気づかぬうちに一週間以上が経っていた。急ぎたい気持ちは山々だったけれど、ネウロイの勢力圏に入ったせいか、以前よりもネウロイとの遭遇率が上がってしまった。
考えてみれば当然だと思う。ここはネウロイの勢力圏という文字通り、ネウロイが勢力を誇っているエリア。人類側の手が届かず、ネウロイが跳梁跋扈している領域にいれば、ネウロイと多く遭遇することになるのは必然だ。
でもネウロイの遭遇率に反比例して哨戒などをしているウィッチとの遭遇率は減った。これも当然のことで、わざわざなんの用意もすることなくネウロイの勢力圏へ来たがるような人はいないということだろう。
そういう意味で私はこの世界の人から見たらかなりの物好き、いやかなりの自殺志願者に見えるのかもしれない。話の通じない敵がうようよといるエリアに武装しているとはいえ、単身で乗り込んでいるのだから。
ああ、それにしても本当にエイラの機関銃を借りてきてよかった。いや、盗んだんじゃないかと思われても言い訳できないか。とにかくフリーガーハマーを素直に持ってこなくて正解だった。
「えいっ!」
機関銃から鉛弾が吐き出される。その弾道が描く先には小型のネウロイ。銃弾がネウロイを貫くと、破片をばら撒きながらネウロイが粉砕した。
「ふう……」
サーニャの固有魔法はとても便利だ。事前にネウロイの接近に気づける。だけど接近に気づけたとしても、避けられない場合はどうしようもない。
例えば、どう迂回をしてもネウロイと遭遇してしまう場合。こうなってしまったら避けようがない。そういう時は一番、早く片付きそうなネウロイがどれかサーニャの固有魔法を元に割り出して、できるかぎりすばやく倒してその空域を離脱するようにしている。
まさに今みたいに。そしてネウロイは倒し終わったから、すぐにストライカーの出力をあげて全力で離脱しなくてはいけない。急がないと戦闘音に惹かれて、他のネウロイがやってこないとも限らない。
ちょっと迂回する進路に切り替え。あとちょっとで到着するというところでもどかしいけれど、背に腹は変えられない。
他のネウロイが来てしまったら大変、そのネウロイの相手をしなくてはいけなくなってしまう。そしてそんなことを繰り返していたら延々とウィーンへは着かないし、私の体力も尽きてしまう。悪くすると、そのまま撃墜なんてこともありうる。
撃墜なんてされたらサーニャを探す旅どころか、ここで死んでしまうかもしれない。仮に命が助かり、怪我もない撃墜という不幸中の幸いを辿れたとしても、ストライカーという移動の足を失ってしまうと、大きく旅に遅れが出ることになる。
そう、ようやく私がウィーンに到着したとしてもここでサーニャを取り戻せるとは限らないのだから。
周囲に気を使いながらストライカーの高度をだんだんと下げる。幸いにもネウロイの反応はさっき撃墜させたものを最後に捉えていない。
座り込むような形で着陸。ちょっとストライカーをガリッと地面で擦ってしまった。少し塗装が剥げてしまったけれど、動きには問題なさそうだ。でもこれって修理費はいくらくらいするんだろう。板金塗装とかっていくらかかるのかは知らないけれど、車を擦って修理費で十数万とか聞いたことがあるし、もしかしてお高いんじゃ……
いやいや、きっとそんなことはない。それに戦闘を前提とするストライカーの塗装なんてしょっちゅう剥げてしまっているに決まってる。少しくらい塗装が剥げたって大丈夫、はず。
大丈夫、だよね?
よくわからないけれど、これ以上を考えたところで答えがわかるわけでもなし。ストライカー自体の故障でないのなら、きっとなんとかなる。そう信じよう。
それより先に早くサーニャの家に。
家に…………。
家、に…………。
「どこ?」
ウィーンは普通に広かった。地図にサーニャの家が書いているわけもないないし、足で探すしかない。
もしかしたらウィーンに着いた時点でサーニャの記憶がうまい具合に戻ってきて家の位置がわかったりしないか、なんて都合のいいことを考えていたけれど、物事はそうそう上手く運んではくれないみたいだった。
ストライカーを担いで立ち上がると、歩き始める。もしかしたらここはサーニャの家から遠いのかもしれない。近くに行けばサーニャにとって思い入れのある場所や、何度も歩いた道で思い出すかもしれないし、ぐるりと回ってみよう。
ウィーンといえば音楽の街、というイメージが私の中では真っ先に浮かぶけれど、ネウロイに襲われて放棄されてしまったせいで、すっかり寂れてしまっていた。目につくものは廃墟ばかり。残念ながら華やかな街とは程遠い。
いつかきちんと栄えているウィーンにも行ってみたい。元の世界でウィーンに行けば音楽の街らしさを見ることができるはずだし、サーニャにこの体を返して私が元の体に戻ることができたのなら、行ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらあてもなしにふらふらとさまよい続けること数時間。頭の中に何か直感めいたものが突き抜けた。
ピタッと足を止める。そう、この道。私は知らないけれどサーニャが知っている。私の中に残るサーニャが懐かしさに声を上げている。
この感覚はきっとサーニャの家にかなり近づいている証拠だ。ならばあとは感じたままに歩を進めていけば、そのうちサーニャの家に着く。
ストライカーを担いで、機関銃を背負って歩く。違う道に出たら、すぐに引き返す。当たりのような感じがしたら、感覚を信じてその道を行く。そんなことの繰り返し。
こっちに表札という文化はないようで、どこもかしこも同じような廃墟にしか見えない。でものっぺりとした廃墟群の中にサーニャの家がある。
廃墟じゃなければ、こっちの建築とか見ごたえがあったのかもなあ、と思いながら探し回る。同じような場所をぐるぐると歩き続けて。
そして見つけた。
ここだ、という物的な証拠はない。ただ私の中に残るサーニャの記憶、そして直感がここだと克明に告げている。
「お、お邪魔します……」
いや、今はサーニャの体に入っているわけだから他人から見ればここは私の家みたいなものだし、そもそも誰もいない廃墟なのだから挨拶をする必要なんてないのだけれど、癖みたいなものでやってしまった。どのみち聞いている人もいるわけがないけれど。
鍵は掛かっていなかったのか、それとも長期間にわたって放置されていたせいか。ドアは開いていた。蝶番にもガタがきていたのか、軽く押しただけで狭かった隙間が軋みながら広がっていく。
そこにはサーニャ一家が暮らしていたであろう生活空間が広がっていた。ぱっと見てなんとなく高そうだなあ、と思える家具が並んでいる部屋はホコリが積もっていて、ずっと人の手が入っていないことを窺わせる。
「あっ、これ……」
さっきまではここがサーニャの家だと言える証拠は私の中に残るサーニャの記憶のみだった。だけど、暖炉の上でホコリをかぶっているそれが物的な証拠になった。
それはごくごくありふれた写真立て。けれど、積もりに積もったホコリを払うとひび割れたガラス越しに、小さなサーニャとご両親らしい男性と女性が並んで写っていた。
ここがサーニャの小さい頃に暮らした家。ほとんど廃墟になってしまっているけれど、それでもわずかながらに残っていた。音楽一家である証拠に立派だったであろうピアノが鎮座していた。
ピアノの蓋を持ち上げて、鍵盤に触れてみる。鍵盤の加重がずしっと指にかかった。だけど音はしない。弦が切れてしまっているのだろうか。適当に鍵盤を連続して押していくけれど、錆びて朽ちたのか音がしない。
椅子を引いて腰掛ける。ぎしっと軋んだけれど、幸いにも脚が折れて壊れるようなことはなかった。サーニャの体重が軽くてよかった。もちろん、元の私が太っているわけじゃないけれど。太っているわけじゃないけれど!
とにかく。このピアノをサーニャが弾いていた。きっとお父さまと一緒に連弾とかをしていたんだろう。
せっかくだから弾いてみよう。
もちろん、音が出るわけじゃない。だけど、弾き慣れた曲だから頭の中で再生できる。もしかしたら弾くまねごとでもなにか思い出したりするかもしれない。
エイラに気づかれてしまうきっかけになった曲だけど『愛の夢』は私のお気に入り。だからやっぱり咄嗟になにか弾こうと思うと、この曲を選んでしまう。でも今度こそ絶対に隠れたオーディエンスもいないから大丈夫。どのみち音が出ないのだから聞かれてもわかりはしないと思うけれど。
鍵盤が押されるたびに、こつこつと木と木がぶつかる音がする。ドレミの音はないけれど、テンポを刻む木の音が演奏だ。
エイラにはサーニャより激しいと言われた私の演奏だけれど、なるほど確かに激しいのかもしれない。こつこつと鍵盤が叩く音は静寂に満ちた部屋の中で嫌に明瞭に響いた。
いつものように
弾き終わった両手を膝へ。ふぅ、と一息をついた。やっぱり音が出なくなってしまっているのは寂しかった。サーニャのお父さまは音楽関係のお仕事をなさっていたようだから、きっといいピアノだっただろう。そんなピアノがこうなってしまったのだと思うと、素人だとしても悲しいものがあった。
そして今さらながらになって気づいた。サーニャが戻ってきていない。
「ここは、外れ?」
正直に言って、かなり期待していた。ここに来るまでの道中に相当な苦労を強いられたし、これでサーニャを取り戻してエンドにできないかな、と考えていたりもした。
でも残念だけれど、サーニャは戻ってきていないし、私が元の体に戻ってくれるような様子はない。しかも悪いことにサーニャの記憶の欠片が戻ってきてくれていない。
「ここまで来て……何もなし?」
急にここまでの旅の疲れがどっと襲い掛かってきた。何かしらの成果があるのであればまだよかった。でも苦労した割に得られた成果が何もなし。がっかりしてしまっても仕方がないことだと思う。
「はぁ……」
腰から砕けてへたり込む。ぺたん、とついたお尻に冷たい地面が触れた。
次の手がかりを探すためにここをたたなきゃいけない。それはきちんと理解しているつもりだ。
でも、成果なしはやっぱり疲れた。疲れたし、堪えた。
ここで少しくらい座って小休止を入れることくらいは許してもらってもいいと思う。ちょっとしたらまた動くから。だからサーニャ、私を許して。
もうお気づきでしょうが、ひらがなタイトルが「私」でカタカナタイトルがエイラです。
わりと初期からタイトル法則は決めていたのですが、今さらになって公開です。深い意味はありません。エイラのタイトルも出てきたのでちょこっと出してみようかな、くらいで。
え? ミーナ中佐? 知らんがな。