インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
そして短め
リング中央。
目の前には、オウカのエンドフレイムのなれの果てであるリメインライトが浮かんでいる。
その幻想的な光景を、試合後の大歓声の中、勝者たるユウキはぺたんと座り込んでボーッと眺めていた。
勝利に喜ぶわけでもなく、はたまた退場することもなく、ただ目の前に浮かぶソレに気を取られていた。
オウカを蘇生しに来た進行員のアバターは、勝者のその様子に肩をすくめながらも自らの仕事をこなすために、特別な蘇生アイテムをオウカのリメインライトに使用する。程なくして淡い光と共に、オウカはその姿をスプリガンのアバターのそれへと戻った。
「…やれやれ、勝者がそんな腑抜けていて如何するんだ?」
こめかみを押さえながら、如何したものかと眉間にしわを寄せる。女性にしては低いその独特の声に、心ここにあらずと言った様子のユウキは、ハッとなってその視線を声の源である、蘇生されたオウカへと向ける。
「あ、えっと…その、なんというか、戦い終わったら急に力が抜けちゃって…」
察するに、緊張で張り詰めていた糸が切れたことにより、文字通り腰が抜けてしまったと言うことなのだろう。
それ程までの激戦だったのだ。当の本人の一人であるオウカも、致し方ないものだと得心する。
「…やれやれ、これではどちらが勝者なのか解らんな。」
スッと、未だ座り込むユウキに手を差し出す。
その意図がわからず、一瞬目を点にするユウキだったが、直ぐにその顔に喜色を浮かべてその手を取る。
グッと引き上げるように、未だ小さく、そして軽い症状を立ち上がらせ、自身を倒したその小柄な勝者を見やる。
…全く、とんでもない奴もいるものだ。
そんな思いを巡らせながら、未だふらつくユウキに肩を貸して、彼女のコーナーへと歩いて行く。
「え?あ、ちょっ…」
「構うな。…全く、仮想世界といえども敗れるとは、そろそろ私も引退かな。」
「引退?オウカさんて、何かスポーツしてるの?」
「まぁな。国際的なものでな、これでも世界一位になったことがあるんだ。」
「へぇ!そんな人と戦えたなんて、ボク光栄だなぁ!」
「その功績からか、今はそれを学ぶ女子ばかりの学園の教師をしているがな。」
「はぇ~、じゃあ先生だっ…た…ん?」
あれ?
え?
どっかで聞いたことあるような無いような…
「そんな女子ばかりのスポーツのはずなんだがな。今年から男が一人学ぶことになって…しかもそれが私の愚弟とは…笑える冗談だと思わないか?」
「エ?アー、ソウ…デス、ネー。」
え~…
いやいやいや!
まさかまさかまさか!
「最近になってな、色恋沙汰に、それこそカビゴンが霞んでしまうほどに鈍かった弟がな、闘病生活ながらも、好いている女子を紹介してきてな。それはそれは嬉しい物だったよ。」
「ア、アババババ…。」
もはやユウキの顔は赤いやら青いやら、色が代わる代わる変化して面白いことになっていた。
「いやはや、これでいつでも弟を婿にやれるよ。…なぁ?紺野木綿季?」
「アバーッ!?」
大きな歓声を背に受けながら控え室に入った瞬間、まるでニンジャがスレイされたかのように悲鳴を上げて、ユウキは気を失ってしまった。
「…で?」
「なんだ?」
「なんで千冬姉がALOしてるの?」
「ふっ、愚問だな。やりたかったからに決まってるだろう。」
ユウキが心配でやって来たイチカ(+キリ&アス)は開口一番にこれである。
気絶したユウキを控室の椅子に横たえながら、ドヤ顔で彼女の心配をして付き添うイチカの問いに答える。
どうやらイチカには太刀筋である程度バレていたらしい。で、カマを掛けてみたら案の定、と。しかし、太刀筋で正体を見破ってくるとは……観察眼を培っているようで何よりだと、内心オウカは弟の成長に歓喜する。が、決して表には出さない。
「…まぁなんだ。この
もっとも他の理由としては、一夏の言う和人ことキリトや、仮想世界における一夏の実力を知ってみたい所にあった。しかし侮っていたわけでは無いにせよ、まさかユウキにしてやられるとは少々予想外だったが。
「そういえば、自己紹介を忘れていたな。キリトにも改めて挨拶させて貰おうか。私はオウカ。今のイチカとの会話で察していると思うが、現実ではコイツの姉などやっている。愚弟共々よろしく頼むぞ。」
「ま、マジで…お姉さんなのかよ…。」
「は、初めまして!私アスナと言います!千冬さんのお噂はかねがね…」
「止してくれ。今の私はオウカだ。織斑千冬とは違うよ。…しかし、君がアスナか。イチカの奴からよく聞いていたよ。旧SAOに囚われていた際に、勉学を見て貰っていたとな。」
「あ!いえ!べ、別に私、大したことをしたわけじゃ…!」
「そう謙遜しなくても良いんじゃないか?現実の話になるが、お陰で愚弟は一般の勉学では、この前のテストを含めて良い成績を残しているし、その分の時間をISの鍛錬や学習に当てられている。この御時世だ。鍛えていて損はない。だから一人の姉として、礼を言わせて欲しい。」
そう言ってオウカは深々と頭を下げる。アスナ自身は善意でやっていたことの結果であり、いくらアバターと言えど、世の織斑千冬に頭を下げさせるなどとあっては、申し訳ないやら何やらでアスナが焦り始める。
如何したものかと、隣に居るキリトに視線で助けを求めると、
「まぁ良いんじゃないか?お礼は受け取っておいてもさ。…たぶんオウカは礼を受け取るまで梃子でも譲らなさそうだぜ?」
そんなアドバイスを頂けたので、ありがたくオウカの言葉を受け取っておくことにした。
「そして…キリト。今更だが、旧SAOで君が居てくれたことが、恐らくイチカの向上心に火を付けたことへの一因となっていると私は思う。ありがとう。」
「いや、俺は大したことはしてませんよ。確かにきっかけになった可能性はあるかも知れませんが、強くなろうと思ったのは他でもないイチカだ。それに、イチカというライバルがいたからこそ、俺だって強くなろうと思えたくらいなんだ。寧ろ礼を言いたいのはこっちです。」
「いやいや…」
「いやいやいやいや…」
黒い二人が謙遜し合うのは中々奇妙な光景である。
「じゃあ今度俺とデュエルしてください。それでチャラっていうのはどうですか?」
「それはそれは…私としては願ってもない案だ。では後日、思いっきり仕合おうか。そう、思いっきり、な。」
「あ、あはは……お、お手柔らかに。」
ちなみに
後日、とある平原で、真っ黒なスプリガン、片や二刀流、片や数多の刀を使いこなすプレイヤー2人が、他を寄せ付けぬ激闘を繰り広げることとなり、それが後々ALOで語られる伝説の一戦となるのは、全くの余談である。
「さて、イチカ。そろそろ開始時間が近づいてきている。俺達は応援席に行くけど頑張れよ。」
「あぁ。…相手はシロ、だな。」
「シロって…この前レベルでパーティを組んだっていう?」
「えぇ。扱いにくい長太刀を扱うタンクタイプのプレイヤーです。…技量も高いので、おそらく一刀では決まりそうにないですね。」
「だがどんなプレイヤーだろうと、打ち勝って進め。…その先に約束があるんだろう?」
そうだ。
目の前に居るALOトップクラスに君臨する剣士2人に挑むために、シロには悪いが勝ち進む。
何よりも…
「行って、そして勝つ。その上で…」
「ん?」
「ん、何でも無いさ。」
傍らに置いた雪華を手に取り、腰に納刀。未だ目覚めぬユウキを優しく見下ろし、アウターであるコートを翻してコーナー入り口へと向かう。
「…よし。」
パチン!と両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。
背には自身を応援してくれる人々がいる。
良き
勝ち進み、そしてこの大舞台でもう一度戦うために、
イチカはその歩を進めた。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。