魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第16話 『a big bet』

 二等陸士にしてヴァイスの弟子ティアナ・ランスターには、重大な『欠点』が存在する。

 それは―――――度が過ぎるほどの自信の無さだ。

 アレほど優れたステータスを持っていながら、当の本人にはどうやっても自信がつかない。鍛錬の成果も確実に出ているのにも関わらず、だ。あれほどになると重症だ。間違いなく。

 ティアナの自信の無さの原因は、恐らくはこの機動六課にある。

 皆の憧れの的にして飛び抜けて優れた能力を持つ隊長陣営。天才では生温い鬼才と言えるエリートの卵達。そんなトンデモナイ輩が集まる場所に突っ込まれたら、そりゃあ自分なんてあれだこれだとマイナス思考にもなるものだ。もしティアナがもう少し頭の柔らかい娘だったのなら『こんなエリート部隊に配属された私って超スゲェー!』となり自信の1つでも2つでもつくのだが………まぁ、あのお堅い性格は良くも悪くも彼女の魅力の内の1つなのだろう。些か繊細過ぎるような気もするが。

 

 “やはりここは…………どデカい賭けに出るべきか”

 

 明日はいつも通り新兵達が高町なのはと模擬戦をすることになっている。そこで一発、ティアナに白星を上げさせて己に自信をつけさせる。そんな無謀極まりないアイデアがヴァイスの脳裏にあった。何せ相手はあのエースオブエースだ。アレ相手に勝機がある存在は、機動六課の隊長陣営、武闘派提督陣営、各次元世界を守護するエースストライカー達、今は亡き“武人”と怖れられたゼスト・グランガイツくらいなものだろう。障害物などが多く、立地に恵まれているのなら、元エースストライカー級の狙撃手であるヴァイスにも勝算自体はある。

 分かり切っていることだが、ティアナとなのはでは戦闘経験は勿論のこと、素のスペックに開きがあり過ぎる。理に叶ったステージ、万全の状態、奇策を張り巡らせても勝てるかどうか。

 しかし、ヴァイスには勝算があった。最近、高町なのはは結構浮ついている。ユーノ・スクライアとデートに行く約束が彼女の頭をお花畑にしてくれているのだ。なんというか、普段では見せない“女の顔”をよく拝見できるようになった。まぁ、それでもいざ戦闘になればその浮ついた意識を瞬時に切り替えてくるだろう。

 故に最も肝心なのは――――ティアナ一人でなのはを相手するわけではないということだ。

 格闘特化のスバル、電撃のレアスキル持ちエリオ、召喚師キャロ。幼いながらも優れた能力を持つ若き兵達。彼らと連携を取り、力を合わせられれば一勝を望むことができる。まぁ、ティアナの手腕を持って彼らの能力を最大限に引き出し、ティアナ自身も己が力を出し尽くさなければどうにもならないが。

 正直に言えば勝率は低い。しかし、勝利さえすれば、間違いなく彼女に自信を持たせれる。

 

 「勝てる可能性があるのは揺るぎのない事実。なら、試してみる価値はある」

 

 ヴァイスは拳に力が入り、手に持っていた空の缶珈琲を握り潰した。ヴァイス・グランセニックがティアナに教えれる大抵のことは教えた。普通の人間なら即逃げ出すであろう修行も容赦なく取り入れた。それでもティアナは逃げなかった。最後まで腐ることなく、逃避することもなく、やり通した。そんな優秀な弟子を信じてやらない師匠が何処にいる。無謀がなんだ。無茶がなんだ。アイツならきっとやれる。やってみせてくれるだろう。

 ――――それだけ理解しているのなら何を戸惑うことがある。躊躇する必要がある。模擬戦まであと1日ほどの時間が存在するのだ。対策を模索することに費やす時間など、たらふくある。ヴァイスはすぐさま電話を使って皆に集まるよう呼びかけた。

 

 

 ◆

 

 

 ティアナはヴァイスの自室前で立ち往生していた。あのヴァイスが自分に今すぐ自室へ来いと命令されたので来たのはいいが、入室するべきか否か判断しかねている。いくら師とはいえ男の部屋に呼び出されたらそりゃあ誰でも困惑する。ちなみに男性との関係を築くこともあまりなく、経験が皆無のティアナの心はテンパリ度Maxだ。

 

 “新しい修行内容の説明かな?………うん、そうだよね。そうに決まってる”

 

 それ以外に何があるというのだ。淫らな妄想は師匠であるヴァイスに対して失礼な行為に値する。しかし、見るからにドンファン臭を出しているあの男の部屋に入って何もない、なんて断言できないのが本心だ。

 

 「えぇい! 女は度胸よ!」

 

 何をうじうじしているかティアナ・ランスター。彼にはシグナムという彼女がいる。シグナムを裏切れば地獄より尚恐ろしい拷問が待ち受けているとヴァイスは承知している。ならば何故臆することがあろうか。疑うだけ自分が馬鹿らしく見える。堂々と、ただ堂々と入室すればいいだけではないか――――!

 

 「ティアナ・ランスター! 只今到着しま……し…………た?」

 

 ヴァイスの部屋に入るや否や、スバルやキャロ、エリオがヴァイスと一緒になって携帯ゲームをして遊んでいる光景が目に入った。

 

 「私が部分破壊を務めます………!!」

 「スバル! この大馬鹿野郎!何後先考えず突っ込んでいる!すぐに戻るんだ! お前のその貧弱極まりない装備じゃ一撃で死んじまうってのが分からないのか!?」

 「――――か、回復薬が切れたァ!?」

 「なにぃ!? キャロ! 今すぐエリオに回復薬を!!」

 「はい!!」

 

 自分そっちのけで携帯ゲームに夢中になっている子供三人と大人一人。彼らがプレイしているのは今人気の『モンスター〇ンター』だろう。自分もよく休日にスバルとプレイしていた。

 

 「………あ、あの~」

 「あともう少しだ! 気合を入れろ!!」

 「落とし穴設置完了!」

 「ナイスだキャロ! 全員落とし穴のある場所まで突っ走れ!!」

 「「了解!!」」

 

 今の彼らにティアナが割り込める隙などない。全力でうおぉぉぉぉぉ!! とヴァイス、エリオ、スバルは叫びながら必死に十字キーを操作する。無駄に熱い。自分もゲームをプレイしている時、あんな感じになっていたのかと思うとちょっと恥ずかしくなる。

 

 「いよっし、掛かった! 今のうちに大タル爆弾Gを置けぇぇぇえ!!」

 

 最終局面に差し掛かったことにより全員のテンションは最高潮。人間とは思えない有り得ないスピードでボタンを押していく。

 

 「これでトドメだぁぁぁぁぁ!!」

 

 オーバーリアクションと言えるほど大きく腕を上げ、ズドンと効果音が聞こえるほどの勢いでヴァイスは〇ボタンを押した。

 恐ろしいほどの静寂が部屋を包む。だがそれも束の間。討伐成功と画面表示に現れた瞬間、皆は最高の笑顔で、

 

 「「「「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」

 

 ハイタッチしながら喜び合った。

 

 ――――――なんだコレ。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「いや悪い悪い。ちょっと熱くなり過ぎていたせいでティアナが来てたの気付かなかった」

 

 ハッハッハと笑ってお菓子やらゲームやらで散らかっている部屋を片付けていくヴァイス。よく部屋をぐるりと見渡したら結構乱雑に物が散乱しているではないか。部屋は人の心を映すというが、まさにヴァイス・グランセニックという男の性格を体現しているかのようだった。

 

 「んー………」

 

 ヴァイスは一通りガラクタ?を片付けて、冷蔵庫の中を漁り始めた。

 

 「おいお前ら。一応聞いとくが酒は飲めるか?」

 「「「「未成年は飲めません」」」」

 「お、迷いのない良い返事だ。それでこそ管理局員」

 

 ニカッと笑って彼は冷蔵庫の中からジュースを四本分取り出した。そして一人ずつにほいほいと渡して行き、どっこらしょと言ってベットに腰かける。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「礼なんていいって。子供とはいえ客人におもてなしすんのは当然だろ?だいたいティアナは何ずっと突っ立ってんだ。座れ座れ」

 

 ティアナはこくりと頷いて床に正座して座る。

 

 「オーケー。これで新米局員全員揃ったな」

 「………ヴァイスさん。このメンバーを呼んだ理由っていったい」

 「理由か。ふふ、それはだな…………」

 

 ヴァイスは怪しい笑いを口から漏らしながら、

 

 「我らがエースオブエースの対策打倒会議を開くためだ!!」

 

 ―――――とんでもないことを口走った。

 

 「「「「え、えぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

 いったい何を血迷ったことを言ってるんだこの人は。先日のシグナムの拷問で神経をやられたのか!? とても冷静な人間が出せる発言じゃない。

 

 「今日まで至って全戦全敗。このままやられっぱなしじゃ悔しいだろ。だからここいらで一発、なのはさんを見返してやるんだよ」

 「そんな、無茶です! 相手はあのなのはさんですよ!? 勝ち目なんてありません!!」

 「なに最初っから諦めてんだよエリオ少年。いいか、この世の中には無敵なんてものはないんだぜ。よくて最強止まりだ。絶対に勝てないなんてものはない」

 「…………それはそうですけど」

 「お前らも分かってんだろ。いくら新兵とはいえ四人がかりで挑んで負けるってのは情けないもんだ。それが例えエースオブエースが相手であってもな」

 「「「「………………」」」」

 

 確かにヴァイスの言う通り、負けてばかりでも悔しくない、といったら嘘になる。圧倒的有利な状況下で、一撃も有効打を与えられない今の現状に満足しているわけがない。模擬戦とはいえ、勝負するのなら勝ちたいと思うのは当たり前だ。それがどんなに強大で圧倒的な相手であろうが、関係ない。

 

 「お前らは最初こそ素人丸出しの魔導師だったが、今は違う。もっと自分に自信を持つべきだ。

 此処に配属されてからお前達はそれなりの場数もこなして、負けだって幾度となく経験している。なのはさんとの模擬戦だって二桁を越えた。今ならなのはさんの癖やら隙やらを少しでも理解していると俺は思っている」

 「私達が………なのはさんに勝てる可能性があると言うんですか? ヴァイスさんは」

 「ああ。なんせお前らはあんだけ死に物狂いで訓練受けて、実戦で戦ってきたんだ。最大限に力を合わせて、死ぬ気であたりゃあエースオブエースなんて下せれる」

 

 そんなことを言って、曇りのない、真っ直ぐな目で自分達を見るヴァイス。

 いきなり呼び出して何を言い出すかと思えばこれだ。ヴァイスがいったい何を目的としてこんなことを言い出したのかは知らない。高町なのはを打倒することに、どんな利益が彼にあるのかは理解できない。あの人の考えることは、弟子である自分でも時々分からなくなる。だけど、

 

 「上等じゃないですか。いいですね、やってやろうじゃありませんか」

 

 彼の言葉は確実に自分の心を捕えていた。魅力的だと感じさせられていた。それは、他のメンバーも同じなようで、最初こそ仰天し、恐れ多いと言っていたのに今では無言でヴァイスを見つめている。彼らも、心の何処かで勝利したいと思っていたのだろうか。

 

 「お、乗る気になったか。いいね、やっぱ期待通りの奴らだよお前らは」

 

 ティアナ達の面構えを見てヴァイスは爽快に笑い、喜んだ。

 

 「なら、今日はこれにて解散だ。伝えたいことはちゃんと伝えたしな」

 「言いだしっぺのヴァイスさんは何もしないんですか?」

 「俺が手を加えたら意味がないだろう。

 ――――いいか。お前達が対策を練り、作戦を立案し、高町なのはに勝利するんだ。ヘリパイロットが入れる余地なんてねぇよ。あくまで俺は発破をかけただけに過ぎないからな」

 

 彼はティアナの肩をぽんと手を置き、耳元までに唇を近づけて『高町なのはを打倒できるかどうかは、前線指揮官殿の手腕に全てが掛かってる。気張って行けよ』と小さく呟いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ヴァイス・グランセニックという矮小な狙撃手にやれることは全てやり尽くした。後は彼らの努力と機転次第。上手くいけばティアナのみならず機動六課の新米達全員の士気を上げることができるのだが、さて、どうなるものやら。

 ――――もはや、自分なぞ彼らの努力が報いることを信じて待つことしかできなくなった身だ。ここは焦らずゆっくりと、彼らの行く末を見守るとしよう。

 

 「賽は投げられた。もう止まることはできない、か」

 

 いやはや、自分らしくない、身の程を弁えない大それたことを仕出かしたものだ。出来のいい弟子に自信をつけさせようと思い至り、行動に移してみれば他者を巻き込み、大きな祭りの下準備をするはめになってしまった。自分もまだまだ若い。

 

 「………ヴァイス」

 

 廊下を浪々と歩いている最中で、ヴァイスは一人の男に声を掛けられた。

 

 「おや、旦那じゃないですか。今日は珍しく人型で?」

 「まぁな。最近はよく気分転換のために人型になることが多くなった」

 「おお。そいつは有り難いや。女子供の多い機動六課にいると、何かと肩身が狭くなっちまう。こうして面を向かって気軽に話せる相手がいるだけでも嬉しいもんですわ」

 

 いつもは大狼になり、皆を影ながら護る守護獣ザフィーラ。今の彼は褐色の肌、銀色の混じった白髪、鍛え抜かれた肉体が特徴的な男の人間形態になっている。武装隊に配属されていた頃からの知り合いであるヴァイスは、今の人型になっているザフィーラの方が強く印象に残っている。

 

 「んで、声をかけた理由はなんですかい?」

 「いや……お前の部屋に子供達が集まっていたのでな。何をしていたのか気になっただけだが」

 「ふっふっふ。いくらザフィーラの旦那と言えど、それは言えやせんね―――まぁ、安心してください。決して疾しいことは何一つしていませんから」

 「………まぁ、近い内に何かしら事を起こすのだろう? 私は楽しみにしているぞ」

 「そいつはどうも。期待に応えれるかどうかは、あいつ等に掛かっていますけどね」

 「ここで立ち話をするのもなんだ。食堂で、酒でも飲みながら雑談を楽しもうじゃないか。この機動六課じゃあなかなか相手がいなくてな」

 「そいつは悪くないっすね。ハメを外すにゃ嬉しい誘いってもんですわ」

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 それから食堂に着くなり、あれやこれやと大人組は話を盛り上がらせていった。勿論、周りに迷惑を掛けないよう防音結界を張っている。

 基本的に若い女子が多く、しかも気の合う男が少ない機動六課で、友好関係にある男というのは極めて希少な存在だ。こうして語り合える時間は非常に有り難い。

 ザフィーラはあの子供達を前線に送ることに内心不満を持っていたことを暴露したり、ヴァイスは弟子であるティアナの頭の固さについて愚痴ったりと話題に尽きることはなかった。酒を飲んでいることもあり、口のネジが緩くなっているので二人はかなり饒舌だった。

 

 「プハァッ………いやー、やっぱ男同士の雑談はいいもんですねぇ、旦那」

 「ああ。こうして気兼ねなく話せる間柄とはいいものだ」

 

 ただザフィーラはヴァイスの倍近く喋っていたような気がする。大狼状態だとほぼ無言。人型になっても基本寡黙であったからその反動だろうか。今度からはよく飲みに誘うことにしようとヴァイスは思った。

 

 「ホテルアグスタでのお前の活躍は大したものだった。多少は腕が衰えていたようではあったが、戦力としては申し分ない。少なくとも陸の元エースに相応しい実力がある」

 「旦那まで姐さんと同じことを言うんすね。だいたいこんだけ異常な戦力を保有している機動六課に、俺みたいな元狙撃手が必要とは思えない」

 「馬鹿を言うな。戦場に赴くのはテスタロッサ達だけではない。キャロやエリオのような子供もいるのだ。五体満足で必ず無事に帰ってくるなんて甘い保障など何処にもない。だからこそ、少しでも彼らの負担を減らしたいが故に、私はお前の復帰を望んでいる」

 「…………………」

 「これだけは言えるのだよ―――お前は過去に囚われたまま腐っていていい男ではない」

 

 ザフィーラの言葉の一つ一つが、より正確にヴァイスの胸を穿った。

 先ほどティアナ達に偉そうに言っておきながら、自分は過去に囚われ、誰かの役に立つ、助けられる力を振るおうとしないままでいる。確かに滑稽で惨めな話だ。

 このまま腐っていていいのか。立ち止まったままでいいのか。そんな言葉が、ヴァイスの脳内を往復する。

 

 「もう結構な時間ですし、そろそろお開きにしましょうか」

 「………そうだな。あまり帰りが遅いとシャマルが五月蠅い」

 「え!? 旦那、まさか浮気っすか!?」

 「違う。シャマルはパートナーでありそれ以上でもそれ以下でもない。単に彼女が時間厳守主義なだけだ。まぁ、先ほどの発言は確かに些か誤解を招くものがあった。アルフなら余裕で誤解しそうだしな。――――気を付けておこう」

 「そうっすよ。そういう誤解が地獄を招くんですから」

 

 ヴァイスの脳裏に熱く焼き付いているあの地獄。今こうして後遺症もなく生きているのが不思議と思うほどだ。思い出すだけでも恐ろしい。

 

 「流石は経験者。言葉に重みがあるな」

 「ぶっちゃけ経験したくもなかったっすよ。あ、勘定は俺がしときます」

 「いや、今回飲みに誘ったのはこのザフィーラだ。ここは私が払うのが筋というもの」

 

 それから二人は自分が払う自分が払うと言い合い、五分後にヴァイスが根負けして勘定はザフィーラが払うことになった。

 

 


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