ジェイル・スカリエッティのアジトへと連れてこられた高町夫婦。なのはは相変わらず気絶したままだ。クロノはなのはの心配をしながら警戒を解かずに周囲を見渡す。
懐かしくも思える近未来的なデザインの機械で覆い尽くされているラボ。かつて開発技師に兼任されていた頃に似たような風景をよく見てきた。
「そろそろ、僕の名前を知っていた理由を聞かせてもらいたいのですが」
平行世界の人間がクロノ・ハ―ヴェイの素性を知りえることは不可能だ。なのにジェイルは素性を知った上で計画性の高い襲撃をかけてきた。事前にクロノ・ハ―ヴェイの情報を入手していたのは間違いない。
「君は過去に特殊な試験機などを作らなかったかね?」
「………すみません。過去に記憶を削ることをしましたから昔のことは詳しく覚えていないんです」
クロノの告白にジェイルの身体がカチンと固まる。そして肩を振るわせながら勢いよく振り向き、クロノの首を掴み鬼のような形相で詰め寄った。
「記憶を削るとはなんて愚かなことを……科学者の命とも言える記憶を削るということはどういうことか解っているのかね? 君の頭脳にどれだけの価値があると思っている!!」
そのまま壁にクロノの身体を押し当てる。長身のクロノの体重はそれほど軽くないというのにジェイルは片手で軽々と持ち上げ、そのまま壁に自分を押し当てたのだ。この男、科学者のくせに並の力ではない。
ジェイルは激情のままに手に力を入れ、クロノの首に指を食い込ませる。流石にこのままだと危険と判断したクロノはジェイルの手を強引に振り払う。あのまま首を絞められていたら良くて気絶。悪くて首の骨を折られていた。
クロノは軽く咳をし、ジェイルは熱くなった感情を落ち着かせる。
「私としたことが少し熱くなり過ぎたようだ。……すまない」
「………こんなことで殺されては堪りませんよ」
ジェイルは落ち着いて崩れた白衣を整える。そしてまた歩き出した。クロノもその後を警戒をより強めてついていく。
「私は昔、とある無人調査艇を入手した。それは実に高度な技術で作られたものだった。ククッ、私はその調査艇を解明することに持てる力と情熱を注いださ。なにを調査し、どんな目的で作られたのかがどうしても気になってね。そして知った。それは平行世界という次元世界とはまた違う世界線を調査するものであるということを。また記憶媒体を取り出し、その調査艇の開発に関係した科学者の情報も取り出せた。その情報の中で最高責任者として名が刻まれていたのが『クロノ・ハ―ヴェイ』――――――高町クロノ君。君の偽名だ」
ジェイルは先ほどの激高を忘れてしまったかのように、まるで子供のようにウキウキと説明をし始めた。
「実に興味深かったよ。次元世界とは違う、平行世界という名の境界線。無限の可能性が散らばる世界。無限の欲望たる私が興味を示さないはずがない。なによりたった9歳で技師長となり、その無人調査艇の設計に貢献した君に対して私は平行世界よりも強い興味を持った」
身体を反転させ、後ろ向きで歩きながらクロノを見るスカリエッティの目は好奇心で張り裂けそうだと訴えている。クロノは若干引きながらその説明を聞き続ける。
「故に私は平行世界へと渡る装置を開発することを決心したのだよ。君を部下として勧誘するために。まぁ全く違う論理で存在する世界線をどう移動するのかというもので大変手間取ったがね。そこは何とか無人調査艇にあったデータを基にして研究したからからどうにかなった。そして私は長い年月を掛け平行世界に渡る転移装置を作り、無事君と対面できたのだ。だがまさかクロノ君が時空管理局のエースオブエースと結婚しているのには流石に驚いたがね」
クロノはジェイルの長い説明の中にどうしても気になることがあった。
「それは、そのエースオブエースという称号を所持している人物とはもしかして……」
「高町なのは一等空尉。時空管理局の最高戦力魔導師の一人で君の大切な人のもう一つの可能性さ」
軍属、それも一等空尉であり最高戦力。
如何なる理由があれど、力を振るうことを是非としなかったあのなのはが……。
「……そうですか」
「おや、もう少し驚くかと思ったのだが」
「彼女は高い魔力素質を有していた。どこの平行世界線でも高い人材と判断されるでしょう。勿論、魔力素質のないただの一般人として生活している平行世界もあるのでしょうけど」
クロノは次元世界という世界線はよく知らない。だが代わりに平行世界については十分熟知している。故に同一人物の存在ぐらいでは驚くに値しない。何故スカリエッティが自分の存在を知っていたのかということも分かった。それにこの平行世界の高町なのは、クロノ・ハラオウンがどう生活していようと、自分には関係のないことだ。
冷たい考えなのかもしれない。しかし、自分の愛する高町なのはとこの世界の高町なのはを同一視することは、両名を侮辱するようなものだ。だから、割り切る。割り切らなければならない。
「君は達観しているなぁ」
「それよりなのはの首に付けられているアレのことも説明してもらえませんか?」
紫色の短髪女性に運ばれているなのはの首にはチョーカーらしきものが嵌められている。
「爆弾だよ。レディに付けるにはとても申し訳ない首輪だが彼女は人質なんだ。なんの枷も付けないわけがないだろう? なお、君の技術力を警戒して古代の遺物を使わせえてもらった。悪く思わないでくれたまえ」
爆弾―――やはりそうか。
「そこまでして僕にやらせたいこととはなんですか?」
「簡単なことだ。君は私達の戦力として働いてもらう。クロノ君のような人物が部下であってくれれば百倍力というものさ」
「戦力? いったい何と戦うんですか」
「私の夢を邪魔する時空管理局だよ。私情も挟むが………む、部屋に着いたようだね。ここが君達の自室だ。これが合い鍵。なのは君もクロノ君と同じ部屋だ」
ジェイルはカード鍵となのはをクロノに渡してラボの奥へと進んでいった。
“彼女の首輪を無理に外そうとしない方がいい”と忠告して。
◆
ジェイルが用意した部屋は予想していたものよりも随分と豪華なものだった。二つのベットにテレビモニター、家具一式が用意されている。とりあえずクロノは気絶しているなのはをベットの一つに横たわらせて溜息を吐く。
「僕が巻き込んだのも当然だな―――ごめん、なのは」
クロノもベットに腰を置いて、なのはに付けられた首輪をさすりながらただ謝罪の言葉を彼女に告げる。
この状況を作った原因は自分だ。そしてなのははそれに巻き込まれた。
護ると言っておきながら、悲しませないと言っておきながら、今自分はなのはを悲しませている。さらには命までも危険に晒しているのだ。
「そんなことないよ。クロノくん」
「………起きていたのか」
「ううん、今さっき起きたとこ」
「そっか。それなら今から僕達の置かれている状況を説明するよ。起きたばかりのとこを悪けど、落ち着いて聞いてくれ」
「――うん」
クロノはなのはに自分達が誘拐されたことを伝える。ジェイル・スカリエッティ、なのはの首に巻かれているモノ、そして――――この事態を招いたのはクロノにあるということを。
なのはは混乱することなく、静かにクロノの話を全て聞いた。そしてクロノがまたなのはに「ごめん」と言おうとしたとき、彼女の軽いでこピンがクロノの額に見舞われる。
「なのは………?」
「話が難しすぎてよく分からなかったけど、クロノくんが私に謝る必要なんてないことは確か。それに、なっちゃったことをくよくよしても始まらないし変わらないよ」
なのはは首元にあったクロノの右手を両手で優しく包む。
その手は何処までも温かく、癒しに満ちていた。
「やっぱりなのはは強いな」
「ふふ、今更だよ。それより翠屋はどうしよう……」
「それよりって………翠屋にはメモを残しておいたし、バイトの人達がなんとかしてくれると思う。恭也さんもいるしね」
「それなら安心だね!」
なんと逞しい妻だろうか。魔法を使えないにしてもクロノは一生なのはには勝てないと思う。ゲームなどは別として。
「なのはも疲れただろう。少し早いけど、今はまだ眠ったほうがいい」
「ありがとクロノくん。じゃあお言葉に甘えて、眠らせて……zZZ」
「………本当に君は凄いよ」
クロノは苦笑する。犯罪者に誘拐されているというのに彼女は自分のペースを崩さない。なんというか、ヒドゥンの件以降からますます心の芯が強くなっているような気がする。
「さてと、調べなきゃいけないことが山ほどあるな」
完全に熟睡したなのはに毛布を被せて、クロノは用意されていた家具の一つ、本棚へと足を進める。本棚には次元世界、時空管理局、平行世界のミッドチルダ、魔導師などについて詳しく記述されている分厚い本が並べられていた。ここで情報を得て整理しろ、ということなのだろう。ジェイル・スカリエッティが敵対視する時空管理局という組織の全容も知りたい。
「………まずは次元世界から知るか」
クロノは本棚から分厚い本を全部引っこ抜いて、音を発てないようテーブルに置く。
彼はさっそく『次元世界・次元の海について』という国語辞典二冊並みの分厚さを誇る本を手に取り一ページ一ページを高速で捲りながらこの平行世界の情報を頭に入れていく。この光景を一般人が見たらポカーンと呆けた表情になるに違いない。
―――パタン
最初の一ページを開いて五分で全てを読みつくし情報を仕入れたクロノ。
なんというスピード。
あれはどう見ても三日は掛かる総量だったはず。
クロノは涼しい表情でまた一冊の本を手に取り、五分で読み終わり、また手に取り、また読み終わりという作業を繰り返し、なんと30分足らずでこの世界の基礎と常識などを理解した。
さすが天才。常人には出来ないことを簡単にやってのける。
“これはまた、厄介な世界に連れてこられたな”
【魔法・魔導師・時空管理局・次元世界・次元の海・平行世界のミッドチルダ】
必要最低限の情報は手に入れた。問題なのは魔導師という存在だ。人によって様々であるが魔導師である時点でそれなりの戦闘力を有している。また管理局の魔導師と為れば多くが戦闘型だろう。
まあ問題と言っても基本は法術師とそう変わらない。相違点があるとすれば此方の世界のレイジングハートのような祈願実現型などがないということと、局員の総数がありえないほど多いぐらいか。
自分の住むミッドチルダは平行世界との関わりに消極的だ。故に敵は少なく、犯罪者もここと比べれば格段に少ない。だからそれほどの武力は必要なかった。法術師の数も魔導師ほど多くはない。
“高町なのはは一等空尉。クロノ・ハラオウンは提督。あと知り合いの人間に似た魔導師がちらほら。しかも機動六課という部隊に僕(クロノ)以外の全員が集まっている。スペックデータから見てエリートの寄せ集めといったところかな”
嫌な運命だ。どうして知人や親友と同じ顔の人間と対立しなければならないのか。
“しかし管理局の白い悪魔に魔王って……この世界のなのはは凄いな。あの補助型のなのはがビームを放つところなんてなかなか想像できない。
レイジングハートもなんだかすごい形になってる。こちらの世界のレイジングハートが未だに健在なのは良いことだが、これではまるで砲撃特化の破壊兵器だな。祈願実現型とは大きく異なる”
願いが強いければ強いほどその願望が叶えられることのできる祈願実現型のレイジングハートはヒドゥン解決の際に大破してしまっている。今はなのはのお守りとして在り続けているが、この世界のレイジングハートは恐ろしいほど戦闘向けだ。
“なのはの首輪のこともあるし逃げる算段をつけるにしても時間がかかる。それまではジェイルさんの命令を聞かなければならない。ということは、もしかしたらこの世界の高町なのはと戦わなければならないということか”
出来ることなら彼女らと会わずに事を納めたい。そう、クロノは思わずにはいられなかった。
この世界の『高町なのは』が自分の愛する高町なのはでないことは承知済みだ。だが、それでも辛いものは辛い。
――――はたしてクロノは彼女を撃てるのだろうか。
妻と同じ顔をした女性を、自分の手で――――
おまけ
クロノは後にS2Uが旧式の量産型デバイスとして売られていたことを知り、やるせない気持ちになったという。
また勢いだけで書いてしまった。相変わらず自分の計画性の無さに呆れる。
原作クロノがもう一人の高町なのはと会ったらどんな反応をするのかが考え所ですね。