魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第32話 『settlement』

 烈火の将シグナム。なるほど確かに、その名に恥じぬ、苛烈極まる猛襲だった。

 最初の一撃は問答無用の穿ち。狙われた部位は心臓。

 その初撃をS2Uで弾いたものの、胴、腕、脚と休むことなく連撃で振るわれる剣戟。

 この狭い建物の中で、その長剣はなに不自由なく襲い掛かる。

 柱も、壁も、剣筋を鈍らせる室内特有の障害物を悉く避け、明確にクロノを狙ってくる。

 

 ”力強い、なんてものじゃないな……!”

 

 女性とは思えぬ膂力を持って剣型のデバイスを撃ち込まれ、防ぐ度に腕から体の芯まで届く重さ足るや、まるで車両にでも突っ込まれているかのようなイメージすら湧く。

 剣速も、パワーも、申し分ない。反射神経においても一流と言えるだけのものがある。

 こと白兵戦においては、彼女ほどの難敵は高町家の住人以来だ。気を緩ませた瞬間、畳み込まれるは必定。常に気を張らなければ、問答無用で斬り伏せられる臨場感がある。

 とはいえ、押されるままでは活路はない。

 クロノは剣線を見極め、回避すると同時に足払いを狙った。

 地に足をつけていたシグナムはクロノの足払いにより地から足を放され、態勢を崩す。

 そのまま畳みかける為にクロノはすぐさまシグナムの顔に向かって手を伸ばした。

 頭部に対して低出力のブレイクインパルス―――如何にシグナムが屈強な戦士であろうと、脳を揺さぶられては起き上がれまいと踏んだが故に。

 

 「足癖が悪いのは結構。私の脳を狙いにきたのも結構。だが、今の私は一人ではないぞ」

 

 態勢を崩され、クロノの手が目前に迫ってきているというのにシグナムは冷静だ。

 危機的状況であろうと、自身には指一本触れられぬ。

 そう安心できる、頼れる狙撃手の援護があると分かっているから。

 

 「ッ―――!?」

 

 シグナムの顔にクロノの手が届く前に、一発の魔弾がその腕を弾いた。

 ヴァイス・グランセニックの狙撃である。

 更にその狙撃は留まることを知らず、クロノの胸と脚にまた一発ずつ撃ち込まれた。

 その命中精度は正確無比。動く標的に魔弾を叩き込むその手腕はヴァイスならではの芸当。

 しかし、どうしても理解できないことがある。

 

 「ぐっ、どうしてこんな正確な位置が分かるんですか……この建物は完全に外から視界を妨げている。中の様子など分かるはずが………!」

 

 今クロノとシグナムが戦っている場所は廃墟建築物の室内だ。外からではまず目視されることはない場所のはず。それがどうしてこうも筒抜けと言わんばかりに狙撃が行える。

 

 「だから言っただろう。私は一人ではない、と」

 

 胸、脚に魔弾がヒットし、よろめくクロノに対して態勢を立て直したシグナムが一閃を放つ。

 

 「………どうやら、種がありそうですね」

 

 それを高町クロノは紙一重で回避した。

 肌と刀身が掠れるのではないかという、そんなギリギリ具合である。

 

 “相手の勢いに飲まれちゃいけない”

 

 獲物のリーチは槍並みの範囲を持つS2Uと棒術を操れるクロノの方が上だ。

 冷静に、いったん六歩程度シグナムから距離を取り、持ち前の棒術による連続突きを披露する―――が、これもヴァイスの狙撃によって妨害された。シグナムに放った突きの全てが壁を貫通し、飛来する魔弾によって弾かれたのだ。

 

 “相も変わらず精密な狙撃……いや、異常が過ぎる”

 

 いくら天才狙撃手であろうと、壁によって隔たれたこの廃墟の室内で、ここまで精密な狙撃を可能とすることは叶わない。必ず裏があるはずだ。この室内を把握する何かが。

 

 「なら、試しに視界を悪くしてみましょうか」

 「……高町クロノ。それはまさか」

 「ええ。無作法ながら、煙を焚かせて頂きます」

 

 腰のポーチからスモークグレネードを取り出し、この室内全てに煙を充満させた。

 本当にヴァイスが壁越しですら完璧な狙撃が行える男であるなら、今更煙の視界濁し程度で臆することはあるまい。クロノの無意味な悪足掻きと見なすだろう。

 しかしクロノは見逃さなかった。シグナムが、明らかにクロノの行動に眉を動かしたことを。

 

 「ヴァイスさん。これまで、先ほどのように狙撃の手出しができますかね!」

 

 クロノは気配を辿り、シグナムがいるであろう場所に先程と同じく連続突き。

 勢いも、威力も、寸分違わぬ配分で放っている。

 ヴァイスなら欠伸しながら撃ち払えるであろう攻撃のはずだ。

 

 「ぬぅ、この……程度!!」

 

 しかしヴァイスからの邪魔はなく、クロノの連続突きはそのまま素通りし、シグナムの元へと向かい、彼女自身が迎撃を行った。ヴァイスではなく、彼女自身がだ。

 何となくこのカラクリが見えてきた。尤もこれだけの攻防で決めつけるのは早計というもの。

 もっと堅実な確信が欲しい。だがその為には探りを入れ続けなければならない。

 更にクロノは室内を動き回り、確認するようにヒット&アウェイを数度繰り返す。

 煙が引く限界までシグナムに棒術を見舞ったが、どれもヴァイスからの狙撃による阻害はなく、何不自由なくクロノも攻めに転じることができた。

 肝心なのはここからだ。ここからの、ヴァイスの動きが重要なのだとクロノは考えている。

 

 ”煙が引いた。僕の予想が正しければ―――来た”

 

 スモークグレネードの煙が消え、シグナムがクロノの姿を明確にその目で捉えられるようになった瞬間、ヴァイスからの狙撃が再開された。

 その時、クロノはヴァイスの狙撃の秘密を看破することができたと確信した。

 すっきりしたと言わんばかりにクロノはヴァイスの狙撃をS2Uで弾き、シグナムの目を見ながら口を開く。

 

 「シグナムさん。貴女のその目……ヴァイスさんと視覚を共有していますね」

 

 此処から遠くにいるであろうヴァイスが目視できない壁の死角をシグナムが補い、そのシグナムから送られてくる映像を元に長距離からヴァイスが予測して射撃を行っている。

 スモークグレネードを撒いた際に、ヴァイスからの狙撃が止んだのはシグナムもクロノの姿を見失ったから。シグナムの目にクロノの姿が正確に映らなければ、それを頼りに狙撃を行っているヴァイスも狙撃銃のトリガーを引くことは出来ない。

 

 「……僅かな時間で我らの小細工を見破ったか。流石だな」

 

 いつかはバレると覚悟していたシグナムも、まさかこんな序盤で知られるとは思っていなかったのだろう。彼女は自分達の連携の種を早々に看破したクロノに嘘偽りのない称賛を贈る。

 しかし、心からの称賛を贈りたいのはクロノの方だった。

 

 「何が小細工なものですか。こんな高等な連携、見たことありませんよ」

 「ふ、そう言ってくれると嬉しいものだ」

 「ヴァイスさんの腕と貴女の動体視力がなければ到底不可能な芸当。ええ、感服しました」

 

 仮に他の一流の剣士と狙撃手にシグナム、ヴァイスと同じことをしてみせよ、と言ったところで再現は不可能だ。皆が口を揃えて馬鹿らしいと言うだろう。

 この連携は、彼らだけのものだ。他の誰にも真似できまい。これを称えずしてなんとする。

 

 「その落ち着いた様子を見るに、既に対抗策はあるのだな?」

 「………貴女とヴァイスさんの視覚共通は、つまるところ魔法によって繋がっている。で、あれば広範囲のジャミングを使ってその視覚共通を司る魔法回線を絶てばいい」

 

 有言実行。クロノはそう口にした瞬間、この広大な廃墟全域に高度なジャミングをかけた。分類としては、魔法ではなく法術にあたる技術。

 これにより、視覚共通の魔法を封じることができる。更に念話などの通信魔法の制限付きだ。

 元よりクロノは物理攻撃、魔法による殺傷よりも空間作成の方が長けている。この程度の芸当、造作もないというもの。

 

 「ハッ、出鱈目な力だ。高町なのはと同等の魔力出力に、ユーノ・スクライア顔負けの阻害結界。これはもはや、人の身で行えるものではないぞ?」

 「これでも人の身ですが、案外できるものですよ。必死になれば……ね」

 

 連携を崩し、個々の戦力に分断できたのなら、残る課題は早急に各個撃破することのみ。

 今こそ畳みかける時だ。この好機を逃してはならない。

 

 「ここからは、攻守交替です」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「チィッ、やられた。まさかここまでやるとは……!」

 

 廃れた高層ビルの一つの屋上を陣取り、狙撃に徹していたヴァイスは大きく舌打ちする。

 既に連携の種を明かされ、視覚共通も途絶えた。これではシグナムの状況、クロノの動き、その全てが分からない。言うまでもなく狙撃は不可能だ。少なくとも建築物のなかで彼らが戦う限り、ヴァイスは手出しができない。

 しかしまさか、この廃墟全域にジャミングをかけるなんてことが可能とは。驚きを通り越して呆れる力技だ。本来なら大型の装置を一台、二台使って行うことだろうに。

 

 「念話も、ノイズがひでぇな」

 

 繋がらないこともないが、それでも大きな雑音が入り、全く聞き取れない。

 これでは使えないも同然だ。

 

 「シグナム姐さん! おい、聞こえるか! 姐さん!!」

 『……――………―――!!?――………!!!!』

 「駄目か。どでけぇノイズだけしか拾えない。あの廃墟で何が起こってやがる」

 

 此処からの視認では、シグナムとクロノがいるあの廃墟で派手な爆発は確認できていない。

 小規模な白兵戦が繰り広げられていると予想できるが、何にしてもこのままでは拙い。

 高町クロノはあのエースオブエースとフェイト・T・ハラオウンを同時に相手をしたほどの男だ。シグナムが如何に手練れといえど、一人で抑えてるには些か分が悪い相手。

 特にシグナムは真っ向からは強いが搦手が滅法苦手ときた。あらゆる魔法を操り、知略に富んだ高町クロノとでは相性が悪いとさえ言える。

 それを補う為にこのヴァイス・グランセニックがいるのだが、これでは援護もままならん。

 そう心配した矢先にあの廃墟が盛大な爆発が起こり、黒煙が上がった。

 まだ二人は戦い続けている。そして、先ほどの爆発はその苛烈さが増した証明。

 もはやあの小さな建築物のなかで収まる戦いではないところまでギアを上げている。

 恐らく、あと数秒もしないうちにあの建築物は倒壊するだろう。

 そしてヴァイスの予測通り、その建造物は派手な爆炎と共に炎上、中からはシグナムとクロノが剣戟を交わしながら飛び出してきた。

 

 「良し、ようやく出てきたか」

 

 何にしても獲物が外に出てきてくれた。これなら狙撃が行える。

 しかもシグナムが意識して誘導してくれたのか、彼らが今戦っている場所は道路のど真ん中。

 隠れる場所もなく、狙撃に邪魔な障害物もない、絶好の狙撃スポット。

 まさにヴァイスのテリトリー、狙撃手が最も好む場所で戦ってくれているのだ。

 これに応えければ元エースの恥である。

 

 「狙うは、急所()のみよ!」

 

 高町クロノは嫌いではない。むしろ好きな部類に入る人間だ。

 しかしこれは掛け値なしの実力テスト。本気で彼の力量を計らないことには給料も出ない。

 ヴァイスは滑らかに、そして力強く、その引き金を引いた。

 カキンッと爽快な音を立て、狙撃銃(ストームレイダー)から空薬莢が排出され、銃口から飛び出た魔弾の弾道は我ながら見事な軌道を描き、クロノの頭部に吸い寄せられるように向かう―――が、それを自動迎撃するものが現れた。

 

 「スティンガーブレイド……いやいや、自立防衛魔法だったかアレ」

 

 高ランクの魔法、魔力の光剣。だがあれは、単純な攻撃魔法だったはず。オートで術者の周囲に展開し、外敵からの攻撃に反応、防御に回るような代物ではない。

 しかし今、勝手に魔弾を弾いたのは見間違いようのないスティンガーブレイドだった。

 提督、クロノ・ハラオウンが得意とした魔法の一つ。それを彼は―――

 

 「開発技師……法術師か。くそったれ、ミッドチルダの魔法を弄りやがったな」

 

 もはやあの光剣はミッドチルダの知る魔法ではなくなっている。

 高町クロノという人間が、未知の技術で独自にアレンジを加えた別物。

 どういう原理かは一介の狙撃手には分からないが、確実に魔法の機能を一新している。

 

 「………いや、拙いことになった。呆けてる場合じゃねぇか」

 

 キラキラと光るモノが、高速飛行しながらヴァイスのいる高層ビルに近づいてきている。

 その正体は、ストームレイダーのスコープ越しからだとよく分かる。

 一つ一つに莫大な魔力が籠められた、三十丁にも及ぶスティンガーブレイドだ。

 

 ”迂闊すぎたな。さっきの狙撃で場所を知られた”

 

 居場所を知られた狙撃手は良い鴨だ。それに三十発ものスティンガーブレイドを全て撃ち落としていたらヴァイスの魔力が持たない。

 そう、いくら百発百中の腕を持つヴァイスも元は魔力が微量な魔導師でしかない。真正面から迎撃する、なんて王道な対処は持ち合わせていない。これが持たざる者の限界だ。

 ならば取るべき手段は一つのみ。ヴァイスが狙撃の次に得意としていることを実行するしかあるまい。

 

 「ここは退避、後退、逃げるに如かずってな!」

 

 高速で接近する光剣から逃れる為、ヴァイスは急ぎ動いた。

 彼は懐からロープアンカーを取り出し、適当な鉄棒に括り付け、何の躊躇いもなく高層ビルの屋上から身を投げ出したのだ。即決からの即断。これは陸の魔導師の必須スキルである。

 飛行魔法を持たないヴァイスは重力に任せて地面まで真っ逆さまに落ちる。

 さながらバンジーであるが、この緊急時は全くと言っていいほど楽しめない。

 そして地上まで近づき、特殊な紐が限界までゴムのように伸びきったと悟った瞬間、その命綱を魔力強化でコーティングされたサバイバルナイフで即座に切断する。

 なんとか無事地面に着地したヴァイスは止まらず走る。あのスティンガーブレイドがヴァイスの魔力を感知して今も追ってきているからだ。一秒も立ち止まる余裕はない。

 おそらくアレはヴァイスの魔力を感知して追尾している。獲物である己を突き刺すまで止まりはしない、恐怖を煽る魔法と言えるだろう。

 

 「ハッ、高町クロノめ。顔に似合わずエゲツナイものを寄越してくれる」

 

 強化魔法も使えず、空も飛べず、走るしか移動手段のないヴァイスであれば、スティンガーブレイドで事足りると判断されたのだろう。

 なるほど、確かに、確かに。

 舐められちゃいないのだろう。シグナムと戦いながら、高町クロノが行えるヴァイス対策がこれなのだ。何も侮られちゃいない。妥当なものだ。並みの魔導師ならコレで十分すぎる。

 だが、それでも、敢えて言わせてもらう。

 

 「元陸のエースを片手間で斃せると思ったら、大間違いだ」

 

 あの規律にも、鍛錬にも、一際厳しかった陸の部隊に配属されていた頃を思い返す。

 エースが少なく、魔導師素質も低く、ただ生まれながらのスペックが低かった集まり。

 そこから己を磨き上げ、一から重ねてきた陸出身の魔導師の生き汚さはエリートをも凌駕する。

 凡人共の諦めの悪さ、そして生存への執念は生半可なものではないと教えてやろう。

 

 「あらゆる予測は立てとくもんだ。生き残る為には、何でも取り入れるのが陸さ」

 

 ヴァイスはこんな不測の事態の為に、この廃墟に予め持ち込み、隠していたものがある。

 それが、ヴァイス自身の機動の低さを補う魔導機械。この魔導二輪、大型バイクである。

 久しく使っていなかったが、戦線に復帰することになり、いつかは使うことになるだろうとメンテナンスをしていた甲斐があった。おかげで、この窮地で扱うことができるのだから。

 

 「追えるものなら追って来いよ、クソッタレなペーパーナイフ!!」

 

 その大きな車体にヴァイスは跨り、魔導二輪を起動させる。

 長く眠っていた相棒はこの最大の見せ場に歓喜するが如く、そのエンジン音を轟かせた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 例え外に出ようとも、此方の後方支援、ヴァイスとの連携を絶たせるか。

 シグナムはこの徹底的な戦力分断に舌を巻いた。

 一度連携を断ち切れば、もう二度と、この戦いにおいて復旧させるつもりはないのだろう。

 確実に一対一に持ち込み、そして潰し、残る相方も後に潰すという鋼の意思を感じる。

 クロノが自分との白兵戦を興じながら放った数十ものスティンガーブレイド。

 アレは真っ直ぐにヴァイスの元に向かった。しかも何やら細工を要しているようで、ただの光剣というわけではないらしい。

 何より先ほどヴァイスの狙撃を防いだのもスティンガーブレイドだ。自動防衛が行えるのなら、自動追尾も行えて当然と思った方が良い。

 

 「魔導の極致に至りながら、武をも収める。なるほど、テスタロッサが手を焼いたわけだ」

 

 幾度目もの剣戟を紡いだ。幾つもの、ヴォルケンリッターとしての技をクロノにぶつけた。

 その数既に100を優に超える。それでもなお、奴は致命に及ぶ傷を一つも負っていない。

 魔導ならいざ知らず、白兵戦では間違いなくシグナムの方に軍配は上がる。技量でこの烈火の将シグナムが開発技師に劣っているはずもない。

 それでも彼は、必ず凌ぎ切る。紙一重で対処する。まるで死線が見えているかのように、大きな負傷を受けない最適解を常に行動で答えている。

 今でもそれは変わらない。己が放つは神速を自負する12の剣閃。それを棒術でいなし続ける男の姿。この戦いのおいて何度も繰り返した流れ。

 攻めきれない(・・・・・・)。有利であり、優性であるはずの己が、攻め切れていない。それが事実だ。

 ここまですれば、認めざるをえまい。全てにおいて、間違いなく目の前の男は一流だと。

 しかし、しかしだ。

 

 「これで戦闘者としての心構えがあれば、尚良かっただろうにな」

 

 確かに高町クロノという男は武力、知略、魔導を揃えた稀有な存在なのだろう。

 あらゆる才を持ち合わせた人間であるのだろう。

 しかし彼は、根本から戦に身を置く者に非ず。戦う者ではない。そう断言できる。

 剣を交えれば交えるほど、彼の武は形だけでしかないと分かるのだ。

 

 「殺気がない。敵意がない。闘志すらも。貴公の技は、物真似だ。決定的に中身が欠けている」

 

 実証される強さとは裏腹に、虚しさすら覚えるその技の中身。

 キレもあろう、力もあろう、技術とて逸品もの。

 しかしそれはあくまで外側のみ。中身がどうしても感じられない。

 武人であれば侮辱とも、煽りとも取られるであろうシグナムの言葉に、剣戟を交わすクロノは憤った様子もなく、ただただその通りだと頷いた。

 

 「僕にとって武力というものは、あくまで防衛手段。道具としてしか思えない。だから、貴女のような眩しいほどの闘気をこの手に乗せることはできない」

 

 クロノ本人も理解していることだった。

 己の武は、技術は、中身(おもい)が伴わない偽物であると。

 

 「惜しいな。それほどの才を持ちながら、それほどの実力を身につけておきながら、熱を感じないとは。心からの、血肉の昂ぶりを覚えられないと」

 「争い事は嫌いなんですよ。お菓子を作っている時の方が、幾分も熱中できる」

 「ふ……これほど言動と力が噛み合っていない相手は、まさに不気味とすら思えよう」

 

 諍いが嫌いと口にする一方で、クロノの放つ棒術は芸術的だ。

 判断を誤れば、シグナムと言えども唯では済まされない。

 まさに機能のみ、敵の無力化のみを前に置いた技の数々。

 一撃一撃に想いが込められていない分、恐ろしく正確無比。冷徹とも取れるだろう。

 感情の込められぬ力ほど悍ましいと思うものはない。

 

 「まぁ、それはそれで()い。俄然、興味が尽きぬというもの……なれば試そう、その心籠らぬ武が、どこまでこの騎士に通用するか!!」

 

 機動六課は自身を含め、無駄に誇り高い人間が多い。

 誰しもが譲れぬ信条というものがあり、(みな)(みな)、何かしら強い思いが魔法に込められている。

 あのヴァイスでさえそうなのだ。彼が放つ魔弾は必ず必中の意思が乗せられている。

 故にこの高町クロノはこれまで手合わせした者達の中でも異質の中の異質。

 今までにない相手であり、新たな経験を堪能できる歓迎すべき者である。

 想いと言う要素を削ぎ落とし、ただ純粋に機能美を追求したこの魔導師を打倒すれば、己は更なる境地に到達できるのではないかという高揚感すらあるのだから。

 

 「シグナムさん。この際ですから、はっきり言いましょう。僕は貴女のような方と、本気で真っ向勝負ができるほど、付き合いの良い男ではないということを」

 

 剣戟の苛烈さを増すシグナムにこれ以上付き合っていられない、と言わんばかりに彼はあるモノを投げた―――スタングレネードである。

 強烈な閃光、鼓膜を揺るがす爆音が起こり、これには流石のシグナムも動きが止まる。

 そこにすかさずクロノは魔力強化されたS2Uで無防備になった彼女の腹部を穿った。

 視覚、聴覚を潰し、混乱もしているであろう肉体に、強烈無比な一突き。

 これで勝負は着いた。そう思えるほどの手応えをクロノは覚えたのだが―――。

 

 「ぐ―――オォォォォォ!!」

 「ッ!?」

 

 深く突き刺さる一刺しを受けながら、シグナムはレヴァンティンをクロノに向けて振るった。

 想像を絶する痛みを与えられたはずだ。目も、耳も、今はろくに使えないはずなのだ。

 それなのに、それなのにまだ力強くその剣を振るうか。

 勝利を渇望する根性、執念が乗せられた一撃をクロノは間一髪のところでS2Uで防いだものの、あまりの馬鹿力によって後方まで吹き飛ばされた。

 

 「なんという女性だ……!」

 

 烈火の将シグナム。彼女は負けん気が強いにも程がある。

 まさかダメージを受けた瞬間に反撃を行うなど、想定外の動きだ。

 おまけに先ほどの一撃は今もなお、この腕に痺れが残るほど強かった。

 アレをモロに受けていたら勝負は決まっていただろう。

 

 「やはり、仮にも魔導師が剣士に近寄るモノではありませんね」

 

 丁度彼女から距離は取れた。此処からは剣士の土俵から降り、魔導師、法術師として戦おう。

 例えその判断が卑怯であると罵られようが、戦いにおいて誇りのない己には関係のないこと。

 確実に、そして堅実に攻める。それが高町クロノの戦闘だ。

 何より手負いの獅子ほど恐ろしいものはないとよく理解している。

 

 「―――ここで、大仕掛けを披露しましょう」

 

 クロノは地に手を付け、この廃墟の周囲一㎞に渡り、大量の小型魔法陣を展開した。

 その全てがチェーンバインドを生成する工場であり、鎖の排出口。

 この圧倒的な物量によって、機動六課最強の剣士を力づくで封印する。

 

 「貴女はこのまま、大人しくして頂きます」

 

 スタングレネードの効力はあと数秒続く。

 シグナムが完全な冷静さを取り戻すまで、決着をつける。

 今、目も耳も麻痺している彼女にこの大質量のチェーンバインドを防ぐ手立てなどない。

 

 「チェーン・バインド!!」

 「高町……クロ………!」

 「手加減は、無しです!」

 

 四方八方からシグナムに押し寄せる鎖の濁流。例え相手が何者であろうが逃がしはしない。

 チェーンバインドはシグナムの腕、脚、胴、首と次々と絡みつき、十分動きを封じたように見えるが、それでもなお、魔法陣から吹き出る鎖の勢いは衰えを見せない。むしろ加速する。

 相手はあの烈火の将。ヴォルケンリッターのリーダー格。機動六課において副隊長をも務める強者に、生半可な拘束を行うつもりは微塵も非ず。

 今残っている魔力の三分の一を潤沢に注がれた鎖の質は最高純度、その量たるや万をも超える。

 第三者から見ればとても個人に扱う規模ではない。やり過ぎであると咎められるであろうものだが、高町クロノはそうは思わない。

 シグナムほどの相手には、これくらいの規模で挑まなければ安心できないという、畏怖と敬意の現れであるのだから。

 

 「これで、締め……です」

 

 シグナムの肉体が見えぬほど捲かれたチェーンバインド。

 それは一切の歪みがない巨大な球体へと変貌し、烈火の将を封じ込めた。

 もはや剣戟を為す者もいない。炎々と燃え盛る勇猛な女性は、これをもって無力化した。

 

 「ふぅ……はッ……これで試験というのだから、笑えない」

 

 クロノは大きな立ちくらみを覚え、膝をつく。

 この吐き気、この無気力感、この頭痛。

 幾らなんでも魔力を一度に使いすぎた。

 身の程を弁えない無茶は、身を滅ぼすだけだと重々理解している。

 理解していたが、保険に走ってはどうにもならない相手だった。

 むしろヴァイスと戦えるだけの余力が残っているだけ、奇跡と思うべきだろう。

 

 「何はともあれやっと………!?」

 

 安心できる―――そう、言い終わる前に、胸に大きなざわつきを感じた。

 そしてその原因はすぐに分かった。分かってしまった。

 シグナムを封印しているチェーンバインドが軋み、悲鳴を上げている。僅かな隙間から、焔が漏れ始めている。

 

 「これは………魔力のみで抉じ開けようとしているのですか!?」

 『オ、オォォォォォォォォ!!!』

 

 閻魔か何かがあのチェーンバインドで構成された球体のなかで暴れ出している。

 途方もない焔が鎖を溶かし、燃やし、灰にしている。

 拙い、これは非常に拙い。

 あれだけ苦労して封印したのだ。あと数十分は大人しくしてもらわないと割りに合わない。

 しかしシグナムは「そんなこと、知ったことか」と言わんが如く、莫大な焔を内から放出し、封印術式諸共吹き飛ばした。

 

 「見たか、高町クロノ……これが、闘気というものだ。これが、負けられぬ意地だ」

 

 爆心地さながらのクレーターを形成し、力づくで封印を粉微塵にした武将に高町クロノも呆れ顔をせざるを得ない。

 

 「魔力を意図的に、暴発紛いに全て出し切り、チェーンバインドの耐久性を瞬間的に上回った……なんて無茶な。リンカーコアが焼き切れてもおかしくない荒業だ」

 「自分の身が可愛くては逆境など打ち破れん。そうだろう?」

 

 シグナムのその身は頼りなくふらつき、凛々しい貌からは汗が滲み出ている。魔力貯蔵も先ほどの力技によって使い切り、騎士甲冑を維持するのにもやっというレベルだろう。

 あれでは息をするのも辛いだろうに。こうして言葉を発するほどの余裕も無かろうに。

 

 「ふふ……それにしても、情けない話だ。誉れ高き烈火の将が、まさかの満身創痍…か」

 「そのわりには、その闘志、収まっていないように思えるのですが」

 「当然だ。まだ剣の柄を握れるのだぞ。まだ、立てるだけの力があるのだぞ? まだまだこれからよ……それより貴公もどうした。大地に片膝をついたままではないか」

 「ああ、お気になさらず。少し休憩をしていた……だけですから」

 

 震える膝に喝を入れ、高町クロノも立ち上がる。

 

 「男らしいじゃないか」

 「貴女には負けますね」

 「くくっ……ははは………その賛辞、嬉しいものだが……私は、これでも女なのだがな」

 

 シグナムは満足した、晴れやかな笑顔で鞘を捨て、剣を構えた。

 魔力も既に底をついているシグナムは、騎士甲冑を解除し、その魔力を全て刀身に割り当てている。二度目は無い、正真正銘の一撃を放つ為に。

 

 「この世にどのような男前がいたとしても、貴女の前では霞むというもの」

 

 全身全霊の斬撃を放とうとするシグナムに対し、クロノは対抗すべくとある魔法陣を展開する。

 そしてシグナムはその魔方陣の模様を見るや否や、彼女の表情は驚きから歓喜へと変わった。

 知っている。その魔方陣は、機動六課の者なら、時空管理局に務める者なら皆が知っている。

 分からないはずがない。見覚えのないわけがない。決して見間違えるものか。

 

 Starlight(スターライト) Breaker(ブレイカー)

 

 術者の魔力、そして大気に漂う魔力の残滓を収束し、放つ広範囲殲滅魔法の一つ。

 夥しい魔力が集い、力強く脈動する、流星の光。

 我ら機動六課が誇るエースオブエースが最も得意とする、破魔の力。

 

 「最後の最後に、高町の魔法とはな。どこまでも飽きさせない男だ」

 「貴女の一撃を迎撃するのなら、これしかないと判断したまでです。覚えたばかりの収束系魔法ではありますが、どうか御容赦を」

 「では……その大層な魔法を用意してくれた期待に応えるとしよう。我が紫電の一撃にて」

 

 騎士甲冑を脱ぎ捨て、己が愛剣に魔力を凝縮させるその輝きは廃墟を明々と照らす。

 防御など無い。自らの守りを捨て、純粋に、そして貪欲に求めるは確固たる勝利のみ。

 いやはや、実力を確かめる為の試験だったこの戦い。熱くなり過ぎれば死闘にすら変わる。

 後から主から大目玉を喰らうだろう。誰がここまでしろと言った……と。

 しかし許されよ我が主、八神はやて。時として武人というものには、抑えきれぬ衝動がある。

 そして確信する。今この身の肉体は最悪の疲労と最低のコンディションで成り立っている―――が、今から放つであろう一撃は、過去最高の切れ味になることを。

 猛り、盛り、極限まで熱された我が闘志。これより放つは烈火の具現。これより為すは新たな武勇。今こそ星砕きの伝説を刻んで魅せよう。

 

 「―――紫電―――」

 

 レヴァンティンから排出される大量の殻薬莢。その全てが魔力増強効果を持つ切り札の残骸。

 カートリッジシステムに残された全ての弾を使い潰した。今更弾数など数えまい。

 まさに掛け値なしの大幅なドーピング。今まで行ったことのない無茶ぶりだ。

 しかしそれがなんだ。制御できないじゃじゃ馬ならば、好き放題暴れさせてやろうではないか。

 だが、見返りは寄越せ。その荒れ狂う力の奔流、このシグナムの糧と為れ。

 力を持て余し、暴れているのなら、最高の獲物が目の前にいると教えてやる。

 

 「―――Starlight―――」

 

 狂おしいほど燃え滾る極炎を迎え撃つは、光輝なる星の涙。

 一人の魔力では限界があり、一人で為せる魔法にも限度がある。

 だからこそ周囲の力を借りるのだ。微量な魔力でもいい、極小の魔力でもいい。

 大気に漂う一粒一粒の粒子は磁石に引き寄せられる砂鉄の如く。

 小さな力は収束することにより巨大な個となり、力へと姿を変える。

 撃ち出されるは流星の矢。この廃墟に滞在していた全ての魔力。

 受け切れると思うなかれ。躱せると思うなかれ。斬れるモノなら、この星を切り裂いて見せよ。

 

 対立する焔と光。

 どちらが劣り、どちらが勝っているかは、放つまでは分からない。

 放たなければ所詮 神のみぞ知る勝敗である。

 神ならざる人が回答を求むるのなら、今こそ、その力をもって証明せよ。

 

 クロノとシグナムは今一度、互いの目を見合わせた。

 その手には相手を薙ぎ倒す鋭利な矛を携えいるにも関わらず、互いに頬を吊り上げ、笑う。

 そして次の瞬間、両者共に、最大限まで振り絞られた弓の弦を―――解き放ったのだ。

 

 「一閃――――――!!!」

 「Breaker――――!!!」

 

 長いようで、短かった、男と女の勝負はこれを持って終了とする。

 大きく勝敗を飾った大花火。刹那の決着。激闘の果てに、最後まで立ち続けた者は――………

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 高町クロノと烈火の将シグナム。この二人の勝敗の行方を決めた、決定打となった要因は各々の『能力制限』という枷の質の違い。この一つに限られた。

 クロノはジェイル・スカリエッティから転移魔法の使用制限をかけられ、大きく機動力を削られている。対してシグナムは時空管理局により、魔力の使用制限が課せられていた。

 かたや機動力、かたや魔力。

 どちらが力と力の鬩ぎ合いにおいて、大きなデメリットになるのかは、言うまでもない。

 それでもシグナムは最後までそれを口にしなかった。心のうちで吐露することもなかった。

 何故ならそれは逃げであり、見苦しい言い訳に過ぎないからだ。

 

 ―――無念だ。だが、次は、必ず私が勝つ―――

 

 渾身の紫電一閃を高町クロノのStarlight(スターライト) Breaker(ブレイカー)に打ち破られた瞬間、シグナムはそう口にして、その身は魔力の奔流に飲まれ、力なく倒れ伏した。

 最後まで立っていたのは、高町クロノ。あの激戦を経て、勝利したのは並行世界の魔導師だ。

 しかしその高町クロノも気力を使い果たしていた。

 魔力消費こそ、周囲の魔力残滓を利用しているので低燃費と言える砲撃魔法ではあるが、それらの収束過程で多大な集中力を必要とする。例えるなら精根尽き果てた状態と言えるだろう。

 

 「もう飛ぶ気力すらない、と見えるな。高町クロノ」

 「……ヴァイスさん」

 

 立っているのがやっとなクロノに背後から声を掛けたのは、ヴァイス・グランセニック。

 クロノが後ろに振り向くと、そこには狙撃銃の銃口をまっすぐ自分に向けている彼がいた。

 クロノとヴァイスの距離は20mもないだろう。

 

 「あの剣群を全て凌いだのですか」

 「おかげ様でな。見せてやりたかったよ、俺のハリウッド顔負けなドライビングテクニックをよ。だがまぁ迫りくる剣を避けては障害物とか壁とかにぶつけて自滅させるのは骨が折れた」

 

 HAHAHAHAHAと口を開けて大きく笑うヴァイスではあるが、目は笑っていない。

 一見隙だらけに見えるが、その実 隙は無く、何か抵抗を見せようものなら即座に撃ち抜くという意思をあの銃口からは感じられる。

 流石にこの距離で撃たれると、魔術障壁も間に合わない。頭を撃ち抜かれれば、気絶は確実。

 

 「しっかしおかしなことになったもんだ。これはちょっとした実力テストだったってのにな」

 「ええ……これでは死闘の類いですよ。試験、テストの領域を明らかに逸脱している」

 「違いねぇ。違いねぇが、なっちまったもんはしょうがねぇ。そう思わないか? 高町クロノ」

 「…………」

 「まぁ、赦せよ。姐さん……シグナムは、今持っている全てを賭けてぶつかった。その結果がこれであるのなら、受け入れてくれ。ちょいとばかし、ハッチャけたたかっんだよ、あの人も」

 

 ヴァイスは苦笑しながら、倒れ伏すシグナムを見る。

 彼女の顔からは全てを出し切った。魔力制限がある状態で、やれるだけのやったという満足感に満ちた意思が伝わってくる。

 それだけでもヴァイスはこの人外じみた戦闘に付き合って良かったと思えた。

 

 「ま、そのおかげで実戦さながらのデータが取れた。アンタの実力も、よーく魅せてもらった。このど派手な戦闘も大きな意義があっただろうよ」

 「目的は達した……のなら、その銃口を下してもいいのでは?」

 「それはそれ。これはこれ。ここまでやったのなら、最後までやり通すのが筋ってもんじゃねぇか。俺達も負けてばかりじゃ面子が立たねぇのさ」

 「要は痛み分けで締めたいということですね」

 「その通り。いやまったく、私情ありきで悪いとは思うがね。明日にでも、良い酒を奢るから」

 

 もはや高町クロノに抗う気力はない。なにせ今こうして立っていられるのもやっとであり、反撃する余力も一切残ってはいないのだから。

 仮に何か抗う素振りをみせようものなら、即座に撃ち抜かれる。何もしなくても撃ち抜かれる。

 積みだ。シグナムとの闘いで疲労しきったクロノに逆転できる術はない。

 そう、物理的にここからの巻き返しは望めない。しかし、クロノの目は未だに諦めの二文字は映されていなかった。それどころか、やりきったという、安堵の表情すら浮かべている。

 

 「……ヴァイスさん。申し訳ありませんが、お酒の奢りはお断りします」

 「なに?」

 「僕は元々お酒に弱いですし。それよりも、痛み分けでは終われません」

 「まだ何か隠し玉でも持ってんのか」

 「いえ、もう何もありませんよ。ただ、単純に……時間切れ(・・・・・)です」

 

 クロノがそう言い終えたと同時に、廃墟に響き渡るは「模擬テストが開始して一時間が経過した」というアナウンス。「高町クロノの能力テストは終了した」という報告だ。

 で、あれば―――ヴァイスがクロノを撃つ権利も、理由も、その警鐘が鳴った瞬間に途絶えたも同然。機動六課が提示したルール通りに退かなければ、それこそ筋が通らない。

 

 「あのヴァイスさんが、意義も大儀もなく人を撃つ人間ではないと信じてますよ」

 

 クロノの安堵した表情の原因は、これだったのだ。やりきった、逃げ切ったという自信はこの時間切れ(タイムオーバー)に注がれていた。

 仮にここで意地を張り、引き金を引いたとしても此方に得るものは何もなく、ただ悪戯に面子も誇りも全て纏めてドブに捨てる羽目になるだけだ。

 戦いも、勝負も、高町クロノは掻っ攫う気だったのだ。そして、今こうして成し遂げた。

 

 「ハハッ。余裕をこいて、長話をしすぎたか。まったく、俺は何年経っても……いや、数年のブランクがあるからこそ、詰めの甘さが際立っちまったってことかね」

 

 余計な会話など挟まず、すぐに撃てば時間切れによるクロノの逃げ切りは叶わなかった。

 圧倒的有利な状況が生んだ、この慢心こそヴァイス・グランセニックの過ち。

 慢心など持てる身分でもなければ、力を持っているわけでもないだろうに。

 

 「情けねぇったらないな」

 

 ヴァイスは構えていたストームレイダーを下ろし、待機形態(ドックタグ)に戻す。

 今回のところは、完敗だ。痛み分けにすら持っていけなかった、完全敗北に他ならない。

 せめて『高町クロノという男の本気を引き出す』という、本来の目的を達成できただけでも良しとするしかないだろう。

 何事にも妥協を良しとするのが、大人というものだ。そしてこの溢れんばかりの後悔は胸に押し留め、糧とし、次の機会で活かせばいい。

 陸で魔導師のエースとして働いていたあの頃のように。

 

 「シグナム姐さん、すみません。ボカやらかしました」

 

 ヴァイスは気を失って倒れているシグナムの元まで駆け寄り、頭を下げる。

 彼女の背中を護るべき男の失態だ。後から幾らでも叱責を受けよう。

 でもチョップだけは勘弁して下さいね、と彼は小声で言ってシグナムの肩を担いだ。

 

 「さて、終わったのならさっさと機動六課に戻るとしましょうかね」

 「もうクタクタですよ……」

 「それには同意だが、まだ倒れてもらっちゃ困る。アンタはこれから楽しい楽しい隊員達からの質問攻めが待ってるからな。あの魔法はなんだ、この技術はなんだってね。それだけじゃねぇ。夜は高町夫婦の歓迎会だ。休んでる暇はねぇぞー」

 「め、めまいが」

 「モテ男は辛いねぇ。羨ましい、いやはや、羨ましい限りだ!」

 「心にもないことを……禍根、残しましたよ」

 

 他人事のように、皮肉を込めて謳うヴァイスにクロノはジト目で返す。

 それでも狙撃手は爽やか笑顔で返すだけ。

 それがせめてもの、ヴァイス・グランセニックの仕返しだった。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 ヴァイスの言う通り、高町クロノは実力試験が終わってからというもの、機動六課の隊員達に息つく暇もなくアレやコレやと質問攻めを受けた。

 魔法も、法術も、武術のことも。根掘り葉掘りとはこのことだ。全く手加減というものがない。

 尤も、法術の原理以外は律儀に全て答えるクロノもクロノだ。

 あの激戦で疲れているだろうに、講師さながらの説明を丁寧に行い、一人一人納得行くように口を動かした。そのお人好しぶりは、皮肉の応援を送り付けたヴァイスも飽きれたほどだ。

 如何なる時も乞われれば応え、頼まれれば引き受ける。それが彼の短所であると誰かが言った。

 しかしそれを損であるか得であるかは、高町クロノが決めること。他人にとやかく言われる筋合いもなければ、本人が納得できるのならそれに越したことはない。

 そして時間は過ぎ、夜になり、場所は八神はやて行きつけの居酒屋に移る。そこで満を持して「高町夫婦の歓迎会という名の飲み会」が行われた。

 朝から機動六課の厨房で扱かれていた妻の高町なのはも、朝から体も頭も口もフルスロットルで動いていた高町クロノも、これが今日最後の締めであると気合いを振り絞り、参加した。元より彼らが主役、辞退する道などない。

 

 「いやー、もう何度も言ってるけど、今日の高町クロノ君の実力っぷりは凄かったわ! よっ、流石は機動六課を出し抜き続けた男! 君がいれば100人力……いや1000人力や!」

 「あ、あははは。勿体ないお言葉です」

 「なーにもっと威張れ威張れ! ほれ、堂々とせんとうちの機動六課に立つ瀬がない!」

 

 酔いが完全に回った八神はやてはクロノの背中をバシバシ叩き、大笑いしながらジョッキに注がれたビールを飲み干していく。その勢い、収まることを知らず。

 出来上がり具合が絶頂に達した上に、話の肴も大盛りだ。今回の実力テストの話題だけで一日喋り続けるだけのネタがあるのだから。

 

 「ま、ヴァイスがもちぃっとしっかりしとったら完全☆敗北にはならんかったんやけどなぁ?」

 「へーへー。そうですよ、俺がわるぅございました。耳にタコできるほど聞いてますよはい」

 「なんやーその口の利き方はぁ。躾けがなっとらんようやなぁヴァイスゥ!」

 「いい加減落ち着きやがれと言うとるんですこの酔っ払いがァ!!」

 

 ジョッキが割れない絶妙な力加減でテーブルに叩き付けるヴァイス。

 上司であるはやてを見るその目は実に好戦的だ。朝からネチネチネチネチと情けない醜態を晒したが故にいびられ続けた怒りが酒の力で大爆発と言ったところか。

 

 「いや、どうせなら酒過剰摂取で意識飛ばして黙らせた方が手っ取りばやいか。ちょっとそこのお姉さんこの店で一番度数高い奴ジャンジャン持ってきてジャンジャン!」

 「お、やるか! 酒飲みで私に勝とうなんざ100年はやいで!?」

 「年下が何を偉そうに。上司だろうが手加減はしませんよ。その鼻っ柱をへし折ってくれる!」

 

 幸か不幸か。ハイテンションで絡んできたはやての矛先はヴァイスに移った。

 「二人とも、明日もお仕事があるのだから体に障らない程度にした方がいいですよー」というクロノの忠告も今の彼らの耳には届かない。

 自分はなんて無力な存在なのかと思いながらテーブルに置かれた唐揚げを口にする。美味い。

 妻はこの世界の自分や機動六課の女性陣と楽しそうに談笑している。あの様子だと無事打ち解けたのだろうと安心すると同時に、あの女性がいないことに気づいた。

 

 「あれ、シグナムさんは?」

 「呼んだか」

 

 いつの間に自分の隣の席に座り、焼酎をちびちびと飲んでいた烈火の将。

 気配を消していたのか。気が緩んでいたとはいえまったく気が付かなかった。

 

 「気配の遮断、流石ですね。驚きましたよ」

 「まぁ驚かせるつもりでやったからな」

 「………まさか、根に持ってます?」

 「まったく無いと言ったら嘘になる。だが私もそう根に持つ女ではない。そう怯えてくれるな」

 

 苦笑してそう応えるシグナムの横顔は実に凛々しい。

 戦闘で見せた雄々しさも、猛々しさも、今の彼女からは微塵も感じられない。

 

 「先ほどまで我が主の相手をしてくれたことに礼を言おう」

 「いえいえ。此方こそ、あそこまで親密に接してくれたことに嬉しく思います。一度は敵対した仲ですし、少なからず溝があるのではと不安だったので」

 

 クロノの言葉にシグナムは安心したように頷いた。

 どうやらクロノがはやてに絡まれた際にイライラが溜まっているのではないかと心配していたようだった。それも杞憂に終わり、部下であるシグナムも安堵したのだろう。

 彼女は喉に詰まっていた気がかりを洗い流すように、御猪口に注がれた焼酎をグイっと流し込んだ。

 

 「不思議なものだ。どんな安酒も、仲間と飲む時は味が変わる。まさに美酒の類いよ」

 「仲間、ですか……この別世界からきた余所者に、そう言ってくれますか」

 「ああ。なにせ今私が飲んだ安酒は格別に美味い。これこそ、何物にも勝る証明だ」

 

 そう言い張るシグナムにクロノは頬を緩ませる。

 保護してもらっているという、肩身が狭い自分にそんな言葉を投げかけてくれることが、どれだけ有り難いか。どれだけ心強いか。この一日の疲れが吹き飛ぶほどに、嬉しかった。

 

 「ありがとうございます……シグナムさん」

 

 堅苦しい感謝などよせよせとシグナムは言い、ちらりとはやてと戯れるヴァイスの姿を見た。

 飲んで暴れてどんちゃん騒ぎする狙撃手を見るその瞳には、好いた男に構ってほしかったという女の匂いがした。

 しかしその匂いを漂わせる時間もそう長くはなかった。彼女は構ってくれぬのなら、構わない。此方は此方で楽しもうという対抗心にも似た雰囲気を発露させたのだから。

 

 「では、改めて心強い戦友となった男よ。杯を交わす次いでに、下らん雑談でも興じよう」

 「持ちネタは、そうありませんよ?」

 「構わんさ。お互いのパートナーが嫉妬するくらい、大いに盛り上がろうじゃないか」

 「あはは……まぁ、僕の妻も彼方で若い女性達と楽しく談笑していますからね。ちょっと意地っ張りになってみましょうか」

 

 クロノとシグナムは、単なる水だけが入ったコップと、熱い焼酎が入った御猪口を、騒音入り乱れる居酒屋で静かに当て合った。




・今回は31話 32話を使い、高町クロノメインで機動六課との関わりを描かせて頂きました
 次回はリリ箱の高町なのはメインで機動六課の人達との日常を書いてみようかと思います

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