インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
黒々と燃えるリメインライトに、本日2個目の世界樹の雫を垂らす。
瓶の中身を一本分注ぎ落とすと、リメインライトはシステムによる発光を行い、シロの時と同じく人の形を象っていく。
ややあって発光が収まると、そこには見慣れた黒猫が座り込んでいた。
「ん……やれやれ、リメインライトになる感覚というのは、どうも窮屈で敵わ…」
「マドカァァッ!!」
凝り固まった身体を解すマドカに勢いよく飛びついてきたのは、蘇生を行ったユウキだった。全力で飛び付いたからか、勢い余って吹っ飛んでいく。何やら『ぐほっ!?』とか言う、女子としてあるまじき声が聞こえたのは気のせいだろう。
「よかった…よかったよマドカァ……!」
まるで、敵に追われる中で殿を務めた仲間の生存を喜ぶかのように、地面に倒れ伏したマドカの身体に覆い被さりながら、顔をこすりつけて再会を喜ぶユウキ。そのオーバーリアクションに、さしものマドカもたじたじだ。
「ゆ、ユウキ?別にやられたからといって、死ぬわけじゃないんだ。それなのに少し大袈裟な…」
「でも無茶した…」
「や、アタッカーばかりでボスに挑んだのも無茶だろう?それに、誰かがやらなければ、やられていたのは私達の…」
「だからってマドカが一人で犠牲になるのは、ボクはやだ…。」
囮を買って出るのと、捨て身による自己犠牲は別物だ。それだけに、ユウキにとってマドカのラフプレイとも言える無茶を認めたくなかった。
目の前で仲間が消える。そんなのは、いくらゲームであっても見たくない。ユウキの事情があればこそ、余計のことである。
「ま、今回は結果論として倒せたのは賞賛するけど、あの無茶っぷりは頂けないな。」
ここに来てイチカもユウキに同調した。
彼としても、旧SAOを経験した自身としては、仲間が目の前で戦闘不能になるというのは、やはり受け入れがたいもの。さすがに現実での死は起こり得ないが、それでも仲間のHPが0になると言う事態に対しては機敏になっている。
もちろん、彼の友人たるキリトも同じ考えで、自身が生きている内は、パーティメンバーを戦闘不能にさせないという確固たる思いを持っている程だ。
「ま、精々ユウキの文句を受けておけ。…俺も言いたいことはあるけど、ユウキが全部言ってくれそうだし。」
「ぬ、ぅ……。」
「…マドカに対するお説教は良いけど…」
マドカへのお説教ムード漂う中、控え目な声を出したのはシロだ。
「とりあえず…ここを出ない?…その、精神的にあんまり長居したくないし。」
言われてみれば、と周囲を見渡せば、そこらかしこに転がっている骨の数々に、精神衛生上宜しくない匂いの漂う空間。さすがにヴァルハザクが振りまいていた霧は、奴が討伐されたことで晴れ渡り、スリップダメージは無くなっている。そして体力半減の状態異常も解除されていた。
とにもかくにも、好き好んでここに居座りたいとは思わない空間であることには変わりない。
「…それもそうだな。…一度ラインに帰るか。」
「そうだな、そうしよう。私とてここにはあまり居たくないからな、さっさと行こう!うむ!」
「…そだね。…マドカ、続きは向こうに帰ってからだからね。」
「くっ…!」
話題を変えたことで有耶無耶に出来るとマドカは考えていたようだが、そうは問屋が卸さない。ユウキさんは誤魔化せないのだ。
「続けるかどうかはついてからにしよう。とにかく転移だ。」
ストレージから転移結晶を取り出したイチカに続き、シロやユウキ、マドカも、その直方体のそれを取り出して天に掲げる。
「「「「転移、空都ライン!!」」」」
「そもそもだよ?マドカのレベリング目的であのダンジョンに挑んだのに、当の本人が戦闘不能になってどうするのさ?ヴァルハザクの経験値だって結構入ってたんだよ?」
「いやだけど全滅したら…」
「マドカありきのレベリングなの!」
再びやってきたダイシーカフェ。その木造の床に正座させられたマドカを見下ろして、ユウキがこんこんとマドカの無茶に対しての説教をしていた。マドカも彼女なりの思いがあったのは理解できるが、それを踏まえてもあの行動はユウキ氏にとってお気に召さなかったらしい。
「…なぁ、イチカ。」
「…なんだよエギル。」
2人のやり取りをカウンター席に座って眺めながら、再び烏龍茶を飲んでいるイチカに、マスターであるエギルは話し掛ける。さしもの既婚者たるエギルですら、目の前で繰り広げられる説教は鬼気迫るものを感じていたのか、その声に威勢が余り感じられないものだった。
「将来、尻に敷かれるなよ。」
「ブフォッ!?!?」
突拍子もないことを口にするエギルに喉を通っていた烏龍茶が気管に入り、イチカは盛大にむせ込んだ。彼の隣でアイスココアを飲んでいたシロが、イチカの背を優しくさする。
「げほっ…ごほっ……!エ、エギル…おまっ…何言ってるんだよ!?」
「ん?」
「え?なんだよその『俺、なんか変なこと言ったか?』みたいな顔は…」
「俺、なんか変なこと言ったか?」
「………。」
自覚無し。
そもそもまだ付き合ってないのに、尻に敷くやなんやの話に飛躍するとは思ってもみなかった。
とりあえず、長々と説教し続けるユウキの喉を案じて、エギルからミネラルウォーターを二つ貰い、2人の元に持って行く。
「ほら、話し続けて喉渇いたろ?…それに、マドカも。2人とも、ボス戦終わって一服すらしてないんだ。ユウキもこれくらいで…な?」
「…むぅ……分かった。」
まだまだ話足りない、と言わんばかりに不服そうだが、イチカの言うことも分かるため、腰に当てていた手を下ろしてミネラルウォーターを受け取り、喉を潤す。
「ほら、マドカも。」
「……正直、助かった。」
「…正直、怒らせると怖いだろ?」
そっと耳打ちしてくるイチカに、口をつぐんでコクコクと頷くマドカ。
確かにリアルでも、同僚のオータムやスコールと言った面々が怒る場面を目にすることがあったし、正直少なからずビビる事もあった。だが、ユウキのそれは、彼女らとは別のベクトルで恐ろしいと感じていたが、それがなんなのかはマドカは理解できずにいた。
「…イチカ?…な・に・は・な・し・て・る・の?」
耳打ちしているのが目に入り、ギロリと睨み付けてくるユウキに、2人は冷や汗を流しながら首を振り切らんばかりに横に振りまくる。
…正直、エギルの言っていたことも、もしかしたらあながち間違いではないかもしれない、と、3人のやりとりを見つつ、アイスココアを飲み干しながらシロは思った。
「そういえばイチカ、トーナメントの登録は終わったの?」
ユウキの怒りを鎮め、ボス討伐のちょっとした打ち上げをしながら、ユウキはふと話題を切り出した。
三日後に迫った予選、そして二日後には登録締め切り。なので最終確認として聞いてきたようである。
「あ、まだだった。」
「え~?もう…しっかりしてよ?登録忘れて出場出来ませんでした~で戦えないなんて、ボク嫌だからね?」
「分かった分かった。」
「…トーナメント?」
ここで、寝耳に水と言わんばかりにマドカが疑問の声を上げる。
「今度の日曜日に開催されるデュエルトーナメントの事だよ。」
「…初耳だ。」
「チラシ配布の他に、運営からの通知もあったでしょ?」
「通知…?」
ここまで言われてマドカは指をスライドさせてメニューを表示し、運営からのメールや不具合情報を表示する。公開設定になっていたのか、彼女のステータスがチラホラ見えたが、そこは気にせず、メールボックスを開いた途端に、3人は目を丸くした。
なんとメールボックス内のメール、それやな赤いタグが全て貼り付けてあったのだ。そしてそのタグには『NEW!』の文字が…。
「……マドカ。」
「な、なんだ?」
「運営のお知らせくらい読もうよ…。」
変なところで物臭を発揮したマドカ。現実での生身やISによる戦闘能力、仮想世界における身のこなしは、確かに特筆すべきところがある。が、こういった面で抜けていると言うのは、イチカ自身が尊敬する姉と重ねてしまう。彼女も、外面や仕事面ではバリバリのキャリアウーマンで、同性からも尊敬の念を多々集めている。しかしいざプライベートとなれば、
掃除できない
料理できない
洗濯できない
などという、だらしなさを発揮している。
やはり血は争えないのかと、イチカは一人納得してしまった。
「まぁともかく、日曜日にデュエルトーナメントがあって、明後日が参加受付締切なんだ。俺もユウキも参加するから、それの登録確認だったんだよ。」
「で、案の定登録まだだった、と。」
「ぐぬ……こ、この後行ってきます…。」
イグドラシルシティの管理区に行けば、サクサクッと終えることが出来るので、時間にしてみれば30分も掛からないだろう。ログアウト前の30分で済ませれば問題ない。
「しかし…デュエルトーナメントか…」
ポツリと呟いたマドカの言葉に、バトルマニアのユウキはピクリと反応する。
「もしかして、マドカも出る?」
「いや、一瞬思案したが、私はそこまで戦闘特化な訳でもない。生産スキルも取っているしな。だから遠慮しておこう。」
「よく言うぜ。
「うるさい黙れ。」
以前の黒猫よろしく、爪による一撃で、イチカの目は引っ掻かれ、町中であるためにダメージはないものの、一時的に
「とにもかくにも、OSSを編み出したからと言って、デュエルトーナメントに出るかどうかは別問題だ。」
かくいう生産職のリズベットも、自分だけのソードスキルという魅力的な響きに吸い寄せられ、密かに編み出そうとしていたのはここだけの話である。
ガチでのトップ争いにマドカはそこまで興味はない。ただ新しい冒険のためにレベリング。それだけだ。
「ま、私は、お前達が敗れたときの罰ゲームでも考えておいてやる。精々負けないように足掻くんだな。」
「…罰ゲーム?」
「あぁ、飛び切りの奴を考えておいてやる。…それに、私以外にも参加するか否か尋ねる奴がいるだろう。」
マドカが視線をずらすと、それに釣られてイチカとユウキもそちらに目を向ける。そこには、ココアが空になったグラスの中身を、ストローでズズズズと音を立てて吸い出すシロの姿。
「シロ。」
「何?」
「音を立てて吸い上げるの、行儀悪いから止めときなさい。」
「ん。」
素直にイチカの言葉に従って口を離す。
「それで、なんで皆は私の方を向いてるの?」
「もしかして、話聞いてなかったの?」
さも当然のようにこくりと頷く。どうやらアイスココアに御執心で聞こえなかったらしい。
「…まぁ簡潔に言うとな。シロはデュエルトーナメントに参加するのか?」
「あぁ、その話…。もちろん参加する。」
「だよね。あれだけ強いんだもん。参加しなきゃ損だよ!…ね?マドカ?」
「しないからな。」
どうやらユウキのお強請りも、マドカの意思を崩すには至らないようで、頑なにYESとしない彼女に、ユウキは頬を膨らませてぶー垂れる。
「そう拗ねるな。…別に強制参加ではないんだ。それに…、」
拗ねるユウキを苦笑いで嗜めていると、マドカの表情が一変、
「
…まるで自嘲するかのような、そして物憂げな笑みを浮かべて彼女はそう呟いた。
思わぬ言葉に、その場にいた誰しもが言葉を失う。
「……なんてな。ただ、人と戦うことに抵抗がある。それだけさ。他意はないよ。」
静まり返った空気を察してか、マドカは先程の表情から一変させ、場の空気を和らげる。そんな彼女にユウキ、そしてエギルも表情を綻ばせる。
「び、ビックリしたぁ…マドカってば急に真顔でそんなこと言うんだもん!本気にしちゃったじゃないか~!」
「なんだ、冗談だと見抜けなかったのか?そんなんじゃ、悪い男に騙されかねないぞ?惚れた男には注意するんだな。」
「なっ!い、イチカは悪い人じゃないもん!!」
「誰もイチカなどと言ってないがな?」
「~~~っ!!!!マドカ~ッ!!!」
ドタドタと、先程の重苦しい空気は何処へやら。カマを掛けられて、からかわれて、恥ずかしさの頂点に至ってマドカを追い回すユウキを見ながら、エギルは大きく息を吐き出す。
「なんだよ、マドカの嬢ちゃんも冗談が言えるのか。仏頂面してたからもっとお堅いのかと思ってたぜ。なぁイチカ?」
「…そう、だな。」
あれが冗談…なのだろうか?
この中で、唯一リアルでのマドカの生業を知るイチカは、そんな疑問を巡らせる。
初めて会ったとき、彼女は冷酷な物だとも感じた。だがその心の奥底で、人と戦い、そして殺めることに抵抗を感じていたとしたら?
今の冗談を言って、ユウキと笑い合ってるマドカが、本心の彼女だとしたら?
そんな考えが駆け巡り、現実と仮想、その双方でのマドカに混乱していく。
「どーしたの?イチカ、難しい顔して…。」
気付けば目の前にはユウキが、顔をのぞき込むようにして立っていた。どうやらマドカへの制裁は終えたらしい。その証拠に店の隅では黒猫が、自身の耳や尻尾の毛並みを整えるかのように優しく撫でている。
「いや……現実と仮想の隔たりって…何なんだろうな~ってさ。」
「うわ、何かイチカが哲学的なことを言い出した!」
失礼な、と一瞬ムッとするが、思ってみればそう取られても仕方ないかもしれない。
「そんなに深いものじゃないよ。現実での思いと仮想での思いって、違うところがあるのかなって。」
「現実と仮想の…思い?」
「あぁ。現実での自分と仮想での自分。それを動かすのはやっぱり俺達自身の思いや考えだろ?その中でやっぱり仮想世界は脳にスキャンを掛けている分、ダイレクトに思いや感情が出てくるわけだから、こっちの方が正直なのかなって…うぉっ!?」
ヒュン、と。気付けば頬をかすめるように投げられた短剣がイチカの背後の壁に突き刺さり、ビィィン…と震えていた。ユウキの背後には。手を振り下ろした黒猫が、殺意を込めた目でこう訴えかけていた。
『ヨケイナセンサクハスルナ』
と。
「そ、そだ!俺そろそろ登録に行ってくるよ!覚えてる内に行っておくに超したことないからな!」
冷や汗をだらだらと流しながら、まるで逃げるように席から立ち上がったイチカは、そそくさとダイシーカフェを後にした。その身の速さはとても滑らかで、そして何よりも素早かった。
「ど、どーしちゃったんだろねイチカ…」
「……さぁな。」
如何ともし難い表情を浮かべながら、マドカは壁に突き刺さった短剣を抜き取る。
…しくじった。
そんな思いがにじみ出ていそうな顔だった。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
-
にいに。
-
お兄ちゃん。
-
兄さん。
-
兄貴。
-
一夏。