高町クロノという獲物はチンクに譲ったクアットロは、大物のエースオブエースを相手に奮戦していた。流石はご大層な称号を持つ魔道師なだけはある。変則的な動きをするガジェットにだいぶ慣れてきており、もう十機まで数を減らされた。
「この世界の高町なのはは………やっぱり強いわねぇ」
久しぶりに熱くなってきたクアットロは口元を歪めながらガジェットを操作する。
確かにガジェットは確実に減らされてきているが、それに伴いクアットロのガジェット操作の精度も増していく。ガジェットの数が減れば減るほど、クアットロが一機に掛ける集中力が絞られ高まるのだから当然だ。
“それにしてもなんて魔力量なのかしら。リミッターが掛けられている状態であれだけ砲撃を放っておきながら、まったく魔力に衰えを感じさせない”
エースオブエースの魔力量は高町クロノとこの世界のクロノ・ハラオウンと同程度。そう考えるとあの無尽蔵な魔力も頷ける。リミッターを掛けて魔力を抑えているといっても、それでも並みの魔道師を軽く凌駕する魔力を有しているとは素晴らしい。
――――本当に大した魔道師だ。あまり他人に敬意を払ったことのないクアットロでも、彼女の戦いぶりを見ては賞賛せずにはいられない。
“それに比べてガジェットの燃料と武装弾数は限界に近いし、長期戦だと分が悪いわねぇ”
高威力のミサイルは弾切れ、一部の射撃武装の弾もあと僅か。ガジェットも激しく飛び回してしまったものだから燃料が底を尽きかけている。このままだと劣勢になるどころか一気に潰されかねない。
“レリックの回収は………高町なのはを倒してからでもいいでしょう。というか負けたら負けたで別にいいわぁ。だって他にもレリックはたくさんあるんだもの”
すっかり当初の目的を蔑ろにしてきたクアットロ。
もう眼前の敵の撃墜だけに専念してしまっている。
「…………ん?」
高町クロノの相手をしていたチンクが、このアジトに転移帰還したことを支援機械が知らせてくれた。どうやら手酷くやられたようで、医療室で治療を受けているらしい。しかも戦闘機人の奥の手“リミッター解除”まで作動したと報告が来ている。
“チンク一人じゃ高町クロノを打倒することはできなかったわけねぇ。それどころかリミッターを解除した状態で敗北した……か。分かっていたけど凄まじいわあの人”
リミッターを解除したチンクはゼスト・グランガイツを一度殺した実績がある故に、もしかしたらと思ったが、現実はそう甘くはなかった。そもそもチンクが倒したゼストは決してベストな状態ではなく、既に満身創痍であったのでその実績もぶっちゃけ言うとあまりアテにできないものだった。
ともかく高町クロノは転移魔法を扱えなくとも奥の手を使用した戦闘機人一機を倒すだけの力がある。それだけ分かれば上等だ。それよりもクロノがチンクを倒したのなら、すぐに彼はエースオブエースを助けに来るだろう。そうなると此方が劣勢になるのは目に見えている。これは決着を急がなければならない。
“こうなれば………とっておきのアレを使うしかないわねぇ”
クアットロはガジェットと己が今所持している『全ての力』を持って、高町なのはの排除に全力を注ぎ始めた。
◆
「これで、残り九機…………!」
なのははガジェットの中心部をレイジングハートで貫き爆散させる。二十四機のガジェット群ももはや九機のみとなった。この程度の戦力で自分を討ち取れるほどエースオブエースの称号は軽くない、と己を鼓舞し続け奮闘するなのはの戦闘力は実に化け物じみていた。
"魔力残量はまだ余力がある。だけど体力的には、限界に近いかな………”
流石になのはでもエース級の兵に包囲され戦い続ければ体力もそう長くは持たない。所詮自分は人間なのだ。集中力が延々と続くわけがないし、ガジェットのように疲れを知らないわけでもない。いつか限界が来る。しかし―――その限界を超えても尚、戦うことのできるが故に、不屈の称号を時空管理局から承ったのだ。
どのような状況下でも屈しない鋼の精神。心が折れなければ肉体も屈しはしない。能力が高いだけで高町なのははエースを背負っているわけではないのだから。
「さぁ、次はどの子!? 破壊されたいガジェットから前に出なさい!!」
その勇ましい姿はまさに戦乙女。
多くの局員達の羨望と畏怖を全て受け止めてきた漢女の一喝は大空を響かせる。
《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》《Kill.》
九機のガジェットはなのはの一喝に応えるように、三機一組の陣形を組んで攻撃を仕掛けてきた。ガジェットはもう弾薬が尽きかけているのだろうか、最初ほど攻撃が激しくない。しかし、それを補って余りある精密な射撃を行うようになったのだから厄介さは已然と変わりない。むしろ高まっている。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!!」
なのはは無数の魔力弾による弾幕と砲撃の複合射撃でガジェットを迎え撃つ。大量の魔力弾でガジェットの回避経路を絞り込み、逃げ道を無くしたところで砲撃を喰らわす鬼畜業。膨大な魔力があって始めて可能とする、高町なのはならではの圧倒的火力を頼りとした殲滅術だ。
“四機撃墜、これで残り五機。あと少しで――――……………!!”
ドクンッ
「――――――!?」
突然心臓が激しく脈動し、身体が麻痺し始めた。手足に力が入らず、リンカーコアの魔力生成に支障をきたす。砲撃どころか魔力弾すら出すことが出来なくなり、呼吸困難にまで陥った。
「こ……れは…………」
なのはも、レイジングハートもガジェットの迎撃に集中力を
“不覚を……取っちゃった………な…………”
震える身体は言うことを聞かず、魔法の行使も行えない。相変わらず自分は搦め手に弱いと自嘲する。
致命的な隙を作ってしまったエースオブエースにトドメを刺すために突貫してくる五機のガジェット。ガジェットを操っている者は勝利を確信したに違いない。
…………しかし、そんな危機的状況の中でも、なのはの目は死んでいなかった。
「――――魔法障壁五重層――――」
何故なら、高町なのはがこの世で最も頼りにしている男が駆けつけてくれたのだから。
「……ナイス…タイミングだよ………ユーノくん」
ガジェットの突貫を分厚い魔法障壁で阻止したのはユーノ・スクライア。クロノとなのはが迎撃に当たっている間、ずっと市民の避難誘導とレリックの回収に全力を尽くしてくれていた青年だった。
「ごめん なのは。助けに来るのが遅くなった」
「そんな……こと、ない」
「あまり喋らないで。これ以上ここで毒を吸ったら危険だ」
ユーノはなのはを抱えてガジェットから距離を取った。
「まさか毒ガスまで持ち出してくるなんて思ってもみなかったよ。でも、幸いなことにこの毒なら僕でも解毒できる」
サポート特化のユーノは回復魔法のみならず、解毒魔法も数多く習得している。そんな彼にかかれば毒の種類を瞬時に理解し特定することなど造作もない。後はそれにあった解毒魔法を選び施せば対象の状態異常を正常に戻すことができる。支援万能型魔道師の異名は伊達ではないのだ。
毒が蔓延していない空域まで退避したらすぐにユーノは治療に取り掛かろうとした。しかし、未だに墜とされていない五機のガジェットが追撃してくるため満足に治療が行えない。
「チィッ、ガジェットめ…………やはり追ってくるのか!」
ユーノの懐には回収したレリックが収められている本型収納デバイスがあり、手には衰弱している高町なのはがいる。ガジェットが追ってくるのは当然と言えば当然だ。
だがどうする。なのはを抱えた状態であの異常な強さを見せるガジェットを相手になんて出来はしない。移動速度もガジェットが此方を上回っている。このままでは追いつかれて………!
「その人達を傷つけては駄目だ………ガジェットドローン」
突如飛来してきた蒼い砲撃がガジェット一機を蒸発させる。あれはクロノ・ハラオウンが得意とする砲撃魔法
「クロノさん………ってえぇ!?」
ナンバーズの一人を打倒し終えた高町クロノが救援に来てくれたのだ。
しかし――――その救援に来た男がもう既に深傷を負った状態だった。
「どうしたんですかその身体!?」
「ははは………ナンバーズとは接戦だったもので軽症とはいきませんでした。まぁ、大丈夫です。戦えない身体ではないですよ。それよりも、はやくなのはさんに治療を。ガジェットの相手は……僕が勤めます」
高町クロノはユーノとなのはの前に立ち、S2Uを構えた。しかし、そのクロノも体中血塗れになっており、重症と言えるだけの傷を負っていた。あのような状態では難敵と化したガジェット四機を纏めて相手するには
「何を悠長なことを言ってるんですか!? 貴方も治療が必要です!」
「大丈夫だって言ってるじゃありませんか。それになのはさんは、貴方が愛している大切な人でしょう? なら、ユーノ・スクライアが最も優先すべきことは決まっているはずです」
「………………!」
「僕には貴方の不在中に彼女を護り切れなかった責任があります。ここで足止めくらいは果たさないと、申し訳が立ちませんからね」
クロノはその言葉を最後にガジェットの足止めに向かった。その背中は頼もしく、同時に酷く脆そうに見えた。
「………すみません、クロノさん」
クロノが作ってくれている時間を一分一秒と無駄にすることはできない。彼の言った通り、自分が最も優先すべきことはなのはの治療である。
使われた毒ガスは既に判明している。毒類のなかでもそれほど致死性の高いものではないが、魔道師のリンカーコア活動を著しく低下させ、身体に麻痺を起こさせる効果がある。解毒に必要とする魔法は習得済みだ。
「ちょっと苦いけど、我慢してくれよ」
「ユーノ……くん?」
「本来なら
「え……あ……~~~~~~!?!?!?」
ユーノは短い詠唱を行い、両手で印を結び、そして――――迷わず接吻をした。
たまにしかしない彼との優しいキスなんかとは比べ物にならないほど力強く、なんだか頭が真っ白になるのではないかと思えるほどのう……こう………な―――――。
◆
――――負った傷が深すぎた。血を流しすぎた。内臓に、ダメージを受けすぎた。簡易的な治療魔法程度では全く効果が見られない。
空中に展開された魔法障壁の上に立つだけでも辛い。脚がガクガクと震えて
「……ふぅっ…………はぁ…………はぁっ……………」
それでもクロノはガジェット四機を相手に全く引けを取っていなかった。
自分が倒れれば
『ほんと元科学者とは思えないほど根性あるわねぇ………クロノさん』
ガジェットの一機から女性の音声が発せられた。この声は――――クアットロか。どうやらガジェットを遠隔操作していたのはクアットロだったらしい。
『でも、その馬鹿げた精神力にだってそろそろ限界が来てるんじゃあなぁい~?」
艶かしい声で高笑いするクアットロ。自分がジェイル達のアジトにいた頃、素行の悪い彼女をけっこう叱っていたこともあってか、クロノより優位に立てている今の状況がとてもお気に召しているらしい。
自分をいたぶる気であるのならそれでも構わない。むしろ好都合だ。クアットロがクロノを標的として定めてくれれば、その間エースオブエースの治療が滞りなく行われてくれるのだから。
『ふふふ。瀕死の貴方をどう料理しようかしら………ううん。やっぱりそれは駄目ね。駄目駄目ね。さっさと貴方を片付けて高町なのはを始末しましょう。その方が効率的だわぁ』
「それだけは、させませんよ………絶対にね」
『重傷を負っている人間風情がよく言えたものね。――――ええ、かつて共に過ごした
「僕は………死ぬわけにはいかないんだ。その引導、謹んでお返しいたします………!」
クロノは
肉体は壊滅的でも、まだ魔力がある。S2Uがある。法術があり、魔法も使える。ならばまだまだ戦える………!!
「チェーンバインド……………!」
もう砲撃を放てるだけの力は残っていない。いくら
蒼の鎖もまるでスピードが出ていない。あれではガジェットを捕らえることなんて到底叶わない。当然のようにクアットロの操るガジェットはチェーンバインドを余裕をもって回避する。
『惨めねぇ。貴方ともあろう方が、こんなに情けない攻撃をするなんて。明らかにペースダウンしているわよぉ?』
既にガジェットも射撃兵装の弾薬を切らしている。故に使える武装は近接初期装備である機械仕掛けの触手のみ。しかし今のクロノ相手ならばこれだけで十分過ぎていた。
激しく
「ッハ――――!!」
卓越した棒術で近づく触手を叩き潰していくクロノ。音速を突破している攻撃は受け流し、体勢を崩される一撃は素直に避ける。空気を裂く音を耳で捉え、死角からの攻撃にも対処している。
“やはり身体が思うように動かないか………”
法術で無理矢理 肉体を動かしているため、どうしても思い通りに動いてくれない。動作の一つ一つに若干のタイムラグが生じてしまう。
“このままでは、そう長く持たない。何かしら手を打たなければ、討たれる”
もし手元にレイジングハートがあれば
もし手元にイデアシードがあれば
もし転移阻害の拘束具が無く、全力で戦える状態であったなら
“馬鹿か僕は……無いもの強請りをしてどうするんだ”
こんな時に現実逃避などしている場合ではない。一刻も早く目下の問題に対処できる案を導き出さなければいけないというのに。
「ぐっ……」
次第にガジェットはクロノの動きを捉えてきた。捌き切っていた連撃も掠り傷を与えるまでに至ってきている。下手をすれば肉を削がれかねない。
『クロノさん! 無事ですか!?』
焦りが滲み出ている念話がクロノに送られてきた。声は、ユーノ・スクライアのものだった。
『ええ、なんとか生きています。そちらは上手くいきましたか?』
『勿論です。
嬉しい朗報だ。希望の光が見えたと言っても過言ではない。
『―――ユーノさん。図々しいとは思いますが、貴方はなのはさんと共にやってもらいたいことがあります。僕の言う通りに従ってくれますか?』
『………何か考えがあるんですね』
『ええ………僕に良い考えがあります』
◆
重症の身で良く動く。手負いの獅子には気をつけろと言うが、まさにその通りだなとクアットロはしみじみ思う。
彼はそもそも異常なのだ。頭脳も、身体能力も、精神も。
そこいらのニンゲンとは訳が違う。舐めて掛かると形勢を逆転されるだろう。
だが――所詮 人の範疇に納まるモノだ。過負荷を負った肉体のガタまではどうしようもない。
『もう、終わりね。足元がお留守よ』
一瞬の隙を突いて、クロノの足をガジェットの触手が捕らえた。そしてクロノの乱舞が止まった時を見計らって無数の触手が彼に絡みつく。
彼は本当に良くやった。万全な状態であれば、このような失態は犯さなかっただろうに。
ジェイルの転移拘束具。イデアシード、ジュエルシードの奪取。そしてチンクが必死に与えてくれていた多大なるダメージ。これらの要素が全て重なったからこそ、クアットロは絶対的な優位に立てている。
「ぐぅ……あ…………ああ」
ギチギチと締め上げる無機質な触手は想像を絶する痛みをクロノに与える。
『これで、トドメ』
先ほどまでのおちゃらけた声とは打って変わって、氷のような冷たい声で告げられる無慈悲な死刑宣告。
短い間ではあったが、彼と共に生活した一時は忘れまい。彼の作った料理の味も舌に刻み込んだ。人の温かみも、理解しようとは思わないが少しだけ興味を持てただろう。
データでは得られない多くのことを教わった。感謝している。これは紛れも無いクアットロの本心だ。しかし戦場で遭ったのなら、それらの恩など意味を成さず、甘い私情を出すことも無く、ましてや躊躇いなど――――抱く筈がない。
『―――さようなら―――』
冷酷な、されど少し優しさの籠もった声でクアットロは呟き、宣言通りトドメを与えようとした。
「ディバイン……バスタァァァァァァァ!!」
『Divine Buster.』
クアットロがトドメを刺そうとしたその瞬間、遥か上空から洒落にならない熱線がクロノを締め上げていた触手を消し炭にした。
長距離からの砲撃。それもクロノを捕らえていた触手のみを破壊し、クロノは全く傷ついてないという精度。こんなことができるのは――――あの女しかいない。
『エースオブエース………!』
いくら使った毒ガスの致死性が低いからといっても、解毒に必要とする時間はまだ必要なはず。こんなに短時間で治るわけがない。
「驚いている暇があるのかい………クアットロ」
束縛から解放されたクロノは大量のチェーンバインドでガジェット四機を拘束する。その束縛力はいつもより劣っていたものの、ガジェットの身動きを封じるには申し分がなかった。
『まだそんな力が残っていたなんてねぇ。もしかして、さっきまでの苦戦は演技だったのかしらぁ?』
「まさか。僕はそんなに強くもないし、余裕も無かった。時間を稼ぐのが精一杯だったさ」
自嘲気味な笑みを浮かべるクロノ。ただ彼はなのはとユーノを信じて粘っていたに過ぎない。もしなのはの砲撃が一秒遅く発射されていたのなら、クロノは死んでいただろう。
「………もう砲撃も、ブレイクインパルスも使えない僕では貴女のガジェットを破壊することはできない。だから、彼らに任せるのさ」
クロノがそう言った直後、真緑の結界が辺りを覆い始めた。暫くして球体の結界内に完璧に閉じ込められたクロノとガジェット。
「………ユーノさんが作り上げたこの鉄壁の結界内なら、
戦場となっているのは多くの人々が住むミッドチルダ首都グラナガンだ。街に被害を及ぼす可能性のある馬鹿みたいな砲撃は極力控えなければならない。そう、例を挙げるのなら収束魔法………とか。
ガジェットはこの結界内上空に高町なのはがいることを目視した。彼女の持つレイジングハートの矛先に莫大な魔力がかき集められている様子も綺麗に映し出されている。
『………ふ、ふふ。ふふふ。馬鹿ねぇ、射線上にいる貴方もガジェット諸共吹き飛ぶわよぉ? 転移魔法を封じられている今の貴方にこの空間から脱出する
「その心配はありません。転移符を造って持ってきてますから」
『………は?』
「吹き飛ぶのはガジェットのみです」
それでは、と言い残してクロノは姿を消した。これでこの丸い結界内にいるのはチェーンバインドで雁字搦めにされたガジェットと砲撃準備を行っている高町なのはのみ。レイジングハートの先端には太陽の如き威圧感の持った魔力の塊が既に形成されていた。
『ああ、ゲームオーバーってわけねぇ。なかなか惜しいとこまで行けたんだけどなぁ』
そして撃ち出された桜色の閃光を眺めながら、クアットロは残念と呟いてガジェットの遠隔操作を切り、潔く敗北を認めた。
◆
「…………ふぅ。なんとか無事に、帰ってこれた」
なのは達と共にガジェットを一掃し終えたクロノは、ボロボロになりながらも第二の我が家となっているアパートへ帰還した。目立つ深手はユーノによって治癒され、短時間で癒しきれなかった傷は法術符を貼って時間を掛けて治療している。明日には、残った傷も塞がるだろう。
“せっかくのデートだったのに、なのはには悪いことしたなぁ”
そんなことを思いながら、アパートの階段を登っていく。そして○○○号室のドアの前まで来て、ゆっくりとそのドアを開けた。
「ただいまー………」
帰りがすっかり遅くなってしまったことへの罪悪感から自然と声が小さくなる。なのはは心配性なところがあるので、今回もかなり精神に負担を掛けてしまったのではないかと不安になるのだ。
いつもなら「おかえりー!」と元気な声が返って出迎えてくれるのだが、今日は恐ろしいほど静かだった。
「…………」
部屋の片隅で倒れ伏して爆睡している小さな生物がクロノの視界に入った。その正体は、己の妻 高町なのはだった。この夜中まで起きることは、今のなのはにはきつかったのだろう。
円テーブルにはご飯、味噌汁、漬物、豚肉のしょうが焼きがラップを掛けられ置かれている。
「子供の身体で夕食を作るなんて………」
なのはの体は8歳まで後退してしまっている。肉体のバランス、視点の変化などがあるためいつも通りに調理など出来ないはずだ。その証拠になのはの手には絆創膏が多く貼られている。何度も包丁で自分の指を切ったに違いない。フライパンだって子供が持つには重過ぎる。豚肉のしょうが焼きなどよく作れたものだ。それらを考えるとこれらの品を全て作るのにかなり苦労したのだろう。
「ありがとう………なのは」
疲れきり、熟睡しているなのはを起こさぬよう優しい手つきで頭を撫でる。明日また起きている時に改めて礼を言おう。
「さて、それじゃあ………頂きます」
クロノは大切な妻が一生懸命作ってくれた夕食を深く味わいながら食したのだった。
味は――――言うまでもない。
・なのちゃんは癒しのヒロイン属性。なのはさんは格好良いヒーロー属性。同じ顔、同じ名前でもそんな感じで区別して書かせて貰っています。