コードギアス 二度も死ぬのはお断り   作:磯辺餅太郎

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輝く紅、その名は。

 一瞬だった。

 ギルフォードは己の目を疑った。

 ヴィンセントがランスを構えた右腕から泡立つように歪んでいく。

 彼はそれがなんであるか、知っていた。

「……申し訳ありません、姫様!!」

 右腕のパージは間に合わない、全体に損傷がまわりきる前に脱出機構を作動させる。

 音を立ててコクピットブロックが射出されると同時に機体が爆散する、際どいタイミングだった。

 判断が遅れていたら、機体もろとも焼き殺されていただろう。

 ギルフォードは、爆発したヴィンセントのあげる煙に向うの赤い機体を忌々しげに睨んだ。

「黒の騎士団、奴らもフロートユニットを手に入れていたか……!!」

 

 ジノ・ヴァインベルグはその赤を目にした瞬間、それまで追っていたイツクシマのトードーの存在も、離脱したギルフォード卿のことも忘れた。

 やっと、ここまできた甲斐のある相手が現れた、そんな直感があった。

「さあ楽しもうじゃないか!!」

 MVSを長槍に持ち替え、滑るように赤い機体に迫り振り下ろす。

 赤い機体は足場の悪さも物ともせず、ランドスピナーで器用に避けハーケンを放ってくる。

 機体ではなくMVSを狙っている。

 ジノは素早く距離を取った。さらに機銃の追い打ちに下がりながら、あの機体はあくまでも味方機から自分を遠ざけていたのだと気づかされる。

「片手間か、つれないなあ」

 それにしても、腕がいい。移動も牽制もジノが直線ではあの片腕を失った機体には近づけない位置に追い込んでいるのだ。

 頭が切れるのか、勘がいいのか、どちらにしてもイレブンというものへの見方が変わった。

 

 藤堂の機体は右腕にかけての損傷がひどいが、コクピットは無事だ。

 生きている。

 ほっとしつつもカレンは慌ただしく通信を送る。

「藤堂さん!! 離脱してください、脱出機構は動きますか!?」

〈……すまない紅月、彼女たちを頼む〉

 返ってきた声はいつもとは違う硬い声ではあったが、コクピットブロックは正常に射出され海上へ向かって落ちていく。

 警戒はしていたものの邪魔が入らなかったことに安堵し、あらためてカレンはブリタニアのナイトメアの様子をうかがった。

「あいつ、なんのつもりよ」

 トリスタンといったか、そのナイトメアが待ってやったと言わんばかりに、物陰から姿を現し構えを取る。

 その武装に血がこびりついているのに気づき、カレンに嫌悪が走った。

 藤堂のいつもと違った声音、駆けつける直前に消えた味方機の識別信号。

 厳しさの中に、時折藤堂へなにがしかの思いのこもった目を向ける女性の面影が浮かんで、消えた。

 こいつが、このふざけた態度の()()()()()が。

「ああそう遊びなわけね、『イレブン』殺しは楽しい楽しいお遊戯ってわけね!!」

 もう遠慮はいらない。さっさと片付けてナナリーたちを迎えに行く、それだけだ。

 ラウンズだろうが関係ない、この紅蓮で押し通るのだ。

 

 

 

 ロロはため息をついた。兄は庭園ブロックに押し込められてから動こうとしない。文官にはさっさと脱出を指示して追い出した上で、である。

「あのね兄さん、確かに僕のヴィンセントだってあるよ、けどもう逃げた方がいいことに変わりないんだけど」

「なぜだロロ、どう考えてもこの隔壁を開けてる連中はゼロじゃないか」

 記憶操作は大まかな書き換えは任意とはいえ、細かな食い違いはその本人が無意識のうちに辻褄を合わせてしまう。その影響だろうか、今回の操作後の兄はゼロに対して何かこだわりがあるようだった。

「余計困ります殿下、いいですか荒事は私に任せていただきたい」

 ヴィレッタは仕事一途で真面目だ。ロロは内心ちょっとだけ見直していた。

 あれだけ兄が強気で押し切っても、頑として動かず残っているのだから。

 もちろんC.C.の確保という目的があるからこそだが、ここまで居残るとは流石に思ってはいなかった。

「はいはい、いざとなったらお任せしますよヴィレッタ先生」

「それは学校での仮の……ああもう、とにかく連中の顔を見るだけだぞ! いいな!?」

 やはり一年間は短いようで長かったのだろう、ヴィレッタの態度には時折こういったちぐはぐさが出る。といってもルルーシュも教師の顔が出ている時のヴィレッタが嫌いではないらしい。堅苦しさがないぶん気楽なのかもしれない。

 しかしローマイヤといったか、あの女官がこの場に残っていたらえらい剣幕でヴィレッタに食ってかかっていたかもしれない。ロロは彼女を思い出し少し憮然とする。

 あれは明らかに兄に絆されている。

 無理はない部分もある。何しろゼロであった時の険はなく、身分を偽っている緊張もないルルーシュは、多少プライドの高さをうかがわせるもののえらく人当たりが柔らかい。

 その上総督としての職務の飲み込みも早く、かつ、お飾りの人形どまりではない頭を持っている。

 これが嚮団の仕込みではなく正真正銘の事実であったなら、彼女にとってどれだけ幸福なことだったろうか。

 とはいえ不満なものは不満である。

 兄が優しいのはできれば自分だけであってほしい。

 いや、これはいくらなんでも欲深すぎるか。

 んんっと咳払いで邪念を振り払い、明らかに不安定になりつつある艦の中でロロはゼロが現れるのを待っていた。

 

 

 

 赤い機体は苛烈だった。

 速さには自負があったジノにとって、初めて見る速さと、そして激しさで攻め立てて来るこの敵は未知のものだ。

「参ったな……スザク並みじゃないか」

 気づけば自分が追い立てられ艦上から弾き飛ばされたいた。

 本気でいくべきか──判断に迷った瞬間、赤黒い閃光が頭上を走る。

「アーニャ!! もう追いついたのか」

 同じラウンズのアーニャ・アールストレイムのナイトメア、モルドレッドの姿がそこにはあった。

〈なにあいつ…〉

 その同僚の不機嫌な声に射線の先を見る。ある程度は直撃を避けたのだろうが件の輻射波動による障壁か、赤い機体は無傷で飛び出して来る。

「ラウンズ二人に真っ向勝負か、いい度胸じゃないか!! ますます気に入った!!」

 速さに特化したトリスタン、一方は防御と火力に特化したモルドレッド。

 それを相手取って退かないのはただの蛮勇にも見えた。

〈ジノうるさい〉

 赤い矢が駆け抜ける。舞台が空となってもやはり速い。

「だが私たち二機なら!!」

 瞬間だった、赤い機体の後部から何かが多数発射される。

〈なに? 全部外れ〉

 拍子抜けしたような声が終わりきらないうちだった。

 それらが一斉に連結しなんらかの力場を形成する。

 たちまち機体のコントロールが失われていく。

「くそっ!! 例のゲフィオンディスターバーとやらか!!」

 赤い機体はそれ以上攻撃するでもなく、加速して艦の後部へ向かっていく。

「あいつナイトメアで総督を襲う気か!?」

〈そっちはスザクが行ってる……問題は私たち〉

 はやる気持ちに水をかけられ、ジノはうなだれた。

「はい……」

 

 

 

 開いた隔壁の向こうに立つ人影に、ルルーシュはやはりと思う。

 ゼロ、黒の騎士団のトップ、死んだはずの男。

 この男を相手に自分は()()()()()()()()を償うための一歩を踏み出さなければならない。ロロとヴィレッタに目配せする。

 相手がよほど何かを仕掛けてこない限り手出しはするなと言い含めてあったが、それでも念には念をだ。

 両者ともに何かあればかけつけるだろうが、とりあえず動く気配はない。

 あらためて決意を込めた眼差しでゼロを見たルルーシュは、その横にスッと視線を動かし、顔を強張らせた。

 少女である。

 ふわふわとした髪を肩より少し上に切りそろえたその少女になぜか胸がしめつけられるような感傷を覚えた瞬間、彼女がやけに背の高い男に抱えられていることに気がついた。

 ナイトメアのパイロットスーツらしき服はその男も黒の騎士団の一員であることを示しているのだが、そんなことはどうでもよかった。

 なぜかわからないが、あの少女を男が抱えているという、それ自体が無性に苛だたしい。いや、苛だたしいを通り越している。

 死ね、ていうか死ね。お前何様のつもりだふざけるな死ね、彼女はお前ごときが、いやとにかく死ね今すぐ死ね。

 ヒートアップしかけたところでルルーシュは我に返った。

 面識もないロリコン男になぜここまで熱くならなければいけない。

 今考えるべきはゼロだ、ゼロである。

 とはいえ知らず知らずのうちに、気づくとあの男を睨んでしまうのをやめられなかった。

 理由はよくわからない、仕方がないものは仕方がない。

 

 卜部は蛇に睨まれたカエルの気分に陥った。

 睨んでいる。

 どう考えても皇族の総督として仕立て上げられた『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』は、卜部を睨みつけている。

 なんでだ、C.C.もといゼロは良くてなんで俺が睨まれる。

『ねえほんとにルルーシュの記憶なくなってんの? めちゃくちゃ怖いんですけど』

 俺だって怖えよ馬鹿野郎。

 卜部は冷や汗混じりで『声』を黙殺する。

 殺気丸出しの視線をいきなり浴びせられるのははっきり言って、嫌なものである。

 ましてや相手は記憶を変えられていても、本物のゼロである。

 ナナリーを抱えたまま固まる『声』と卜部をよそに、ゼロに扮したC.C.が口を開く。

「初めましてルルーシュ総督、今日はあなたを迎えに参上した」

 

 それはゼロの声音であろうとも、たしかにC.C.の本音の言葉だった。

 バベルタワーでの「ルルーシュ・ランペルージ」との接触の失敗、あれから大して日は経っていない。それでもやっと、という思いが強かった。

 やっと、自分は共犯者を取り戻せるのだと一歩踏み出したその瞬間だった。

「やはり、力づくですか」

 かつて彼女が魔女ならば魔王になると言った少年の言葉に、C.C.の足が止まった。

「ゼロ、力で道を切り開くあなたのやり方を完全に否定する気は無い」

 言葉を切り皮肉げな笑顔をルルーシュが浮かべる。

「なにしろ我らが神聖ブリタニアの国是ときたら『弱肉強食』だ、人のことは言えん」

 ルルーシュの言葉は不思議と周囲を飲む。

 それはゼロとしての経験がそうさせているのか。

 だがそこにゼロが持っていた苛烈さはない。

 C.C.は見たことがないルルーシュの姿に、打つ手を見失いかけていた。

「それでも敢えて言おう。日本人を救うのならば、我々はもっと違う道を選べるはずだ」

「ほう、新総督殿は日本人を救うおつもりか」

 やっと挟んだ声は、ゼロらしく振る舞えただろうか。

 彼女の困惑をよそに、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは優雅に笑んだ。

「私のやり方ではありませんがね……かつて潰えた、ユーフェミア・リ・ブリタニアの優しい願いを叶えるために」

 

 耳を疑ったのは、C.C.たちだけではない。ヴィレッタもロロも思わぬ名に驚嘆を隠せなかった。

「馬鹿な! あの虐殺皇女の願いだと!?」

 C.C.はユーフェミアという少女が本来虐殺に走る謂れなどなかったことは知っている。

 それでも理解不能だった。今のルルーシュが、何を考えているのかまるでわからない。

「違う、間違っているぞゼロ!! 彼女は虐殺など望まなかった!! ()()()()()()が彼女の道を、心を狂わせる原因を招いたんだ!!」

 辻褄合わせに何が起きたのか、ロロもヴィレッタも言葉を失っていた。

 ルルーシュは確かに自分を皇族だと思っている。ゼロとはならず、学園に身を潜め先だっての事件でその身が世に知れた。ここは合っている。

 だが、ブラックリベリオンの──ユーフェミアについては()()()()()()()

 

 『声』もまた、呆然としていた。

 メディアの報道の様子だと、ブラックリベリオンまでの『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』の行動はゼロであること以外はそのままとなっているようだった。

 そこにユーフェミアへのギアスの記憶はないはずだ。

 接点があるとすれば枢木スザクを通じての接触だろうが、そこで何があったことになっているのか。あるとするならば、特区宣言の場か。

 本来ならばあの瞬間、黒の騎士団を無力化されること、己が築き上げてきたものを奪われることにルルーシュは激しい怒りを覚えていた。

 だが、このルルーシュの中では()()()()()のか。

 

「ルルーシュ……お前は」

 ゼロからもれた、ゼロらしからぬつぶやきは混乱する彼らの耳には届かなかった。

「だからゼロ、これは私の身勝手だ、身勝手な贖罪だ。だが、力を貸して欲しい、ユーフェミアの……ユフィが描こうとした優しい世界のために」

 ルルーシュから差し伸べられた手を、C.C.は取ることができなかった。

 むしろ、後退っていた。

 とん、とナナリーを抱えた卜部にぶつかっても、呆然としていた。

「おにいさま……ユフィ姉様……」

 ナナリーの呟きも小さく弱々しい。雰囲気に飲まれていた卜部は、少女の体が震えていることにようやく気付いた。

 その瞬間だった。

 轟音が一帯に響き、激しく揺れる。

「きゃっ」

 小さく悲鳴をあげたナナリーを卜部は抱え直す。

 いくら日頃は悪魔じみたハッカーとはいえ、結局のところ彼女は子供なのだ。

 C.C.に目をやれば、どうにか立っているそんな有様だったが、事態はさらに動いた。

 外壁が破られた。

 一気に外へと空気が排出されていく中、それは姿を現わす。

 ブリタニアの白い悪魔、裏切りの騎士の名を冠した黒の騎士団の敵。

 

「ランスロット……!!」

 時間を取りすぎたか、卜部は内心で計算違いに焦った。

 ラウンズは来る、それはわかっていたが白兜が現れるまで時間をかける気はなかったのだ。

「くそ、じゃあモルドレッドも来てるってことか……!!」

 火力と装甲に特化したもう一機は、離脱の際に確実に大きな障害になる。

『アーニャちゃんは可愛いけどモルドレッドやだー!!』

 上がった悲鳴は卜部にとって余計な情報付きだった。

 前々から思っていたが、こいつ確実にロリコンだ。

《総督、こちらにお乗りください!! ロロ、君はヴィンセントでヴィレッタと脱出しろ!!》

 必死さをにじませた声は間違いなく枢木スザクのものだった。

「スザクさん、あなたがお兄様を守るというのですか……」

 少女の声の震えは怯えではない。

『あ、怒ってる……って無理ないわコレ』

 こればかりは卜部も『声』に同意である。一年前にキレにキレた枢木スザクの気持ちは今になってみればわからなくもないが、そもそもこのややこしい状況の主な原因はこいつである。

 とはいえ今やそれどころではない。

「おい、シー……ゼロ!! 吹っ飛ばされないように何かに……ああもう俺でもいいから掴まっとけ!!」

 片手でナナリーを抱え、もう一方で出入り口のわずかな突起に掴まりながらゼロの姿のC.C.に大声で呼びかける。

 それでも、不安定な足場で彼女はただ突っ立っているだけだ。

 一方でルルーシュをその手に乗せたランスロットは遠慮なく音を立てて離脱していく。

 さらに隔壁を内側から破って現れたヴィンセントは、おそらくロロという少年が遠隔操作で起動したのだろう。そちらも機密情報局の顔ぶれに混じっていた女を連れ続けて離脱する。

 卜部はじりじりと救援を待つしかない。

 頼みの綱である紅蓮は来る、必ずやって来る。

 紅月カレンはこの一年、そういう意味では期待を裏切らない女だった。

 だがそれ以前にこちらが風圧で艦外に放り出されてしまっては意味がない。

「悪いなナナリー、俺らもやばいかもしれん」

 掴まっていた方の手を離し、ナナリーを抱え直す。

「……いつもそうじゃないですか」

 卜部に掴まりなおした少女の強がるような声にどこかほっとさせられる。

 たちまち風圧で吹き飛ばされそうになるが、一歩、二歩と風に押されたたらを踏みながらもC.C.へ近づいていく。

 その時だった、二機の離脱で一気に動いた空気が彼らの体を巻き上げた。

『いーやー!! 死にたくなーい!!』

 大声で喚いた『声』に何か感じたのか、C.C.がこちらを向いた。

 伸ばした手が彼女に届き、その腕を掴んで引き寄せる。

 いや、だからといってどうなるというのだ。

 ただこのまま放り出されて死ぬだけだ。

 

《みんな、もう大丈夫だから!!》

 

 耳慣れた声が響き、ふわっと体が浮いてから硬い感触の上に落ちた。

 続けてぐっと二人分の重量と推進力の重みが卜部に加わる。

「お……重い」

『あ、禁句を』

 呻いた途端に遠慮のない拳が顔に、あまり大したことはないがぽかぽかと胸も叩かれる。

 あんまりではないだろうか。

 寝転がって二人を抱えたまま、大きなため息とともに卜部は救いの主を見上げた。

 赤いナイトメアフレーム、紅蓮可翔式。

「助かったよ紅月、死ぬかと思った」

 だがそれに応じた声はなかなかに激しい言葉を浴びせる。

《卜部さん、一気に加速しますんで二人を落とさないでくださいよ、ていうか落としたらぶっ殺しますからね!!》

 なぜ世界はこうも俺に厳しい。

『巧雪クンあの子になんかしたの』

「何もしてねえぞ俺は……」

 泣きたい気分で卜部はなぜか機嫌を損ね気味の女性陣を支えながら紅蓮に掴まる。

 加速する中、卜部は思った。

 なんで俺のまわりの女って、千葉といいこいつらといい、こういうのばっかなんだろう。

 

 

 

 ランスロットとヴィンセントが航空艦から飛び出し、さらに落ちる寸前になってそれら二機を凌ぐ速さで赤い矢が走った。

 やっと機体の制御を取り戻したジノとアーニャはそれを見上げる。

〈ジノ、あれ落とす?〉

 淡々と問う同僚にジノは笑う。

「やめとけ、この射線じゃスザクに当たる。それより総督の方が大事だろ」

〈そう、つまんない〉

 ジノは機体をランスロットへ向かわせながら、空を見上げた。

 離脱していく機体は、太陽に飲まれるように小さくなっていく。

 深追いは禁物であるという理性と、ただそれを見続けていたいという思いから多少目が眩んでも目を離せなかった。

 

 ジノの実家には幼い頃の他愛もないらくがきがある。どういうわけか母が気に入ってずっと取っておいているらしいそれは、太陽が黄色く塗られていた。

 今もあの機体を飲み込んだ太陽は、彼の感覚からすれば黄色い。

 さっきからせわしなく脱出した者の護衛に付くように告げる枢木スザクの生まれた国では、一般的に太陽は赤く塗る子供が多かったと聞いている。その時はただの雑談として流したそれが、不意に脳裏に蘇った。

 

 赤。イレブンの太陽。

 あのトードーの窮地を救い、空を跳ねまわるように駆け抜けた赤いナイトメア。

 もう一度、あの赤を。

 何を望んでいるのか自分でもわからないまま、ジノは太陽へ手を伸ばしていた。

 

 

 

 紅蓮の手のひらから降り、まず卜部がその場にへたり込んだ。それでもナナリーをしっかり抱えているのは見上げたものである。

「なかなか快適な空の旅だったぞカレン」

 ゼロの扮装のままで無意味にふんぞり返る自称ルルーシュの共犯者の発言はさらりと流し、カレンはコクピットの中でナナリーの様子をうかがった。

 横顔は思いつめているようにも、放心しているようにも見える。

 声をかけようか、迷ったその時だ。つぶやきを、紅蓮のマイクが拾った。

「あなたは、ユフィ姉様にしたことを覚えているんですか……」

 問いかけは、ルルーシュに向けてのものだ。ユーフェミア・リ・ブリタニアが()()なったのは、今となってはルルーシュによるものだとカレンもわかっている。

 だが、今の彼は記憶を操作されているはずである。

 その操作された記憶に、ユーフェミアのことも刻まれているということなのか。

 ナナリーと彼の間に何があったのかはわからない。卜部が何か言いかけたものの、口を閉ざしてしまった。

 いつもと変わらないのは魔女だけ、そう思いかけてからカレンは考えを改める。

 

 仮面の下は、笑っているとは限らないのだ。

 

 

 

 

 

 

 艦は沈んだものの総督を守ったことで、正規軍に割り込みをかけた形のラウンズは一定の評価を受けていた。独断専行自体はあまり褒められたことではないのだが、結果がすべてである。実力主義がこういう時に物を言う。

 とはいえ手続きというものとは無縁ではいられないのも現実である。

 スザクはやっとケリがついたそれらから解放され、ねじのきれた人形のように自室のベッドに倒れこんだ。

 頭に焼き付いているのは、ルルーシュを連れて離脱する直前に見たものだ。

 ゼロは言うまでもない、藤堂鏡志朗直属の四聖剣、数少ないブラックリベリオンで投獄されなかった男──その彼に抱えられていた少女。

 彼女は明らかに日本人ではなかった。閉ざされた目はその身体がかなりの制限を受けていることを意味している。

 その姿を目にした瞬間、己が奇妙なことを思ったのを覚えている。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、スザクの知る顔に彼女はいない。

 あれほど特徴があれば、わからないはずがない。

 本当に、初めて見る顔のはずだ。

 ごろりと寝返りを打ち、壁を見るともなしに眺める。

 ルルーシュがいるのにゼロがいたことよりも、彼女の存在が引っかかっていた。

「……君は、誰なんだ」

 物の少ない部屋の中にぽつりと呟きがこぼれたが、答えはなかった。

 


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