魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第31話 『baptism』

 機動六課が用意してくれた部屋は、一言で言えば自分達夫婦には過ぎたる一室だった。部屋の広さも、空調設備も、キッチンも、ベッドの質も、どれもこれもが一級品と言えるだろう。

 そんな豪華極まる部屋で高町夫婦は一夜を過ごし、早朝に朝日を拝む。なんと恵まれたものか。ここまでされては八神はやてに頭が上がらない。

 高町クロノはなのはよりも早く起き、だるい肉体に喝を入れる。今日はクロノが朝食の当番と決まっていて、何より此方のなのはは朝に弱い。それに加えて昨日の夜に無茶な運動をさせすぎた為、起きたところで腰に力が入らず暫くはまともに動けまい。

 くーくーと寝息を立てる妻を起こさないようにベッドから降り、バスルームに向かった。そこで軽くシャワーを浴び、心身ともに覚醒させる。朝の湯水は格別に気持ちがいいものだ。

 バスルームから出たら私服……ではなく、昨日局員から渡された時空管理局の正装を着用する。体のサイズは事前に局員の方に伝えていたので、ぴったりと肉体に合っていた。どこの産地のものかは知らないが、良い糸を使っているのだろう。とても着心地が良い。流石は次元世界最大の組織が提供する衣服だ。通気性、動きやすさ、どれを取っても申し分ない。

 正規の局員ではない自分がこのような立派な正装に身を包むなど、本来敬遠されるものだろうが、今はこの機動六課でお世話になる身。そしてこの部隊の隊長であるはやて本人が着用するよう勧めてきた。ならば、この軍服に違わぬ服装を穢さぬよう、敬意をもって着こなすまでだ。

 クロノは愛用しているスケルトンタイプの懐中時計で時刻を把握する。

 

 「6時30分……集合時間までまだ余裕はあるかな」

 

 クロノは8時までに訓練所に来るよう八神はやてから指示を受けている。そこで改めて自分の魔導師、細かく言えば法術師なるものの能力を把握するというのだ。

 前までのように、戦場で遭遇した時のみの協力関係ならば、互いにその場凌ぎ程度の能力把握に留まっただろうが、同じ部隊で活動するようになったからにはそうはいかない。

 作戦を練るにしても、部隊を編成するにしても、各自の能力を把握していないことには始まらない。その仲間は何が出来て、何ができないかを知ることは、背中を任せる上で必要不可欠なことなのだ。それに、なにも法術の仕組みを晒せというのではない。高町クロノが持ち得る戦う手段を皆に開示せよというだけのこと。まぁ、隠すも示すも何も、既に多くの術を彼らに見せている。そう難しいことではない。

 

 ”彼らの期待に応えたい……けど、これはどうしたものか”

 

 クロノは溜息を漏らしながら自身の右腕に嵌められている黒い腕輪を見る。コレはファッションでつけているわけでは断じてない。この腕輪は、ジェイル・スカリエッティがクロノに贈った置き土産。アルハザードなる技術をふんだんに使って生成したとされる特注の枷。それが、この黒い腕輪だ。もちろん解除は試みた。腐っても高町クロノは技術者の端くれだ。自身の技術力と法術の力、そしてこの世界で身につけた魔法ならば即座に解けるものだと意気込んだ。しかし、これがまた難解を極めたのだ。

 高町クロノが持つ最大の武器、転移術。それを封印するが為に拵えたこの拘束具の効果はバッチリで、解除もままならない。ロストロギアで作られたかつての爆弾付き首輪よりも格段に厄介。そして現在に至るまで、解除できないまま、こうして拘束具と共にしている。

 この自分の戦力の大部分を占める術が使用できない高町クロノは弱体化していると言っても過言ではないだろう。今でも大変な痛手であると痛感しているくらいだ。

 

 ”……これまでこの状態でやってこれたんだ。気にしたところで、しょうがない”

 

 ジェイルの元から離れた時から、高町クロノは枷を嵌めたまま戦ってきた。確かにそのおかげで数多の窮地が訪れたのも事実だが、戦い抜けた。今更悶々と考えることでもないか、とクロノは開き直った。

 

 「うう~ん……こ、腰が痛い」

 

 クロノが開き直ったところで、妻が目を覚ました。朝が弱いなのはにあるまじき早起き。自分が肩でも揺らさぬ限り、もう少し寝ているものと思ったが。

 しかし、それでもクロノの予想通り彼女はベッドから動けないでいた。その理由も、ずばり的中していたのだから自分も捨てたものではない。

 

 「腰痛のお姫様がお目覚めだ。取り敢えず、おはよう」

 「おはよう……でも腰痛は、余計かな。誰のせいだと思ってるの」

 「さぁ、誰のせいなんだろうね」

 「なんて薄情な夫なのでしょう。これは禁欲が求められてもいいと思う」

 

 なんとも情けなく可愛い恨み言なのか。それで辛くなるのは、クロノだけではないだろうに。

 それはなのは自身も分かっているはずだが、言わずにはいられないと言ったところか。

 とはいえ、これ以上からかうと本気でへそを曲げられかねないので、そうなる前になのはの元に向かう。

 

 「次はもっと優しくするよ」

 「それ何回も聞いた。クロノ君は紳士の皮を被った獣だよ」

 「はっはっは」

 

 笑って全てが誤魔化せると思ったら大間違いかな、となのはの目が訴えるがクロノはスルーする。

 

 「法術で痛みを和らげるのが一番手っ取り早いんだけど、何でもかんでも術の活性化に頼ると自前の自然治癒力が落ちる。ので、これからクロノ式マッサージを行います」

 「お願いしますクロノ先生ぃ。ついでに腰だけじゃなくて肩とか背中も」

 「妻のリクエストには、誠意をもって応えなきゃだね」

 

 クロノはなのはを覆う掛け布団を引っぺがし、妻の体をうつ伏せにさせる。まだ二十歳にも満たない肉体の腰部分を掌で優しく触れると、ピクリと揺れたのが分かった。

 所詮クロノは整形外科医でも無ければマッサージ師でもない。彼らが人生を賭けて培ってきた類いまれない技術に比べれば、クロノの腕前など取るに足りない。

 だから、その取るに足りない部分をできるだけ埋めるべく、知識を貪った。多くの著書を読みふけ、記憶し、その記憶した道理の手順、力加減、コツなどを行使する。

 最後に、なのはの肉体の「どこが疲れているか」「ツボはどこか」などの情報を法術でスキャンする。

 

 「さて、それじゃ―――やるよ」

 

 正真正銘のプロと比べると確かに劣るが、自身のマッサージ技術が真まで迫っているとも自負している。何より妻を一人満足させられずに何が夫か。

 クロノは今まで学んできた知識と経験を武器に、なのはの腰や肩の疲れに挑む。

 

 「あ……ぐぅ………ふっ」

 

 クロノの手が若い肉体を揉み解す度に、途轍もない痛みと快楽が同居してなのはに送られる。そして情けない声を出さまいと、必死に我慢する妻。時には涙目にもなったが、クロノは止まらず、腰、背中、肩と順々にマッサージを行っていく。

 こうしてなのはのマッサージをするのも初めてではない。高町家から託された喫茶店翠屋で働いていた頃は、いつもこうして疲れ切ったなのはの体を(ほぐ)したものだ。時には居候組や実母、義兄、義母も相手していた。そうした経験が一歩。また一歩と未熟な自分を上達させたのだと思う。

 

 「ふぅ……うっ、あああ、ああァ!」

 

 次々と繰り出される問答無用の(ほぐ)しを前に、遂に我慢していた嬌声が漏れ始めるなのは。

 久方ぶりの夜の営みだったとはいえ、なのはには負担をかけてしまった。その謝罪が籠ったマッサージは、なのはの女体の芯まで届くには十分。妻の喘ぎ声も今の彼には届かぬ。ただ疲れをリフレッシュさせることに、クロノは全力を傾けた。そしてその勢いは、後数十分も維持され続けたのだった。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「くあァァ……すっきりしたぁ」

 

 マッサージが終えたなのはは、腰の痛みなど無かったかのように軽い柔軟体操も一通りやってのけた。どうやら満足して頂けたようだ。

 

 「クロノ君、もうマッサージ師目指しちゃったら?」

 「冗談。僕は桃子さんから預かった翠屋の仕事だけで手一杯さ。店主というのは中々に忙しい」

 

 ジュウジュウとベーコンを焼き、パンを二枚トースターに入れながらクロノは呆れたように言う。今は喫茶店の経営一筋でやっていくことに、揺るぎはない。第一店主としてどころか、翠屋を任せられた者としてもまだまだ力不足を感じているクロノにそんな余裕などないのだ。目指すは日本一の喫茶店なのだから。

 

 「翠屋かぁ。頼れるバイトさん達がいるにしても、私たちがいなくなった後、無事にお店を回せているのかな。なんやかんやで数か月はこっちに滞在している気がするけど」

 「桃子さん、恭也さん、 美由希さん……もしかしたら蓮飛さん達や久遠もフル動員して働いているのかもしれないね。帰った後が恐ろしいよ。きっとツケでいっぱいだ」

 「みんなに今も心配をかけてるし、怒られるだろうなぁ」

 「なのはは大丈夫だと思うけど、問題は僕だよ。あれだけ桃子さんや恭也さんに「なのはのことは任せてください!」と公言しておいてこの体たらく。怒られるだけで済めばいいけど」

 

 というか合わせる顔がない。目先の問題を解決した後、晴れやかに元の世界に帰還できればどれだけいいか……恐らく自分を待っているのは般若の如く仁王立ちした高町家。もしかしたら九尾や知人もセットかもしれない。胃が痛い。

 

 「その時は庇ってあげるよ。できる限り」

 「できる限り……ないとは思うけど折檻が関わってきたら全力で庇ってね」

 「やだよ。私も命は欲しいもの」

 

 先ほど薄情な夫と非難した者の言葉とは思えない、薄情な返しであった。

 一応なのはは言葉尻に「冗談だよ」と微笑むのだが、これは信じていいものか否か。

 そんな不安を抱きながらも、クロノはキッチンに立ち、朝食を整える手は動き続ける。体に沁みついた作業の流れは、自身の心情に影響されないレベルにまで到達していた。

 テキパキと先ほど焼いた目玉焼きとベーコンを皿に乗せ、キャベツの千切りもさっさと盛り付ける。そうしているとチンとトースターが鳴き、食パンが焼けたと報告してくれた。

 それらの朝飯をテーブルまで送り、冷蔵庫の中から牛乳を取り出し、コップに注いでいく。

 

 「なのは。牛乳はホット?」

 「ホットでー」

 「了解」

 

 電子レンジに牛乳の入ったコップを入れ、自動タイマーを押す。数分もしないうちに、温まった牛乳を取り出し、食卓に招いた。

 卵焼きベーコン、キャベツの千切り、食パン一枚ずつで飲み物には牛乳。至ってシンプルな朝食である。しかしクロノの絶妙な火加減などで卵焼きとベーコンのコンディションは最高だ。

 二人は手を合わせ、「いただきます」と発声し、各々一品一品頬張っていく。自画自賛だろうが、やはり単純な料理ほど素材の味を引き出すものはない。美味い。

 なのはは特に卵焼きに注目していた。その形、半熟具合などを観察しているようだ。そして、ぐぬぬと悔しがりながら、口に放り込んでいた。

 こと料理においては、今もクロノが上を行っている。そう認めた顔だった。

 

 「ま、まぁまぁだね」

 「それはどうも」

 

 店長としての威厳は、まだまだ維持できそうだ。

 そしてキャベツにドレッシングを掛けようと胡麻ドレッシングに手をかけようと……する前に、なのはが自分の前にその目当てのモノを置いてくれた。

 

 「これでしょ?」

 「そう、それ。ありがとう」

 

 こうしたさり気ない気遣いが楽しくて、嬉しくて、堪らなく愛おしい。

 いつもの朝食でも、妻とならば幸せに満ちている。

 

 朝食を終え、食器を片付けようとすると、なのはが代わりにしておくと言い出した。

 今の時刻は7時30分。マッサージに時間を取りすぎて、食器も洗っていたら8時の集合時間には間に合うものの、若干余裕がない。要は時間ギリギリで集合するより、20分前に到着して待っていた方が印象も良い、となのはは言っているのだ。

 

 「助かるよ。それじゃ、悪いけど片付けは任せる」

 「任されたっとその前に、クロノ君」

 「ん?」

 「ネクタイがちょっとズレてるよー」

 「あ、ああ。すまない」

 

 なのはは手慣れた手つきでクロノのネクタイを整える。

 

 「これで良し。じゃ、いってらっしゃい、クロノくん」

 「―――行ってきます」

 

 こうした流れを体験するたびに、自分達夫婦は二人三脚で進んでいるのだと感じる。

 どちらか一方が支えるのではなく、互いに支え合う。夫婦として当たり前の営みではあるが、そうであると同時に意外と難しい。

 だからこそ、この関係を大事にしていきたい。大切にしていかなければならないのだ。絶対に。

 

 

 ◆

 

 

 

 時刻は7時50分。場所は広大な訓練エリア、廃墟の街(ゴーストタウン)に建てられたビルの屋上。そこは八神はやてが高町クロノに言い渡した集合場所である。

 今回此処で行われるのは単なる訓練ではない。フード男として機動六課と互角の戦いを演じてきた、高町クロノの能力テストが行われるのである。

 既にティアナを筆頭に若き魔導師達はこの場に集合している。そればかりか名だたる猛者達も続々と姿を現してきた。

 エースオブエースの高町なのは。ライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウン。烈火の将シグナム。鉄槌の騎士ヴィータ。盾の守護獣ザフィーラに、狙撃手のヴァイス・グランセニック。よほど大規模な戦闘訓練でもなければ揃うことがないメンツがぞろぞろと。

 それだけこの能力テストに興味を示しているのだろう。本来なら彼らは今頃デスクに括り付けられて書類整理に追われなければならない身。それを押してまで、此処に来ているというのだからその注目度は言わずもがな。

 

 「機動六課の主戦力が訓練所に全員集合……壮観だなぁ」

 

 ティアナ・ランスターは機動六課の戦力集結具合に苦笑いするしかなかった。

 やはりこの部隊のエース在籍率は異常だ。普通なら管理次元世界に1~2人程度のエースが置かれるものだが、ここにはその倍以上の数が所属している。よほどの相手でなければ不敗が約束されている無敵の部隊。それが機動六課。

 そしてそれらを相手取った高町クロノという規格外の存在感が更に強調されている。

 

 「クロノさん。準備の方はどうですか?」

 「問題ありません。いつでもいけます」

 

 一通りこの広大な修練場を見渡したクロノは、今回の審査官を担当するフェイトの問いに準備万端であると応えた。手には既にS2Uが握られており、いつでもバリアジャケットに換装することができるとも伝えた。

 

 「では、これからこの訓練エリアで模擬戦闘を通して貴方の能力テストを行います。敵の情報は一切不明とし、60分もの間、この戦闘エリアでそのアンノウンと戦い続けてください。勿論、今持ち得る法術、魔法、戦術をできるだけ多く用いての対処が好ましいです」

 

 言葉尻に「出し惜しみはしないように」とフェイトは予め釘を刺した。

 全力で行ってこそ意味があるこの能力テスト。高町クロノという男の実力を見極める為の訓練であるのだから、手を抜くことは許されない。

 

 「分かりました。誠心誠意、期待に応えられるよう努力します」

 

 クロノはS2Uを起動させ、黒衣のバリアジャケットに身を包む。そして身を投げ出すようにビルの屋上から地上に向かって降下していった。

 これにより、能力テストは開始されたものとする。

 クロノが立ち去った後に、観客席たるビルの屋上に複数の電子モニターが表示された。フェイト達はこれらの映像からクロノの能力を把握する。

 

 「……行ったか。なら俺達も準備に取りかかるとしましょうかね」

 「え?」

 

 ティアナは己が師の言葉に振り返り、そして呆けた声を出した。

 彼はいつの間にやら狙撃銃型のデバイス、ストームレイダーを展開していた。ヴァイスだけではない。あのシグナムも騎士甲冑に身を包んでいるではないか。

 

 「し、師匠。それにシグナムさんも、どうして武装を……」

 「これも能力テストの一環だ。流石に訓練用の雑魚だけじゃ、クロノの本気は見れないだろうからな。そこらの的だけでなく、活きのいい魔導師も相手した方が良いデータが取れる」

 「そこで私たちも出て相手をする、というわけだ。丁度私も噂に名高いフード男と剣戟を交わしたいと思っていたところだ。願ってもない役と言える」

 

 シグナムは浮かれた笑みを滲ませる。バトルマニアと知られる彼女が、高町クロノという逸材を目の前にして黙っていられるわけがないのだから。

 

 「はぁ……私も出たかったなぁ」

 

 活き活きしているシグナムを羨ましそうに見つめるフェイト。彼女もシグナムほどではないが、バトル好きな一面がある。それなのに参加できず、こうして審査官の役を務めているには理由があった。

 

 「テスタロッサはこの後すぐ書類整理が待っているだろう? 今模擬戦をされて、心身ともに出し尽くされては困る」

 「むぅ………」

 

 ヴァイスもシグナムも各々に課せられた業務を仕上げたからこそ、こうしてクロノの相手が許されたのだ。対してフェイトは残業も不可避であろう仕事の跡片付けが残っている。それなのにクロノと模擬戦を行い、体力を使い切られては業務に支障が出る、と八神はやてに判断されたのだ。

 それは分かっている。分かってはいるが、それでも自分も戦いたかったとフェイトは頬を膨らます。

 

 「なに、心配はいるまい。高町クロノもここで過ごすとなった以上、いつでも模擬戦の機会はあるだろう。だから今回は私達に譲れ」

 「……そうだね。機会は、幾らでもあるものね」

 「納得してくれたか。これで心置きなく戦えるというものだ」

 

 彼女のやり取りを見たヴァイスはクロノに同情せざるを得なかった。彼は、きっとこの機動六課でも波乱万丈な毎日を過ごすのだろうと分かってしまったから。

 

 「では、征くぞヴァイス。奴の能力、その全てを我らが武力で引きずり出すッ!」

 「はいよ。仰せのままにってね」

 

 烈火の将は猛々しい意気込みを吐き、陸の狙撃手は静かに応えた。

 

 

 ◆

 

 

 

 高町クロノの能力テストで用意された疑似敵勢力は鹵獲したガジェットドローンだ。いつもティアナ達が訓練で用いるものと同型、よりも性能が良い俗にいう高機動型が使われている。

 しかし、それでもガジェットはガジェットだ。どれだけ性能が良かろうと鹵獲機体。動かしているのも、ナンバーズではない、機動六課の一職員達。実践のガジェットと比べても明らかに遅く、練度が低い。これで能力を図ろうと言われても、あまりにモロすぎる。

 

 「これで15機目。どれだけのガジェットを鹵獲してるんだろう」

 

 持ち前の棒術でガジェットの外装を粉々にし、その核を露出させ、掌で覆い、魔力で強化された握力を持って粉砕する。

 いくら自動再生能力が備わっていようと、動かす動力源さえ潰せば何のことはない。エースオブエースのようにちまちま弱点を突かず、塵一つなく砲撃で消滅させるのも手だが、どうにも火力押しは自分と相性が悪いのだ。

 

 『目標、確認。対敵、対敵』

 「こんなものまで……」

 

 先ほどまでのガジェットは小~中型が殆どだったのだが、今度は一軒家ほどの巨体を誇る、大型のガジェットまで現れた。よくもまぁ鹵獲できたものだと感心するほかない。こんな芸当ができるのは機動六課くらいではなかろうか。並みの部隊なら破壊することも苦労するだろうに。

 

 ”できるだけ多くの法術、魔法、戦術を扱え……か”

 

 ただ倒すだけではいけない。機動六課に自身の力をアピールしていかなければならないのだ。これは能力テストであるがゆえに。

 取り敢えずこの能力テストが始まってから砲撃も、バインドも、結界も披露した。魔法の殆どがこの世界のクロノ・ハラオウンが得意とするもの。彼が得意とする魔法は、当然自分とも相性が良い。だからその相性のいい魔法を重点的に磨き、これまで使用してきた。そして、それらの魔法を披露し終えたのなら、今度自分が繰り出すべきは―――。

 

 「法術かな」

 

 大型ガジェットは図体がでかいだけあって取り出す武装もそれ相応。電柱よりもなお太い触手が自身を圧し潰そうと振るわれる。そのくせ攻撃速度は中型のガジェットと劣らないのだから、性能の良さが嫌でも伺えてしまう。

 しかしその大質量が籠った触手は、クロノに触れることなく、寸でのところで停止した。

 

 「空間固定」

 

 法術とは概念を司る術。自然の在り様を歪め、固める法。

 空間を凝固させ、物体の動きを縛る。魔法のような効果を齎すが、その仕組みは大きく異なる。

 

 「最近魔法ばっかり多用するから、法術の方が少し鈍ってる感じがするなぁ」

 

 なんせ法術は地味に繊細で、神経を使う。利便性は高いが、自然に干渉する為どうにも疲れるのだ。それに比べて魔法は幾分か扱いやすい。

 魔力で纏い、魔力を放ち、魔力によって形を成す。少なくとも概念というモノに触れず、魔力で始まり魔力で完結する。だから法術ほど集中力を使わなくて済む。

 例えば薄っぺらい紙などを強化する際、魔法は魔力の膜でその対象を覆い、強度を高めるに対して、法術は紙という柔い概念を硬い概念に変質、もしくは存在を昇華するなど、魔力+αな要素が必要になる。どちらが面倒で、どちらが簡単なのかは、一目瞭然だ。

 ただ法術にも利点があり、概念を弄っている分、より強固な効果が表れる。強化にしても、魔法と比べて持続時間が天と地ほどの差がある。苦労する分、それなりの恩恵が受けられるのだ。

 つまり魔法も法術も、長所短所があり、使い分けることが一番である。何よりソレができるのは、この世界において高町クロノしかいない。他人には真似できない唯一無二のアドバンテージと言えるだろう。

 それなのに、この高町クロノは比較的容易な魔法ばかり使用してきたせいで、今こうして法術の行使に雑味が現れている。

 

 「使っていなければ錆びる。無意識のうちに楽をしていた。反省しなくちゃね」

 

 そう言いつつ、クロノは触手を伝って、ガジェットの本体まで辿り着いた。

 法術で固定されれば、そう簡単には抜け出せない。それこそゼスト・グランガイツのような規格外でなければ、身動き一つ取れないだろう。

 クロノはぺたぺたとガジェットを触り、内部構造をスキャンする。何処に何があるかを把握すれば、核を破壊せずとも無力化することができる。それは法術、魔法というより、開発技師としての技術である。

 

 「見つけた」

 

 核へと繋がる重要なケーブルを発見するや否や、ガジェット内部に極小のスティンガーブレイドを発生させ、断ち切らせた。それだけでガジェットは機能を停止する。

 核を破壊したわけではないので、後に少し修理すれば元通りになり、また他の局員の訓練で扱えるだろうというクロノなりの配慮があった。

 

 「空間固定、解除」

 

 無力化に成功したと判断したクロノは、ガジェットを縛り上げていた法術を解いた。空中に浮いていた停止中のガジェットを支えるモノが無くなり、重力に従って巨体は地面に真っ逆さま。そのまま大地にキスして大量の砂埃を地上に撒き散らす。

 

 「ふぅ……これで丁度30分。ようやく折り返しですか」

 

 クロノは首を回して一息つく。やはり元開発技師のインテリに戦闘は性に合わない。

 義兄から与えられた高町家の裏の武術に動体視力。無駄に戦闘力が高い居候組の相手をしてついた体力。そして、翠屋の店主を務めていく上で必要な根性を叩き込んでくれた義母。

 彼らのしごきが無かったら、今頃この体はついていけてないだろう。貴方達の地獄のようなスパルタ訓練は今、並行世界で役になってますよと力なく呟いた。

 

 「気合いを入れ直そう。そろそろ次のガジェットが追加されて――――え?」

 

 刹那のことだった。目の前が、真っ白になったのは。

 そして頭や体が激しく揺れ、それに釣られて吹き飛んだ肉体の衝撃で気づいた。

 今、自分は、魔力弾を、こめかみや心臓に寸分違わず撃ち込まれたとに。

 

 「ぐッ………!!」

 

 あまりの痛みに我を忘れそうになる。だが、それでも、なけなしの最善と思える己の判断に身を委ねることくらいはできた。

 クロノは鈍器を叩き込まれたような強烈な痛みと湧き出る自分への怒り、後悔を抑えながら、近くの廃れた建物に駆け込んだ。でなければ、畳みかけられるだろう確信があった。

 なんたる慢心。なんて無様。何故、何故次に現れる敵がガジェットであると思い込んだのか。

 

 「この魔力、この狙撃………ッ」

 

 激戦と化した前の戦場で、彼の狙撃に幾度となく救われた。この目で、その美しい弾道に見惚れた。間違えるわけがない。確実に、先ほど自分の頭を撃ち抜いたのはヴァイス・グランセニック。機動六課の狙撃手だ。

 

 ”魔力の、防御層で覆っていなければ、終わっていた……!”

 

 念には念をと薄い魔力の膜で体を護っていたからいいものを、アレをそのまま受けていたら、本当に敗北していた。あの非殺傷設定の銃弾は間違いなく自分の意識を刈り取っていただろう。

 クロノは埃だらけの地面に座り込み、荒れた息、体内で爆音を鳴り響かせる心臓を落ち着かせた。まず冷静さを取り戻さないことには、体制を立て直すことは不可能。

 

 ”……だから、あの人とは戦いたくなかったんだ”

 

 強力な魔法など使えない。膨大な魔力も持ち合わせていない。強靭な肉体があるわけでもない。

 ただ、途方もない年月を賭け、狙撃のみを鍛え上げた一筋の力。それがどれだけ恐ろしいか、強いものなのかは、前の戦場で骨の芯まで理解させられている。

 あまりモタモタしていたら、狩られるのみだ。ヴァイスが狩人で、自分が獲物。そんな悪寒すら感じる冷たい狙撃だった。情け、容赦どころか慈悲もない。

 此方は残り30分間戦い、凌がなければならない。ヴァイスも後手に回らず先手に力を入れる可能性がある。いくら遮蔽物の多い建物のなかと言えど、プロ相手に立て籠もり続けるのは危険だ。

 すぐに場所を変えよう。そう判断し、痛みを堪えながら立ち上がったその時だ。自分の駆け込んだこの建築物の入り口から、一人の女性が堂々と乗り込んできたのが見えた。

 凛とした鋭き瞳。澄んだ色合いの長髪。白銀に光る将たる騎士甲冑。その女性らしい肉体から溢れ出るは崇高な女騎士の重圧。

 

 「畳みかけるように来ますね……歓迎されているにしても、これは熱烈が過ぎる」

 

 その女性の正体を知るや否や、クロノは絶望するよりも、呆れた感情が先に出た。ヴァイスだけでも厄介極まりないというのに、更なる試練を投下されたのだ。

 これが機動六課の洗礼というやつなのか。加減というモノを知らないのか。それともまさか、いつもこんな感じなのか。

 なんにしても、今眼前にある試練にクロノは笑うしかなった。

 

 「許されよ。貴公ほどの難敵に本気を出させるには、徹底的に、完膚なきまでに追い詰めることが一番であると我が騎士道にも記されている」

 

 その凛々しい声からも伝わる。彼女の実直な性格が。

 そして真っ直ぐな心根を持つ騎士は、鋭く、硬く、強い。

 剣士としての力量も、高町家に身を置く者なら一目で分かる。

 

 「試験の名目上、正々堂々とはいかぬ。だが、それでも構わない」

 

 すらりと抜かれた長剣型のデバイス。並々ならぬ代物であるのは明白だ。

 長剣の切っ先をクロノに向け、彼女は威風堂々と騎士としての構えを取る。自分が後ろを振り向き、この場から逃げようものなら背中から縦一文字に切り裂く。そんな気概が感じられた。

 もはや戦闘は避けられない。腹を括るしかない。そう、逃亡を諦めさせる覇気だ。できるだけ撤退し、状況を把握してから動こうと思ったのだが、機動六課はそれを許すほど甘くはないということだろう。

 

 「ライトニング分隊副隊長。烈火の将シグナム―――押して参る」

 

 機動六課最強の剣士は、機動六課最高の狙撃手の加護を得て高町クロノに戦いを挑む。

 純粋なる女騎士の闘志を当てられたクロノも、静かにS2Uを構える。

 もはやこの状況下で、高町クロノに真っ当な退路など残されていないのだから。




・30話更新に一年以上お待たせしてしまったので、せめてこの31話だけでも一か月以内……11月上旬頃には必ず出してやる! ただその気概のみで書き殴りました………ふふっ、奇跡的に集中して執筆できるだけの休日を確保できたとはいえ、真っ白に燃え尽きるところだったぜ……

 あと前回の30話で次回から機動六課との日常的な関わりが始まると言ったな
 あれは嘘だ(ででーん
 まず能力テストという肉体言語的なアツアツ歓迎会を行ってからなのだ。すまない


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