インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
さて
どこぞのお偉いさんの高そうなスーツに加えて椅子までもが、アンモニア臭漂う液体に蹂躙され、新調せざるを得なくなっていることなど露知らず。
寮長室から自室へ戻った一夏はぐったりと椅子に座り込んだ。ある程度の伸縮機能が設けられたこの椅子は、体重を掛けることによってリクライニングし、得も知れぬ心地良さを与えてくれる。
「あ~……マジで疲れた。人に物を頼むって、ホントに緊張するんだな~。久しく忘れてかも。」
『でも千冬さんには感謝しても仕切れないよ。もし無理でも、またちゃんとお礼言わなくちゃ。』
「和人にもな。プローブ貸してくれたんだから。」
『それはもちろんだけど…でも何より…』
「何より?」
『一夏にありがとう、だよ。一夏が案を出してくれなかったら、何も始まらなかった。このまま燻った思いのままで、その時を待っていたかも知れないもん。だから一夏、ありがとね。』
「…おう。」
これで後は木綿季の授業参加を認めてもらえれば万々歳、なのだが、そればかりは学園長と、IS委員会の判断に委ねるしか無い。
待っているだけしか出来ない、と言うのは何とも歯痒いものだが、こればかりはどうしようも無いのも事実であった。
「夕飯まで少し時間あるし、どうするかな~。」
『宿題は?』
「抜かりないぜ?昨日木綿季の所から帰ってソッコーで終わらせたからな。」
『ALOにインするには…少し中途半端だね~。』
「たまにはいっ君が自炊したら良いんじゃない?冷蔵庫の中の豆腐の賞味期限がヤバかったよ~?」
「え!?マジで!?それは確かに使わないとな~。捨てるのは勿体ないし。」
『そうだね。お豆腐だったら麻婆豆腐とか豆腐ハンバーグとか?』
「それ以前に、なんで豆腐って、『腐った豆』って書くんだろうね?腐るって意味じゃ発酵してるのは納豆なのにね~?」
「さぁ?」
「兎にも角にも、束さんはいっ君特製の豆腐ハンバーグが食べたいゾ☆」
「そうだな。束さんのリクエストもあったことだし、豆腐ハンバーグに……………………………………ん?」
『へ?』
「お?」
…
……
………
ウサギだ。
ウサギがいた。
ウサギの耳を模した機械的なカチューシャ
胸元を大きく開かせたエプロンドレス
腰まで届く深紫の艶やかな髪。
そんな女性がベッドで俯せになりながらも頬杖をつき、ピコピコと足を上げ下げしていたのだから。
「た、束さん?」
「うん!皆のアイドルの束さんだよん!ハロハロいっ君!久しぶりだねぇ☆」
どうしてここにいるのだろう?
念の為に部屋の入口、そのドアの鍵は掛けておいたはずだ。窓も然り。にもかかわらず、何故彼女がここにいるのだろう?
「次にいっ君は、『なんで束さんがここに!?鍵は掛けておいたハズなのに…!』…と言う!」
「なんで束さんがここに!?鍵は掛けておいたハズなのに…!……ハッ!?」
いつの間にやら彼女のペースに乗せられ、とある漫画の主人公の得意技をかまされてしまった。
してやったり、という状況を抜きにしても、束はいつもと変わらずニコニコと笑みを浮かべ、一夏の反応を見て楽しんでいる。
「まぁまぁいっ君。細かいことを気にしてはいけないのだよ。…まぁ純粋にいっ君のご飯を食べたいというのもあったんだけど……。」
「けど…?」
「中々面白い物をつけてるねぇ?」
束の視線は一夏…その右肩にあるものをジィッと凝視するように釘付けになる。
さしもの束も、和人達学生が手掛けるプローブの情報は得ていないらしく、物珍しそうに前後左右上下から見つめる。
「これは…カメラかな?…にしてはシャッターも切れそうに無いし、……むむ?束さんレーダーが通信を…?これはもしや遠距離でも視聴覚の情報を得られるとか?」
「さ、流石束さん…ほぼほぼ正解です。」
「むむ?ほぼほぼ、と言うのは…まだ他に機能があるって事なのかな?」
どうやら天災で天才の束にとってプローブと言うのは中々に興味深い対称らしく、だがしかし自身の出した見解が100%の解では無かったことが気になるのか、少し頬を膨らませる。
「えっと…接続先は…何というか、仮想世界…なんですよ。」
「ほへ?」
「現実世界での視覚と聴覚で得られる情報を、仮想世界でリアルタイムで得ることが出来る、そんな装置なんです。」
「むむむ…仮想世界だったのか。流石の束さんも仮想世界に関しては余り詳しくないからねー。中々に良く出来てるんじゃ無いかな?…作ったの、例のサバイバーの子でしょ?」
「え、えぇ。まぁ。」
「よしよし、じゃあ今度挨拶に伺うことにするよ~。」
世紀の天災の篠ノ乃束博士に『良く出来てる』なんて評価を受ければ、世の科学者達は羨むだろうがしかし、一夏にとっては和人に同情せざるを得なかった。…もし興味をこれ以上持たれでもしたら、結構纏わり付かれそうな予感がするためである。
「…で?で?今誰かに繫がっているのかい?」
「え、あ、はい、繫がってますよ?」
「ほほぅ。」
キラリと束の目が怪しく光ると、プローブに向かって手で擬似的なスピーカーを作り一言。
「あなたは、そこにいますか?」
「………。」
『………。』
「おふ……無言で、そして白けた視線が束さんには気持ちい…もとい痛いよぅ……。」
無言の空気というものに当てられてか、束はくらりくらりとめまいでも起こしたかのように額に手を当て、くるくるりと回りながら実に芝居をかけてベッドに倒れ込んだ。顔がどこか紅潮しているのはなぜだろうか
『えっと…。』
「大丈夫だ木綿季。束さんは元々こういうキャラだし。」
『そ、そうなの?…この人が…世紀の大天才…篠ノ乃博士…。』
かのISを作り上げた世界最高峰の天才…もとい天災と謳われる女性だ。さぞ聡明でインドアな雰囲気の人物かと思っていた木綿季だったが、実際目にしてみれば何の事か、かなりテンションの高く、ユーモア溢れる明るい人物であることに呆気とられてしまった。
「…とにかく束さん。これで繋がっているのはわかってもらえましたか?」
「あ、うん。その辺はオッケーだよん。…しかしまぁ…いっ君、また女の子だねぇ…。」
『………また?』
束の発言に、木綿季の声のトーンががくりと下がり、底冷えするようなそれがプローブから発せられた。それはまさに閻魔か何かを彷彿させるような、それでいて部屋な空気の温度が軽く3度ほど下がるような…。
『一夏、どれだけ女の子に手を出してるの?』
「て、手を出してるって…俺は…」
「んとね~、束さんのかわゆい妹の箒ちゃんに、中国とイギリスとフランスとドイツと日本の国家代表候補生と、ロシアの国家代表かな~?」
『い・ち・か?』
「ひっ!?」
部屋の温度が更に低下し、プローブから発せられる絵もしれぬプレッシャーから、一夏は情けない悲鳴を上げる。
あぁ、これは結ばれたら尻に敷かれるかもしれないなぁ、と束はしみじみと感じる。
もちろん束としては、妹の箒が幼馴染みであり、長年の思い人である一夏とくっつくならばそれはそれで喜ばしいと思う。
だが一夏が箒を選ぶかどうかはまた別問題だ。それは確かに、愛する妹の悲しむ顔など見たくはないが、こればかりは当人たちの問題である。さしもの天災であっても、人の心まで把握しきれないのは歯痒いところではあった。
「ところで束さん。ここに来た本当の目的って何ですか?」
「ほへ?」
「何の目的もなく束さんがここに来るとは思えませんし……俺の料理が食べたい、とか言うのはあくまでも建前なんじゃないですか?」
「へぇ…、いっ君鋭いねぇ。ちょっと束さんも驚いたよ。」
束の目が、いつものぽわぽわと、そしてにこにこしたものから、どこか鋭いそれへと変わる。口元は笑っているのだが、そのギャップと、今までみたことのない彼女に、一夏に加えて初対面である木綿季までもがゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「おっと、束さんとしたことがシリアスモードになっちゃったよ。」
直ぐさまにパッと表情をいつもの柔らかな物へと戻した束は、一夏の右手をとって、自身の顔に近づけていく。
「いっ君、あのね……」
「は、はい……?」
「あのね…束さんに…」
「束…さんに……?」
いつになく妖艶な束の声色に、思わず声を裏返してしまう。
少し前屈みで一夏の顔をのぞき込む束。その服は胸元が開けており、肌があらわになっている部位からは、普段から自己主張してやまない、おっきなおっきなメロンの谷間がこれでもかと、そして嫌が応にも眼に入ってしまう。
文字通り大人の色気に一夏は、先程とは違う意味でゴクリと喉を鳴らす。
徐々に近付く顔と顔。
具体的には唇と唇。
もはやこのままでは、アーンで、イヤーンなことになってしまう!
そうなれば、この小説は『こっから先はR指定だぜ』な事になりかねない!
『だ…ダメーーーーー!!!』
そんな二人に待ったをかけたのがプローブ、その中にいる木綿季だった。
突如とした大声に、一夏はビクリと身体を跳ね上げ、束は何の驚きもないようにプローブを見詰める。
「おやおやぁ?何がダメなのかな?」
『えっと…そ、それは…そのぅ……』
「何が…というか、何を想像してたのかな?ん?」
そんな束の囁きに、プローブの向こう側で『ボンッ!』とか言う効果音が聞こえた気がした。
その後は何故か、『あぅ……』とか細い声での呟きがポツポツと聞こえ始める。
「あっはは!中々面白いね君!」
「えと…束さん?」
「別にいっ君を取ったりしないよ?あ、でも、取るって意味じゃ取ったことに変わりないかな?」
『へ?』
変に思わせぶりな束の言動に、一夏のみならず、木綿季も気の抜けた返事をしてしまう。
そんな二人を知ってか知らずか、半分一夏に寄りかかっていた束は、ピョン、という音が相応しいまでの動きで飛び退き、窓の方へと小躍りしながらその位置を移す。
「じゃあじゃあ!束さんの目的は果たせたからさ!そろそろちーちゃんが来そうなんでお暇するねー!!」
そういった瞬間、一夏の部屋を重々しいもので叩いているかと思うような、ゴンゴン!という音が響く。何故か知らないが、『束ぇぇええええぇぇぇ!!!!!』とか叫んでいるのは気のせいだろうが…。
「おやおや、もう嗅ぎつけてきちゃったんだね。いやいや、束さんてば愛されてるねぇ~。思わず鼻から命の水が噴き出しそうだよ。」
相も変わらず扉からは、重々しいノックと共に、『そんなわけあるか!この駄兎があぁぁぁぁ!!』などと言う叫びが木霊しているが、多分きっと恐らくメイビー空耳だろう。
「そんじゃ!いっ君に
そう言って束は窓を全開にすると、ここは一階でないにも関わらずそこから身を投げ出した。
それと同時に、一夏の部屋の入り口のドアが
「………。」
『な、なんか…嵐みたいな人だったね…』
「あぁ…なんせ天災だからな。ホントに。」
昔からの付き合いもあるが、極端なまでの好感と嫌悪の隔たりをつける彼女は性格もかなり破天荒なので、そんな彼女は良くも悪くも子供をそのまま大きくしたような性格だった。
「ん…?」
『どしたの一夏?』
「いや…木綿季のこと、ゆうちゃん、て。」
『あ、そーいえば…一夏のこともいっ君て呼んでたし、人に呼び名をつけるのが癖なの?』
「いや……あの人は人見知りなんだ…それも極端な。」
『へ?』
「あの人は自身が好きな人間とそうでない人間に対する対応が極端なんだ。前者はあんなハイテンションで、後者はあからさまな嫌悪感…下手すりゃ認識そのものをしない扱いをするんだ。」
『そ、そーなんだ…。』
自身の生みの親ですら正しく認識していなかった束を見ていただけに、彼女の気難しさという物を理解はしているつもりだった。
しかし…
「気をつけろよ木綿季。」
『へ?』
「名前を呼ばれたって事は、あの人に気に入られたって事だ。…つまり目をつけられた。」
『え、と?』
「まぁ…下手すりゃ熱烈ラブコールがあるかもな。千冬姉みたいに…」
「えぇぇ……」
プローブ越しからの木綿季のゲンナリした声に、一夏は同情以外の選択肢が思い浮かばなかったのは言うまでもない。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。