インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
日曜日 横浜港北総合病院
第一特殊機器計測室の一室、そのスピーカー越しに、いかにもご機嫌であるかのような鼻歌が聞こえてくる。
そのハミングは、目の前で耳にする白衣の中年男性にも、何処かしら気分を穏やかしていた。
「今日は一段と御機嫌ですね、木綿季君。何かありましたか?」
『へ?あ~、わかっちゃいます?』
えへへ~、とデレデレと言わんばかりのだらしなさがスピーカー越しに伝わってくる。
ここまで心底御機嫌の原因は、倉橋医師には容易に想像できた。
「もしかしなくても、一夏君がらみでしょうね?」
『へっ!?な、なんでわかったんですか!?』
「むしろわからない理由を教えて欲しいものです。」
ここ最近、バイタルチェックの度に彼女の口から一度は一夏の名を聞く。まぁ生まれて初めての恋人なのだから、浮かれるなと言う方が無理な相談なのだろう。
しかし、こうも気分が上向きだと、やはり光明が見えてくるのも確か。
今、彼女は以前のように迫る死を受け入れていない。
むしろ、一分一秒でも長く生きようとする気概を感じる。
それが何よりも病気と闘う力なのだ。
『じつは今日、一夏が会いに来てくれる約束なんです!』
「ほう…それはまた良いことですね。随分とお熱い。」
成る程。
恋人の面会ともなれば、浮かれるのも無理は無いだろう。
ここまで声を弾ませる木綿季は初めてかも知れない。
「では面会時間に合わせて回診を調整しましょうか。」
『へ?良いんですか?』
「えぇ。折角の恋人同士の逢瀬に横槍を入れるようなことはしたくありませんしね。馬に蹴られて何とやらも遠慮したいところです。」
一夏の学校事情というのも理解している倉橋医師は、あまり機会が無いであろう2人の面会時間。その一分一秒を大切にして欲しいと願う。
一夏も言ったが、仮想世界で出会うことと、現実世界で出会うこと。同じ会うという言葉でも、そこに込められた意味はまた違ってくるのだから。
そして、
その時は訪れる。
「よっ!こっちでは久しぶりだな、木綿季。」
数時間後のガラス越し。
目に飛び込んできたのは、会いたくて止まなかった愛しい恋人の姿だった。
彼も、顔を合わせるのが待ち遠しかったのか、その表情は目に見えてほころんでいた。
『うん!久しぶり一夏!来てくれてありがとう!!』
以前の木綿季ならば、自身のこの肉体と病を知られたくない思いから、面会を拒んでいただろうが、一夏はそれを受け入れ、その上でこうして出会いに来てくれている。
それが木綿季にはたまらなく嬉しかった。
「最近の具合はどうだ?」
『それがね?ここしばらくは具合が良いんだって!ウイルスの進行も少し減退しているって倉橋先生が言ってたんだ。』
「へえ!そりゃ吉報だな。何かあったのか?」
『う~ん…ボクもよくわかんないけど…デュエルトーナメントが終わった辺りから、かな?』
タイミングとしては恋人が出来たということから来る心境の変化だろうか。やはり一夏という生きる意味を見いだしたことが原因なのか。
病は気からという格言を体現するかのように…。
「何にせよ、ウイルスの進行が少ないのは良いことだな。この調子でいこうぜ。」
『うん!この調子で完治しちゃうよ完治!』
頼もしい限りの張り切りぶりに、思わず一夏は頬を緩める。
やはり仮想世界でも現実でも、
「じゃ…今日は元気になる、も1つのサプライズがあるんだよ。」
『へ?』
「勝手にお前のことを教えてたんだけど…でも木綿季なら、喜んでくれると思ってさ。」
そう一夏の説明の後に、第一特殊機器計測室の入口。その自動ドアが感知によってスライドする。
そこから入ってくる二人の人物。ソレを見て、木綿季は息を吞んだ。
一人は少年。中性的な顔立ちで短く切りそろえられた黒髪に、全身真っ黒なコーディネート。
もう一人は少女。腰まで届く整えられた栗色の髪に、同じく整った顔立ち。装いは品が良く、何処かの御嬢様と言うに相応しいものだ。
ボクは…知ってる…二人を。髪の色や細かなところは違う。けれども雰囲気や彼らから感じる何かは、きっとボクがよく知ってる二人だ。
「こんにちは、木綿季。こっちじゃ、初めてね。」
少女が挨拶する。
この声…柔らかくて、ボクを包み込んでくれる、温かい声。
『もしかして…アスナ…なの?』
「うん、そうだよ。現実の私は結城明日奈。で、こっちが…。」
『あ~…大体わかる。キリトでしょ?』
明日奈の紹介する前に、木綿季はズバリと言い当てる。名乗りを上げようとしたキリトこと和人は拍子抜けして少し固まっていた表情を崩す。
「…なんだ、バレバレか。」
『だって、明日奈と一緒の黒ずくめって言ったら一人しか居ないからね~。』
「ぐ…!」
「やっぱりもう少し黒以外を見繕うべきだと思うのですが、先生。」
「そうね。白とかどうかしら?血盟騎士団の時に一回着てみてたけど………ぷっ!」
「く…くくく……!だめだめ!あ、あれは……ひっ…ひぃ!ぷっぷぷ…!」
キリトの血盟騎士団特有の白い装いを思い出した一夏と明日奈は、部屋の隅で隠れるように思いっきり思い出し笑い。
「…帰って良いか?」
『だ!ダメだよキリト!来たばっかりでしょ?』
「俺の精神的HPが継続ダメージを受けてて耐えられそうにないんだ。」
「くっ…くく…!わ、悪かったって!」
「ご、ゴメンゴメン、許して和人君。」
やや豆腐メンタルのキリトにとって、過去の黒歴史を抉られるのは耐えられないらしい。ともあれ、ヘソを曲げた和人の機嫌をとるまで、ほんの少し時間をかけることとなった。
「じゃ、改めて…俺は桐ヶ谷和人。…初めまして木綿季。」
『うん、初めまして…えっと和人で良いかな?』
「あぁ。構わないぜ。」
『じゃ和人で。…でも一夏、どうして二人が?』
「そ、それは…まぁ…俺なりのドッキリだったんだ。…でも、木綿季の承諾無く勝手に連れてきて、悪かったな。」
『うぅん…そんな事無い。ボク、すっごく嬉しいよ。…ありがとね、一夏。それに、来てくれてありがとう和人、明日奈。』
やはり一夏としてみても、木綿季の病状や状態を第三者に打ち明けることに対して思うところがあったようだ。だが、彼なりに木綿季を喜ばせようとした試みであり、他意はない。
以前の木綿季なら一夏を糾弾していたかも知れない。だが今の彼女は違う。以前のように人と人との繋がりを恐れては居なかった。一夏という恋人が出来たことで、人との繋がりをより一層重んじるようになっていた。
『それはそうと、けつめーきしだん?の制服って、そんなに和人に似合わなかったの?』
「似合わないって言うか……。」
「見慣れない光景で…。」
普段からずっと黒いコーディネート全開で、二つ名が黒の剣士とまで言われたキリト。そんな彼が黒とは真逆の真っ白な服に身を包んだともなれば、キリト=黒の方程式が成り立ったものにとっては斬新すぎる光景だっただろう。
「だからこんな事にならないためにも、和人君は黒以外も着るべきだと思います。」
「やだ。」
「子供かよ。」
「俺には黒以外似合わないし。」
「も、物は試しよ。」
「それであんだけ大爆笑されたら世話ないだろ?」
「せ、せめて黒に近い暗色から行ってみたらどうでしょうかね?」
「それ採用!」
「止めてください(精神的に)死んでしまいます。」
『ぷっ…ふふふ…!』
目の前で三人が繰り広げる漫才に、思わず木綿季は吹き出してしまう。
「なんだよ~、木綿季も似合わないってか?」
『ゴメンゴメン…違うんだよ。なんか、こういうの良いなって思って。』
「漫才が?」
『う~ん…漫才が…と言うよりも、こうやって賑やかにお見舞いしてくれる人が居るって、何だか嬉しくて…楽しくて…思わず笑っちゃったんだ。ボク、一夏やマドカが来るまで面会してくれる人って、全然居なかったから。』
「全然…?親戚の方とかは?」
『それこそ全然来ないよ。でも一度だけ、親戚の人が来たよ。けど…あれはお見舞いって言うよりも、ボクの住んでた家の所有権を譲れって来たから…。』
以前紺野一家が住んでいた家。今は誰も住んでいない為、その家を譲れと図々しくも病院に乗り込んできたのだ。確かに勿体ない物もある。けど、まるで生前贈与と言わんばかりにサインとハンコを押させようとする親類。その時ばかりは木綿季の目に映るのは親類ではなく、別のナニかにも見えた。
「何それ…ちょっと非常識にも程があるわよ。」
『うん、だから倉橋先生が「もう二度と来ないで下さい!」って怒って追い返してた。』
「へぇ…倉橋先生がねぇ…あの人が怒る、なんて想像つかないけどな。」
『だから…皆が来てくれたことが、ボクは何よりも嬉しいんだ。だから、ありがとう、皆。』
「おう、こんな事で良いなら、毎日来るさ。」
「ちょっと一夏君?学校はどうするのよ?流石に優秀でも、サボるのは頂けません!」
「や、明日奈さん、冗談!冗談です!だから…何処から取り出したかわからないランベントライトを振りかぶるのは…!
アッー!!!」
『和人。』
「ん?」
『尻に敷かれないようにね。』
「お、おう。」
少し賑やかなお見舞いも、
ほんのささやかなやり取りも、
木綿季には掛け替えのない、大切な物だ。
お尻にランペントライトが突き刺さった一夏を見ながら、胸に溢れる温かな気持ちと共に、木綿季は今日一番の笑顔を仮想世界で浮かべた。
横浜港北総合病院
そのエントランスを一人の人物が抜けていく。
黒いフードを目深に被り、その顔は窺い知れない。
ポケットに手を突っ込み、ブーツをならして迷うことなく。
その行く先は…
第一特殊機器計測室の方に向かっていた。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。