「だーかーらー! サーニャがピンチだって言ってんだろ!」
《だから、ちゃんと説明しなさいって言ったでしょう!》
私が叫ぶと、ミーナ中佐が何回も繰り返していたセリフを声高に言い返す。
《あのね、エイラさん。いきなりサーニャさんがピンチだから助けてくれ、なんて言われてもわからないでしょう? 順序よく筋道を立てて説明しなさい》
「とは言ってもなあ……」
どう説明したものだろうか。未だに私はサーニャが飛び出した真意を完全に掴みきれていないし、そもそもどうして固有魔法の未来予知が数秒後の未来ではなくて、数日後の未来まで見せてくれたのかわかっていない。
「本当によくわからないんだ。ただサーニャはオストマルクのウィーンを目指してる。だけどあと幾日かでネウロイの集団に囲まれるんだよ!」
《あなたの固有魔法は知ってる。でもそれは数秒後でしょう?》
「だからよくわからないって言ったんだ」
ただ絶対に私の未来予知は当たる。それだけは確かだ。数日後まで見えたことは未だかつて起こらなかったことだけれど、絶対に起こる事象なのだ。
《駄目よ。サントロン基地のウィッチは動かせないわ》
「なんで!」
《証拠付けが弱すぎるからよ。そもそもウィーンにサーニャさんがいる確証はない。信じられるのはあなたの固有魔法だけ。過去に数日後を見たことがあり、その正確性が証明されているのならいいけれど、今回が初めてで、その未来予知が正しいかどうかわからない。そんな不確かなもののために部隊は動かないのよ》
ぐぐ、と言葉に詰まった。ミーナ中佐が言っていることはどうしようもないくらい正しい。事実として私は未来予知を使った。けれど未来を視たのは私だけ。他の誰かが視たわけじゃない。私の視た未来を保証してくれる人は誰もいない。
むしろミーナ中佐は優しいくらいだ。最初に話を聞いた時点で私が芝居を打っている嘘つきだと切って捨てないだけ。
《わかってちょうだい。それだけでは部隊を動かすことはできないの。それが軍組織なのよ》
「…………ああ、十分わかったよ」
サントロンの協力が得られないことは。
もしかしたらこうなるんじゃないかとわかっていた話だ。むしろミーナ中佐は私の固有魔法を信じてくれている。ただ上を説得させる材料にはならないだけ。
《スオムスは動くのかしら?》
「これからな。到着は3日後。今から急いで行けばサーニャがネウロイに囲まれた直後には間に合うはずだから」
《そう》
素っ気なくて短い返事と共にミーナ中佐は通信を切った。もうちょっと何かあるんじゃないかとも思ったけれど、下手な応援は行動しないくせにどの口が、とならなくもない。あえて何か言うことを控えたんだろうと納得する。
「イッル、どうだった?」
「ダメだってさ」
「そっか。うん、まあしょうがないね」
ハッセがなんとも潔くすっぱりと諦めをつける。ないものはない。それに期待することは無意味だし、固執することは自滅を招く。
「ハッセ、そっちはどうだった?」
「部隊長とスオムス一位のスーパーエースの太鼓判付きだからね。押し通したよ」
「さっすがハッセ」
どうやって司令を納得させてみせたのかはわからない。ただ、ハッセは上との折衷は任せて欲しいと豪語した。スオムス空軍がサーニャ救出作戦の実行を許可してくれないと、私自身も出撃してオストマルクのウィーンへ向かうことができない。どうせ上との掛け合いなんて経験なんてないんだ。任せてと言ってくれたハッセに頼るが吉。
「でもなんで協力する気になったんだ?」
「まあ、イッルは仲間じゃないか。それに協力するのは当然だし、あとは罪滅ぼしだよ」
「なんかハッセはやったか?」
私の記憶にあるかぎりでハッセが罪滅ぼしなんていう動機を持ち出す理由はない。なので疑問を覚えた。私に理由がないのならサーニャかと思ったけれど、ハッセにそこまでサーニャとの繋がりがあるとも思えない。
「ほら、いつだったかイッルを羽交い絞めにしてアウロラさんとサーニャさんから引き離したの、覚えてる?」
「そーいや、そんなこともあったな……」
「あれ、実はアウロラさんの指示なんだよね。ちょっとサーニャとふたりで話したいからって言われてさ。あれ以来、目に見えてサーニャさんの様子が変わったし、ちょっとね。悪いことをしたような気がしてたんだ」
「ねーちゃん……」
すべての発端はねーちゃんかと思うと文句くらい言ってやろうかという気分になるけれど、こんなことを考えている私もサーニャを追いつめた側の同類だ。人のことは責め立てられない。
「サーニャさんがなんでスオムス基地を飛び出したのかはわからない。でも、もしかしたら私もそのきっかけを作ってしまったのかもしれない。だから協力したい」
「助かるよ、ハッセ」
部隊長である以前にハッセの人望は相当なものだ。ハッセの一声で付いて来てくれるウィッチの数は増える。だから私にとってハッセの協力は百万の味方を得たに等しい。
「さあ、行こうか……と言いたいけれどイッル、武器はどうするんだい?」
「あー、まいったなぁ……」
私の武器であった機関銃はサーニャが持って行ってしまっている。だからといってなにも持たずに出撃したって、何かできるわけがない。
「しょーがない、こいつにするか」
私が選んだのはフリーガーハマー。いつもサーニャが使っている武器だ。空いているのはこれしか残っていないのだから仕方がない。使う自信はあまりないから、サブウェポン頼りになる。火力不足は否めないけれど、メインウェポンである機関銃がないんだからどうしようもない。
「使える?」
「ハッセほどじゃないけど、使って見せるさ」
射撃のハンナ・ウィンドと言われるくらいハッセは銃器類の取り扱いが上手い。この面において、仮にもスオムス一位と呼ばれている私もハッセに勝てない。ハッセが過去にフリーガーハマーを使ったことがあるかどうかは不明だけれど、対戦車ライフルまで使いこなすというのだからきっと使えるのだろう。
でも私だって使えないわけじゃない。私だってエースだ。無理のひとつやふたつごとき、押し通してみせる。単純な話、フリーガーハマーを手足のように操って見せればいいだけだ。
「フリーガーハマーは重いよ?」
「サーニャはずっとこいつを抱えて飛んでたんだ。ならできるさ」
こつん、とフリーガーハマーを叩く。硬質な感覚が手の平を押し返してくる。こいつはずっと夜間哨戒で飛んでいるサーニャを支え続けた武器だ。その意は空飛ぶ鉄槌。名前に見合う活躍をすることでサーニャを支えてきたのだから、サーニャを助けに行く私に力を貸して、ネウロイに鉄槌を下してくれるはず。
「時間もないし、行こうか。準備は大丈夫かい、イッル」
「ああ。さっさと行こう」
ストライカーに脚を通して魔力を注ぎ込む。そして大空へと速度をつけて飛び出した。後からハッセが飛び立ち、順々に他のウィッチも後に続く。
「いいかい、みんな! 目指すはウィーンだ。道中にネウロイと遭遇すると思うけれど、時間をかけずに落としていくよ! イッルの未来予知によるとサーニャさんが襲撃されるのは3日後。飛ばしていくから遅れないで!」
「「「「了解!」」」」
声の揃った返答に頼もしさを感じた。フリーガーハマーをしっかりと掴み直し、サブウェポンとして持ってきた短機関銃を確かめる。
絶対。絶対に助けに行くからな、サーニャ。
スオムス空軍基地主導「アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉捜索作戦」開始
「へくちっ」
くしゃみで私のまどろみは覚めた。寝ちゃっていたんだと気づくために時間は余りかからない。
軽く座って休むくらいのつもりだったのに、眠ってしまっていたようだ。私が想像しているよりもはるかにスオムスからウィーンへの旅路は疲労を蓄積させてしまっていたらしい。
「ん……んんーっ」
ぎゅーっと背筋を反らして伸びの運動。ずっと固い床で寝ていたせいで体が凝り固まってしまっている。肩や首を回したり、足を伸ばしたりして全身をゆっくりと解きほぐす。
ひとしきりストレッチをすると、時間をかけて立ち上がる。急に立ち上がると私は立ちくらみを起こしやすいからいつものクセでゆっくりと立ったけれど、サーニャは貧血気味だったりするのかどうか。
さて、と。準備体操が終わったところでそろそろ考えなくてはいけないことがある。ウィーンにあるサーニャの旧家はどうやらあまり有用な手がかりになってはくれなさそう。だけど諦めるわけにはいかない。次の目的地を定めて、サーニャを元の体に戻すための手がかりを探さなくてはいけない。
持参してきた地図を開いてちょっと考え込む。次はどこに行くべきだろうか。サーニャの縁があるそうなところといったら、思いつくのはガリア基地だけれどあそこは今どうなっているのかわからない。それにずっと長い間、サーニャの体に入ってからガリア基地では過ごしたけれど、特にサーニャが戻るような気配はなかった。
じゃあ、ガリア基地以外で、ということになるのだけれど、思い当たる場所がそうなるとほとんど残っていない。
やっぱりサーニャのご両親を探すしかない。
ただわかっているのはウラル山脈を越えなくてはいけないということだけ。オラーシャ、つまりロシアにいるということはわかっているけれど、問題はロシアが広すぎること。
まずサーニャのご両親を探す手がかりを見つけなくてはいけない。サーニャのご両親がサーニャを取り戻す手がかりかもしれないから、サーニャのご両親を探す手がかりを捜索する。
……なんだか頭がこんがらがってきた。軽い気持ちでスオムス基地を飛び出したわけじゃないけれど、ここまで大変だとは思わなかった。
でも引き下がるつもりはない。この責任を果たさないと、私がサーニャの中に入ってしまったせいで傷つけた人に顔向けできない。
「っ!」
そろそろ移動しようかと思って苦戦しながらストライカーを装着する。瞬間、サーニャの固有魔法が発動した。
「ネウロイっ……」
サーニャの固有魔法が発動した瞬間、魔導波が周囲に放射される。ほとんど時差を開けずに魔導波がネウロイの反応を返した。
ざっと30はゆうに超えるであろう数を。
状況は1対30。しかも私は戦闘慣れしていないときている。どう考えても勝てるわけがない。明らかにネウロイたちは私に向かって移動している。しかもわざわざ丁寧に包囲網まで形成している。選ぶは逃げの一手のみ。いちばん囲みの薄い場所を狙って一点突破。
ここで死ぬことはできない。私は死んだところで悲しむ人なんていないけれど、サーニャは違う。
だから絶対に生き延びる。なにがなんでも。
お久しぶりです。不定期投稿と言い訳はしていましたが2週間も投稿旗艦が空いてしまいました。他の原稿に手を出していたことが原因だと思われます。まあ、あと数話のことなのでご容赦をば。