城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はハードボイルドに始まります。
ありんすちゃんはレースの縁取りがあるよだれ掛け──ゲフンゲフン──エプロンをつけて、スプーンを構えます。目の前にはエッグスタンドに乗せられたゆで玉子があります。
「ありんすちゃんの要望通りに固茹でにしておいたぞ。まあ、私なら半熟にするのだがな」
給仕の探偵助手、キーノが言いました。キーノはわかっていませんね。探偵たるものハードボイルドにこだわらなくてどうすると言うのでしょう?
ありんすちゃんは手にしたスプーンで玉子のてっぺんを叩きました。次の瞬間、ゆで玉子は爆発しました。
うーん……ありんすちゃん、力を入れすぎです。
「……ありんすちゃん。今度は玉子の殻を割ってから食卓に出すよ」
黄身と殻のカケラまみれになったキーノがブツブツ文句を言います。と、その時チリンチリンと入り口の扉の鈴が鳴り、来客を告げるのでした。
「あの……ありんす探偵社はここですか?」
「お姉さまを見つけて下さい」
依頼者はまだ幼い二人の少女でした。
※ ※ ※
まだ五歳位の二人は双子で、名前をクーデリカとウレイリカと言いました。彼女達はバハルス帝国からやって来たのだそうです。
「クーデリカのお姉さまを探して下さい」
クーデリカはぶたさんの貯金箱を差し出しました。
「違う! ウレイリカのお姉さま!」
ありんすちゃんはぶたさんの貯金箱を受け取ると耳元で振ってみました。すると中に入っている僅かばかりの小銭がチャリンチャリンと音をたてました。
ありんすちゃんはため息をつくと答えました。
「ダメでありんちゅね。こりではお金、足りないでありんちゅ」
助手のキーノがありんすちゃんに異を唱えます。
「ありんすちゃん! 見損なったぞ! こんなに小さい子が必死に貯めたお金だぞ? これは金貨十枚の価値がある!」
ありんすちゃんはあきれた様子でキーノを眺めました。と、なにやら思い付くとぶたさんの貯金箱をキーノに渡しました。
「わかったでありんちゅ。依頼は受けるでありんちゅ。……で、キーノの給料、金貨十枚分、こりで支払うでありんちゅ」
かくてありんす探偵社は行方不明となったアルシェ・イーブ・リイル・フルトを探す事になりました。
※ ※ ※
キーノはバハルス帝国の首都、アーウィンタールにやって来ました。以前に浮気調査に来た事があるので慣れたものです。
キーノは双子から聞いた情報を元にフォーなんとか、という冒険者チームについて調べる事にしました。
「……うーむ。困ったな。フォーなんとかという冒険者チームが無いぞ? どうしたものかな?」
キーノは今度はアルシェについて聞いてまわりました。するとなんとアルシェは第三位階が使えるマジックキャスターで、ワーカーチームのフォーサイトのメンバーだとわかりました。さらにフォーサイトを含むいくつかのワーカーチームがフェメール伯爵の依頼で何処かの遺跡の調査に行ったが、護衛の冒険者達しか戻らなかったらしいとわかりました。
「……ふむ。なにやら陰謀の匂いがするな。……何だって? フェメール伯爵はその後ジルクニフ皇帝に処刑された、だと? で、戻った冒険者とは……? モモン殿? ほ、本当か?」
なにやら有力な情報を得たキーノは大急ぎでエ・ランテルに戻るのでした。
※ ※ ※
「──と、いう訳だ。これから急ぎも、モモン殿に当時の事を聞いてくる!」
ありんすちゃんは慌てて出て行こうとするキーノを止めました。
「待ちゅでありんちゅ。キーノはモモンに嫌われてるでありんちゅ」
「そんな事は、あり得ない。モモン殿には私が──うげっ!」
ありんすちゃんはキーノに蹴りを入れて黙らせます。そしてあきれはてた様にやれやれという仕草をしました。
「まだ諦めていないでありんちゅか……仕方ないでありんちゅ。じゃあ、モモンに聞いてくるでありんちゅ」
キーノは大喜びで出かけて行きました。
※ ※ ※
「……これは困ったでありんちゅ」
ションボリしたキーノからの報告を受けたありんすちゃんは真剣な表情で考え込みました。なんとアルシェの最後の足取りの遺跡の調査とはナザリック地下大墳墓の侵入だったからです。
ちなみにキーノがモモンの住居に行くと、またしてもナーベに「モモンさ──んは留守です」と門前払いされそうになり、必死にくい下がり、なんとかそれだけの情報を入手する事が出来たのでした。うーん……毎回の事ですから居留守かもしれませんよね?
「その……ナザリックとは一体?」
キーノの問いかけにありんすちゃんが重い口を開きました。
「ナジャリックはしゅごいでありんちゅ。一階から三階はちゅてきなヴァンパイアの女の子、四階はひみちゅ、五階はおっき虫、六階はチビスケ………とにかく泥棒ちたら生きて帰れないでありんちゅよ」
よくわからないままながら、ナザリックは危険な場所らしいとキーノは納得したみたいですね。……しかし……ありんすちゃんは何故こんなに詳しく知っているのでしょうね? もしかしたらありんすちゃんは実は──ゲフンゲフン。なんでもありません。
さて、なんだかんだあり、ナザリックの調査にはありんすちゃんが一人で行く事になりました。
※ ※ ※
「……ここでありんちゅね」
ありんすちゃんはナザリック地下大墳墓の門の中の大きなログハウスの前にやって来ました。
「おや? ありんすちゃんじゃないっすか」
ありんすちゃんはログハウスから出てきたメイドに声をかけられました。よく見ると以前に会った事がある「通りすがりの親切なクレリック」さんでした。
「アインジュちゃまに会いたいでありんちゅ」
「了解っす。それじゃ案内するっすよ」
ありんすちゃんはクレリックのメイドに案内されてナザリックに入りました。
※ ※ ※
「しゅごーーい! しゅごーーい! アインジュちゃましゅごーーい! ……でありんちゅ」
ナザリック地下大墳墓の中をありんすちゃんはクルクル駆け回ります。いつの間にかやって来ていたアインズも楽しそうです。
「アインジュちゃまの杖、しゅごいでありんちゅ。ピカピカでキラキラでありんちゅ」
「……うむ。そうか。…………これは私の仲間と共に作り上げた物だ」
アインズは片手にしたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかがけました。
「しゅごーーい! アインジュちゃまの仲間の人もしゅごーーい! でありんちゅ」
目をキラキラさせて称賛するありんすちゃんにアインズは気分を良くしたようでした。
「……これはギルド武器でな。……フォーサイトのメンバーは他の者に案内させるとしよう。良いかね?」
「ありがとうごじゃいます、でありんちゅ」
ありんすちゃんは礼儀正しくアインズにお辞儀をしました。
※ ※ ※
「それじゃあ、わたしぃが案内するねぇ」
変わったメイド服を着たメイドがありんすちゃんを案内します。
「ありんちゅちゃでありんちゅう。お願いしるでありんちゅう」
ありんすちゃんはスカートをつまんで挨拶します。
二人は第六階層にやって来ました。
「おっきな穴でありんちゅう」
ありんすちゃんは大穴を覗き込みましたが、真っ暗で何も見えませんでした。
「ここはぁ、餓食狐虫王の大穴あ。……ここにはアルシェじゃない人間がいるはずぅ」
メイドが説明してくれました。
「アルシェってぇ、あちこちにいるけどぉ? ……頭ぁー? 腕ぇー? 後はぁーわたしぃかなぁ?」
メイドの話が良くわからなかったありんすちゃんは適当に答えました。
「あたまぁーが良いでぇーありんちゅうー」
二人は第六階層を後にしました。
※ ※ ※
「これはこれは。私は
ありんすちゃんはボルサリーノからまだ生々しい生首を受けとりました。
「うーん……困ったでありんちゅう。アルシェの妹にぃ連れ帰るって約束しちゃったでありんちゅう」
ありんすちゃんが困っていると一緒にいたメイドが訊ねました。
「……妹ってぇ、まだー小さい子ぉ? ……美味しそう……そうだぁ。ありんすちゃん。アルシェの声ならぁ大丈夫ぅ。わたしぃにまかせなぁ」
ありんすちゃんは顔を輝かせました。どうやらこのメイドには何かアイデアがあるみたいです。今日はじめて会ったばかりのありんすちゃんを助けてくれるなんて、なんて親切なメイドでしょう。クレリックのメイドといい、ナザリックには親切なメイドが沢山いるのだとありんすちゃんは思いました。
「是非ともお願いしるでありんちゅ」
※ ※ ※
それから数日後、エ・ランテルの寂しげな通りにクーデリカとウレイリカを連れたありんす探偵社助手のキーノの姿がありました。
「うむ。ここだな。情報によればこの小屋でアルシェと会えるぞ? 二人とも良かったな」
「キーノさん、ありがとう」
「ありがとう」
二人の少女からお礼を言われてキーノは照れているみたいでした。
「じゃあ、私は行くからな」
立ち去ろうとしたキーノはふと、嫌な胸騒ぎがして振り返りました。──なんだろう? なんだか敵の気配を感じたが……
※ ※ ※
部屋に入ったクーデリカとウレイリカをフード付きのマントを着た人物が迎えました。
「妹達? 私はあなた達の姉のアルシェだよぉ? ……おいし──おいで」
クーデリカとウレイリカは歓声を上げながら姉に抱きつきました。ちょっと雰囲気は変わったものの、間違いなくアルシェの声です。
「クーデリカのお姉さま!」
「違う! ウレイリカのお姉さま!」
アルシェは優しく包み込むように双子の妹達を抱きしめるのでした。
※ ※ ※
「──ふう。寒くなってきたな」
ある寒い日、エ・ランテルの街をトボトボと歩く探偵助手キーノの姿がありました。
「おや? 新しく店が出来たのかな?」
ゴキブリの姿を模した着ぐるみを着た小さな二人の子供がチラシを配っています。
「──なになに……ゴキブリの駆除ならお任せ。魔導国公認、害虫駆除ならフルト駆除サービスへ。……ふーん。これで商売出来るならありんす探偵社を首になったら考えてみるか。なにしろ私はその道のエキスパートだからな」
小さな二人の子供は姉に駆け寄りました。
「姉さま、クーデリカはいっぱい配ったよ」
「ウレイリカも配ったよ」
「よしよし。沢山配るとぉ、お姉ちゃん嬉しいから頑張るんだよぉ」
「「うん!」」
やがて夜のしじまが降り、エ・ランテルの家々には明かりが灯り始めるのでした。