青々とした空の下、大都会のビル群が織りなす摩天楼の中でもひと際大きな敷地がとられ、
下層と連絡橋に黄色い塗装のあしらわれた立派なツインタワーがある。
近隣にパトロールに出かける、あるいは巡回を終えて帰ってきたハンター達が
頻繁に出入りを繰り返したり、そんな出先のハンター達のサポートは勿論、
この町に住む住人達の相談事を受け持つオペレーター達が日々の業務に取り組んでいる。
今日も今日とて汗水たらすレプリロイド達がせわしなく働いて回る建造物。
ここはハンターベース、エックス達イレギュラーハンター達の総本部にあたる施設である。
「お帰りなさいエックス、アクセル」
耳元の無線機を通して通話のやり取りをしたり、
キーボード入力を行うオペレーター達がまばらにいるブリーフィングルームの一室、
デスクに備え付けの椅子に腰かける女性レプリロイド『エイリア』が、
一仕事を終えて帰ってきたエックスとアクセルに声をかけた。
彼女はイレギュラーハンター内でも1・2を争う有能なオペレーターである。
レプリロイド工学がアカデミー上がりの出自で、先のレプリフォース大戦時の
組織再編の際にヘッドハンティングされた才女であり、イレギュラーハンター入隊以来、
エックス達の強力なサポーターとして高いオペレート能力を遺憾なく発揮している。
「ああ、今戻ったよ」
「ただいまエイリア!」
自宅にでも帰ってきたかのように、
アクセルも先程の珍騒動の疲れもなく、元気一杯に返事をした。
「無事に下着泥棒は逮捕できた。 これで当分は安心の筈だろう」
「お疲れ様、私達としても変態が捕まったのは嬉しい限りだわ」
「変態って……まあ言いたくなる気持ちも分からなくはないけどね」
アクセルはカメリーオを変態呼ばわりする物言いに苦笑しながら、
エイリアのすぐ近くの、誰も使っていないデスクにもたれかかり一息ついた。
「それにしても、今日のイレギュラー逮捕で今月で6件目……」
エックスはエイリアのデスクに青々と浮かび上がる、立体映像式のディスプレーに目をやった。
日付にして4月上旬、新年度が始まってまだ1週間と少ししか経っていない。
「シグマやルミネの時みたいな大きな騒動じゃないが……
それでもイレギュラーは度々現れて皆を脅かし続けている」
どこか遠い目で天井を仰ぎ見て、エックスは少し疲れた様に続ける。
「イレギュラーを取り締まり、狩るのは俺達の使命……。
でも、一体いつまで戦い続ければいいんだろうな」
「……そうね」
ため息をつくエックスに、エイリアは静かに相槌を打った。
しばしの間、3人の間を沈黙が漂う。
そんな中、エイリアはエックスとアクセルを見てある事を思い出す。
「そう言えばゼロはどうしたのかしら?」
エイリアはエックス達の周りや部屋の出入り口に目をやるが、
彼ら同様に見慣れた赤いハンターの姿を見つける事は出来ない。
「ゼロならカメリーオを留置所に連れてったよ。 逮捕した以上は自分で檻に入れるんだって」
「あらそう。 ……でも大丈夫かしら?
エッチな事に目がないゼロが下着泥棒の収監を買って出るなんて」
エイリアは頬に手を当てて、盗んだ下着につられて逃がしたりしないかと不安そうな顔をする。
それを見たエックスとアクセルは苦笑いをした。 当然だ。
押収した証拠の下着を思いっきりガメようとしたのを間近で見ていただけに。
「心配ないよ、俺はゼロを信じてるから」
しかしエックスは不安げなエイリアに一言言った。
「信じてるから……もしゼロが裏切る素振りを見せたら、後で俺が八つ裂きにしておく」
不穏な言葉を口にするエックスの表情はとてもにこやかであった。
「エックス、あなた疲れてるのよ」
そう切り返すエイリアも笑顔を浮かべていた。
「疲れてはいないさ。 少なくとも、脊髄もろとも首をすっぽ抜けるぐらいには元気のつもりだ」
「「そっちじゃない(よ)!」」
終わらない戦いに苦悩していたのは一体何だったんだと言わんばかりに、
2人の意図に対して不穏でピントのズレた答えを返すエックス。
エイリアは勢いよく机を叩き、アクセルも目を見開いてエイリアと同時に突っ込みを入れる。
不意に周囲で業務を行っていた同僚たちが、何事かと一斉に手を止めてこちらを見た。
しかしエイリアは構わずにゆっくり席から立ち上がり、
当たり前のようにしれっと言ってのけるエックスに負けじと続ける。
「……あのねエックス。 私たちとしても、
貴方が容赦なくカメリーオを屠るのは見ていられないものがあるの」
少しくじけそうなアクセルがエイリアに目線を向けた。
自分よりは付き合いが長いエイリアとなら、せめて追い打ちを思い留まってくれるだろう。
アクセルの顔にそんな期待感らしき笑顔が浮かび上がってくる。
「だから……自分でやるとは言わずにカメリーオの『処分』は私に任せて?」
「ファッ!?」
アクセルは素っ頓狂な声を上げる。
止めてくれる訳じゃないの!? と言わんばかりのその声に、
エイリアはアクセルの方を振り向いた。
「アクセルにはまだ言ってなかったわね」
エイリアの声のトーンが急に下がった。
彼女からは先程心無い言葉を言われたエックスと同様の、怒気のようなオーラを漂わせ始めた。
これには思わず身を引くアクセル。
「私ね……カメリーオには下着を盗まれているの」
「マジで!?」
明らかに不機嫌なエイリアのカミングアウトに、アクセルは驚き慄いた。
そしてまさかのカメリーオとの意外な繋がりに頭の中が混乱していた。
レプリロイドのエイリアにどこに下着をつける余地があるのか?
アクセルは疑問を覚えるも、構わずにエイリアは続けて言う。
「だからカメリーオの事は、私の手で
逆エビからの胴体真っ二つぐらいにはしないと許せないわ……。
ゼロはそうねぇ……どうせ簡単に言いくるめられて
裏切るに決まってるから、その時こそエックスが死なない程度に
ぐちゃぐちゃのテツクズにするぐらいがいい落とし所だと思うの、ね?」
「エイリア落ち着いて! ゼロが裏切る前提で話しないでよ!!」
「ね?」のあたりでにこやかに首を横に傾けて見せて、一見愛嬌のある仕草を見せるものの、
影が掛かったように暗い面持ちで、背後から『鬼(イレギュラー)』の姿を浮かび上がるエイリア。
そんなエイリアの両手は、音を鳴らし所在なさげに指を動かしている。
放っておいたらそれこそ、今すぐにでもカメリーオを抹殺しに行きそうそうな勢いで。
アクセルはやばい方向へとトリップするエイリアの肩を掴んでは必死でゆする。
エイリアは血走った目つきのまま、首を前後にぐらぐらと揺すられていた。
周囲の同僚も剣呑とした雰囲気に飲まれ、一部は席から立ち上がって慌てふためいていた。
そんな中、先程から腕を組んで考えていたエックスが口を開いた。
「……わかった。 それで手をうとう」
エックスが告げると、エイリアは怒りのオーラを引っ込めて急に素面に戻る。
「よろしくね、エックス」
そしてこれまでにない満面の笑みを浮かべて一言。
エックスは振り返る事なく親指を立てて返事をすると、部屋の入口に足を進める。
「さて、今日の業務は一段落ついた、先に行ってるよアクセル」
何事もなかったかのように一足先に休憩へと出かけてしまった。
アクセルは呆気にとられたように、エイリアから手を放してへたり込んでしまった。
「アクセル、貴方も休憩に行ってきなさい」
エイリアも裏表がそっくり入れ替わったようにおとなしくなって、
先程立ち上がったデスクに再び腰かけ中断していた業務を再開し始めた。
……いつのまにか騒動を起こさないかと冷や汗を流しながら見ていた他の仲間たちも、
ひとまずは落ち着いたと判断したのか、胸に手を当ててため息をつくと、
エイリア同様席に座り普段通りのオペレーター業務に戻っていた。
中には2人に振り回されたアクセルに同情の視線を送るものもいたが、
今の彼にそれに気づく余地はない。
「ハハハ……もう知らん」
脱力したアクセルの口からは乾いた声しか出ない。 エイリアも被害者だったことには驚いたが、
その上で下着を盗まれた事によるカメリーオへの恨みの念は強かったようだ。
今更になって万が一にでもゼロが誘惑に負けやしないかと冷や汗をかくアクセル。
結局エイリアも同じ穴の狢だった事実に、幼い少年ハンターは頭を抱えるしかなかった。
薄暗く声一つせず静まり返っており、手入れこそされているものの
どこか冷たく湿っぽさを感じさせる不気味な雰囲気は、
壮絶な物取り劇を繰り広げたあの路地裏の重苦しい雰囲気を思い起こさせる。
それもそうであろう。 イレギュラーが所狭しと収監された独房が
軒を並べているここはハンターベースの地下にある留置所であるからだ。
望ましくない者が集まっていると考えれば、おのずと嫌な空気感が似通ってくるのかもしれない。
してそんな私語さえおいそれと許されぬ空間に、2人分の足音が鳴り響く。
緑のイレギュラーが手錠をかけられ、すぐ後ろを赤いハンターが
怪しい素振りをしないよう見張りながら空きの独房を目指して歩いていた。
カメリーオとゼロだ。
カメリーオは震えていた。 その表情は明らかに不安と焦燥に駆られている。
「(チクショウ、キレたエックスの怖さはハンター時代に知ってた筈なのに……)」
彼は怯え、戸を立てられぬ己の口を後悔していた。
エックスを迂闊にブルマ呼ばわりし、逆鱗に触れてしまったカメリーオ。
拘置後行われる取り調べで洗いざらい吐かされた挙句、
問答無用で首をブッコ抜かれてしまうのだろう。
「(何とか逃げ出さねぇと、俺の人生終わっちまう!!)」
壮絶にトドメを刺されるであろう未来に震えながら、カメリーオは必至で頭をひねった。
元々大人しく刑に服するつもりなど毛頭なかったが、エックスの死刑宣告からの
恐怖によるあおりを受け、逃げ出したいという欲求が一層強く働いていた。
再び光学迷彩を駆使して逃げてやろうとも思ったが、
手錠に内蔵されている特殊兵装を無力化させる磁気を発するチップのせいで、
カメリーオの十八番とも言える能力を発揮する事が出来ない。
かつてはレンジャー部隊として鍛え抜かれ、気配を消すのもお手の物であるが、
流石に拘束された上で牢屋に入れられでもしたら文字通り手も足も出ない。
歩きながら思考をめぐらしつつ、左右にある独房の入口に目をやる。
視線を動かした際、囚われている悪党どもの何人かと目が合ったが、
いずれもカメリーオと同じように怯えたような弱弱しい目つきで、
すぐに目をそらすように部屋の奥へと引っ込んでしまう。
「(駄目だ……使い物になりゃしねぇ)」
自分と目線があっただけで奥に逃げる囚人たちを見て、カメリーオは内心舌打ちする。
全盛期に比べて摩耗したイレギュラーハンターの人員を補う為に、
部隊長であるエックス自らパトロールに出る事も増えている以上、
彼と対峙するイレギュラーも少なくない。
そうなれば、特に往生際の悪いイレギュラーともなれば、
運が悪ければそのまま『処分』と相成る事も想像に難くない。
……つまり自分を含めここにいる連中は
怒らせたエックスの怖さを知る『幸運な』部類のレプリロイドだろう。
話は逸れたが、とにかく周りがこの様では、逃亡の手引きなどとてもしてもらえそうにない。
「どこを見ているカメリーオ、いいからまっすぐ歩け」
周囲を伺うカメリーオに気付いたのか、背後を歩くゼロがおとなしくするよう注意を促した。
カメリーオはゼロの方を振り返った。
見れば、ゼロはカメリーオの方をじっと睨みつけていた。
「(なんだってんだ! こいつも変態のくせにいっちょ前に仕事しやがってよ!)」
目を細めて心の中で悪態をつくが、同時にゼロの目つきが一層険しくなる。
思った事が表情として出ていたのだろうか。
威圧感を覚えさせる鋭い眼光に少し震え上がるも、カメリーオはふと思い出した。
「(そう言えばこいつ、さっき俺の盗んだブツをガメようとしてたんだよな)」
エックスを怒らせた事ばかりを考えていたが、この目の前の男はどさくさ紛れに、
股間いっぱいに自分の盗んだ下着を詰め込んでいた。
ゼロのクールな容姿に反しスケベには目がないという噂は、
ハンター時代から時々カメリーオ自身も聞いていたが、
今回改めてその話の裏を身をもってとったと言う事になる。
自然とカメリーオは足を止め、ゼロの顔をじっと見つめていた。
「(エロが絡むだけでここまでアホになるとはなぁ……
ひょっとしてワンチャンあるんじゃねぇか?)」
「……何俺の顔をジロジロ見ている?」
相手の顔を嘗め回す様に見つめるカメリーオに、ゼロは眉をひそめた。
しかしカメリーオは不機嫌な様子を顧みず、やるだけの事はやってみようと思い話を切り出した。
「ニニニ……ゼロよぉ、俺といっちょ取引でもしねぇか?」
「……何?」
怪訝なまなざしを送るゼロに、カメリーオは薄ら笑いを浮かべて言った。
「この邪魔な手錠外して逃がしてくれるんなら、
保管庫から押収された下着とってきてやってもいいんだぜ?」
「んなっ!?」
ゼロは息をのんだ。
身を後ろにのけぞらせ、しばしの沈黙ののちに思考を巡らせるように目線を泳がせる。
いける! カメリーオは心の中で舌なめずりをした。
確かにこの手さえ自在になれば、カメリーオの擬態能力をもってすれば
保管庫に忍び込んで盗品を奪還する事も可能だろう。
だがカメリーオの言う取り返した下着を分けてやるなどという提案は、
それこそゼロのボディよりも真っ赤な嘘だった。 何故なら彼はここから逃げられさえすれば、
わざわざ間抜けなハンターとの約束など守る道理などないからだ。
それはさておき、明らかに動揺するゼロの様子にカメリーオは確かな手ごたえを感じていた。
しかし交渉成立を目論んでいたカメリーオの期待を裏切るがごとく、
ゼロは目を閉じて軽くため息をついた。
「つまらん冗談はやめろカメリーオ。 そんな事でお前を逃がす訳ないだろう」
「いッ!?」
カメリーオの予想に反し、ゼロからの返答は『NO』だった。
そんなバカな!
目の前で2回も下着ガメようとしたゼロが、まさか自分の提案を蹴るとは想像していなかった。
「つれねぇ事言うなよ! それとも俺の盗んだブツのラインナップがお気に召さねぇってのか?」
「しつこいぞ! 大人しく牢屋に向かえ!」
見るからに不機嫌そうな表情でゼロは語気を強め、
収監先の牢屋がある奥の方を指さして食い下がるカメリーオを一蹴する。
「(おいおい!? どういう風の吹き回しなんだこりゃあ!?)」
エロには興味あっても、なんだかんだ言って職務は真っ当にこなすクチだとでも言うのか?
カメリーオは大いに焦り、混乱の中勢いに任せてゼロに詰め寄った。
「な、何でだぁ!? タマ蹴られてまでブツ横取りしようとしたお前が!?
お前さっき2回も股間ツブされてタマ無しにでもなっちまったのかぁ!?」
要求を突っぱねたゼロに対し、カメリーオは煽るような口調になりながら、
手錠をかけられた両腕でゼロの胴体を揺する。
すると……カメリーオの問い詰めるような態度が癇に障ったのか――――
「俺がエロに興味無い訳ないだろうがッ!!」
「ギャニィッ!!」
――――ゼロは力一杯カメリーオの両肩を叩いた!!
明らかに怒りを込めた感情を露にしながら、ゼロは叩いた手でカメリーオの肩を力一杯掴む。
並みのレプリロイドでは振り回される高出力のビームサーベルを、
軽々と片手で扱えるゼロの握力は想像以上に強い。
エックスバスターの焦げ跡がついた左肩が特に響く。
そして何事かとでも思ったのだろうか、
牢屋の中にいたイレギュラー達が格子のついた扉の覗き口に集まった。
視線が2人に集中するが、しかし当の本人達はそれに気づかずに言い争いをする。
「必死で興味無くしたフリする俺への当てつけか!? むしろ貰えるもんならさっさと貰いたいわ!」
「ニニニッ!? だ、だったら黙って俺の手錠外してくれたっていいだろうが!?」
「それができたら苦労するか!!」
顔に息がかかりそうになるくらいに、ゼロは睨みつけながらカメリーオの目前に顔を寄せた。
かつてない程に怒り狂うゼロの顔が間近により、彼の青い目が鋭くカメリーオを射抜く。
凍り付くようなエックスの笑顔よりは幾分マシだが、それでも歴戦のハンターの怒りのオーラは、
たとえ同じ元特Aハンターのカメリーオをして思わず口をつぐんでしまう程には威圧感があった。
「(し、しくじった……か?)」
理由はわからないが、思いがけずゼロの機嫌を損ねてしまい言葉に詰まるカメリーオ。
……しばしの間留置所を沈黙が支配する。
扉越しに様子をうかがっていた連中も、固唾をのんでゼロの様子を窺っていた。
睨んだまま無言を貫くゼロを前に、
周りの視線まで一斉に集めたカメリーオにとっては気まずい事この上ない。
「……考えてもみろ」
不意にゼロが口を開いた。
同時に赤いハンターの表情から、瞬く間に怒りの色が消えていった。
いきなりの事に呆気にとられそうになるが、カメリーオは黙ってゼロの次の言葉を待つ。
「俺がお前を逃がしたりなんかしたら、今度は俺がエックスにぶっ殺されちまう……」
告げるなりカメリーオの両肩を握っていた手から力が抜け、
ゼロはその場で膝から崩れ落ち項垂れた。
要するにパンツは欲しいがエックス怖いと言う事である。
カメリーオにとってもエックスの恐ろしさは理解しているが、
問答無用で抹殺を図るとはいくらなんでも腑に落ちないものがあった。
「さ、流石に仲間のお前まで手にかけたりはしねぇだろ……?」
「いいや! あいつは確かに言ったぞ!?」
下げた首を勢いよく上げ、ゼロは叫ぶ。
「変態じみた事ばっかり考えて真面目に仕事をしないなら……
君 で も 殺 す よ ってな!! 俺は大真面目だ!!」
「えっ? えーっと……真面目ってどの辺がだ?」
「エロい事に決まっているだろうがッ!!」
「(なめとんのかこいつは!?)」
どうやらゼロはハンターの仕事と性欲を天秤にかけられる上に、
比重は後者の方がはるかに大きかったようだ。 私欲のためにハンターの責務を投げ出した
カメリーオにしても、流石に心の中で突っ込まざるを得ない。
エッチな事のどこにゼロを駆り立てる要素があるのかは今のカメリーオに知る由もないが、
とにかくゼロは真面目には違いないが、変な方向にベクトルが向けられているらしい。
少なくとも自分同様にエックスをキレさせる程には。
嫌な汗をかくカメリーオをよそに、ゼロは叫べば叫ぶ程に興奮するあまり地面を強く叩き始めた。
「カメリーオ!! エロのない健全なだけの世界なんて幻だ!!」
「知るか!!」
下着を交渉の材料に持ち出した事を棚上げし、カメリーオは突っ込みを入れた。
しかしゼロの興奮は収まらない。
「エックスに睨まれるせいで一度も仕事中に淫行できなかった!
ビニ本の一冊も目を盗んで読む事も許されなかった!!」
「知るかよそんなもん!! 当たり前だろ!!」
噛みつくもゼロはお構いなしに慟哭する。
突っ込みが追い付かず、完全に置いてけぼりを食らうカメリーオ。
己の性欲に忠実になれないハンター生活に何の意味があろうと言わんばかりに、
(当たり前だが)一向にエロい事を許可してくれないエックスを呪うように、
ゼロは留置所の天井を仰いで魂の叫びを上げた。
「俺は、俺は……いったい何のために……働いているんだあああああああああああ!!!!」
薄暗いハンターベースの地下に、涙を流せぬレプリロイドの絶叫が響き渡った。
「だから知るかっつってんだるぅおおおおおおおおおおッ!?」
カメリーオも腹の奥から声を絞り出し、巻き舌になりながら叫び返した。
牢屋の中のならず者たちも、照らし合わせたかのようなタイミングで一斉にズッコけた。
……ひとしきり叫んだ後、疲れからカメリーオは肩で息をする一方、
ゼロは両足だけでなく両手もついて再び項垂れたまま口を利かなくなってしまった。
「(どうすりゃいいんだよこれ……)」
勝手にキレた挙句に一人で落ち込む面倒くさい赤いハンターにカメリーオは困り果てていた。
しかし悠長な事を言っている暇はない。
ここから逃げなければエックスに抹殺される未来しかないのは変わりないからだ。
いずれにせよゼロは現状ではカメリーオの要求を呑む事はできないようだ。
かと言ってカメリーオの盗んだ、
ホッカホカのエッチな下着に強烈な未練を感じているのもまた事実。
と、なれば……方向性はさておきゼロに決断させる材料が足りていないとカメリーオは判断する。
「(考えろ、エロには興味津々で食いついてやがるんだ! もっと強烈なひと押しが……あっ)」
そして解決法は簡単に思いついた。
リスクを恐れているのなら、それ以上のメリットを与えてやればいい。
「(……本当は取っとくつもりだったが)」
カメリーオは手錠のせいで不自由な両手を、腹部の隠しポケットへと入れる。
実は逮捕時に身体検査をされた際、エックス達の発見を逃れた盗品が彼の懐に眠っていた。
エロい事には全然興味ないと自負するカメリーオをして、
唯一捌かずに手元に残して置こうとさえ思った見事な一品。
元ハンターである彼が、かつてのイレギュラーハンターに所属する『誰か』から盗み出した。
ゼロが悲観に暮れて項垂れる中、カメリーオが秘密のポケットから『ソレ』を取り出した。
カメリーオの手中に納まる飾りっ気のない……
しかし輝かんばかりに純白の、見事なまでに均整の取れたブラとショーツ。
手錠のついた両手でしっかりと掴んだそれをゼロの前に掲げると、
何かに気が付いて再び首を上げた赤いハンターの青い目が釘付けとなった。
「押収品だけじゃ割に合わねぇってのか……だったら、
この自慢の一品もサービスしとく「鍵は外したぞ」ギニィッ!?」
全てを話し終える前に、ゼロの一声と共にカメリーオの腕から先にあったはずの
下着と手錠が失われてた。 その素早さとそれ以上の決断の速さにカメリーオは驚きを隠せず、
手錠から解放された腕を二度見した後にゼロの方を振り向く。
そして、再びカメリーオは言葉を失った。
「カメリーオ、オレは今………とっても気持ちがいい。 初めてだ……こんな気持ち」
そこには両膝をついてブラとショーツを掲げて拝む、
全てが満ち足りたような安らかな笑顔を浮かべるゼロの姿が!
すぐ脇に、カメリーオの両腕を拘束していた手錠が転がっていた。
カメリーオは息を呑んでゼロを眺めていた。
跪いて純白の下着を掲げ仰ぐその姿は、
天より舞い降りし神の使いを畏れ敬う敬虔な信者を思わせる。
まるで完成された彫刻の像のように雄々しく神々しい佇まい。
見るものを引き付ける圧倒的な存在感は薄暗い留置所に差し込む一筋の光を思わせた。
ゼロに視線を奪われたカメリーオやならず者たちは思う。
「(バカじゃねぇのか?)」
目論見通りではあるが、言ってもたかだか
下着の1セットを取引材料に上乗せしただけでこの変わりよう。
自分の命を賭してでもエロに生きるとでもいうのだろうか。
余りの世界観の違いにカメリーオは完全にドン引きしていた。
「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音……」
感極まってお経まで唱え始めるゼロ。
何処からともなく持ってきた仏壇に下着を並べ、外した手錠を
木魚代わりに叩きつつも流暢に読経する。 数珠まで持ち出して両手を合わせて拝む
この上ない異様な光景に、いよいよカメリーオは我慢の限界を迎えた。
「(て、手錠をとってくれたんだからもう行っても良いよな……?)」
「岩男餌楠伝説B級優柔不断独善暴力快楽殺人肥満後輩……」
ゆっくりと後ずさり、念仏を唱えるゼロから音を立てずに離れようとするカメリーオ。
我ながら色々と斜め上な解決策であったが、
何にせよこのまま誰にも見つからずハンターベースから出てしまえば後はこちらのものだ。
強いて言えば、切られた尻尾や押収された盗品の事が気がかりではあるものの、
除隊以後、ハンターベースは様々な要因で度々改築が進められ、
かつてのハンター在籍時と同じ場所に保管されているとは限らない。
位置取りが分からない今となっては、まず外に出られると言う事の方が大切だ。
失ったものに対しての未練は存分にあったが、命あっての物種だ。
3メートル程離れた段階でカメリーオはゼロに背を向けると、
ゆっくりと出口に向かって足を進めようとした。
しかし盗品云々の行方については杞憂に終わる事となる。
「カメリーオ!」
急に読経を止め、その場を去ろうとするカメリーオを呼び止めるゼロ。
気が変わる前にさっさと去るつもりでいたカメリーオの身が震える。
恐る恐る振り返ると、座ったままのゼロが身を捻ってこちらを向いていた。
内心不安を覚えながらカメリーオはゼロと目を合わせた。
「押収物の保管庫はここ最近の改築で3階に移ったんだ……下着をとってくるの忘れるなよ?」
ゼロはそう告げると親指を立て、不敵な笑みを浮かべながらアイコンタクトを送った。
「お、おう……」
堂々と変態じみた……
もとい変態そのものなセリフを吐くゼロに、カメリーオは気の抜けた返事をする。
カメリーオの相槌を受け止めると、ゼロは再び下着に向き直し読経を再開した。
どうやら彼は目先のパンツに頭がいっぱいで、
カメリーオ自身が言いかけた『交換条件』をもはや疑いもしないらしい。
呆気にとられそうだったが、カメリーオにとっては願ってもない事だった。
ゼロがわざわざご丁寧に脱走ついでに保管庫の位置取りまで教えてくれた為、
盗品を一気に取り返せるチャンスまで転がり込んできたのだ。
「(うん。 間違いねぇや、こいつ頭ゼンマイジカケだ!)」
サービス精神旺盛なゼロに感謝と嘲笑を込めながら、
カメリーオは今しがた階層を降りてきたエレベーターのある通路へ振り返り、
余りにもあっさりと切り拓かれた自由への道を脇目も振り返らず一直線に駆け出した。
様子を見ていたならず者たちが、次々と非難の声を上げる。
俺もここから出してくれ! 一人だけ逃げるな! 俺達も連れていけ!
しかしカメリーオは周囲の怒号に目もくれず、嘲るばかりで意に介さない。
「(バーカ! お前らは一生そこにいろ!!)」
カメリーオにして見れば、同じ犯罪者同士と言え
わざわざ見も知らぬ誰かと馴れ合いに興じる気は一切ない。
陽動としてわざと逃がす考えも無くはなかったが、
いらぬ騒ぎを起こして保管庫をロックされたりでもしたら折角の機会を不意にしてしまう。
ここは一人でさっさとこの場を離れ、
保管庫からブツを取り返してから存分に『陽動』するとしよう。
カメリーオは期待に胸が高鳴りそうな気分のまま、
自慢の光学迷彩を作動させ足音と共に薄暗い地下の闇に溶け込んでいった。
この後保管庫から盗品ついでに色々と装備を拝借し、
ハンターベース全階にカメリーオ脱走の非常警報が発令される事になる。
もちろん、その間待ちぼうけを食っていたゼロの元へ残りの下着を持っていく事はなかった。
もうちょっと間を置くつもりだったけど、書き溜めてた2話目を投稿。
我ながらやりたい放題やってるなぁ。