魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第14話 『treason』

 「し、死ぬかと思った」

 

 ゼスト達が待機していた地点に転移したクロノは、力なく膝を地面につけ、息を荒げる。背中は冷や汗が滝のように流れている。フェイトとなのはから頂いた砲撃二発分のダメージは、確実にクロノの身体に蓄積されていた。

 

 「大丈夫かクロノ。ほら、治療符だ。貼っておけ」

 

 ゼストの一際大きな手に握られていた治療符を、クロノは感謝して受け取った。

 

 「あのエースストライカー二名から逃れてこれたのだ。大した奴だよ、お前は」

 「そんなこと……ありませんよ。僕に対する対策を色々打たれて、見事にボコボコにされちゃいましたし、ガリューが結界を破壊してくれなければ絶対に捕まっていました」

 

 謙遜ではない。嘘偽りない事実だ。正直な話、転移魔法を使えない状態で彼女達から逃れられたこと自体が奇跡に等しい。あの二人なら、地獄の果てまで追いかけられそうなイメージしか思い浮かばないのだ。考えるだけでも身震いがする。砲撃を撃ちながら追い掛け回す魔導師と、大鎌を持ってもの凄いスピードで迫る魔導師。その癖顔は美人なのだから悪魔よりもタチが悪い。しかも砲撃魔導師は自分の嫁と同じ顔をしている。全くもって笑えたものではない。

 素顔を見られてしまったことはもう仕方がない。逆に言えば、あの状況で顔を見られただけで済んだだけでも幸運と思うべきだろう。彼らも、恐らく自分のことをクロノ・ハラオウンのクローンか何かと思い込んでいるのだろうし。

 

 「どうやらガジェット共が殲滅されたようだ。敵ながら見事な手際だ」

 

 ゼストは己が指揮していたガジェット群の反応が全てロストしたことに気付き、頬を緩ませる。30分足止めする予定だったのだが、25分程度で全滅させられた。やはり機動六課は優秀な人材が多い。

 

 「さて、我々もこの次元世界から身を退くぞ。現在、何者かがかなりの速度で此方に近づいてきている。目的が達成された今、無駄な戦闘は極力避けたい」

 

 ゼストの言葉にコクリと頷くクロノとルーテシア。

 

 「僕は直接アジトに戻ります。貴方達とは此処でお別れですね。次に会う時は、今日のご恩を必ず返させてもらいます」

 「いらんよ、そんなものは。恩が欲しくて手伝ったわけではないからな」

 

 そうはいきませんと言ってクロノは一礼し、この場から姿を消した。ゼストは律儀な奴だと呟いて、ルーテシアを連れて森の奥へと去って行った。

 

 

 ◆

 

 

 木々が生い茂る森を颯爽と駆ける一匹の狼がいた。その狼を覆う蒼い毛並は酷く美しく、また凛とした雄々しさがあった。どのような険しい道も難なく高い俊敏性を活かし、速度を落とさず駆けている。

 彼の名はザフィーラ。八神はやての守護獣にしてヴォルケンリッターの盾の騎士。数ある守護獣の中でも最高ランクの位に位置する古き強者である。

 

 「―――ッ、やはり遅かったか」

 

 獣の姿から格闘特化の人間形態と為り、目的の場所に到着したザフィーラは軽く舌打ちをする。

 ミッドチルダ付近で攻防を繰り広げている間に、湖の騎士シャマルは広域索敵魔法を行使し続けていた。そしてやっとのことで六㎞ほど離れた場所に、魔導師の生体反応を察知したのだ。いち早く、担当していたガジェット群を殲滅させたザフィーラは、その魔導師の生体反応のある場所へと全速力で駆けた。しかし、それでも尚時間が足りなかったらしい。生体反応のあった場所は既に蛻の殻。足跡さえも皆無だ。この手際の良さなら、統率者の情報に足り得る証拠なぞ何一つとして残ってはいまい。取りあえずこの場を押さえて調査班に連絡、後にシャマルに念話を送った。

 

 『こちらザフィーラ。目的の地点に到着はしたが、敵は既に撤退した後だ…………すまん』

 『あらあら何謝っているの。取り逃がしたのは貴方の過失じゃないでしょうに』

 『そう言ってくれると助かる。他の者達はどうなった? 子供達に怪我はないか?』

 『そんなに心配しなくともエリオ君たちは無事任務を終えたわ。目立った怪我もしていない。ちょっと………というかだいぶ疲れてはいるようだけれどね』

 『そうか』

 

 ザフィーラは安堵した声を口から漏らす。

 新米であるエリオ達はまだ幼い。いくら平均の魔導師よりも腕が立ち、厳しい訓練を受けているからといっても、まだまだ幼い心が残っている子供達だ。ガジェットと交戦して、必ず無事帰ってくるなどという保証はどこにもない。ザフィーラが、ヴォルケンリッターが経験した古代ベルカの戦乱時代など、子供が死んで当たり前だったのだから。故にザフィーラはただ彼らの生還を喜び、噛み締める。

 

 『此処にい続けても大した意味はないな。帰還する』

 

 シャマルとの念話を切り、ザフィーラはここ一帯に結界を張り、現場を保存しておく。後は調査班の仕事だ。何らかの形で敵の手掛かりが残されていればいいのだが、そんな甘い考えはあまり抱かない方が良いだろう。そう思いながら、ザフィーラは元来た道へと戻っていった。

 

 

 ◆

 

 

 機動六課は大軍率いて襲来してきたガジェット共を全滅させ、無事ホテルアグスタに招かれた大勢の客人を護り切った。しかし、一つだけミスを犯してしまった。

 ―――フードの男。ハーヴェイと偽名を名乗る謎の男の侵入を許したのである。しかも、景品一つをむざむざ強奪されてしまった。今まで多くの任務を成功の二文字で納めてきた機動六課にとって、彼の存在はもはやジョーカーと言っても過言ではない。

 

 「ふぅ………」

 

 なのははベンチに腰を下ろして、溜息を吐く。

 常にフードによって隠されていた男の素顔。それを自分は見た。ハッキリとだ。見間違えなどはあり得ない。

 

 ハーヴェイの素顔は、かつての上司であり、フェイトの義兄『クロノ・ハラオウン』と瓜二つだったのだ。そっくりさんだとか似ているとかそんなレベルのものではなかった。

 

 ――――フード男ハーヴェイの正体は、クロノ・ハラオウンのクローンである可能性が高い。もしそうならばあのずば抜けて高い戦闘力も、高度な空戦能力も、扱う魔法がクロノと共通していることも、クロノ・ハラオウンを基にして生まれたクローンなのであれば納得がいくし説明がつく。ハーヴェイ自身もクロノ・ハラオウンのことを知り、また別人であると主張していた。

 

 「ほんと、世の中なにが起こるかわ――――きゃ!?」

 

 いきなりうなじに冷たいものが当たった感覚を感じ、すっとんきょな声を出して驚くなのは。彼女がバッと背後を振り向いてみれば、

 

 「なのは。ホテルアグスタ内部の破損個所、全ての修復を終わらせてきたよ」

 

 そこには悪戯を成功させた子供のような笑顔を振りまく青年の姿があった。ユーノ・スクライアである。手にはキンキンに冷えた缶珈琲が握られている。

 

 「ありがと、ユーノ君」

 

 可愛らしい悪戯を許し、戦闘の余波で破壊された場所の修復、そして缶珈琲の奢りに対して感謝の念を贈る。彼はごく自然な動作でなのはの隣によっこいしょと腰を下ろした。

 

 「僕が鑑定師の仕事をしている間に、随分と派手に暴れたみたいだね」

 「えへへ………ちょっと、ね」

 「………まぁ、身体には気をつけなよ。無理は禁物、なんて分かり切っているだろうけど」

 「心配してくれてありがと。大丈夫だよ、昔の過ちは二度と繰り返さない。絶対に」

 

 なのはの決意の籠った言葉にユーノは安堵する。彼女は、昔から必要以上に無理をする少女だった。どんな時でも弱音など吐かなかった。不安も、焦りも、何もかも己の心に堅く封じてきた。それが祟り、ある事件を引き起こす引き金にもなった。しかし、もう心配する必要はない。今や彼女は心身共に立派な魔導師であり、列記とした大人の女性である。

 

 「ああ、安心したよ………ところでなのは」

 「うん?」

 「今週の日曜日、時間空いてるかな?」

 

 この瞬間、なのはの心象に大きな雷が落ちた。そしてあらゆる少女漫画的展開を一瞬にして頭に思い浮かべる。その速度、一秒よりも尚早い。

 

 「………なのは?」

 「ひゃい!? あ、ああ空いてる! 空いてるよ、うん!!」

 

 なのははもの凄い速度で首を上下に揺らす。ユーノは苦笑しながらも、彼女に一枚のチケットを指し出した。なのはは顔を炎上しているかのように真っ赤にし、それをふるふると震えた手でそれを受け取った。

 

 「これって………まさか……………!」

 「そ、最近クラナガンにできた遊園地の無料チケット。良かったら………その、どうかな」

 「どうかなって、行く。行くに決まってるよ!!」

 

 感極まるといった声でなのはは応える。それにユーノも安心したと言って胸を撫で下ろす。二人はそのままぽやぽやとした固有結界を形成し、誰も立ち入ることのできない雰囲気を発散させるのであった。また、その二人を影ながら見守る二人の人間がいた。

 

 「何あのリア充。何あの初々しい反応するカップル。見ているこっちが恥ずかしいぞ!?」

 「ヴァイスさん静かにしてください! もし気付かれたら大変なことになるんですから!」

 

 ――――否、見守るのではなく、単なる覗きという愚行を行なっている陸曹と二等陸士の姿があった。二人はだだっ広い廊下の角から頭だけ出して、彼らの固有結界内を観察している。それでいいのか管理局局員。

 

 「あの二人つき合ってどんだけ月日経ってんだろな。一見、出来たてほやほやにしか見えんが…………たしか、ユーノ・スクライアとは旧知の仲ってどっかで聞いたような」

 「別に良いじゃないですかそんなこと。私的にはあの凛々しいなのはさんが、ああも緊張かつ赤面していることに凄い衝撃が……………」

 「ふっ。どれだけ強かろうと偉かろうと女は女ってことさ。あの初心な反応を見たところ、ありゃあ男の味を知らない純潔だな。処女だ処女。俺が言うんだ間違いねェ」

 

 ヴァイスはにやりとした顔で阿呆なことを言う。それを女性であるティアナは冷たい目線で己の師匠を見た。

 

 「そんなことを気軽に言う辺り、最低ですねヴァイスさん。分かっていましたけど女の敵です」

 「俺と一緒にデバガメしてるお前が言うな。だいたい俺はどんな女でも優しく相手するイカした男だぜぇ? 本気になりゃハーレムだって……………いや、やっぱ止めておこう。んなことしたら間違いなく命狩られる」

 「いったい誰に? というか自意識過剰過ぎて引きますね」

 「お前さ、俺に対して態度キツくね? 冗談くらい許してくれよ弟子だろ? もっとオブラートに包もうぜ」

 「済みません師匠。それは無理です」

 

 ティアナは深い溜息を吐く。この男、黙っていれば元エースストライカー級魔導師という輝かしい過去を持つ、それなりのイケメンだというのに……………おっさん臭い性格がその全てのポテンシャルをマイナスにしている。本当に勿体ない。嗚呼、勿体ない。そんな至極どうしようもないことを考えていると、ヴァイスがいきなり自分の肩を揺すってきた。

 

 「おい見ろティアナ。なのはさん、ユーノ司書の手ぇ握ろうと腕伸ばしてんぞ」

 「うわぁ、うわぁ! さり気なく手を握ろうとするなのはさん…………あざとい!」

 「やべ。こいつは俺も惚れちまいそうだわ……………ぁ」

 

 その一言。その一言が、ヴァイスを地獄に突き落とす言霊となった。ヴァイスも失言だったと言った後から気付いた。しかし、もう遅すぎる。その言葉を口に出す前から、悟るべきだったのだ。

 

 「ちょっとこいヴァイス・グランセニック陸曹。少しばかり、大事な話がある」

 「え、ま、姐さんいつの間に………、いや、あれは単なる冗だ――――グガァッ!?」

 

 転移魔法でも行使したのか、ヴァイスの背後に一瞬で現れたシグナムはそのまま彼の首を絞め落とした。言い訳を最後まで聞いてもらえず、意識を狩り取られたヴァイス。

 

 「………ティアナよ」

 「は、はい!」

 「局員として、人として、覗きは感心できんな。本来ならたっぷりと説教してやるところだが…………今回は特別に見逃してやる。次は無いぞ」

 「りょ、了解!! 胆に銘じます!!」

 

 シグナムはただ無表情な顔で、感情のない瞳で、彼の襟を掴み、ずるずるとヴァイスを近くの部屋へと引きずって行った。恐らく、彼は地獄より尚恐ろしい目にあるだろう。それだけは確信できた。弟子であるティアナは彼を助けようとは思わなかった。いくら師のピンチだからといって、あのシグナムに真っ向から異論を唱えようなどという命知らずな行動を取れるほど、崇拝などしていない。せいぜい尊敬止まりだ。今自分にできることは、今すぐ覗きを止め、身体を休めるよう尽力すること。ついでにヴァイスの無事を祈ることくらいである。絶対にあり得ないだろうが。

 

 「スバル達とご飯でも食べよ」

 

 覗きを打ち切り、ティアナはさっさとスバル達がいる場所へと歩いて行った。暫くの間は、この附近には立ち入らないことを胸に刻んで。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 人気(ひとけ)のないジャングルのような場所にある、一際大きな洞窟の入り口。辺りには人避けの結界が張られ、迷彩術式が施された監視カメラが幾つも設置されている。そんな如何にも怪しい洞窟の入り口前に、クロノは転移魔法を用いて一瞬で姿を現した。

 彼は今までにないボロボロな状態だ。法衣は焼け焦げ、フードは跡形もなく吹き飛んでいる。ホテルアグスタでの戦闘の激しさを暗に語っている風貌である。

 それでもクロノは重い足取りで彼は洞窟の中に入っていく。するとすぐさま赤外線のボディチェックが為され、三つのアームがクロノの前に現れた。クロノはS2Uの中に収納していた概念武装のレイジングハート、命辛々盗み出したトランク、記憶を喰う魔力生成器イデアシードの三つをアームに一つずつ渡す。それも偽物ではないかどうかキッチリ検査され、やっとのことでOKサインがでた。洞窟の奥を厳重に守っていた大扉が重々しく開き、その中をクロノはゆっくりとした足取りで入る。

 

 「おかえり、クロノくん」

 

 ホテルアグスタで戦闘した高町なのはではない、生涯支え合うと誓った妻の高町なのはが、この多大な疲労を十全に癒す笑顔で出迎えてくれた。いつも出迎えてくれるのだが、この時、この瞬間、クロノはどうしても涙しそうになる。

 

 「ただいま、なのは」

 

 クロノは愛するなのはの身体をぎゅっと己の腕で包む。なのはもそのか細い腕で包み返した。

 

 

 ・・・・・・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

 

 

 その後高町夫婦は自分達の自室に戻り、ある準備に取り掛かっていた。まずなのははベッドに仰向けで寝かされ、クロノは細かいコードを取り付けられた特殊な手袋を着用している。そして、クロノの眼が戦闘している時よりもだいぶ据わっている。

 それもそのはず。今、クロノは己の命のみならず、なのはの命も掛かった一大作業を行なおうとしているのだから。

 

 高町なのはの首に取り付けられている爆弾を……………解除する。

 

 ロストロギアと呼ばれる古代の遺産。その未知なる代物に用いられている科学力は、イデアシードと同等レベル。開発技師のクロノとて、解析するにはかなりの時間が必要とされた。

 もはや言うまでもないが、失敗だけは許されない。成功することだけを頭に叩き込む。万が一、もしも、などという思考は一つとして必要ない。

 

 「なのは…………君は怖いことが苦手だろう? 今なら、睡眠魔法を掛けて―――」

 

 クロノは最後までその言葉を言おうとしたが、なのはの小さな静止を受けて口を噤んだ。

 

 「それだけは、駄目。確かに私は怖いことが大嫌いだけど、逃げることはしたくない」

 

 なのははうっすらと涙を溜めた目で、自分を見つめる。その震える手を必死に堪えてる。クロノは作業に取り掛かる前に、なのはの手を強く握った。

 

 「………分かった。それじゃあ、始めるよ」

 

 クロノはそう言うと、なのはの首に取り付けられている首輪に特殊な手袋を装着した手で触れる。その手から法術によって生成された電子ウイルスが次々と首輪の中に送り込まれていく。クロノとS2Uが長い月日をかけて創り出したウイルスは、ロストロギアのシステムを確実に蝕み、破壊し、麻痺させる。勿論、ウイルスに頼り切ってどうにかなる代物ではない。クロノも持てる技術と知識をフル活用して、ウイルスの進行をより円滑にするよう援護を行う。

 尋常ではない演算を繰り返していくクロノの精神は、もはや人外と言っても相違ない。この世界にあるどのデバイスよりも、高度な術式を編み出しては使用していく。だというのに、彼は汗一つ掻いていない。ただ目の前の作業に全神経を集中している。

 彼は伊達や酔狂で、若年9歳という若さで開発技師の椅子に座っていたわけではないのだ。

 

 

 ――――五分経過。

 

 

 「はい、解除完了…………っと」

 「おぉ~」

 

 短くも長い戦闘を終えたクロノは、満足気に首輪型爆弾をなのはの首から取り外す。なのははパチパチと拍手するが、そう喜んでいる暇はない。

 

 「喜ぶのは後だよ、なのは。予定通り、今すぐ君はこの場から避難してもらわなきゃならない」

 

 ロストロギアを解除した今、高町クロノがジェイル・スカリエッティの手駒となる理由はもう無い。自由の身となったのだ。ならば、やることは唯一つ。この犯罪者組織を、この機を用いて全力で鎮圧する。

 厄介なナンバーズは全員、調整容器の中で眠りについている。ジェイルを護るモノは、もはやガジェットとこのアジトの防衛機能しか残されていない。これほどの好機は、もう無いだろう。千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。

 すぐさまクロノは蒼の転移魔方陣を展開し、なのはは大量の荷物が入ったアタッシュケースを持ってその魔方陣の中心に入った。転移先はミッドチルダ首都クラナガン。

 

 「無事、私の元に帰ってきて」

 「大丈夫。僕はもう二度と君を裏切ったりはしないよ」

 「ふふ。頼もしいお言葉。……………くろのくん」

 「分かってる」

 「ん………」

 

 別れ際に、クロノはなのはの紅い唇に口づけをした。そして五秒ほど時が経って、そっと彼女の唇から己の唇を離す。

 

 「続きは、僕が君の元に戻るまでお預けだ」

 「りょうかい。でも、その時は加減してね? 色々と」

 「考えておくよ」

 

 意地悪気な顔をして、クロノは転移魔法を発動する。眩い光に覆われた魔方陣の中心に立っていた自分の妻は、あっという間に姿を消した。これで、高町クロノは存分に力を振るうことができる。

 

 「さて、反逆の時だ」

 

 この世界のなのはと、フェイト・T・ハラオウンから受けた負傷はまだ残っているものの、ナンバーズの脅威がないこのアジトを鎮圧するには十分だ。

 

 

 

 

 激しい爆発音がジェイルのアジトを響かせる。あらゆる機械類が炎を上げ、電流がスパークを起こして新たな炎を生む。

 五月蠅い警報が鳴り響くが、クロノは構わずジェイルの部屋に向かって疾走する。彼の前に立ち塞がる警備システム、ガジェットは悉く塵となり価値を失っていく。今の彼を止めたいのなら、せめてナンバーズを五人以上派遣しなければ意味はない。

 

 ―――――ズドンッ!!

 

 ジェイルの部屋の扉を確認するや否や、彼は一切合財の慈悲もなく、その扉を強化された拳で破壊した。何重もの特殊素材で守られていた鉄壁の扉は、本気かつ全力全壊状態の高町クロノが相手では、紙も同然。

 

 「いやぁ、素晴らしい登場だ高町クロノ。実に、爽快感がある」

 

 堂々と椅子に腰を下ろし、自分を目視するジェイルの姿を確認したクロノは間髪入れず蒼の鎖を召喚し、彼を問答無用で拘束した。

 

 「貴方を時空管理局まで連行します。正直、ジェイルさんは嫌いな人ではないですが、償うべき罪が多すぎる。そして、大きすぎる。何より、僕の大切な人達を傷つけ過ぎた。このまま野放しにしておくわけにはいきません」

 「ほぅ。決意の籠った良い目をする。それでこそ私が見込んだ男だよ」

 

 男は嬉々して笑う。そして余裕な態度を崩さない。

 クロノは理解できなかった。今、彼は自分の置かれている状況を理解しているのか? 

 ジェイルの最高戦力たるナンバーズは動けず、彼もまたチェーンバインドによって縛られている。あれほどの余裕と自信の源はいったい何なのだ。

 

 「―――ッ、まさか!!」

 

 魔力強化されたクロノの耳には、ジェイルの体内から機械音が聞こえてきた。クロノは急いでジェイルの元に駆け寄り、彼の頬を触れる。

 

 冷たい。そして、堅い。

 

 機械独特の感覚が、ジェイルの皮膚から伝わってくる。間違いない。目の前の男は、このジェイル・スカリエッティは……………、

 

 「偽物…………!」

 「HaHaHa! 私もまだまだ捨てたもんじゃあないだろう?」

 「一体いつの間にすり替わっていたんですか!?」

 「決まっている。今日、君がホテルアグスタに向かった時にさ」

 「―――な」

 「君ほどの技術力であれば、そろそろロストロギア製の爆弾とて解除される頃合いだと分かっていてね。ちなみにナンバーズ、レイジングハート、イデアシードは既に別のアジトに引っ越し済みだ。あ、平行世界へと渡る装置は運べなかったので破壊しておいた。悪く思わんでくれよ」

 

 やられた。完全に、してやられた。完敗にも程がある。

 だがしかし、一つだけ解せないことがある。

 

 「何故、そこまで見透かしておきながら、僕の反逆を事前に潰そうとしなかったのですか。なのはと僕の部屋を個別にするなり、警告して脅すなり、色々と方法はあったはずです」

 「まぁ、アレだな。最初こそ君を一戦力として迎え入れた私だが、敵として君を迎え撃つのもまたオモシロイのではないか、と思えてきてね」

 「本当に、貴方の頭の中はどうなっているんですか」

 「大量の欲が渦巻いているとしか言えないね」

 「そうですか」

 「そうだとも。伊達に無限の欲望などと言われていない。ああ、それと、君に私からの反逆プレゼントを贈ろう。受け取りたまえ」

 「―――――――ッ!!」

 

 機械で出来た偽物のジェイルは自らの身体を盛大に爆破させた。近くにまで寄っていたクロノは、反射的にバックステップを取り、何とかその爆風から逃れることが出来た。しかし、安心してはいられない。先ほどの偽ジェイルの自爆に呼応して、このアジトの自爆スイッチまで入ってしまった。このままこの場にいては命が危うい。

 

 「兎に角、なのはの元に転移を……………アレ?」

 

 いつも通りに転移魔法を発動させようとするクロノだが、うんともすんとも術式が発動しない。嫌な汗が全身を流れ出る。そして、自分の右腕に違和感を感じたクロノ。恐る恐る右腕に目線を向けてみる。そこには、黒い腕輪がいつの間にか装着されていた。クロノは、こんな腕輪に見覚えが無い。更によく見てみると、一枚の紙切れがその腕輪に括りつけられていた。すぐさまクロノはその紙切れを解き、それを凝視する。

 

 『私ことジェイル・スカリエッティが、アルハザードと呼ばれる遺産の技術をふんだんに使い、また己の持つ全ての力を挙げて仕立てた品です。効果は魔法術式の封印。流石に魔法全て使えなくさせるのは、面白くないので転移魔法の封印のみの効果に絞りました。お気に入られたのなら幸いです。ではでは』

 

 ――――世界一受け取りたくないプレゼントである。

 

 「なんてものを……………!!」

 

 悪態をつかずにはいられない。

 クロノは自分に出せる全ての魔力を飛行に費やす。このまま生涯を終えて堪るものか。絶対に生きて帰ってやる。それだけを思い、クロノは爆発寸前のアジトから脱出を果たすのであった。また、転移魔法が使えなくなってしまったため、クラナガンへと転移させたなのはの元に帰るまで一苦労したというのは、もはや語るまでもないことだろう。

 


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