魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第34話 『doctor』

 ジェイル・スカリエッティは自他共に認める大天才だ。天才だとも。世界の真理を、世界の理を、世界の有り様を全て解き明かしてみせようと豪語することができ、何よりその言葉を虚言では終わらせない頭脳と科学力を持つ。ああ、そうだとも。そうだともよ。技術にしても、魔法にしても、これまで己が解き明かしてきた数は既に三桁を超えようとしている。ミッドチルダで論文を提出すれば凡人達が羨む賞など幾らでも取れようさ。いやそんなに賞自体に興味こそないが、彼らが驚く姿は実に眺めてみたいとも思う。

 ともかく、このスカリエッティに解けない壁など無い。そう思ってきたし、そう思えるだけの結果を残してきた。それなのに、どうしても、今、解けない難問が目の前にあった。

 

 「やはりこれは法外ならざる代物だね。ブラックボックスなんてレベルじゃない」

 

 今、自分が相対しているものは紅き宝石。その輝きは万人を魅了し、そしてその心を吸い込むが如き色合いを発している神秘。これは唯の宝石でもなんでもない。まさに、掛け値なしの魔導具。

 

 「ハッ、ロストロギアが可愛く見える。この大天才がここまで悩まされるとは……」

 

 この魔導具の名はレイジングハート。誰もがその名を一度は聞いたこともある呼称だが、実際は違う。これ自体はかの音に聞こえしエースオブエースが有するデバイスではない。では、レプリカか? 無論、それも違う。たかがレプリカ如きにこのジェイル・スカリエッティがここまで頭を悩ますものかよ。

 これは、正しくレイジングハート。偽物でも、なんでもない、本物だ。ただし、この世界で名が知れ渡っているものとは異なる、平行世界という世界線から持ち出されたもの。機能も、有り様も、仕組みも。何もかもが違う、根底から違う、異物中の遺物。

 

 狂っている。

 

 まずこの代物を軽く解析した時、初めてジェイルが口にした言葉だ。

 緻密も緻密。まるで出鱈目な魔法論で構成されているそれは、大天才である自分を不遜にもそう口に出させるだけのものがあった。魔法体系が違えど、ジェイルほどの頭脳があれば、まずソレがどれほどのものなのか理解することができる。それが科学者というものだ。直感に近いが、この代物はまず平行世界においても群を抜いてぶっ飛んでると確信できる。

 

 「いや、だが、これも人が作ったものであるならば……私に解析できないはずが無い。でなければ、私はクロノに技術者として敗北していると意味する。世界線が違う、技術体系が違うなど言い訳にしかならない。彼が作ったものを理解せねば、このまま分からないままで終わらせてなるものか。勿体無いにも程がある」

 

 ジェイルはドがつくほどの負けず嫌いだ。飄々とした言動でのらりくらりと摑みどころの無いよう演出しているだけだ。その本質は、ただただ追求することに生を見出すバカの成れの果て。世界の疑問を根掘り葉掘り掘削して理解するまで止まらない獣。

 分からない、分からない、分からない。

 なんと苦く、モヤモヤして、イラ立ちが篭るものだろうか。こんな感情は久しぶりだ。世界に退屈していたあの頃がバカらしくなるほど、今、自分は熱中している。

 

 「クッ。何を全知全てを分かった風になっていたのやら。とんだ井の中の蛙だね。だが、悪くない気分だ。こんなにも分からないことだらけなのに、心は躍り昂ぶっている。ククク、見ていろ高町クロノ。君の技術体系は私が貰い受ける。そして私は更なる次元に挑むのだ。ククッ、いいぞ、いいぞォ! この法術の結晶を解析すれば今まで妥協していた理論が再構築できる気がする! アレも! これも! はははははは、いやいや楽しくなってきた、楽しくなってきた!! この果てしない欲望の先に! 痛快な爽快感を得れる自信しかないッ!!!」

 

 確かに今はこの魔法形態について理解していることは著しく乏しい。だが、誰も最初はそんなものだ。原理を知るまでの工程は天才であろうと凡人であろうと誰でも通る道だ。本当の天才というものはその過程を疎かにすることも、蔑ろにすることも決してしない。大切なのは「知ろうとする思考」と「それを実行できる技量」に他ならないのだから。

 才能とは、努力を続ける根気とも言える。いや、努力なんて泥臭い言葉はこのジェイル・スカリエッティに似つかわしくないのは重々承知しているが、それが事実なのだから否定することもできない。存外嫌いでもないのかもしれないな、努力するということはとジェイルは一人苦笑する。

 

 「ふふ、ふはははははじゃないですよドクター」

 

 複雑怪奇なコンピューターに囲まれた個室で勝手にテンションを上げているジェイルに、外から一人の女性が呆れ顔で入ってきた。ナンバーズの長女、ウーノである。

 

 「いったい何日引き篭もってるんですか」

 「やぁ愛おしき娘よ。今は取り込み中だよ」

 「それ二日前にも聞きました」

 「では継続中だ」

 「それでは困ります。無限ループです」

 「大事なことなんだ。高町クロノが出て行った今、この議題に単独で挑むしかない」

 「貴方が世界を面白おかしくするためにワザと逃がしたツケですよ」

 「なればこそ、この逆境を好ましく思った上で乗り越えねばならない」

 「そうですか。ご飯ですよ」

 「話聞いてたかね?」

 「聞いた上でご飯です」

 「いやだから」

 

 ダダを捏ね続けるジェイル・スカリエッティ。それに、ついにウーノは静かにこう述べた。

 

 「くどい」

 「すまない」

 

 ジェイルは即答した。

 恐怖から一番縁遠いと自負していた男が、自分が作った娘に恐怖した。

 決して怒鳴り散らしているわけではない。決して暴力でにじり寄っているわけでもない。

 ただ、ウーノが笑顔で、静かに、そしてゆったりとした口調で言った言葉にどうしようもない悪寒を感じたのだ。「あ、これは不味い」と本能が理解しているようだった。

 

 「でも一応、私は親……」

 「まだ言いますか。いいですか、今この場において親もなにもないです。私はこの組織を纏める長女です。管理栄養も携わっているのです。その権限は時として君主をも上回ります」

 「そういうものなのかね」

 「そういうものです。これ以上ぐだぐだ言うようなら、いくら敬愛しているドクターと言えど」

 「分かった、すまなかった、悪かった。すぐに向かう」

 「本当ですね? では早速妹達にも伝えます。久しぶりに家族団らんでの食事に喜ぶでしょう」

 

 そう嬉々として言って部屋から出て行くウーノ。それを確認したジェイルは少し溜息をついた。幾らなんでも個性を会得しすぎである。いや、喜ばしい。喜ばしいことではあるよ? 戦闘機人が人間と同じ感性を持ち、そして独自の価値観を会得していくことは進化の第一歩。目に見える成長の成果と言える。しかし、まさか此処までとは。

 

 「いやぁ、女性とはここまで逞しい存在とは。甘く見ていたよ、高町なのは」

 

 ここから脱走した女性の顔がジェイルの脳裏を過ぎていく。あのウーノにあそこまでの成長を齎した要因はまず間違いなく彼女である。それは疑いようの無い事実だ。そう仕組んだのもジェイルではあるが、その効果はジェイル自身の想像を超えたものとなっていた。

 

 「さて……もうちょっとだけ」

 

 ウーノが出て行ったことを良いことにジェイルはまたコンピュータを開こうと手を伸ばす。

 

 「………」

 

 しかし、その解析を再開させるためのキーを押す前に、手がぴたりと止まった。

 今思い出すウーノの言葉。

 

 『では早速妹達にも伝えます。久しぶりに家族団らんでの食事に喜ぶでしょう』

 

 ウーノはそう言って出て行ったのだ。そう、ここ最近解析に没頭するあまり娘達と食事を共にしていない。自意識過剰かもしれないが、きっと、娘達には寂しい思いをさせている。そもそも口約束とはいえ約束だ。ウーノにすぐに向かうといって、行動に移さなかったら自分の信用に関わってくる。

 

 「今日は本当にここまでにしよう」

 

 ジェイルはそう言い残して娘達が待つ食卓に向かった。

 

 人は、人生を共にする伴侶を得て、子を得て、苦楽を享受する。

 最初は「なんと非効率的な生き物か」と思いもした。

 だってそうだろう?

 自分の為すべきことを削って、他者の為に動く。そんなもの、非効率と言わずしてなんという。自分の好きなように生き、他の人間も自分の好きなように生きれたら、どれだけの有意義な時間を得られるのかと思いもするだろう。

 しかし、違う。違うのだ。

 この世に無駄なものなどない。

 これが無限の欲望たるジェイル・スカリエッティの基盤となった。

 人は他者と関わり、自分の在り方を見つめ直すことができる。無駄、無意味であるかに思えた行為は、あらゆる要素が交じり合い「意味のある」ものへと昇華される。

 

 ジェイルがナンバーズに「心」を与えた理由は、それだ。

 ただの戦力として彼女たちを欲しただけならば、別に心などいらない。それこそドローンのように無機質な受け答えしかできない、純粋な機械としての運用の方が遥かに好まれる。

 しかしジェイルはそれを良しとしなかった。ジェイルが彼女達に求めているのは、ただの戦力としての数値ではない。戦闘機人としての成長の過程である。

 

 「そう思えばこそ、彼女達の変化はとても良好だ」

 

 ジェイルは娘達の待つ部屋に向かう道中、ふとそう呟いた。

 彼女達は自分を唯の創造主としてではなく、一人の肉親として見なしてくれている。自分の発する命令を淡々と、何も考えずにこなしているのではなく、ちゃんと自分の考えを持って、悩み、そして行動に移している。それがとても好ましい。

 

 ああ、向かう先から良い匂いがする。ウーノもだいぶ料理の腕を上げたのだと理解できる。

 これも、ジェイルの喜ばしい成果だと感じてやまない。

 それもそのはず、ウーノには料理の知識も、技能も、それこそそれにあったボディを与えたわけではない。彼女の料理技術は、あくまで独力で手に入れたものだ。設計思想とは異なる機能を独自で取り込んだ結果だ。これがどれだけ立派なことか、ウーノ自身も理解してほしいところではある。

 

 誇り……そう、誇りだ。

 

 ナンバーズはジェイルの誇りだ。彼女達の誰一人として失敗作などいない。否、仮にどんなに要領が悪く、性能が悪かったとしても、決して失敗作などと疎かにすることなどありはしない。

 

 「待たせたね、愛しの娘たち! 大黒柱のドクター・スカリエッティが食事を取りに来たよ!」

 「「「「「遅いッ!!!」」」」」

 

 扉を開けて、王の凱旋の如く挨拶。

 そして帰ってきた怒りの返礼。

 

 「遅いっす! そしてどんだけ部屋に閉じこもってたんすかドクター!」

 「ご飯が冷めてしまいますドクター。はやく座ってください」

 「ドクターなら衛生管理くらいしてください」

 

 鳴り止まぬ批判の嵐。よほど彼女達にストレスを与えてしまっていたようだ。

 

 「本当にすまない。この通りだ」

 

 手を合わせて精一杯の謝罪をする大黒柱。これを情けないと思うならば笑うがいい。基本、父親というのは娘に無力な存在なのだ。

 

 「じゃあ今度買い物に付き合ってほしいっす! 人間みたいにお洒落したい!」

 「え?」

 「私も私も!」

 「ええ?」

 

 弱腰の下手に出るとこの我が侭の嵐。人の心を持っていれば当然出てくる我欲といえばそれまでだが、まさか戦闘機人がお洒落とは。いや、これはまさに人間そのものではないか?

 

 「ドクター。どうか妹たちのわがままに付き合ってあげてください」

 「ウーノ……まさか、君もか?」

 「いいえ。私はそういったものには興味ありませんので」

 

 嘘だな。その目は、自分の言葉に自信がない者の持つ瞳の動きだ。ならば、答えは一つに決まっているようなもの。彼女の心を汲み取れないようでは家主として器が知れる。

 

 「よし、分かった。たまにはそういうのも良い。今回の失態を許してくれるのなら、安いものだ。ただし条件がある」

 「「「「「条件?」」」」」

 「行くなら、全員でだ。居残り組は許可しない」

 「「「「「おおおおおおお!?」」」」」

 「ど、ドクター!?」

 「ウーノにも勿論付き合ってもらう。ふふふ、しかしよくよく考えてみればいいじゃないか。天下の時空犯罪者がミッドチルダで買い物だぞ!? ハハハハ、これはまさしく一つのゲームだ!」

 「ゲーム?」

 「そうさ、これだけ大々的に指名手配されているのにも関わらず、都心で優雅に買い物をする行為! それを気づかず見逃してしまう時空管理局! 後から奴らを小馬鹿にする材料にも為りえる!」

 

 これまで類を見ない最高の悪事の如く宣言するジェイル。無論、これはあくまで大義名分だ。こうでもしないと頑固なウーノも自分に納得できないだろうし、なにより娘達とただただ買い物に行くというのはちょっと気恥ずかしい。

 

 「そうと決まれば!」

 

 ジェイルはスタイリッシュに自分の椅子に座り、テーブルに置かれた食事を前に手を合わせる。ソレを見たナンバーズも素早く各々の席に座り、手を合わせた。これも高町なのはから学んだことだ。ご飯を食べる前は、食事に感謝の念を。これから食べる命に感謝の念を。

 

 「明日に備えて!」

 「「「「「いただきます!!」」」」」

 

 慌しい食事となったが、それもまた良し。

 面倒な約束も取り付けてしまったが、それもまた良し。

 どれもこれも、無駄なことじゃない。次へと活かす、必要な行いだ。

 そう思えばこそ、人は前へと進めるのだ。そしてせっかく前進するのなら、楽しく行こう。

 

 無限の欲望なれば、欲するものを全て得てこそ、ジェイル・スカリエッティなのだから。

 

 


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