魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

19 / 35
第19話 『astonishment』

 【22:00】

 

 六畳一間の部屋に敷き詰められている畳の上で、紺色のデニムシャツ&ジーンズ姿の高町クロノと白い縦セーターを着込んでいる高町なのはは互いに正座をし、無言で相対していた。

 そして彼らの間に置かれているのは四角く薄い、一つのボード。そのボードに刻まれている計64もの升目には白と黒の石が入り乱れている。

 ―――二人は今、『オセロ』と呼ばれる二人用ボードゲームをプレイしているのだ。

 高町夫婦は基本一日に何かしらのゲームで遊ぶことが日課になっており、今回はボードゲームの中で一、二を争うほどルールが簡単なオセロゲームをすることになった。

 オセロとは、世界的に有名なリバーシを起源とするボードゲームである。ルールは極めて単純。交互に盤面へ石を打ち、相手の石を挟むと自分の石の色に変わり、最終的に石の数が多い者が勝者になるという子供でも一分で覚えられるお手軽なもの。しかしながらゲーム性は恐ろしく奥深いものとされており、極めるにはそれ相応の時が必要とされている。

 

 ―――パチン。

 

 なのはは滑らかな動作で白色の石を盤面に打った。しかし、彼女の顔色はあまり優れていない。可能な限りポーカーフェイスを装ってはいるが、焦燥の色を隠し切れずにいる。

 体育系を除くあらゆるゲームを得意中の得意とするなのはは、幼い頃から多くの強者を屠ってきた強者だ。過去に重度な大人ゲーマーをゲームセンターで完膚なきまでにフルボッコにしたという伝説さえある。

 彼女がプレイしてきたゲームはカードゲーム、ボードゲーム、ダイスゲーム、推理ゲーム、コンピューターゲーム、オンラインゲーム、テレビゲーム、ローカルプレイングゲーム、ビジネスゲーム、デザインゲームと全くと言って良いほど節操がない。ただ彼女は楽しく、肌に合っていればどのような系統のゲームも積極的にやり込んできた。

 高町家の居候組や母、姉、兄、果てには古の妖狐でさえもなのはの腕前には為す術もなく惨敗を喫している。彼の月村忍でさえテレビゲームでしか勝利できないという廃スペックな技量の持ち主なのだ。しかもその実力は齢8歳の頃から身につけていたものであり、現在18歳であるなのはの実力はもはや世界に通用するレベルとなっている。実際に世界大会には幾度となく参加しては、数々のメダルを獲得し続けてきた。

 ならば何故、それほどの猛者がこうも焦りを露わにしているのだろうか。

 ………答えは一つしかない。高町なのはの目の前にいる夫、高町クロノの方が高町なのはよりゲームの腕が一枚も二枚も上手なのだ。

 二人が初めて一緒にゲームをした時から、一度足りとてクロノはなのはに敗北したことがない。

 

 ―――パチンッ。

 

 クロノは涼やかな顔で黒の石を盤面に打つ。

 彼の一手一手はまるで迷いがなく、気負いも無く、ごく普通の自然体だ。されどその実、少年時代に開発技師として任命されるほど優れた頭脳に裏打ちされた巧妙なテクニック、高度な心理操作を用いて的確に対象を誘い、流れを作ってなのはを追い詰めて行っている。しかもなのはが白の石を打って三秒以内に打ち返してきているのだから尋常じゃない。

 

 ―――パチン

 パチン―――

 ―――パチン

 パチン―――

 ―――パチン

 パチン―――

 

 クロノの駒に押され、じわじわと白の石が黒に侵されていく。まるで為す術がないが、それでもなのはは勝負を投げたりはしない。まだ勝敗も決していないというのに、自ら進んで負けを認めるようなことは、エースオブエースの高町なのはと同様で、一般市民の高町なのはも絶対にしない。

 しかし、現実は非常である。残党兵力を駆使して奮闘するなのはだが、アニメのような一発逆転劇など起こる筈もなく、クロノの黒軍によって白軍は虚しく鎮圧された。

 なのはは無念極まりないといった表情で畳の上に両手をつく。やはり敗北の味というのはいつ味わっても苦いものだ。

 

 「また……負けちゃった…………嗚呼、3000連敗突破しちゃったよ………!」

 「いやー、やっぱり勝利の味ってものは何度味わっても良いものだね」

 「くっ……いつにも増して余裕な態度二割増し…………でも、でも! 次こそは勝ってみせるよ!! 私は絶対に諦めないんだから!!」

 「僕もまだまだ負けてあげられないよ。生きている間に一万連勝を達成する予定だし」

 「い、一万………!?」

 

 この夫、満面の笑みでなんて恐ろしい野望を口にするのだろうか。つまり、彼はあと7000回自分を負かせる気でいるのだ。ならば言い返す言葉など決まっている。

 

 「その野望、真っ二つに挫くしかないね!」

 

 ビシッと失礼ながら指を指し、宣言するなのは。それをクロノは苦笑してはいはいと頷きながらオセロを片付けていく。

 

 ―――ピンポーン――――

 

 その最中で、玄関チャイムが軽快な音を発てて鳴った。

 

 「………こんな夜分に誰だろう」

 

 なのははよっこらしょっと腰を上げ、てててとドアに向かう。

 

 「………あれ? 誰もいない?」

 

 玄関ドアを開けて外を見渡すが、チャイムを鳴らした人物らしき人影すら見えない。

 

 「…………ん?」

 

 チャイムを鳴らした人の代わりとばかりに、玄関前の地面にぽつんと置かれていた小さな白い箱。なのはは頭の上に?マークを浮かべて、軽率ながらその小さな箱を手に取ろうと腕を伸ばす。

 

 ――――ぷしゅぅぅぅ――――

 

 なのはの細く白い指が箱に触れた瞬間、とんでもない量の煙が溢れ出した。なのはは小さな悲鳴を上げた後に、彼女の身体は白煙に包まれる。

 

 「なっ…………!?」

 

 異常に気付いたクロノは酷く強張った表情で片付けていたオセロを放り投げ、

 

 「なのは!!」

 

 全力で妻の元に駆けた。

 

 “結界が作動しなかったなんて………どうしてだ………!!”

 

 このアパートの敷地内には大家にも内緒にしてこっそり法術で編み込まれた結界を配置していた。クロノもしくはなのはに“敵意”を持つ者が侵入したら警報が鳴る仕組みなのだが、それが作動しなかったというのは一体どういうことなのか。メンテナンスも一日に一回しているが、確かに異常はなかったはず。

 

 「無事でいてくれ………!!」

 

 とにかくクロノは全身を魔力の膜で覆い、息を止め、その得体の知れない煙の中にいるなのはの身体を抱きかかえてすぐに外へと退避した。

 あの煙が唯の悪質な悪戯なわけがない。きっと何かしらの効力が存在するはずだ。

 猛毒である最悪の可能性が一番最初にクロノの脳裏に通過した。しかし、彼の予想は大きく外れていた。いや、ある意味彼の予想を大きく上回ったというべきか。

 

 「こほ、こほ………あれ? クロノ君、なんだか一回り大きくなった……ような」

 

 事態を上手く飲み込めていないなのははクロノにお姫様だっこされたまま、ちょっとした違和感に頭を傾げる。

 

 「あ――………なのは……その……随分と軽くなったね」

 「え? それほんと!? お世辞じゃないよね!?」

 「ほんとほんと。恐らく今のなのはの体重、数分前の半分くらいは減量してるよ」

 「は、半分!? 喜びを通り越してなんだか怖いんですが………」

 「しかも若返ってるね。僕の眼がおかしくなければざっと八歳くらいに見える」

 「それは流石に褒めるにしても行き過ぎじゃあ…………」

 「いや僕は事実しか言ってないよ………はいこれ鏡」

 

 何処から取り出したのか小さな手鏡をなのはに差し出す。それをなのはは恐る恐る受け取り、鏡に映る己の顔を見る。

 

 「わー、何ということでしょう。鏡のなかには小学生時代の私の顔が写っているではありませんか………ってふぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 ミッドチルダクラナガンで、愛らしい幼女の悲鳴が木霊した。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「………十中八九、ジェイルさんの仕業だよね」

 

 再び自室へと戻り、若返ったなのはの身体とその原因となった白い箱を一部始終解析し終えたクロノは、大きなため息をついて主犯の名前をぼそっと零した。

 魔力とは異なる別の力。さらに人を若返らせるという高度な技術力。この二つを持ち得て、さらに自分達に子供染みたちょっかいを掛けてくる人物など一人に限られる。

 

 “居場所を突き止められても、引っ越せるほどお金に余裕がない。それに仮に拠点を変えたとしてもすぐにバレるだろうし………このまま居座り続けるしかないか”

 

 あの愉快犯に振り回されっぱなしだと思うと、気分が重くなる。今回、自分達の身体を退行させようとしたのは恐らく、“面白そうだから”とか“悪ふざけ”とか“ドッキリ”とかそんな感じのしょうもない理由に違いない。本気で白髪の一本や二本は出来てしまいそうである。

 法術結界が反応しなかったのは、あの白い箱を置いた人物が自分達に敵意がまるで無かったからだろう。ナンバーズのなかでも純粋な性格をしているセイン辺りが持ってきたのかもしれない。もしくはウェンディ。

 若返りの効力が半永久的ではなく、短時間で効力が切れるということは本当に救いである。なのはの身体を調べて分かったが、恐らく2日後くらいには元通りの身体年齢に戻るだろう。

 被害を受けたなのはは憤るどころかご満悦だ。まったく、彼女のポジティブな性格には敵わない。

 

 「ねぇねぇクロノ君。明日のデートはどうするの? 一緒に遊園地に行く予定だったでしょ」

 

 なのははクロノ手製の子供サイズのワンピースを着て、あどけない表情で夫に迫る。何も知らない人から見れば、実に犯罪臭い。

 

 「んー………」

 

 クロノは腕を組んで一分ほど考える。

 明日は休日の土曜日だ。クロノもなのはも忙しい仕事を休み、クラナガンで新設された遊園地に遊びに行く予定なのである。

 

 “せっかくの休日デートをジェイルさんのせいで台無しにされるのは我慢ならないし、何よりなのはの落ち込む顔は見たくない。幸いなのはは身体年齢が8歳程度になっただけで、何かしら体に害のある影響があったわけではないのだから、遊園地を練り歩くくらいはどうということもないだろう”

 

 ぶっちゃけ19歳の青年と8歳の幼女(仮)がカップル通り越して夫婦とは誰も思うまい。大方、親子だと錯覚するはずだから人の目を心配する必要もないはずだ。

 

 「………予定は変わらず、かな」

 「やったー!」

 

 いつもと変わらない、純粋無垢な笑顔がそこにあった。この笑顔のためなら、クロノは幾らでも頑張れると自負している。

 




 余談ですが、今回“も”騒動を起こしたジェイルはクロノの予想通り高町夫婦を驚かせるためだけにわざわざ若返りの薬を作ったそうな。
 悪ふざけに全力を尽くす愉快犯。それがジェイル・スカリエッティ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。