以心伝心な二人   作:レスキュー係長

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⑧以心不伝心

決戦の日。

 

灰色の空から降り注ぐ小雨が朝の通勤・通学に勤しむ人々の肩を濡らす。

 

そんな中、学校に登校し、いつものように自分の席でボッチタイムを楽しむ八幡にゆっくりと結衣が近づいていく。

 

 

「ヒッキー、おはよ!体調は大丈夫?」

 

「なに、俺の目が腐り過ぎてて体調悪くみえんの?」

 

「ち、違うよ!だからね、その‥‥‥今日の説明会大丈夫かな‥‥って。何か手伝えることがあったら言ってね。」

 

 

結衣も結衣で心配しているのだ。いや、罪悪感と言ったほうがいいのか。八幡や雪乃のように確かな洞察力や行動力があるわけではない彼女にできることは少ない。今回の生徒会の件にしてもストーカーの件にしてもだ。そのことを彼女自身自覚しているのだ。だからか、二人に任せっきりになっている今に負い目を感じているのかも知れない。

 

 

「‥‥‥まあ、どうにかなる。というかどうにかして見せる。」

 

「ホント?あの時みたいにならない?」

 

「あの時っていつだよ。」

 

「‥‥‥‥‥修学旅行。」

 

 

(お前もか‥‥‥)

 

 

 

八幡は机に肘をつけ、今朝方に雪乃から言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

「それで何か案は浮かんだのかしら。」

 

 

比企谷家の玄関で靴を履き、登校の準備をする二人。そんな中、話を持ちかけたのは雪乃からであった。

 

 

「生徒会の件か。昨日言っただろ。〝善処する〟って。」

 

「適切に処置すること、という意味では貴方がやろうとしているその案は却下よ。」

 

「‥‥‥なんのことだかさっぱりだ。」

 

「そうやってとぼけても無駄よ。貴方と私の心は繋がってるのだから。」

 

 

善処する、とそう八幡が発言したあの時に雪乃が見た八幡の考え。かつて文化祭や修学旅行で八幡が解決法として用いた〝それ〟である。〝それ〟は八幡が最も得意とするものであるが、対して雪乃が最も嫌う解決法である。

 

 

「‥‥‥自己犠牲なんて卑しい解決法よ。」

 

「俺だってやりたくてやるわけじゃない。ただ他に手段がない以上、その選択肢が他の誰もが傷つかなくて良い方法を選ぶのは当然だ。しかも二つの問題を同時に解決できるなら尚更だ。」

 

「その言葉は間違っているわ。貴方が傷つく。それに‥‥‥私も、由比ヶ浜さんも傷つくわ。」

 

 

素直な気持ちを人に伝えたのは何年ぶりであるだろう。雪乃は八幡に本音を話す。

 

「貴方だって私の色々な心の内を見てきたはずよ。私が貴方にどう思っているのか、私の考える全てを。私はまた同じ過ちは繰り返したくないの。だから、言葉で伝えるわ。私は貴方に傷ついて欲しくないの‥‥お願いだからそんなことしないで‥‥‥」

 

 

気づくと八幡は雪乃にシャツの裾を掴まれていた。そっと雪乃に目をやる。そこには目線を足下に向け震えている姿があった。

 

 

足が重い。解決を約束できるほどの材料がない今、八幡ができることは〝それ〟ぐらいだと考えていた。そのこと自体、今も揺らいではいない。だが、自分を心配し震えてながらも止めてくれるような人物を目の前にすると自分のやり方が酷く邪道なものに見えてきてしまう。

 

 

 

八幡は雪乃の手を解く。そうして靴を履き、戦場へと足を踏み入れる第一歩を踏みしめる。振り向いてはいけない。そんな気がした。

 

 

そんな時、彼女は彼の背中に語りかける。

 

 

「貴方が〝それ〟を使うならば私は別の方法で解決して見せる。そして、貴方を救ってみせる。」

 

 

 

八幡は振り返りはせず、雪乃を置いてドアを閉めた。

 

 

 

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八幡が気がつくと会議室にいた。どうやら意識がバッタリ飛んでいたようだ。

 

 

「センパイ、大丈夫ですか?ボケっとしてましたけど。」

 

 

八幡の隣の議長席にいろはは座り、他の生徒会役員も既に資料配布を終えて席に着こうとしている。

 

 

「大丈夫だ。それよりちゃんと議事録は配ったのか?」

 

「当然です。生徒会顧問の小林先生から許可貰いましたし、All OKです。ところで雪ノ下、由比ヶ浜先輩は何処に?」

 

 

八幡が周りを見渡すがその姿はなく、集まりつつある各部活動の部長とその付き添いが気怠そうに資料を眺めているだけであった。

 

 

(‥‥‥まあ、居ない方がやりやすいか。)

 

「あいつらも色々あってな。今日は来れないかも知れん。俺だけじゃ不満か?」

 

「いえいえ、そんなことは。ただ私は奉仕部に依頼したので先輩一人に任せるなんてお二人はなになさってるのかなって思っただけです。」

 

 

 

急にザワザワとする会議室内。どうやら親玉が登場したようだ。

 

 

「あれが小暮さんです。あの小太りの方です。」

 

 

「さあ、始めましょうよ。会長さん。」

 

 

 

総武高校の片隅で戦いの火蓋が切られようとしていた。

 

 

 

===================

 

 

一方、雪乃と結衣の姿は理科準備室にあった。生徒会顧問である小林教諭に話があったからだ。

 

 

「いいの?ゆきのん、説明会、始まっちゃうよ。」

 

「大丈夫よ。それに、これは生徒会の問題を解決するために必要なことなの。失礼します、小林先生。」

 

 

 

雪乃がドアを開けると小林教諭は椅子に座り、何かに興じているようで雪乃の呼びかけに気づいていない。

 

 

二人はゆっくりと近づき、手元を見ると二人はたじろいだ。鶏の頭をキレイに解剖していたからだ。

 

雪乃は先生の肩を叩く。

 

 

「ビックリした!何だ、雪ノ下さんか‥‥それに君は‥‥」

 

「あ、2-Fの由比ヶ浜結衣です。あの‥‥先生、今なにをされてたんですか。これは‥‥‥」

 

「ああ、これは鶏の頭の水煮だよ。今度解剖の実験という形で使おうと思ってね。最近は親御さんがうるさくって、解剖の実験は縮小されているんだよ。カエルすら〝残酷だ!〟ってクレームがくるから困ったものだよ。生物の仕組みを知ることは命を知ることなのに‥‥まあ、僕が解剖してると落ち着くっていうのもあるんだけど。」

 

 

そう話しながら屈託のない笑顔を向けてくる小林教諭。雪乃はそんな小林教諭に対しては好印象を持っていた。

 

 

生物の先生としては非常に能力が高く、その授業の満足度は校内ピカイチ。生徒からの信頼も厚い。まさに教師の鏡である。

 

 

「で、どうしたの。相談事でも?」

 

「小林先生、生徒会が今直面している問題をご存知ですか?」

 

「ああ、一応はね。ただ学校側としては現状を覆せないよ。文化祭ならまだしもオープンキャンパスだからね。意味合いが違う。」

 

「確かに学校側としてはそうかも知れませんが、これならどうでしょうか。」

 

 

雪乃はノートパソコンを取り出し、サイトを立ち上げる。

 

 

「なるほどな‥‥これは我々の管轄ではないからね。いいだろう。僕が責任を持って許可しよう。だが、あんまりやり過ぎないようにね。高校生が中学生から金を巻き上げるなんて聞こえが悪いだろ?」

 

「勿論です。制限はかけますから安心してください。」

 

 

許可を貰い、一安心する雪乃。そんな中、時計を確認し焦っていたのは結衣の方であった。

 

 

「ゆきのん、もう始まってるよ!早く行こうよ!あ、先生お邪魔しました。」

 

「そうね、由比ヶ浜さん。先生、有難うございました、失礼します。」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

 

立ち去ろうとする雪乃たちを小林教諭は引き止める。

 

「ところで雪ノ下さん。君今どこに暮らしているんだい?退院した後何度か君の家に電話を掛けても出てくれないし、家庭訪問してもいなかったから。それに親御さんとも一緒に暮らしていないようだし。一応、担任だから生徒の連絡先くらいは知っておきたいんだ。」

 

「すいません。そこまで気が回らなくって。今は2-Fの比企谷君の家にお世話になってます。」

 

「そうか‥‥なるほど。分かったよ。ありがとう。」

 

 

失礼しました、と雪乃と結衣は挨拶し、急いで会議室へと向かった。

 

 

 

===================

 

 

 

「だから、そっちが許可したって言っているだろうよ、会長さん!いい加減認めろよ!」

 

「ですからそんな話は聞いていません。大体、ホントに聞いたんですか。」

 

「当たり前だ。しっかりと聞いたよ、〝ゲームの販売を許可する〟ってな。」

 

「それは小暮さんが聞いたんですか。」

 

「ああ。そうだが何か?」

 

 

八幡の思った通り、説明会は紛糾していた。言った言わないの水掛け論に会場はうんざりとした空気に包まれていた。

 

 

(不味いな‥‥‥)

 

 

悪い空気は皆を苛立たせる。苛立ちは冷静さを失わせ、誤った方向へ向かわせる。

 

 

「一色、あの資料を使え。」

 

「あ、はい。」

 

 

小声でいろはに指示をする。いろはは議事録を持ち出し、発言を続ける。

 

 

「こちらの議事録をご覧ください。これは生徒会と学校側とのやり取りを示したものです。2ページ目の13行目から書記の藤沢が〝マルチメディア研究部からゲームの販売に関して要望があった。その場でははっきりとは明言しなかったがどうすればいいか〟と質問していますね。つまり、マルチメディア研究部と話した時にははっきりとお答えはしていなかったわけです。さっき、しっかりと聞いたと仰っていましたよね。話が違うのでは?」

 

 

今まで聞いてきた話とは全く違うからざわつく会議室。それでも小暮はあわてない。

 

 

「さあな。ただこっちはそっちが話した話をそのまま話してるだけだ。大体、議事録まで持ち出して俺たちを嵌めようとしてるのか知らんがたちが悪いよな、生徒会の皆様は。大体議事録はそっちが作成したものだ。改竄だって出来る。」

 

「そんな‥‥‥」

 

 

思いもしなかった反論にうなだれるいろは。

 

話をずらしている。そう八幡は感じたが周囲はそう思っていないようだ。

 

〝改竄したんじゃないか。〟

 

〝そんなことより早く販売を認めろよ!〟

 

〝マルチメディア研究部に販売を認めて何故うちには販売を認めないんだ!〟

 

 

様々な思惑が言葉になっていろはを含めた生徒会に降り注いで行く。

 

 

そんな中、八幡は小暮から目を反らせなかった。

 

 

何故なら不思議なことに彼は笑っていたからだ。それも静かに、まるで自分の思惑通りに事が運んでいるかのようであった。

 

 

そして、八幡は察する。

この男の目的は「営利行為の許可」ではなく「自由のために戦い、皆をまとめる強いリーダー」になることにある、と。自己顕示欲の強い小暮は何も考えていない愚かな人間に「俺がみんなの自由な商売を約束する」など甘い誘惑で巻き込み、自分をよく見せるための生贄にしようとしているのだ。

 

 

(胸糞悪い‥‥‥クソ野郎が。)

 

 

「一色、もういい。座っとけ。あとは俺がやる。」

 

「でも!」

 

「いいから、座れ。」

 

 

 

そう促され、おとなしく座るいろはとは反対に立ち上がる八幡。

 

皆の視線は八幡へと注がれる。

 

 

口を開こうとした時、今朝の雪乃や由比ヶ浜の姿が浮かぶ。

 

 

〝私は貴方に傷ついて欲しくないの‥‥お願いだからそんなことしないで‥‥‥〟

 

 

〝あの時みたいにならない‥‥?〟

 

 

(すまんな、雪ノ下、由比ヶ浜‥‥無理そうだ。)

 

 

「突然すまん。2-Fの比企谷だ。まあ、今日は生徒会側として話させてもらう。いいか?小暮。」

 

「あぁ‥‥君が比企谷か。まあ、別にどうぞ。」

 

「で、だ。部外者のおれが言うのもどうかとは思うがここにいる部長さんたちは大きな勘違いをしている。」

 

「勘違いをしている?何を言ってんだか。爆発に巻き込まれておかしくでもなったんじゃないか?」

 

 

ちょっと‥‥‥と口を出そうとするいろはを八幡は手で制する。

 

 

これは挑発だ。乗ったら最後、相手に取り込まれてgame over。思うツボだ。

 

 

「まあまあ、そうはいうな。所詮部外者の戯言だ。だが、勘違いはしている。大体どうして説明会に来た?」

 

「それは当然、営利行為の許可のためだ。」

 

「だが、営利行為の禁止は学校側が決めた決定事項だ。正直のところ、生徒会でどうにか出来るような問題じゃない。もっと言えば、お前らが何を言っても結論は変わらないんだよ。」

 

 

聞いていた話と違う、そう感じたのか再びざわつく会議室。小暮にもほんの一瞬であるが焦りの顔が見える。

 

 

「じゃあなんでこんな説明会開いたんだよ。」

 

「そんなの簡単だろ。事情も正確に把握もせず、甘い言葉で惑わされてる愚かな民衆を正気に戻す‥‥‥」

 

 

 

「失礼するわ。」

「失礼しまーす。」

 

 

 

ジメジメとした会議室に新しい空気が流れ込んでくる。会議室に入って来たのは雪乃と結衣であった。

 

 

「話の最中にごめんなさい。ただ少し皆さんにご報告があって。」

 

 

雪乃はノートパソコンを開き、皆に見えるように置く。〝総武高校文化祭通信販売〟とかかれたサイトがそこにはあった。

 

 

「これは文化祭のHP内で試験運用していた総武高校文化祭通信販売サイトよ。これを今回、オープンキャンパスのために改装、運用したいと生徒会は考えているわ。流石に直接販売はできないけれどこの方式ならば学校側も禁止はしないそうよ。」

 

 

雪乃の突然の登場に先ほどまで戸惑っていた人々もその発表を聞いた後には風向きが変わったように雰囲気が一変した。

 

 

「さあ、これからそのサイトに出品する際の注意事項をお話しします。メモの準備はいいかしら。」

 

 

 

 

===================

 

 

 

その後は終始、雪乃の独壇場であった。説明会に出席した部はこぞってサイトへの出店を決め、中には手のひらを返したように生徒会を高く評価するものまで現れた。全くもって勝手であるが、それもまた人間なのかも知れない。

 

 

一方、八幡はマッ缶を買うために自販機を目指していた。

 

 

いつの間にか小雨が大雨に変わり、激しく窓を鳴らす。

 

 

(全く、慣れないことはするもんじゃないな。こういう時はマッ缶に限る。)

 

 

 

「おい!比企谷!」

 

 

後ろから声をかけられたので振り返るとそこには今にも吠え出しそうな顔をした小暮が立っていた。

 

 

(チャンスはまだ残っているようだな。)

 

 

「なんだよ。話は終わっただろ。お前らのいう通りに販売許可は下りた。他に何か不満でもあるのか?いや、あるか。自分がリーダーとして奉ってくれる生贄がいなくなったことか?それとも俺が雪乃と一緒に通学していたことか?」

 

「お前!」

 

 

胸ぐらを掴んでくる小暮に八幡は一切動じることなく冷静に対応する。

 

 

「なんだよ。俺が雪乃と付き合って何かお前に悪影響でもあんのかよ。」

 

「どうしてお前のようなやつが選ばれて、俺じゃないんだ!」

 

「そんなもの知らん。ただ、あいつが選び、俺が受け入れた。それだけだ。」

 

「ふざけんな!」

 

 

小暮が腕を上げ、拳を握る。八幡は瞬間的に目をつぶり、来るであろう衝撃に備える。

 

だが、不思議なことに衝撃はやってこなかった。彼女が話しかけたからだ。

 

 

「そこで何をしているのかしら。」

 

二人に声をかけたのは雪乃であった。

思わぬところで出会ってしまった小暮はその気まずさからか、腕を下ろし、無言で過ぎ去っていった。

 

 

 

 

「雪ノ下、助かった。あと少しで殴られるところ‥‥‥」

 

 

八幡の右頬にピリッとした痛みと衝撃が走る。それが雪乃にビンタされたからだと気づくのはさほど時間は掛からなかった。

 

 

「‥‥‥どうしてあんなことしたのよ。どうして挑発するようなことを!」

 

「‥‥‥もともとの計画を乱したのはお前の方だ。あのまま来なければ、あいつのヘイトは俺に向いていた。余計なことをしてくれたお陰でチャンスが潰れたと思っていたが、思わぬところでチャンスが転がりこんだな。お前を彼女扱いしたのは謝る。」

 

「私は!私はそんなこと望んでないわ!貴方を傷つけたくないから、だからこうして私なりの解決策を提示したんじゃない!」

 

「それじゃあ、お前のストーカー問題は何にも解決しないだろうが。何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならない。この世界の理だ。」

 

 

誰かを守るためには誰かを犠牲にしなくてはいけない。この世界にいる以上その理から外れることはできない。たとえ、納得できなくても。

 

 

うつむく雪乃。そんな姿にかける言葉が見つからない八幡。二人の間の関係は雨にねれたぬかるみのようにぐちゃぐちゃ乱れる。

 

 

「‥‥‥先に帰るわ。」

 

 

そう言い残し、廊下を行く雪乃を眺める八幡。

 

 

 

 

(なんでだよ、なんで胸がこんなに痛いんだよ‥‥‥‥)

 

 

彼自身、初めてだった。誰かを裏切って、胸が痛くなることは。

それほど彼の中で大切なものになっていていたのだ。雪乃も、由比ヶ浜も、そして奉仕部が。

 

 

八幡はスマホを取り出し、電話を掛ける。

 

「すいません。陽乃さん。ちょっと手伝って欲しいことがあるんですが。」

 

 

電話を掛けながらも廊下の窓を開け、大粒の雨が降り注ぐ空を見上げる。

 

 

顔に落ちてくる雨粒とは別に、何か暖かい雫が頬を伝っていった。

 

 

 

 

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周りも暗くなっていった帰り道。

 

未だに雨が降り注いでいたため、八幡は雨合羽を着て、ゆっくりと帰宅へと足を動かしていた。

 

 

人通りの多い道から人の気のない路地に入る。すると、後ろからぴったりと歩調を合わせてくる足音が雨音の中からでも聞こえてきた。

 

 

徐々にその歩調は早くなり、距離もどんどんと近づいてくる。そして八幡の肩に触れようか触れまいかの時、人物はその手を掴まれ、腕を捻られた。

 

「痛っ!」

 

「おっと、うちの将来の弟ちゃんに手を出すなんてお姉ちゃんが許しません!」

 

 

声色から男だとわかり、その男が被っている雨合羽のフードを脱がせる。

 

 

「やっぱりお前か、小暮。お前が俺を狙うとは思っていたがこんなに容易く引っかかるとは思わなかった。」

 

「ちょっと待ってくれ!違うんだ、そうじゃないんだ!」

 

「違うわけないでしょ。実際ストーカーをしたんだから。それとも何?謝罪でもする気?」

 

「違う‥‥ただ渡すものを頼まれたんだ。ポケットにある。みてくれ!」

 

 

八幡と陽乃は顔を見合わせる。八幡は小暮から指示があった方のズボンのポケットを恐る恐る調べると紙のようなものの感触があった。

 

 

「黒い雨合羽を着たやつから今さっき渡されたんだ。お前が今追っているやつに渡してくれって。」

 

 

八幡はポケットから二つ折りになっていた紙を取り出し、確認をする。

 

そこには

 

 

 

【 僕は君ヲ愛しテいル イつだッテ ソバにいるヨ 君ハ 僕の 人形 ニ ナって 幸せ ニ 暮ラすのサ 】

 

 

 

といつか見た字体で書かれていた。

 

 

「っ!」

 

 

(何故この紙が!どうして!犯人は小暮じゃないのか!)

 

 

「‥‥‥比企谷君?どうしたの?」

 

 

陽乃が八幡の様子のおかしさに気づき声を掛けるが、丁度その時に八幡の携帯が鳴る。着信は小町からであった。

 

 

「‥‥‥どうした、小町。」

 

『お兄ちゃん、雪乃さんと一緒にいる?』

 

「いや、一緒じゃないが。」

 

 

嫌な予感がする。そう八幡の直感が囁く。

 

 

 

 

『雪乃さんに買い物頼んでからもう随分経つの‥‥‥電話に掛けても出なくって‥‥』

 

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