インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
気付けば翅を広げて飛び出していた。
嫌な直感というのは当たるものだと、後々嫌になった。
だが今はそれを考える余裕すらない。
もしかしたら遊び感覚で自由落下をしているだけだったのかも知れない。
だが、イチカの脳裏にチリチリと焼き付くような、所謂嫌な予感と言うモノが駆り立てた。
「ユウキィッ!!」
ともすれば、自身の最高速度をたたき出していたのかも知れない速度。
重力に引かれて落ち行くユウキの名を叫び、その身体を地表ギリギリで受け止める。
引き上げすぎた速度は、足で地面を削りながら無理矢理減速する。
完全に静止し、イチカは必死の思いでユウキの顔を覗き込む。
「ユウキ、どうしたんだよ!ユウキ!」
視界の片隅に表示されるPTメンバーのステータス。ユウキのそれは灰色で塗りつぶされていた。
ログアウト状態の表記である。
一緒に飛行していたシオンも、普段無表情なその顔色を青くして降下してきた。
「イチカ…ユウキが突然…。」
「わかってる…突然のログアウトなんて…どうしたんだよ…!」
基本的にメデュキボイドは有線接続なので、回線落ちはまずない。そして電気を継続的に機器に送電しなければならない病院では、その面においては万全と言っても過言ではない。咄嗟の停電が起きたとしても、即座に予備電源に切り替えて、電源を落としてはならない生命維持装置の電力を確保する仕組みになっている。
勿論メデュキボイドもその1つであり、突然のログアウトなどありえないはずだが…。
残る可能性として…想定しうるもの。
「まさか…タイムリミット…なのか?」
口にはしたくない。
だが事実としていずれ迫り来るそれは、イチカの中で耐え難いものだ。
「その…タイムリミット、というのは?」
ユウキの…木綿季の事を知らないシオンは、その表情を不安げに変えながら尋ねる。
「ユウキは…病気なんだ…それも、末期の。」
「…え?」
耳を疑いたくなる言葉だった。
あれほどまでに元気で、それこそ病気の気配すら感じさせない底抜けの明るさを持つユウキが、末期の病気などと…。
「いつ、どうなるか解らない状態だから…だから、最後の一瞬だって…全力で生きたいからって。こうやってALOで、ユウキは頑張って
それでも、
もしそうだとしたら、
余りにもいきなりで、そして呆気なさ過ぎる。
まだ最後の言葉も交わしていないというのに…。
「なぁ…?嘘だよな?ユウキ…。まだ…一緒にいられるんだよな?」
折角恋人になったばかりなのに…
こんなあっさりとした別れなんて絶対に嫌だ。
「イチカ…泣いてるんですか?」
「…恋人が…いなくなるかも知れないのに…泣かない奴がいるかよ…。」
気付けば泣いていた。
頬から止めどなく溢れる涙。
仮想世界では…感情に嘘はつけない。
脳から直接感情を読み取るこの世界では、それがダイレクトにアバターに伝わってしまう。
「…これは…私の、涙?」
自覚も無いままに、シオンもその双眼から涙を浮かべていた。驚きを隠せないのか、何度拭っても溢れ出るそれを抑えようと、袖で拭きつづける。
「ユウキ…まだ…まだ俺達…思い出を作りたいんだ…だから…まだ…逝かないでくれ…!」
腕の中で目を閉じて微動だにしない彼女のアバターを必死に抱き締める。ヘタをすればハラスメントコードに抵触しかねないが、そんなことを気にしている場合ではない。
つぅ…っと、イチカの頬から流れた涙が、ユウキの頬にポタリと落ちる。
それが…お姫様の目覚めの合図となった。
「ん…イチカ…?」
「ユウキ…!良かった…!」
再び抱き締める恋人に驚きながら、ユウキは照れ臭そうに背中に手を回す。
不謹慎だけど、こうやって抱き締められるのも、悪くないなぁ。
「何ともないのか!?具合は!?痛いところは!?」
「だ、大丈夫だよ!その…ちょっとした回線トラブルで…。」
「病院なのにか?そういったトラブルは極力ないように万全を期してるはずだけど…。」
恋心には鈍いのに、如何してこういう所は鋭いのか。
それもイチカらしいと内心苦笑しながら、どうにかそれらしい言い訳を瞬時に考える。
「えと…倉橋先生がね?メデュキボイドの有線コードに足を引っかけちゃって…その時にスポッて抜けちゃったんだよね。」
「…倉橋先生が?…なんだ、あの先生もおっちょこちょいなところがあるんだなぁ。」
ごめんなさい倉橋先生。
本人の与り知らぬ所で、ドジっ子先生の印象が与えられたことに、ユウキは内心手を合わせて謝罪する。
ともあれ、何とかイチカを誤魔化すことが出来たのは確かだが、嘘で塗り固めてしまったことに、ユウキは少し罪悪感を覚える。心配掛けたくないのは紛れもない事実だが、それでも嘘をついてまでと言うのはやはり後ろめたいモノがあった。
「それよりもイチカ…泣いてたの?」
「悪いかよ…お前の身体に…もしもの事があったんじゃないかって…!」
「えへへ…心配掛けて…ごめんね?シオンも…。」
「わ、わたしは別に…そんなつもりじゃ…。」
取り繕おうとも今更だ。
羞恥で顔を背けるシオンに、ユウキもイチカも顔を見合わせて苦笑いする。
「じゃあ…飛ぶ練習の続きを…」
「「ダメ
「お、おぉう?」
見事にイチカとシオンの声が重なった。
「今日は模擬戦もしたんですから!大事を取って休むべきです!」
「アッハイ」
「そうだよ(便乗)明日にでも出来るんだからさ。焦ることはないって、な?それに、夜更かしは折檻の元だぜ?」
「ひっ!?」
昨日と同じ流れになってしまうが、それでも怖い物は怖い。
仮想世界なら負けないのだが…現実は非情である。
「とにもかくにも、今日はしっかり休養してください。私の練習は後日で構いませんので。」
「うん、ごめんね?シオン。あと、心配してくれてありがと。」
「か、勘違いしないでください!わ、私は別に貴女の体調を心配しているわけではないのであって、貴女が無理をして体調を崩したら寝覚めが悪いからなんですから!」
「え?意味一緒じゃない?」
「しゃらっぷ!」
「たわば!」
イチカの突っ込みには誰も彼も辛口である。
彼の顔面にシオンの拳がめり込む。
「ふんっ!…まぁ、また明日…体調を整えてから、飛び方を教えてください。」
「うん、じゃあシオン…また明日。」
照れ臭そうにしながら、随分と上達した翅の使い方でロンバール目指してシオンは飛翔する。
「いてて…マドカと言いシオンと言い…なんでだ?」
「大丈夫だよ。あれ、シオンなりの照れ隠しだから。」
「…マジ?」
「…多分。」
「多分!?」
「…でもシオンと言えば、なんか変じゃない?」
「変?」
「うん。何でシオンはボクが今日模擬戦したのを知ってるんだろ?」
思えば今日はALOで闘ってはいない。闘ったと言えば、ISで一夏とタッグを組んで模擬戦をしたくらいだ。
「そういえば…そうだな。」
「…まぁいっか。明日にでも聞いたら良いんだし。」
「そうだな。」
妙な引っかかりを感じながら、2人もログアウトの為に飛翔するのだった。
思えば今日は調子を崩されっぱなしだった。
イメージしていたのは、
もっと物静かで、
クールで、
無表情で、
所謂ミステリアスな…そう!目指すところは深窓の令嬢のはず。
にもかかわらず、あぁもスタンスを崩されていては、イメージしたキャラが崩壊一直線だ。
脳内で一人ごちながら、ロンバールの一角に降り立ったシオン。今日のやり取りが余りにも自身のキャラ崩壊に繋がっていたために、しゃがみ込んで一人反省会を行う。
「次はもっとこう……流し目やジト目を多用していくべきでしょうか…。いや、若しくは…」
「キャラ作り…?」
「キャラ作りとは失敬な!せめてロールプレイと……ほぇ?」
見上げれば、白い騎士と言うに相応しい装備を纏ったシロが、首を傾げてシオンを見下ろしていた。
「…どなたですか?」
「私はシロ…、まぁほぼソロのプレイヤー…。」
「そのソロのプレイヤーさんが、私に何の用で?」
「何となく…悩んでたみたいだから気になって。」
「別に…ただ予想してた私のキャラの崩壊が激しいな~って思ってただけで、別にたいした悩みではないんですけど。」
ありのままのキャラというのも良いかも知れないが、ここはゲーム内。キャラ作りやロールプレイと言うのも楽しみ方の一つなのだから、その悩みをどうこう言うことは出来ない。
「でもキャラ作り…と言うのは中々難しいと思う。本来の貴女の性格がどんな物かはわからないけど…それと正反対のモノを求めるのは難しいかも知れない。」
「そ、そうなのですか?…ちなみに…シロさんのその喋りって、素だったりするんですか?」
「うん、素だよ。」
何と言うことだ。
言葉や喋りの端々に感じるモノがあったが、今目の前にいるプレイヤー、その素こそがシオンの求める深窓の令嬢に近しいものだ。
正に渡りに船、キャラ作りにシロ!
正にカモネギ!
「シロさん…いえ!シロお姉様!」
「ひゃい!?」
シロの手を包み込むように握り、キラキラと、まるで懇願するような目を向けるシオン。
いきなりのリスペクト発言とかで、流石のシロも上ずった声を上げるのは仕方のないものなのかも知れない。
「お姉様!私に…お姉様のキャラを教えてください!」
「え…えぇ…?」
いきなりの弟子入りなのかスールの契りなのかを求められて、シロの無表情なそれは困惑の声と共に夜の街に消えていった。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。