まだほとんどのプレイヤーは眠っており、街にはいつもの喧騒もない早朝。ある広場には二人のプレイヤーが立っていた。
一人は今しがた墓地から這い出てきたかのような死んだ目で虚空を見つめ、またもう1人はそんな男に申し訳なさそうな顔をしながら縮こまっている。
鳥の美しいさえずりが響く街の一角。そこには奇妙な空間が広がっていた。
ハチside
眠い・・・・・・ただひたすらに。
昨晩は散々だった。初めからレストランの扉付近に二人がいた事には気付いてたんだ。何がしたいのかは分からないしなんか怖いからスルーしてたが。監視のつもりか?
しかしあの瞬間だけは忘れていた。あの強烈な甘さが俺の味覚再生エンジンを刺激した時、俺はもうあのコーヒーのことしか考えられなかった。
この五ヶ月、求め続けた味。初めて行く層のありとあらゆる売店、レストランを巡ってなお出会えなかった味。
料理スキルを取ろうか悩んだ時もあった。しかしスキルは強さに直結する重要な物。ただでさえソロで危険な俺には手が届かなかった。
そんな断腸の思いで諦めた味に出会ったのだ。あらゆる事が頭から吹っ飛ぶのはしょうがない事だろう。
だがいま思えば確かにあの行動はいただけなかったかもしれない。
おそらく結構な引っ込み思案であるサチに対して突然肩をつかみ、図々しくお願いをするなどあちらにとっては不快なものだったはずだ。俺だってイヤだし。
その証拠に直後、扉付近から強烈な負のオーラを感じた。
無差別に放たれるものではない。まるで研ぎ澄まされたレイピアのように鋭く、真っ直ぐで濃密な負のオーラが俺に向けられていた。
発生源は言うまでもなく俺の雇い主?である二人。キリトだけでなくアスナまでもが同等以上のオーラを放っていた。俺の失態にかなりキレているようだった。
とりあえず身の危険を察知した後の俺の行動は早かった。
歴史は繰り返されるものである。そう・・・逃亡だ。
刻一刻と濃度を増していくオーラから逃げるように脱出。扉を出た瞬間、飛んできた二組の手を躱し全速力で走った。
ここまでの行動は間違ってなかったはずだ。スピード特化の俺にはいくら二人でも追いつけない。そう考えた俺は正しいだろう。
しかし現実は非情、いや仮想世界は異常である。
ステータス的に完全に勝っている俺のスピードを凌駕する速度で二人は追ってきた。見た時にはホントに心臓が止まる思いだった。
いや・・・・もうなんかさ、あの二人また新しいシステム外スキル習得したの?どうやったのホントに。是非とも教えていただきたいです。はい。
宿の部屋までは逃げきれないと踏んだ俺は一度まいた後
別の宿をとることにした。
すぐさま街から飛び出し、地形、モンスターなどで二人の足止めをしながら逃げ、近くの森に身を隠した。散っていったモンスター達は後で供養してやるとしよう。
隠蔽を発動し、隠れ率を底上げするコートにくるまり木の影で必死に息を殺して二人が過ぎていくのを待った。
隠れ率は九割。バレるわけがないほどの数値だった。その証拠に木の反対側を二人はゆっくりと通って行った。
マンガやアニメなんかでよくあるシチュエーションだったがあれホントに怖いな。また一つ知りたくもない気持ちを味わってしまった。
しかしどうにかやり過ごせるかと思った瞬間、キリトが。
「・・・・・・フレンドの位置情報で確認した方が早そうですね。」
なんて言って高速でウィンドウを操作し始めた。
二人と俺の距離は約二メートル。いくら木を挟んでいるといえどあの時のキリト、いやアスナでも僅かに動けば察知できる距離だった。なんで察知されるかは知らん。だが本能が叫んでいる。動いたらやられると。
ジリ貧になった俺は一つの賭けに出た。ヤケクソだったとも言っていい。
後ろから驚かせば二人のどちらかが腰でも抜かしてくれないかなどと血迷ったことを考え、これいけるくね?と思い飛び出した。
すぐさま反応し振り向いたアスナの肩を掴み、至近距離で睨んでやった。声も出そうとしたが流石に羞恥心が勝り、声が出なかった。
普段から散々怖がられ、モンスターとさえ間違われるこの目を夜の森で、しかも至近距離で睨まれたら流石のアスナでさえ・・・なんていま思えばアホとしか言いようのない打算的な行動。
だが驚いたことにこの選択は正解だったらしい。
「ふぇ・・・・。」
見つめ合うこと数コンマ。可愛らしい声をこぼしたアスナはその場にストンと座り込んでしまった。傍らのキリトは突然座ったアスナに声をかけ、立つように促したがアスナの耳には届いていなかったようだ。
そう、アスナは怖いのに弱かったのだ。
まさかそこまで効果があるとは思ってはおらず、やり過ぎてしまった事への罪悪感と攻略組さえ一撃で沈める自分の目になんとも言えぬものを感じながら俺はその場から逃げ去った。
あの二人のレベルなら最悪なことにはならないだろうしキリトの筋力値ならアスナを担げるだろうと思い振り向かずに帰った。一応フレンドリストで確認してたけど。
そして無事宿に帰還。フレンドリストで二人の無事を確かめた後、泥のように眠った。
そして早朝、早くも染み付いた社畜根性の賜物かサチとの約束の時間の三十分前に目を覚ました俺はフロント付近でしばしサチを待ち、合流した後ここまで来た。
・・・・長々と振り返ってみたがなんかもう酷いな。睡眠時間なんて五時間切ってるぞ。俺にとっちゃ由々しき事態だ。有給とれるかな。
兎にも角にも社畜生活二日目スタートでーす。
「はぁー。」
「あのっ、大丈夫ですか?なんだか凄い眠そうですけど。」
「ん?おお、気にしないでくれ。大丈夫だ。とにかく始めるか。」
「はい。」
まだ慣れてないであろう少し大きめの盾を握りしめ、サチは小さな声で返事した。
さて何から教えようか。基礎くらいなら分かるが詳しいところまでは知らんし・・・・・・とりあえず実戦形式でやってみるか。
「とりあえず今のお前の実力が知りたい。デュエルはしないが少し実戦形式でやってみる。」
「え?最初からですか?」
「ケイタの口ぶりからだと何度かタンクの経験はあるんだろ?なら一様知識だけならあるはずだ。多分俺と同じくらいかそれ以上。だからどれだけ活かせているかが見たい。」
「・・・分かりました。」
「圏内だから実際にダメージは入らない。軽いノックバックが発生するくらいだ。死ぬ事は無い。」
ホントはあまり教える事が無いだけなんだがな。まぁ大体の実力は知っておきたいし。
お互いに武器を構える。気休めになるかは知らないが武器をそこら辺で簡単に買える貧相なナイフに変えておいた。ダメージが入らないとはいえいつものやつは少し痛々しいし。
呼吸を整え、相手の様子を観察する。一応の構えは出来てる・・・・・・ように見える。あとは・・・・・・。
「いくぞ。」
「・・・はい。」
まだ少し冷たい空気が頬を撫でる早朝。サチの特訓がスタートした。
「・・・・・・こんなもんか。」
うん、弱い。
勝負は一方的なものだった。とは言ってもなにも俺が全力でやった訳じゃない。
ナイフだってスピードを落としてたしフォームだっていつもより大振りにしてわかりやすくした。レベルでいえば下層のプレイヤーくらいだ。
しかしサチはこちらが攻撃の動作にはいる度に縮こまり盾に隠れてしまう。
一見間違ってはいないが隠れるにも限度がある。こちらを拒むかのように突き出された盾は攻撃を防ぐとともに自分の視界も塞いでいた。
そして盾からひょっこり顔を覗かせるとすぐそこには刃が・・・・・・なんてことが多々あった。
それに攻撃を受ける瞬間に体に力が入りすぎている。
こちらも正しそうだがケースバイケースである。自分の筋力値が勝る範囲なら問題は無いが、それ以上の相手の場合多少いなす必要がある。おそらくキリトの全力だったら簡単に盾ごとサチを吹き飛ばせるだろう。
スピード特化の俺だからそういう防ぎ方なのかとも思ったが単純に力んでいるだけのようだった。
以上、素人目からだが見た感じの問題点はこの二つ。だがもっと根本的なところにこれらの原因はある。今の俺にはどうすることも出来ないが。
改めて力不足を感じたのか少し項垂れている少女を見る。
「一応の知識は確かにあるんです。でも実戦になるとどうしても竦んで・・・・。」
怖がりは自覚しているんだろう。俯いたままサチは心中を吐露する。悔しくて歯を食いしばっているだろうか、それとも自分の性分を悲観し、悲しげな表情をしているのだろうか。俯いていて分からない。
全く戦闘に向いていないのは分かっていた・・・・・・しかし一つ気になる点があった。
「サチ。」
「はい。」
「いつも使ってる槍は今あるか?」
「はい?・・・・ありますけど。」
突然の質問に多少狼狽えながらもサチは答える。
「次はそれを装備してやるぞ。」
「え?でもこの特訓は―。」
「とにかくやるぞ。準備してくれ。」
「はい。」
わかりやすく頭の上に疑問符を浮かべながらサチは槍を装備し、構える。さっきと比べればこちらの方が様になっているようだった。
俺の予想が正しいなら・・・・・・。
「じゃあ始めるぞ。」
「はっ、は―。」
サチの返事が終わらない内に斬りかかる。一回目の初手と同じく、おおきく振りかぶりつつ接近してからの振り下ろし。
しかし今度は先ほどとは違った。
「きゃ!」
「っ!!」
振りかぶりの時点でサチの槍がハチの短剣を弾く。
やっぱり・・・か!
すぐさま立て直してからの接近、横薙ぎの一閃を試みる。
「くっ!!」
一発目とは違い予備動作も少し小さくした一撃。それでも今度もまたサチは攻撃が出る前に迎撃してきた。
その後、少しずつ速度を上げながら様々な攻撃を繰り出す。
次々と振るわれる短剣をサチは弾き、そらすことで必死に防いでいく。
しかし、素早い反応を見せていたサチも徐々に対応出来なくなっていき、最後に胸に突きを受け尻餅をついた。
「いたっ!」
「うおっ!すまん。」
流石に速度を上げすぎたか。しかし、一つ確信が持てた。
「サチ、お前は槍の方がいいぞ。」
「え?でも私は熟練度も低いですし・・・・それに怖がりですし。」
自分で言ってて悲しくなってきたのか少しずつ声が小さくなっていく。慣れていない盾を使っていたさっきとは違い、多少なりとも使い込んでいた槍でも一方的な試合。わかっているとはいえくるものはあるだろう。
「だがその怖がりが今回はプラスになっているぞ。」
「へ?どっ、どうしてですか?」
俯きかけていた頭を振り上げ、サチはこちらを見る。
そりゃあ普通はダメなポイントなんだろうな。
「戦ってる時、何を考えてた?」
「えっ、えっと来ないでっていうか・・・・・近づかないで欲しいっていうか・・・・・・・・・あ!別にハチさんがきらいなわけじゃないですよ!?どうしても攻撃が怖いからですよ!?」
「おっ、おう。」
分かってはいたがそこまで必死に弁解しなくても・・・・・・なんか悲しくなってくるな。・・・・・・うん。近づかせないという意味では槍使いとして正しいんだ。喜ぶべきことだろ。
「その気持ちが戦い方に顕著に出ている。相手の視線、攻撃の予備動作を見てからの迎撃が速い。おそらくだが自分へ向けられる悪意というか敵意に敏感なんだろう。その結果、相手の僅かな動作に即座に対応できる。というか拒絶する。」
「でも盾持ちの時は全然でしたよ?」
「いや、実際攻撃への対処速度は速かったぞ。盾で視界を覆わない限りガード出来てたしな。ただ片手剣の攻撃範囲は相手と近いからな。そこまで接近されると恐怖の方が先行して上手く動けないんじゃないか?」
基本は怖がりだからな。過度に接近されると竦んでしまうんだろう。ギリギリ頑張れる距離が槍の範囲ってところか。
それに一応命の危険は無いって状況だからな。実際はもっとひどいだろう。
「そっか・・・・そうなんだ。」
戦闘面でほめられたからなのか、それとも自分にも出来そうなことを見つけたからなのか、サチは心なしか嬉しそうだ。
しかし、これだけは言っておかなければならない。
「だが今までの話はタンクか槍のどちらかならというもんだ。はっきり言ってお前はあまり戦いには向いていない。それをなんとかしない限り最前線には行かない方がいい・・・・・・死ぬだけだ。」
「え?」
上げて落とすような形になってしまったことは少し申し訳なく感じる。だが人の性分なんてものはそうそう変わりはしない。サチがこの先どんな道を選ぶにせよ、まだ前線合流まで期間がある今のうちに言った方がいいはずだ。
例えどんなにサチに優れた技術、装備があったとしても結局は心の問題だ。そこが解決しない限りサチを前線に出すのは危なすぎる。
サチは再び俯いていてしまう。自分でしといて思うのはなんだがこの短時間に連続してこんな場面を見るとどうしても良心というものが痛んでしまう。
「まだ合流までに時間はある。後悔だけはしないようにな。」
「・・・・・・はい。」
「・・・これからレベリングだ。今日はここまでにしとく。」
その言葉を最後に二人の会話はパッタリ止まり、どちらも何も言わない重苦しい空気のまま早朝の特訓は終了した。仕事とはいえなんとも嫌な役目を担当してしまった。・・・・・いつものことか。
その日、サチはずっと思い詰めた顔をしていた。
二日目のレベリングが終了し、一行はいつものレストランにて夕飯を食べていた。ちなみにハチはいない。その雰囲気は明るく、誰もが自らの成長を喜び、また仲間の成長を讃えあっていた。
一人を除いて。
サチside
やっちゃった・・・・。
今日のレベリングは失敗の連続だった。試験的にタンクが上手く出来るか挑戦してみたけど全然ダメ。その都度ハチさんからアドバイスを貰ったけど活かすことが出来ず、結局ハチさんの苦労を増やしただけになってしまった。
それに今朝のやり取りで遠慮したのか、コーヒーの件もハチさんから大丈夫だと言われてしまった。
「・・・はぁ。」
小さなため息が口からこぼれる。
結局私は・・・・・・何の役にも立てなかった。
今朝のハチさんの言葉。あれは私が目を背けてきた事実そのものだった。
街から出たくない、戦いたくない、死にたくない。このデスゲームが始まってから数日間、私はそんなことばかり思っていた。
でもそんな私とケイタやテツオは違った。このデスゲームをクリアしようと立ち上がった。
最初は理解出来なかった。つい最近まで自分と同じ世界に生きていたはずの人がこの世界にきてそんな決断を出来ることが。けれど周りの仲間はケイタのように攻略を目指しはじめる。
ここで私は怖くなった。自分だけ何もせず、引きこもることが。
誰かが私を責めた訳じゃない。動けと言ったわけじゃない。
でもどうしようもなく怖くなった。あのままあそこに留まることが。
だからみんなのように攻略に乗り出した。逃げ出したい気持ちを必死に我慢しながら。
それが地獄の始まりだった。目の前に迫る死、それに立ち向かう仲間達、何も出来ない自分。毎日繰り返されるそんな光景に頭がどうにかなりそうだった。
逃げようと何度も思った。でもその度に化け物と戦うみんなが頭をよぎる。みんなが命を懸けて戦っているのに自分は圏内で安全に過ごしている。そう考えると罪悪感が激しい痛みとなって全身を襲う。
結局私は逃げることも立ち向かうことも出来なかった。そうして今日までみんなに迷惑をかけながら生きている。
いつまでこんな毎日が続くのかな。
なんの意味も無く、むしろみんなの足を引っ張り続けるくらいなら・・・いっそ―。
「どうしたんですか?暗い顔して。」
「へ?」
思考の沼に沈んでいた私の意識を引き戻したのは幼く可愛らしい声だった。
声の方を見ると隣の席にキリトさんが座っていた。
「キリトさん?!」
「キリトでいいですよ。何か悩み事があるなら私でよければ相談に乗りますよ?」
そう言って彼女は微笑んだ。
こちらはと言えば突然の訪問に慌ててしまう。
「ど、どうしたんですか。わざわざ―。」
こんなところに。そう続けようとしたがキリトに遮られる。
「敬語はなしです。少ない女性プレイヤー同士仲良くしましょう。」
「うっ、うん。わかった。」
フレンドリーにグイグイくるので少し押され気味になってしまう。
「でっ、でもキリトも敬語だよ?」
「私はこれがデフォルトなんです。クセみたいなものですね。」
「そっか。それで、どうしてここに?」
落ち着いてきたところで聞けなかった質問をしてみる。
「えっと・・・仕事の進捗状況でも聞こうとおもいまして。」
多少詰まりながらキリトは答える。それくらいならメールで済むと思うけれど。意外と心配性なのかな?
「いつもみたいにアスナさんと来ようとしたんですけど・・・・調子が悪いみたいで部屋から出て来ませんでした。」
「そうなんだ。」
いつもという言葉に多少の違和感を覚えるがアスナさんの体調の方が心配だ。
「疲れが溜まってたのかもしれないね。何事もないといいんだけど。」
この世界で病気なんてものは聞いたことがない。しかし長い時間集中すると脳が疲れきり、倒れると聞いたことはある。ここにおける疲れとはその手のものだ。
「はい。明日はボス攻略なので危ないようでしたら誰かと交代した方がいいかもしれませんね。」
「・・・・・うん。」
「サチさん?大丈夫ですか。」
・・・・・・そうだ。こうやって何気なく話しているけれどキリトは攻略組のトッププレイヤー。常に命の危険と隣合わせの環境にいる。
キリトの発言は私にそのことを強く意識させた。
「やっぱり何か悩みがあるんですか?」
なのにどうしてこんなふうに他人を心配出来るんだろう。私なんて自分のことで精一杯なのに。多分私よりも年下なのに・・・どうしてそんなに強いんだろう。
この世界の強さに年齢は関係ない。年下とか年上とかを持ち出すのはキリトに対して失礼かもしれない。
でも思わずにはいられない。そして頭の中を埋め尽くした疑問はついに口からこぼれてしまった。
「キリトは・・・さ。怖くないの?」
「え?」
最前線にいるキリトにはかなり無神経な質問であることは自覚している。それでもどうしても気になる。
その強さの理由を、勇気の源を知ればもしかしたら自分も・・・なんて甘い考えもあるのかもしれない。
一瞬惚けた顔をしたキリトだが質問の意図を理解し、真面目な表情になる。そして数秒後、ゆっくりと話し始めた。
「怖いですよ・・・死ぬのは。」
私がぼかしたところをキリトは誤魔化さずハッキリと答える。その言葉には経験した人にしか出せない確かな重みがあった。
「実際三度ほど死にかけたことだってあります。多分これから何度もあるかもしれません。それでも・・・・・・私は止まりません。止まりたくありません。」
「・・・どうして。」
止まらない。そう言ったキリトの目には確かな強さがあった。
「えっと、子供っぽいって思われるかもしれませんけど・・・・・・追いつきたい人がいるんです。」
「追いつきたい人?」
キリトの少し奇妙な言い方に首を傾げる。
「はい。その人は誰よりも速くて、少しでも立ち止まればあっという間に私を置いて行っちゃうんです。」
「誰よりも・・・速い。」
不思議とすぐに誰なのかはわかった。当然といえば当然だったかもしれない。
「誰よりも速いから前線の私たちよりも先にいて、だから危険で、一人なんです。」
そこまで言った後、キリトの顔が曇る。
「前に一度、私は置いていかれた時がありました。いえ、私が子供で追いつけなかったと言った方がいいかもしれません。その人は自分から危険に飛び込んでいきました。それで一人になるのも構わず。その時、私には何も出来なかった。その事が・・・とても辛かったです。」
キリトは膝の上に置いた拳を握り締める。
「置いていかれるのはもう嫌なんです。今はなんとか止まってもらえてますけど、きっとすぐにまたあの人は走り出します。その時に置いていかれないように、隣を走れる様に、私は走り続けます。」
「・・・・・。」
命をかけるには曖昧にも聞こえる答え。しかし、キリトの戦う理由はどこまでも真っ直ぐで、純粋なものだった。
やっぱり強いなぁ。
率直な感想はそれだった。置いていかれないように、その人を一人にしないように戦い続ける。命がかかった舞台でさえそれを実行できるのはキリトの強さだと思った。
でも一つだけ気になることがあった。
「じゃあキリトはその人のために戦っているの?」
その人が心配だから、一人にしたくないからキリトは戦い続けているの?
続く言葉は飲み込んで簡潔に問う。もしそうならキリトの優しさは度を超えている。自分にはとても真似できそうにない。
しかし、私の疑問を受けたキリトはさっきまでの真面目な表情を一変させ、にこやかに答えた。
「いえ、違いますよ。」
「え?」
キリトの返答に少しおかしな声が出てしまう。
違うの?でもそれ以外に理由なんて―。
「私がその人から離れたくないだけです♪」
嬉しそうにそう言ったキリトの表情はとても可愛らしかった。
そんなキリトの様子につい笑顔になってしまう。
「私は私のために行動している。」
「え?」
「その人の口癖です。その人は俺って言いますけど。」
キリトは懐かしそうな顔で続ける。
「一見身勝手なセリフですけど私はこれの意味を知ってます。」
「どんなの?」
「自分のための行動でも知らないうちにどこかで誰かの役に立っているって意味です。今の私がわかりやすい例ですね。」
「?」
「私はあの人に置いていかれたくないから強くなり、結果として攻略を進めています。でも攻略を進めるというのは全プレイヤーにとって嬉しいことのはずです。つまりそういうことです。」
そう言ってキリトは少し胸を張った。少し無理矢理な気がするけど事実、キリトは多くのプレイヤーの希望のようなものだ。理由はどうあれみんなの役に立っていることに変わりはない。
ドヤァと聞こえてきそうな顔のキリトの微笑ましい様子を見ていたが、ふと彼女は少し真剣な顔になり、私と目をしっかり合わせ話す。
「自分から聞いておいて申し訳ないんですが、正直私にはサチさんの悩みをどうすることも出来ません。すいません。」
「・・・ううん、気にしないで。」
「でもこれだけは言わせてください。」
「?」
「自分に素直になってください。」
「え?」
「ありきたりな言葉かもしれませんがこれが一番大切だと私は思うんです。もしもの話ですが、この先私は攻略で命を落としたとしても悔いはありません。自分の意思なので・・・・・・死ぬつもりは毛頭ありませんが。」
キリトの目を見ればとても嘘にはみえなかった。キリトは本当にそう思っているんだ。
「だからサチさんも周りとかそういうものに関係なく、自分のしたいことを素直に頑張ってください。自分のしたいことがわからないなら必死に考えてください。」
少しだけキリトの口調が強くなっている気がした。優柔不断な私を責めているんじゃない。本気で思ってくれているのがわかった。
「あと一ヶ月くらいは時間があります。その間に考えて少しでもしたいことはどんどん頑張ってください。仲間の役に立ちたいなら勇気を出して前に出てみる。料理をふるまいたいなら挑戦してみる。逃げたくなったら逃げてしまう。なんだっていいんです。我を出して下さい。」
我を出す。その言葉が深く胸に響いた気がした。私はずっと自分を隠し続けて来たから。
「ハチさんがいる間多少無茶したってサチさんは絶対に死にません。断言します。その後だって見つかってないなら私が付き合います。だから・・・。」
キリトは私の手を強く握る。
「見つけてください、この世界で生きる意味を。もし見つけることが出来たなら、もう悩むことはなくなると思います。」
「・・・うん・・・・・うん。」
キリトの言葉は私の心に染み込んでいった。
まだ死ぬのは怖い。あの化け物と対峙するのは怖い。少しでも気を抜けば逃げ出してしまうだろう。
でも・・・・・・もう少しだけ、頑張ってみようと思う。逃げるのはいつだって出来るから・・・・・・今しかできないことを頑張ろうと思う。
もしかしたら見つかるかもしれないから。私がここにいる意味が。
あの時、私は何の意味もなく安全な始まりの街で生きていくことが怖かっただけかもしれない。誰にも必要とされず、ただ生きるのが嫌だったのかもしれない。
キリトの手をそっと握り返す。
「キリト。」
「はい?」
「ありがとう、頑張ってみるね。」
「・・・・はい!!」
キリトは更に強く握り返した。
少しばかり古いレストランの一角。二人は小さく笑い合う。デスゲームが始まって以来、止まっていたサチの時間は動き始めたのかもしれない。
この時の彼女の心には、小さいながらも確かにこの世界で生き抜いていこうという意志があったのだから。
「あと少しで貯まるかな。」
運命の日は近い。
読んでいただいてありがとうございます。本作品のサチは少しメンタルが強いかもしれません。次回は第十四話です。頑張って書いていきたいと思います。