魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第09話 『teacher』

 「驚かされたなぁ……ありゃあ」

 

 機動六課の設備室でヘリを整備していたヴァイス・グランセニックは呆れた声で呟く。

 ―――今から30分ほど前、機動六課本部の食堂でラーメンを食っていたヴァイスの目の前に、素晴らしい笑顔をしたティアナが現れた。彼女の手にはスコア表が握られていて、それを自分に堂々と見せつけたのである。あまりの衝撃にあり得ない、とヴァイスは口にしてしまった。

 確かに、ティアナが自分の提示した条件をクリアしてくるのは覚悟していたが、まさか二日程度で熟してくるとは思わなかったのだ。正直自分はティアナ・ランスターの意地を甘くみていた。

 

 「どうだヴァイス。ティアナの奴はなかなかやるものだろう」

 

 弾んだ声で背後から自分に話しかけてきたシグナムに、ヴァイスはただ頷くしかなかった。

 

 「いや、ホント参りましたわ。なかなか根性据わってるっすね。あの娘は」

 

 食堂で見たティアナの歳不相応に肉刺で覆われた手は痛々しかった。だが、その荒れた手は、彼女の弛まぬ努力の証そのものだ。どれだけデバイスを握っていたのだろうか。どれだけ引き金を引き続けたのだろうか。生半可な執念ではあそこまで努力はできまい。どんな理由があって、彼女が其処までするのかは知らないが、ひたすら前を向いて走っていく様は素晴らしいとヴァイスは思えた。少なくとも自分よりかは立派なものだろう。

 

 「それで、貴様は約束通りティアナの師に為るのか?」

 「為るしかないっすよ。自分は適当な人間ですけど、約束は破りません。それに、あれだけ頑張っている子を見ていたら力にもなってやろう、なんて馬鹿な気持ちも自然と湧いてくるもんですよ」

 

 高みを目指して努力する人間は嫌いじゃない。それに、こう人から頼られるというのも悪い気分はしないものだ。しかも美少女の部類に入っているティアナなら、まあそれなりに役得というものだろう。というか男なら腹を括り、プラス思考で考えた方が色々と気が楽である。

 

 「訓練という名目上、下劣なことはするなよ」

 「人聞きの悪いこと言わないでくれませんか? そんなことしないっすよ」

 「………それもそうだな。私に女の悦びというものを教えてくれたお前が、他の女を辱めることなどするはずがない。私を裏切ればどうなるかは、お前が一番よく知っているものな」

 「こんな場所でなに淡々とアウトなこと言ってるんですかァッ!?」

 

 慌ててヴァイスはシグナムの口元を両手で塞ぐ。他人が聞くにはあまりにも拙い。また焦っていた彼はつい、勢い余って彼女を押し倒しそうになる。幸いヘリがシグナムの背後にあったので、押し倒すことはなかったが、代わりにヘリの鉄板に彼女を押し付けるような形になってしまった。

 

 「ヴァイス陸曹……あなたって人は…………」

 

 後ろからドン引きした声が耳に伝わる。

 そっと背後を見てみれば、そこには顔を青ざめたティアナがいた。

 マズイ。最悪だ。子弟の関係が始まって早々、一気にレッドゾーンに突入してしまう。

 

 「お、おうティアナ。何時からそこに?」

 「先ほど、です」

 

 どうやら女の悦びうんぬんは聞かれていなかったらしい。それは良い。だが参った。この状況をどう彼女に説明するべきか。

 自分は今シグナムの口元を塞いで、ヘリの鉄板に押し付けている。よからぬ誤解を受けてしまったら堪らない。というかシグナムはヴァイスの困り果てている表情を見てニヤついている。

 

 “この女、間違いない。この状況を楽しんでやがる”

 

 ヴァイスはパッとシグナムの口を塞いでいた両手を退けて、彼女に弁解するようダメ元で頼む。しかし、予想通りシグナムは笑みを浮かべたまま両手を組み、そのまま黙ってヘリに背中を預けているだけだ。口を開こうとする気配が全くない。

 嗚呼、歯痒い。シグナムの弁解があれば、自分はこんなに必至にならずともいいものを………!!

 

 「落ち着いて聞けよティアナ。これは、だな………」

 

 単細胞な頭を必死に働かせ、この場を退ける言い訳を何とか構築しようと努力する。だが全然思いつかない。熟考を尽くすだけの時間があれば、容易なのだが生憎そんな時間はないのだ。

 

 「はい。言わなくとも大丈夫ですよ。これはきっと何かの間違いですよね?」

 

 驚くことにティアナは至って冷静だった。

 

 「まさかヴァイス陸曹ともあろうお方が副隊長の口を塞ぎ尚且つ押し倒そうとしただなんて、そんな命知らずの蛮行を犯す訳がありません」

 

 言っていることは確かに正しいのだが、何か口調に棘がないか? それにその汚物を見るかのような眼は止めて欲しいです。仮にも自分はティアナの師匠なのだから、何というかもっとこう羨望的な眼差しを向けてほしい。

 

 「では、訓練場で待ってますね」

 「………いやまて。今日は訓練場よりも食堂の方がいい。ひとまず口で説明する」

 「分かりました師匠」

 

 素気ない仕草で礼をして彼女はこの場を離れていった。………もの凄いスピードで。

 ティアナがこの場からいなくなったことを確認したシグナムは、

 

 「………く、くく。あっはっはっはっは! いやはや、なかなか見物だったぞヴァイス。やはりお前の焦る様は滑稽としか言えんなぁ」

 

 腹を抱え、涙目になるほど笑う始末。最初会った時は酷く無愛想だった女性が、ここまで豪快に笑うようになったこと自体は嬉しく思うが、正直こんな悪ふざけまでされては素直に喜べない。

 

 「ちょっと性格最悪っすよ姐さん。てか見ました? あのウジ虫を見るような目。俺Mじゃないんで結構堪えたんですけど。初っ端から師匠としての面目丸潰れなんですけど」

 「結構じゃないか。お前の面目なんぞ遅かれ早かれ潰れるのが道理だろうに」

 

 切れ味の良い言葉のナイフがヴァイスの心を刺した。真顔で言っている辺り、冗談ではなく本気の本音で言っているのだろう。

 

 「……泣いていいっすか」

 「ああ、存分に泣け。何なら私が胸を貸してやってもいい」

 「え、マジで!?」

 「私と模擬戦をしてくれればな」

 「そんじゃ遠慮します」

 

 迅速かつ的確にヴァイスは断りをいれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 高町なのはは自室にて、今もまだ正体の掴めないフードの男の戦闘を隈なくチェックしていた。サーチャーからバッチリ撮られている映像に不備はなく、十分考察するに足るものだった。

 まず一番厄介なのは、あの常軌を逸した転移魔法だ。アレは厄介過ぎる。何処から仕掛けてくるか現れるまで分からない。奇襲し放題だ。下手すればいつの間にかやられていた、ということにも為りうる。自分の十八番である砲撃魔法もバインドで引っかけなければ、絶対に直撃どころか掠りもしないだろう。二番目に厄介と言えるのがブレイクインパルス。手足やデバイスに触れ、魔力の超振動を送られれば、たちまち内部に打撃を与えられる。どんなに堅牢な防御を用いても、鍛えようのない軟な中身を攻撃されてはひとたまりもない。もし殺傷設定で直撃すれば確実に『死ぬ』。

 

 “でも、この厄介極まりない魔法の対処方法は既に見つけている”

 

 どんな強力な魔法にも必ず弱点が存在するものだ。穴のない完璧な魔法なんてこの世には存在しない。あのフードの男がどれだけ手の内を隠しているかは知らないが、とにかく今のところ判明している厄介な魔法の対策は取れている。

 

 “イデアシードともう一つのレイジングハートはまだ不確定要素が多すぎるから保留、と”

 

 謎が多すぎる二つの宝石は対策の練りようがない。とりあえず、イデアシードというものは記憶を喰らわすことによって高密度なエネルギーを生産する魔道具と仮定しておこう。もしそれが本当なのなら、フードの男も使用、連発はなるべく避けてくる筈だ。どれだけ強靭な精神力を持っていたとしても、彼も自分達と同じ人の子ならば、己の記憶を削るなんてことは躊躇うはずなのだから。

 もう一つのレイジングハートに関しては、本当に何も分かっていない。こればかりはまた次の戦闘で明らかにするしかないだろう。

 

 “………彼が何者なのかは知らない。でも必ず、また彼と自分達は出会うことになる”

 

 ジェイル・スカリエッティの手下か。はたまた第三勢力に数えられる次元犯罪者なのか。どちらにしても『レリック』を狙っているのは間違いない。ならば、必然的に機動六課と相対する機会が用意される。

 

 「―――ふふ」

 

 不謹慎だと思いつつも、つい嬉々とした笑い声が出てしまった。なんせ彼は自分の人生において初めて現れた『自分を遥かに凌駕する存在』だ。こんなにも必至になって打倒したいと思ったのは本当に久方ぶりである。あのフードの男はこのエースオブエースの相手にとって不足はない。

 

 「必ず、捕まえてみせるんだから」

 

 不屈を背負う者は闘志を燃え上がらせる。その焔は、フードの男を焦がすに足るものであったというのは、もはや語るまでもないだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 人気が失せた食堂に場所を移したティアナは、師となったヴァイスの言動一つ一つに神経を尖らせながらメモを取っていく。先ほどの出来事は心の奥底に封印した。気にしたら負けというやつである。

 

 近、中距離を得意とするガンマンと長距離射撃が基本のスナイパーでは色々と加減が違うのだが、銃器に一通り精通しているヴァイスは何の問題もなく重要なアドバイスを授けていくことができていた。

 

 「―――とまぁ、今日のところはこんなもんだな」

 

 喉をカラカラになるまで喋ったヴァイスは一息つく。

 

 「ご教授ありがとうございました! ではさっそく訓れ―――あいた!?」

 

 ヴァイスの無骨な拳がティアナの脳天に振り下ろされ、彼女はあまりの痛みに頭を押さえて蹲る。

 

 「阿呆。そんなに疲労が溜まった状態で今俺が教えたことをするつもりか? マジでぶっ倒れるぞ。………いいか。無理した状態で特訓をしても、後に残るのは徒労だけだ。適度な休息を挟まなければ意味がない。根詰めすぎるのがお前の短所だ。気をつけやがれ」

 「うー……でも、私凡人だから皆の十倍は頑張らなくちゃ実力がつか―――アゥ!?」

 

 今度はチョップを見舞われた。この男は本当に容赦がない。

 

 「全世界の凡人に今すぐ謝れ。特にお前の総魔力量半分以下でバリアジャケットはおろかバインド、幻術、障壁、弾幕も碌に張れない俺には全力を持って謝罪しろ。嫌味にしか聞こえんかったぞゴラァ」

 「すみませんでした!!」

 「ったく。だいたいオメェは自分のことを過小評価し過ぎなんだよ。俺なんかより何倍も優秀なくせに。まぁ、エリートばかり集まっている機動六課に配属されてんだ。そういう気持ちになんのは無理もねぇか。

 どんだけ強くなっても、腕を磨いても全く成果が出ている感じがしない。だから焦っちまう。だから自分を小さく見ちまう。だから――――努力を人より倍励んできた。違うか?」

 「………………」

 

 沈黙するティアナを見てヴァイスはアタリだなとヴァイスは思った。恐らく彼女はかなり追いこまれていたのだろう。

 周りと比較するとどうしても小さく見えてしまう自分に嫌気がさし、どれだけ鍛錬しても成果らしきものが残せない。そんなことが毎日続き、さらに前回フード男に完敗したのがより精神の負荷に拍車をかけてしまったと見ていい。人一倍向上心のある少女ならば堪えるのも無理はない。

 

 「こういったメンタル的なものは本来俺なんかじゃなく、隊長陣営や戦友が真っ先に気付いてやらなきゃならんのだがね」

 

 これだけ思いつめている仲間を気付けていないのはあまり宜しくない。スバルや隊長陣営にはもう少し気を利かせて欲しいものである。戦闘力が高いだけでは駄目なのだ。

 彼女達は優秀であれどまだ子供。戦闘面での未熟さは勿論、精神面もまだまだだ。それを支えてやれるものがいなければ何時かは取り返しのつかないミスを犯す。また今のティアナ・ランスターの精神と身体はお世辞にも健康とは言い難い。なんにせよ休息が必要だろう。

 

 「そういえば、明日オメェらは第97管理外世界でハメ外す予定だったよな?」

 「え、ええ」

 「そいつは丁度いい。存分に身体と精神を休めてこい。休暇中は鍛錬禁止だぞ」

 「そんな!?」

 「何度言えば分かる。今お前に一番必要なのは休息だ。これを機に酷使してきた身体を休めとけ。このまま行けば、そのうち大きな過ちを犯すことになるぞ。

 ――――とにかく、本格的な指導を加えるのはその溜りに溜まっている疲労を取った後からだ。師として、上官としての命令だからな。異論は認めん」

 

 有無を言わさずティアナを丸め込む。

 

 「………分かりました」

 「応えるまでの間が長かったのは気になるが、まぁ分かったんならいい。せいぜい羽を伸ばしてきな。今のお前は怠けていた方が丁度いいんだから」

 

 ヴァイスは断言できる。ティアナ・ランスターは強い娘だ。才能だって自分から見れば十二分に備わっている。それにゆっくりとだが成長しているのも確かだ。問題なのは、当の本人がそれを全くといっていいほど実感できていないこと。もっと己に自信が持てれば、一皮剥けていい戦士になるだろう。

 

 ――――尤も、一皮剥けるかどうかはティアナ本人に掛かっているが。


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