっぱいになったし、横にならせてもらおうかね」

 

 母さんはそう言うと横になった。

 頭痛と熱は漢方でいくらか症状が改善されていたけれども、相変わらず症状は続いていた。

 

 母さんの症状は一進一退を繰り返していた。

 食欲がある時とない時があり、こまめに料理を工夫しては母さんに食べてもらった。

 

 そしてある朝。

 

 うたた寝をした私はふと母さんを見ると仰天した。

 呼吸していない。

 脈を測ったけれども、全く感じられなかった。

 

 いきなり私の心が弾けた。

 

 目の前が見えないくらいに涙が溢れ、母さんの枕元に崩れて泣き出していた。

 

「美貴どうしたんだ」

 

 私の異常に気づいた智が襖の外から聞いて来た。

 私は泣きながら答えた。

 

「母さんが亡くなったの。

 私、これからどうしたらいいんだろう?」

 

 私の中のある部分が無くなった感じがした。

 大事な母さんが。

 

 そう思うとまた泣き崩れた。

 

「美貴。聞こえるか。

 俺はこれから若い衆を連れてここに戻ってくる。

 以前話した土葬をしなければならない」

「わかったわ。

 私ここで待っている」

 

 智の心強い声が私を励ましてくれている。

 泣くのを無理矢理に押さえて、母さんの死への旅立ちのために、身体を拭いて、きれいな服を着せてあげた。

 

 さようなら母さん。

 

 服を着せたら、涙が止まらなく流れ続けた。

 

 智が若い衆を連れて帰って来た。

 道夫を智から受け取ると、道夫はしっかりと抱きついてきた。

 寂しかったんだなと思った。

 時々道夫の鳴き声が聞こえて来たけど、母さんの看病に専念していたので、心の中でごめんねと言うだけだった。

 

 共同墓地に、彼らが母さんのお墓を作ってくれた。

 最後は、自然石を積み上げて終わる。

 

 私が最後の石を置くと、また涙が止まらなくなった。

 智がそっと私の肩を抱いてくれた。

 彼の温かみを感じた。

 少しだけ彼の方に寄り添って、私は泣き続けた。

 

 そこから離れるまでずっと。

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