そして皆様に謝罪を―――更新がアホみたいに遅れて誠に申し訳ありませぬ
また29話でギアを上げるって言ったのに本当にすまない
機動六課の最高責任者、八神はやては若くして部隊の設立を実現させたデキる女。そう、はやて自身は自負している。
これは驕りではない。これは、事実であり誇りでもある。
確かにクロノ・ハラオウンの助力を一身に受けていた身であるのは間違いない。一から全て自分の力のみで成し遂げたなどとは思わない。
しかし、そうだとしても―――ここまで漕ぎ着いたのは自分自身だ。故に今手にしているモノは弛まぬ努力の末であると信じて疑わない。
自身を過小評価する者に誰がついてくる。上を目指す者は常に貪欲に先を見据えるもの。そうでなけば、待つのはただの停滞と後退しか無く、更なる躍進には繋がるまい。
何より、この地位に就くまで、この夢の部隊を設立するまで、数多の苦難があった。二十歳にすら達していない小娘が生意気な―――などという陰口、嫌味など数えるのもバカらしい。物理的、間接的な妨害も多く受けた。因縁付けなど日常茶飯事。
だが、その苛烈な組織の洗礼を受け続けた身であるがゆえに、こうして図太く生きてこられた。多種多様な苦難があったからこそ、どんなトラブルにも冷静に対応できる順応力を手に入れたのだ。安穏な出世など、あるはずもなく、あったところで成長もない。
「まぁ、生きていれば何が起こるか本当に分からんもんやしなぁ」
機動六課の執務室にてずずずっと熱いお茶を飲みながら一息つくはやて。
彼女の目の前には並行世界の住民、己が上司であったクロノ・ハラオウンと同一存在である高町クロノと、部下である
彼らはクロノ・ハラオウンとの密会の末、元いた拠点から荷物を纏め、この機動六課に新しく身を置くために遠路はるばる足を運んできたのだ。
そして現在、この部隊の現場最高責任者を務める八神はやてが彼ら夫婦と面会し、今後について話し合っているところである。
それにしても……いやはや、モニター越しで拝見することは多々あったものだが、こうして実物と面を向け合うのは今日で初めてだ。
うむ、本当に外見は自分の知る二人と瓜二つである……が、雰囲気などから出る差異もしっかり感じ取ることができる。なんというか、お人よしの匂いが凄くする。きっと誰が見ても一目で彼らが穏やかな性格を持つおしどり夫婦と分かるだろう。
この夫婦が並行世界のゴタゴタに巻き込まれ、犯罪を強制的に行わされていたと考えると同情も禁じ得ない。特に高町クロノとは、幾度となく機動六課と対峙し争った経験もあるのだから。
「お世話になります……」
「ご迷惑をおかけします……」
何やら憂いを籠った顔をするはやてに二人とも申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、いやいやいいんよ。貴方達が頭を下げる必要なんてない」
彼らの事情を全て知り、クロノ・ハラオウンから保護を頼まれた八神はやてからすれば、彼らは大切な客人にして頼れる戦力である。手を取り合う同盟関係も結んでいる仲なのだ。
何より本局から匿うリスクがあるとはいえ、嫌々受け入れるようでは器が知れるというもの。
「御二方の極めて複雑な立場、私もちゃんと理解してるつもりや。できる限りの助力はして当然。機動六課は、貴方達を歓迎することはあっても、無碍にすることはありゃせんよ」
「本当に、有り難いことです。妻の保護に報いるよう、努力させて頂きます」
「報いかぁ。ま、互いの利益が合致したからこうして手を取り合えている今の状況に感謝やな」
「今は敵ではなくこうして良き協力関係を築けている……ええ、本当に感謝の限りです」
「これからよろしゅうな。仲良くしていこうやないか、これからもっと…な」
「ええ、此方こそ……」
八神はやてと高町クロノは笑顔で手を握り合った。その二人の笑顔の中身には善意もあるが、裏をかかれないよう若干の警戒の色も含んでいた。
無論、相手のことを疑っているわけではない。そうではないが、馬鹿正直に深い関係も築き終えていない相手を100%信用できるほど能天気でもないという現れでもある。
少しでも警戒してくれていた方が互いにやりやすい。信用と信頼はすぐに手に入れられるようなものではない。徐々に時間を掛けて得ていくものなのだから。
八神はやてと一時間に渡る話が終えた高町クロノは、ここでの立場、役割を把握した。
自分達のこの機動六課での立場は、匿われている身であるが故に低い。迷惑をかけてまで匿われている身なのでそれは当然であり、特別不満を抱くことはなかった。勝手な出撃は許されず、ジェイル達と相対した際は機動六課の指示を第一とするなど、言われずとも分かっている。身勝手な行いは、部隊に深刻な弊害を誘発させるには十分すぎるほどの不安要素であるのだから。
高町クロノの役割は、機動六課のサポート。戦力の一つとして数えられ、任務に赴く彼らに同行することだ。ジェイル・スカリエッティの戦力は日に日に膨れ上がっている現状、機動六課は猫の手も借りたがっていた。こうして高町夫婦、強いて言えば高町なのはの保護を受け入れてくれた要因の一つに、高町クロノの戦力に数えうる力が目当てというものもある。高町クロノとしてもジェイルの野望を阻止、破壊することが目的であるのだから願ってもないことだ。
魔力こそ規格外、しかし戦闘力が皆無と言っていい我が妻は、当然の如く戦力には数えられない。いくら素質があったところで、争いごとなど此方のなのはは全くと言っていいほど適応できない生き物だ……まぁ、だからこそ自分がいて、護る為に死力を尽くすのだが。
とはいえ、ただ保護され、守られ続けられるという立場に甘んじられるほど、此方の高町なのはも厚顔ではない。戦う以外に自分のできることを精一杯行うと八神はやてに進言した。また、その要望も潔く受け入れられた。一応なのはは調理師免許を始めとした多くの資格を取得しているので、それなりに手伝うこともあるだろう。
二人は自身の役目を確認し終え、頷きあった。どこであろうと自分達夫婦が支え合う立場であることに変わりはない。
「それじゃ、面倒くさい話はこれでお終いや。次は外で待機させてるヴァイスにこの施設内を案内させるから」
「分かりました」
確かにまだ高町夫婦は機動六課に来たばかり。この施設内を詳しく把握したわけではない。何気に案内役のヴァイス・グランセニックとは前回の戦闘で背中を預けあった仲でもあるから、また会えるというのも嬉しいものがある。そして彼は、あの戦いの最中、妻の身を最後まで守り切ってくれた頼れる男だ。
さっそく案内してもらうとクロノは立ち上がり、はやてに一礼して執務室から出ようとする。妻もその後をついていく様子を見ながら、はやては出て行こうとするクロノに声をかけた。
「クロノさん、なのはさん。突然なんやけど、友好を深めるっていうことで明日くらいに私の行きつけの居酒屋にでも行かへん? 歓迎会ってことでうちの部下達も誘ってはいるんやけど」
食事の誘いを受けたクロノとなのはは互いに顔を見合わせて、少しの間を置いた後に頷いた。
「僕はお酒が弱くて飲めませんけど、構いませんか?」
「かまへんかまへん」
「ありがとうございます。では、後ほど」
高町夫婦はまた頭を下げて、執務室を後にする。
近未来的なドアが自動的に閉まりきったところで、クロノは一息ついた。
待遇も、関係も、おおむね良好といったところだ。
あの八神はやてという女性もクロノ・ハラオウン同様油断ならない人物ではあるが、人の弱みにつけ込むタイプではない。
「お、ようやっと出てきたか」
廊下で待機していた男は高町夫婦が執務室から出てきたことを見るや否や、もたれていた壁から背中を離して、夫婦の元まで歩いてきて、右手をクロノに差し出した。
「ようこそ機動六課へ。歓迎するぜ、高町クロノ」
差し出された手をクロノもがっちりと握った。岩のように硬く、幾度となく引き金を引き続けた狙撃手の手は、ゴツゴツしているものの、不思議と温かみを感じるものだった。
「戦場でのみ会えると思っていたが、まさか同じ部隊で肩を並べられるようになるなんてな。いや、まったく嬉しいねぇ。アンタがいれば、百人力どころの話じゃねぇぜ」
「それは此方の台詞ですよ。貴方の力、この身でしかと実感させられている者としてはね」
戦場で共闘した間柄。その時に、彼とは良い関係が築けると互いに分かり合っていた。
「明日ははやて隊長から歓迎会……てか飲み会を行うって聞かされてる。せいぜい、お互いに絆を深め合いましょうや」
「お手柔らかにお願いします」
「それはまぁ考えておこう。だが、せっかくこの機動六課で貴重な男のダチが増えるかもしれねぇ機会なんだ。ハッチャけるなという方が無理がある」
「ここは年若い女性が多いですものね。長居してると同性の友人が恋しくなるものですか」
「そういうこった。飯も、人間関係も、何事もバランスが大事なのさ」
ヴァイスは困ったように笑った。彼は流石に女性ばかりのいる職場に居続けると胃もたれもするもんだ、と贅沢な悩みを口にする。
そして気を取り直して高町なのはにも、握手を求めた。
「奥さんもお久しぶりです。色々と立て込んでるが、お変わりなさそうでなにより」
「ふふ、ありがとう。ヴァイスさんも、元気そうでよかった」
なのはは笑顔で彼の手を優しく握った。多くの男を落とした女の笑顔は、女慣れしている男と言えども陥落間際まで追い詰める。そして同時に優しく包み込むその手の温もりは、容易く男を骨抜きにするのだ。
子供のようにはしゃぎ、天真爛漫な童心に帰ることも多々あるなのはなのだが、彼女の時折見せる大人の香りは甘い蜜に勝るとも劣らない。それがまた、恐ろしいと感じさせられる。
手練れの良い女なら、意図的にコレを行う。魅力的なしぐさ、望んで止まない甘い声。それらを巧みに扱い男を落とす。しかし高町なのはのソレは、天性のものだ。狙ってやっているのではない。また、これが高町クロノが高町なのはに勝てぬ理由の一つだろう。
「なんとまぁ、罪作りな笑顔なこった」
「?」
「いや、なんでもないさ」
ヴァイスはこの魅惑を振りまく女性に唸り、その様子をなのはは不思議と見つめ、その反応に今度は溜息を吐きそうになった。
どれだけ美しかろうと、魅惑的であろうと、彼女は人の妻であることに変わりはない。あの笑顔、そして仕草に惚れ込んだ男は皆現実を前にして涙するだろう。
例え玉砕など恐れず略奪愛の道を選ぼうとも、彼ら夫婦の絆につけ入れる隙があるとは到底思えない。これを罪作りと言わずして何と言う。
そんなことを考えながらもヴァイスは咳払いをして、自身が請け負った任務を思い出す。
「んじゃ、俺についてきてください。機動六課をくまなく案内しますよ」
ヴァイスは先頭に立ち、この起動六課の内部を案内して回る。
訓練所、整備格納庫、厨房に指令室、武器庫。
創立して間もない部隊に贈られた数多の設備は、時空管理局内でも高い水準を保っている。何せエースと言う名のエースがこれでもか、というほどかき集められ、将来優れた局員になるであろう期待の新米も数多く在籍している特殊かつ異質の部隊ゆえにだ。
謂わば、この機動六課は時空管理局にとっても貴重な財産が敷き詰められた宝箱。一人一人の局員がこれからの世界を守護し、人々に安寧を与える掛け替えのない人材だからこそ、それらを損なわない為に、それ相応の設備を取り付けるのは当然と言えるだろう。
「なんだかよくわからないけど、凄いなぁ……」
なのはは小難しい言葉も使わず、今心の内にあるストレートな感想を口にした。
世界を守護する、人々に安寧を与える、なんてスケールの大きいことは此方の高町なのはにとっては縁遠いこと。確かにかつては災厄ヒドゥンという時の大災害の解決の一端を担ったことはあるが、それも刹那の出来事にすぎない。今は、世界どころか自身の大切なものを守って生きようというのが精一杯と言えるほど、小さな存在だ。
だが、彼らは違う。あらゆる障害から人の生活を守るために、一つの世界に留まらず、数多の世界を駆けまわっている。そしてこれらの整った設備はそんな彼らを支える柱と言えるのだろう。
自分のような一介の民間人とでは住んでいる世界が違う、ということを再確認するには十分すぎるほどの光景だった。
「スゲェだろう? こんな恵まれた設備に溢れた部隊なんざ、片手に数えられるほどしかないんだ。俺が元いた部隊と比べると涙が出るレベルよ」
「でも、その分責任ある立場であり、それ相応の役割を担っている」
クロノの指摘に、ヴァイスは大きく頷いた。
「おうともよ。給料も設備も人員も全て良いとくれば、それらの恩恵に釣り合うだけの働きをしなくちゃなんねぇ。常に結果を残し続けなきゃ俺達の立場がない」
「そして今もその結果を残し続けている……感服するほかありませんね」
「その分、働きづめのワーカーホリックみたいな奴らも多く出ているけどなぁ」
「苦労も人一倍、ですか」
「そういうことだ……そんな中、俺はそれなりにのんびりとやってきた方だが、最近忙しくなってきてよ。参るぜまったく」
「頼られている証拠ですよ。貴方もそれに応えようと尽くしているのでは?」
「ハッ、どうだかな」
ヴァイスは笑いこそするが、その表情は実に誇らしげであった。
クロノも、なのはも、この機動六課に訪れてよかったと、すれ違う局員や、今目の前にいるヴァイスを見て確信した。彼らは一人一人自身の仕事に遣り甲斐を感じ、そして誇りを持っている。一丸となった部隊ほど、頼もしいものはない。
「さて、とまぁ雑談混じりで大方案内したわけだが、どうだったよ此処は?」
「どれもこれもが高水準。素晴らしい、という言葉以外に思いつきませんね」
「そりゃ有り難い。はやて隊長も鼻が高いだろうよ。あの人はこの機動六課を心底愛でてるからな。好評だったと聞かせれば「当然や!」と踏ん反り返ること間違いなしだ」
ふんぞり返ったはやてを想像すると微笑ましいとクロノは思う。彼女も自分達の身内と大変似ているので、どうにも最近関わった人間のようには思えないのだ。というか八神はやては恐らく、あの人の可能性の一つなのだろう。
「取り敢えず俺が任された案内はここまでだ。俺は今から弟子の様子を見に行くが、お二人はどうする? 行動制限は掛けられちゃいないが」
「僕達は宛がわれた部屋に戻って、荷物の整理をしようと思います。まだ引っ越してきたばかりなので、私物が詰まった段ボールがそのままなんですよ。あの荷物の山をどうにかしないことには、ここでの新生活を気持ちよく迎えられないので」
「おう、そりゃ大変だ。まぁ頑張れ若夫婦。困ったことがあったら気軽に相談してくれ」
彼は面倒くさがり屋に見えるが、どうも世話好きの部類らしい。
高町夫婦に軽く頭を下げ、背中を向けてその場を去ろうとするヴァイス。
「―――ああ、そうそう言い忘れていたことがあった」
しかし彼はそう呟いて、高町夫婦の方に振り向いて、恥ずかし気もなく、こう言った。
「アンタ達夫婦の部屋の壁は優れた防音機能つきだ。多少の夜の営みも、誰にも聞こえやしないから安心してくれ」
「ヴぁ―――ヴァイスさんッ!?」
「訴えますよ」
ヴァイスの言葉の意味を捉えられないほど幼くない若妻なのはは赤面し、クロノはいきなり何を言い出すのかと呆れ返った。
それでも二人の反応に満足したのか、ヴァイスはすたこらさっさと姿を消した。
最後の最後に面白い冗談を言い放つ辺り、いたずら小僧の素質もあるようだ。
年齢的にもう彼は小僧ではない、立派な成人だろうに、まったく童心の残っている大人ほど厄介なものはない。
”とはいえ、良いことを聞けたな”
どうであれせっかく新しい友が教えてくれたことだ。内容も聞き流すには勿体ないので、有り難く頂くとしようと内心思うクロノであった。
そしてその夜”夫婦の部屋には近寄るなかれ”と人払いの結界がさり気なく張られていたことは、きっと術者本人以外は誰も知らない。
・高町夫婦と機動六課。これまで戦場や偶然の鉢合わせなど、とにかく落ち着かない状況で出会うことが殆どでしたが、次回から彼らとの日常的な関わりも書いていきたいと思っています