魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第21話 『cooperation』

 エースオブエースと謳われてきた戦乙女は久しぶりに死の恐怖というモノを体験した。

 ――――否、恐怖と言う言葉だけではあの体験を表すにはあまりにも力不足。

 この高町なのはともあろう者がアレを目の前にして………密かにだが生まれたての小鹿のように足を震えさせていたのだ。たかだが『ジェットコースター』のような鉄の乗り物如きに。

 恋人たるユーノに情けない姿を見せたくないが為に、自分がいったいどれだけ平然を装うことに死力を尽くしたことか。――――まぁ、猛スピードで暴れまわるように走行するジェットコースターに何度も気絶させられかけたが………。

 

 “でも、ユーノ君は恐ろしいほど楽しんでくれた。あの純粋無垢な笑顔を見れただけでも、私が次元一怖いジェットコースターに挑んだ価値はあったんだよね”

 

 確かに恐怖した。恐怖こそしたが、後悔はしていない。

 健気なものだと、彼女の心情を理解してくれる者ならそう言ってくれただろう。実際にこの場にフェイトやティアナがいたら彼女の漢気を汲んで涙してくれたのかもしれない。それほどまでになのはは頑張ったのだ。もはや、見事としか言いようがない。

 

 「なのは………顔色優れてないけど、やっぱりジェットコースター苦手だったんじゃ」

 「そ、そんなことない! 私はいっつも空を飛んで時空犯罪者といっぱい戦っているんだよ!? それと比べるとあんな絶叫系マシーンなんてなんともないよ!」

 

 心配そうに自分を見つめるユーノになのはは全力で平気平気と連呼する。ユーノも「ああ、まぁ確かに危険極まりない次元犯罪者と比べるとジェットコースターも可愛く見えるよね」と頷き納得した。なのは本心では次元犯罪者よりジェットコースターの方が何倍も怖かったというのは彼女だけの秘密である。

 こんなに取り乱している高町なのはは仕事、勤務中では滅多にお目に掛かれない。プライベートだからこそ多く見れる彼女の素顔。その素顔は、歳相応の女であった。密かに影で高町なのはを時空管理局の『白い悪魔』『白い魔王』などと口走っている者達も今の彼女を見ればその評価を改めるだろう。

 

 恐怖と幸せを同時に噛み締めたなのはは再び落ち着きを取り戻し、ユーノの腕を組んでスターランドの観光に戻った。しかし、もう十分と言っていいほど歩き続け、長時間スターランドに滞在し、多くのアトラクションを体験した彼らはそろそろこのデートの締めを括らなければと悟っていた。

 欲を言うのであればもう少しこの幸せな時間を味わいたい。されど、互いに今は忙しい時期のピーク。如何に休みといえど、一日中遊べるほど余裕はなく、また我が儘を通せる立場でも年でもない。

 二人は相手の顔を見つめ合い、頷きあった。言葉にせずとも思い人の気持ちが分かる辺り、流石長い付き合いというだけはある。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「「着いた………」」

 

 

 彼らはこの幸せな一日の終止符を打つに相応しい、スターランド(いち)の名所へと足を運ばせた。そこはこの遊園地のシンボルと言える場所――――古城である。

 二人はその古城の威風堂々とした姿を見上げた。

 ずぶの素人でも分かる、溜息が出るほど整った城の造形。そして拘り抜いた美しい装飾。新しく建築されたというのに時代を感じる古臭さもまた素晴らしい。

 なのはとユーノは古城の前でただただその秀麗な姿に目を奪われた。ネットや記事で何度か拝見していた古城ではあるのだが、やはり生で見るとなると存在感も美しさも段違いだ。

 

 「凄いなぁ………いやほんと、凄いとしか言えないよ」

 「………私も、その言葉しか思い浮かばないや」

 

 自分達は魔導に詳しくとも城に詳しいわけではない。故にこの眼前に(そび)()つ古城に対して小難しい評価を下すことなど間違っても出来ないが、この古城が素晴らしく出来が良くて“凄い”ということだけはハッキリと分かる。

 

 「………はっ! そうだ、せっかく城の前まで来たんだから写真……写真を撮らなきゃ!」

 

 なのははすっかり呆けていた頭を覚醒させ、自分のカバンに入れてあったお気に入りのデジタルカメラを取り出した。

 彼女のずば抜けた魔導センスがあまりにも目立つ故、時空管理局内でもそんなに知られていないが、高町なのはは他の人より機械への思い入れが強い。特にカメラ類となればオタクと言えるだけの情熱がある。そのことを知っている者は、フェイトやはやて、ユーノやクロノなど幼少期から共に歩んできた者達くらいである。

 そして彼女は申し訳なさそうに、城から出てきたある青年と少女の親子らしき二人組に声をかけた。

 

 「あの―――すみません。写真撮ってもらってもいいですか?」

 「ええ、構いませんよ…………っん!?」

 

 長身体躯の男性は人の良さそうな笑顔で了承して、ほんのちょっとだけ間を置いてから、小さな呻き声を上げたような気がした。彼の手と手を繋いでいる少女も自分の顔を見て目をぱちくりさせている。

 はて、いったいどうしたというのだろうか?

 

 

 

 ◆

 

 

 

 高町なのはが写真を撮ってくださいと頼んだのは、過去に彼女と2度戦い合った仲である高町クロノであった。少女は言わずもがな、身体が8歳児まで後退した平行世界の高町なのはである。

 しかし、話しかけたこの世界の高町なのははそのことに全く気付いていない。それはクロノが作成した認識阻害の魔道具によって、彼女の脳が彼らを正しく認識せずに、特徴のない一般男性と少女と誤認しているからである。

 

 ″………まずい”

 

 高町クロノは上級魔導師(エースオブエース)を問題なく欺けているというのに、これっぽっちも安心できてはいなかった。むしろ途方もない不安が胸いっぱいに広がっていた。

 

 “なのはさんだけならまだ良かったのに………ユーノさんまでいるなんて”

 

 まだ彼らは自分達の正体を見破ってはいないのだが、それでも安心なんてできやしない。なんと言ってもあのユーノ・スクライアまでこの場にいるのだ。自分の認識阻害眼鏡を自然体で破った恐るべき魔導師。あの眼鏡よりも何倍も強化されている認識阻害コンタクトレンズを身につけていると言えども長時間騙しきれる保証はない。

 

 “………どうやら彼女達も認識阻害の魔道具を使っているようだね”

 

 なのはとユーノから発せられる独特な魔力波。法術とはまた違う原理で効果を発揮するタイプの認識阻害。しかし、法術師であるクロノと曲がりなりにも元法術師だったなのはには効きはしなかった。法術師にまやかしなど通用しない。事実、今自分達は彼らを高町なのはとユーノ・スクライアと認識できている。

 

 “………感づかれる前に早く写真を撮ってしまわないと”

 

 彼らと出会ってしまったことはもう仕方がない。これも自分の運の悪さが招いた結果だ。

 とりあえず、これだけは言える。今どれだけ慌てても何の解決にもならないと。

 クロノは冷静を装い、高町なのはから手渡されたカメラを受け取る。

 

 ――――それにしてもこの二人、もしかして付き合っているのか?………否、このような遊園地で二人っきりで歩いていたとなればデート以外にありえないだろう。それに彼らから発せられる幸せな雰囲気は間違いなく恋仲のソレだ。このことに対して高町クロノは不快だとは決して思わなかった。妻のなのはも彼らの良い雰囲気を見て微笑んでいるのだが、

 

 「………え、これって―――あのPPC社の100台限定版デジタルカメラじゃありませんか!?」

 

 彼女はこの世界の高町なのはからクロノに手渡されたカメラに目を輝かせた。並行世界でそれなりの期間を過ごしてきたせいか、次元世界の電化製品についての知識が豊富に蓄えられている。もはや異世界の機械と云えど一般的に使われる電化製品なら並みの住民より詳しい。流石は海鳴市一の機械オタクである。一方でカメラについて問われた高町なのははと言うと、まるで同士と出会ったかのような笑顔を醸し出していた。

 

 「分かる!? このデジカメ二年前に一目惚れしてね、手に入れるのに凄く苦労したの!」

 「分かりますよ!それに手入れも見事に行き届いているし、まるで新品のようです!」

 「毎日手入れしているからね!それに今のデジカメにも性能は遅れを取っていないの!」

 「す……すごい!!」

 

 なにやら意気投合したようである。やはり『高町なのは』という同一人物同士、趣味も同じだったということか。性格が異なっていてもそこは同じという辺り、流石としか言えない。しかもお互いに重度なカメラ好きであるが故に話が進むこと盛り上がること。クロノとユーノはまったく話についていけず蚊帳の外状態である。

 

 「………あの、そろそろ撮っても構いませんか?」

 「あ! すみません、此方が頼んだのに………」

 「此方こそせっかくの雑談をお邪魔して申し訳ない」

 

 このままでは拉致が空かないと悟ったクロノは、わざと空気を読まずに写真を早く撮りましょうと催促した。

 なのは二人には悪いが、色々とクロノにとってこの空間は気が気ではない。ぶっちゃけ胃に穴が開きそうなほどストレスが掛かっている。

 この世界のなのはとユーノはクロノの催促に従い、スターランドの古城前に立ち、笑顔を作ってピースポーズを取る。笑顔が似合う好青年と美女――――やはり絵になるカップルだ。実に微笑ましい。

 

 ――――カシャっ。

 

 無事ブレずに写真を撮り終えたクロノは、すぐさま高町なのはにそのカメラを返した。

 

 「ありがとうございます!」

 「いえいえ。では、自分達はこれで………」

 

 妻の手を引いて怪しまれないようこの場から離脱しようとするクロノ。

 しかし――――

 

 「ちょっと待ってください………お二方」

 

 静かな声を発し、高町夫婦の腕にチェーンバインドを括りつけたのは―――先ほどまで言葉を黙していたユーノ・スクライアだった。

 

 「な、ユーノ君! なんであの人達にバインドを………!!」

 「………なのは。あの二人をよく視て。目に魔力を付与された状態で、じっくりと」

 「………え?」

 

 ユーノの言葉に呆気を取られたが、この男が無意味なことを言うはずがない。ましてやバインドなどを一般市民に掛けるなどあり得ない。なのははすぐに魔力付与された眼球で先ほどの青年と少女を目視した。そして、何故ユーノが彼らにバインドを掛けたのかその理由がはっきりと分かってしまった。

 

 「――――そん、な」

 

 先ほどまで特徴のない顔立ちと認識していた青年と少女の顔が、明らかに見覚えのあるモノへと変化していた。それは髪が女性と大差ないほど伸びているクロノ・ハラオウンと幼少期ほどの体格の高町なのはだった。

 

 「僕達が扱っていたのと同じ認識阻害の魔法だ。とは言っても彼らが使っていた認識阻害の魔法はミッドチルダ、ベルカ式の系統じゃあない。僕も初めて見る魔法系統だね」

 「………気付いていたんですか。ユーノ・スクライア司書長」

 「まぁ、正直言うと僕も最初は完璧に騙されていましたよ。だけどずっと貴方達を見ていたら何か引っかかる感じがしたんだ。試しに魔力付与した眼球で“視て”やっと気づいた」

 「………流石です。やはり貴方の高い洞察力と感の鋭さは並ではない」

 「お褒め預かり光栄だ。 ――――フード男」

 「…………」

 

 エース級の人材が集められて結成された、()の機動六課の前に現れては必ず煮え湯を飲まし続けた魔導師。ジェイル一派との連携の高さから奴らの一員として判断されたフードの男。その素顔は提督にして時空管理局最強クラスの万能魔導師として名高いクロノ・ハラオウンと同一。戦闘力の高さもその彼に決して引けを取らない。そんな存在が、何故か遊園地に高町なのは(幼少時代)瓜二つの少女と共に訪れ、今自分達の目の前にいる。

 

 「………なるほど、あいつと同じ顔でも雰囲気だけでこうまで違うのか。貴方は悪友より実にお淑やかなそうな人だ。いっつも眉間に皺を寄せているあいつも貴方くらい優しげな雰囲気を身に纏っていたなら、まだ可愛げがあったのに」

 「はは、よしてください。貴方の大切な御友人が悲しまれますよ?」

 「いつも無理難題な仕事を押し付けまくって、挙句の果てには『たまに戦闘しないと体が鈍る。だから相手しろ』とかほざいて本気で模擬戦を仕掛けてくる奴がいくら悲しもうと僕は絶対に悲しまないですね」

 

 胃のある腹部を擦って熱弁するユーノ。よほどこき使われているのだろうと察することができる。だがそれだけ提督クロノ・ハラオウンにとって彼が有能であり頼れる存在であることも同時に感じられた。

 

 「――――さて、じゃあそろそろ本題に入りましょう」

 

 金髪青年は目を細めてクロノ達を改めて見る。

 

 「貴方達は………本当に何者なんですか?」

 

 捕縛に優れた司書長にエースオブエースが揃っている中で、そう簡単に逃げれられると思うな…と彼の目が語っていた。

 

 「…………」

 

 クロノはこれ以上、時空管理局との関係を悪化させたくないと考えていた。元々敵対など不本意以外のなにものでもない。故に印象を悪くさせる強硬手段での逃亡は諦め、対話に持ち込むことを決心した。

 

 「……………その質問に応えるには事の次第を一から話さなければなりません。ですから、少々長話になります。また内容が内容ですので、目立つところではとても話せられない。―――――場所を変えましょう」

 

 彼から提案を出されたユーノとなのはは、確かにその通りだと静かに頷き、場所を変えて改めて話を聞くこととなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 人気の少ない庭園に四人の男女が集まり、テーブルを囲むように全員が洋風の椅子に腰をかけた。また念には念をとユーノは一般人が立ち寄らないよう辺りに人避けの結界を張り巡らせている。無論、高町夫婦には依然としてユーノのチェーンバインドで手首を縛られている状態だ。

 

 「失礼だとは思いますが、貴方がこれから話す内容が全て真実だとは限らない。そこでこのソウルバインドを掛けさせてもらいます」

 

 ユーノはクロノの手首に一本の魔力糸を結びつけた。チカチカと光る真緑色の細い糸。強度はチェーンバインドに及ぶこともない貧弱なものからして拘束用のものではないと判断できる。

 

 「………精神干渉系のバインドですか。不実を口にすれば何らかの反応を起こすタイプですね」

 「ええ、その通り。もし貴方が偽りを口にしたら、この細い魔力糸は緑から赤に変色します。まぁ嘘発見器のようなものです。これで貴方の説明が嘘か真かを判断させて頂きますので」

 「それは有り難い」

 

 このバインドが赤に変色しない限り、ユーノ達はこれから話されるクロノの言葉を否応なく信じなければならない。嘘を口にしなければ無用な疑いもされる心配は無くなる。

 最初こそ彼らと出会ってしまって運がない、とんでもない危機だと感じていたクロノであったが、話し合いに持ち込めたのなら、これを機に自分達の立場を説明してしまえば多少なりとも彼らとの争いは避けられるかもしれない。何事にもポディチィブに考え、機転を利かせることが大切だ。

 尤も、並行世界の存在、他世界との関わりを避けてきたこちらの世界の『ミッドチルダ』などの情報を表面上とはいえ、少なからず提示しなければならないデメリットもある。まぁ、それは仕方がないと諦めるしかないだろう。

 

 「………では、約束通り貴方達に僕達のことを一から説明します。また貴方達にとって有益な情報もお渡しします。わからないことがあれば、質問してください。いいですね?」

 

 クロノの言葉にユーノとなのはは小さく頷いた。

 

 「まず、僕達は次元世界の住人ではありません」

 「次元世界の住人ではない?」

 「そうです。僕達は次元世界の住人ではなく、それに似て非なる並行世界の住人」

 「………可能性の数だけ存在する――――パラレルワールドの人間だということですか。俄かに信じがたい話ですが………こうしてソウルバインドが何の反応も示さないということは、真実なのでしょう」

 

 苦笑してユーノは己が生成したソウルバインドを見る。光り輝く真緑の糸は何の変色もない。それはつまり彼が真実を口にしているからに他ならない。

 

 「―――君達はクロノ・ハラオウンと高町なのはのもう一つの“可能性”ということかい?」

 「はい。僕達は時空管理局の提督とエースオブエースのクローンなどではなく、彼らと同一の存在であり可能性の一つです。性格、身体、能力などが多少異なりますが」

 

 この世界のなのはは驚きを隠せないでいるが、ユーノ・スクライアは冷静な物腰を崩していない。無数の書物を読み、解読し、己の知識へと蓄えてきた彼だからこそ、常識外な知識も余裕をもって受け止められるのだろう。

 

 「この世界にミッドチルダがあるように、こちらの世界にもミッドチルダが存在します。昔は並行世界の運営にも着手しようと試みていた時期もありましたが、並行世界との接触は利益以上の不利益が齎される可能性が高いということで、自分達以外の並行世界との接触は一部を除いて極力避けられています」

 「ならば何故、貴方達がこの並行世界に存在するのですか?」

 

 ユーノの疑問は尤もだ。先ほどクロノは“自分達のミッドチルダは極力他の並行世界との接触を避けている”と説明したばかり。しかしこの無限とも言える並行世界の一つに彼らは足を踏み入れている。

 

 「――――ジェイル・スカリエッティ」

 「「…………!」」

 「彼は随分と昔に“並行世界の実態を細かく調査する”無人調査艇を入手したそうです。そしてソレを独自に解析をしていく過程で、当時ソレを作った開発チームの最高責任者である僕の存在を知り、興味を持たれてしまった。後はジェイルさんの狂気的な研究意欲によって並行世界へと渡る術まで独力で手に入れ、僕が住む世界へとわざわざ訪れた」

 

 人前で溜息など吐きたくなかったが、クロノは吐かずにはいられなかった。

 

 「………ジェイルさんは僕を手駒にするために、此方の高町なのはの首に小型の爆弾を取り付け人質にした。そして強制的にこの世界へと連れてこられ、ロストロギア『レリック』の回収、機動六課との戦闘、家事全般などを押し付けてきた………!」

 

 常にお淑やかな雰囲気を漂わせるクロノには似つかわしくない、少々怒気が込められた声でなのはとユーノに事の次第を説明していく。いくらお人好しと言えど大切な存在の命を危険に晒され、犯罪行為にまで助力させられては怒りも覚えるというもの。なにより、みすみす大切な妻を人質に取られた自分自身の愚かさにクロノは一番腹を立てている。

 

 「………待ってください。今貴方はジェイル・スカリエッティによって其方の世界の高町なのはを人質に取られたと言いましたね? 首に小型爆弾を付けられたとも。ですが貴方の横にいる高町なのはの首には爆弾も何も取り付けられて………まさか」

 「察しが良くて助かります、司書長。貴方が思った通り、少し前に僕は小型爆弾の解除を試み成功させました。そして何とかなのはを無事解放することができ、現在は自由の身となっています。この遊園地に訪れたのも僕達個人の息抜きのようなものですよ」

 

 クロノはすっかり歩き疲れて寝てしまっている小さな少女の頭を優しく撫でる。先ほどから何も喋らないと思っていたら、熟睡してしまっていたのだ。いくら疲れているとはいえ、こんな状況下で寝れる彼女の図太さには呆れを通り越して感服する。

 

 「………そういえば、まだ僕は貴方達に本当の名前を言っていなかったですね」

 

 気まずそうに、クロノはなのはとユーノを見る。これから話す事実を彼らがどう受け止めるか分からない。もしかしたら不快に思うかもしれない、複雑な念を抱くかもしれない。

 正直不安はあるが、自分の正体を明かすと言った以上隠すことはできない。ありのまま伝え、受け止めてもらうしかないのだ。

 

 「………僕の名は高町クロノ。喫茶店翆屋の二代目店長で、この高町なのはの………夫です」

 「「―――――!?」」

 

 クロノがそう白状した瞬間、二人の間に驚愕と言う名の落雷が落ちた。

 そして彼らが口を揃えて言った言葉が、

 

 「「ろ、ロリコンだ!!」」

 

 そっちですか。自分となのはとの関係じゃなくそっちを先に突っ込みますか。いや確かに小学3年生程度の少女を嫁にしているなんて言ったらこういう反応をして当然と言えるかもしれない。

 ――――ああ、この若干性犯罪者を見るような目が自分の胸を締め付ける。こんな最悪極まりない誤解を起こらせるのだから、ジェイル・スカリエッティが仕掛けた悪戯もなかなか笑えたものではないな。とにかく落ち着いて誤解を解かなければならない。

 

 「断じて違います。今の彼女の姿は仮の姿で、本来は18歳の立派な女性です。ジェイルさんの悪戯のおかげで身体、精神共に幼児化してしまっていて…………」

 「………若返りなんて高度な技術を悪戯に扱うなんて………僕には理解できないな」

 「色々と残念過ぎる人なんですよ、あの人は」

 

 常人には理解できないことを平然とやってのけるのがあのマッドサイエンティストだ。そして幼稚極まりない阿呆な発想すらも実現できる科学力があるのだから性質(タチ)が悪い。

 

 「クロノさん………事情も知らずにロリコンなどと言ってしまって申し訳ありません」

 「分かっていただけたのなら結構です………それにしても、ユーノさんは以外と冷静なのですね。もう少し取り乱すかと思っていましたが」

 「並行世界は無限の可能性が散らばる世界。僕となのはが付き合っているように、クロノとなのはが結婚している世界があってもおかしくないですから。それに彼女となのはは確かに同一の存在ですが、僕が愛している『高町なのは』はただ一人だけです」

 

 ユーノ・スクライアは並行世界でなのはが誰とどう付き合おうと、どんな関係を持とうと、別段気にすることなどない。何故なら彼にとって並行世界の高町なのはは所詮赤の他人でしかないからだ。彼がよく知り、心の底から愛した女性はこの世界の高町なのは唯一人のみ。故に複雑な気持ちになりはしない。

 その割り切り方は――――高町クロノと全く同じだった。

 

 「―――――――――」

 

 この世界の高町なのははユーノの言葉を聞いて黙り込み、耳まで真っ赤にしている。大きな嬉しさと幸せを味わっているようだ。

 

 「ふふ……仲睦まじいことで何より」

 

 クロノは優しく微笑み、この世界の高町なのはが落ち着くまで説明を中断させる。そしてある程度正常になったところを見計らって、話の続きを始めた。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 「―――以上で、話は終わりです」

 

 高町クロノは彼らに『話せる』ことは全て話した。並行世界、自分達の正体、高町クロノが知りえる限りのジェイル・スカリエッティの戦力。これらの情報は少なからず彼らの力となるはずだ。

 こんなにスムーズに情報を与えられたのだから、此処で彼らと遭遇したことは幸運だったと思い改めるべきだ。高町なのはと出会ったら問答無用で戦闘になるのではないかと不安を持っていた自分をクロノは深く恥じた。そして以前、グラナガンでユーノ・スクライアと出会い、仕方がなかったとはいえ腹パンをした挙句、記憶の改竄までしてしまったことについて全力で謝罪した。彼は笑って許してくれたのだが、記憶を弄るということは肉体を傷つけることよりも残酷な所業だ。ユーノほど心が広くなければ、恐らく許してはくれなかっただろう。

 

 「時空管理局への情報提供、感謝します。高町クロノさん」

 「いえ、僕ももっと早く貴方達に情報をお渡しすべきでした。それなのに今日まで貴方達と接触することを拒んでいた自分の身勝手、浅はかさに呆れを感じます」

 「其方も自分達のことでいっぱいいっぱいだったのだから、仕方のないことです。そう気に病むことはないでしょう」

 

 二人はお互い苦労していますね、と苦笑し合う。しかし、このまま笑って解散というわけにもいかなかった。ユーノは苦笑を止めて、改めてクロノと面と面を向き合った。

 

 「………事情は分かりましたが、貴方が罪を犯したのは紛れもない事実。ですがこれほどの事情があるのなら、軽い罪で収まるはずです。ですからこのまま時空管理局まで大人しく連行されてほしいのですが………」

 「――――申し訳ない」

 

 クロノは頭を下げて、一瞬にして妻と己の手首に繋がっていたチェーンバインドを破壊した。そして寝ているなのはを優しく抱っこしてなのは達から距離を取る。

 

 「時空管理局に捕まれば、並行世界についての細やかな情報、そしてこちらの技術情報などが漏洩してしまう危険性があります。協力は決して惜しみませんが、捕まることはできない」

 

 未知の世界の情報。ミッドチルダ、ベルカなどの魔法とは異なる法術という力。時空管理局の上層部に知られれば目をつけられるのは確実。

 並行世界のミッドチルダの幹部クラスにまで上り詰め、開発技師を勤めていたクロノは強大な組織に自分達の情報を知られてしまうことがどれだけ危険なことか理解している。唯でさえジェイル・スカリエッティが並行世界の移動を可能として、しかもクロノの持つ法術の知識まで知られてしまっている。それだけでもどれほど重大な事態か言葉にすることすらできない。

 考えたくはないが、もし時空管理局が並行世界に興味を持ち、接触を試みようとする可能性とて零とは言い切れないのだ。次元世界の移動を行えるほどの技術力を持つこの世界のミッドチルダなら、知識さえ手に入れば並行世界への移動も可能とするかもしれない。もしそんなことが起きれば、多くの並行世界のみならずこの世界にも影響が生じる。間違いなくだ。そしてその影響が必ずしも良いモノとは限らない。むしろ悪影響である確率の方が大きい。――――だからこそ、自分達は極力並行世界と干渉することを避けてきた。

 

 「「「……………」」」

 

 クロノは懐からゆっくりとカード状態のS2Uを取り出し、なのはも椅子から腰を上げてレイジングハートを握りしめた。――――何とも言えない雰囲気が周囲を包む。

 ユーノとなのはは正直なところ、高町夫婦を捕まえることに躊躇いがある。なにせ彼は組織にとって刺激のありすぎる劇物である。彼を捕まえた後、時空管理局、世界にどのような影響を及ぼすか未知数と言っていい。

 そして暫く三人の間で膠着状態が続き、

 

 「………ふぅ。やっぱり私個人の考えじゃ手に余るかな、これは」

 

 その停滞を一番早く打ち壊したのはエースオブエースだった。

 彼女は溜息を吐いて、肩の力を抜き、レイジングハートを鞄のなかにしまった。

 

 「一度信頼できる上司達と話を通して貴方の処置を決めたいと思います」

 「つまり、今日のところは見逃してくれるのですね?」

 「――――はい。それにこんなところで貴方と戦闘をすれば、少なからず周りにも被害が出ますし。まぁ仕方なくです」

 「僕もなのはの意見に賛成だ」

 「………貴方達の寛大な心に感謝します」

 「そんなことないよ。私は自分にとって、最善の選択を選んだまでなんだから。それに上司達と話し合った結果、高町クロノともう一人の高町なのはを束縛せよってお達しがきたら、全力全開で捕まえに行くからね?」

 「それは恐ろしい。貴方との戦闘は、もう()()りですから」

 

 先ほどまで周囲を包んでいた何とも言えない雰囲気は霧散して、ゆとりのある雰囲気へと変わった。クロノも胸を撫で下ろす。彼らには時空管理局員としての責務があるだろうに、こうして見逃されたのだ。本当に有り難い。クロノは誠心誠意を込めてもう一度彼らに頭を下げた。

 

 「………んぅ」

 

 ずっと熟睡していた嫁も目を覚ましたようだ。クロノの腕のなかで大きな欠伸をして、また閉じようとしている瞼をおぼろげに擦っている。

 

 「………クロノくん…もうおはなし終わったの?」

 「ああ、無事終わったよ。というか寝すぎ。どれだけ疲れてたのさ」

 「すっごくつかれてた。やっぱりこどもの体だからかなぁ………」

 

 むにゃむにゃと言いながらまた欠伸をした。言葉も心なしかふわふわしている。これはまだ寝ぼけているな。

 

 「―――――………?」

 

 なのはは眠たそうな半開きの目で、空をじー……っと食い入るように見始めた。

 

 「………お星さまがいっぱいこっちに向かってきてる」

 「「「お星さま? 」」」

 

 なのはが指をさしている遥か上空を訝しげにこの場にいた皆が見上げてみると――――とんでもないスピードで降下してくる物体が100個以上が目についた。

 形状は丸く、メタリックで、えらく頑丈そうな素材で出来ているように見える。あれがお星さまとはまたなんと面妖な………いや、もうボケるのはよそう。現実逃避も意味をなさない。アレは、自分達がよく知るモノだ。

 

 「「「ガジェットドローン………」」」

 

 クロノ、なのは、ユーノはうんざりした声で降下してくる物体の正体を口にした。

 

 「勘弁してほしいものです……本当に」

 

 クロノは抱っこしていた嫁のなのはを地面に下ろし、カード状態のS2Uを杖上に変化させて黒色の外套にその身を包んだ。

 

 「それにしても、なんでこんな遊園地にガジェット群が………?」

 

 疑問を漏らしながらなのはもレイジングハートを起動させ、純白のドレス型バリアジャケットを身に纏う。

 

 「この遊園地が消費する莫大なエネルギーを全て、レリックが補っていたんじゃないかな」

 

 肩を軽く回して魔法を扱う準備を整わせたユーノは最も可能性が高い仮定を口にした。

 

 「ああ、確かにその可能性が一番高いですね」

 「ロストロギアを無断で所持、しかも利用するなんて犯罪なのに………もしユーノ君の仮定が当たっていたら、スターランドの責任者には後からちゃんとお話ししなくちゃ」

 

 三人の戦闘態勢は等しく整った。

 

 ――――元災厄(ヒドゥン)対策評議会議長、ミッドチルダ開発技師、高町家が誇る喫茶店翆屋二代目店長と多くの肩書を持った『魔』と『概念』を司る法術師 高町クロノ。

 

 ――――不屈のエースオブエースの称号を背負いし戦乙女にして恋する乙女。時空管理局最高戦力たる魔導師の一人。圧倒的火力と防御力を併せ持つ砲撃魔導師 高町なのは。

 

 ――――次元世界のあらゆる情報が内包されているとまで謳われている無限書庫の最少年司書長。デバイス要らずの絶対防壁魔導師 ユーノ・スクライア。

 

 このメンツが即席ではあるがチームを組むとなると、次元広しといえど勝てるモノなどそうはいない。

 

 「………なのは」

 

 クロノは小学三年生くらいにまで後退してしまった嫁の頭を優しく撫でる。

 

 「ちょっと人を困らすロボットを退治しに行ってくる」

 

 彼の言葉に妻のなのははこくりと頷いた。いくら精神まで後退したからといっても、こんな緊急時に行っちゃ駄目だなどと言って駄々を捏ねるほど幼くなっていない。

 

 「………わたしが言えることはただ一つ!」

 「ん?」

 「あんまりケガはしないよーに!」

 「――――了解しました、お嬢さま」

 

 クロノは微笑んで、嫁の頭を撫でていた手を引いた。

 

 「今からアパートに直接送るよ。僕もできるだけ早く帰れるよう頑張るから」

 「うん!」

 

 黒色の法衣の懐から取り出したのは一枚の符。現在、ジェイルによって転移魔法の使用を封じられているクロノは、新たな転移移動手段を作り出した。それがこの薄っぺらい“符”だ。これにはミッドチルダ式の魔法を基盤にした転移術式が組み込まれている。しかし現存するミッドチルダ式の転移魔法とは全く作りが違う。開発技師のクロノが一から設計したものである。その性能は、もはや語るまでもない。

 また、この一枚の符を作るだけでもかなりの出費が必要というデメリットがある。故に作られた枚数はたったの三枚。使うべき時は慎重に選ばなければならない。しかし妻の安全を確保するためなら、どれだけ高価なアイテムでも使うことに惜しむなどあり得ない。むしろ彼女のために使わずして何に使う。

 

 クロノは転移符をなのはの胸に取り付け、術式を発動する。

 妻の体は眩く光り、一瞬にしてこの場から消えた。もう高町夫婦が住んでいるアパートに戻っているだろう。

 

 彼らのやり取りを見ていたこの世界のなのはは優しさに満ちた笑みをクロノに向けた。

 

 「自分で言うのもなんだけど、良いお嫁さんだね。貴方の帰りを信じて待ってくれている。分かってると思うけど、彼女も大きな不安と闘ってるの。早く安心させてあげるためにも、さっさとあのガジェット達を片付けなくちゃ!」

 

 なのはの言葉に深くクロノは頷いた。嫁の不安を取り除くため、一般人に死傷者を出さないためにも早急にガジェット共を殲滅しなければならない。

 

 「クロノさん。ひとまずこのスターランド一帯に防御結界を張りましょう。種別は対機械用のモノです。いけますか?」

 「ええ、問題はありません」

 

 この東京ドームを優に超える馬鹿広い遊園地全体に結界を張る。それもたった二人で。普通ならば絶対に不可能だ。AAAランクの魔導師が5名動員してやっと成し遂げれるかどうか。しかし、この場にいる二人の男は唯の魔導師にあらず。常識で縛られる存在ではない。

 クロノとユーノは並み外れた演算能力とずば抜けて高い魔力制御を用いて半円型の防御結界を展開する。しかも唯の防御結界ではない。人間ならばこの結界の外でも内でも自由に行き来することができるが、ガジェットなどの特殊な機械には侵入することも出ることも叶わない。つまり人には無害であり、機械のみに影響を与える特殊な結界である。無論、特殊性が高ければ高いほど形状維持や制御などが辛くなるのだが、彼らにとってはさほど負担にはならない。

 

 「僕となのはさんはガジェットの迎撃。ユーノさんは一般人の避難誘導とこの遊園地内にあるレリックの回収を」

 「分かりました。では一般人の誘導とレリックの回収が終わり次第、僕も迎撃に回りましょう」

 「その手筈で宜しくお願いします」

 

 ユーノは頷き、己の役割をこなすべくこの場から姿を消した。

 残った男女は目視できるほどの莫大な魔力を発露させ不敵な笑みを浮かべる。

 

 「頼りにしてますよ、なのはさん」

 「あはは、それはこっちの台詞だよ。クロノ君」

 

 今も尚 降下してくる鉄の球体を見上げる二人の人間。アレは魔道に対して絶対的なアドバンテージを持つガジェットドローン。多くの魔法を無力化し、幾度も、何度も、数多の魔導師達を苦しめてきた機械人形である。

 されど、彼らを迎撃するのは二つのミッドチルダが誇る魔導師と法術師。生半可な戦力で墜とせる人間ではない。

 

 「Song To You」

 「レイジングハート」

 

 静かな口調で二人は己の相棒の名を呼び、

 

 「「――――全力全開で行くよ」」

 

 殲滅の意志を口にした。


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