魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第22話 『transcend』

 チンクは己が見ている光景に唖然とした。言葉すら出なかった。ありえない、と何度口にして否定したか分からない。

 だが、そんな低レベルな現実逃避をしたところで今自分の目に映っているものが変化するわけでもない。彼女は激しく乱れている精神を落ち着かせ、冷静になった時、ようやく現実を受け入れることができた。

 

 「あああ…………」

 

 高層ビルの屋上からガジェットドローンの進行を見守っていたチンクは思わず頭を抱えた。彼女とて時空管理局の妨害は予想していたが、いきなりエースオブエースと高町クロノが出張ってくるなんて想定外過ぎる。いくらなんでも彼ら相手に自動制御状態の(・・・・・・・・・・)ガジェットドローンはあまりにも荷が重い。

 ―――いや、それよりも高町クロノとエースオブエースが手を組んだ事実が最も拙いだろう。あの二人が和解して協力関係になっているのなら、ジェイル陣営最大の脅威と成るのはまず間違いない。また自分達の情報をクロノが時空管理局に与えている可能性もある。考えうる限り最低最悪の状況だ。ジェイルも高町夫婦を逃がせばこんなことになるのは分かりきっていたはず。それなのに、高町夫婦の隠れ家を発見してもなんの策も打たず、年齢後退などという下らない悪戯に(うつつ)を抜かしていた結果がこれだ。もう取り返しがつかない事態になってしまっている。

 『今は泳がせておこう。面白いから』などと余裕綽々でのたまっていたジェイルはあまりにも危機感がないのだ。いくら絶対服従を誓っているチンクでも不満は隠せない。

 だが、どれだけ今 家長を罵倒しても何の解決にもならない。とにかく自分の為すべきことは常に一つ。あのどうしようもないマッドサイエンティスト ジェイル・スカリエッティの為にこの身を粉にして働くことのみ。

 

 “――――覚悟を決めるしかないか”

 

 どのような絶望的な状況であっても戦闘機人には退けぬ時がある。曲げられぬ使命がある。自分の任務はレリックの強奪。ならば赴かなければならない。あの人外共が共闘して猛威を振るっている戦場に。どのような悪条件下であっても挑まずして撤退など許されていいはずがないのだ。ジェイル・スカリエッティに造られた最高傑作であるナンバーズの一員であるのなら尚のこと。

 

 「………行くぞ」

 

 チンクは意を決し、純白のワンピースを靡かせながら激戦と化している遊園地(スターランド)へと向かった。

 

 

 ◆

 

 

 戦場となった遊園地(スターランド)上空は、もはや『戦闘が行われている』と言うより『殲滅が行われている』と例えられた方が適切だった。

 単純な戦力で比べるのなら言うまでもなくガジェット群が圧倒的だ。百を優に超える最新型の機械大隊に対して相手はたったの人間二人。一方的に袋叩きにされてもなんらおかしくない戦力差があった。

 古今東西 戦争でも、戦闘でも、喧嘩でも、戦力の多い勢力が優位に立つのは常識であり必然である。しかし――――高町クロノと高町なのは(エースオブエース)はそれを()しとはしなかった。

 空を高速で飛び回る丸い球体に難なくStinger Blade(スティンガーブレイド)の刃を直撃させていくクロノは息一つ乱れておらず、なのはの砲撃も高威力ながらその命中精度は並外れており、一度(ひとたび)放てば必ずガジェットを仕留めている。何より驚くべきことは、彼らの息がピッタリ合っていることである。

 既にクロノとなのはは過去に二回 激闘を興じた仲だ。二回も矛を交えたのならば、相手の動きを知るにはエース級にとって十分過ぎる回数と言える。故に彼らは初めての共闘にも関わらず、息が合っており、コンビネーションに歪みも綻びもない。

 

 「なのはさんは砲撃に集中してください。貴方の安全は僕が確保します」

 「了解。砲撃中はちゃんと援護してね!」

 「貴方の身に何かあってはユーノさんに合わせる顔がありません。尽力させてもらいますよ」

 

 サポート役のユーノはグラナガンの陸士隊と共に一般市民の避難誘導とレリックの確保に向かっている。その間、なのはのサポートはクロノが勤めなければならない。こと援護に関しては支援特化のユーノに一歩譲るが、高町クロノとて魔道に長けた法術師の一人。魔道師のサポートなぞ容易いものだ。そもそも援護すべき対象が唯の魔道師ではなくあのエースオブエース。よほどのことがなければ、自分がいなくともこの程度の機械相手に手傷など負いはしないだろう。

 

 「ディバイン………バスタ――――!!」

 『Divine Buster.』

 

 なのはが最も慣れ親しんでいる砲撃の一撃でガジェット三機が墜とされた。相変わらず素晴らしい火力だ。残骸すら残さず蒸発させているのだからその威力の高さが伺える。

 

 「もう、一発!」

 

 立て続けに二発目のディバインバスターが放たれる。現在なのははリミッターが課せられているためクロノより魔力量がかなり劣っているが、それでも砲撃を連発できるだけの余裕があるのだから頼もしい。

 しかし――――立て続けに撃たれた砲撃はガジェットに直撃しなかった。なんと避けたのだ。単なる的でしかなかったガジェットドローンが、エースオブエースの砲撃を。

 

 「外した!?」

 

 これにはなのはも動揺を禁じえない。明らかに先ほどと動きが違う。

 

 「気をつけてください なのはさん………今のガジェットは自動制御で動いてはいません。誰かが遠隔操作を行っています………!!」

 

 クロノの頬に一滴の汗が流れ落ちる。いくら学習能力のあるガジェットとはいえ、この短時間でいきなりあれほど機敏な反射運動を行えるほど成長するなんてことはありえない。ましてやなのはの砲撃を完璧に回避するなど出来るはずがない。

 恐らく戦闘の最中で、ガジェットの自動制御を解除して直接操作に切り替えたのだろう。

 

 《キュィィィイイン》

 

 機械独特の起動音が鳴り響き、ガジェットの人工的な一つ目の色が緑から赤へと変色する。フレームの隙間も光り輝き出した。丸い球体はところどころ変形して、スラスターやら砲門やらが展開される。

 

 《《《《《Limit Break.》》》》》

 

 威圧感も、雰囲気もがらりと変わってしまった。雑兵から一気に格が高まったと感じずにはいられない。

 

 “――――これは拙いですね”

 “――――嫌な予感がする”

 

 もうアレは今まで相対してきたガジェットと同一にしてはならない。一機一機が『エース級の魔道師』であると想定して戦わなければ、恐らく敗北する。

 

 《――――Let's begin.(さぁ 始めましょう)――――》

 

 今、一方的だった殲滅戦から本物の戦闘へと戦場は変化した。

 

 

 ◆

 

 

 

 「最高……本当に最高ね。今日はなんてラッキーな日なのかしらん」

 

 丸い眼鏡を怪しく光らせ、ジェイル・スカリエッティの隠れ家中枢室の空中に60以上ものモニターを表示し、それを恍惚な表情で眺める女性がいた。

 遊園地(スターランド)に出向いたガジェットの超長距離遠隔操作を行っていたのは、ナンバーズの一人クアットロ。ジェイル陣営のなかで三番目に頭が切れる非戦闘員だ。

 チンクの支援要請に渋々応えた彼女だが、相手があの二人だと聞いて一気にやる気を(あらわ)にした。

 

 「高町クロノとエースオブエースが私の相手……ふふ、これほど贅沢なものはないわぁ」

 

 直接戦闘が行えない代わりにクアットロは支援性能が極めて高い。ジェイルの右腕たるウーノに勝るとも劣らない実力を有している。そんな彼女が直接指揮を執ればどのような雑兵もいとも容易く強者へと変貌するのだ。しかも戦闘機人故に機械との相性も良くあのぜスト・グランガイツより巧くガジェットを操れる。

 

 “高町クロノはドクターの魔道具によって転移魔法を封印され弱体化している。しかも切り札であるイデアシードとレイジングハートは既に強奪済み。今の彼なら私のガジェット達が相手でも良い勝負をするでしょう”

 

 姉妹達は皆揃いも揃って高町夫婦の影響を受け、彼らとの戦闘に躊躇いを持っていた。だが自分は違う。確かに高町夫婦には多くのことを学びはした。しかし、それはそれ。これはこれだ。いくら恩があろうとも敵対関係になれば意味はない。

 

 “友情? 親愛? 恩? ――――はっ、下らない。そんなものは鼻で笑うのがこのクアットロよぉ”

 

 本当に馬鹿馬鹿しい。他のナンバーズが悩む理由があまりにも馬鹿馬鹿しすぎて欠伸(あくび)が出る。平和ボケしているのもほどがあるのだ。

 所詮自分達はジェイル・スカリエッティという男のために動く機械でしかない。彼の進む道を切り開く矛であればいい。人間臭い感情など邪魔なだけだ。

 

 「――――本気で叩き潰してあげるわぁ、高町クロノ。エースオブエース」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 残り50機となったガジェット群は猛反撃を開始した。丸いボディに隈なく組み込まれたスラスターが火を噴き、とてつもない推進力を得た球体は変則的な動きでなのはを翻弄する。

 

 「動きが、読めない………!」

 

 高町なのは(エースオブエース)の砲撃がまるで当たらない。次々と放たれる極太の熱線は空しく虚空を切るばかりであり、いくら当たれば必滅が約束されている威力があるとはいえ、直撃しなければまるで意味を成さない。

 

 

《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》《Delete.Delete.Delete.》

 

 

 かなり物騒な単語を発声させながら威圧するガジェット。そのなかの五機の赤い人工的な瞳がなのはをぎょろりと見つめ、不規則な軌道を描きながら突っ込んできた。

 

 「なんて機動力なの………、この!!」

 

 辛くも突進してきた三体を撃ち落としたが、それだけでは駄目だ。残り二体残っている。あれだけとんでも武装が施されたガジェットに懐に入られたらかなり拙い。

 

 「――――やらせはしませんよ」

 

 ガジェットとなのはの間にクロノが割り込み、巨大な障壁を張ってガジェットの突進を止めた。法術で編まれた純粋精度の壁はガジェット如きには突破できない。さらにクロノはガジェットの勢いが止まった瞬間に障壁を解き、手に持っていたS2Uを使って神速の速度で横薙ぎを行う。容易く横一文字に切断されたガジェット二機は潔く爆散した。

 

 「あ、ありがとう」

 「どういたしまして」

 

 なのはの感謝の言葉にクロノが返事したと同時に、彼は大量の刀剣群を展開する。その一つ一つに膨大な魔力が秘められている蒼の魔剣。敵対する者を処刑するための刃。この世界のクロノ・ハラオウンも愛用する広域殲滅魔法。その名は――――

 

 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

 『Stinger Blade Execution Shift.』

 

 絨毯爆撃に相当するそれは容赦なくガジェット群を貫き粉砕する。流石は機動六課を二度も苦しめた猛者だ。あれだけ難敵に豹変したガジェットの数を二十四機にまで減らした。

 

 「よし、やはりこの魔法は有効的なようですね。ならばもう一掃射を…………っ!?」

 

 クロノはまたStinger Blade Execution Shiftを展開しようとする。しかし、それを阻もうと三本の黒の漆塗りナイフがクロノに襲い掛かった。

 

 「あれは………!」

 

 すぐにStinger Blade Execution Shiftの魔方陣を破棄して魔法障壁を展開する。

 投擲されたナイフは難なく障壁に防がれたが、その直後それは盛大に爆発した。あのナイフは止めただけでは決して終わらない。

 高町クロノはこのナイフを知っている。この投擲技術を何度も経験している。このような物騒極まりない兵器を扱う者など、クロノが知る限り一人しかいない。

 

 「ごほ、ごほ………爆破の威力、増してないかな…………チンク」

 

 建物一軒は吹っ飛ばすほどの威力があった爆炎を防ぎきったクロノは、苦い顔をしてナイフが飛んできた方向を見る。そこには白のワンピースを着込んだ眼帯少女がガジェット一機の頭上に立っていた。

 

 「あの子供が、ナンバーズ…………」

 

 事前にクロノによってナンバーズの情報を知らされていたなのはは、すぐにその少女が戦闘機人だということを理解した。

 

 「高町クロノ………例えお前が相手であっても、私は容赦しない。痛い目に遭いたくなければおとなしく退け。レリックを隠し持っているのなら素直に渡せ」

 

 チンクは獲物(ナイフ)をクロノに向けて、殺気を露にする。対するクロノは酷く悲しそうな顔を一瞬だけしたが、すぐに気を引き締め直した顔つきになった。

 

 「悪いけど、君の言うことに一つとして従うわけにはいかない」

 「……………ならば、やるべきことは決まっているな!!」

 

 素早くチンクは6本のナイフをクロノに向けて投擲する。クロノもStinger Bladeを6本同時に放った。クロノの蒼剣はチンクのナイフを一本残らず撃ち落とす。

 

 「ガジェット群だけでも面倒だというのにチンクまで………」

 

 なのはの背中を守りながらクロノは溜息をつく。先ほどから()まないガジェット群の猛攻もさることながら、チンクの爆破するナイフの火力も極めて高い。元より多勢に無勢の戦力差。非常に厄介だ。

 

 《missile.missile.missile.missile.》

 

 ガジェットが新たに展開したミサイルポッドから溢れんばかりのミサイルが射出されクロノとなのはを追撃する。

 

 「こんなところであんなものを撃つなんて―――なのはさん! 急いで迎撃しますよ!」

 「了解!」

 

 あれだけのミサイルは回避することに越したことはないが、此処は多くの人々が住むミッドチルダ首都だ。あのミサイルのうちどれか一つでも流れ弾となり街に落ちたら惨事に繋がる。故に回避はできない。無数のミサイルをすべて撃ち落さなければならないのだ。

 クロノとなのはは濃い弾幕を張りミサイルを片っ端から片付けていく。しかし、ミサイルの迎撃に力を入れるあまり、クロノは自身への防御に少しばかり綻びが出来てしまった。無論、それを見逃すチンクではない。彼女は弾丸の如き勢いをもって、足場としていたガジェットの頭上からクロノの元まで跳躍する。チンクの接近に気づいたクロノだが、もはや時既に遅し。今更防御など間に合わぬし、お得意の転移魔法も今は封印されている。

 

 「ぅっ!!」

 

 クロノの溝にチンクの跳び蹴りがめり込まれる。しかも彼女が跳躍した際の勢いは尚も止まらず高層ビルの一つにまで突っ込んだ。

 

 「クロノくん!!」

 

 ミサイルをすべて迎撃したなのははすぐにクロノの救援に向かおうとする。しかし、24機のガジェットがそれを阻む。

 

 「くっ………」

 

 行く手を阻まれるどころか完全包囲されたなのはは苦悶を声を漏らす。もはや他人の心配をしている余裕はなくなった。まだ難敵と化したガジェットが24機も残っている。しかもクロノのサポートがない状態で相手をしなければならないのだ。戦況は確実に悪い方向へ傾いていっている。

 

 「上等…かな」

 

 それでもまだまだ絶望できるほど厳しい状況じゃあない。これなら遊園地(スターランド)のジェットコースターに乗った時の方が遥かに恐ろしいくらいだ。

 

 「ごめんなさい、クロノくん。ナンバーズの相手は任せたよ」

 

 なのははレイジングハートの矛先に魔力を集め、砲撃準備に取り掛かりながらクロノに謝罪した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 クロノとチンクが突っ込んだビルの一室内はとにかく酷い有様だった。社員達はガジェット襲来時に即座に避難していたおかげで人っ子一人いなかったが、代わりとばかりになにやら大切な書類らしき紙が見るも無残な姿となって宙を舞っている。綺麗に並べられていた机も二人が突っ込んできた衝撃により散乱してしまい、蛍光灯なども全て割れてしまっている。この高層ビルで働いている者が見たらさぞ嘆くだろう。そんな悠長なことを思いながらクロノはこの惨状を倒れた状態で眺めていた。

 

 「相変わらず、無茶なことをしますね………」

 

 ダイナミックな蹴りを喰らったクロノは何事も無かったかのようによっこらしょと立ち上がる。やはりただ勢いだけはある蹴り程度では有効打にならなかったか、とチンクは軽く舌打ちした。

 ………否、本当はチンクも分かっていた。あのような蹴りでは高町クロノに傷一つ付けられないことくらいは。

 本来、あの最大のチャンスは蹴りではなくナイフによる刺突の方が明らかに効果的だった。そうすれば彼の脇腹には確実に穴が空いていた。しかし、チンクはそれをやらなかった。それはつまり、この期に及んでまだ、自分はクロノを傷つける気ではなかったと暗に語ってしまっている。

 戦う前に『痛い目に遭いたくなければおとなしく退け。レリックを隠し持っているのなら素直に渡せ』と忠告した時もそうだ。チンクはクロノが絶対に退くはずがない、レリックを持っていたとしても渡すはずが無いと確信しておきながら、わざわざ忠告をした。何故なら自分が心のどこかで『高町クロノを傷つけずに任務を終えられるのではないか』などという甘い願望を持っていたからに他ならない。

 

 「………惨めだな、私は」

 

 己の凶器を向け、戦場で相対しているというのに傷つけたくは無い、だと? それはあまりにも無様だ。無様すぎるぞチンク。このような甘ったれた自分など戦闘機人として失格だ。ナンバーズの要の一人だというのに情けないを通り越して惨めとさえ言える。

 

 「…………チンク」

 

 クロノは自分達と一緒に過ごしてきた頃と同じように、優しい声色で己の名を呼ぶ。そしてその声に少しでも安堵を感じてしまう己の未熟さにチンクは心の中で憤然とした。

 

 「君を時空管理局まで連行する。これ以上、罪を重ねてほしくない」

 「―――ハッ、やれるものならやってみろ! 」

 「無論 そのつもりだよ。話し合いで解決できるほど、チンクの意思は軟くないからね」

 

 高層ビル30階の一室で互いの獲物を向き合わせる青年と少女。

 クロノは闘気を、チンクは殺気を発露させる。戦いが行われるステージはお世辞にも広いとはいえないビルの室内だが、チンクにとっては好都合。もとよりチンクは室内戦が得意中の得意だ。地形の利は彼女にある。

 しかしそれでやっと互角か少々劣っている程度。もし彼が転移魔法を常時使える状態であったのなら、非常に認めたくはないが一蹴されていただろう。だが逆に言えば、クロノが確実に弱体化している今が最大のチャンスと言える。この機を逃すわけにはいかない。

 

 「――――safety 解除」

 

 やるのなら全力で。この身を削る意思を持ち、無茶をして挑まなければ超えられぬ壁だ。

 言わずもがな、戦闘機人は生身の人間と比べて全体的に身体の造りが全く違う。強度も、力も、臓物も、関節も、頭脳さえも。

 生身の人間は本来持っている能力の30%しか使えないが、戦闘を行うために生まれた戦闘機人は100%の能力を扱うことができる。つまり自分の持つ限界に意図的に到達することができるのだ。

 ………しかし、戦闘機人と言えども限界まで力を引き出すという行為は代償無しでは得られない。限界まで力を引き出せば引き出すほど、機械で形成された肉体の節々の負担は通常の倍以上掛かる。あくまで戦闘機人は己の持つ潜在能力を100%出し切ることができるだけである。それをノーリスクで扱うことは不可能。長時間限界に近い状態で動き続けた場合、超過駆動の負荷に肉体が耐え切れず自滅してしまう。

 そう、これこそが戦闘用ナンバーズが持つ禁忌の力。どうしても敵わぬと認めた相手にのみ扱う禁断の奥の手。そしてナンバーズのなかでこれを二度(・・・)使用したのはチンクのみ。

 

 「………お前相手に出し惜しみはできないからな。最初から奥の手を使わせてもらう」

 

 チンクの金色(こんじき)隻眼が紅色へと変色し、長い銀髪も更に輝きを増した。

 あの豹変したガジェットと比べても段違いな威圧感を纏ったチンクにクロノは冷や汗を掻く。今のチンクはナンバーズ随一の能力を持つトーレさえも超えている。恐らくリミッター付きの機動六課隊長陣営では相手にならないほどの実力を有しているだろう。

 クロノは全神経を尖らせてS2Uを構える。普通ならすぐさまチンクの独断場であるこの室内から空へと抜け出したいところだが、それすらも許さないプレッシャーがチンクから溢れ出ている。

 ――――刹那、とさえ言える一瞬のことだった。チンクは予備動作もなくあのフェイト・T・ハラオウンと遜色の無いスピードで自分の間合いへと入ってきた。すでに刺突の体勢まで整えられている。

 

 「――――っ」

 

 クロノが想定していたチンクの動きを遥かに上回っている。しかし、フェイトと同等のスピードなら対処できない速度ではない。クロノはタイミングを合わせてチンクの刺突をS2Uの柄の部分で受け止める。

 

 「な………!?」

 

 刺突を受け止めた瞬間、クロノの両足が踏んでいたコンクリート製の床が勢いよく陥没した。――――とんでもない力だ。以前ジェイル達と共に生活してた際には散々 チンクと模擬戦をさせられていたが、あの時はこれほどの力などなかった。

 

 「まだまだぁ!!」

 

 足場を崩されたことによりバランスが乱れたクロノにチンクは容赦なく追撃する。

 

 “捌き、切れないっ!?”

 

 繰り出される一撃一撃があまりにも重すぎる。あまりにも速すぎる。大半の魔力を身体強化に費やさなければすぐに畳み掛けられそうだ。

 まだ計30ほどしか剣戟を受けていないというのに、もう魔力強化された腕が痺れてきた。これが人のカタチをした者が出せる力なのか? たとえ熟練された騎士でもこれほどの力は引き出せはしないだろう。

 力だけが強いのならまだいい。それだけなら対処は出来る。捌き切れる自信もある。しかし、チンクの剣戟は尋常ではない力の上に神速と言っても相違ない剣速があった。さらに小回りの利く小柄な体型と、室内で振り回すのに全く差し支えないナイフが恐ろしく脅威だ。またこの狭い室内では棒術を得意とするクロノにやや不利がある。

 

 「そら、横腹ががら空きだぞ!!」

 「ぐおッ!?」

 

 チンクの細い脚から放たれる横薙ぎの蹴りが横腹を捉え、クロノを軽く吹っ飛ばした。口からは胃液が飛び、臓物が出るのではないかという感覚さえも味わいながら空中で体勢を立て直し、床にぶつかる際に辛くも受身を取る。だがすぐには立てなかった。それほどのダメージが先ほどの一撃にはあったのだ。唯の蹴りであの威力。もはや今の彼女は全身凶器と言っても過言ではない。

 

 「ふんっ!!」

 

 膝をついているクロノに向けて投擲される一本のナイフ。今までならStinger Bladeで迎撃できていたチンクの投擲だが、アレは明らかに弾速が今までのものと違いすぎる。

 空気の壁を容易く破り、周りに甚大な被害を与えながら突き進むナイフはどう見ても音速を超えている。あんな代物にStinger Bladeなど撃っても相殺など出来ない。生半可な魔法障壁を出しても砕かれるのみだ。

 

 「―――法術式:断絶」

 

 高速詠唱を行い、音速を突破しているナイフにも劣らぬスピードで障壁を展開する。

 クロノとナイフの間に展開された曼荼羅模様の障壁はミッドチルダ式でもベルカ式でもない。平行世界のミッドチルダが誇る法術によって形成された不可侵の護り。この障壁に物理攻撃は全く意味を成さず、それこそ魔法か法術でなければ突破は不可能。どれほど強力な一撃であっても、魔力が帯びていない純粋物理破壊のみであるナイフでは傷一つ付きはしない。

 並大抵のものなら容易く命を奪えるであろうナイフは曼荼羅模様の障壁を突破することができず、音速の域を超えていた勢いも失せた。しかし防がれただけでは終わらないのがチンクのナイフだ。

 障壁に止められた瞬間、ナイフは盛大に爆発し、爆風と煙がビルの一室を満たし切る。それに乗じてチンクは再度クロノに接近した。

 

 「ハァ――――!!」

 

 常識外れの脚力が生み出す強烈な回し蹴りがクロノの頭を打ちつける。いくら法術による加護が施されている法衣とはいっても、激減できるダメージにも限りがある。頭となれば尚更だろう。意識こそ飛んではいないが判断力の低下は免れない。

 

 「いい加減倒れろ!!」

 

 過激さを増すチンクのナイフ捌きに意識が朦朧としているクロノは粘り強く喰らいつく。それでもやはり捌き切れていない。法衣の隅々が切り裂かれ、肌を傷つけられては血を流す。

 

 “頼むからはやく、早く倒れてくれ………!”

 

 ナイフがクロノの肌を裂いている感触を当然チンクは感じていた。普通なら今まであしらわれていた自分の攻撃が、確実にクロノに当たっていることに歓喜して然るべきこの一時一時が苦痛でならなかった。

 

 「――――太刀筋が……曇ってきたよ、チンク」

 

 嵐の如く舞うナイフの刃を、クロノはS2Uが握られていない左手で掴んで止めてみせた。

 

 「な、正気か!?」

 

 いくら法衣を着込んでいるとはいえ、素手でナイフの刀身を握るなど狂気の沙汰だ。下手したら指が吹き飛ぶというのに………!!

 

 「ブレイクインパルス」

 『Break Impulse.』

 

 ガッチリと握られたナイフは打撃魔法ブレイクインパルスによって粉砕される。チンクは急いで隠し持っているナイフを取り出そうとするが、クロノの棒術がそれを拒む。

 

 「新しいナイフを用意する時間なんて与えない」

 「こいつ………ぐぅっ!」

 

 チンクの獲物を破壊したクロノは反撃に出た。

 S2Uの先端をチンクの腹部に直撃させ、立て続けにあらゆる方向から鞭のような柔軟さを持って打ち立てる。さらに蒼の刀剣群を空中に具現化させて合間合間に掃射するという徹底ぶり。クロノの猛撃に甘さもなければ情けも無い。

 ――――このままでは負ける。負けてしまう。限界に近い力を引き出しても奴には勝てないのか? ああ、実際押されている。全能力を振り絞っても勝利するのは難しいだろう。ならばどうすればいい? ――――簡単なことだ。限界を超えればいい(・・・・・・・・・・・)

 

 

 ――――transcend――――

 

 

 頭を覚醒させたチンクは肉体の限界を極限にまで引き出した。否、引き出すどころの話ではない。彼女は己の限界を凌駕する気だ。100%では不十分。120%、200%とギアを上げていく。

 業の応酬に囚われていたチンクは凄まじいスピードでクロノから距離を取る。そしてまたコンクリート製の床を踏み抜きながらクロノに接近した。その速度たるやフェイトを遥かに凌駕する。

 

 ――――ズゴンッ! ゴガンッ!! ドゴンッ!!!

 

 ナイフなど要らぬ。獲物など返って足手纏いだと言わんばかりに拳でクロノを殴り飛ばす。打撃音がもう砲弾のそれに近い。人の拳が当たっている音ではない。

 殴るたびに拳が自壊していくのを感じる。チンクはもう代償などいくらでも払う覚悟なのだろう。肉体の負荷などお構いなしに力を振り絞っている。

 そしてとうとう計百以上拳を振るったその時、バギンッ! と痛々しい音を響かせてチンクの拳は完全に砕け散った。

 

 「ッ、脆い拳だ!!」

 

 過負荷に耐え切れず両の拳が使い物にならなくなったと悟ったら、今度は蹴り業を放ち始めた。ああ、そうだ。パンチより蹴りの方がずっと威力がある。ならば使わないわけにはいかないだろう。

 

 「チンク………!!」

 

 クロノとてただ案山子となっているわけではない。高町なのはに匹敵、ないし凌駕している総魔力を全て身体強化に注ぎ込み、防御力と打撃力、瞬発力、反射神経諸々を昇華して対抗しようとする。しかしそれでも今のチンクの猛撃を喰い止めることなど叶わない。それほどまでにチンクは鬼神の如き猛威を振るっていた。

 

 「墜ちろ………墜ちろ墜ちろ墜ちろ! 高町、クロノォォォォォォォォ!!」

 「――――――――!!!」

 

 チンクは止めとばかりにカカト落としをクロノに見舞わせる。戦闘機人の全力が籠められた一撃はビルの床が耐えられるほど優しいものではなく、ビルの階層三十階から最下層の一階までクロノはコンクリート製の床をぶち破りながら墜ちていく。

 生々しくも激しかった打撃音も止み、ビルの一室は静けさを取り戻した。そしてそこに残り、存在しているのはチンクのみ。

 

 「はぁ……はっ……………やった…か?」

 

 全身全霊、全力全開の力を振り絞って圧倒的なまでにクロノを叩きのめしたチンクはぺたりと尻を瓦礫だらけの床につける。あれだけやればいくら高町クロノと言えどもひとたまりもあるまい。命があるにしても戦闘不能になるまでのダメージは与えれたはずだ。

 

 じゃらじゃら……じゃらじゃらじゃら…………

 

 ふと、何かが(ひしめ)く音がした。そしてチンクは気づいた。気づいてしまった。――――これは酷く聞き覚えのある(・・・)の音だと。

 

 「ま……さか」

 

 恐る恐るチンクは己の脚を見る。するとそこには―――蒼の鎖が繋がれていた。チンクもよく知っているチェーンバインドだ。誰のものかは、もはや語るまでもないだろう。そしてその鎖は一直線に先ほどクロノが墜ちていった床の穴へと繋がっていた。

 チンクがカカト落としを決めたあの瞬間に、クロノはチェーンバインドを脚に仕掛けていたのだ。

 

 ――――じゃら……ジャラジャラジャラジャラジャラジャラララララララララララララララララララララララララララララララ!!!

 

 脚に繋がれていた鎖は勢いよく穴へと吸い込まれていく。

 これは、ヤバイ………!!

 

 「うおわあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁああ―――――……………!!」

 

 チンクは為すすべも無く穴へと引きずり込まれていく。何かに捕まろうと必死にもがくが全く捕まるものが見当たらない。何かに縋ろうとしても縋るものがない。第一に、両腕を痛めすぎて使い物にならない。掴むということすらもはや不可能だ。

 そして遂に、チンクは穴へと引きずり込まれた。高層ビルの三十階から一階まで繋がっている穴をとんでもないスピードで通過していく。

 

 「あああああああああああああごはァっ!!??」

 

 高層ビルの一階まで落っこちたチンクは大の字で倒れたまま動けず、軽く放心する。

 リミッターを解除した反動、更に戦闘機人の限界を凌駕した代償により体中が悲鳴を上げている。落下ダメージも合わさって、とても立てるどころか動ける状態ではないのだ。紅に変色していた目は金色に戻り、光り輝いていた銀髪の光沢も収まった。もうリミッターを解除することは出来ないだろう。

 

 「……………お互いボロボロだね」

 

 チンクを引きずり落とした犯人 高町クロノは瓦礫の山に座り込みながら話しかけてきた。彼もチンクと同じくらいボロボロではあったものの、動けるだけの余力があった。まさかあれだけ殴打しても倒し切れないとは本当に理不尽である。自身の全力をぶつけたのにも関わらず、打倒することは叶わなかった。

 

 「く………そ。また、私は負けたのか」

 「いや、本当にギリギリの戦いだったよ。僕も本気で死にかけた。馬鹿げた力で殴りかかられた時は撲殺されるかと思ったもの」

 「ふん………」

 

 なんにしても負けは負けだ。どれだけ拙戦であったとしても敗北したことに変わりは無い。

 

 「………ねぇ、チンク」

 「なんだ」

 「チンクが着ているその白いワンピース………前になのはが買ってきてあげた服だよね」

 「………それがどうした」

 「はは、まだ捨てずに使ってくれていることが凄く嬉しくってさ。きっとなのはも喜ぶよ」

 「………さっきまで殺し合いをしていたというのにコイツは。それにもうこのワンピースも見るに堪えないほどボロボロだ。残念だが、ここまで痛んでは使えない」

 

 純白だったワンピースは返り血やらチンクの血やらで赤黒く変色し、破れた箇所も多くある。それなりに気に入っていた服だが………諦めるしかない。

 

 「服を直すくらいわけないさ。ほら」

 

 クロノは軽くワンピースに触れ、少しだけ魔力を送る。するとみるみる薄汚れていた色がもとの純白へと戻っていき、破れた箇所も復元されていった。

 

 「………便利だな」

 「魔法は何かを傷付ける為だけのものじゃないからね。法術も然りだけど」

 「礼は言わないぞ」

 「分かってるよ。ああ、そうだ。その重度に傷めてしまっている身体も手当てしておこう。応急処置で簡易的なものだけど、放って置くより何倍も良い」

 

 ………やはり高町クロノは甘い男だ。クロノとて重症の身だというのに、敵を優先して治療しようというその思考をお人好しと言わずになんと言う。

 

 「お前の情けは受けない。敗者は敗者らしくただ去るとしよう」

 「去るってその体でどうやって………ああ、そういうことか。君ってやつは本当に抜かりない」

 

 チンクの身体が突如として輝き出した。これはリミッターを解除した際に起きるものではない。転移魔法の起動合図だ。どうやらチンクは脱出用の転移符を隠し持っていたらしい。

 

 「ドクターの為にも、まだ捕まるわけにはいかない。あんな人でも私達の生みの親だからな」

 

 チンクの呟きは今まで聞いたことのない程 優しさに満ちた声色だった。そして彼女は転移移動の最終段階に入った時、小声でクロノにこう言った。

 

 「はぁ…………やはり、お前と戦いたくないという気持ちだけは、どうしても変えられなかったな。高町クロノとの二戦目がないことを……切に願っている…………」

 

 結局、リミッターを外しても非情に徹し切れなかった少女は光のなかへと姿を消した。もうこのグラナガンに彼女の気配はない。無事ジェイルのアジトへと帰還したのだろう。

 

 「僕だって、二度とチンクと戦闘なんてしたくないさ。いや、ナンバーズとの戦闘はできるだけ避けたいんだけど………きっと叶わない願いなんだろうね……………」

 

 クロノがジェイル・スカリエッティの野望を食い止めようとするのなら、それを妨害しようとするのは他でもないナンバーズだ。ならば衝突するのは必然であり、矛を交えるのは必定である。

 

 「まったく、ままならない世の中だよ」

 

 虚しさを振り払うように、クロノは歩き出した。まだ外からは爆発音がけたたましく響いている。なのはとガジェットの戦闘は未だに続いているのだ。ならば何が何でも救援に行かなければならないだろう。いくら傷が深くとも、決して戦えない身体ではないのだから。

 

 


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