魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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・ぬぅ、どんどん更新が遅くなっている。拙い、拙いですぞ………!!
 ようやくヴィヴィオが出てきてこっからって時なのでギアは出来るだけ上げていきたいです(震え声)


第29話 『identical existence』

 高町夫婦が保護した少女の名はヴィヴィオ。その正体は、高町クロノの指摘通り人造魔導師素体だった。人の手を加えられ生み出された、本来人の生誕とはまた異なる形で命を宿した特殊な出自。何より大量のガジェット……否、S級犯罪者であるジェイル・スカリエッティに追われるほどの価値があるその少女は一般の家庭で受け入れられることは現実的に考えても難しい。

 元々別の世界の出身であり、追われる身でもある高町夫婦も預かることができなかった。

 その為、一時的にこの世界の高町なのは(エースオブエース)が自らその少女を面倒を見ると申し出た。またそれに異論を唱える者はおらず、フェイト・T・ハラオウンも二人目の後見人としてヴィヴィオを見守る役目につくことになった。

 二人ものエースが保護責任者となり、保護される場所も機動六課。これほど安心できる居所は如何に次元世界が広いといえど他にないだろう。

 

 

 あのクラナガンの激戦から二日過ぎ、場所は聖王教会の庭園に移る。

 日当たりがよく、芝生も木々も花々も全てよく手入れされている美しい庭。そこではヴィヴィオとエースオブエースが仲良くじゃれ合っている光景があった。

 ヴィヴィオは最初の頃、接しようとする全ての人々に対して少なからず警戒心を持っていた。それはエースオブエースであっても例外ではなく、近づこうとすれば数歩ほど後退っていたものだが、今ではすっかり親しくなっている。

 これもめげずに、そして積極的に関わろうとする彼女の姿勢がヴィヴィオの心に届いたからなのだろう。

 この世界の高町なのは(エースオブエース)はヴィヴィオを本当の子のように慈しみ、ヴィヴィオは高町なのはのことを本当の母のように慕っている。

 そしてその光景を嬉しく、そして羨ましそうに眺めている男がいた。

 ―――高町クロノ―――

 機動六課のお誘いでこの聖王教会に訪れた、もう一人のクロノ・ハラオウン。

 彼は黒のガーデンテーブルの上に置かれた珈琲カップを手に取り、のんびりとした雰囲気を纏ってテーブル椅子に腰かけている。

 彼は機動六課との連携についても含め、今後の方針を相談し決める為に機動六課のとある重鎮(・・・)と話をするために呼ばれたわけなんだが、その方もなかなか多忙な身のようで、今こうしてその重鎮の到着を静かに待っていた。

 

 “子供……か”

 

 無邪気に走り回るヴィヴィオを見ていたら自然と口元が緩んでいた。

 

 “もし、僕となのはが子供を授かったその時は――――きっと、世界が変わるんだろうなぁ”

 

 母となるなのは。父となるクロノ。想像するだけでも心震えるものがある。

 無論、親としての責務も、人としての責任も、これまで以上に大きくなるだろう。

 それでも窮屈とは決して思うまい。その責務も責任も快く、喜んで請け負おうとも。

 そして己の命に代えても護るべきものが増えることに喜びを感じるだろう。

 子供を授かること自体が、高町夫婦長年の夢であり憧れと言っても過言ではないのだ。

 そしてその夢を実現するためには、まず今の面倒事を片付けなれば始まらない。

 

 平和な日常を取り戻すべく、クロノは改めてこの面倒事を終わらせる決心を固めた。

 無論、その為に必要なことは幾らでもある。

 その一つが、この機動六課の重鎮との対面。

 そしてその重鎮である人物は、高町クロノと全く無関係という間柄ではない。

 直接会ったことはないが、他者より縁がある……その重鎮とクロノは、そんな奇妙な関係にある。

 

 「ほう、これはこれは。話には聞いていたが、本当に僕と瓜二つだね」

 

 若い男の声がクロノの耳に届いた。

 ……ああ、いつかはこんな日も来るとは思っていた。

 極力避けたい出会いではあったが、ここまできては無関係で事を進めることはできない。

 ゆえに高町クロノは腹を括って、その男に会いにきた。

 そう、その重鎮の名は――――。

 

 「初めまして、だな。高町クロノ」

 「ええ、初めまして。クロノ・ハラオウンさん」

 

 高町クロノと同じ顔の形。

 高町クロノと同じ目の色。

 高町クロノと同じ髪の質。

 高町クロノと同じ肌の色。

 

 鏡のなかの自分。もう一人のクロノ。

 どちらが偽物でもない。どちらも本物。

 互いに『クロノ』という人間の一つの可能性。

 本来なら決して会うことはない人間。否、会ってはならない人間。

 

 高町クロノは、この平行世界に訪れて初めて、もう一人の自分(クロノ・ハラオウン)と対面する。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 「まずは謝罪すべきだろう。すまない、招いたのは此方だというのに随分と待たせてしまった」

 「いえ。提督となれば多忙なのも重々理解しています。お気になさらず」

 

 クロノ・ハラオウンはテーブルイスに腰かけ、申し訳なさそうに謝罪をするが高町クロノは苦笑して流した。

 

 「此方こそ貴重な時間を割いてこのような対談の場を用意してくれたことに感謝しています」

 「はは、そう言ってくれると助かるよ」

 

 互いにギスギスした雰囲気はなく、存外緩やかな流れで会話は進んでいく。

 そして口調、表情を比べてもやはり高町クロノとクロノ・ハーヴェイは同一存在でこそあるが別人であることも伺える。

 いくら容姿が同じであろうと所詮は異なる人生を送ってきた人間同士。年齢も同じではない。

 と、なれば性格などの部分で差が生じるのは当然。高町なのはと高町なのは(エースオブエース)の在り様が異なるのと同じだ。

 

 「………なるほど。ユーノの言っていた通り、実に淑やかな人だな。アイツは僕にも見習ってほしいとばかりに愚痴っていたけど何となくその気持ちも理解できる」

 

 自分と同じ存在だというのにこうも違うものなのかとクロノ・ハラオウンは興味深そうに高町クロノを観察する。

 

 「おっと失礼。ついつい凝視してしまったな。いやなに、同一存在なんぞ早々お目にかかれないものだからね。自然と観察に目が行ってしまった」

 「謝ることは……それにもう一人の自分が目の前にいたら誰だって観察に走ってしまいますよ」

 

 並行世界の住民、それも自分と同一存在である人物とこうして面を向って話し合うことなどまずあり得ない。並行世界の移動手段を確立していない此方の世界であるならば一生に一度もない貴重な体験と言える。自然と観察に目が行くのも致し方ないというもの。

 

 「………まぁ、なんだ。無理に敬語で話さなくてもいいぞ? 同じクロノだろうに」

 「いえ、貴方の方が五つも年上ですので。年長者を敬うのは当然かと」

 「例え自分であってもその認識は変わらないと。はは、これはまた律儀な性格をしている」

 

 クロノ・ハラオウンは自分と同じ顔をした人物に関心しながら頷いた。

 これは傍から見れば自画自賛と言える光景なのだろうか。

 このまま彼と心行くまで雑談を楽しむのも吝かではないが、今日の自分は時間が押している身。

 雑談はまた次の機会に改め、今は高町クロノと良い関係を築けるよう集中するとしよう。

 

 「さてさて、では本題に入ろうか。高町クロノと、我々機動六課の今後について……ね」

 

 高町クロノという人物は敵になれば厄介なことこの上ないが、仲間となればこれ以上になく頼もしい存在である。今の同盟関係をより強固なものにするために、予め多くの手を打っておかなければならないとクロノ・ハラオウンは考えていた。

 

 「なのはから聞いているよ。君は、自分たちの世界、そしてその技術がこの世界に露呈しかねないから時空管理局に投降しなかったのだと」

 「………はい。並行世界の存在も、並行世界の技術も、極力時空管理局には秘匿にしておきたいのです。クロノ提督。貴方も、この事実が時空管理局の上層部に知られるべきではないと理解されているのでしょう?」

 「ああ、当然だとも。今の管理局は次元世界のことで手一杯だ。その上で並行世界なんて劇薬(ネタ)を放り込まれでもしたら、いよいよもって次元世界一のブラック企業になってしまうよ。唯でさえ危うい管理局のバランスを崩しかねない劇薬は御免被る」

 

 クロノ・ハラオウンは苦虫を噛み潰したような顔をして苦言を吐いた。

 彼の肉体から溢れ出るほどの疲労感が伝わってきている。よほど今の情勢が身に堪えているようだ。

 

 「やはり其方の上は、芳しくないと」

 

 高町クロノと問いに彼は深く頷いた。

 

 「あれやこれやと下らん屁理屈を捏ねては管理する次元世界を増やしているんだぞ。ただでさえ下は人手不足だというのに、まともじゃあない。並行世界も奴らに知られてしまえば最後、遅かれ早かれ手を出すに決まっている。そういう集まりなんだ、うちの上層部(上司共)は」

 

 正義と法を司る時空管理局だが、所詮は組織。有象無象の思念の集合体だ。一概に正義感で行動を起こしている者達だけで構成されているわけではない。

 組織である以上、影はできる。組織が大きければ大きいほど、その影も大きくなるものだ。

 どれだけ崇高な理念の元で成り立っていてもそれに例外などありはしない。

 完璧な組織など、完璧な人間が生まれるより非現実的なものなのだから。

 

 「ま、時空管理局自体はまともではあるんだがな。ただどうしようもなく、上が腐っている。ただ悪戯に権力を誇示し、勢力を拡大しようとするなど間違っても時空管理局の在り方じゃあない」

 

 正義感の強い人だ…と、怒りに打ち震えるクロノ・ハラオウンを見て高町クロノは静かに思った。そして己が就いている職に、大きな誇りを抱いているのも感じられる。

 この高町クロノにも、彼ほどの熱い情熱を持った時があっただろうかと考えさせられるほどだ。

 

 「……すまない。少々、熱くなり過ぎていたようだ。本題に入るなどと言って、つまらん愚痴を聞かせてしまった………僕の悪い癖だな」

 

 クロノ・ハラオウンは自然と湧き出る熱い心情を抑え、平静さを取り戻した。

 彼は苦悩しているのだろう。今の管理局の在り方を。このままではいけないと、いいわけがないと理解しているのだろう。

 提督となれば自ずと組織の暗い部分に触れる機会も多くなる。かつて高町クロノもミッドチルダの頂にまで上り詰めた男。彼の苦悩には少なからず共感できるものがあった。

 

 「兎に角、君が時空管理局に投降しなかったという選択は正しかった。英断とも言える

  そこでだ。僕から君に一つ提案があるのだが……聞いてみる気はないかな?」

 「……勿論、聞きますとも。聡明な貴方からの提案だ。互いの利益を考慮した上でのものなのでしょう」

 「ああ、決して悪い話ではないことを約束するよ」

 

 そして高町クロノはクロノ・ハラオウンの口から語られる提案に耳を傾ける。

 

 「君達夫婦を、本局に悟られず秘密裏(・・・・・)に機動六課で保護したい」

 

 

 ◆

 

 

 高町クロノは己の耳を疑った。目を見開いて、目の前の男を凝視する。

 正気なのか……そう、率直に思わざるを得ない提案だったのだ。

 彼が提案は、明らかに管理局の法に背く違法なものだ。いくら提督と言えども次元犯罪者と指名手配されている者達を極秘裏に匿うなど前代未聞。ただでさえ自分達と協力体制を敷いているだけでも問題になるというのに、更にその上を行くレベルのものだ。

 

 「それは……本気で言っているのですか?」

 「本気も本気。大真面目に言っているさ」

 

 クロノ・ハラオウンの顔に嘘の文字はない。人の嘘を見破ることに長ける高町クロノであっても、彼が自分達を嵌めようとしている風には見えない。

 

 「君が危惧しているのは時空管理局、強いて言えば局の上層部に己の存在を知られることなんだろう? 無暗に捕まれば尋問を受け、情報を得ようとあらゆる手を講じられかねない。無論それは愛妻にすら危険に晒す羽目になることも想定できてしまう。例えば人質にするとかね」

 

 同じ妻帯者であるクロノ・ハラオウンも理解していた。

 妻を人質にされては、言うことを聞かざるを得ないことを。

 事実、高町クロノはジェイル・スカリエッティに妻を人質にされ傀儡になっていた。

 この良識ある人間が、奴の魔の手から妻を解放するまで、数多くの犯罪に手を染めてきた。

 高町クロノにとって高町なのははあらゆる道徳よりも重く尊い。千もの不道徳、犯罪を背負ってでも守りたい存在であるのはもはや明白だ。

 

 「なら、上層部の手の届かない機動六課に身を寄せてはどうか……と、僕は考えたのさ。あそこならば尋問も受けることはない。上層部に君の存在が伝わらないよう手回しもできる。他でもない、僕が保証しようとも」

 

 クロノ・ハラオウンが下地を整え、八神はやてが人選して創立した機動六課。

 確かにたかが二人の人間を匿うなど造作もないだろう。

 それに此方の認識阻害の魔法も使えば更に隠匿性を増すことができる。

 上層部に悟られずに身を隠すことも不可能ではない。

 

 「至れり尽くせりな話ですね。しかし、どうしてそこまで……もし自分達を匿っているなんて上に知られれば、貴方の地位も危うくなります。機動六課も例外じゃありませんよ」

 「リスクがそれ相応なのは重々承知している。だが、君にはそれだけの価値があることも分かってくれ。正直に言って、今の僕達は高町クロノという戦力を手放したくはないんだ」

 「僕達はあなた方と同盟を結んでいます。この関係を反故するつもりはありません」

 「君にその気がなくとも、何かしらのイレギュラーな事態が起これば反故しないとは限らない。例えばだ。もし君がまた妻を人質にされるようなことでもあれば、否応なく再び矛を向けることになるだろう?」

 「………それは」

 「高町クロノの弱点とも言える高町なのはの存在。そこをジェイル・スカリエッティに二度と突かれぬよう、厳重に護る。その為の申し出だ、これは」

 

 クロノ・ハラオウンが今最も恐れているのは高町クロノがまた『敵』として機動六課の前に立ちはだかること。その為、不安要素は可能な限り潰したいと考えるのは至極当然。

 

 「僕も君と同じ妻帯者だからな。妻や子が何よりも大事であるというのは共感できる。できるからこその進言だ。君を、君の妻の身を……機動六課に預けてみてはくれないか?」

 

 確かにこれは、高町クロノにとって悪い話ではない。怪しいと思えるほどの好条件だ。

 しかし彼からは自分を陥れようとする悪意も、害意も感じられなかった。

 それに自分達の居場所は既にジェイル・スカリエッティにバレてしまっている。いつまでもあのアパートに住まうことにも限界を感じていたところだ。周囲も民家。もしものことがあれば大参事になりかねない。

 クロノ・ハラオウンの誘いを断ることなど、高町クロノにはできなかった。

 

 「………分かりました。貴方のその申し出、有り難くお受けしましょう……ですが、本当にいいんですか?」

 「無論だ。元より僕は、訳ありとはいえ次元犯罪者と取引、協力関係を築いた身。今更リスクが一つや二つ増えたところで大した変わることは無いさ。全責任も僕持ちだしね。それに………」

 「それに……?」

 「危ない橋を渡るのは今回が初めてじゃあない。これまでの賭けと比べたら、優しいものだ」

 「…………そう、ですか」

 

 この時、高町クロノは初めて、心の底から目の前の自分(クロノ)に畏怖の念を抱く。

 先ほどクロノ・ハラオウンが自分に魅せた笑みは、底の見えない異質さを漂わせていた。

 それは幾度の戦場を駆け抜け、危険を伴う賭けをし続けてきた男でしか出せないもの。

 これが技術者として人生の大半を消費してきた(クロノ)と戦闘者として人生の大半を消費してきた(クロノ)の違い。

 

 彼を敵に回してはならない。そう、高町クロノの本能が囁いた。

 

 


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