(なんだこれ)
何が起こっているのか、理解できるはずなのに頭が追いついてこない。
私は今まで、何をやっていたのだろう。
(思い出せない・・)
騎馬戦の終了とともに心操の洗脳が解けた拳藤は会場が静まり返ったこの現状にただただ戸惑うだけだった。
横にいるコビーを見ても自分と同じ反応をしており、前にいる心操は口を開けて呆けている。
そして騎手のルフィが自分たちから離れたところに寝転んでいる。なんであんなところに、と疑問に思っていると彼の元にミッドナイトが近寄ってきた。
女教師はルフィが持っているハチマキを数えだす。
『選手すべてのポイントを獲得!!』
『第一位 ルフィチーム!!』
このアナウンスに会場は静寂から一転、弾かれるような大歓声が巻き起こる。
まさに次世代の英雄、極大のロマンの出現を目の前に一般客だけでなく、スカウト目的のため詰め掛けたヒーロー達も同じくして興奮していた。
「は・・・これ、どういう」
「ぼ、ぼくも何がなんだか・・・」
拳藤とコビーはいつのまにかに自分達が一位になっていたことに困惑する。しかも自分たちの一人勝ちだ。
状況が掴めないまま、時間が経過していく。
ミッドナイトが今回のケースの場合、どういう判断を下すのか委員会に判断を煽る。
少々時間がかかりそうだ。
この時間のうちに選手は全員会場の中へとはけていく。轟は自分が氷結して動きを封じていた組を左手を使い解凍していた。その時の轟の表情に、氷を受けていた葉隠たちは少し体を硬直させた。
一同控え室に戻った後、A組控え室は暗い空気が立ち込める。
ヒーロー科としてのプライドがへし折られ、すでに敗退が決まっているかの様子だった。
(全く見えなかった・・・甘かった・・何が手を掴めればだ!?)
(最後のあの時、彼の攻撃は僕たちの方に向いていなかった!ならその瞬間を狙ってハチマキを取りに行くこともできたはずだ!だけどできなかった・・・怖じ気ついたんだ)
(オールマイトからこの力を、この世界を託されたのに・・・!!)
わずかにあった勝機を逃してしまった緑谷は自分に託されたものに責任を感じ、深く落ち込んでいた。
その様子に麗日たちは声をかけるのができなかった。自分たちは彼ほど悔しがれていない気持ちに気づいたから。自分達が彼ほどの覚悟がなかったから。
瀬呂も自チームの爆豪に話しかけることができないでいた。
普段なら周りに当たり散らす性格の爆豪が椅子に座りずっと下を見ているからだ。
「無理もねえよ・・俺だって話す気すら起きねえ。ここまでやられるなんてな。」
切島はそういってポツリとこぼした。
その中で上鳴は口調は相変わらず軽い。
「しかしあいつがここまでやるとはなぁ〜・・。なんとなく喧嘩させたら強いんだろうなっての思ってたけどさ。遊ぶ時はただおもろいバカって感じなんだけど。」
仲のいい彼は悔しさもあるが、納得いかない様子ではなかった。
「でもなんかおかしかったよね!なんていうからしくないっていうか」
確かに、と芦戸がいう違和感に切島と上鳴は頷いた。
普段のルフィならあんな淡々と作業を行うかの攻撃を仕掛けてくるだろうか。いやあいつならもっと楽しみながら勝負を挑んでくるはずだ。
仲のいいA組の面々はん〜、と考え出した。
「相手の心配より我が身の心配ですわ!わたくし達はこの騎馬戦で落ちてしまうかもしれないのですよ!」
副委員長の八百万は落ち込んだ様子で先ほどの面々に投げかける。
プライドの高い彼女はことさら気を重くしている。まさか自分がこんなところで早々と脱落してしまうとは思っていなかったからだ。
この言葉にまたもや部屋中は暗くなってしまった。
「じゃあ一切覚えてないだね?」
「ま〜ったく覚えてねぇ。気づいたらこの部屋移されてたしよ??どうなってんだ??」
A組とは別の部屋ではB組と普通科の3人が休息をとっていた。
拳藤は後から聞いた状況をクラスメートから聞き、暴れまくったルフィを問い詰めていた。
部屋の隅で悔しさのあまり鉄哲が絶叫している。
コビーとルフィはよくわからない状況にただ困惑しているが、拳藤は少し黙り込み心操の方を見つめる。
「・・・あんたの仕業か?」
彼女は明らかに怒っている様子で肩を揺らしながら静かに座っている心操の方に近づき、腕を組みながら彼から一歩までの距離で問い出した。
「・・・そうだと言ったら?何か問題あるか?おかげで結果は他を全滅させての一位だぜ?」
もう隠す必要ないとばかりに開き直る心操は不敵に笑みを浮かべる。
「それはどうもありがとう」
「だけど私はそのことに聞きたいんじゃない!あんたが試合前に嘘をついて、なんの許可もなしに私らを使ったからだ!!」
拳藤がいつになく荒げた声にクラスの注目が彼女の方に集まった。騒いでいた鉄哲も思わず黙る。
ピンと張りつめた空気感に皆が緊張した。コビーはチームメイト同士の対立に慌て、普段空気を読まないルフィも冷や汗をかいている。
「明らかに私らを利用する行為だ!あんたの個性がもし!人を操るっていう類ならこんな非人道的で屈辱的なことなんてない!!」
トップヒーローになるため今までたゆまぬ努力を続け、夢見たこの体育祭を後ろ足で土をかけられた彼女のプライドは大きく傷ついた。
当然だ。自分の力で勝つ。目的意識の強い彼女は人一倍この思いが強かったからだ。
「・・・非人道的ね・・」
ボソッとつぶやいた心操は憤る彼女を横切り部屋から出ていった。
彼が去った部屋にもまた、沈黙が流れた。
『YEAH!!長らくおまたせしたぜリスナーの諸君!やぁ〜っと審査の方が決まったぜ!!』Uryyyyy!!!
審査に入ってから10分の時間が流れたが、ようやく判断が下ったようだ。
普通に考えれば全ポイントを獲得したルフィチームだけ通過し、チームの四人でこの先争うことになる。
しかし、あくまで通過できるのは4チーム。残りの3チームをどうするのか、ここを論点に審査が行われていた。
ミッドナイトは審査を発表する前に、その様相を思い出した。
「う〜ん・・・やってくれたね彼!まさか、普通科の生徒がヒーロー科の全員を出し抜くなんて誰も予想してなかっただろうさ!」
「・・・・・でどうするんです?この先は」
審議室にて校長は悩ましくも嬉しそうだ。観客のあっけにとられた顔を思い出している。
とっとと進行させたい相澤は横槍を入れる。つまらなそうにする校長だが、彼に一度話させたら止まらないので次の種目の補助役を務める教師・セメントスもそれに便乗する。
「実際問題予定していた決勝トーナメントをこのまま4人だけで争っても盛り上がりますかね?」
「まぁ4人だから成立はするがな」
「・・・でも4人中3人が普通科ていうのがぁ」
このまま4人だけ通過という形にしてしまうと盛り上がりに欠ける上に、予定時間も大幅に早まってしまう。
エンターテイメントとしてTVカメラや番組がなされている雄英体育祭はスポンサーも多く抱えている。このままでは苦情待った無し。大人の事情がどうしてもチラついてしまうのだった。
「そんなこと生徒には関係ない。0ポイントなんだから他は全部最下位横一線、失格でいいだろ」
「お前は生徒に厳しいな」
相澤の意見はこのまま4人で決勝トーナメントを続行。担任するA組は全員失格でいいという判断だ。私情を挟まないあたり彼らしく、無情な決断を強いることこそが教育理念であるからだ。
確かにヒーロー校の最高峰たる雄英がスポンサーの圧力に屈する姿勢を取るのは好ましくない。
う〜ん、と全員の首が捻る。
そこに一人、雄英とは関係ないものが踏み入れて来た。
「社会に出ればヒーローとて社会人の一人、今更そんな綺麗事言わんでいいだろう」
体に炎を携え威圧的な雰囲気を持つ彼は遠慮なく発言する。
「障害物競争と騎馬戦だけの個人の力の評価は定まらん、弱いものに引っ張られてな」
「何をいきなり現れてズカズカと、OBだというのに滅多に顔も出さないくせに」
「エンデヴァー」
この横柄な態度をとってくる男はフレイムヒーロー「エンデヴァー」。日本ヒーローランク不動の2位の男だ。
その体躯は大きく、オールマイトにも劣らない。
「君はただ息子を落とされたくないだけではないのかい?エンデヴァー・・・いや、ここでは轟君といった方がいいかね?」
そう彼はA組轟焦凍の父親。息子の観戦に訪れたのだが、この状況に非常に気分を害しているようだ。
雄英教師陣を前にして態度を取り繕う様子は一切ない。
「・・否定はしない。しかしこのままでは納得できん。俺も、観客も、生徒もだ!確かに騎馬戦ではヒーロー科の敗北だった。しかし、あれが果たして納得いく敗北だったかだ!」
「・・・どういうことです?敗北は敗北でしょう?」
「モンキー・D・ルフィ・・・モンキー・D・ガープの孫。サラブレット中のサラブレットだ、俺の焦凍を比較してもな」
「その飛び抜けたのが一人がいたからこそあの騎馬は勝利したに過ぎん。他に女子を除けば普通科の男子が二人・・・このザマでチームの力で勝ったなど言えるか?あまつさえこの後が個人のトーナメント戦だ。結果が見えた戦いほど笑えんものはない」
ガタッ、という物音をたて数人の教師が立ち上がり、エンデヴァーを睨みつけた。その中には相澤・・・そしてオールマイトの姿もあった。
オールマイトの顔は激情に駆られている。
「生徒をあまり侮辱してくれるなよ・・・普通科がどうした!彼らもトップを目指しもがいている!だからこそここまで生き残っているじゃないか!昔からの馴染みの君でも今の発言は許せんぞ!」
エリート気質のエンデヴァーの差別的な発言にオールマイトは威圧的になる。
しかし、さすがNo.2ヒーローのエンデヴァーは彼の放つオーラにも萎縮する様子はない。
「そうだな、彼らもまた挫折があったからこそここまで上がってこれたのだろう。敗北は人を変え!強く!さらなる高みへ誘うスパイスだ!」
「うちの焦凍含め、ヒーロー科の面々は優秀ゆえ今までその機会は恵まれなかったはず!plus ultra・・・敗北を糧にさらなる高みへ。今まさにそれを体現させるための絶好の機会ではないのか!」
経験者は語る。圧倒的なNo.1に屈しても踠き続けるNo.2の言葉は誰よりも重く力がある。
この言葉にオールマイトも反論することがなかった。
「相変わらず自分の都合のためには言葉も行動も素直な男だよ」
校長はエンデヴァーの性格を皮肉り、フムと手を顔の前に組む。あくまでエンデヴァーの言葉は私情の上での詭弁に近い。ただ一理ある。
今年のヒーロー科は苦難をも跳ね返す逞しさがある。彼らにもう一度チャンスを与えることは決してマイナスにはならないだろう。
「わかった、君の口車に乗ろう。通過者を本来の4チーム、16名とし決勝トーナメントを行おう」
演台へ戻ったミッドナイトは生徒だけではなく、教員内にも面倒事を起こした張本人を見た。
(まったく何でこう問題を持ってくるんだか・・・生まれ持ったものなのかしらね)
フゥ・・と一息吐いて審査結果を並んだ生徒に知らせる。
爆豪は拳を握り、一人体を震わせた。
(ありがてぇ・・あいつを吹っ飛ばす機会がまだあるたぁな!!)
決勝トーナメントに進む4チームをミッドナイトは電光掲示板をなぞりながら発表する。
その4チームはルフィ・轟・爆豪・緑谷の組に決定した。
轟・爆豪チームは結果0ポイントながら騎馬戦で圧倒的活躍があったこと。緑谷チームは1000万ポイントをルフィ以外には巧みにチームとして死守しているところを評価されてだ。
そしてこの4チーム以外は行動不能に陥っていたため妥当な判断だった。
選ばれた3チームの生徒たちはそれぞれ巡ってきたチャンスに再び沈んだ心に熱を灯す。そして一つの目標に皆が視線を向けた。
彼らの目標はただ一つ、打倒ルフィ。敗北が彼らの闘争本能をかき立てた。
『それでは〜第三種目・バトルトーナメント!!組み合わせを発表するぜ!!』
『まずは一回せ「その前にいいですか?」っておい!俺のライブの横槍はタブーだぞォ!?』
プレゼントマイクの進行を遮る声が生徒の方から聞こえてくる。皆が振り返ると、サイドテールの彼女 拳藤が手を挙げていた。
「私このトーナメント棄権します。」
何と彼女は棄権を申し入れてきたのだ。その発言に皆が驚く。
彼女は耐えられなかったのだ。騎馬戦において自分は何もしていない。ただ操られ、知らずのうち通過した現状に。
悔しさで心のなかは満ちているはずなのに、表情は無理に平静を装っていた。
「それを言うなら私もいっしょですわ!私だって次に進めるほどの活躍をしていないですもの!」
「私もだよ!」
あまり話したこともない八百万と芦戸が拳藤に説得の声をあげる。彼女らも気持ちでは似たようなものだったからだ。
「これは勝手な私のプライドさ。チャンスをもらっといてそれを捨てるなんてバカみたいだけど・・」
拳藤は頑として意見は変えない。彼女の芯の強さはB組の全員が知るところだ。一度口にしたことは曲げないだろう。
そして彼女はコビーに謝った。自分の考えは気にしないでくれ、頑張って推薦を目指してくれ、と言い残して会場を後にした。
コビーは彼女の後ろ姿を見て責任が重くのしかかった心境だった。自分にはあんな決断はできない、自分にはあれほどの心の強さがなかったからだ。
隣にいたルフィの顔はいつもより固くまっすぐな表情だった。
張りつめた空気の中、彼女が抜けた空席を誰が埋めるかが教師が決めるのではなく、納得ができるように生徒間で決めたのだった。
結果決まったのは拳藤と同じクラスでその中でも信頼の厚い鉄哲が選ばれた。
『では気を取り直して発表するぜ!!』
『第1試合 緑谷VS心操!!!』
『第2試合 轟VS瀬呂!!!』
『第3試合 鉄哲VS切島!!!』
『第4試合 常闇VSルフィ!!!』
『第5試合 麗日VS上鳴!!!』
『第6試合 八百万VS芦戸!!!』
『第7試合 飯田VS発目!!!』
『第8試合 爆豪VSコビー!!!』
プレゼントマイクの発表に皆顔を引き締める。泣いても笑ってもこれが最後のチャンス。一度敗北を味わった者達は再度頂きを目指す。
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第三種目が始める前に昼休憩、その後クラス対抗のレクリエーションが間に挟まれる。
ルフィとコビーは昼ごはんを食べに食堂に赴いていた。
「いやぁ〜腹減った〜!!!飯だ飯!!」
もちろんルフィが競技者の誰よりも早くランチの券売機に並ぶ。そして何にしようかこれでもかと迷い、長蛇の列を生み出すいつもの光景が見える。
それでも最低10品それも爆盛を選ぶので、クックヒーロー・ランチラッシュは今日は何を選ぶのかソワソワしている。
山積みにされた器に囲まれたルフィは満足げだった。彼が何より雄英でよかった点は今のところこの料理だろう。体育祭もあって彼はいつもの4倍の量を平らげた。厨房の奥ではランチラッシュが死にかけている。
腹が尋常ではないほど膨れたルフィの横でコビーはまだ細々と食べていた。
「いつまで気にしてもしょーがないぞ!あいつはあいつの思ったことをやっただけだ、コビーが気にすることじゃねぇよ」
「・・・」
「お前一回戦ばくごーなんだろ?あいつはツエーから強気でいねぇと勝てないぞ!」
「ごめん・・・ちょっと歩いてくる」
食べかけの丼を厨房に返してコビーは一人で外を出て行った。それにルフィは引き止めはせず、コビーの問題は自分自身で決着をつけさせようと思い、追加の券を買った。
コビーが一人で中庭のベンチで座っていると、普通科のクラスメイトが数人が彼を遠巻きに指差しながら芳しくない様子が伺われた。
ヒソヒソと話してるかと思えば時には聞こえるように、嫌味なことを言ってくる。
だいたい内容は予想できる。運がいい。場違い。調子に乗るな。幼稚な妬み嫉みだ。
しかしそれを自覚しているコビーにはそれが一番刺さる。
コビーは逃げるようにその場を離れた。
ところかわって緑谷はまっすぐ食堂には向かわず、競技場入り口通路に来ていた。轟に連れ出されたからだ。
そこで轟は少しの間身の上話をした。
その話は自身の出生から始まった。自分の父親は長らくNo.1になれずNo.2と揶揄され続け、ついには頂上を登ることを諦めた。そして個性を掛け合わせる個性婚を画策したと。
少し昔、個性が子供にも遺伝することを利用して意図的に強力な個性を持つ相手と婚姻関係を結ぶ個性婚が流行っていた。
この風潮は非人道的だと非難されたが、轟の父親エンデヴァーは自分と対極にある母親の「氷結」の個性を手にいれるため無理矢理婚姻を結んだのだった。
こうすることで自身の弱点を消し、より強力な個性の子供を産ませること、そしてその子供を鍛え上げNo.1へ育て上げることが頂上を執着した彼の目的だった。
その結果成功作の轟焦凍が誕生するまで幾度も子供を産ませたことで母親は精神的に不安定になり、轟が小さい頃に壊れてしまったのだ。
この話をした時、轟の顔はとても苦しく復讐に満ちた顔をしていた。それに緑谷はただ恐ろしく思えた。
「俺はあいつの言う通りにはならねぇ。俺はお母さんの力だけでトップになる。そう思ったから以前からNo.1のオールマイトに目をかけられてるお前にこの大会前挑戦じみたことを言ったんだ。」
「そうなのか・・・」
これまでオールマイトが緑谷に個人的に話しかけていたのを目にしていた轟は緑谷を意識していた。
そのこともあり大会開始直前の控え室で自分が勝つと宣言していた。
「・・・でもこれまで結果を見れば俺はとんだピエロだな」
「だけどトップを取りに行くことには変わりはねえ。勝つぞ・・お前にも、そんであいつにも。決してブレねえ・・・それだけを言いたかった」
轟はこのままでは父親を見返すことはできない、絶対に勝つと言うことを改めて宣言しに来たのだった。
「・・・・いや、悪い。お前には関係ないことまでベラベラと喋っちまって。時間とらしちまってすまない」
言いたいことだけ言って冷静になった轟は踵を返して外に出た。誰かに吐き出しかったのだろう。
その轟に緑谷は後ろから声をかける。
「僕には君みたいなすごい生い立ちも覚悟も足りないのかもしれない・・・でも僕もいろんな人に救けられてここにいる」
「だから僕はトップを目指す。僕の存在を証明することが恩返しだから。だから僕は君にも勝つ!」
緑谷は今までの想いを改めて再確認し、轟に勝つと宣言し返した。
それに轟もああ、と返し二人は別れるのだった。
拳藤は見られたくなかった。赤く腫れた目を。くっきりと残った涙のあとを。
競技場を後にした彼女は校舎の方に戻っていた。
昼休憩中しばらくは影を潜めて、ひっそりと泣いていたようだ。
普段勝気でサバサバとしている彼女は皆にそんな姿は見せたくなかった。こんな意地っ張りな性格だからこそ辞退しようと思ったのだろう。
逆に弱い所をさらけ出せる相手いないことが彼女を苦しめる。捌け口がないのは辛いものだ。
しかししばらくして校舎から出た彼女は最も見られたくなかった相手に出くわしてしまう。
「心配してたぞコビーも鉄哲もお前のクラスもよ!それにメシ食え!元気でるぞ!」
「誰も彼もがあんたとは違うんだよ、食う気分じゃないし」
その相手とはルフィだった。
腹を満たしてトイレに行きたかったところにルフィは拳藤とばったり会った。
ルフィはここでちょっと待ってろ、と言いトイレに少しこもったのは割愛する。
二人で校舎のどこかベンチで座り、拳藤は顔を見られないように顔を伏せがちに答えた。
「早く競技場に向かいなよ、一年のレクリエーション始まってるでしょ」
早くどっか行ってほしい拳藤は理由をつけてルフィを引き払おうとした。しかし、そんなこと何処吹く風か奴にそんな遠回しは通用しない。
「お前バカだなー!一年ならお前もそうじゃねえか」
(は、腹たつ!!)
正論だが、この空気の読まなさに思わずイラつかせる彼女は直球に言葉を吐く。
「だから!私は今!一人にしてって言ってんの!」
荒い声を出して少し息を切らす。泣いたことで少々喉を痛めてるようだ。それにその拍子に出しきれていなかった涙がポロリと出た。
これに彼女は顔を赤くして違うんだ、と慌てたつ。
少しビックリしたルフィだったがそれでも動こうとしない。
あまり自分がどうこう言おうとは思っていなかった彼だったが、そんなに我慢して突っ返してくる彼女に少しむっとした顔をした。
「悔しいんなら悔しいって言えばいいじゃねぇか。そんなこと我慢することでもねぇよ。」
「おれたち仲間なんだからよ!」
そう言ったルフィは最後はニカッと笑いかけた。
そんな素直なルフィの言葉に、さっきまで荒んでいた彼女の胸の内がスッと軽くなったように思えた。
目を見開き、彼女にとって謎の感情が彼女を支配した。
(何これ・・・こんな感覚・・知らないんだけど・・)
なんだかフワフワした感じな拳藤はルフィの目から目を離せない。
どうしてこんなに自分は見つめてるんだと頭の中は困惑しているが、原因はわからない。
拳藤の様子がおかしいと思ったルフィは言われた通り一人にしてあげた方がいいのかと思い、彼女の手をとって最後に二言だけ言い残して競技場へ向かって行った。
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ルフィが去ってから少し経ってもベンチに座っていた彼女は、先ほど言われた言葉を何度も思い返していた。
「お前の想いと一緒におれは絶対優勝する!!」
「約束だ!」
この言葉に、心が何度も満たされる拳藤であった。