魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第20話 『amusement park』

 爽快な音を発て、風を切り裂きながらコンクリート製の道を駆けていく一台のカウル無しバイク『ネイキッド』。黒と白の質素なカラーリングとまるで新品と言わんばかりの光沢を放つフレーム、そして唸りを上げる高度な技術を惜しげもなく注ぎ込まれた魔導エンジン。

 誇らしげに走行するその様はあらゆるバイク乗りの眼を奪う。

 操縦者の高町クロノは鼻歌を口ずさみながら愛機を操り、補助席のサイドカーには妻のなのはが搭乗している。無論、彼女の機嫌はクロノと同じくべらぼうに良い。

 このネイキッドは大破し捨てられていたバイクの部品を一からかき集め、機械に滅法強いなのはと開発技師のクロノが共同して作り上げた夫婦自慢の一台である。その性能たるや、とても廃棄物から作られたとは思えない程のモノであり、魔法と法術の技術も組み込まれているため激しい戦闘でも扱えるトンデモ仕様となっている。また速度も法術の力によりクロノの想像次第で自在に変化し、理論上『限界』はない。打ち捨てられ酷く傷んでいた装甲もピカピカに磨き上げられた。

 しかし彼は歴とした常識人なので、モンスターバイクに乗っているからといって馬鹿みたいなスピードなど出さず、法が許す限りの速度をもって安全運転を心掛けている。運転免許は偽造であるが、クロノ自身は平行世界の地球とミッドチルダでちゃんと免許を取得していたので問題はない。問題ないったら問題ない。

 そして暫く当たる風とクラナガンの景色を堪能したところで、目的の場所に足を踏み入れた。

 

 「―――到着っと」

 

 クラナガンに新設された遊園地『スターランド』に辿り着いたクロノは素早くバイクを駐輪場の空いているスペースに止めた。

 ワンピース姿のなのははサイドカーから素早く降りて、はやく行こう行こうとクロノのデニムシャツを引っ張って急かしにかかる。まさに親に甘える子供のそれだ。

 知る人は少ないが、人の精神は肉体に引っ張られる関係にある。

 なのはの身体が八歳にまで後退したことにより、精神も八歳と同等のものにまで引っ張られている。彼女の天真爛漫具合は相変わらずだが、大人の落ち着きというものが少々薄れているようだ。

 

 “………可愛いなぁ”

 

 小さい妻を見下ろしながらクロノはほんわかした気持ちになる。

 

 「それにしても人が多い………うん、賑やかでいい雰囲気だ」

 

 スターランドが建設され立てというだけあって老若男女、かなりの数の客が訪れている。

 目新しいモノに寄って行きたくなるのは人の性だ。それに加えて休日、さらに大都会に建造された大規模な遊園地となれば当然魅力も人の期待も高くなり、結果凄まじい来客数となるのは想像に難しくはない。

 ちなみに今回高町夫婦は認識阻害眼鏡ではなく認識阻害コンタクトレンズを使用している。

 この認識阻害コンタクトレンズは魔道具特有の魔力を抑え込むことに成功したクロノの自信作である。前まで使用していた認識障害眼鏡よりか幾らか強力なので、魔力の無い一般人はもちろん低、中ランク魔導師程度の目は完璧に誤魔化せる。上位クラスの魔導師とてそう易々と見抜けはしない。ただ、ユーノ・スクライアほど優れた洞察力と勘の鋭い存在に対しては誤魔化し切れるかどうかは不明だ。

 ………まぁアレ程の例外、平和な日常ではまず遭えない稀有な存在なので問題はないだろう。

 

 「おお~………!」

 

 大都市では貴重な広大な敷地をふんだんに使い、ドンと建設されたスターランドを門前の真正面から見たなのははとても子供らしい、純粋な期待に満ち溢れた歓声を上げた。

 肉体年齢に精神年齢が引っ張られているのもあるのだろうが、恐らく元の姿のなのはでも同じリアクションをしていただろう。

 こうした笑顔を見れただけでも来た甲斐があったというものだ。

 

 「それじゃ、今日は命一杯楽しもうか」

 「うん!」

 

 なのははバイト、クロノはレリック狩り&賞金稼ぎと多忙な毎日を送っていた。息抜きと言えばなにかしらのゲームで遊ぶくらい。得られる大半のお金は元の“世界”に帰るための転移装置の部品に喰われていっている始末。

 そんな苦しい家計のなかでようやく手に入れた夫婦水入らずの贅沢なデートだ。ジェイルの幼稚なちょっかい如きで中止していいものではない。

 高町クロノは今日という貴重な日を噛み締める。

 あと、なのはは見た目通り八歳の子供としてカウントされたので何気に入場料が安くなった。この一点に関してだけは、内心ジェイルに礼を言ったクロノであった。

 

 

 ………………

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 クロノが開発した認識阻害コンタクトレンズの力は絶大だった。

 スターランドの大通りを堂々と歩いても誰一人として自分達を『クロノ・ハラオウン』『高町なのは』と認識せずに特徴のない一般人と認識してくれる。おかげで多くの視線も気にすることなく二人は悠々自適にスターランドを楽しむことができていた。

 

 「…………しかしこの遊園地、凝りようが半端じゃないな」

 

 なのはと共に様々なアトラクションなどを体験したクロノは、五臓六腑にその幸せを沁み込ませると同時にこの遊園地の遊具の巧みさに舌を巻いた。

 流石は次元世界最大の発展都市に建設された遊園地というだけはある。

 敷地が広いだけでなく、あらゆる最新技術が節操なく取り入れられた遊具が山のように点在しているのだ。自分の住んでいた平行世界のミッドチルダでもこれほどの遊園地は見たことが無い。

 

 “でも、これだけの機械に必要とされるエネルギーは馬鹿にならないはずだ”

 

 気になることがあるとすれば、それに限る。

 クロノが一つ一つの遊具を見て回って確信したのが、その精密機械の高性能故に必要とされるエネルギーの多大さだ。恐らく普通の遊園地の何十倍、何百倍ものエネルギーがこのスターランドに使われている。そのくせ入場料も商品もそこまで高いわけでもない。これでは、あまりにも収入と消費が割に合っていなさ過ぎる。いくら客が来たところで赤字は明らかなのだが――――やはり何かしらの秘密がこの遊園地にはあるのだろうか。

 

 “………いけないな。元開発技師の悪い癖がまた出てしまった”

 

 クロノは卓越された技術を目にしたらついつい解析に走ってしまう癖がある。それは戦闘などでは重宝されるものなのだが、こうしたデートの日に限っては無粋としかいえない。

 今日は純粋になのはと共にゆっくり、贅沢に楽しめる時間を大切にしなければならないのだ。無用な解析は控えなければ、せっかくのデートが台無しになる。

 

 「~~~♪」

 

 なのははクロノがネイキッドを運転していた際に口ずさんでいた鼻歌を歌いながらスターランドを練り歩く。クロノもそれに釣られてその鼻歌を口ずさんだ。

 ちなみにこの夫婦が揃って歌っている鼻歌はSong To You(歌をあなたに) と言う。まだクロノが幼い時に母、リンディ・ハラオウンがS2Uと共に彼に贈ったものだ。

 ―――自分も、彼女も、何度このメロディに助けられたか分からない。そしてこの歌は、自分達の心身を共に温ませてくれる。

 

 「♪~~♪~~~―――………ん?」

 

 機嫌良く歌っていたなのはは急に足を止め、人混みのなかを凝視し始めた。

 ――――何か気になるモノでも見つけたのだろうか。

 クロノはどうしたのかと聞いてみると、彼女の口から信じられない言葉が飛び出てきた。

 

 「なのはにそっくりな人を見かけた………?」

 「う~ん……人混みのなかでチラっと見えただけだからきっとわたしの見違い…かな?」

 

 彼女はあはははと笑って済ませているが、クロノは未だに真剣な顔をしていた。

 

 “なのはさんが来ている? このスターランドに?

 ………いや、なのはも見違いかもしれないって言ってるし、心配し過ぎか?”

 

 クロノは周囲をさっと見渡すが、この世界の高町なのはらしき人影はなかった。というかこれだけ人が溢れているなかで、特定の人物を見つけるということ自体無理がある。

 

 「………まぁ、なのはの気のせいってことでいいかな」

 

 だいたいこんな休日に彼女と会うなど、それこそ自分の“運”がよほど悪くなければありえない。

 いや、決してこの世界の高町なのはが嫌いというわけではないが、こんな場所で出会ってしまったら色々と面倒なことにしか為りはしない。

 

 「………そういえば、もうそろそろスターランドの催し物が始まる時間帯だね。開催場所は、たしか中心区だったっけ」

 「それなら行くしかないね! はやく行こう、クロノくん。遅れたらたいへんだよ!」

 

 妻の小さな手に引っ張られながらも、クロノはスターランドの観光を続行することにした。

 微かに心の片隅に残った―――――どうにも拭いきれないざわつきと共に。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「――――? どうかしたのかい、なのは(・・・・・)

 

 金髪の少年、ユーノ・スクライアは急に足を止めて辺りをきょろきょろと見回した“高町なのは”を見て不思議そうに問うた。

 付き合い始めて何年も経っている彼らは、時空管理局の貴重な休みを活かしてスターランドに訪れていた。目的はデート以外にありえない。

 

 “なんだか不思議な視線を感じたんだけど………気のせいかな?”

 

 マスコミ除け(にんしきそがい)のアクセサリーと今時の洒落た服装を着込んでいるなのはは腕を組んで少し首を傾げる。彼女はエースオブエースと謳われるだけあって、超がつくほど有名人故に他人の視線には慣れっこだったのだが、先ほどの視線は些か特殊なものであった気がした。第一に認識阻害の魔道具を身につけている自分を『高町なのは』と一般人が気付くはずがないのだが………

 

 「……ううん。なんでもないよ、ユーノくん」

 

 何にしても先ほどの視線には殺意、敵意は皆無だった。自分の気のせいというのもありえなくはない。ならばそこまで意識しなくてもいいだろう。有名人になった故に自意識過剰になりすぎているかもしれないのだし。

 というか仕事に忙殺されユーノとはロクに会えない日々が続き、やっとこさ手に入れた二人だけの時間なのだ。これを楽しまずして何を楽しむ。

 なのははそう自分に言い聞かせて、プライベートを満喫することに意識を切り替えるのであった。

 

 「―――ねぇなのは」

 「なに? ユーノ君」

 「そろそろジェットコースター……行っとく?」

 

 なのはは自分の顔からサァっと血の気が失せた気がした。

 

 「このスターランドのジェットコースターって『次元一』怖いらしいんだ。僕はちょっと、ほんのちょっとだけ興味がある」

 

 ここでなのはは「そうなんだぁ。あ、でも私絶叫系マシーン苦手だからちょっと無理かなぁ」とでも言えばよかったのだ。そうすればユーノも何の文句も不満もなく「そっか。じゃあ仕方ないね」と言ってくれたに違いない。

 だが時空管理局『エースオブエース』としてのプライドがあるなのはは、怖がって逃げるという選択肢を選ぶことができなかった。

 

 「………うん。私も丁度ソレに興味があったから………逝ってみる?」

 「本当かい!? じゃあ早速行ってみよう!」

 

 キラキラと純粋に目を輝かせるユーノを見て、この選択は愚かではあったが間違いではなかったと後になのはは機動六課隊員に語ったそうな。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 人、人、人。

 見渡す限り人で埋め尽くされたスターランドの中心部。

 家族連れ、カップル、友人達で構成された団体で訪れているのが大半である。無論、そのなかには高町夫婦も含まれていた。

 この19歳の青年と8歳の幼女が夫婦であることなど誰も思いもしないだろう。もしバレたら即座に通報ものである。

 

 「へぇ……これが…………」

 「………スターランドの催し物」

 

 中心部に集まった彼ら全員にはイベント専用の地図と七つの空白があるスタンプ帳が配布された。その地図はパンフより精細な情報が記述されている。

 

 スターランドが用意したイベント内容はスタンプ探し。

 

 このスターランドに点在する七つのスタンプをいち早く揃えられた上位三名には景品が与えられる、というものらしい。地図にはスタンプがある場所が載っておらず、自力で探さなければならない。またスタンプ設置場所を示すヒントがスターランドに点在しており、それを見つけ解いていけばより早く目的の場所に辿り着けるという。

 

 「………クロノくん」

 「ああ、分かってるよ―――なのは」

 

 恐らくこのイベントに対して一番やる気を満ち溢れさせているは19歳の夫と8歳の妻だろう。

 彼らの眼を釘付けにしたのは1位の景品、超が付くほど有名かつ利便性の高い家電製品一式である。

 

 「「絶対に獲ってみせる。あの電化製品を………!」」

 

 生活を少しでも楽にするために必要な道具を欲する高町クロノ。海鳴市一、電化製品萌えな高町なのは。この二人の得物は1位の景品だけに絞り込まれている。

 というか商品が何にしてもやるからにはとことんやるのがこの二人だ。

 熱き闘志を燃やす天然気味の夫婦。

 目指すべき目的は一つ。心も一つ。ならば彼らに敵は無い。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 多くの参加者がスタンプ探しに四苦八苦しているなかで、順調に高町クロノと高町なのははスターランドに用意されている数少ないヒントを解き、スタンプの設置場所を暴いていった。

 無論、一つ一つ探すのにはそれ相応の苦労はしたが、愛する者と共に同じことを思案し行動するのはこの上なく楽しいものだ。

 

 「これで6つ目……残りは1つか」

 「りーちってやつだね」

 「その通り。だけど6つまでスタンプを集めているのが僕達だけとは限らない。慢心は禁物だ」

 「おー!」

 

 6ものスタンプを集めるのに費やした時間は約1時間程度。この広大な敷地の面積を考えれば破格のスピードだと思われる。普通に考えれば自分達以外に王手をかけている者はいないと思うが、例外というものは常に存在する。安心することはできない。

 だが、もうクロノは最後のスタンプの在り処は特定している。

 七つ目のスタンプ設置場所。

 そこは――――スターランドのシンボルとも言える城だ。

 中世の古城を忠実に再現された建築物。その大きさ、外装のクオリティ。全てにおいて文句のつけようがない。

 

 「………これは」

 

 さっそく城のなかへと入ったクロノだが、彼はまたスターランドに度胆を抜かされた。

 古城の城内が迷宮と化していたのだ。それもそこいらの遊園地にある迷宮とは力の入れようが違い過ぎる。

 十個以上存在する和洋入り乱れた数々の扉。上に伸びる階段、地下へと下る階段。右も左も何処かに繋がるように作られており、どれが正しい道か全く分からない。

 なるほど、道理でこの城の門前に堂々と『この城内にスタンプが設置されています』などという看板が置かれていたわけだ。これだけ入り組んだ迷宮があれば城内にスタンプがあることなぞ教えても些細な問題なのだろう。御丁寧に城内には『迷子になった場合は大声で助けを呼び、もしくは壁を強く叩いてください。また入室して二時間経過したら運営側はお客様が迷子になったと判断し、従業員をお迎えに向かわせます』なんて看板まで立てられている。

 

 「面白そう………ううん、絶対に面白いよ!!」

 

 なのはの期待はうなぎ上りだ。クロノも深く頷き、妻に同意する。

 これほどの本気を魅せられて滾らないクロノではない。

 

 「でもテンションを上げ過ぎてうっかり僕の手を離さないようにね」

 「はーい!」

 

 クロノとなのはは互いの手を強く握り、何の躊躇いも無く未知なる先に足を踏み入れる。

 とにかく眼前にある道を徹底的に当たって行けばいい。絶対に一発で目的の場所に辿り着けることなど出来ないのだから。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 このスターランドが設計した大掛かりな迷宮は夫婦の想像を超える出来栄えであった。

 動物の視覚を狂わせる仕掛け、人の心理を惑わす扉の配置。

 どれを取っても素晴らしいの一言に限るだろう。

 そして高町なのははこの迷宮を存分に楽しんでいた。

 一筋縄ではいかないゲームほど燃えるものはないのだ。

 

 “………ふふ”

 

 最愛の者と共に難関に立ち向かう楽しさと嬉しさが同時に心の底から込み上げてくる。

 そして頼りになる夫の背中はいつ見ても惚れ惚れする。身体が後退しているせいもあるのだろうが、今のクロノの手はとても大きく、手から伝わる温かさはいつにも増して自分に安心感を与えてくれるのだ。

 

 ―――誇れる夫だなぁ。

 

 なのはは頬をひどく緩めながら、己の夫と同じ道を歩む。

 

 「………えーと、この道はさっき通ったから」

 「クロノくんクロノくん。まだこっちの道を行ってないよ」

 「ああ、確かにその道はまだ行ってなかったね。教えてくれてありがと、なのな」

 

 なのはの姿が子供故か、クロノは事あるごとになのはの頭を撫でる。

 髪を触る彼の手がまた暖かく、気持ちが良い。

 

 「さてさて、これで結構ルートは絞れてきたかな」

 

 目的地に近づいているという手応えがクロノにはあった。それはなのはも感じている。

 確かにこの迷宮は一筋縄ではいかない難関だろう。

 しかし、所詮はそれだけのことだ。

 滑らかにいかないにしても、着実に目標たる目的地に近づいているのは間違いない。

 そうして彼らは次々と迷宮を進んでいき、行き止まりを何回も味わいながらも正しい道を手繰り寄せ、そしてついに――――スタンプが置かれている部屋に足を踏み入れることができた。

 正直に言えば、ここまでの道のり多少なりとも疲れはした。しかしその疲れを上回るほどの悦びが今そこにある。

 なのはとクロノは感極まると言う風にペタンとスタンプをスタンプ帳に押した。

 後は、元の中央区に行き、このスタンプ帳を従業員に手渡すのみである。

 二人はこの迷宮の出口を目指してまた歩み始めるのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ジェイル・スカリエッティ一派が潜む新たなアジト。

 そこに住むナンバーズの一人、チンクは己の自室で一人思い悩んでいることがあった。

 

 “――――随分と寂しくなったものだな”

 

 チンクは小さなベッドに身体を預けながら、小さな溜息を漏らす。再調整された身体はすこぶる調子が良いのに精神的にはそこまで良くない。むしろ悪い。

 

 “あの二人が敵対関係になるというのは、とうの昔から分かっていたことだというのに”

 

 認めたくないが、どうやら自分は彼らのことを大切な存在であると認識していたようだ。

 我ながら身勝手極まりない考えである。自分達が無理矢理攫ってきておいて仲間意識を持つなど言語道断というものだろう。

 

 “なのはのご飯は……もう食えん。クロノと組手をすることも………もう一生訪れない”

 

 それでも言葉に出来ない喪失感がチンクの胸を抉っていた。

 高町夫婦と触れ合う時間を言葉では嫌だ嫌だと言っていたチンクだが、心のなかではその時間こそが彼女にとって幸せなものであった。それを失ってから気付くとは思わなかった。

 いくら言っても子ども扱いを止めてくれなかった高町クロノ。だが彼の作るお菓子は絶品であったし、自分が知らない多くのことを教えてくれた。小さい悩みも大きな悩みも真面目に相談に乗ってくれたことは本当に感謝している。

 いつも過剰なスキンシップをしかけてきた高町なのは。だが彼女の作る飯は最高に美味しかったし、裏表の無い天真爛漫な性格は嫌いではなかった。自分の為に私生活用の可愛らしい眼帯を買ってきてくれた際は無言かつ荒っぽく受け取ってしまったが、正直嬉しかった。

 

 「…………」

 

 チンクは得物(ナイフ)を無造作に取り出し、人の命を絶つことのできる凶刃をじっと見つめる。

 

 “クロノは独自にレリックを回収している。此方が奪う前に。その行為は間違いなく此方の計画に害を齎すためだろう。………言うまでもない、明らかな敵対行為”

 

 我らナンバーズの生みの親、ジェイル・スカリエッティの邪魔をするのならこの凶刃を彼らに向けなければならない。ジェイルが殺せと命令するならば何の文句も言わず、その命令を忠実に遂行するためにチンクは全力を尽くす。それは例え相手が高町夫婦であっても例外ではない。

 それが堪らなく――――――嫌だった。彼らには危害を加えたくない。そう、思えてしまった。

 

 「…………ち」

 

 高町夫婦に危害を加えることに対して、心に迷いがあることを認めたチンクは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 チンクはちらりと壁に飾ってあったクロノとなのはの写真を見る。お互いに微笑み合ったり、苦笑し合ったりとしたシーンばっかりある。本当に仲が良く、幸せそうな夫婦だ。

 その写真の一枚に向けてチンクは手に持っていたナイフを投擲した。戦闘機人の命中精度は当然ながら高い。あんな紙切れ一枚ナイフで穿つなど簡単である。

 しかし―――――

 

 「当たらん………」

 

 自分の投擲したナイフは高町夫婦の写真に当たることなく、何も無い壁に突き刺さった。

 もう溜息しか出ない。

 

 「写真にもナイフを突き立てれないとは情けないな。早くこの甘えを取り除かなければ」

 

 他のナンバーズも彼らとの殺し合いなどは望んでいない。しかし、そんな私情がナンバーズに許されるわけもない。いづれ訪れる高町クロノとの戦闘は火を見るより明らか。ならばその日が来る前にこの情を屈服させなければならないだろう。

 

 「………外へ出るか」

 

 どうも辛気臭い気分になってきた。それにこのままアジトにいても何もすることがない。気分を入れ替えるために外出しようと思い、なのはが以前買ってくれた白のワンピースに着替えて彼女は部屋を出た。

 

 「―――む」

 

 そこでチンクはウーノと廊下で鉢合わせした。彼女の手には多くの資料が束になって抱えられており、今日も一段と忙しそうだ。それでもジェイルの役に立つことを生き甲斐とする彼女は全く苦だとは思っていないのだろう。

 

 「あらチンク。丁度良かった」

 「………どうした、何か私に用でもあるのか?」

 「ええ。ちょっと前からレリックと思わしき反応が都市クラナガンから出てるの。“新型”のガジェットを一応向かわせてはいるんだけど、少し不安でね」

 「もし失敗した際の尻拭いを私にさせたい…と」

 「そう棘のある言い方しないで。ちゃんとご褒美も用意するから」

 「………ウェンディやセインならまだしも、私を褒美如きで釣れると思うな。それに今私はレリック狩りをする気分じゃない。他を当たってくれ」

 「あら、そうなの? せっかく前々から欲しい欲しいって言ってたナイフを特別に取り寄せようと思ったのに」

 

 ウーノが出してきた褒美にチンクはピシリと身体を硬直させた。

 自分でも呆れ果てる。まさかこの自分があの天然馬鹿な妹二人と同類だったとは。

 

 「………卑怯者め」

 「ふふ、それはどうも」

 

 チンクの悪態をウーノは軽く受け流してスマートフォンのような端末を彼女に渡した。

 

 「これにレリックと思わしき反応がある場所が明確に記されてる。もし上手く事が運んだならそれで良し、もし妨害を受けて失敗したならその時は貴方の出番」

 「分かった」

 

 小さく頷いてチンクはアジトを出た。服装は私服のままだが、別に構わないだろう。いちいち着替えるのも面倒臭い。それに都市クラナガンとなればあのピッチピチなボディスーツは悪目立ちが過ぎる。私服であれば堂々と都市内を出歩けるので、チンクは己の判断が正しいと信じた。

 

 「……それにしても、遊園地(・・・・)なんぞに本当にレリックがあるのか?」

 

 ウーノから手渡された端末を操作し、確認した目的の場所があまりにも場違いな所だと思いながら、ナンバーズのなかで№2の実力を誇る眼帯少女はその遊園地へと向かっていった。

 




・感想100件突破とても嬉しいですッ!
 厳しくも温かい感想に何度助けられたことか分かりません………!!
 本当にありがとうございます!!!

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