魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第26話 『strong unit』

 地下から迫り来るガジェットの殲滅を任されたティアナ・ランスターはスバル、フリードリヒ、エリオ、キャロを引き連れてガジェットを待ち構えていた。

 数の多い地上のガジェット大隊は高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、ヴァイス・グランセニック………そしてつい先日まで敵であったフード男、高町クロノが全て引き受けている。

 ()のエース三名と機動六課に多大な猛威を振るったフード男が手を組んでいるのだ。どのような敵であろうと、大隊であろうと負けるはずがない。

 ティアナ達は予めフード男の正体、そして彼が機動六課と協力関係を結んだこと、またその経緯など細かい詳細を高町なのは本人から直接聞かされている。勿論、彼の事情を知る者は機動六課でも戦闘員を含め極少数に限られ、極秘の扱いとなっている。

 しかしクロノ・ハラオウン提督も思い切ったことをしたものだ……とティアナはつくづく思う。事情があるとはいえ、次元犯罪者と手を組むことを許すとは。聞けば訳有り犯罪者と手を組むというのは過去にも幾度かあったらしい。

 

 正直、ティアナはあの最年少提督の肝はかなり据わっていると感心せざるを得ないでいた。

 流石『利用できるモノはとことん利用する』ことに有名な提督である。敵ではなく、味方であってくれて本当に良かった。

 

 “それにしても平行世界の住人かぁ。まったく、平行世界なんてお伽話とばかり思ってたけど……本物を見せられちゃ信じるしかないわよねー”

 

 まさかあの教官殿があんなふわふわで天然おっとり系の新妻になる可能性があるとは思いもしなかった。ティアナでいう『高町なのは』といえば強く、気高く、そして凛々しい才女のイメージが強かった。それに此方の高町なのはとユーノ司書長との関係も知ってるだけに、クロノと結婚している高町なのはを見てると何とも言えない思いに駆られたものだ。まぁ口に出せば余計なお世話だと我らがエースオブエースに小突かれること間違いなしだが。

 

 「いやー、本当にすごい新鮮だったよね。あの周りにお花が咲き乱れんばかりに無邪気極まりない笑顔を振り撒くなのはさんって」

 「「「うんうん」」」

 「きゅくるー」

 

 ティアナの言に皆が頷いた。動物であるフリードリヒすらも頷くレベルである。

 部下の前では常に威厳を醸し出しているエースオブエースと接してきただけに、あれほどフレンドリーな接し方をしてくる高町なのはをどう受け止めていいのやら。混乱するとまでは言わないが、戸惑いは禁じえないものだ。

 

 「私、思ったんだけどさ」

 

 スバルはふと地上に繋がる地下天井を見上げる。

 

 「高町クロノさんって、これまで自分のお嫁さんと同じ顔をした人と戦ってきたんだよね。それも二回も……辛くなかったのかな」

 

 スバルの言葉には皆が「確かに……」と呟いた。

 共に一生を歩むと誓ったであろう夫がこれまで二度刃を向けたのは、妻と同じ顔、同じ姿をした人間。それも偽者などではなく、同一の存在であり『可能性の一つ』。性格が違おうと何だろうと『高町なのは』であることに変わりは無い。

 しかし彼は戦った。己のデバイスを高町なのはに向け、力をぶつけ合った。彼はその戦いのなかで何を思ったのだろう。彼女は赤の他人だからと割り切れたのだろうか。それとも割り切れないまま心身ともに傷つきながら戦ったのだろうか。

 

 ―――いや、これは余計な詮索というものだ。自分達がどうこう考えることではない。考えていいことではないのだから。

 

 「そろそろガジェットも近くまで近づいてるし、意識を切り替えよう」

 「「「――――了解」」」

 

 今は無意味なことに思考を割いている場合ではない。ここはもう戦場と化しているのだ。そして自分達は、この街に進軍するガジェット殲滅を任された武装隊員。無駄口を叩く余裕などありはしない。

 

 そして暫くしてガジェットの大群が地下道を爆走して此方に近づいてくる(さま)が見えてきた。総数は不明だが、大群というだけあってかなり多い。これはなかなか骨の折れる任務になりそうだ。尤も、模擬戦でエースオブエースと全面戦争した時と比べたらこの程度何の脅威にも感じはしないが―――慢心はしない。増長など以ての外だ。自分達は常に全身全霊を持って任務を遂行する。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 輸送ヘリを巧みに操りながら安全空域まで離脱したヴァイス・グランセニックは激化する戦場をヘリの中からただ眺め―――てなどいなかった。

 彼はヘリの操縦をオートパイロットに任せ、自身はストームレイダーを駆使して超長距離射撃による援護を行っていた。

 風により機体が煽られ、ガタガタと揺れる不安定な場所から精密な狙撃など普通の者ならまず不可能だ。それも戦域を離脱するほどの距離があるというのなら、尚更である。そこいらの狙撃手が100発撃ったところで1発たりとて当たりはしないだろう。

 しかしヴァイスはその不可能とされる狙撃を可能とする能力がある。どれだけ離れていようが、彼の目に獲物が映されたら最後………(のが)れられる者はおらず、また仕留められないモノはない。

 彼の目はスコープを介して獲物を狙い、その指は機械にも劣らぬ精密さを以ってトリガーを引いている。

 縦横無尽に動いているはずのガジェット一機一機に確実に直撃していく光速の魔弾。されどヴァイスはその都度一喜一憂するわけもなく、まるで直撃して当然とばかりにその結果を受け入れる。

 

 「す、凄い腕前ですねヴァイス陸曹」

 

 輸送ヘリのなかで待機しているシャマルはヴァイスの出鱈目染みた狙撃に驚嘆する他なかった。

 シャマルとてヴァイスという男がかつて陸で名を馳せた高名な狙撃手だったということをシグナムから嫌というほど聞かされた身だが、まさかこれほどのものとは思いもしなかった。

 ああ、確かにこれはシグナムが惚気て自慢したがるのも無理は無い。

 風の向き、気温、風力、弾の速度を全て頭の中で理解した上で、彼はトリガーを引いている。

 鷹の目もかくやという眼の良さ。機械のような暗算能力。人の身でありながら人工魔導師にも劣らぬ集中力。狙撃において彼と比肩しうる存在はこの世にはいない。

 長距離狙撃、射撃に関してなら如何な優秀、秀才、天才揃いの機動六課のメンバーと言えども彼に勝てる者はおろか、肩を並べられる者など一人としていないのだから。

 

 「はは、まぁヘリの操縦と狙撃だけが取り得なもんですからね。こんぐらい朝飯前ですよ」

 

 無駄口を叩きながらも彼の仕事ぶりは弱まることを知らない。

 会話の一つや二つ、ヴァイスにとって狙撃の邪魔なモノと認識するには至らないのだ。

 

 「それに自分なんて戦場のど真ん中で暴れ回っているあの三人と比べれば見劣りするもんです」

 

 砲撃を放ち、落雷を落とし、蒼剣の掃射などで塵芥の如くガジェットを殲滅している三名の強者の姿をヴァイスはしっかりと捉えていた。

 狙撃手の自分とではまるで戦闘の規模が違う。戦果を比べることすらおこがましい。

 

 ″しっかしマジでキリがねぇな”

 

 いつものことではあるが敵の数が尋常ではない。いや、今回は過去最高と言えるだけの戦力だ。

 あれだけエース級の魔導師が猛威を振るっているというのに、一向に敵の数が減っていない。それどころか次から次へと湯水の如く現れる始末。それがどれだけ異常なことなのかは、素人でも理解できよう。

 

 “前々から思っていたが、一介の犯罪者組織がいったいどんだけ戦力を蓄えているんだか”

 

 一定の魔導師でなければ破壊することもままならないガジェットドローン。そしてそれらの厄介な代物をここまで生産して投入できるだけの軍事資金を有し、一国を潰せるだけの戦力を保有している。しかも戦闘機人などという金のかかる人造魔導師紛いなモノまで作り出していると聞く。

 危機感を感じて仕方がない。これほどの力を持つ組織がこの先何を仕出かしてくるのかまるで見当がつかないのだ。

 長い期間、ジェイル・スカリエッティと共に行動していた高町クロノですら彼らの目的を知らない。何の為に行動しているか分からない敵ほど恐ろしいものはないのである。

 

 “そして此処まで大規模な部隊を送ってまで奪取しようとしているのは―――たかだか人造魔導師の幼女一人”

 

 この輸送ヘリのなかで保護している年端もいかない正体不明の人造魔導師は、並行世界の高町なのはの膝の上で熟睡している。

 たった一人の少女奪還にこの戦力投入だ。そしてそれだけの価値がこのような幼子になると思うと胸が痛くなる。あまり良い気分にはなれない。

 

 「いけ好かないねぇ……まったくよ」

 

 自然と引き金を引く指に力が入っていくのを自覚し、まだまだ自分も未熟だなとヴァイスは苦笑する。しかし彼の目はより鋭さを増し、狙撃の切れも格段に上がっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 航空機タイプのガジェットドローンは通常の球型のものより素早く、また戦闘力が高い。耐久性もガジェットの名に反しないほど頑丈であり、より厄介かつ倒し難い仕様となっている。

 しかし、エース級の魔導師からすればそのような性能差は些細なものでしかない。所詮はガジェット。人の身でありながら暴力的な武力を内包した最高位の魔導師を相手に善戦できるはずもなく、次々と墜とされていく。

 何せ相手は不屈のエースオブエースに時空管理局が誇る最高の執務官。そして法術、魔法の全ての『魔』を知り尽くした法術師である。

 相手が悪い。ただただ悪いのだ。多額な金を注ぎ込んだガジェット達は彼らに掠り傷すら負わせることも叶わずに塵芥へと成り下がる。

 

 大空を駆け抜け、人ひとり分ほどの巨大さを誇る大鎌をまるで苦とせずに扱うフェイト・T・ハラオウンは一息のうちに三機のガジェットを両断した。

 いくら素早かろうが、機動六課最速の魔導師から見ればスローで動いているようなものだ。苦戦をするはずがない。まるで手応えが感じられない。些か以上に役不足だと感じざるを得ない。

 

 彼女は鉄屑を破壊しながら密かに思う。

 この戦いが終わったら、一度でもいいからあの高町クロノと真剣勝負を興じてみたい……と。

 

 彼は強い。自分より、確実に強いのだ。レベルで言えば、自分の義兄のクロノ・ハラオウンと同等と言えるほど。

 二度も彼と戦い、そして実感した。もしなのはと二人がかりで相手にしてなかったら、自分は負けていただろうと。そう確信が持てるほどの実力差を感じたのだ。

 こうして肩を並べてガジェットの相手をしているこの瞬間でさえも自分は彼に負けている。自分が三機潰せば彼は五機以上は潰している。それも、フェイトより無駄のない動きで、少ない魔力でだ。

 

 「―――ふふ」

 

 あまりの強さについ頬が緩んでしまう。

 もし彼と何の気兼ねもなく、全霊を賭けて勝負を挑めたらどれだけ楽しいことか。

 嗚呼、さぞ気持ちの良いことだろう。己の義兄と全力全開でぶつかり合ったかつてのあの訓練時間に勝るとも劣らない素晴らしいひと時になるに違いない。

 想像するだけでも総毛が立ち、バルディッシュを握る手に力が籠る。

 

 しかし、自分の願いは叶わないだろう。

 

 自分とて部隊の隊長を務める責任ある立場。そのような私情が許されるわけがない多忙な身の上なのだ。何より、高町クロノが自分と模擬戦をする理由もなければ価値も無い。彼も他人の酔狂に付き合うほど暇ではないのだから。

 

 惜しい。つくづく、惜しい。

 

 雑念を振り払うようにフェイトはバルディッシュを振るう。

 自分はシグナムほど戦闘狂ではないつもりだったが、どうにも戦闘欲というものは並みの人より盛んであるらしい。これも業務に負われる日々に感じるストレスのせいなのだろうか。

 

 一機、また一機と墜としていくフェイトだが、やはりクロノはその二倍三倍の戦果を叩き出す。ああ、悪くない。実に悪くない男だ。

 フェイトは彼と戦えないことを惜しみながら、目の前の敵を虱潰しに破壊していく。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 “うわーお。フェイトちゃん、凄く気合入ってるなぁ”

 

 同僚の鬼人の如き戦いぶりになのはは若干引きながら関心していた。

 フェイトはよほど高町クロノを気に入ったらしい。

 まぁあの提督と同レベルほどの強さを持つ男が隣にいるのだ。興味を持たない方がおかしいというものか。若干ブラコンの気もあるし、地位も高く多忙な義兄と最近戦えてないことも相まって、戦闘のフラストレーションが溜まりに溜まっていると見える。

 

 “明日はティアナ達も苦労するね、きっと”

 

 実のところ、明日はフェイトがティアナ達の模擬戦を受け持つことになっているのだ。

 彼女達には同情する。あの状態だと、明日は冗談抜きで気合を入れて戦ってくれることだろう。それも精根尽き果てるまで。

 

 戦闘狂な親友に苦笑いしながら、なのはもクロノの活躍に目を向けざるを得なかった。

 こうして肩を並べ、共に戦っているからこそ分かる高町クロノという男の底知れぬ強さ。

 敵であった時は何処までも厄介であったが、仲間である時は限りなく頼もしい。まったく、本当に協力関係を結べて良かった。

 なのはは高い信頼を彼に置き、背後を任せながら砲撃を撃ち続ける。

 

 「………ん?」

 

 戦闘が開始されて数分経過し、戦場ではある変化が起きた。

 ガジェットに当たるはずの砲撃が、すり抜ける事態が発生したのだ。手応えもまるでない。

 まさか、これは―――

 

 「どうやら幻影を織り交ぜた編隊を送り付けてきたようですね」

 

 なのはの背中を守りながら戦っていたクロノはぽりぽりと頭を搔いた。

 厄介、というほどではないが幻影と組み合わされた部隊というのは中々に面倒だ。

 

 「唯でさえ数が多いというのに、幻影まで加えられてはキリが無い。それに主力のなのはさんやフェイトさんがこのまま一箇所に留められるのも宜しくない………」

 

 敵の本命は十中八九あの謎の少女だ。

 このままこの場所に足を釘付けにされている今の状況はあまりにも不味い。

 それはクロノのみならず、指揮官のはやても重々承知していた。

 ヘリは戦線を離脱しているものの、今も尚クラナガンの領域に足を留めている。どのような事態が起こるか分からないなか、シャマル一人だけ護衛させるというのも得策とは言えない。せめてザフィーラも護衛に当たっていれば……とはやては内心愚痴るが、彼は別件の任務に行っている。ない物ねだりしても仕方がない。

 

 問題は、誰を護衛に向かわせ、誰をガジェット達を引き続き相手取るか……だ。

 

 『はやてさん。ここは僕が何とかします』

 

 思案しているなかで、クロノから通信が入った。

 彼ははやての思考を読んだ上で、自らガジェット群の相手をすると進言してきたのだ。

 しかし相手は幻影も交わる大部隊。いくらクロノと言えど一個人がどうにかできる物量を軽く超えている。

 

 『それだと君の負担が』

 『大丈夫です。さして問題はありません。そちらの優秀な狙撃手が常時援護を行ってくれてますからね。それに此方の主力であるなのはさんとフェイトさんが二人揃ってこのままこの場に残り続けているわけにもいかないでしょう』

 

 大魔導師とさして変わらぬ殲滅能力を有する高町クロノ。そして時空管理局内最高精度の狙撃能力を誇るヴァイス・グランセニック。

 二人の力量なら確かになのはやフェイトをその場から除外したとしても、ある程度戦線を維持することができるだろう。

 

 『………分かった。でも、あんまり無理はしなくていい。時間を稼ぐだけでいいんや』

 『と、言うと?』

 『私も戦場に出る。そして超長距離殲滅魔法でその場にいるガジェット群を隈なく一掃する』

 『それは頼もしいですね。では、それまで墜とされないように頑張りましょうか』

 『別に私が殲滅魔法を使うまでに全滅させといてもええんやで?』

 『はは、それは買い被り過ぎというものですよ』

 

 クロノはそう苦笑してまた一機のガジェットをBreak Impulse(ブレイクインパルス)で粉々に粉砕した。

 念話をしながら莫大な演算能力を要する魔法技をこうも易々と行うとは。

 相変わらず力の底が見えない。もう二度と敵には回したくないものだ。

 

 『じゃあ、二人はその場から離脱させるから暫くの間頑張ってな……クロノ君、ヴァイス君』

 

 はやての念話に二人の男はこくりと頷いた。

 未だに顔も見ておらず、挨拶も交わしていない男達だが、何も心配する必要はない。

 クロノは戦闘が開始されてからずっとヴァイスの狙撃を見ていたし、彼の援護射撃の恩恵も受けていた。ヴァイスもクロノがきっちりなのはとフェイトを守りながら戦っている姿を見ていたし、彼の力は信用できると理解している。

 互いに互いの力を認め合っている。この短い戦いのなかで、信頼するに足りる魔導師、法術師であると確信を得ている。故に信じるのだ。即席のパートナーの腕前を。

 

 『自己紹介をまだしてなかったな。俺は狙撃手のヴァイス・グランセニック。高町クロノ―――あんたの背中、この俺がきっちり護ってやる』

 『頼もしい限りです。では、はやてさんが到着するまで一緒に持ち堪えましょう』

 『応ともよ』

 

 既になのはとフェイトはこの空域を離脱している。しかし、魔導師がたった二人欠けただけだ。時間稼ぎくらいは何のことはない。

 

 幻影も加わり、数が際限なく膨れ上がった大隊を相手に法術師と狙撃手は奮闘する。

 

 

 ◆

 

 

 地下道から迫っていたガジェットドローンは今までと同じ、ノーマルな球型がほとんどだった。故にティアナ達も苦戦を強いられることなく、順調に撃破を繰り返していた……のだが、流石に数が多い。地上ほどではないものの、ティアナ達が今まで対処してきた物量を明らかに超えている。

 しかし、彼女達も強くなった。この程度の苦難など軽いと思えるほどのメンタルの強さを誇っている。

 

 「これで、13体目!」

 

 ティアナは大型のガジェットの眉間に銃口を突き付け、引き金を目にも止まらぬ早さで引きまくる。如何に強力なシールドを持ち合わせていようと、この至近距離で大量の弾丸を一点に集中されては唯では済まない。

 大型とはいえノーマルタイプのガジェットがその攻撃に耐えられるはずもなく、核にまで弾丸が到達し、全機能が停止した。

 

 「はぁ、はぁ……次、いくわよ!」

 

 以前の自分なら、この物量差に弱音の一つや二つ吐いていただろう。だが今に至るまでどれだけ実戦を繰り返してきたと思っている。どれだけ隊長達と模擬戦を繰り返してきたと思っている。

 もう物量差如きで押される自分達ではないのだ。ティアナ達は、機動六課のれっきとした一員なのだから。

 

 キャロは皆に満遍なく強化魔法を施し、スバルの拳はガジェットを砕き、エリオの槍はガジェットを貫く。地下道故に自由に飛ぶことのできないフリードリヒは固定砲台の如く地面に鎮座して炎弾を吐き続ける。

 一個の部隊として機能するティアナ達に勝る敵などいない。心技を一つにした時の彼らは、あのエースオブエースすら打倒し得れた功績がある。今更ガジェット如きに後れを取るはずがない。

 

 「「ハァ―――!!」」

 

 エリオとスバルの息の合った斬撃と打撃が最後のガジェットに叩き込まれた。

 爆発音がガジェットの断末魔の役目を果たし、ガラクタと化す。

 

 「………なんとか一掃できたかな」

 

 ガジェットの残骸を踏み砕いてティアナは周囲を見る。

 前方から増援の気配は……ない。

 やっと一息つけると思ったその時、ティアナの真横にあった壁が粉々に吹き飛んだ。

 

 「なるほど、息つく暇も与えないってこと……上等じゃない」

 

 唇を引きつかせながらティアナは二丁のデバイス型拳銃を構える。

 しかし、その警戒は無駄に終わった。

 モクモクと上がる土煙の中から新たなガジェット……ではなく、何やら見覚えのある女性魔導師が現れたのだ。

 蒼く透き通った美しい長髪。左腕に装着されたリボルバーナックル。見違えるわけがない。彼女は、スバルの姉であり総合Aランク魔導師、ギンガ・ナカジマだ。

 

 「ありゃ、助勢に来たんだけど一歩遅かったか」

 

 ガジェットを殲滅し終えた惨状を見たギンガは残念と呟いた。

 

 「ギン姉!」

 「ギンガさん!」

 「スバルもティアナも腕を上げたようね。見直したわ」

 

 ギンガは惜しみのない賞賛を送り、ティアナ達の元まで歩いてきた。

 初対面のエリオとキャロは即座に上官であるギンガに敬礼する。

 

 彼女は陸で依頼された調査をこのクラナガンで行っていた。その調査対象というのが、あの幼い人工魔導士。自分たちが保護した少女である。

 そのため部隊が違えど無関係とはいえず、人工魔導師を付け狙うガジェットの対処に追われる機動六課の援護をするため参上した。

 陸と海とでは同じ時空管理局所属というのにあまり良好な関係を築けておらず、人員の奪い合いなど日常茶飯事。故にこうして陸の部隊の人間と、海の部隊の人間がいがみ合うことなく協力関係を敷けるというのは本当に稀であるのだ。そしてギンガは別段調査対象を無理矢理こちらに渡せとも言わずに無償の援軍として現れてくれた。何故なら元より彼女は手柄を立てることにそれほど意欲はなく、今自分が最も優先すべきことはなんなのかよく理解しているからだ。

 

 「この子達が……噂に違わず若いわね。この若さで機動六課の主戦力を張れるなんて凄いじゃない。私はギンガ・ナカジマ捜査官。宜しく」

 「「はい!!宜しくお願いします!!」」

 「うんうん、元気があって大変宜しい。

  ………ところでスバル。こっちの敵は本当に全滅させちゃったの?」

 「勿論!」

 「あー、せっかく妹と肩を並べて戦えると思ったのに………まぁそれじゃあ仕方が無いかなぁ」

 

 援護に来たギンガはバツの悪そうな顔をする。

 妹の成長ぶりを直接目にしたかったこともあり、今回の支援にはかなり気合いが入っていたというのに。

 しかし、あれだけのガジェットを仲間がいるとはいえ撃退できるだけ力をつけたのだ。その戦歴を見れただけでも良しとするしかないだろう。

 

 ティアナ達は地下道から進軍するガジェット群の殲滅を任されていた。そのガジェット群を指示通り殲滅したとあれば、地上で未だに戦闘を続けている隊長方の援護に向かわなければならない。

 彼女達に休息する時間などない。ギンガと合流したティアナ達はすぐさま地上に通ずる道を走り出す。

 

 「………私達が着く前に戦闘が終わってたりしてそうね」

 

 ティアナは地上から絶え間なく響いてくる爆発音を耳にしてぽつりと呟く。

 今回は分隊長だけでなく、ヴァイス・グランセニックと高町クロノという人外すらも参戦している。鬼に金棒どころの話ではない。彼らが苦戦するなど、想像することすらできないほどの圧倒的戦力だ。

 

 ガジェットが破壊されるたびに爆発音が鳴り響く。爆発音の数だけ、ガジェットが破壊されている。まったくもって恐ろしい。どれだけのペースでガジェットを屠っているのか。

 

 「――――ティアナちゃん!」

 「え?」

 

 ギンガはいきなりティアナの首根っこを掴み、後方に放り投げた。

 突然の出来事に投げ飛ばされたティアナを含む、機動六課の面々は呆気に取られた。

 しかし、彼らも若いといえども選りすぐりのエリートが集う機動六課の戦闘員。すぐに彼らはギンガの行いの意味に気付いた。

 

 誰よりも先行して地上を目指していたティアナの予測通過ルートの真横の壁が、激しい音を立てて崩れ落ちた。そしてその大穴が空いた壁の中からは筋骨隆々な人型の蟲が現れ、自分達をその鋭い眼光で捉えていたのだ。

 あのままティアナが無防備にあのルートを先行していたら、不意の一撃を喰らわされていただろう。

 

 「――――――」

 

 蟲から放たれるは無言の圧力。そして確かな殺意。

 先ほどまで気配をまるで感じさせなかったあのステルス機能もさることながら、このプレッシャー。もはや疑いようのない強者であることが窺い知れる。

 

 「ギンガさん、助かりました………」

 

 後方に投げ飛ばされたティアナは蟲と相対するギンガの隣まで戻ってきた。

 ちゃんと受け身を取った辺り、軍人としてしっかり機能している。

 

 「もう少し優しく助けてあげればよかったかしら」

 「局員ですから構いません。私は女である以前に機動六課の戦闘員ですから。乱暴なくらいが丁度良いです」

 

 どうやら自分の立場というのもちゃんと理解しているようだ。

 甘ったれた考えなど持ち合わせていない。

 伊達に機動六課に配属されたわけではないと感じさせられる。

 

 「それで、あれは一体何なんですか?」

 「あの魔力量、気迫、気配の遮断。全てにおいて最上位に位置する人型の戦闘蟲と言ったところね。そうそうお目にかかれる魔物じゃないわ」

 「………そんな魔物がこんなところに現れるってことは」

 「ええ、アレは召喚された魔物……使い魔ってことで間違いないわ」

 

 あれほどレアリティのある魔物を従える魔導師となるとかなりの手練れ。二つ名ありか、少なくとも熟練された人間であるに違いない。

 そう勘ぐっていたギンガだが、その予想は悉く覆された。

 

 「………あなた達を、ここから先に通すわけにはいかない」

 

 子供だ。

 あの化け物じみた蟲の背後から、エリオやキャロと同じくらいのあどけなさを残した少女が現れた。

 

 「悪い冗談だわ……これ」

 「あんな子供が、あの魔物を操っているの!?」

 

 幾らなんでも若すぎる。

 最上位に位置する魔物をあの若さで、あのような少女が、御し得ているのか。

 世界広しといえど、そのような子供はキャロだけだと思っていた。

 しかし目の前の少女は間違いなく魔導師であり、あの魔物の主。

 魔導師としての力量は如何程か。少なくとも、図抜けて優秀だということだけは理解できる。

 

 「……ティアナさん」

 「覚悟を決めなさい エリオ。あの成りでも彼女は次元犯罪者よ。手心加えてたらどんな目に遭うか。私が言わなくても分かってるでしょ」

 「………はい」

 

 まだまだ未熟なエリオとて幼いながらも今日まで修羅場を潜り抜けてきた男だ。

 彼女の使役する使い魔がどれほどのものなのかは、戦わずとも肌で感じ取れる。

 手加減などできる相手ではない。手心など加えれるほど生易しくもない。

 今眼前にいるのは一人の魔導師だ。次元犯罪者だ。子供だろうが、女だろうが、一個の巨大な力を持つ敵なのだ。

 故に、エリオは槍を強く握り占め、戦う意思を明確にする。でなければ、敗北するのは此方なのだから。

 

 「安心して。私がジェイルから頼まれたのはあくまであなた達の足止めだけ。命までは取らない。ある程度痛めつけたら、おとなしく帰るから」

 「随分と舐められたものね。たった二人で、私達をどうにかしてみせると?」

 「ええ。だって私のガリューは……あなた達よりもずっと強いもの。ねぇ、ガリュー」

 「―――――」

 

 ガリューと呼ばれた屈強な人型蟲は無言で頷く。

 事実、あの使い魔は強い。間違いなく、エース級の実力を有している。

 しかし此方としてもただ黙ってやられるわけにもいかず、また負けるつもりもない。

 

 「良かったですね、ギンガさん。活躍の場ができて」

 「ふふ。ティアナちゃんも見ないうちに図太くなっちゃって。お姉ちゃん嬉しいわぁ」

 「わ、私だって!」

 「スバルはこれ以上図太くなっても仕方がないでしょ………」

 「うぅ」

 

 ギンガは苦笑して妹の頭を撫で回した。

 そして吹っ切れたようにガリューと少女に鋭い眼光を向ける。

 

 「ま、相手にとって不足はないわ。気合入れていくわよ―――ちびっ子達!」

 「「「「はい!!」」」」

 「ガリュー。死なない程度に打倒して」

 「―――――」

 

 ガリューは主の命令に忠実だ。そして、今までガリューが彼女の願い(指示)を聞いて成し遂げられなかったことなど一つもない。

 

 彼こそは無言実行の化身。

 これまで通り、主の言葉に従い、己の使命を全うせんがために動き出す。

 


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