ラクシアの神々を戴くファミリアで 作:魔法王ユレヒト
“湖の大司教”は悩んでいた。彼自身は類稀な実力者であり、不便することはない。しかし彼が団長を務めるファミリアの話は別だ。
ルーフェリア・ファミリアは只今過去最大の危機に瀕していた。
先月の決算は辛うじて黒字で迎えることができた。そのことは極めて喜ばしい。だが、それが裏目に出てしまった。
すなわち、ルミエル・ファミリアによる補助金打ち切りである。さらには上納金の支払い義務も生じる。
ルーフェリア・ファミリアの収入の大半はバトエルデンによるものだった。他の団員はLv1が20人程とLv2が1人程。これではいつまでも変わらない。バトエルデンは覚悟を決めた。
団員を徹底的にシゴき、ランクアップさせる。
ランクアップとは魂の昇華であり、偉業を成し遂げた英雄への神からの贈り物である。基本的には格上の相手に対しパーティープレイで打ち勝つことでこれを行う。
Lv1の団員の中にはランクアップ目前とも言えるステイタスの者も多い。彼らを上手く導き、不味いときは自ら援護すれば安全にランクアップに至り、ルーフェリア・ファミリアの収入は跳ね上がるだろう。
普通のファミリアであれば中層用の装備を揃える支出が必要だが、そこは内部のお下りを調整すればいい。倉庫で埃を被っているグレンダール・ファミリアの作品を持ち出す理由付けにもなる。
と、思い至ったバトエルデンの頭を邪な思考がよぎる。
「試してみる価値はあるか」
その思い付きにより、昼食を終えたランクアップ寸前の団員たちは地獄を見ながら胃の中身を中庭にぶちまけることとなる。
◆
バトエルデンはLv1の中で上位の団員5名を中庭に呼び出した。昼過ぎのことである。
「手段は問わん。俺の膝を地につかせろ。それまで、あるいは日が落ちるまで一切の休息は許さん」
「理不尽な!」「滅茶苦茶よ!」「準備もしてねえんだ!」
「ならば10分間の準備を許す。始めろ」
自ら――“湖の大司教”バトエルデン・エラー――こそが最も手軽かつ安全かつ強大な敵として適役である。
バトエルデンはそのような判断へ至った。団員達の攻撃を全力で受け止め、そして全力で打ち返す。
死ぬ直前で止めれば問題はない。バトエルデンは癒やしの魔法の使い手でもある。勿論倒れれば癒やしてすぐにまたシゴくつもりでいる。
◆
「どうした! そんなものか! まずは指一本触れてみせろ!」
バトエルデンの前衛として敵を打ち倒す能力はフェルディナントやゆんに比べて著しく低い。だがそれでもその道のLv4の冒険者には引けを取らぬ程だ。Lv1の冒険者5人が簡単に攻撃を当てられる相手ではない。
さらに彼の真骨頂はその防御力にある。不沈艦や鉄壁とも例えられるその耐久力はロキ・ファミリアのLv6であるガレスすら凌ぐと言われている。
そのバトエルデンの膝を地につかせるということが如何程の無茶振りなのかは明らかだろう。
だが、その無茶を乗り越えなければランクアップは望めないのだ。
阿鼻叫喚、死屍累々、満身創痍。そのような言葉が中庭を支配していた。ボロボロになって倒れた五人の冒険者には武器を握る気力すら残されていない。吐瀉物と血と汗とその混合物が中庭の地面を汚している。
だがバトエルデンはそれを許さない。
「【その疲労と負傷、ルーフェリアの名のもとに水と共に洗い流さん】」
完全回復魔法【レストレーション】、その威力はエリクサー二本分と言われている。魔力消費も大きいが、バトエルデンの精神力はそれを一日に20回は使うことを可能にしている。
シゴいて倒れては【レストレーション】で叩き起こしてを繰り返し日は暮れていく。
「今日はこれで終わりだ。飯食ってステイタスを更新したら寝ろ。ランクアップするまで続ける」
「鬼だ……」「こんなの続けたら死んじゃう」「もうだめだ」
「返事は!」
『はい!』
◆
バトエルデンの仕事はそれからだ。
「【水神よ、我が祈りに応えて優しき水と剣の加護を与え給え】」
バトエルデンが最も頻繁に使う魔法【グレイス・オブ・ルーフェリア】だ。水を召喚して操るというごく単純な魔法だが、それ故に応用性は高い。
中庭の地面から湧き出した水はまき散らされた血や吐瀉物を含みながら集積していく。
「ピュリフィケーション!」
バトエルデンが指を鳴らすと、水の中に含まれる不純物が一瞬にして浄化される。これがダンジョンでの長期探索を可能とする一つの要因だ。
しかしファミリアの団長にしてルーフェリアの大司教が魔法を掃除に使うなどどこか情けなく見えるのは気のせいだろうか。
◆
ルーフェリア・ファミリアの全員が寝静まった夜、バトエルデンは金髪碧眼の少女が腰掛けるベッドへ横たわっていた。
少女の名はルーフェリア、このファミリアの主神だ。
「バトエルデンってばやりすぎ、あの子達の耐久のステイタスが一気に60くらい上がってたんだけど」
「ランクアップを目指すなら避けられない試練さ。家族のためでもある」
「そうやっていつも調子のいいこと言うんだから……はいこれ」
軽い雑談を交わしながらステイタスの更新を終える。
遠征直後の更新から耐久が9も上がっている。Lv5の冒険者が地上でここまで伸びるのはハッキリ言って異常だ。
「バトエルデンも無理しちゃダメだよ。あなたが倒れたらルーフェリア・ファミリーはお終いなんだから」
「そうならないために今部下を鍛えている」
「汝がそうしたいならしたいようにすればいいじゃない。私はしーらない」
「ルーフェリア、そう拗ねるな」
“湖の大司教”の気苦労は絶えない。
◆
「少しはマシになってきたな」
バトエルデンは相変わらず涼しい顔で冒険者達と切り結んでいる。だが数日前に比べれば微かに追い詰められているようにも見えた。
5人の冒険者達もまた、数日前より余裕を持ってバトエルデンへ切りかかっている。
「作戦通りだ! 行くぞ!」
前衛の3人が同時に突撃してくる。バトエルデンといえどこの怒涛の攻撃への反撃が間に合わない。だがそれは問題ではない。彼はこの程度の攻撃で膝を折るような男ではないからだ。
「【
強烈な爆炎が吹き荒れ、前衛の3人もろともバトエルデンを包み込む。
だがバトエルデンは動じない。熱で歪む光景の中確かに彼は直立したままでいる。生半可な魔法では彼を落とすことなど不可能なのだ。
バトエルデンは倒れ伏した前衛の3人を乱雑に放り投げ、【レストレーション】をかける。
「シュナイダーならば今の攻撃で膝を折らせるくらいはできただろう。だがこの俺の膝を折るには足りんな」
勝ち――ある意味では負け――を確信したバトエルデンが再び戦闘態勢へ戻る前だった。
「【
バトエルデンの肩口に光の矢が突き刺さる。先程の爆炎よりも濃縮された純粋な魔力が傷を抉る。
一瞬たじろぐが膝は折らない。
「【撃ち穿て、女神の涙】フォース!」
負けたままのバトエルデンではない。即座に短文詠唱の攻撃魔法で反撃に転じる。【エネルギー・ジャベリン】を放った魔法使いへ【フォース】を放って消沈させる。
――やるようになったな、こいつら――
◆
「行くぞ!」「喰らえ!」「これでぇ!」
「ふむ、これならば解禁するか」
一斉に飛び込んだ3人をバトエルデンは右手の剣ではなく左手の盾で弾き返す。攻防一体の流派【ジアンブリック攻盾法】秘伝《完全なる鋼の一打》だ。
押し返された3人は地面にたたきつけられる直後に受け身を取り、間髪空けずにバトエルデンへと突進するが、その僅かな時間の間にバトエルデンは練技でその身体を強化した。
「殺すつもりで来い、さもなくば死ぬぞ?」
「クソったれェェェェ!」「じゃあ殺す!」「死ぬまでやってやらぁ!」
◆
鍛錬開始から2週間、いよいよバトエルデンにもかすり傷が増えてきた。前衛の戦士たちの攻撃も重くなり、ごく僅かな後退――0.1歩くらいずり下がる――を余儀なくされる場面もあった。バトエルデンは彼らがもうすぐランクアップすることを確信していると同時に、少し残念な想いを抱えていた。
――俺の膝を折るにはこいつらは力不足か――
バトエルデンはどこか残念に思っていた。彼らならば自分を屈させることができるのではないかと期待していたのだ。だが目標を達成する前に彼らがランクアップしてしまっては、このような鍛錬を続ける意味もなくなり、膝を折ってもらう機会は激減してしまうだろう。
「【
「【
2連続で魔法が飛んでくる。激しい閃光と熱がバトエルデンの視界を数秒の間塞ぐ。もしこれが実戦であればバトエルデンには何の問題もなかっただろう。だが今回は首を――命を――奪い合う戦いではなく、バトエルデンの膝を地に着けるための戦い。
「取った!」
次の瞬間、背後から前衛の3人が飛びかかり、バトエルデンを押し倒す。
その時、確かにバトエルデンは膝を地につけていた。
――やってのけたか――
◆
「やった! ランクアップだ!」「これで中層に……ッ!」「私、新しい魔法も生えたみたい!」
5人の冒険者は口々に喜んでルーフェリアの部屋を去っていく。バトエルデンはその背中を女神と共に見送っていた。
「それで、やられてやったのはわざとなの?」
「そんなことはない。わざとやられたのなら彼らが魂の昇華を果たせるはずがない」
「油断したんだ」
「否定はしない」
ルーフェリア・ファミリアは今日も平和です。