インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
大丈夫だ、問題ないキリッ
「う…うぅぅ…!一夏…ボク、初めてなんだよ?こんなにおっきくて硬いの、無理だよぉ…!」
「大丈夫、俺がついてるから…だから力を抜いて…?変に力を入れると進まないぞ?」
織斑家の一室。
一夏と木綿季が身体を押しつけ合う。
木綿季の手には、太く、そして長いモノが添えられている。そしてその手を覆うように、一夏が手で握る。
「く…うぅ…!」
「大丈夫…怖いのは最初だけだ。一線を越えてしまえば、後は楽なんだからさ。」
「ん…!ボク、一夏を信じるっ…!」
「じゃ…一気に行くぞ?」
「…うん…!」
そして…
ストンッ!
「やった!切れたよ一夏!」
「よし!第一歩踏み出せたな木綿季!」
台所
木綿季が相対していたのは、白いまな板の上に横たわる人参だ。そしてそれが動かないように、木綿季が左手を猫の手にして押さえつけ、それを一夏がさらに動かないように押さえていたのだ。
木綿季の後ろから抱擁するようにして、一夏は木綿季に包丁の使い方をレクチャーしていた。
「ゆっくり、ゆっくり切るんだ。焦る必要はないぞ。初めてなんだからな。」
ストンッストンッとぎこちなく、そしてゆっくりながらも人参を1センチ角に切り分けていく。
「木綿季、ホントに初めてなのか?初めてにしちゃ上手いぞ?」
「そ、そう、かなっ…?」
一夏の賞賛への返事もそこそこに、木綿季の視線は包丁から離れることは無い。研ぎ澄まされた集中力が彼女を支配している。
包丁を強く握る右手の平と額からはジワリと汗が滲出する。
「よし、人参はそんな感じで良いかな。次は玉葱にいこうか。」
そうして買い物袋から取り出したのは、丸々とした玉葱だ。見事なまでに球体で、傷一つ無い皮はよく乾燥しつやがある。美味しい玉葱である証左だ。
「まずは頭と根を切るんだ。ここもしっかり押さえて、玉葱が動かないように要注意だぞ。」
「ん…!」
飲み込みが早いのか、一夏の助言一つで難なく玉葱の下処理をしていく木綿季。もしかしたら料理の才能があるんじゃ無いかと思うくらいにその手際の上達は顕著なものだった。
「切り落とせたら、水で流しながら茶色い皮を剝いていくんだ。」
流水に晒すことで、皮が剝きやすくなるのは元より、玉葱調理時の最大の難関である硫化アリルによる涙の滲出を押さえることが出来る。
剥き終われば、一夏が半分は微塵切り、半分は櫛切りにするように指示する。
微塵切りは解るが、櫛切りが解らないので、それだけ指示を仰ぎながら黙々と熟していく。
次いでジャガイモの皮を剝いて、人参よりも大きめの角切りに。
鶏モモ肉は皮を剥いで一口大にきりわけていく。
「よし、切り分けはこれでオーケーだな。」
「や、やっと終わったぁ~!!」
緊迫した空気から解放され、思わず大声を上げてしまった。だがそれ程までに集中して取り組んでいたと言うことだろう。
「じゃあサクサクと次に行くか。次は具材を炒めていくぞ。」
「オッケー!」
深めの鍋を火に掛けて熱してサラダ油を敷き、そこに先程削いだ鶏モモ肉の皮を投入する。ジュワーッと言う油が弾ける音と共に、鶏皮は一気にその身を縮こまらせていく。その身に蓄えた旨みたっぷりの油を、熱に晒すことで体外へと滲み出していった。
「もう良いかな?」
「まだだ。皮がパリパリになるまで、焦げ付かないように焼くんだ。」
そう時間が掛からないうちに、始めはしっとりしていた鶏皮が、まるで天ぷらのようにパリパリと揚げ焼きにされていた。自らの身から滲み出た油によって、だ。
「皮を取り出したらとろ火にして、そこに微塵切りの玉葱を投入だ。」
細かく刻まれた玉葱を、鶏の旨みたっぷりの油へとぶち込む。しっかり熱された油は、みずみずしい玉葱を盛大に歓迎し、鍋の中でこれまた盛大に弾ける。
「このまま玉葱が焦げ付かないように混ぜ続けるんだ。」
「ん、わかった。」
木べらで玉葱が焦げ付かないように、しっかりと丁寧に。
油が弾けるサウンドをBGMに、ひたすら、丹念に。
地味な作業。
だが、美味しい料理を作るために、こうした作業が必要不可欠なのだ。改めて料理の大変さを実感しながらも、黙々と混ぜ続ける。
「もう良いかな?」
キツネ色に染まった微塵切りの玉葱。よく火が通っており、充分だろう。
「まだだぞ木綿季。まだ炒めなきゃ。」
「え?まだ?」
だが
まだ炒め足りないようで、木綿季はただその指示に従う。
やがて…
「よし、これくらい炒めたら充分かな。」
鍋の中には、プリンのカラメルくらいまでの色合いになった玉葱。水分は熱されたことで飛びに飛び、その量は極々僅かな物になっていた。
「次は櫛切り玉葱、鶏肉、人参、ジャガイモ、前の食材に火が通ったら順に入れて炒めるんだ。」
櫛切り玉葱がしんなりとし、鶏肉が焼けた証にその色を変え、人参がその身を柔らかくし、ジャガイモに櫛が通るまでに火が通る。ジュウジュウと食材混ざり、そして躍る音が何とも心地よい。
「よし、じゃあ次は具材がひたひたになるまで水を入れて煮込むんだ。」
火を再び強火に換えることしばし、鍋底からグツグツと気泡が湧き上がり、間もなくして具材を下から激しく押し上げるかのように沸き立ってきた。
「沸騰したらコンソメを入れて一煮立ちだ。」
お馴染みの四角い固形コンソメを一つ、ポトリと鍋に落とせば、やがてその水色を茶色く染め上げ、沸き立つ蒸気からはスパイス香る芳醇な香りが漂い、木綿季の胃袋を刺激してくる。ぶっちゃけ、このまま食べても美味しいのではなかろうか?
「まだ仕上げが出来てないだろ?」
「ぼ、ボク何も言ってないよ!?」
「いや、視線が何となく。」
何となくで人を食いしん坊キャラと勘違いさせるような物言いにぶー垂れつつも、火を止めて、市販の『
「お!よく出来たじゃないか、初めての料理!」
「え、えへへ~。一夏がいてくれたからだよ。」
「でも実際に料理したのは木綿季だ。指示したとおりに出来ないと、こうはいかないからな。もっと誇って良いと思うぞ?」
手伝ったと言えば、人参の最初の一太刀のみ。後は木綿季が1人で仕上げたのだ。最初の料理にしては、これ以上ないくらいの出来栄えだろう。
「じゃあ木綿季、一番最後の仕上げだ。」
「ま、まだあるの?」
「これがなきゃ本当の意味で料理として成立しないし、調理をする側としては必要不可欠なんだ。」
一夏は戸棚から直径5センチほどの小皿を取り出すと、出来たてのカレーをほんの少しすくい上げ、それに移す。
トロリとしたルゥが、白い小皿に広がり、ゆらゆらと白い湯気がたちのぼる。
「ほら、木綿季。」
「へ?」
カレーがよそわれた小皿を差し出され、何のことやらと首を傾げる。
「味見だよ、味見。」
「えっと、仕上げって味見?」
「そうだよ。人に食べて貰うなら殊更だ。自分が納得して美味いと思うもんじゃなきゃ出せないだろ?」
「あ、確かにそうだね。」
小皿を受け取り、その中身をジッと見つめる。
香りは大丈夫だ。ママが幼い頃作ってくれたカレーと大差ないあの匂いだ。見た目もカレーそのもの。
だが味はどうだ?
何か間違っていたのか?
ヤバい味ならどうしよう…。
ぐるぐると不安が木綿季を支配していくが、横目で一夏を見れば、優しく微笑んでいる。
そして目で伝えてくる。
大丈夫、自分を信じろ、と。
意を決し、小鉢の縁に口を付け、ゆっくりと傾ける。ほどよい温度になったカレーが、木綿季の腔内に流れ、舌に触れる。
小鉢を口から離して、舌の上でカレーをゆっくり、ゆっくり咀嚼する。
…美味しい。
鼻を抜けるスパイスの香り、ルウに溶け込む具材の味。ピリッとしていて、それでいてそこまで辛くない。むしろ白米や福神漬け、ラッキョウが欲しくなるような、食欲を促進させるような味わい。
「美味しい…美味しいよ一夏…!」
「だろ?」
「ほら!一夏も味見してみてよ!」
「お、おう。」
受け取った小鉢を口に付け、一夏も味見してみる。
成る程確かに。
これは美味い。
「うん。ここまで美味いとは想像以上だな。教えた甲斐があったよ。」
「えへへ~。また次もよろしくお願いします。一夏先生?」
「お、おう。」
先生と呼ばれることに若干のむず痒さを感じてしまう。
もしかしたら明日菜もこんな気持ちだったんだろうかとほんの少し同情するが、この感覚…うん。悪くない、決して悪くないぞ。
「おい、おまえら。」
ビクッ!と2人の世界に入ってしまっていたら、円夏がソファから身体を起こして2人をジト目で睨んでいる。その表情はほんの少し、甘ったるい何かを取ったかのようにゲンナリしていた。
「料理を作るのは良いが…イチャコラするのは2人だけのときにしてくれ。」
「べ、別にイチャコラなんて…。」
「間接キスまでしておいて何を言う。」
「か、かんせっ…!?」
ここまで言いかけて木綿季は顔を上気させた。
思い返せば、自身が味見した小鉢で一夏にも味見させたのだ。
美味しく出来た料理に興奮し、無意識ながら何と言うことをしてしまったのだ…。
「別に良いだろ?俺達恋人なんだから。」
隣の恋人は何食わぬ顔で平然とこう宣った。
漢らしい発言に惚れ直しながらも、もう少し恥じらいがあっても良いんじゃないかと不満で、複雑な心境の木綿季。
「はいはい、まだ夕食を食べていないが御馳走様という奴だな。」
これ以上何か言っても見せつけられるだけのような気がして、円夏は早々と引き下がる。
「じゃあ木綿季。片付けと夕食の準備、終わらせちまおうぜ。千冬姉がもうすぐ帰ってくるからな。」
「あ、そ、そだね。」
未だ収まらぬ胸の鼓動にドギマギしながら、付け合わせの用意に取り掛かる木綿季だった。
「うーまーいーぞー!!」
まるで料理漫画のリアクションのように目から光線が出るんじゃないかと言わんばかりに、円夏がカレーの感想を述べる。彼女のリアクションが総てを物語るかのように、木綿季の作ったカレーは美味なものだった。
鶏皮から出た旨みたっぷりの油分と、しっかりと炒められた玉葱がルウに見事に溶け込み、奥深い味わいとコクを生み出している。ジャガイモはホックリ柔らか、人参はほどよい歯ごたえ、鶏肉本体はしっかりと油で炒められたことで旨みを逃していない。そして玉葱は丁度良いくらいにトロリと柔らかくなっており、ルウがしっかりと絡み付く。
付け合わせの福神漬けやラッキョウは言わずもがなだが、ルウの上から散らされているのは、カリカリに炒めた鶏皮を粗みじんにしたものだ。それがまるでチップスのようにパリパリとし、食感に楽しさと、味に香ばしさをチョイスしていた。
「ほう…初めての料理でこれ程までに美味いものを作れるとは…木綿季、本格的に料理を学んでみてはどうだ?」
教師の時の硬派な表情は何処へやら、柔らかな笑みを浮かべながら千冬も木綿季のカレーに絶賛する。
「そ、そんなに、かな?」
「あぁ。一夏と言えども、最初はここまで出来なかったさ。師事するものがなかったというのもあるがな。見よう見まねで、それでも初めて作ってくれた時は、今日のように感慨深いモノだったさ。」
「ち、千冬姉。あの時のことは木綿季に黙っててくれよ。」
「なんだ!?一夏の黒歴史か!?」
「人の過去をそんな大仰なネーミングにするなよ!?」
「人には誰しも口外できず、そして逃れられぬ
「やめてください(羞恥心で)死んでしまいます」
「ボクも知りたい!」
「木綿季!?」
やはり織斑家は今日も平和である。
……一夏が包丁で指を怪我するシチュエーションも考えた。
そして木綿季が…(以下省略)というのもエロスを感じた。
だが自分の執筆力では無理と判断して飯テロ擬きを投下します。
時間に投稿したのも、そろそろお腹がすいてくるかな…って気遣いです(黒笑)
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
-
にいに。
-
お兄ちゃん。
-
兄さん。
-
兄貴。
-
一夏。