ジェイル・スカリエッティが欲しているロストロギア『レリック』
古代の遺物故にその価値は高い。また高純度なエネルギーを内包しているので他のロストロギアよりか使い道が豊富で、何より同型が多数存在することにより多くの次元世界に散らばっている。
現在ジェイルが所在を割り出しているレリックは違法研究所、次元犯罪組織、闇市など面倒な場所に集中しており、ナンバーズ、ガジェット、そして追加戦力たる高町クロノはそれを根こそぎ回収していくことになっている。
「これであらかた片付いたな」
ナンバーズ1の戦闘力を誇る戦闘機人トーレは、レリックを保有していた敵勢アジトの無残な残骸を見つめ、やれやれと腰を下ろした。
「ちょっとやり過ぎじゃないかな……これ」
トーレがタコ殴りにした犯罪者達にバインドをかけ、安全を確保した上で治療魔法をかけているクロノは呆れたように言う。彼らの命に別状はないものの、あまりにも無慈悲にボコられた人々の姿を見ると、いくら罪を犯した者達とはいえど可哀そうに思えてくる。顔面はもはや腫れまくってしまって痛々しいにもほどがある。
「馬鹿を言うなお人好し。数少ない軍事予算を割って、大金を用意して、しかもあれだけレリックの譲渡を頭下げてまで頼み込んだというのにこいつ等ときたら『金だけ置いてとっとと立ち去れ。あ、でも女は残ってもいいよ。というか残れ』などと戯けたことを言い、ふざけるなと正当に抗議したら襲いかかってきたんだぞ。そんな屑共に情けをかける道理はない。命があるだけ有り難いと思って欲しいものだ。そうだろう、なぁ、お 前 達 ?」
「「「「は、はいぃ! その通りです姉御ォ!!」」」」
トーレに睨まれ、生まれたての小鹿のように震える犯罪者たち。完璧に自分達の立場を認識している。いや、あれはもはや骨の髄まで圧倒的恐怖を沁み込まされた感じだろう。
「ほらな。こいつ等も納得しているじゃないか」
「え、ええ。そう…ですね」
ワイルドなドヤ顔を決めるが、とてもクロノは素直に受け止めれない。怖すぎる。生半可な返事しか返せない。
クロノは小さな溜息を吐き、最後の一人の治療を再開する。このまま傷だらけの彼らを放置するのはあまりにも良心が痛む。いくら犯罪者とはいっても、同じ人間なのだ。最低限の治療を行なって然るべきだろう。
「ほら、じっとしてください。治療魔法も当てる位置が狂えば効果が半減してしまうんです。一秒でも早く痛みから逃れたいのなら、大人しくしてください」
「す、すまねぇ」
「まったく。貴方達が素直に交渉に乗ってくれれば、こんな酷い目には合わなかったんですよ? 此方はちゃんとそれ相応のお金も用意していたというのに。それに、よりにもよってあのトーレさんに喧嘩を売るなんて自殺行為です」
「つい、魔が差しちまったんだ…………俺達が馬鹿だった」
「本当ですよ。まぁ、これも散々悪いことをし続けてきたバチが当たったんでしょう」
最後の一人を治療し終えたクロノは、次元犯罪組織のグループを一纏めに集め、テント型の結界で囲む。これで時空管理局が駆け付けるまで、彼らの安全は確保できるだろう。彼らも悪事を働いてきた人間ならば、少なからず人から恨みを持たれているに違いない。バインドで括られ、無防備な状態で廃墟に晒された状態で、万が一襲われれば命にも関わると思った故の処置である。
「では僕達はこれで。直に局員の方々が来られますから、それまでここで我慢していてください。ああ、レリックは頂いていきますね」
「―――ああ。俺達の惨敗だからな。文句は言わねェ」
「済みません」
クロノは頭を下げ、トーレと共にまた別の地点へと移動した。
“高町クロノ………恐ろしい奴”
レリックがある新たな地点へと向かう中で、トーレは内心でクロノの認識を改めていた。薄々感づいていたがこの男、やはり唯のお人好しではない。
彼は自分達が敵対組織と抗争になる前から既に、時空管理局に彼らの隠れ家の情報を提供していたのだ。つまり、高町クロノは最初から奴らを管理局に捕まえさせる魂胆があった。予定通り交渉が成立したにせよ、あの次元犯罪組織は皆揃って仲良く監獄行きにさせる気だったのである。
「………………」
「どうしたんですかトーレさん? 何か僕の顔に付いてます?」
「いや、なんでもない」
そしてこの邪気のないきょとんとした表情である。先ほどの計画的な行いに悪意がない、または自覚がないということか。尚のことタチが悪い。こういった輩は本当に恐ろしいものだ。
―――恐ろしいが、仲間として行動する時は本当に頼もしい限りであるのも間違いない。仲間として行動している“今だけ”は、彼の力の恩恵に甘んじて肖ろう。
「そろそろ次の目標に着く。今度はややこしく、また回りくどい交渉なんぞは必要ない。正直面倒臭くなった。最初から全力で叩き潰しに行くぞ。お前も犯罪者に対してならヘンな罪悪感は持たないだろう。まぁ、私達も犯罪者だが」
「ええ。―――ですが情報だと、かなり大きな組織のようですね。僕達二人だけで行けるのでしょうか」
「ナンバーズの中で最も戦闘に秀でている私と、その私より強いお前がいれば問題なく潰せる」
「………確かにトーレさんは頼りになりますからね。じゃあ、僕の背中は任せましたよ」
「無論だ。任せておけ」
◆
次元犯罪者とは法を恐れぬ無法者達のことを指す。金は勿論のこと、自由のためなら他人を蹴落とすことに何の疑問も思わない呆れた人間が大半だ。そしてそんな人でなしが集まり、形成された組織を次元犯罪組織と言う。中にはどんどん肥大して行き、彼の聖王教会と同規模の戦力を保有する組織すら存在するに至った例もある。時空管理局も一つの次元犯罪組織を潰すのに、場合によっては一個大隊は必要とし、彼らを掃討するのにもそれ相応の犠牲が求められる。そう、どんな規模の次元犯罪組織でも多数の人員が求められるのだ。しかしながら世の中、いや、次元世界は限りなく広い。必ず例外というモノが存在するものである。
「き、貴様らぁ……こんなことをして、唯で済むと――――!?」
「ハッハッハ。威勢だけは一人前だなこの負け犬が。土でも喰って黙っていろ」
引き締まった身体を持つ女性は、とある次元犯罪組織の門番を任さられていた男の頭を掴み、容赦なく地面に顔面から叩きつけた。門番は悲鳴すら上げることもできず消沈する。これで、十数人もの門番がトーレ1人の手によって全滅させられた。ナンバーズ最強の戦闘機人に相応しい戦闘力である。
「うわぁ…………」
ピクピクと痙攣を起こしている門番達を見て、クロノは身震いをする。
「さてと……門番共は片付けた。突入するぞ」
トーレは気にせず蹴りを一発、この次元犯罪組織本部が存在する地下へと繋がる大扉に叩き入れた。鋼鉄と同等以上の強度を誇る脚から繰り出される重い一撃により扉は勢いよく開かれた。
今日という日を人生最悪の厄日として胸に刻もう。一人の中級次元犯罪組織の隊長は銃器を片手に、静かにそう誓った。あらゆる悪行を重ねてきたロクでもない男は、それでも神がいるのなら今すぐ自分を助けてくれと頭を下げれるほど精神が参っていたのだ。
“おいおいアイツら本当に人間かよ。人の皮を被った化け物かなんかだろアレ………!”
鉛玉で形成された弾幕を堂々と闊歩する男と女。弾丸は彼らに直撃する前に勢いを完全に殺され、ポロポロと地面に落ちるだけのゴミに為り下がっていく。恐らく不可視の魔力障壁に弾丸が止められているのだろう。
勇敢な同僚達は射撃が効かないのなら白兵戦だ、とナイフを手に果敢にも挑みに行ったが、呆気なく、一矢報いることもできずに一蹴された。
「ああ、チクショウ!
一体一体が馬鹿高い高価な兵を惜しまず投入する。そのくらいしなければとても奴らを仕留めることはできないと判断したのだ。当然此方の被害も甚大になるが、これ以上暴れられてはそれこそ目も当てられない惨事が待っている。だいたい、今使わずいつ使うというのだ。
「「…………」」
緩まず弛まず進撃してくる二人組はピタリと足を止めた。彼らの行く先の床から百体は超える超兵が召喚される。獣と人が混ざり合った異形な姿をするモノ、岩で身体を形成するモノ。人と比べるのもおこがましい屈強な兵達である。
「は、はは。どうよ。どうだよ! こんな時のために結構な金を積んで作った兵達だ!! Aランクの魔導師でもそう簡単には倒せねぇぜ!!」
「て、言ってますけどどうします?」
「答えるまでもない」
ボディスーツに身を包んだ女性は小指を鳴らしながら超兵の元へと歩を進めていく。それを相方と思わしき男は止めようとしない。
馬鹿じゃないのか、と隊長は声を出して嗤う。いくら強かろうと自殺行為だ。愚かな行いだ。これだけの質量と物量を目の前にして尚も立ち向かうなんてのは、もはや『勇敢』ではなく『無謀』と言うのだ。彼らは少し自分達の力を過信し過ぎではないか。
「その余裕面を剥いでやらぁ! お前らァ! 奴らを駆逐しろ!!」
「「「「■■■■■」」」」
命令に忠実に従う兵達は真っ直ぐ侵入者に向かって突進する。あと数秒後で、あの不届き者どもは地に伏して無残な姿を晒すことになる。ミンチ程度で済めば良い方だろう。とにかく、今までの落とし前、その命をもってキッチリ償ってもらう。
~五十秒後~
「嘘、だろ」
精気の抜けた言霊が静かに地下通路に響き合渡る。手に持っていた銃器は既に床に落ち、闘う覚悟の気力も残されていない降参状態だ。
―――自分は確か超兵に奴らを駆逐しろと命じたはずだ。なのに何故、逆に超兵が駆逐されているのだ? おかしいだろう。立場が逆だろう。
しかし、どれだけ現実逃避したところで眼下に広がる超兵であった残骸を見れば、それすらも許されないと無慈悲に告げられた。
「ハッ、笑わせてくれる。この程度で私が屈するとでも思ったか。身の程を知れ」
岩で形成されたゴーレムを片手で粉砕する彼女はもはや女として見れるかどうか怪しい。
「それでも結構時間が掛かりましたね。多額の資金が注がれていただけはあります」
フードの男は優しい口調で亡き超兵らを褒め称えるが、一分以内で全滅させられた彼らからすればその言葉は何の意味も持たない。
「残る兵力は、貴様だけか」
「………ぁ」
「なんて面構えだ情けない。襲い奪うことに慣れていても襲われ奪われることには慣れていないのか――――全くもって度し難い。同じ次元犯罪者と思うと涙が出てくる」
男の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げる女性。
「ひ……ぃ」
「我ら次元犯罪者は常に人の不幸を糧として生きる咎人だ。どんなことをされても文句は言えん。奪うのなら奪われることも覚悟しなくてはならないのだ」
「た、助け」
「そう助けを乞いてきた人間を貴様はどれだけ蔑ろにしてきた。ああ、そういえばどこぞの世界には因果応報という格言があったな。なんでも、過去にしてきた行いは必ず自分の元へと報いとして帰ってくるらしい。貴様にとっては今まさにこの瞬間のことを言うのだろう――――なァ!!」
「ガホッ!?」
女性は人並み外れた筋力を持って男を壁にめり込ませる。男は白目を剥いて気絶した。
「まったく、悪事を働いているのならそれ相応の覚悟を持てというのだ。
――――クロノ。後どれだけ進めばレリックが保管されている宝物庫に辿り着けるんだ?」
「このルートを三㎞ほど直進すれば宝物庫に辿り着けます」
「よし。ならば急ごう」
「いえ、もうこの蟻の巣のようなアジトの内部構造もだいぶ解析できました。今なら宝物庫内に直接転移することができます。わざわざトラップだらけの通路を通る必要もありません」
クロノは己の右手をトーレに差し出す。
「………ふ。やはりお前は頼りになるな」
トーレは迷わず躊躇わずその差し出された手を握る。
「じゃあ、行きますよ」
「頼む」
二人は一瞬で残骸が無造作に撒き散らされた通路から消えた。
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
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次元犯罪組織からレリックを奪い、ついでに壊滅させたクロノとトーレは息抜きに温泉に立ち寄っていた。外傷こそないが、闘いの疲れというものは必ず残る。それにせっかく各次元世界を渡っているのだ。レリック回収ノルマも無事達成しているし、帰還する予定の時間までまだ余裕がある。こうして別世界の景色、食の味、娯楽に興じても罰は当たるまい。
「く~、良い湯だなぁ………♪」
百人以上殴り通したトーレは至福の笑顔で露天風呂に浸かる。
「そうですねぇ………」
同じくクロノも満足気のある表情で温泉を楽しんでいた。
女のような整った顔をして、女のように髪が長く、そこらの女以上に美しく艶のある黒の長髪を一纏めに括りつけている彼の様は、一つの神秘的な芸術品のようだ。ある意味『女性』に対して喧嘩を売っているのではないかとさえ思える。実際、本人は知らないだろうが、密かに嫁のなのははクロノの黒漆の髪に嫉妬紛いな感情を持っていたりする。
「いやー、これはもう温泉貸しきり状態ですね。本当についています」
「ああ、そうだな…………」
今この混浴には運がいい事にトーレとクロノ以外に人はいない。おかげで思う存分に身体の疲れを解せれる。まぁ、少し寂しい気もしないわけでもない。
トーレは男のクロノがいるというのに、タオルも巻かずに一糸纏わぬ引き締まった身体を堂々と晒している。またそれをなんとも思っていないクロノ。そんなクロノに男勝りなトーレも少しばかり不満を覚えた。
「お前、顔に見合わず初心じゃないんだな。私と混浴するのだからもっとこう、面白いリアクションを期待していたんだが。大人のわりには顔が童貞っぽいし」
「馬鹿言わないでください。伊達に何年も夫婦生活を営んできたわけではありません。この程度で羞恥を晒すほど僕も幼くは無いんです」
「女である私と一緒に温泉に浸かっておいて“この程度”と言い切るか。ふふ、なかなか度胸のあることを言う」
「いえいえ、トーレさんはとても魅力溢れる女性ですよ。凛々しい、なんて言葉は貴女によく似合います」
「………ふん」
クロノの言葉に少しばかり機嫌を良くしたトーレだが、すぐに不貞腐れた表情に戻る。
「お前はあくまで嫁一筋と言うことか……惜しいな。唯一興味を持った男だというのにこれでは手を出せん」
どこまで本気なのか、トーレはそんなことを言ってきた。それにクロノは少し照れながらも困った顔をする。
「はは、あまり僕をからかわないでくださいよ。でも、お世辞だとしても嬉しいですね」
「どうだろうな。 案外本気かもしれんぞ? お前ほど良い男はそうそういないからな」
「それは、光栄ですね」
クロノはどう答えていいか分からず、とりあえず苦笑して流す。
「ふふ。こうして湯船に浸かりながら、温まった酒を飲む瞬間が堪らなく良いな」
トーレは猪口に注がれた酒を呑み、ほう、と深い息を吐いて頬を薄い朱に染める。
「………ふ」
空になった猪口を見つめながら、トーレはにやりと笑う。
「もし今から私が酔った勢いで『貴様が好きだ』、と言い押し迫ったら………どうする?」
意地悪げな笑みを浮かべてクロノの顔を伺う。しかし彼は狼狽することも、顔を赤らめることもなくこう言い放った。
「クサいことを言うようですが、高町なのはを裏切ることなんて僕には出来ないし、絶対にしたくない。自分の心にも嘘はつけない。ですから『貴方の想いには応えられない』、と言って断固として断り、押し迫るようなら全力で抵抗させて頂きます」
「―――そうか。いや、本当にスマンな。たかが一口酒を飲んでしまっただけで酔ってしまったらしい。先ほどの失言はすぐに忘れてくれ」
言葉尻にはもはや声が消え入りそうだった。そして、そのまま暫く沈黙が続いた。
「あと数十分風呂に浸かったらアジトに戻るぞ」
「分かりました」
トーレは心底面白くない顔をして首元まで湯を浸からせる。折角疲れを癒しに来たというのに、このモヤモヤした気持ちが余計に疲れを深くしてしまう。露天風呂の効果も半減してしまうというものだ。
“嗚呼、こんな憂鬱な気持ちになるのなら、意地汚いことなど言わなければ良かったな”
数秒前の自分を恨みながら、次第にトーレは額まで湯に浸からせるのであった。