魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第04話 『wonder-worker』

 機動六課本部で、輸送列車の戦闘を一部始終見ていた八神はやては自身の頬に一滴の汗が落ちるのを自覚した。

 信じられない。自慢の部隊であるスターズ分隊とライトニング分隊が三分足らずで完膚なきまでに無力化されたのだ。

 彼らは平均の魔導師より遥かに強い精鋭だ。幼いながらも高い戦闘能力を持つ稀代の魔導師達だ。たったの3分足らずで全滅できるほど弱くはないはずなのだ。あの高町なのはとて完璧に無力化するのには五分以上は掛かる。だというのにフードを被った男はダメージを一切負うことなく全滅させた。

 

 「な、何者なんや。あのフード男は………!!」

 

 自然と口からでた問いに、答えられる者は誰もいなかった。同く映像を見ていた職員達も、皆同じ問いを頭の中を駆け巡っていた。

 

 「クソッ、なんなんだあの常識外れな隠蔽魔法は……! 奴の魔力の波長どころか、体温すら感知できないぞ!! こんな術式、聞いたことも見たこともない………!!!」

 「信じられません。制御の難しい転移魔法をあんなに連続して、それもタイムラグも無く使用できるなんて………あのフードの男、間違いなく大魔導師クラスです!!」

 

 呆けた意識から脱却した職員からは驚愕と悲嘆が入り混じった声が続く。

 

 「みんな落ち着くんや。混乱したらあかんで!!」

 

 どよめく場をはやては一喝して制する。そして彼女は上空に待機していたなのはに指示を送る。すでになのははフード男に狙いをつけている。いつでも交戦可能だ。

 

 「なのは分隊長。レリックの確保と正体不明のフード男の捕縛………いっぺんにいけるか?」

 『―――いけます』

 

 なのはは自信の籠った短い返事を残し、通信を切った。頼もしい限りだ。

 『エースオブエース』『管理局の白い悪魔』の異名を持つなのはならば、レリックを無事回収しあのフード男を捕縛してみせる。どれだけ難易度が高かろうと彼女ならきっと上手くやってくれる。そう断言できるほどの信頼をはやては寄せていた。

 さらにダメ押しとばかりにフェイト・T・ハラオウンにも増援に向かうよう通信を送った。これで、あのフード男がどれだけ強かろうと関係ない。もう、あの男には捕縛される運命しか残されていないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 「私は時空管理局所属の高町なのは一等空尉です。大人しく武装を解除して、投降してください。先ほどのように抵抗するのであれば、強制連行も辞しません」

 

 なのははフードの男を警告しながら、レイジングハートの柄を力強く握り締める。

 フードの男の周囲にはスターズ、ライトニングの新米たちが倒れ伏している。誰も起き上がる様子がない。だが、ただ眠らされていたり気絶させられているだけのようで、命には別状はないようだ。なのははそれに安心すると同時に、フードの男の底知れぬ戦闘力に唾を飲んだ。

 彼はティアナ達に一切の反撃を許すことなく、また彼女達を傷つけることなく鎮圧した。自慢の教え子たちが為す術もなく全滅させられたのだ。それだけで十分、彼の力量が極めて高いということが伺える。

 フードの男は静かにレリックの詰められたケースとS2Uを持つ両手を上げる。降参のサインだ。そう彼女は思った次の瞬間、彼はいきなりレリックが仕舞われたケースをあろうことか上空に放り投げた!

 

 「―――ッな」

 

 正気の沙汰ではない。強い衝撃を受けると大爆発を起こす危険物を、彼は何の躊躇もなく投げたのだ。これにはなのはも度胆を抜かれる。もしレリックの爆発が起きれば、間違いなくここ半径一㎞内の一帯は吹き飛んでしまう。

 

 「なんてことを!!」

 

 なのははリミッターを掛けられた状態で出せる全力の速度で飛ぶ。何が何でもアレが地上に落ちる前に、拾い上げなければならない。

 ―――大丈夫、ここからの距離ならば十分ケースを拾い上げることが可能だ。なのはの細い手がケースに触れられ、何とかキャッチした。心臓に悪い気分を味わったなのはは頬から伝わる汗を拭う。そして、また別の汗が背中を伝わった。

 後ろを振り向けばそこには、フードの男が手刀を放っていた。狙いは、なのはの首―――気絶させる気だ。

 

 『shield.spread.』

 

 人工AIが組み込まれているインテリデェントデバイス「レイジングハート」はなのはより早く、彼の接近に気付いていた。レイジングハートの判断により、4重もの魔法障壁が展開される。

 一層目はシャボン玉が割れるように軽々と粉砕され、二層目、三層目では勢いを弱めながらも割られていく。そして、最後の砦の四層目で、やっと手刀の勢いが無くなった。

 鉄壁、要塞とまで謳われていた自分の防御が『初戦』でここまで追い詰められたのは初めてだ。

 

 「………ッ!」

 

 なのはは四の五の言わず反撃に移ろうとしたが、甘かった。初撃の手刀で彼の攻撃は終わったものとばかりに錯覚していた。フードの男の攻撃はまだ終わっていない(・・・・・・・・・)………!!

 

 「打ち砕け――――ブレイクインパルス」

 『Break Impulse.』

 

 詠唱が発せられると同時に残された最後の砦たる障壁が粉々に砕け散った。これは、かつての上司が愛用していた魔法。故になのははその効果をよく知っている。

 『ブレイクインパルス』。対象に魔力の振動を送り込み内部から粉砕する強力無比な打撃魔法。クロノ・ハラオウンが模擬戦でよく使い、そのたびに敗北を喫せられていた。アレを直撃すればバリアジャケットを装備していようとも意味はない。

 

 「……………っ」

 

 敗北を覚悟したなのは。せめて目は閉じない。恐怖から逃げない覚悟を持って、フードの男を睨みつける。その時、彼の手刀は首筋の前で寸止められた。

 

 「―――――――」

 

 フードの男から歯を食いしばる音が聞こえる。小さな呻き声が聞こえる。まだ見ぬ素顔が、酷く辛い表情をしているのだとなのはは感じた。何故、彼は自分にトドメを刺さないのだろうか。何故、彼はこんなに辛そうな気配を出しているのか。なのはには、全く分からなかった。

 そして、彼は手刀を収め、なのはと距離を取る。何から何まで理解できない行動ばかりを彼は取り続ける。

 

 「貴方は一体………何のつもりですか!?」

 

 情けとも取れる行いになのはは混乱する。

 

 「…………」

 

 男は応えない。彼は無言でなのはを見つめる。その眼差しに、敵意も、殺意もない。それになのははさらに混乱する。最初は自分に対して何か怒っていたような雰囲気はあった。だが今では儚く、静かな雰囲気を身に纏っている。

 

 「なのは!!」

 

 そんな中、戦友のフェイトが自分の名を叫び、駆けつけてきた。そしてなのははハッとする。一体何を自分は呆けているのだろうか。何を混乱しているのだろうか。今の高町なのはは隙だらけだ。これでは、いけない。エースオブエースの称号を持つ者として、これでは示しがつかない。

 

 「フェイトちゃん―――気を付けて……あの魔導師、凄く強いよ。それだけじゃない。彼は、今までの犯罪者とは決定的に何かが違う」

 

 なのはは、困惑を振りきり意識を切り替えた。聞きたいことは、倒した後からゆっくり聞けばいい。そう、いつも通りにやればいい。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 高町クロノは震える己が手を必死に抑えていた。まさか妻と同じ顔をした別人と戦闘するだけでこれほど、精神に負担の掛かるものとは思わなかった。

 情けない。今自分の目の前にいるなのはは自分の知るなのはとは180度違う別人だ。赤の他人だ。それは重々理解している。だからこそ平行世界のなのはと戦う運命を自分は受け入れ、今日この日までずっとそう言い聞かせてきたのではないのか。なのに、いざ戦闘になってみればこのザマだ。あと一歩で打倒しえれるところまで追いつめたというのに、最後の最後で腕が動かなくなってしまった。

 

 “ついに、フェイト・T・ハラオウンも来てしまったか”

 

 金髪赤眼を持つ女性、フェイトはインテリデェントデバイス『バルディッシュ』構えて此方を牽制する。非常に厄介だ。唯でさえなのは一人でもキツイのに、ここにきてさらにもう一人の高ランク魔導師。もうクロノは精神的に限界がきている。万全でない状態で、この二人を同時に相手するのは無理がある。

 

 “ジェイルさんはもう十分僕の戦闘データを取っただろう。なら、そろそろ逃げても構わない頃合いのはずだ”

 

 クロノはその気になればいつでも転移して逃げることができていた。だが、ジェイルに自分の戦闘データを取りたいと要求していたため、仕方なくやりたくもないなのはとの戦闘を決行した。ぶっちゃけ非戦闘員の元開発技師であり、現在はしがないの喫茶店の店長であるクロノに、百戦錬磨と名高いエース二人を纏めて相手取れるほど高い戦闘力は有していない。先ほど倒したティアナ達も、幼いが故に隙を突けたから一瞬で鎮圧することができたのだ。実際に真正面からの戦いとなると、負けはしないがそれなりに時間がかかる。ジェイルは少し自分に期待しすぎなのだ。

 それはまぁともかくとして、撤退する頃合いと悟ったクロノは転移魔法を発動し、まずなのはが持っているレリックのケースを取り戻す。

 クロノの転移魔法は目視できる範囲であれば、物体を思うがままに転移させることができる。転移できないのは、強力な魔力障壁に身を包んでいる魔導師と、高い魔力の磁波を帯びたデバイスくらいだ。ちなみに法術杖であるS2Uは自在に転移することが可能である。

 

 “引き際だね”

 

 目的のレリックの確保もできたし、大方の戦闘もこなした。これで、もう此処にいる必要性は無くなった。今度はクロノ自身が長距離転移をするため、魔法術式を展開しようとする。

 

 「――――!?」

 

 しかし、クロノは転移魔法を展開できなかった。金色のバインドがクロノの手足に取り付けられたのだ。いくらクロノとて、バインドの捕縛力を無視して転移はできない。

 

 「シッ!!」

 

 身動きが取れなくなったところで、フェイトが高速移動を行い自分の目の前に現れる。バルディッシュの魔力刃が容赦なく自分の首に向けて振るわれた。

 クロノは瞬時にバインドを解除し、S2Uで斬撃を受け止める。実に鋭い一撃だ。しかし、高町……いや、月村恭也ほどではない。

 

 「ハァァァァァ!!!」

 

 高速移動を行いながら、あらゆる死角からフェイトの斬撃が迫る。それをクロノは一つ一つ丁寧に捌き、打ち返し、火花を散らす。

 クロノは23撃目の斬撃を捌いたと同時に、バルディッシュの魔力刃にブレイクインパルスの魔力振動を与える。バルディッシュ本体には何のダメージは与えられないが、魔力刃を一時的に破壊することができる。

 パリィン、と硝子が砕け散る音を奏でて破壊されるバルディッシュの魔力刃。そして、クロノはフェイトの懐に潜り込み、彼女の防御力の薄いバリアジャケットにS2Uを当てて、

 

 「……ごめんね」

 

 彼女に謝り、威力を抑えたブレイクインパルスを放とうとする。

 

 「バインド!」

 

 それを桜色のバインドが阻止した。高町なのはの遠距離バインドが、自分の腕に絡まった。

 

 「しまっ―――」

 

 動きを止めたクロノに、フェイトの足蹴りがレリック入りのケースを持った手に直撃した。

 クロノの手元からレリックのケースが離れる。さらにフェイトは自分の肢体にバインドを続けて仕掛けた。黄金のバインドが両腕両足をガッチリ捕縛し、クロノの身動きを取れなくする。しかも、通常のバインドより何重もの密度で練られた特別性だ。これには、流石のクロノも全て解除するのに何十秒か時間がかかってしまう。

 

 「これで、終わりです」

 

 不吉な言葉を残してフェイトは自分から距離をとった。

 おかしい。何故今自分を攻撃をしない。バインドで身動きを封じた今が絶好のチャンスのはずだ。なのにどうして攻撃もせず後ろに下がる。まるで、何かの巻き添えを喰わらないように、手慣れた動きで。

 

 「ちょ、まさか」

 

 クロノはフェイトの真意に気付き顔を青ざめる。

 レリックという爆弾を持っていた自分は、高町なのはの砲撃魔法から事前に身を護ることができていた。しかし、その護身の役目を担ってくれていたレリックは先ほどフェイトが自分から引き離してしまった。つまり、今のクロノはなのはの砲撃を未然に防ぐ抑止力が失われた状態なのだ。クロノはギリギリと錆びれたブリキの人形のように首を動かし、なのはを見る。

 クロノは唇を歪ませた。辺りに霧散していた魔力がどんどんレイジングハートの矛先に集まって行っているのだ。最初はサッカーボールサイズの魔力の塊が、次第に膨れ上がっていく。それが一体ナニを意味しているかは考えなくても分かる。

 

 平行世界の高町なのは(管理局の白い悪魔)による、処刑決行のカウントダウンだ。もちろん、処刑対象は高町クロノ。

 

 高町なのは一等空尉の魔法は事前に把握していたクロノは、今行使されようとしている魔法の正体を知っている。ある意味彼女を象徴している魔法だ。どんな障害をも無に帰す、砲撃魔法の最上級術式。周辺に浮遊する魔力の残留を一点にかき集め、放つ大技。その魔法、ランクに表すならばS相当の代物。

 

 「拙いな、これは」

 

 いくら何でもアレは洒落にならない。どうやって対処する。今自分はバインドによって動きを封じられている。躱すことも、撃つ前になのはを倒すこともできやしない。防御? 今から放たれるであろう砲撃は障壁貫通能力を持っている。障壁を何枚展開したところで意味を為さない。そのまま諸共粉砕されるだけだ。

 考えろ。ひたすら考えろ。見えないタイムリミットは刻々と近づいてきている。熟考しろ。この絶望的状況を脱却する術を模索しろ。

 

 “同じ威力の砲撃魔法で相殺する。―――無理だ。肢体を封じられ、砲撃体勢も整えられない今の状態じゃあの高密度な魔力と同等の砲撃を放つことなんて不可能だ。

 レリックのケースを僕の元に転移させて盾にする。―――これも無理だ。すでにレリックのケースが目視範囲内にないから、転移させることができない。

 どうする、どうすればこのピンチを脱出できる。あの魔力をどう一人で対処………一人?”

  

 自分の思考に疑念が入る。なんでもかんでも一人でどうにかしようとするのは、クロノ・ハーヴェイであったころの考え方だ。今のクロノは一人ではない。人生を共にすると決めた妻がいるのではないのか。

 

 「ああ、そうだ。そうだったね」

 

 この任務を遂行するために、ジェイルのアジトから出ようとしたとき、クロノはなのはからあるモノを渡された。

 

 『無事、帰ってきてね』

 『分かっているさ。じゃあ、行ってくる』

 『ちょっと待った! ■■■■■■■■も連れて行ってあげて』

 『でも、これは』

 『危なっかしいクロノくんに、この子もついていきたいって』

 『………そうか。ありがとう、なのは。■■■■■■■■』

 

 クロノは歯を食いしばり、右腕に掛かったバインドを全集中力を要して解除した。何も両腕両足に掛かっているバインドを全て解除する必要はない。腕さえ自由に動ければいい。そして自由になった腕を腰に巻きつかせていたポーチの中に突っ込む。クロノが小さなポーチの中から取り出したのは二つの小さな『宝石』。それは――――、

 

 「イデアシード……レイジングハート。僕に、僕達に、もう一度力を貸してくれ………!!」

 

 取り出した宝石とは、かつてヒドゥン解決の際に大破したレイジングハートとクロノが予備に所有していたイデアシードだった。

 

 イデアシードは人の記憶を喰い莫大な力と変える。その力を、大破したレイジングハートに送り込む。そして、祈願実現型の『想いの力』を行使する。上手くいくかは分からない。今から行おうとしているのは『本物の奇跡』『本当の魔法』だ。科学や理論などは全く通用しない。しかし、クロノは成功すると確信している。失敗する恐怖は、ない。

 

 「スターライト………」

 

 なのはは太陽と見違える密度まで育った魔力球を放つ準備に取り掛かっていた。あと一言、詠唱を云えば放たれる。時間は残り五秒ほど……!!

 

 「イデアシードに告げる! 僕の記憶を喰え! レイジングハートが稼働できるまで、可能な限りくれてやる!!」

 

 クロノの叫びにイデアシードは強い光を発した。幾つかの記憶が抜き取られていくと同時に、その喰われた記憶分の魔力を核が大破されているレイジングハートに注ぎ込まれる。するとレイジングハートに微かな光が戻ってきた。奇跡が、起こったのだ。あとは、強く願望を念じるだけだ。想いの強さによって発揮される力が左右される。今ここで、クロノが願うこととは、

 

 「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 「ブレイカー―――――………!!!!」

 

 情け容赦なく放たれる熱線。一面を覆う桜色の魔力。あるモノは無に帰す最大砲撃魔法。威力は法術、魔法に登録されているものの中でも最上位。

 桜色の砲撃に呑まれるクロノの影。跡形もなく吹き飛んだ地上の地形。射線上に、クロノの姿はなかった。

 

 「逃げられた……………」

 

 高町なのはは息を荒げて、手応えの無さで理解した。あのフード男は、倒せていない。人とは思えない、自分の総魔力量の三倍以上の魔力を放ち、忽然としてこの場から姿を消した。

 レリックは無事確保できたが、フードの男は結局捕まえられなかったのだ。これは、エースオブエースが味わった、二度目の失態であった。

 

 




『イデアシード』
記憶を喰って高密度な魔力に変換する宝石で、かつてクロノと他の研究者が合同で復活させた古代の代物。リリなのでいうロストロギア。名前から察せるように、『ジュエルシード』の原型。

『レイジングハート(祈願実現型)』
ハートマークのついたステッキ。かつてヒドゥン解決のために大破したなのはの相棒。想いの力によって力の大きさが左右される。レイハさんの原型。

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