「参ったなこりゃ……思った以上に集まってきやがったか」
カメリーオは自身の緑の体を青々とした茂みと同化するようにして、
警戒に当たるイレギュラーハンターの目を盗みつつ、周囲を見渡していた。
橋から車2台もつれ込みながら落ちた際の衝撃で、
もう光学迷彩は使い物にならなくなっていた。
ガムテープで乱雑に張り付けただけの尻尾も再び失った。
「ニニニ……結局まともに手に入ったのはこいつだけか……」
カメリーオはすぐそばに置いてある、飾りっ気のない黒光りする
張りつめたバッグに目をやってはため息をついた。
盗品の下着の入ったカバンである。 頑丈で防水加工の施された
実用性を第一に設計された代物は、中身を無事に保護する事は出来た。
とは言っても仮に中身を売りさばいたとして、その儲けは高跳びと
散々に痛めつけられたボディの修理で大半が飛んでしまうだろう。
苦労を考えれば割に合わない。 骨折り損のくたびれ儲けと言う他ない。
何より……この状況では取引に応じてくれるキンコーソーダ―達が、
警備の目をかいくぐってやって来れるかどうかは分からない。
ここはセントラルパーク。 国際空港のすぐ側と言う立地は
市民の憩いの場として、特に休日は子供達が飛行機見たさに
家族連れでやってくる事の多い、緑豊かで花壇に植えられた花々の可愛らしい公園である。
しかし今日ばかりは違う。 のどかな筈の公園は休息を求めてやってきた市民ではなく
睨みを利かせたイレギュラーハンター達が辺り一面を歩き回り、
公園全体が剣呑とした雰囲気に包まれていた。
そうであろう。 不法侵入を重ね下着の窃盗を繰り返しては女性を辱め、
加えてハンターベースを荒らしまわった上で脱走した凶悪犯、
スティング・カメリーオがここに潜んでいるのだから。
高跳び先として目星のつけられた空港の近くとあって、
近隣をパトロールしていたハンター達が既に捜査網を敷き、
逃げたカメリーオを虱潰しに探し出そうとしている。
「くそったれ……イレギュラーハンターの立ち直りを甘く見すぎたな」
計算ミスだったかもしれない。 妨害工作によって混乱に陥ったはずの
ハンターベースの立て直しが思った以上に早かった。
それとも例の3人組の差し金であろうか?
奴らよりも早くに意識を取り戻し、川底に沈んだ車両から
一抜けして待ち合わせ場所にやってきたものの結果はこの様だ。
カメリーオの置かれた状況は依然として芳しくない。
茂みから頭を引き抜くと、カメリーオは浮かない表情のまま
近くに生えている木にもたれかかるようにして座り込んだ。
疲れた足腰に芝生の柔らかさが心地よい。
ここに隠れてしばらく経つが、約束の時間は既に5分ほど過ぎている。
駐車場の爆破で足止めに成功した事に浮かれ、マークされやすい
空港の近くの立地を待ち合わせ場所に選んだのは失敗だった。
キンコーソーダーと通信さえつながれば、待ち合わせ場所を
今すぐにでも変えるのだが、生憎と先程の騒動から一向に捉まる気配はない。
自分からした約束である以上すっぽかす事も出来ず、
ハンター達の視線を窺ってただ隠れているしかできない状況がもどかしかった。
――――その時である。
カメリーオの視線の先にあるベンチが側に置かれた公衆トイレの中、
男子トイレ側の個室の扉が音を立てて開いたのだ!
カメリーオは体を強張らせ、膝をついて立ち上がろうとした。
「(見つかったか!?)」
焦燥に駆られながらも、いつでも逃げられるよう体勢をたてながら
怪しげな物音のしたトイレを注視するカメリーオ。
緊張にさらされ冷や汗を流しながら様子を覗っていると……
「俺だよ旦那、ライギャンだよ」
周囲には聞こえない程度に声を上げ、人相は悪いが鬣の立派なイレギュラーが
ゆっくりと扉から身を乗り出しカメリーオの前に姿を現した。
カメリーオはその姿に見覚えがあった。 と、言うよりは
先程の通信でキンコーソーダーの隣に立っていた男だ。
「な、何でぇライギャンβか……驚かすなよ」
「すまねえ、ハンター共のガサ入れがあってな」
ライギャンβだった。 こちらに歩いてくる顔見知りにカメリーオは胸を撫で下ろした。
元特A級ハンターに相応しくない臆病なリアクションだが、
頼れる武器と言えば長い舌……アイアンタンぐらいしかまともに残っていない。
満身創痍のカメリーオにとっては致し方が無い事でもあった。
して、カメリーオは大事な取引相手を見てふと気づく。
「……キンコーソーダーはどうした?」
カメリーオが尋ねると、ライギャンβは額に片手を置き
苦虫を噛み潰したような表情で返答する。
「残念だがあいつはパクられちまったよ……。
とにかく取引だけでも破綻しねぇように金だけは絶対に持って行けって
言われてな……俺1人逃げ出すだけで精いっぱいだった……!!」
「ッ! ……チクショウハンター共め!」
2人してキンコーソーダーに対しての義理からか、
憎きイレギュラーハンターへの悔しさを隠そうともせず歯ぎしりする。
今ここで地団駄を踏みたい衝動に駆られるも、それをすれば周囲を嗅ぎ回っている
イレギュラーハンターに見つかってしまう事は避けられない。
ここは怒りを堪えて気持ちを切り替え、ひとまずは取引の件を済ませる事にした。
「……しょうがねえ、とりあえずやる事だけでもやっちまおう。
で、持ってきた前金ってのは一体どこにあるんだ?」
カメリーオはライギャンβの全身を見た。
自分が持ってきた下着は結構な量であったはずだ。
ならば直ぐに渡せる限りの前金とはいえ、取引するブツの相場と
当面の活動資金の工面を条件に出しているなら結構な額は持ってきているはず。
トランクケース一つ分の金ぐらいは見繕っていたはずなのだが。
はて? カメリーオはライギャンβに金のありかを訪ねてみる。
「ああ……それならここにある」
ライギャンβが懐に手を突っ込み何かを取り出した。
握り拳の間からは、紐のような物が垂れ下がっている。
何だこれは? カメリーオの脳裏に疑問符が浮かび上がる。
首を傾げてライギャンβの様子を窺うも、ライギャンβの口元が吊り上がり……
手に握りしめたそれを広げて、突如カメリーオの顔面目掛けて飛び掛かってきた!
「なっ――――」
呆気にとられたカメリーオは悲鳴を上げる間も無く押し倒され、
顔にライギャンβの広げたそれを、何か白い布を被せられ口を封じられてしまう。
仰向けに芝生に押さえつけられ、ライギャンβの両手が顔面に強く圧し掛かる!
「ニニニッ!? 何しやがるんだライギャン!!」
「これが前金だよ! アンタにノシ付けて返してやるよ!」
カメリーオはライギャンβの手と顔にかぶせられた布切れを引きはがそうと、
足をばたつかせ相手の腕をつかみ返そうと顔に手をやって抵抗を試みる。
手が顔に覆いかぶさった布に触れる。 指先に伝わるほんの少し生暖かく滑らかな触り心地は
混乱の中にあっても心地よさを感じ……何よりこの感触にカメリーオは覚えがあった。
「ニニ……こ、これは……?」
何度も顔の布を触って確認するカメリーオ。 その様子を見ていたライギャンβは
腕を放し身を引いて押さえつけていたカメリーオを解放する。
目元は左右とも隠れていない。 野球のボールの縫い目のように眉間から鼻と口元を縦に覆う
その形は、本来は顔を覆って隠す為の代物ではない。
むしろこれは……。
「忘れちゃったの? アンタの『とっておき』だよ」
嘲笑しながらトイレの洗面所から引っぺがしたであろう鏡をカメリーオに突き付ける。
そしてカメリーオは驚愕する。
カメリーオに被せられていたのは女性の身に着ける純白のショーツ。
更に言うとこれは脱走の際ゼロにくれてやった筈の『とっておき』の一品だ。
「な、何でお前がこれをもって――――」
「ああ、そりゃそうだよ……本人から預かったんだからね!」
言い終わったと同時にライギャンβの体が光に包まれる。
カメリーオは更に驚き慄くが、光の中でライギャンβの
人とライオンと足して2で割ったような体の輪郭が小柄な姿に変わる。
目の前の光景から視線を離せないカメリーオ。
発光はすぐに収まり、そこに立っていたのは黒いアーマーに身を包み
オレンジのくせ毛が後頭部から生えた、顔に×文字の傷が入った少年だった。
「お、お前はエックスのッ!!」
アクセル。 例の憎き3人組の1人として認識していたレプリロイドだった。
だとしたら今さっきまで話していたライギャンβは、偽物だったと言う事になるが……。
そこまで考えてカメリーオは気づく。
「ニニニ……そうか、お前コピーチップを積んだ新世代レプリロイドか!」
「ご名答♪ ちなみにアンタと取引予定だった2人組は僕達が捕まえといたよ!
……さっきのライオンみたいな奴は『ちょっと』ひどい事になっちゃったけど」
余裕ぶった態度ながら、目線を逸らして含蓄のある言い回しをするアクセル。
コピーチップ……今アクセルが行った通り、入手したレプリロイドのデータに応じて
姿や能力を、そっくりそのままデータ元そのものに擬態可能にしてしまうチップで、
主にアクセルのような新世代と称されるようなレプリロイドが搭載している装備である。
カメリーオも噂には聞いていたが、まさか仕草も含めて
これほど精巧に化けられるとは思わなかった。
後ずさりしてアクセルと距離を置くが、そんなカメリーオにアクセルは声をかける。
「それにしても顔のパンツ取らないんだね。 とっておきなんて言って
ずっと持ってたらしいし、やっぱアンタ変態の気があったんじゃないの?」
「ニニ!? 何だとてめぇ!?」
カメリーオはパンツをかぶったまま、口を大きく開けてアイアンタンを突き出そうとする。
飛び出した舌先がパンツに触れた所で、アクセルは続けてこう言った。
「あ、いいの? そんなの舐めちゃって……。
そ れ さ っ き ま で ゼ ロ の 股 間 に 入 っ て た パ ン ツ だ け ど 」
「えっ?」
衝撃のカミングアウトにカメリーオは素っ頓狂な声を上げる。
今こいつは何て言った? 顔と舌先に伝わる生暖かいパンツの感触に、
カメリーオは見る見る内に体温が下がっていくような気がした。
さながら生気を生地に吸われているかのように。
「取り出して10数分は経ってるから出したて程じゃないけど、
それ以上に長い時間入れっぱなしだったからね。
さっきのカーチェイスどころか、貰った直後にすぐしまい込んだらしいし……って聞いてる?」
パンツを被って舌先で愛撫する見た目変態仮面と化したカメリーオ。
アクセルから駄目押しと言わんばかりの、聞きたくもない情報の開示に
言葉を失って沈黙する中、自身の電子頭脳は次々とエラーを吐き始める。
「ニ……ニニ? ニニニ??」
それは尻尾を失うきっかけとなったゼロのセイバーとキックの一撃よりも、
なお深刻なダメージをカメリーオの意識に与えていた。
頭の中が盗んだ筈の下着類が飛び回り、居もしないゼロの高笑いの幻聴が
カメリーオの意識中に満ち溢れ混沌の沙汰と化していた。
電子頭脳の混乱に全身が震え体の自由が利かなくなる中、アクセルが問いかけてくる。
「ね、ねぇ……自分で被せといて言うのもなんだけど、大丈夫なの?」
度重なる極度のストレスを前に、下着とゼロの笑い声と言う形で幻覚となって現れた
プログラムの致命的なバグは、やがてカメリーオの意識の全てを塗りつぶし、
ついにカメリーオは考えるのを止めた。
「ニニニ……ニヒヒヒヒッ!!」
口元からよだれを垂らし、焦点の合わない虚ろな目で不気味な笑い声をあげた!!
「ニヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!!!!!」」
<うわああああああああああああ―――――――――――――――――――――――>
パーク付近で合流した仲間たちと共に、無線機を囲うようにしてやり取りしていた
エックス達を、耳をつんざかんばかりの大音量が襲った。
つい反射的にヘルメット越しに耳を塞ぎ、地響きすらなるその余りの音量は、
叫んでいる途中でスピーカーが破裂して煙を噴く程であった。
「――――あああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
が、それだけに公園の敷地外に待機するエックス達をして
聞き取れる程の大きさだったので、無線機の不調程度で状況の判別に困ると言う事はなかった。
「な、何が起きたんだ!?」
「おい! これはアクセルの悲鳴だぜ!!」
一体何が起きたと言うのか。
酷い耳鳴りに頭をかき回されるような衝撃を受けたエックス達。
アクセルの十八番とも言うべきコピー能力で倒した(?)ライギャンβに化け、
渋るゼロからエックスの『熱い説得』をもって股間に大切に隠していたショーツを使い、
隠れているだろうカメリーオに捕捉されても逃げないよう、
仲間が来たと思い込ませ油断したカメリーオに被せノックアウトする。
後は気を失った所で集団で犯人確保の算段を立てていた。
一点の曇りもない完璧な作戦だった筈と思いきや、
想定外のトラブルにエックスは頭を抱え込んだ。
「くそっ! なんて事だ……パンツに残った感触が不快すぎたのか!?」
「決めつけんじゃねぇ!! 単純にキレさせただけかもしれねぇだろ!!」
「いやまあ、はっきり言うなら……くさそう「体は洗っとるわ! いい加減にしろ!!」
ついでにボロッカスに言われるゼロが、エックスに不満を露にする。
そもそもそんな所に女性の下着を入れていると言うアレな前提はさて置き、
『ゼロが』股に納めてたパンツと言う事実だけで大量破壊兵器扱いされるのは、
本人からすればたまったものでないだろう。
「とにかく作戦は失敗だ!! さっさとカメリーオ確保してパンツ取り返すぞ!」
「え、別にパンツの為に戦う理由なんかないけど」
「いいから行くぜ!? お前は兎も角俺は心配なんだよ!!
アクセルが俺の魂の下着を傷物にしないかどうかがな!!」
ゼロは勢いのままに我先にセントラルパークの入口へと駆け込んだ!
「……アイツの魂パンツ並みか!!」
並々ならぬエロへの執着を見せるゼロに、エックスは頭痛がする思いであった。
とは言え仲間の単独行動を放置する訳もいかず、エックスは待機していた隊員に声をかけ、
共にゼロを追う形でセントラルパークの中へと入っていった。
エックスを含んだ10名を超える、犯人逮捕に向けてイレギュラーハンターの足音が重なる。
見回りの中で、慌てて敷地を走り抜けるエックス達を見て合流した隊員も次々と加わり、
その数は優に50人を超える団体となっていた。
パーク内の叫び声は収まる気配を見せない。 それどころか同じく敷地内を見回っていた
他の隊員達と思わしき悲鳴も混じり、公園内は騒然とした雰囲気をより一層増していく。
混乱を極める中エックスはゼロに追いつきつつも、
現場に近づくにつれて叫び声がよりはっきりと聞き取れるようになってくると、
声の種類が複数名分重なっている事に気付いた。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「変態だあああああああああああああ!!!!」
……どうやら本当に大変な事になっているらしい。
アクセルの事も含め、現場がどういった状況に置かれているのか、
2人を中心とする隊員達はいろんな意味で心配になった。
「ほ、本当に一体何が起こってんだ!?」
「変態が出たって事は……カメリーオにパンツ被せるのは成功したんじゃないか?」
「……頼むから外れててくれよ」
決して自分の股間に入れてたパンツのせいではない。
ゼロは走りながら内心あり得る可能性だと肯定しつつも、
認めたくない一心でエックスの予想が外れている事を心底願った。
大所帯を引き連れてエックス達はついに騒動の現場へとたどり着き……
そしてゼロにとって、当たって欲しくない嫌な予感は見事的中した。
「ニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニッ!!!!」
「あ、ああ……エ、エックス……ゼロ……」
エックスとゼロ達の目に飛び込んできた光景。
パンツを被ったカメリーオが上目を剥いて小躍りしながら、
純白の生地を避けてハミパンするように自慢のアイアンタンを伸ばしてはアクセルを絡めとり、
全身と言う全身を舐め回していた。 ゼロの股間の温もりや恐るべし!
どうやらカメリーオは完全に気がふれてしまっていたようだ。
涎塗れの不快な感触に、拘束されたアクセルは顔面蒼白のまま
息も絶え絶えに遅れてやってきた仲間たちの名を呟く。
周囲にはその場に居合わせた他の隊員たちが取り囲んではいたが、
名状しがたき不気味さを前に迂闊に手を出す事が出来ずにいた。
「まいったな、やっぱりゼロの股間の温もりは破壊力が強すぎたんだ」
「やめてくれよ……」
ゼロは絶望に打ちひしがれた。
余りのおぞましい光景に2人は身が震える思いであった。
そんな中、エックスは隣に立っている女性隊員に尋ねてみる。
「アレを見てくれ、腐女子的にどう思う?」
「すごく……サイテーです」
一刀両断。
「それはカメリーオの事か? それともカメリーオの被ってるアレ提供した――――」
「 こ れ 以 上 俺 を い ぢ め る な ! ! 」
嫌そうな態度を隠そうともしない女性隊員のきっぱりとした物言いに加え、
問いかけと言う名のエックスの死体蹴りに、ゼロの心はカメリーオと戦わずして瀕死であった。
「ニニニニニニニニニニニニニ!!!! ニヒッ!! ニヒヒッ!!」
「うう……エ、エックス……ぼ、僕はもうダメだ……」
「!! 気をしっかり持つんだアクセル!!」
敵を目前に味方同士で潰しあいをするエックス達に、
一方でニヤけ顔のカメリーオの執拗な舌技に耐えきれず弱音を吐くアクセル。
口から泡を吹き不快に耐える少年の姿にエックスは痛々しさを覚える。
「そうだ、俺達が来たからにはもう安心だ!!」
「頑張れアクセル! あとちょっとの辛抱だ!!」
「これでカメリーオが美青年だったら妄想が唸るのに!!」
「お前は黙れッ!!」
少年の命運は風前の灯火。 今にも気を失いそうなアクセルを、
エックスと共にやってきた頼れるモブ隊員達が激励の声を送る。
しかし、仲間の声援を一身に浴びるアクセルから出た言葉は……。
「エックス、僕の事は構わないから……僕ごとカメリーオを倒して!!」
「なッ!?」
『道連れ』であった。
「そんな! 何を言ってるんだアクセル!!」
「エックス……ゼロ……どうやら僕はこれまでみたいだよ」
「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!」
アクセルは自らの運命を悟ったのか、エックスに自分に構わず攻撃するように懇願する。
これにはエックスも頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
その傍らで、舌でアクセルを絞めつけながらリズムに乗って踊るカメリーオ。
「アクセルッ!! バカな考えはよせ!!」
「もういいよ……僕は自分でもよく頑張ったと思うよ。
諦めていいでしょ? 皆に見られながらこんな屈辱耐えられないよ」
「やめてくれ!! 簡単に死を望んだりなんかするな!」
「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!」
恥の極みに死を望むアクセルに対して、
エックスのみならずゼロも思いとどまるよう説得する。
一方でカメリーオは依然踊るのを止めない。
「死を望んでる? 違うよ、僕は最後まで誇らしくありたいんだ!
お願いだよ!! 2人のバスターで僕ごと撃って!!
僕のイレギュラーハンターとしての誇りを守ってよッ!!」
「ッ!!」
「アクセル「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!!!!!!!」
アクセルの慟哭を前に、エックスとゼロの心は揺れ動く。
そしてついにコサックダンスさえ始めたカメリーオに対し、
「「 う る さ い 黙 れ ッ ! ! 」」
話の腰を折り続ける無粋なイレギュラーに、
エックスとゼロはドンピシャなまでに息ピッタリで、同時にバスターを発射!!
「ニギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
見事命中!
2人のエネルギー弾は望み通りと言わんばかりにアクセルを巻き込んで爆発ッ!!
カメリーオとアクセルは爆炎に飲まれ、膨大な熱量と煙の中に消えた。
砕け散ったカメリーオの焦げた破片が降り注ぐ中、2人のハンターは我に返る。
「し、しまった! アクセルゥゥゥゥゥゥッ!!」
「やり過ぎちまった!! ……大丈夫か!?」
憤怒のチャージショットによる爆発は一瞬であったが、
命中によって発生した煙が視界を覆い、中の様子を窺い知る事は出来ない。
ただ一つ言える事は、周囲に散らばったカメリーオの体の破片から、
もしまともに食らっていればただ事で済まない事は容易に想像できた。
しばし様子を見ていると、爆心地を覆っていた煙は晴れ――――
「ア、アクセル……!!」
目前に飛び込んできた光景にエックスは声を震わせ、脱力のあまり地面に膝と両手をついた。
――――そこに黒焦げになって横たわるアクセルがいた。
そんなアクセルの頭上に黒焦げの布片が降り注ぐ。
小さな欠片が1枚、2枚……降り積もるようにアクセルの体に散らされていくそれは、
地獄から現れては哀れな少年を連れて行く死神の残り香のようにも見えた。
ゼロはアクセルを覆うように散らされる、煤に塗れた黒い布の破片を握り拳を震わせて見ていた。
先程まで動いていた仲間が物言わぬ残骸と化した光景を前に、
一部始終を見ていた隊員達は何も言う事が出来ない。
そんな、痛々しい沈黙を破ったのは、他ならぬエックスとゼロの叫びだった。
「リトライチップ代があああああああああああッ!!」
「俺の
のどかな筈の昼過ぎの公園に似つかわしくない、悲しみに包まれた2人のイレギュラーハンター。
エックスは涙を、涙を流せぬゼロは血のように赤いオイルを、感情と共に目元からぶちまけた。
こうして……かつてはエックス達へのあこがれから、
1流のイレギュラーハンターを目指した少年アクセルは、
当の本人達による物欲と性欲のツープラトンによって、志半ばにあえなく散っていった。
――――筈だった。
「僕の心配ぐらいしろおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
なんと焦げて卒倒していたアクセルが起き上がり、心配の目を欲しそうにこちらを見ている!
ボロゾーキンと化し、息切れを起こすほどに大声を上げたアクセルを見て、
途端にエックスは悲しみに打ちひしがれたのが嘘のように平常心を取り戻した。
勢いで飛び起きたものの、身を起こしているのもやっとな状態のアクセル。
エックスはさっさと立ち上がり、何食わぬ顔でアクセルに近づくと、
まるでこちらを射殺すような目でエックスを見上げるアクセルに腕を差し出した。
「生きててくれてありがとうアクセル……これでリトライチップ1枚分予算が浮くよ」
「僕の命の価値はチップ1枚分かッ!!」
笑顔を浮かべて差し出したエックスの手を、アクセルは当然ながら乱暴に払いのけた。
「しかもなんだよその言い方!! たかが1枚分も出し惜しみされる程の存在なの!?」
エックスとしては仲間の無事を喜んだつもりなのに……
怒りの収まらないアクセルの返しに、少し困ったような表情を浮かべるエックス。
「そんなつもりは無いさ……それを言うなら」
エックスは指さすと、依然として燃えたパンツの破片をちまちまと拾い集めては、
地面に広げるように置いて形だけでも復元しようとするゼロの姿があった。
「見てみろ……ゼロなんかパンツ自分で燃やして打ちひしがれて、
それこそアクセルどころじゃないんだぞ?」
「だから心配するだけ自分の方がマシって主張したつもりか!! 死ねッ!!」
怒りを収める処か余計に火に油を注いでしまったようだ。
普段の飄々とした性格からは想像も出来ないほどの罵詈雑言が、
アクセルの口から捲し立てられる。
あまりの胸糞の悪さに、肩で息をするほどであったアクセルであったが、
次はゼロのかき集めた布切れを蹴り飛ばしてやろうかと標的を定めた時であった。
ようやく燃えたパンツのかけらを集め終わるであろう、ゼロが一息をついた時。
空中から何かが勢いよくゼロの頭上に落下した。
「しひろっ!」
「ニギィッ!!」
それはゼロのヘルメットを強く打ち、首を押しつぶして
頭部を胴体に陥没させる程の衝撃を与えた。
ゼロと『落ちてきた何か』は苦痛の声をあげ、そのまま気を失って
顔からせっかくかき集めた布切れにダイブ! 倒れ込んだ衝撃で布切れは再び宙を舞い
加えて狙いすましたようなタイミングで吹いてきた風に巻きあげられ、
今度こそ2度とかき集められなくなるような形で空の中へ散っていった。
アクセルにしてみれば、天誅とも言える出来事にほんの少し胸のすく思いをするが、
してそのゼロを轟沈させた何かは、地面に落ちてもなお勢いそのままに
エックス達の方へと転がってきた。
赤茶けたレンガ敷きの歩道を転がり、やがてそれはエックスの足元近くで止まった。
「ニ……ニニニ……」
苦しそうにうめき声を上げる謎の物体……
それは胴体を吹き飛ばされ首だけになったカメリーオだった。
顔中煤塗れでちぎれた首元からは、胴体の切断されていたゼロのように断面から火花が散る。
余りの惨状にアクセルも怒りを忘れ、いかなイレギュラー相手とは言え言葉を失った。
体を吹き飛ばされた衝撃も凄まじかったのだろう。
今の今まで空中に打ち上げられていた事実にエックスは驚くも、
しかし残念そうに親指の先を噛むような仕草を見せる。
「参ったな。 首だけになったら引きちぎるどころじゃないな。
エイリアとの約束もあったんだけどな……」
「えっ? まだやる気だったの……?」
止めを刺す考えを未だに忘れていなかったエックスに、
アクセルは目を細めて冷や汗を流すしかない。
そんなエックスとアクセルを前に、首だけになったカメリーオが
弱弱しく口を開き、何とかして言葉を捻り出そうとした。
「ニニ……降参だ……負けを認めるよ」
どうやら心も完全に折れてしまっているようだ。
逃走劇のさなかで見せたふてぶてしさは、最早見る影もない。
「大人しく牢屋に入れと言うなら入る……だから頼む! 命だけは助けてくれ……!!」
尻尾どころか体すら失い、最早一切の抵抗も叶わない。
プライドを殴り捨てて命乞いをする、まな板の上の鯉と化したカメリーオに、
流石のアクセルもこれ以上彼を追いつめる事は躊躇われた。
「も、もういいんじゃないの……? 流石にこれ以上追い打ちかけるのはちょっと……」
『完全決着』を望むエックスを、巻き添えを食って思う所が色々ある筈のアクセルが窘める。
エックスは腕を組んで考え、一時の間を置いた後に切り出した。
「……仕方ない、俺はいいとしてエイリアには『目』で我慢してもらうか」
「どういう意味なのかはあえて聞かないよ。 ……さよならカメリーオ」
「ニギィィィィィィィ!!!!」
体の部位をあえて強調するエックスの何やら不穏な物言い。
やはりと言うか、エックスは一度決意すると一切ブレないようだった。
これにはアクセルも諦めがついたのか、
目を閉じて今や処刑を待つだけのカメリーオに指で十字を切った。
「嫌だ……嫌だ……俺は死にたくねぇ!!」
今度こそ現世との別れがやって来た。 カメリーオは必死で懇願するように喚き散らす。
惨めったらしい姿を晒し、尊厳もへし折られたままガラクタにされるなど、
腐っても実力者としての君臨を夢見た彼としては耐えられない事であった。
それ故だったのだろう。 カメリーオはこの場において、
エックスに対しある意味暴言以上に吐いてはいけない台詞を口にしてしまった。
「許してくれぇ!! 何でもするからぁッ!!」
カメリーオの断末魔の叫びが、セントラルパークの敷地内にこだました。
「ん?」
下手人の処遇を含む、この後の段取りを考えていたエックスの意識が、
最後の力を振り絞って懇願したカメリーオの方に向けられる。
まさかこの状況で願いが通じたとでもいうのであろうか?
否。 自分の信じる正義に忠実になったエックスはそんな甘い男ではない。
では何をもって青い伝説のB級ハンターの琴線に触れたのか?
その答えをはっきりと伺い知る事は出来ない。
「あっ……」
だが、エックスを動かした何かが決してロクでもないものであるのは、
これまでのやり取りからアクセルにとって察するに余り有る事でもあった。
膝をついて首だけのカメリーオを、エックスはうって変わって
穏やかな手つきで頬の両側を持つように拾い上げる。
そして正面から向かい合い、目が合ったカメリーオは「ヒッ」と情けない声を上げる。
エックスは決して怒りからではない優しげな笑顔を浮かべているが、
この状況下においては異様の極みとしか言えず、アクセルや固唾を呑んで見守っていた
他の隊員達も察したか、全員が揃って恐怖に慄いた。
何度も言うが、エックスはにこやかで今は怒っている訳でない。
が、今に至るまでの彼の発言における文脈を鑑みれば、
間違いなく背筋が凍るような一言を口にする。
「今、 何 で も す る っ て 言 っ た よ ね ? 」
その言葉が、ある意味でカメリーオの聞いた最後の言葉だった。
……ようやくカメリーオ逮捕。 長かった……ちょっとした短編のつもりだったのに
えらい話と言うか文章が膨らんで大変でしたが、後もう少しで完結です!
もう少し、お付き合いくださいな。