「ミーナ中佐! なんだよ、来てくれるんじゃないか!」
《だから偶然よ》
手短にミーナ中佐がそれだけを言うと、攻撃開始の指示を出した。ずっと遠くで、バルクホルン大尉が、ハルトマン中尉がネウロイを次々と屠り始める。
《イッル、機だ。畳み掛けるよ!》
通信機越しにハッセさんが告げる。エイラがにやっと笑った。
「形勢逆転、だな」
ぐるりとエイラは首を回すと銃把を掴みなおした。それを合図とするように各所でネウロイの破片が生まれては散っていく。
「どうして……どうしてあなたは来てしまうの?」
「サーニャを助けに来た。そう言っただろ?」
私はニセモノだ。
私はサーニャではなく、ただサーニャの体にいるだけのマガイモノだ。
エイラはきっと気づいている。これはサーニャでないことに。
でも。その上でエイラは私を助けに来てくれた。
それがわからない。
「私を助けてもあなたは何も得をしないでしょう。なのに、どうして……」
「私は損得勘定でサーニャを助けに来たんじゃない!」
エイラが激しい口調で私に告げた姿を見たのは初めてだ。だからこそ余計に私は混乱した。なんでそこまで必死になるのか。
「私はあなたに何もあげられない。あなたに私は助けてもらってばかりなのに……」
「何かが欲しいわけじゃない! 私はサーニャに何かをもらいたいから一緒にいるんじゃなくて、一緒にいたいから一緒にいるんだ! 何かもらえなくたって構うもんか! 私はサーニャと過ごす時間が楽しいし、サーニャと話すと笑顔になれる。それだけでいいんだ! 見返りのためじゃなくて、私がサーニャのためにしたいからするんだ!」
見返りなんていらない。そんなこと考えたこともなかった。
何か得があるから人と人は関係を持つ。ずっとそう思っていた。私の親だった人がそうだったし、「金ばかり吸うだけの穀潰し」と言われたこともある。
エイラにはいろんなところで助けてもらった。それなのに私はなんのお返しもできていない。
それでもいい。一緒にいたいだけだから。エイラはそう啖呵を切った。
私には考えられないことだった。けれどエイラは嘘をついていない。
ーーーー少しは気づけた?
うん。ようやくわかった気がする。そう『私』に向かって答える。
見返りなんて必要じゃなかった。私に向けられていた温かさは、私から何かをもらうためじゃなくてただ私に無償で向けられたもの。
それが好意。それが温かさ。
《イッル、そっちに大型が行ったよ!》
「サーニャ、いけるか!」
「ええ!」
気づくのに何年の年月を要したんだろう。ここまでしてもらってようやく気づくなんて遅すぎたのかもしれない。
ーーーーでも気づけた。でしょ?
そうだね。『私』の言っていたこともようやくわかった。
人の好意に対価はいらない。無償の愛情というもの。その存在に。
申し訳なく思うのも悪い事じゃない。でも謝罪をした後に言わなくちゃいけないことがあった。
「エイラ」
「ん?」
私が飛ぶ。エイラが飛ぶ。
私たちを射殺さんと空気を焼くビームをエイラの動きに合わせて避ける。
ぐい、とエイラが機首をあげた。その後からは既にネウロイへフリーガーハマーの狙いをつけた私が飛び出す。
「ありがとう」
エイラが笑った声がした気がする。それは照れ隠しのような色を見せながら私の鼓膜を揺らした。
フリーガーハマーから射出されたロケット弾が大型ネウロイに命中すると、装甲もろとも爆破して吹き飛ばす。
「コアかっくにん!」
エイラが短機関銃を構えて露出したコアに狙いをつける。けれど既にコア周辺の装甲は再生が始まりかけている。
「えいっ」
サーニャがフリーガーハマーのトリガーに指をかける。飛んでいく弾の行方を見守ることなく、サイズを拡張させたシールドを張ってエイラごと自分の身を守った。
フリーガーハマーはコア周辺の装甲が再生してしまうのを防ぐため。そして敢えて拡張したシールドにした理由はひとつ。
「さんきゅな、サーニャ」
エイラが確実にネウロイを仕留められるようにするため。
エイラが鉛弾をばら撒くと同時にサーニャは張っていたシールドを解いた。
「これで……終わり、だっ!」
ピシッ、と何かにヒビが入った。それはサーニャの視界の先、ネウロイのコア。
入った亀裂は徐々に徐々にその幅を広げ、コアの表面全体を覆っていく。
「砕けろぉぉぉぉっ」
続けてエイラが連射。サーニャも追随するようにフリーガーハマーに残る最後の一発を放つ。堪えかねたようにネウロイの全身が悲鳴をあげ、ついに砕け散った。
「よっしゃあ!」
《イッル、こっちもだいたい片付いたよ》
《こちらも終わったわ。ハイデマリーさんが妙に乗り気だったから早かったわね》
「ありがとな、ミーナ中佐。ハッセも助かった」
《この借りは大きいわよ》
地味に怖いミーナ隊長の一言にエイラの顔が引き攣る。まあ、安いもんだなと肩を竦めながらエイラが笑った。
「ねえ、エイラ……これ、どういう状況なの?」
「どういうって……サーニャがここまで一人で来て、ピンチだから助けに……? 覚えてないのか?」
「なんとなくわかるんだけど、他人の行動を見ているみたいなの」
「ってことは……戻った、のか?」
「どういうこと?」
きょとん、とサーニャが首を傾ける。はは、と力の抜けた笑いをエイラは浮かべた。
「いや、私もわからない。でも、きっとそれがよかったんだ。それをあのサーニャは望んだんだ」
「よくわからないわ」
サーニャが不思議そうにエイラを見つめた。なんでもない、とエイラが打ち消すように手を軽く振った。
私はよくわかんないけど、お前の中でうまくいったんだろ? だからいなくなっちゃったんだよな?
なんでサーニャの中にいたのかはわからないし、どうして急に帰ってしまったのかもわからない。
なあ、サーニャとして過ごしたのは楽しかったか?
どこにいったのかわからないけどさ、お前はちょっと抜けてるっていうか、詰めが甘いとこあったからさ。元気で、上手くやれよ。
……ま、もう少しくらいゆっくり話したかったけどな。
チチチ、と聞きなれた小鳥のさえずりが聞こえる。閉じているまぶたの向こう側が明るいせいか、ぼんやりと光が映った。
もうそろそろ朝になる。いい加減に起きないと。そうわかっていても、朝は大敵だ。特に低血圧の人間にとっては。
ああ、まだ眠いな。もうちょっとくらい寝ていても許されないかな。
けれど太陽はすでに朝だと私に教示していたし、それに続いたかのように、目覚まし時計が気だるげに叫び始めた。未だに意識が完全に覚醒しない私は布団の下から手を伸ばしてそれを止める。
「うぅ、んん……」
まだ起き上がりたくない。でもそろそろ起きないといけない時間だ。いつまでも寝ているわけにはいかないし、朝食も作らなくてはいけない。
なんだかずいぶんと長い間、ずっと寝ていたような気がする。いつもと同じ時間しか寝ていないはずなのにどうしてだろう。寝ていたはずなのに、まるで空でも飛んでいたかのような高揚感がじんわりと全身を包んでいた。
上体を起こしてぐいーっと伸び。眠気の残る目元を拭おうと右手を持ち上げた。
「え……あれ?」
本当に何気ない動作のつもりだった。特に何かを意図したわけでもなく、まだ眠いから目を覚まさせてやろう、くらいのつもりのみ。
だからつつ、と瞳から流れ落ちる水滴に右手が濡れたことが一瞬、理解できなかった。
「これ、は……?」
当然、涙だ。それくらいはわかる。ただ何かわかってもどうして涙が流れているのかその原因がわからない。
別にフラッシュバックがあったわけでもない。フラッシュバックがあったのであれば、涙だけでは済まない。それにフラッシュバックにしてはこう、なんと言うのか。
まったく苦しい感じがしない。むしろ心地良さすらあった。
夢、だったのだろうか。でもどんな夢だったのかはまったく思い出せない。とても長い、長い夢だった。漠然とそんな気がする。
「どんな夢、だったっけ……?」
うんうんと唸って思い出そうとするけれど、まったく思い出せない。いったい、私はどうして涙を流しているのか。夢が原因のような気がするけれど、その夢の内容が思い出せない。
でもなぜだろうか。とっても楽しくて、とっても満たされていて。そして温かい。
「今なら、きっと……」
ゆっくりと起き上がる。ずっと迷っていたことがあった。どうやって人と接していくことが正しいのか、どうやったら他人へ常に見返りを提供し続けられるのか。
こんなこと、考えなくてよかった。別によかったんだ。
私は一歩、前へと踏み出した。それはただ起こった事実のみを見れば、ただ小さな寝室で歩いただけ。けれど私にとってそれはずっと迷い続けた一歩で、そしてようやく踏み出すことができた一歩だ。
ずっと止まっていた私の中の歯車が回り始めた。逃避のための停滞から、進むために。
動かしていなかった歯車はなかなかスムーズに動いてくれない。それでも動いてくれた。だから私は進むことができる。どこでもらったのかわからない、この温かさを信じられるから。
ーーーー元気で、上手くやれよ
それは聞き覚えがあるような、ないような空耳だった。
思い出すことはない、愛の夢。
以上で完結になります。一時は更新を停止したりと迷惑をおかけしてすみませんでした。オチは? と思われるかもしれませんがこれでいいんです。これがやりたかったのです。
長く書いても冗長になること請け合いなのであとがきは程ほどにここいらで筆を置くとしましょう。またどこかでお会いすることがあれば、その時もよしなにお願いします。
それでは、また。