魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第11話 『one busy day』

 ウーノは平行世界の高町なのはを甘く見ていた。彼女は魔導師でなく、戦闘力も皆無な一般人。人質でしか価値はない、そんな存在でしか見ていなかったウーノだが、彼女の家事スキルには度胆を抜かれた。

 家事全般、全てにおいて自分を優に越えている実力者。初めて見る各次元世界の食材にも怯えず勇ましく調理本を見ながら料理を作り、大人数とも言えるナンバーズの衣服などをクロノの助力があったにしても卒なく、文句も言わずむしろ嬉々として洗濯してきた。また自分達が彼女の平和を打ち壊し、彼女の首に爆弾を取り付け、高町クロノを戦力として扱っている犯罪者だというのに、愛想良く接し、毛嫌いしている様子も見せない。常に温和な雰囲気で周囲を温かくし、時に見せるパワフルな性格に翻弄されながらもいつの間にか皆が共に笑い合っている。気付けばチンクも、トーレも、自分さえも喜怒哀楽を覚え、人間味が強くなっていった。

 

 ◆

 

 現在ウーノはなのはと共にとある次元世界にあるスーパーに赴き、今日の夕食の買い出しに出かけていた。今ではだいぶ高町なのはの自由行動の回数も増やされ、彼女もそれなり、というかかなりこの次元世界を満喫している。時々自分が拉致されている立場であることを忘れているのではないか、と疑いたくなるくらい楽しんでいるように見えるのは、きっと気のせいだろう。

 

 「ウーノさん………ウーノさん…………!」

 「は、はい!?」

 「ぼ~っとしてましたけど………どこか身体の具合でも悪いんですか?」

 

 呆けていたウーノを心配した目で自分を見てくるなのは。正直、なのはの優しさに触れられる度に罪悪感を覚えてならない。自分達は彼女に不幸を齎した犯罪者であり、恨まれても仕方のないことを数多くしてきている。だというのに、彼女は自分達を恨むどころか心配などするのだ。調子が狂うどころの話ではない。

 

 「い、いえ。ちょっと考えごとに耽っていただけです。体調は至って健康ですよ」

 

 やんわりとした笑顔で返す。それになのはも安堵の表情を浮かべ、買い物に集中し直した。

 

 “いっそのこと私達を罵倒し、軽蔑し、憎んでくれたら嬉しいのですが………”

 

 やりきれない気持ちが口から出そうになるが、何とか飲み込む。

 

 「………! もうそろそろ投げ売りが始まっちゃいます! ウーノさん、急ぎましょう!」

 

 色々と悩む自分の気も知らずに、高町なのはは今日も元気である。彼女を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくる。

 

 「ええ、急ぎましょうか」

 

 ウーノは何かを振り払うように、なのはの後についていった。

 

 

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 スーパーでの一戦は相も変わらず激しい………闘争だった。つい先ほどまで仲良く立ち話を興じていた主婦達が、食材投げ売り開始五分前で態度が一気に一変し、まるで仇敵を見るかのように互いを牽制し合った。予め手を組んでいた主婦達は軍隊に所属していたかのように見事な統制の取れた動きをとり、一騎当千の猛者共は一人一人とてつもないプレッシャーを放っていた。

 

 ―――まさにあの場(スーパー)は戦場と化し、仁義を重んじる聖戦が行われたのである。

 

 弱きものは退けられ、覚悟の無いものは参加することさえも許されず、ただ去るのみ。主婦達はたかが安く売られる食材のために、執念を滾らせ、命を燃やす。その姿を、醜い、浅ましいと嘲笑う者は誰一人としてあの場にはいなかった。強敵、好敵手と激しくぶつかり合いながらも、家計を保つために身を粉にする者達を、どうして嗤うことができようか。否、嗤えるはずがない。

 

 「………やっぱり凄いよ、ここの人たちは」

 

 激安と刻まれたシールが貼られた食材が少量入った袋を手に持ち、聖戦から帰還したなのはは、まるでだいぶ昔の出来事を思い出すかのような面持ちで、あの激戦を思い返す。

 

 「強敵揃いでしたね…………おかげで、多くの得物が根こそぎ獲られました」

 

 ウーノは疲れ切った表情を隠しきれないでいた。

 安く売られている食材に向かってただ突き進む。言えば簡単だが、実際やってみるとなかなかハードなものだ。

 多くの人を押しのけ、特売を手にするという根性。せめぎ合う人と人との間を掻い潜る技術。その類いまれない精神力と技術を身につけている強者たちは次々と特売品を掻っ攫っていった。身体能力が劣っているなのはとウーノも負けじと食い下がったが、少しの量しか獲得できなかったのが現状だ。しかし、高町なのはは満足気である。

 

 「一つも特売品を取れなかった人もいるし、小収入でも有り難いことだと思わなくちゃ」

 「……その通りですね」

 

 なのはの言う通り、特売品を手に入れれただけでも有り難いことだと思わなくてはならない。あの戦いに参加した人の中には、特売品を手にすることもできず、徒労に終わっただけの者達が多くいた。ならば数こそは少なくとも、確実に得物を手に入れれた自分達は胸を張って、堂々と誇ってもいいだけの戦果が残せれたはずだ。決して恥じるものではない。

 

 「しかし、本当に体力を喰われます。もう私はヘトヘトですよ」

 「ふふ。私はあの子達やクロノくんが料理を美味しそうに頬張ってくれるなら、こんな疲れなんてすぐに吹き飛んじゃうよ?」

 「そう…ですか」

 

 あの子達、というのはやはりナンバーズやジェイルのことを指すのだろう。彼女は自分を利用している犯罪者達の笑顔を見て嬉しいと言う。

 

 ―――――やはり、この人はお人好しが過ぎる。

 

 ウーノは確信した。彼女の優しさは自分には猛毒だ。なのはが善意を振りまくたびに、罪悪感で胸を締め付けられる感覚を覚えてしまう。

 人の心を知った故の欠陥とでも言うべきか。自分の行いに疾しさを感じて止まないのだ。これは、ある意味高町なのはによる無自覚な精神攻撃と捉えるべきだろう。

 

 “人の優しさというのは、存外侮れないものです”

 

 人の心は、時に武力を上回る効果を発揮する。戦闘力では測れないモノが、彼女にはある。高町クロノの規格外ぶりは大概であったが、高町なのはも負けてはない。

 

 「貴女は大した女性だ………」

 「へ? 何が?」

 「いえ何でも」

 

 ウーノは頭に?マークを浮かべるなのはの顔を見て苦笑する。彼女は自分にどれだけ影響を与えているか自覚が無い。それがまた厄介なのだが、深く考えるだけ無駄というものだと割り切った。

 

 「もうすっかり暗くなってしまいましたね。急いで帰らないと皆が心配してしまいます」

 「うん。でもそれより、ウェンディちゃんやセインちゃんがお腹が減った~、て騒いでるかも」

 「ふふっ。違いないですね」

 

 二人はどうしようもなく可愛い妹達がジタバタと暴れ、騒いでいる姿を夢想し笑い合った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「…………はぁ」

 

 高町クロノは困り果てていた。いったい何に困り果てているかというと、

 

 「腹減ったっス~」

 「お腹が減った~」

 

 ナンバーズの中でもかなりテンション&人間味の高い二人の少女を相手していたからだ。

 青色を基本色としたジャージを身に纏っている蒼髪の少女セイン。そして赤色を基本色としたジャージに身に纏っている赤髪の少女ウェンディ。両名共に外見に似合わない高い戦闘力を有している戦闘機人だ。二人は数分前から『腹が減った』という呪文を繰り返し唱え続けながら、ゴロゴロと馬鹿広いリビングを転がりまわっている。戦闘特化とは思えない自堕落ぶりである。まぁ、クロノも其方の方が好ましく思え、また接しやすいのでいいのだが、今はその自堕落ぶりに頭を悩まされている。

 長髪を団子結いにし、純白の割烹着を装着。口元には布マスクを装備。万全を期して掃除に取り掛かろうとしている今のクロノにとって、彼女達は邪魔者以外のなにものでもないのだ。

 

 「いい加減他の場所に移ってくれないかな? 掃除ができないんだけど………」

 「移動するのめんどくさいぃ」

 「めんどくさいっス~。というか腹が減って動けないっスよ~。せいぜい寝転がるのが精いっぱいっスマジで~」

 「完全にギャル化している………………ああ、もう仕方がないな」

 

 見かねたクロノは強硬策に出ることを決意する。彼は寝転がるウェンディとセインの肩に手をつけ、転移術式の準備に取り掛かる。

 

 「「クロスケ………いきなり女の身体を触るなんて……もう、エッチなんだから!」」

 「はいはい何とでも言ってください。今から貴女達をこのまま自室へ転送させます。なのはとウーノさんが帰ってきて、ご飯を作ってくれたら呼びに行きますから」

 「ちぇ、今日のクロスケって超ノリ悪っ」

 「以下同文っス」

 

 ぶーぶー文句を垂れ流す二人を無視して二人を各々の自室まで強制転送した。これで、先ほどまで騒がしかった部屋に静かな平穏が取り戻された。

 

 「よし、それじゃあさっそく掃除をはじ――――」

 「クロノさ~ん。ドクターがお呼びですよぉ」

 「…………………」

 

 さぁ今から楽しい楽しい掃除を始めようという、その絶好のタイミングで入室してきたのはクアットロ。どうしてだろう。狙っていたとしか思えない。

 

 「あ、ワザとじゃないですよぉ。決してタイミングなんて計ってないし、裏でスタンバってたわけじゃないですから~。たまたま。そう、たまたまなんですって。間が悪かっただけで悪意なんて一ミクロもなかったんですって。信じてください~」

 

 此方は一言も言ってないのに、見苦しい言い訳をマシンガンのように連射する眼鏡娘。ああ、この露骨かつ棒読みな長台詞は悪戯を隠す気全くないだろう。まさか、挑発のつもりなのか。流石はジェイルの性格に最も近い戦闘機人だ。嫌がらせのレベルもジェイルに近い。

 

 「…………っ」

 

 ここで怒っても大した効果は得られないだろう。人思いに説教をしてやりたいが、ここは我慢だ。

 

 「ジェイルさんは何処で待っているんですか?」

 「モニタールームですねぇ」

 「分かりました」

 

 いったん掃除を切り上げ、というか取り掛かってもいないが、とにかく割烹着と布マスクを脱いでジェイルの元に向かった。

 

 

 

 

 

 「…………ん?」

 

 モニタールームに足を運んでみると、呼びつけたジェイル・スカリエッティの姿が無く、代わりとばかりに見慣れぬ二人組の人間がいた。

 まず一番初めに目についたのは屈強な肉体と、鋭い眼光を持つ大男。一切の隙が無い、歴戦の猛者と一目で分かる風格を持っている。彼が着ているコートはチンクが着ていたものと全く同じものだ。チンクと何らかの関係でもあるのだろうか。また、彼の心臓付近から機械の微かな駆動音が聞こえる。

 もう一人は、その大男の横に立っている、艶の入った紫の長髪を持つ小さな少女。グローブ型のデバイスを所有している。

 

 「君が、別世界から連れてこられた人間の一人か」

 

 大男は入室してきたクロノの眼を見る。その眼光こそは鋭いが、温かみのある優しい目をしていた。

 

 「申し遅れた。俺の名はゼスト・グランガイツという。気軽にゼストと呼んでくれ」

 「は、はい。僕は高町クロノと言います。初めまして」

 「ああ。で、この子はルーテシア・アルピーノ。そら、挨拶を」

 「…………こんにちは」

 「うん。こんにちは、ルーテシアちゃん」

 

 クロノは二人と握手を交わす。

 

 「俺達も君と同じく奴に弱みを握られている者だ。決してあの男(ジェイル)の仲間や、部下の類ではないので勘違いはしてくれるなよ」

 「では、ルーテシアちゃんも?」

 「ああ。見ての通り、まだ子供なのだがな。あの男は正真正銘の屑故に、力さえ有れば例え子供だろうと兵器として扱うことに何の躊躇いも持たない」

 「………………」

 

 ジェイル・スカリエッティはいったい何処まで犯罪に手を染めるつもりなのか。こんな幼気な子供まで利用するなど、許されていいものではない。やはり彼にはキツイお灸を据えなければならないようだ。唯では元の世界に帰れない。

 

 「………ところで、僕達を呼んだジェイルさんは何処に?」

 「さぁな。まったく、呼びつけた者が指定場所にいないとはマナーがなっていない」

 「ええ、違いないですね。日頃から注意はしているんですが」

 

 二人は苦笑し合う。

 

 「これはこれは酷い言われようだ。そんなに君達は私のことが嫌いなのかね」

 

 コツコツと足音を立てて入室してきたジェイルは、遅れてきたことに何の悪びれも無しにそんな当たり前なことをのたまってきた。

 

 「何処の世界に貴様のような奴を好む輩がいるんだ。いたとしてもせいぜいナンバーズくらいだろうに。寝言は寝て言えよ闇医者」

 「ジェイルさん………まだ年端もいかない子供まで利用するなんて、流石にどうかと思いますよ。今日は野菜多めにしますから覚悟してください」

 「君達本当に容赦ないな!」

 「どうでもいいから早く要件を言え。此方も暇ではないのだ。つまらん用事ならすぐに帰るぞ」

 「僕も掃除が残っているので」

 

 クロノとゼストはジェイルに冷ややかな目線を送りながら、さっさと要件を言えと急かす。これにはジェイルも若干涙目になるが、二人の良心は全く傷つかない。当然だ。自分達を散々な目に会わしている張本人に同情してやる余地などない。

 

 「分かった。分かったよ。手っ取り早く言うよ。言えばいいのだろう?」

 「「当然」」

 

 二人の声が同調し、さらに落ち込むジェイル。励ましてくれるのは幼女ルーテシア一人のみなのがまた、彼をより一層情けなくさせる。

 

 「あー、君達には『ホテル・アグスタ』と呼ばれるオークション会場に出される手筈にある、一つの品物を奪取してきてほしいんだ」

 「その品物とはレリックなのか?」

 「いいや違う。全く別のものだ。なんであるかは、言えない。とにかく奪取してきてほしい」

 「………ふぅ。そのオークションは何時ごろに開催されるのですか?」

 「二日後だ。警備が厳重故、保険として騎士ゼストとルーテシアにクロノ君のサポートを頼みたい。本来ならナンバーズの役目なのだが、丁度彼女達の調整日と重なってしまってね。まぁ、高町クロノの任務に手伝うかどうかは、騎士ゼストとルーテシアの自由だ。強制はしないよ」

 

 ジェイルは二人の返答を静かに待つ。クロノのサポートなど、ゼスト達にとって何の利益もない話だが、彼らの性格を十分把握しているジェイルはどんな返しがくるか分かっていた。

 

 「レリックが関わらんのなら願い下げ、と言いたいところだが高町クロノのサポートが役目なのなら、力になろう。ルーテシアもクロノが気に入ったのか、随分とやる気のようだしな。最終的にジェイルの得になるのは気に入らんが、そこは敢えて目を瞑ってやる」

 「え、ええ!? そんな、貴方達には何の得もないんですよ!?」

 「別に構わん。押しつけがましい気まぐれな善意とでも思っておけ」

 

 ゼストはそう言って、ルーテシアと共にモニタールームから立ち去っていった。

 

 「ジェイルさん。一週間野菜増し、手作りデザート無しの刑です」

 「そんなッ!?」

 

 クロノの無慈悲な宣告は確実にジェイルの胸に突き刺さった。

 


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