インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
高速道路を真っ黒な服を着たライダーが駆る、これまた真っ黒な大型バイクが、道行く車の間を縫うように駆け抜ける。
物の見事にごぼう抜きしていくその素早い様は、まるで台所に潜む黒い生命体Gを彷彿させるほどだ。
「なぁ?」
「…なんだ?」
「そろそろ…ユウキの事について話してくれても良いんじゃないか?」
港を出発して高速道路に乗るまでは、会話のカの字もなかった二人だったが、渋滞を抜けて車道が空いてきたタイミングを見計らってか、一夏がマドカに問いかける。
「…今、私達は横浜に向かっている。」
「横浜?…何だってそんな遠いところに?」
「そこがユウキの居場所だと突き止めたからに決まっているだろう。」
「…それもそう、か。」
「あと、だ。お前、メディキュボイド…そんな単語に聞き覚えがあるだろう?」
「あ、あぁ。誘拐の怪我の治療で使わせて貰ったらしいな。…それが原因でSAOに行くことになったんだ。」
「今から向かう…横浜港北総合病院は、お前が使用していたメディキュボイド。その試作2号機が臨床試験されている場所…そして、お前がSAOに囚われている間、入院していた場所でもある…だろう?」
「……そこまで調べていたのか?」
「…自身が排除すべき相手のことを調べるのは、常套手段だ。情報を制する物が、戦いを制する。」
伊達にテロリストをやっているわけではないらしい。あらゆる国家の情報を集めて、その上で如何に効率よく介入するかを心得ているあたり、さすがのプロ意識と言ったところか。
「でも…病院?メディキュボイド?…それとユウキが何の関係があるんだよ?」
「………それは行ってみればわかるはずだ。」
「お、おい、勿体ぶらなくても…」
「飛ばすぞ、精々振り落とされるなよ?」
「えっ?うわっ!?」
マドカがアクセルを捻ったことで、飛ばしていたバイクが更なる加速を遂げる。
メディキュボイドとユウキの関連について問うたとき、マドカの声に若干ながらも影が落ちた。
…病院、と言うだけでも良い予感はしない。更にメディキュボイドともなれば、どう言った物なのか…。
その覚悟を決めねばならない。
黙り込んでしまったマドカ、その雰囲気に飲まれて、一夏も口をつぐむしかなかった。
清涼感溢れる外観を横目に、マドカの運転する大型バイクは、病院来診者用の駐輪場のスペースを幅広く占拠しつつも、幸い午後の診察が始まる前に到着できたので難なく駐車できた。
マドカは二人分のヘルメットをバイクの収納スペースに仕舞い込むと、次は懐から黒いサングラスを取り出して装着する。…もはや亡国機業ではなく、どちらかと言えば宇宙人対策エージェントのように感じてきた。もしかしたら、下着まで黒なのではないだろうか?
「な、なんでサングラスなんか…」
「この顔のお陰でな。素の顔では、どこぞの誰かの姉と間違われることが多いんだ。その為の予防策だよ。」
「なるほど、な。」
織斑千冬という人物は、今でもなお街ゆく人からは憧れの的であることが多い。
特に、日本の女性からすれば『憧れる女性ナンバーワン』に何年連続でトップになったか解らないほどである。なまじマドカは顔がそっくりなだけに、素顔で街を歩こうものならサインを強請られるし、男からは良くも悪くも変な目で見られるし、散々なものだった。そんなわけでバレにくいようにと、簡素ながらこうしてサングラスを掛けているわけだ。
…ちなみに男性からすれば『結婚しても釣り合いそうにない女性ナンバーワン』という、名誉だか不名誉だか解らないランキングにも常連だったりするので、それが彼女の男運のなさに拍車をかけているとかいないとか。
閑話休題
大きな総合病院らしい、これまた大きな両開きの自動ドアを抜けて、来診者がいないのでそこまでごった返していないエントランスを抜けて、受付へと二人は向かう。
「すいません。」
「はい。面会希望でしょうか?」
「あ、はい…そう、なんですけど。」
「………???」
少々煮え切らない返事の一夏に、二人居た受付の事務員が首を傾げる。
「面会、なんですけど、本名が分からないんで……。多分…15歳前後の女の子で、名前は…ゆうきって言うと思います…。メディキュボイドの…被験者で…」
そこまで来て、受付二人の表情が驚きに包まれる。
まるで、有るはずも無い、来るはずもないものを見てしまったかのような…。
「失礼ですが…、お名前は?」
「あ……織斑一夏です。」
「…織斑……マドカ。」
(は?ちょ…えっ?)
(黙ってろ。…私とて不本意だが、苗字もナシに面会はマズいだろう?…この場だけだが、お前は私の…その、だ、兄としておいてやる。そうすれば違和感はないだろうが。)
(…それもそう、か。)
いきなりのマドカの案に少々戸惑いはした物の、理には適っているのでそれ以上は言及しなかった。
「す、すいません。直ぐに係の者を呼んで参ります。掛けてお待ち下さい。」
そう言うだけ言って受付の一人が慌ただしく、恐らく医師の詰め所に向かってだろう、掛けていった。
残された二人は、掛けて待てと言われたので、そうする以外になく、言われたままに待合の椅子に座って待つことにした。
「……なぁ?」
「…なんだ?」
「何でそんなに距離をとってるんだよ?」
5人ほど腰掛けることが出来る長椅子にも関わらず、一夏は右端、マドカは左端と、物の見事に両端に着する事になってしまった。先に座ったのは一夏なので、マドカは意図的に離れて座ったことになるわけで。
「この場だけは兄妹なんだろ?そんなに離れてちゃおかしくないか?」
「…不仲の兄妹という設定にしておけば良いんじゃないか?」
「でも…その、もっとこう…フレンドリーに、だな…」
「おい、織斑一夏。」
低く、そして冷たい声に思わず一夏は口を閉じてしまった。
横を見れば、どこまでも冷たく、まるで命を何とも思っていないような眼で、マドカは自身を睨んでいたのだから…。
「今回はユウキの件もあって貴様に手を貸してやった。しかしユウキという接点がなければ、今この場で貴様の息の根を止めてやっても良いんだ。……つまり、私とお前はそんな間柄でしかない。そのことを努々忘れないようにしておけ。」
「……わかった。」
必要以上に馴れ合う必要も無ければ、馴れ合う事もない。
マドカにとって今回は特別も特別なのであって、今回の件が終われば、また亡国機業コードMとして、白式を…そして一夏の命を狙う。その日々に戻る。その間に余計な情など入る余地もないのだから。
「すいません。お待たせしました。」
2人の間に少々ぴりぴりとした空気が流れる中に、新たに男性の声が割って入る。
受付の一人が駆けていった方向から、眼鏡を掛けた…三十代ほどの白衣を纏う男性が、やわらかな笑みを浮かべてこちらに歩んできていた。
「僕は倉橋と言って、紺野 木綿季さんの主治医をしています。」
その男性に…一夏は見覚えがあった。…いや、忘れよう物か。
「お久しぶりですね。一夏君。大凡…9ヶ月ぶり、でしょうか?」
「そうですね、倉橋先生。あの時は…お世話になりました。」
「…どういう、事なんだ?二人は…知り合い、なのか?」
1人、一夏と倉橋医師の間柄について知らないマドカは首を傾げるばかりだ。…どうやら、一夏とユウキ改め、木綿季の入院している病院は調べていても、その人間関係までは調べていなかったらしい。
「俺が…メディキュボイドでの再生治療を受けたときの主治医の先生。それが倉橋先生だったんだよ。…そのあとも、リハビリとか熱心に付き合って下さったんだ。」
「そう、だったのか。…倉橋医師、不出来な兄が迷惑をおかけしました。」
ペコリと、社交辞令なのだろうが、さり気なく一夏をディスって挨拶するマドカに、ディスられた本人は顔を引き攣らせる。
「いえいえ、一夏君はリハビリも頑張っていましたし、凄い回復力と努力を見せてくれました。その姿は沢山の患者さんの発破となったので、こちらとしても助かっていましたよ。…しかし…一夏君や千冬さんに、このような可愛らしい妹さんがいたとは…いやいや、一夏君も隅に置けませんね。」
「は、はは……口と性格に刺があるのが玉にきずですけどね。」
そこはかとなく、さっきのディスりの仕返しをしてみたところ射殺せそうな目で睨まれたので、これ以上言わないようにしておくことにした。
「まぁ立ち話も何です。何か飲み物でも飲みながら…話をしましょう。積もる話も、色々ありそうですので。」
「木綿季君がね、もしかしたら近々『いちか』と言う人が訪ねてくるかも…そう今朝聞きました。…ALOで何があったのかはわかりませんでしたが…若干涙声でね。さしもの僕も驚きましたよ。…ただ、訪ねてくるかも、と言われた当日、それも数時間後に来られるとは想いもしませんでしたので。」
苦笑しながら、倉橋医師はカップに注がれたコーヒーを口に含む。
2階にある面会者、そして患者の憩いの場であるスペースの一角に3人は腰掛けて、話を進めていた。
「しかし…木綿季君の言っていた『いちか』と言うのが、まさか一夏君。君のことだったとは、よくよくこの病院に縁があるみたいだね。」
「は、はは…、病院に縁がある、というのは喜んで良いやら悪いやら…。」
「しかし、木綿季はそれほどまでにいち……兄のことを先生に話していたのですか?」
「えぇ、それはもう一夏君の事ばかりですよ。…ただね、彼女は…君のことを話すと…そのあと決まって泣いてしまうんですよ。…決して…自分のことで弱音を吐かない子なんですが……。『もっと仲良くなりたい。』『でもなれない。』『会いたい。』『でももう会えない。』そう言うんです。」
「…なぜ、会えないんですか?」
「…これは、メディキュボイドという装置の…ケアの内で、最も期待されている分野…それが関係しているのだろうな。」
腕と足を組み、険しい表情をしていたマドカが閉じていた口を開く。
倉橋医師が言わんとしていること、それを言い当てたことに、倉橋医師自身も目を丸くして驚いていた。
「マドカさん。貴女は…ある程度、木綿季君の症状について予想が付いているよう、ですね?」
「えぇ。」
「ど、どういうことなんだマドカ。」
「今日の朝…ALOの剣士の碑…そこでユウキは、自身の名前が刻まれた碑を見て…小さな声でこう言ったんだ。」
『これで、…もう……何も…思い残しは……。』
聴力の秀でたケットシーだからこそ拾えたほどの小さな音声だった。最初こそは聞き間違えかと思ったが、今回の件でユウキの事を調べれば調べるほど、その言葉が聞き間違えていなかったことに衝撃を受けた。
「…つまり、この言葉から…ユウキは自身の身体の事を語っていることを踏まえ、メディキュボイドのこれから期待されるケアを照らし合わせると…答えが導き出された…。…『ターミナル・ケア』…日本語で言えば『終末期医療』。」
「終末…期……?」
終末期医療とは、まさしく読んで字の如く、末期患者に行われる医療のことだ。終末期の患者に対して身体的・精神的苦痛を緩和・軽減することによって、人生の質であるQOL…つまり、クオリティ・オブ・ライフを維持・向上することを目的として、緩和医療に加え、精神的な側面を重視した医療措置。
…つまり、マドカ、そして倉橋医師の言わんとすること、そして木綿季の病状は…一夏に重く、そして鋭く響いた。
「じゃあ……木綿季は……!」
「…それに関して…貴女方が望むのならば、総てを伝えて欲しいと木綿季君は言っています。…しかし、後になって、聞かなければ良かった…踏み込まなければ良かった。…そう思うかも知れません。でもたとえそう思ったとしても、誰もお二人を責めはしません。恐らくは…木綿季君は…そんな想いをさせたくないからお二人の前から姿を消したのだと僕は思います。」
辛い思いをさせたくないから
仲間に涙を流させたくないから
だから…彼女は消えた。
だが…あの時、消える寸前に見せたユウキの涙。
それは一夏…イチカの網膜に焼き付いて離れない。
底なしに明るい彼女が見せたあの涙は、一夏にとって辛い物だった。
だからこそ…一夏はあの涙の意味を知りたい。
そして許されるのなら…出来るのなら、傍で寄り添いたい。
欺瞞と呼ばれるかも知れない。
偽善と呼ばれるかも知れない。
だが…一夏にとって、ユウキの涙は耐え難いものであることに変わりなかったのだ
…だからこそ。
「…いえ…続けて下さい。お願いします。俺は…俺達は、その為にここに来たんです。」
その目に一切の迷い無く、そして固い決意の元に、一夏はそう切り出した。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。