魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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 感想&評価など、何度も自分に反省の機会や元気を与えくださった方々には本当に感謝しています!
 そしてそれらの感謝に報いれない更新の遅さ……本当に申し訳ありません。
 更新スピードを上げようと努力はしているのですが、どうにもならんのです……。
 ですがどれだけ遅くとも更新停止にだけはしないので、これからも宜しくお願いします!(切実


第25話 『escape girl』

 ―――高町クロノ。そして、彼の妻たるもう一人の高町なのは。

 平行世界という次元世界と似て非なる、可能性の世界から強制的に招き寄せられた人間。

 彼らの正体、そして事情をあの違法遊園地(スターランド)で知り得たエースオブエースは一つの決断をした。

 

 高町夫婦と協力関係を結ぼう、と。

 

 現在彼らはあのジェイル・スカリエッティの魔の手から逃れ、真っ向から敵対している。

 もはや彼らと自分達が敵対する理由はなく、高町クロノも時空管理局に対して助力は惜しまないと実に協力的だ。しかも彼が虚言を言っていないことはユーノによって保障されている。裏切る可能性も、人を見る目が高いユーノが「考えにくい」と断言できるほど少ない。

 なのは自身は、彼らと手を組むことは最上の手段だと確信している。しかし、これらのことを一等空尉とはいえ個人一人で決定することはできない。上司に必ず申告し、その上で決定しなければならなかった。

 

 最初はまずクロノ・ハラオウンが難色を示すのではないか、となのはは勘繰っていた。きっと事情があるにしても犯罪者と手を組むなど言語道断、と言うだろうと予測していた。故に多くの対応策、交渉の用意をしていたのだが、意外なことに彼は容易に高町夫婦との共闘を許可した。

 

 『高町クロノとの共闘を許す。訳ありの犯罪者と手を組むのは、まぁ言いにくいことだがよくあるものだ。それに単独で機動六課を出し抜くその手腕、味方につけられるのなら大きなメリットを生む。―――多少、法を犯すことになるが致し方ない。責任は僕が持とう。

  また上層部には高町夫婦に関連する情報を秘匿としておく。上の連中に平行世界やらもう一つのミッドチルダの存在やらを知られると厄介だ。そんな社会を揺るがしかねない劇薬を今の時空管理局に投入するぐらいなら、黙秘していた方がマシに決まっている』

 

 驚くことに、彼はもう一人の自分の存在などに一切の私情を挟むことは無かった。

 高町クロノという男が時空管理局、強いて言えば次元世界に『有益』なものであるか『害悪』なものであるかだけを見極めていた。

 ただ有益な価値のある存在が、自分と同じ顔をした別の可能性だったというだけのこと。別段気にすることではないと豪語するのだから、流石は最年少で提督に上り詰めた努力人と認めざるを得ない。度量がまるで違う。

 自分の直属の上司である八神はやてもクロノの指示に異論はなく、高町夫婦と手を組むことを承諾した。既に一部の部下達にも話を通している。

 

 こうして秘密裏に、機動六課と高町夫婦の協力関係が成り立った。

 

 時空管理局が有するどの支援よりも、心強い味方ができた。

 その事実だけでも、高町なのはは胸を高鳴らせるに足りる高揚感を得るのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 『――――と、言うわけです』

 

 エースオブエースから共闘関係の成立の朗報を携帯端末を通して聞き、高町クロノは深く安堵した。まさかここまで話が上手く転がるとは思わなかったのだ。

 恐らく八神はやて、クロノ・ハラオウンが予想以上に高町クロノを信用した、ということが大きいだろう。信頼の方はさておいて。

 何故それほどまでに自分を信用できたのかは、もはや分かりきっている。

 ―――ユーノ・スクライアのおかげだ。

 彼のソウル・バインドは嘘を全く受け付けない。自分が事実しか口にしていなかった、というこの上なく信用に値する材料をユーノが作ってくれたのだ。恐らく彼がいなければこの協力関係は成り立たなかっただろう。

 

 “平行世界に関する情報が時空管理局全体に伝わらなかったことも有難い”

 

 あれほどの巨大な組織に、常識を覆しかねない並行世界の存在など知られたらどのような混乱が起きるか予測することすら恐ろしい。

 仮に時空管理局が此方の世界のミッドチルダと関係を作ろうと近づいてきた場合、まず面倒な事になるのは間違いなかった。

 それは高町なのはも、彼女の上司達も承知していた。だからこその黙秘。平行世界の情報を上層部に与えず、沈黙する手段を選んだのだ。

 

 『では、今後私達が現場で遭遇した場合、互いに協力し合う方針で』

 『分かりました。その際は機動六課の方々を全力で支援しましょう。回収したレリックの処理はそちらにお任せします』

 『有難う、頼りにしてるよ。高町クロノ君』

 『ええ………期待に応えれるよう、頑張らせてもらいましょう』

 

 クロノは笑みを浮かべ、通信を切った。

 

 “これで悩みの種の一つが無くなった”

 

 あの遊園地での遭遇で和解に持ち込め、尚且つ協力関係を結ぶためのきっかけを作れたのだからまったくもって運がいい。昔から幸運というものに縁遠かった自分には過ぎたチャンスだったのかもしれない。いや本当に妻と出会った時に自身の運は全て使い切ったものだと常々思っていたほどだ。

 

 「………そろそろ朝食の支度をしようかな」

 

 意識を入れ替えて、クロノは白い割烹着を着用して狭い台所の前に立った。

 ちなみに彼の料理の腕は妻にも負けぬ確かなものである。

 

 シャカシャカシャカ

 

 米を研ぐ音は心地の良いリズムを奏でる。

 

 タンタンタン

 

 巧みに包丁を操り、プロ顔負けの包丁捌きで野菜を切り刻んでいく。

 

 ぐつぐつぐつ

 

 クロノ特製味噌汁の豊満な香りは部屋中に充満する。

 

 「………ん…ぅ」

 

 その匂いに反応してか、先ほどまで部屋の隅っこで爆睡していたなのはがもぞもぞと動き出した。

 

 「ふぁあ………良く寝たぁ……ん、それに良い香り………」

 

 深い眠りから起きたなのはは盛大に欠伸して腕を伸ばす。

 既に彼女は先日の夜に無事肉体年齢が戻り、長年見慣れた大人の身体となっている。

 幼い少女には無かった引き締まった身体から溢れ出す何とも言えない強い色気。そして恐ろしく整った顔から醸し出される笑顔はいつ見ても心を打たれる。

 

 「おはよークロノくん」

 「あ…うん、おはよう」

 「……ははぁん。その呆けたお顔はアレかな? このナイスボディに戻った妻の姿を見て見惚れているのかな?」

 「自分でナイスボディと言うのは如何なものかと」

 「うっ……辛辣なツッコミだね」

 

 言い慣れない言葉を言い、更には夫からの冷静な突っ込みを食らったなのはは顔を赤らめた。朝が弱いなのははどうも自滅しやすい。

 

 「ま、自慢の愛妻の姿を見て見惚れていたのは否定しないよ。うん」

 「―――ごはっ」

 

 似つかわしくないキザったらしいトドメを刺して、なのはは見事轟沈した。

 

 「―――ぐふっ」

 

 後に自分が言った恥ずかしい台詞を思い返したクロノも自滅した。

 

 ……………朝から元気な夫婦である。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 精神的ダメージを克服した二人は食卓に並べられた朝食をもぐもぐと食べていた。

 クロノはもう少し甘みを出せれば良かったなと内心反省し、なのはは日々確実に美味さが増していくクロノの料理に尊敬の念を感じていた。

 二人は苦楽を共にし、苦難を支え合う善き夫婦であり、同時に腕を競い合う良きライバルでもある。

 料理然り、ゲーム然り、互いに己を高め合う関係があるが故に、その進化に到達点はない。常に限界無く腕を高めることができる。そしてそれに連れて絆もより強固なものとなる。二人はそんな自分達の夫婦としての在り方がとても好ましく思っていた。

 

 「ご馳走様。ご飯美味しかったよ、クロノくん。また料理で追い抜かれたかなぁ」

 「まぁなのはが幼児化していた間、大半の料理は僕が受け持っていたからね。おかげでなのはより先に桃子さんのいる領域により一層近づけたよ」

 「うぅ……早く遅れを取り戻さなきゃいけないな」

 「僕もせっかく差をつけれたし、この間を詰められないよう努力するよ」

 

 一瞬、夫婦の視線と視線がぶつかり合い火花が散った。

 

 「………ふふふ」

 「………ははは」

 

 二人は不敵な笑みを浮かべてライバル心を剥き出しにする。

 負けん気が強い夫婦の戦いは実に苛烈である。そこに手加減の文字は、一つとしてありはしない。

 

 ………

 ……

 …

 

 汚れた食器を綺麗に洗い、片付けたらなのはは喫茶店のバイト服を鞄に詰め込み、白いワンピースと日光避けの麦わら帽子、そして認識阻害のコンタクトを着用して外出の準備を整えた。

 

 「お腹もいっぱいになったし、体調も万全だし、久しぶりのバイトに行きますか!」

 「ああ……身体が元に戻ったから復帰するんだったね」

 「うん。店長や友達も大喜びしてくてさ、本当に頑張り甲斐があるよ」

 「バイト先で重宝してくれているようで良かったじゃないか。頑張るのは良いけど、体調には気をつけなよ。あとちゃんと護身魔道具も持っていくように」

 「了解!」

 

 クロノは元気よく外出した妻の姿を見送った。

 護身用の道具を持って行ったのは間違いないし、もし何か緊急事態が起こったとしても瞬時に自分を転移することができる召還符も持たせてある。これで最低限、なのはの身の安全は保障される。自分も安心して犯罪者を狩って収入を得れるというもの。

 

 「さて、僕も仕事に行きますかね」

 

 クロノはカード状態のS2Uを握り締めて、今日潰す予定の次元犯罪組織の元に向かって転移した。ちなみに今回の狩りを合わせると計12回目である。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 機動六課所属のヘリパイロットは、昔から戦場を共にしてきた己の武装のメンテナンスに追われていた。その顔はもはや唯のヘリパイロットではなく、何人もの人間を射抜いた狙撃手のそれとなっている。

 いつもヘラヘラと笑っている陽気な男として認識していたヘリの整備員からはその変わり様に驚きを隠せず、空気をざわつかせていた。

 

 「………ヴァイス。貴様、とうとう此方に戻る気になったか」

 

 ヘリ格納庫室に訪れた人間形態のザフィーラは懐かしい戦友を見る眼差しでヴァイスに話しかけた。

 

 「ええ……流石にもうウジウジと過去の失敗に足を引っ張られている場合じゃないと思いましてね。妹とも話をつけてきましたぜ」

 「ほう」

 

 ヴァイスの妹、ラグナ・グランセニックはとある人質立てこもり事件で人質にされた少女だった。そしてその立てこもった犯罪者の狙撃を任されたのが、ラグナの兄であるヴァイス・グランセニック。

 本来の彼ならば例え目標から二km離れた場所からでも確実にその犯罪者の眉間に魔力弾をぶち込めるだけの技量があった。

 しかし妹を人質に取られ、いつも以上に焦りを感じ、動揺していたヴァイスはその事件で初めてミスを犯した。

 犯罪者の眉間に打ち込まれるはずだった百発百中の魔力弾はあろうことかラグナの右目に直撃してしまったのだ。

 いくら非殺傷設定があるとはいえ、狙撃に関しては右に出る者は皆無と謳われた男の必殺の弾丸だ。その弾速たるや、音速を超え光速の域にまで達していたとされている。そんな弾丸が人体のなかでもかなり脆い部位にあたる眼球に直撃すればどうなるか。無論、唯で済むわけが無い。

 ラグナは右目を負傷した。兄であるヴァイスが、最愛の妹をその手で傷つけたのだ。数年も経つ今でも完治できぬほどの深い傷である。最悪、永遠に治らない可能性すら示唆された。

 それ以降、ヴァイスは陸の武装隊を辞職し、エリートの称号である『エース』の肩書きも殴り捨て、魔導師ランクも白紙にし、人を傷つける事の無い、しがないヘリパイロットになった。

 

 「妹に俺が性懲りもなく狙撃手として復帰するって言ったら、滅茶苦茶責められるどころかえらい激励くれちゃいまして………しかも怪我しないでね、なんても言われて。そりゃもう久しぶりに泣きましたわ」

 「………それは兄として、期待に応えにゃならんな」

 「はは、まったくです。今までぐうたらしてた分、必死になって取り返さなきゃなんねぇっす」

 

 少年少女が命を掛けて闘っているこの職場で、戦える力を持ちながら逃げることなど年長者として……いや、一人の男として恥ずかしいこと限りない愚行である。

 そしてずっと戦場から逃げていたヴァイスを戦場に戻させたのは、ティアナを含む新米達だ。

 彼らの前向きな生き様、迷いながらも歩みを止めない力強さ、決して諦めないという心の芯。その全てがヴァイスにとって眩しく思え、同時に逃げている己の姿が酷く情けないと強く自覚させてくれた。

 

 「ラグナには、このでけぇ仕事終わらせた後一緒に遊びに行こうって約束したんです。今まで逃げて、相手してやれなかった分、目一杯構ってやるんすよ。そんで俺の武勇伝を聞かせてやるんだ。そりゃもう耳にたこが出来るぐらいにね」

 

 長年苦しめていた重しが取れたヴァイスの口調は何処までも軽く、しかしその言葉一つ一つには確かな中身があった。

 共に戦場を駆けたことのあるザフィーラはそんな彼の姿を喜ばしく思った。こんなに活き活きしたヴァイスは久方ぶりだ。シグナムが見たらさぞ喜ぶだろう。

 

 「せいぜいラグナとの約束を違えないよう、努力することだ」

 「勿論、死力を尽くさせてもらいますよ………この機動六課に配属されたからには、無事では済まないだろうことも薄々感づいていましたしね」

 「…………なに?」

 「惚けないでくださいよ、旦那。この機動六課には何かしら裏があるのは存じています。単なる試験部隊に有るまじき過剰な戦力に権利力、バックの強大さ。いくらレリックとガジェットの対処を任されているといっても、あまりにも異常過ぎる。まるで、何か『大きな厄介事』を予め予知していて、機動六課はソレに対して対処するための備えみたいじゃないっすか」

 「………」

 「安心してください。一応、自分達の周りには防音障壁を張っています。これでこの会話が外部に漏れることはないでしょうよ」

 「………戦場から離れていても、その鋭い感は鈍っていないようだな」

 「あっはっは。まぁ、こればかりは…ねぇ。あのフード男……訳ありとはいえ次元犯罪者と手を組むことが許されるほど、面倒な出来事が起きるってことでしょう?」

 「まだその『大きな厄介事』とやらが起こるとは限らん。このまま何も起こらず、レリックを回収し、ガジェットを殲滅して終わるだけかもしれん」

 「なら良いんですけどね。まぁ何が起きるにしても、俺がやることには変わりありませんよ。機動六課の仲間を戦地に運んで、俺も狙撃手としての役割を全うする。ただそれだけっす」

 

 深く問うことはない、聞くつもりもない、とヴァイスは言う。どうせ聞いたところで、馬鹿正直に答えてくれるなど一欠けらも思っていないからだ。

 部隊長、八神はやてと隊長陣営が何を知っていようが、何を考えていようが、構わない。下の者として、ヴァイスはその時その時に力となるだけである。

 

 「………高町の報告にあった戦闘機人という存在もある。フード男の加勢があるにしても、これから機動六課の任務はさらに厳しくなり、過激さも増していくだろう」

 「まぁ、そうなりますわな」

 「最前線で戦う子供達を、お前の力で守ってやってくれ」

 「そんなもん、頼まれずとも分かってますよ………ただ今のあいつらは心身ともに強くなっている。今更俺が守ってやる必要も、無いかもしんねぇですよ?」

 「………ああ、そうかもしれん」

 

 新米達の心と肉体を鍛えたのはなのはやフェイトだけではない。このヴァイスも彼らの成長を促した張本人だ。その彼からすれば、今のティアナ達は十分戦え抜けるだけの力を有していると理解しているのだろう。

 ザフィーラは少し過保護になり過ぎたか、と反省した。若くとも彼らはもう立派な戦士である。過度な心配は、ティアナ達の力を信用しておらず、疑っていると捉えられてもおかしくはない。

 

 「ああ、そうだ。ザフィーラの旦那。この後時間空いてますかね?」

 「ん? この後か……一応、空いているぞ」

 「そりゃあ丁度良かった。ちょいと調整したストームレイダーの調子を確かめたいんで、嫌じゃなけりゃあ模擬戦の相手してくれやせんかね。新米達は全員クラナガンに遊びに行ってるし、姐さんもこんな時に限って不在なんで」

 「ほう……お前から誘ってくるとはな。これは貴重な体験だ。無碍に断るわけにはいかん。喜んで相手になろう」

 「ありがてぇっす」

 「だがこのことは決してシグナムに知られてはならんぞ」

 「別に構いやせんけど、どうしてっすか?」

 「どうしてもこうしてもない。お前から模擬戦を誘われて承った、なぞと奴の耳に入ってみろ。強大な嫉妬の炎を滾らせて死合を申し込まれかねん」

 「またまた大袈裟っすねぇ」

 「………本気で言っているのか?」

 「いえ冗談っす。このことは他言無用、ということで」

 「分かればいい」

 

 二人の男は引き攣った笑みを浮かべながら頷き合った。

 

 

 

 ◆

 

 

 久しぶりのバイトはなかなかにハードであった、と高町なのはは本気で思った。何せつい先日まで10歳若返った状態でずっと夫に甘えていたのだから、色々と身体に衰えがあるのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 皿を何枚か重ねて持った時「重たっ!?」と感じてしまった際は、嫌でも衰えてしまったと実感できてしまった。

 

 “いや……でも、子供の姿になったことはそれほど悪くなかったなぁ”

 

 夫に頭を撫でられたり、抱っこされたり、肩車されたりと成人の姿ではとても体験できないことを多く経験できた。多少の身体的衰えは、大目に見てもいいだろう。

 

 “ん~、今日の晩御飯は何にしようかなぁ”

 

 バイトもさほど問題なく終わり、晩御飯の献立を考えながらスーパーへ向かう若妻。

 夫に料理の腕で抜かれたこともあり、今晩は本気で本格的なものを出してぎゃふんと言わせてやらねばと涼しい顔して熱い対抗心を燃やしている。

 

 ジャラン……ジャラン…………ジャラン……………

 

 「――――え?」

 

 何やら不気味な音が聞こえてきた。

 そ~、とその音がする場所に恐る恐る視線を向けてみると、ビルとビルの間にある狭い通路が視界に入った。あの不気味な音の出所は、あの狭い通路の奥からだ。

 目を凝らして見ても奥は真っ暗で、入ってみなければ音の正体は分からない。とは言っても、変な音が聞こえるだけであり無理に確かめる必要性などなのはには全くなかった。

 ここは無視してスーパーに向かえばいいだけなのだが、不思議なことになのはは放っておくという選択肢が頭に浮かばなかった。

 直感が、この音を無視してはいけないと言っているのだ。

 

 「………お札よーし。護身道具よーし。勇気よーし」

 

 いつでもクロノを呼び出せる札と護身用の結界札を手に握り締め、覚悟を決めたなのは。

 

 「行きますか…………!!」

 

 一度決めたら即行動を起こすタイプである彼女は、何の躊躇いもなくその通路に足を踏み入れ、暗い道をずんずんと歩き進んでいく。

 内心ではやっぱりここ怖いと思いながらも、音の正体を確かめるまで歩を止めないあたり、流石屈強な精神力を持っている女性と言える。

 

 「―――あれは」

 

 薄暗い通路を進んでいった先に、謎の音の正体があった。

 そしてその正体とは、なのはが予想だにしないものだった。

 

 「鎖に繋がれた女……の子?」

 

 囚人服のような色褪せた服を着た、金髪の少女がなのはの眼前に倒れ伏していたのだ。それも、頑丈な鎖で何か金属製の大箱に繋がれた状態で。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「ふぅ………結構手間取ったかな、今回は」

 

 廃墟と化した次元犯罪者組織を見渡しながら、クロノはぽんぽんとバリアジャケットについた埃を払う。

 今回の獲物はそれなりに大きな規模であったので、全機能を完全に落とすまでかなり時間が掛かってしまった。犯罪者達の中にも強者がちらほらと混じっていたので、少しばかり苦戦したのも掃討に時間を要した原因の一つだろう。

 

 「だけど手間取った分だけ、報酬はそれ相応のものだし問題は………ん?」

 

 懐に仕舞ってあった通信端末が小刻みに震えている。

 誰からだろうと思い、端末を取り出してみたら『なのは(嫁)』と液晶画面に表示されていた。

 まさか、彼女の身に何かあったのかとクロノは急いでその連絡に出た。

 

 『く、クロノくんクロノくん! 大変、大変だよ!!』

 「どうしたんだなのは!? 何か、君の身に――――」

 『違うの! 私じゃなくて、女の子が!』

 「………女の子?」

 『囚人服みたいな服を着て鎖で繋がれた女の子が路地裏で倒れているの!!』

 「なんだって……!?」

 

 何やら平穏からかけ離れたワードが次々と飛んできた。

 妻の身は安全だと分かっても、安心できる事態ではなさそうだ。

 

 「なのは。すぐに転移符を使って僕を呼び寄せてくれ」

 『分かった!』

 

 今回討伐した次元犯罪組織の面々を時空管理局に受け渡すのは諦めよう。報酬よりも人命を最優先して然るべきである。

 一応、適当に組織の者をバインドで括りつけ、近くの住民に時空管理局に通報するように伝えた。これで彼らの逮捕だけでも確かなものとなるだろう。

 

 「………そろそろかな」

 

 突如として身体が光り始めた。―――長距離転移の予兆だ。

 そして次の瞬間、クロノは次元犯罪組織の跡地から姿を消した。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 なのはによって路地裏に召還されたクロノはすぐその囚人服の少女の検査を行う。

 

 「どう……この子は大丈夫なの?」

 「………うん、とりあえず命に別条は無いよ」

 「ああ、良かったぁ」

 「ただ気絶するほど大きなストレスを抱え込んでいたみたいだ。只事ではないのは確かだね」

 

 足を中心に擦り傷やら痣やらが見受けられる。それに鎖や服、身体についているのは泥だ。恐らく地下水路を歩いていたのだろう。

 服といい鎖といい、穏やかではないのはもはや明らか。とりあえず治療魔法で治癒しなければ、身体に何らかの悪影響が出てしまう。すぐにクロノは自前の治療魔法を行使した。

 

 「………レリックのケースに鎖で繋がれている。どうにも唯の子供って感じではないな」

 

 囚人服、鎖、レリック。

 どうしてもあのマッドサイエンティストの影が見えてきてしまう。というかこの子の身体、明らかに普通じゃない。機械やら異物やらが埋め込まれている。

 

 “………人造魔導師、だね”

 

 これは時空管理局に保護してもらうことが一番良さそうだ。

 

 「彼女に連絡を入れるしかないか」

 

 ことレリックの対処を専門とするエースオブエースにクロノは連絡を入れた。

 

 

 ◆

 

 

 

 機動六課の訓練所(森林)では二人の男が泥臭い試合を興じていた。

 本来の機動六課では、美少女や美女が空を舞い、地を走り、見るものを魅了する戦いをすることで有名なのだが、今回限りはそんな洒落た戦いはない。彼らにとっての戦いというものは派手さも、見栄えさえも一つとして存在しない堅実なものである。

 

 ザフィーラは己の攻撃魔法が届く範囲までヴァイスに近づければ勝利が確定する。ヴァイスにザフィーラの広範囲殲滅魔法を防ぐ手立てなどない。

 ヴァイスはザフィーラの姿を目視すれば勝利するだろう。あとは射抜くだけの簡単な作業だ。光速にまで達する魔弾は例えフェイトであろうとなのはであろうと反応は不可能。護りに関して機動六課一の実力を有するザフィーラとて例外ではない。

 

 “俺の軛が届くまで近寄れられるか”

 “旦那の姿を捉えることができるか”

 

 ヴァイスとザフィーラは、常に本気で相手を殺す気概でやりあっている。もし許可が下りるのであれば非殺傷設定などという生温い機能を排除してやっていただろう。

 

 狩人が獣を狩るか。それとも獣が狩人を狩るか。

 殺気が充満するどころか皆無の戦場。あらゆる気配が絶たれ、殺意の一つも露わにすることなく息を潜め合っている。

 

 かたや陸のエースとして名を馳せた稀代の狙撃手。

 かたや多くの戦場を渡り歩いた伝説の騎士の一角。

 

 どちらも規格外な強者であり、一つのミスが命取りになるであろうことも理解している。故に、どちらも動かない。動けない。

 

 獲物は明らかにヴァイスの長距離狙撃を行えるライフルが優勢。古今東西、常に飛び道具が優位に立てている。

 

 “このままではジリ貧、か”

 

 ザフィーラは獣特有の嗅覚でヴァイスの居場所は確認できていた。問題は、そこまで奴に見つからず辿り付けることができない、ということだ。

 さしずめヴァイスの両眼は鷹の目のそれだ。機械に匹敵するその視力と集中力は並々ならぬものを感じる。

 

 “シグナムがヴァイスと戦いたがるわけだ。ああ、確かに奴は強い。あらゆる才能が無い分、それらを補って余りある力が実に良い”

 

 ヴァイスはバリアジャケットも纏えないほど魔力が少なく、弾幕すらままならない。魔導師としては『欠陥品』以外のなにものでもない男だろう。

 しかし、それらの欠陥を彼は『狙撃』の一点で克服している。否、陵駕しているのだ。まさに最高純度の技術。誰にも追随を許さないヴァイス・グランセニックだけの頂点。

 

 “一を極める者ほど強いものはないな。ならば、俺も己が持つ最高の一を以って相手してやろう”

 

 あの狙撃から逃げれないのであれば、真っ向からそれを受け止め、玉砕するだけのこと。弾速に反応できないのであれば、敢えて反応せずに、突っ走ればいいだけのことだ。

 

 「俺の魔力障壁が砕けるのが先か。それとも俺が貴様の元に辿り付けるのが先か。ここはひとつ、男らしく根競べといこうか………ヴァイス・グランセニック!」

 

 ザフィーラは己の前方に強力無比な魔力障壁を展開した。そしてそのまま、ヴァイスが潜んでいるであろう居場所まで全力で駆けたのだ。

 

 「なるほど、根競べっすか。くく、ははは―――上等だァッ………!!」

 

 突っ込んでくるザフィーラに銃口を向け、引き金を引く。一回や二回程度ではない。カートリッジの補助を受けながら、空薬莢を次々と排出しながら、確実にその堅牢な魔法障壁に傷を与えていくために速射する。

 

 「ぬぅッ!」

 

 満遍なく狙うのではない。ただ一箇所に集中して弾丸を撃ち込んでいくのだ。

 いくら頑丈とは言っても、光速の弾丸を同じ箇所に何発も直撃して無事で済むほど出鱈目ではないはず。いや、一発でも光速の弾丸をモロに喰らっても平気な時点で十分出鱈目な障壁ではあるのだが………。

 

 「盾の守護獣を、甘く見るな………!!」

 「なにッ!?」

 

 砕けない。あれほど撃ち込んだというのに、ザフィーラの障壁は砕けなかった。もはや常識というものを逸脱している。

 

 「チィッ、まるで城壁が走ってきてるみてぇだなぁ畜生が!!」

 

 畏怖と敬意が混じった言葉を吐きながらも、ヴァイスは引き金を止めようとはしない。

 あと少し、あと少しであの障壁が破壊できる。しかし同時に残りあと僅かでザフィーラも軛の有効射程距離に入る。

 

 “行けるか!?”

 “壊せるか!?”

 

 どちらが勝ちを決めるか、その決着が今―――

 

 『ヴァイス・グランセニック曹長。出動要請です。すぐに持ち場に戻ってください』

 

 ―――着こうとしたその時、女性アナウンスの声が戦闘に割り込んできた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 しんと静まり返る訓練場。

 ヴァイスは銃を構えたまま硬直し、ザフィーラも障壁を展開したまま足を止めていた。

 両名共に何ともいえない顔をする。

 

 「………この勝負はお預けってことで、いいっすかね」

 「………うむ」

 

 ヴァイスはストームレイダーの銃口を下ろして溜息を吐いた。消化不良もいいとこだ。

 ザフィーラも人型から獣形態になり、首を横に振った。

 

 「ま、ストームレイダーの調子も確認できたし、良しとしますか」

 「俺も久方ぶりに本気になれた。まぁ概ね満足している。この決着は後日つけるとしよう」

 「了解っす」

 

 何にしても出動要請が下ったのだ。ぼやぼやしている場合じゃない。

 ヴァイスは少し残念に思いながらも、ヘリポートまで駆けたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 クロノは内心、かなり驚いていた。

 エースオブエースに連絡を入れたら即座に「近くにいる部下を遣します。私もすぐ向かいますから」と返事がきたのはいいが、まさか機動六課の戦力の大半が訪れようとは。

 聞けば今日は機動六課の休日だったようで、各々グラナガンで休みをエンジョイしていたようである。おかげで集まりが良く、一部の隊長格を除く全ての人員が集まってくれた。

 

 「「「「……………」」」」

 

 や……やはり、ちょっと気まずいものがある。

 協力関係を結べたとはいえ、つい前まで敵対関係だったのでどうしても視線に警戒の色が含まれるのは仕方のないことだが。

 

 「わぁ、本当に晶ちゃんと似てるなぁ」

 「え? あの、」

 「貴方……お名前は?」

 「ス、スバル・ナカジマです」

 「スバルちゃんかぁ。うん、私は高町なのはって言うの。宜しくね、スバルちゃん」

 「あ―――はい!」

 

 そんな自分を他所に嫁ときたら全員と挨拶を交し合っている。

 正直、このギスギスした空気を緩和することに一役買ってくれているのでありがたい。

 

 暫くして機動六課の隊長格、つまり高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが到着した。

 

 「助かりました。機動六課の方々に保護してもらえるのなら安心です」

 「うん、任せて。私達が責任を持って保護するから」

 「ありがとうございます。この子は恐らくジェイルさんが関与していると思うので、少なからずガジェットの妨害が予想されます」

 「……分かった。貴方はどうするの?」

 「あの子の安全が確保できるまで護衛につかせてもらいます。一時的にそちらの部隊長の指揮下に入り、指示に従いましょう」

 

 エースオブエースは頷き、手を差し出した。クロノは差し出された手をしっかり握り、握手を交わす。

 そしてクロノは機動六課の面々に向かって、深く頭を下げた。

 

 「過去に多く貴方達の職務妨害を行った身ですが、どうか……宜しくお願いします」

 「「「「い、いえいえ此方こそ!」」」」

 

 ()の時空管理局提督と同じ顔で頭を下げられた新米達はとにかく緊張してしまい、若干焦りながらも全員頭を下げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 上手く機動六課と合流することができたクロノは、非戦闘員である妻を一時的に機動六課所属のヘリに謎の少女共々預けることにした。

 これから戦いになるであろうことは既に分かりきっている。その最中でどさくさに紛れて再度なのはを拉致されては堪ったものではない。その点、機動六課の方々に預けておいたほうがまだ安全と言える。

 

 「………来ましたか」

 

 予想通り、ガジェットは出現した。それも大量に。

 地下水路から数十機。機動六課の司令部からだと海上からも迫っているとのこと。

 

 “やはりあの子はジェイルさん絡み。しかもこの軍勢。彼にとってかなり重要な役割を持つ子供ということか”

 

 ジェイルが本気で確保しなければならないと思うほどの価値があの子供にはある。

 どのような目的に彼女を使う気なのかは知らないが、是が非でも妨害させてもらおう。

 

 “それにこれほどの大隊を遣したとなれば、当然あの子達も………”

 

 かつてジェイルに世話を任されたナンバーズの顔が次々と頭に浮かぶ。

 元気でやっているのだろうか。ご飯は食べているのだろうか。チンクの傷は癒えたのだろうか。

 色々と思うことはある。戦いたくないという気持ちも強い。

 しかし、今はそのような私情は持ち込めない。

 出会えば容赦なく戦い、せめて彼女達がこれ以上罪を重ねてしまう前に捕縛する。

 

 それがクロノの………彼女達に対するせめてもの優しさだ。

 

 

 




・やっと物語の鍵となるヴィヴィオを登場させることができました。そしてここまで話を持っていくのに約2年かかってしまったという衝撃の事実。

・第26話は多くのキャラが活躍できるよう努力したいですね。

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