ラクシアの神々を戴くファミリアで 作:魔法王ユレヒト
“闘神”フェルディナント・シュナイダーは両手で持った大剣を一閃した。
その圧倒的な速度と質量による暴力がダンジョン内の空気を震えさせ、アンセスターアンフィスバエナの頭部を上下2つへ両断する。
「腕を上げたな、シュナイダー」
「それほどでもないさ」
彼らは複数のファミリアの団員によって構成されたパーティーだ。
ライフォス・ファミリアを頂点として、ティダン・ファミリア、キルヒア・ファミリア、アステリア・ファミリア、ザイア・ファミリア、ルーフェリア・ファミリアなどのラクシア神群と呼ばれる神々のファミリアはその最高神ライフォスの意向で連盟を結んでいる。
この連合は一般的にこう呼ばれる――ルミエル・ファミリアと――。
只今このダンジョン31階層の大部屋で羽の生えた蛇のモンスター、アンセスターアンフィスバエナを容易く下した五人の戦士――もっとも今回は一人で瞬殺したが――を紹介しよう。
“闘神”フェルディナント・シュナイダー――テラスティア大陸南部、フェイダン地方のアイヤール帝国の伯爵にして領主、そして帝国内最強の戦士にして賢神キルヒアの最高神官。
地上のダンジョンと名高い魔物の領域“ディルフラム”へと単身または数人の護衛とともに乗り込んでは持ち帰る大量の戦果こそが彼の領地《血風領》の主な収入源だ。
所属は上記の通りキルヒア・ファミリア
“湖の大司教”バトエルデン・エラー――水神ルーフェリアと同じ名を持つ国“女神の涙”ルーフェリアの大司教。エルフでありながら強靭な肉体を持ち、重厚な鎧に見を包んで国家と仲間の前に立ち塞がりあらゆる災厄を退ける。
当然だが所属はルーフェリア・ファミリア
“百変化の”ゆん・ゆん・ぽむ――オラリオでは
彼女は練技と呼ばれる己の肉体を呼吸法で自在に変化させる技に長け、戦闘時には魔神の如き異形と化して敵を殲滅する。
アステリア・ファミリアに属する。
“カイン・ガラの宝石”ジュエリィ・ルーティア――穢れを受けて生まれた忌み子にして学術都市“カイン・ガラ”にて博士号を取得した賢者、そして魔法の達人。
「彼女が知らないものなど彼女しか知らない」と誇張込みで言われるその博学さはダンジョンにおいて的確な判断を助け、仲間の生存率を著しく上昇させる。
所属はシーン・ファミリア。
“魔神学者”マイザール・フィクス――フェルディナント・シュナイダーの腹心にして、天才魔法使い。
その一方で日夜怪しい研究に没頭するさまから外法に手を染めた邪法使いとの噂あり。彼自身は否認している。
ル=ロウド・ファミリアに属している。
この五人の勇者は
彼らが何故
今大事なのは全員Lv5の強豪集団がサポーターも無しにで31階層という深い場所まで潜っているという事実だろう。
これには様々な要因がある。まず第一に彼らについて行ける人材がルミエル・ファミリア全体で見ても殆どいないという事だ。ルミエル・ファミリアに属するレベル2の冒険者が30人程度、レベル3の冒険者が20人程度、レベル4は非情に希少。レベル5は彼らのみだ。サーペントの勇者に追随できる実力者の存在が稀有なのである。
遠征の為に大人数編成を組めばルミエル・ファミリアはがら空きとなる。以前一度だけ空き巣によって総額300,000ヴァリスの被害を受けてから大人数編成での遠征は禁止となった。
そして最後に予算である。ルミエル・ファミリアは全体で見れば大型のファミリアであり、迷宮都市オラリオでも有名な存在であるが、その設立の経緯は前述の通り最高神である始祖神ライフォスの意向である。
ラクシアの神々のファミリアは大小さまざまだった。始祖神ライフォスや太陽神ティダン、妖精神アステリアなどの高名な神のファミリアには人も集い、大幅な黒字経営を維持することも容易かった。
しかし水神ルーフェリア、纏いの神ニールダ、韋駄天ラトクレスといった
それを気の毒に思った始祖神ライフォスが「ラクシアの神々による共同ファミリアの設立と相互扶助」すなわち大型ファミリアが赤字ファミリアの穴を埋める仕組みである。そのため、ルミエル・ファミリアは常に経営難に悩まされている。
それを埋め合わせるのがこのサーペントの勇者による遠征だ。圧倒的な実力を持つ彼らは少人数で最速で下層へと踏み入り、最速で地上へ戻る。かかる経費は5人分の消耗品のみ。持ち帰れる戦利品は限られるが、並の敵は威嚇して追い払うに止めて稼ぎ所の獲物以外は見逃すことにしている。
「私の予測によればもうすぐモンスターがダンジョンから産まれるわ。ここから動いた方が良い」
「“カイン・ガラの宝石”が言うなら間違いないだろう。シュナイダー伯爵、異論は?」
「無論、その判断に従おう」
「ゆんもそれでいいよー」
アンセスターアンフィスバエナのドロップアイテムと魔石を素早く回収して30階層へと向かう。
只今サーペントの勇者は帰路にある。
◆
「……ふむ、しめて423,000ヴァリス程か」
「支出分を引けば354,000ヴァリスです」
ここはルミエル・ファミリアの
頭脳が残念なゆん・ゆん・ぽむと煩雑なことが嫌いなマイザール、他の神の最高神官であるフェルディナントは部屋の外にいる。
「内部の赤字収支の割合はどうなってるのかしら」
「リルズ・ファミリア、ルーフェリア・ファミリアは黒字に復帰、その他の
三人――というよりは二人と一柱――で会計を始める。今回の遠征による利益を赤字の補填にあてて、どれくらい残るか。借金の返済にはどれくらい使えるか。設備の拡張が可能か。などを検証していく。
「24,000ヴァリスを貯蓄に充てられるか、以前より要望のあったグレンダール・ファミリアの溶鉱炉増設をしてこれだけ余れば儲けものだ」
「そうね、次の目標はどうしようかしら」
「井戸の増設を進言しよう。ルーフェリア・ファミリアの面々を筆頭に不便という声があがっている」
今回の会計が終われば話は次回の会計へ。この見積もりが次回の遠征ではどれくらい潜るかの目安となるのだ。
夜更けにもなる時間帯、それでもなお書類仕事は続いて行った。
◆
フェルディナントは両手で大剣《絶竜神剣ドラゴンゴッドスレイヤー》を持っているが、ゆんは武器らしいものを持っていない。強いて言えば両手に拳を保護するための武具を装着しているくらいだ。
「来い、ゆん」
「オーケー、それじゃあ――」
ゆんが大きく息を吸い込む。その次の瞬間には背後には竜の様な翼と尻尾が生え、夜中の猫のように目はぎらぎらと輝く。他にも大小さまざまな変化がゆんの身体に起きる。皮膚は甲虫のように固く、筋肉は熊のように強靭に、足はケンタウロスの用にしなやかかつ屈強に。
これこそがゆんが“百変化の”ゆん・ゆん・ぽむと呼ばれる所以であり、彼女が最も得意とする練技の奥義だ。
「えいやぁ!」
瞬く間に地面を蹴って距離を詰めたゆんが尻尾でフェルディナントの足元を薙ぎ払う。フェルディナントはそれを軽く跳躍して回避するが、ゆんは尻尾の勢いに任せ回転し、空中のフェルディナントへ追い打ちをかける。
フェルディナントの金属鎧を打ち据えたゆんの尻尾が鈍い音を立てつつ弾かれる。だがゆんは背中に生えた翼でバランスを保ち、飛行状態に移行して更にフェルディナントを追いたてる。
飛行して接近したゆんは右手を素早く突き出してフェルディナントの腹部を捉え、続く左手は胸に直撃する。三発目に右手で放つアッパーは狙いが反れて――あるいはフェルディナントの身のこなしで――鼻先を掠めるに留まる。
本来の冒険者であればここで止まるのだろう。これでも怒涛の攻撃を行った方と言える。だがゆん・ゆん・ぽむの真骨頂はこれからだ。
「ペッ!」
ゆんが口から
「流石だな、だが軽い!」
決して軽くはない負傷を負っているにも拘らずフェルディナントは思いっきり《絶竜神剣ドラゴンゴッドスレイヤー》を横薙ぎに振り、ゆんを振り払う。
翼で飛行して回避行動を取るがかすかに頬に傷を負った。
練技はゆんが最も得意とする技だ。だがゆんだけの技ではない。テラスティア大陸出身の者ならば誰でもステイタスに発現しうる発展アビリティ――もっともゆん程の使い手はいないが――故にフェルディナント、バトエルデン、マイザールも扱うことができる。
「ぬんっ!」
筋肉を増強し、手先の神経を強化する。全身の代謝を活性化させることで傷を癒やす。フェルディナントの臨戦態勢はここで完全なものとなる。
「【我が声に応え賢神の加護を与え給え】」
魔法の詠唱を開始しつつゆんとの距離を詰める。並行詠唱だ。
彼の行使している魔法は【コンプレーション】といい、ルミエル・ファミリアの団員が持つ魔法の中である程度までの魔法をコピーして行使するものだ。
代償として多大なる魔力量消費を強いられることになるが、強力な魔法には違いない。
「――【
コピーした魔法はゆん・ゆん・ぽむの【ブリンク】、自身の幻を作り出し、一度だけ相手の攻撃の身代わりとする魔法だ。
距離を詰めたフェルディナントは軽く剣を振りゆんを牽制しつつ次なる詠唱を開始する。
「【賢神よ、我が声に応え先見の明を与え給え】」
次に行使した魔法は【プレコグ】といい、短時間だけ次の瞬間を直感的に予知する能力を得るものだ。
これでお膳立ては整った。フェルディナントは自身の最大の持ち味である圧倒的な破壊力を秘めた一撃を放つ構えを取る。
魔力を剣に込め、鎧すら打ち砕く勢いでゆんを懐から斬り上げる――
◆
「これか? ふむ、アダマンタイトと魔石の反応が――」
マイザール・フィクスは自分に充てられた研究室に引きこもり思案していた。壁は無数の学術書で満たされ、部屋の中央には怪しげな幾何模様が描かれた大釜が鎮座している。
今回の遠征で持ち帰った品の幾つかを自分のものとして保管し、以前の遠征で手に入れた――あるいは他所のファミリアから購入した――多種多様なドロップアイテムを大釜に放り込んでは怪しげな笑みを浮かべている。
彼は発展アビリティの神秘を持っており
直後、釜から強烈な光と轟音が鳴り響き床が崩落した。このような事態は容易に想像できるのでマイザールの研究室の上下左右の隣は空き部屋となっている。
――だからこのように