一人のプレイヤーが第二層に続く扉の奥へ消えた後、ボス部屋は喧騒に包まれていた。
そしてどのプレイヤー達の話題も、先ほどの出来事とその一人のプレイヤーに関するものだった。
アスナside
一体何だったんだろうか・・・。
私の頭にはただその疑問が浮かんでいた。
コボルド王を無事に倒し、そのまま終わるかと思われたボス攻略。しかし、一人のプレイヤーの叫びで事態は急変した。
突然あいつの様子が変わった。直前の気だるげな態度から、他人を見下したような傲慢な態度に。
何かが取り憑いたと言われたら納得してしまいそうな程に。
この場にいる全員が彼を睨んだ。糾弾した。それでも彼は変わらず、むしろ更に周りを挑発すらした。
それに・・・。
「キリトちゃん・・・・・・。」
あいつが放ったピックはキリトちゃんを掠めた。それで死ぬなんてことは決して無いけど、明確な敵意を込めてあいつは攻撃した。
その後に言った言葉、向けた視線。横から見てた私ですらとても冷たく感じた。思わず武器に手がのびたほどだ。直接だったキリトちゃんは更に辛かっただろう。先ほどからずっと俯いてしまっている。
「キリト、悪かった。俺はお前が苦しんでたのに気づけなかった。ほんとにすまねぇ。」
クラインさんが申し訳なさそうに声をかける。キリトちゃんの肩が震える。
「すまねぇ。俺もアンタの悩みに気づけなかった。」
エギルさんも続く。
ふと、違和感を感じた。思考が追いつかなかったさっきには感じなかった違和感。どうしてさっき気が付かなかったんだろう。
ディアベルさんの件について私は何も知らないが、キリトちゃんの件に関しては良く知っている。
あの作戦は三人で考えたものだ。アイツがキリトちゃんを脅して出た作戦じゃない。
じゃあなんで?なんでアイツはあんなことを。
出そうで出てこない。この一連の出来事には裏がある。誰も気づいていない。アイツしか知らない裏が。
出ない答えにイライラしていると、一人のプレイヤーが近づいてきた。
「キリトはん。」
キバオウさんだ。しかしその顔はボス攻略の前に見たような顔でなく、申し訳なさそうなものだった。そしてキリトちゃんの前で止まる。
思わず身構える。反ベータテスター主義の彼ならキリトちゃんがベータテスターだと知った今、何を言い出すかわからない。傷心中のキリトちゃんにこれ以上何か言うつもりなら・・・。
エギルさんとクラインさんも険しい顔になっている。
そんな中、キバオウさんは大きく息を吸い、叫んだ。
「すんませんでしたぁ!!」
謝罪の言葉と共に彼は深々と頭を下げた。周りのプレイヤー達が静まり返る中、彼は続ける。
「分かってたはずなんや!あんさんらも生きるのに必死だったって。命がかかってるんや。他の人の面倒見とる場合やないって。」
周りのプレイヤー達が唖然としている。キバオウさんは頭を下げたまま続ける。
「それなんに責めてしもうた。このデスゲームに巻き込まれた怒りを、行き場の無い怒りを、あんさんらにぶつけてしもた。ホンマに悪かった!金でもアイテムでもなんでもやる。足りないなら取ってくる。・・・・・・せやから!」
・・・あっ・・・・・・。
「こんなワイらを許してくれへんか!それで出来ることなら!これからも!ワイらと!ここにいるプレイヤー達と!一緒に戦ってくれへんか!?この世界に囚われてる皆を助ける時まで!!」
「キバオウさん・・・あんた・・・・・・。」
エギルさんが驚いている。
「そうだよな。」
「皆被害者なんだよな。」
「ああ、ビギナーとかベータテスターだなんて関係なかったんだ。」
プレイヤーがざわめきだす。
・・・・・・そうか。
「ベータテスター達だって苦しんだんだよな。」
「他にも脅されたプレイヤーがいるのか。」
「キリトはん。ワイらを・・・許してくれへんやろか?」
「・・・・・・はい。許し・・・・・・ます・・・。」
「・・・・・・ありがとう・・・。」
これなんだね・・・・・・キリトちゃん。
シミター使いの人が声をあげる。
「みんな。ゲームをクリアするという志を同じくするプレイヤー達に、ビギナーもベータテスターも関係なかったんだ。本当の悪はそんな思いを踏みにじるプレイヤーだ。今こそそんな悪と、この世界と戦ってていこう。全員の力を合わせて!!」
おおおぉぉぉぉぉ!!!!!
ボス部屋の全プレイヤーの心が一つになる。二人の少女を除いて。
この胸の痛みなんだね・・・・・・・・・
「キリトちゃん・・・・・・。」
うなだれていた少女が顔をあげる。
「・・・・・・アスナ・・・さん。」
その顔は、涙で溢れていた。
「ごめん・・・ね。私も・・・・・・気づけなかったよ・・・・・・。キリトちゃんの・・・苦しみに・・・・・・。」
私は目の前の少女を抱き締めずにはいられなかった。誰よりも早く本質に気づきながらも、気づいたからこそ動けなかった彼女を。
傍から見るとそれは、非道なプレイヤーに傷付けられた少女達の光景だった。
そして問題のプレイヤーは今、第二層の主街区、《ウルバス》のゲート前にいた。
ハチside
えっ?何、追い払われたんだけど・・・・・・。
いや待って。なんで?
広大なフィールドを歩き回って、一時間くらい経ったであろうか。なんとか次の町を見つけることが出来た。テーブルマウンテンを外周部だけ残して、内側に町があるというなんとも面白い町だ。
そこまではいい。だが問題はここからだ。
やっと次の町を見つけ、意気揚々と近づいたところ、なんだかコワーイお兄さんがワラワラ出て来た。
最初は歓迎してくれんのか?なんて呑気なことを考えていましたよ、ええ。襲われましたねぇ。
カーソルが出ないからNPCなんだがこれが恐ろしく強い。勝てる気がしない。
1度目の退散の後、隠蔽を発動。再び接近を試みる。しかしあっさりバレてしまい、二度目の退却となり今に至る。
何だよあいつら。人を犯罪者みたいに扱いやがって。この目か?この目が悪いのか?
ん?待てよ。犯罪者・・・・・・・・・。
なんかイヤな予感がする。そして何度目だろうか。俺の予感はだいたい的中する。イヤな方のだが。
俺はキリトを攻撃した。口止め料も払ったが、あれくらいしないと多分アイツは止まらないから。もしかしてそれが何か関係してるのか?
このゲームにはPKがある。それは知ってる。だがこのゲームは基本的にプレイヤー同士で争うタイプの物じゃない。ならPKしたプレイヤーには何かペナルティがあってもおかしくないんじゃないか?例えば・・・ほら。
町に入れない・・・・・・・・・とか。
だとしたらヤヴァイ。ちょーヤヴァイ。これから先、町に入れない?無理だろ、絶対死ぬ。
いや落ち着け。故意に犯罪者になるプレイヤーだけじゃない。誤ってプレイヤーを攻撃してしまい犯罪者になってしまうプレイヤーだっているはずだ。またはPKされそうになって自己防衛の為とか。
だとしたらそんなプレイヤーの為の何らかの救済措置が
あるはずだ。あってくれるはずだ。
だとしたらそれはなんだ?
「クエスト・・・・・・か?」
それくらいしか思いつかんな。だがどこで受けるんだ?町には入れないし。
・・・・・・これ以上は何もわからんな。
とりあえず今は安全地帯の確保だな。回復アイテムは減ってないし、戦闘さえ避ければしばらくは持つはずだ。いざって時は全力で逃げる。食い物は・・・・・・うん。なんとかしよう。
やっとの思いで見つけた町に背を向け、俺は再びフィールドを歩き出した。
あっ、そういえばパーティー組んだままだったな俺。抜けておかないと。
一人のプレイヤーがその場を去った三十分後。攻略組はウルバスの転移門をアクティベートし、町の広場でお互いの健闘を讃えあっていた。
キリトside
あれから驚くくらいに事態はトントン拍子で進んだ。
キバオウさんの謝罪の後、複数のプレイヤーが自分もベータテスターであると名乗り、謝罪した。
攻略組のみんなは最初こそ少し驚いてたけど、すぐに謝罪を了承して握手をした。
シミター使いのプレイヤー、さっき知ったことだけど
《リンド》さんは名乗り出たベータテスター達にどうして名乗り出たのかを聞いた。そしたら
「これから先の攻略ではベータテスターの知識が必要不可欠だ。そうなったらキリトちゃんの知識にみんな頼りっぱなしになってしまう。これ以上彼女に負担をかけないためにも俺達が怖がってる場合じゃないと思ったんだ。」
彼らは震えながらもそう言った。キバオウさんがベータテスターを認めた後とはいえ、この中で告白するのは相当な勇気が必要だったはずだ。
キバオウさんやリンドさんは喜んで彼らを迎えた。罪悪感から解放されたからなのか、怒られなくてよかったからなのかはわからないけれど、ベータテスターのみんなは泣きそうだった。
攻略組のみんなはベータテスターの人達を先頭にして第二層の主街区を目指し前進した。
道中のモンスターや危険な点などは、ベータテスターの人たちが把握していたから大きなトラブルもなかった。
私も前に出ようとしたけど、リンドさんやキバオウさんから今は無理しなくていいと後ろに下げられてしまい、気を使わせてしまった。
いつかのように集団の一番後ろにアスナさんと私はいて、エギルさんとクラインさんもついてくれた。
でも、あのときのように振り向いても、ハチさんはいなかった。
ウルバスに到着して、転移門のアクティベートをすると、次々とプレイヤーが転移してきて私達を祝福してくれた。
第二層解放を喜ぶプレイヤー達の声はいまだに広場に響いている。
「なぁキリト。」
「はい?」
「これからよ、そこらの酒場でエギルと祝勝会を開くんだけど・・・一緒にどうだ?もちろん、アスナさんも一緒に。」
「えっと・・・。」
「キリトちゃん、行こう?」
「アスナさん。」
「クラインさん、私達以外に参加するプレイヤーを教えてくれませんか?」
「え?ああっと、アスナさん達二人を除けば俺とエギルだけです。」
「分かりました。」
「あと三十分後くらいにそこのレストランでやりますんで、よろしくお願いします。」
「はい。」
最後に軽くお辞儀をした後、クラインさんは人ごみの中に行ってしまった。
「・・・・・・ねぇ、キリトちゃん。」
「はい。」
「あの二人にはさ、話さない?アイツのこと。」
「っ!でっ、でも!!」
「分かってる。話したところで信じてもらえないかもしれない。でも、アイツには言いたい事が沢山あるの。見つける為にも少しでも人手が欲しいわ。それに、エギルさんは話の分かる人だと思うし、クラインさんはキリトちゃんの友達なんでしょ?」
「はい。いっつも気遣ってくれる良い人です。」
「なら話してみましょう?キリトちゃんもアイツに言いたい事・・・・・・いっぱいあるんでしょ?」
「・・・・・・はい。いっぱい・・・・・・いっぱいあります。」
いつ思いついたのかとか、どうして相談してくれなかったのかとか、他にやり方は無かったのかとか、その隠蔽スキルはどうやってるんですかとか、なんで目が腐ってるんですかとか、これからどうするんですかとか、好きな料理はなんですかとか、どんな事が趣味ですかとか、どういう娘がタイプですかとか・・・・・・・・・あれ?
とにかく!言いたい事も聞きたいことも沢山ある。
女の子を泣かせたんです。こんなコート一つじゃ足りません。責任取ってもらいます!・・・コートは使いますけど。
こんなところで落ち込んでなんかいられない!
「なら、早速行動開始ね。」
「はい!でも・・・・・・何するんですか?」
「町の中を探してみましょ。路地裏とか人気の無い所とか。暗くてジメジメした所にいそうだし。」
「それはキノコじゃ・・・。」
それにそういう場所にはヤンキーっていう人や、犯罪者がいるから危ないってお母さんが・・・・・・、
犯罪者?
「あーーー!!」
広場に絶叫が響いた。慌てて口を抑える。
「キリトちゃん?!どうしたの?!」
「アアアアスナさん、とりあえずここじゃ駄目です。早く移動しましょう。あとエギルさんとクラインさんを探しましょう。理由はみんな集まってから話します。」
「わ、わかったわ。緊急なのよね?」
「はい!緊急事態です。」
「なら手分けして探しましょう。見つけたらクラインさんの言ってたレストランに集合。見つからなくても十分後にここに戻ってくること。いい?」
「はい!!行ってきます!」
忘れてたー!!ハチさんは今犯罪者。町には入れないんだったーー!
町中を走り回った私は、システムの限界より速い速度が出た気がした。
ハチside
なんだあれ?
安全な場所を探して草原のフィールドを歩いたところ、奇妙な光景を目撃した。
アルゴが忍者に追われてる?why?
にしても速い。凄い速い。あの三人は俺と同じくAIG極振りなんだろう。草原を凄まじいスピードで疾駆している。
にしてもなんで追われてんだ、アイツ。
情報屋が恨まれるなんてよっぽどプライベートな情報でも売ったんだろうか。それとも何か重要な情報を隠してるとか。
・・・気になるな。
いつもならスルーしたであろう俺だが今回は事の顛末が気になる。隠蔽を使えばタダで情報が聞けるかもしれないしな。
好奇心に負けた俺は隠蔽を発動し、忍者のような格好の二人を追いかけた。
けっこうきたな。
このまま向こうの荒れ地のような所まで続くかと思われた鬼ごっこだったが、どうやらアルゴも長時間走り続けるのは辛いらしい。急に立ち止って忍者二人を睨みつけた。
「何度も言ってるダロ!この情報だけは、幾ら積まれても売らないんダ!!」
ビンゴ。やはり何かの情報の話のようだ。わざわざ圏外のこんな所まで追ってくるほどの情報だ。さぞかし大事な情報なんだろう。
「情報を独占する気は無い。しかし公開するつもりもない。それでは、値段の吊り上げを狙っているとしか思えないでござるぞ!」
ござるときたか。見た目からしてこの二人、忍者のつもりなんだろうがキャラ濃すぎるだろ。恥ずかしくないのか?キャラ・・・・・・厨二・・・うっ!頭が!!
「値段の問題じゃないヨ!オイラは情報を売った挙句に恨まれるのはごめんだって言ってるンダ!!」
「なぜ拙者たちが貴様を恨むのだ!?金も言い値で払うし感謝もすると言っているでござる!!この層に隠された《エクストラスキル》獲得クエストの情報を売ってくれればな!!」
こりゃいよいよ追いかけて大正解だったな。エクストラスキルがどんなものかは分からないが、名前からして普通の手段では出ないスキルなんだろう。しかしなんでアルゴは情報を売らないんだ?そんなクエストの情報ならさぞかし高値で売れるだろうに。あと俺がタダで聞ける。
「今日という今日は、絶対に引き下がらないでござる!」
「あのエクストラスキルは、拙者たちが完成するのに絶対必要なのでござる!」
「わっかんない奴らだナー!何と言われようとあれの情報は売らないでゴザ・・・・・じゃない、売らないんダヨ!!」
うつってるぞ。それにしてもこの二人相当な執念だ。そのエクストラスキルがどんなものかますます気になる。
「どうしても売らないというなら。」
「やむうえなし。」
「ッ!!」
二人が腰の短剣に手をのばす。
ついに武力行使ときたか。どうする?まさかこんな所でPKするとは思えないがここは圏外。他にどんなトラブルが襲うか分からない。
動くしかないか。アルゴほどの情報に何かあったら攻略が滞る。せっかく攻略組の問題を解消したのに冗談じゃない。
二人にゆっくりと近づく。短剣を抜き、一人の頬を薄く斬る。HPはほぼ減らないだろう。
「ほっ?」
「はっ?」
「エッ?」
三者三様の声が上がる。
「なっ、なんでござるか?!これは!」
「おっ、落ち着くでござる!何者かのこう――。」
緊急事態でもそのしゃべりは止めないのな。
感心しつつもう一人の頬を斬る。
「ふぁ?!」
「なにっ!」
辺りを何度も見渡しているがやはりというかなんというか、俺の姿は見えないらしい。隠蔽って素晴らしい。
「アストラル系のモンスターでござるか・・・・・・。」
「しかし!見えないモンスターなどどうすれば!!」
忍者たちが完全にパニックになっていると、アルゴが悪い笑顔になる。うわっ、やるつもりだよ。
「ワァ!!」
「「っ!!ござるうううぅぅぅぅぅぅ!!!」」
いつの間にか後ろに回っていたアルゴに驚かされ、忍者二人は全速力で逃げていった。ってかそこもござるなの?
さて、やるべき事はやった。スピードワゴンはクールに去るぜ。
「ハー坊・・・・・・だよナ。」
去れなかった。なんで分かったの?この娘。見えてないよね?
思わずアルゴを見るが、彼女は全く関係ない方向を見ていた。やっぱり見えてないよな。
「なんでわかったのかって思ってるダロ。」
怖っ!心まで読めんの!?えっ?エクストラスキルってそれ?なにそれチョー欲しい。
「ハー坊は気づいていないかもしれないケド、ハー坊の隠蔽と索敵は他のプレイヤーと比べものにならないくらいすごいんダゾ?」
「えっ、なにそれ初耳なんだけど。」
「やっぱりハー坊カ。」
「あっ。」
失敗した。つられて喋っちまった。
「はぁ。」
「久しぶりダナ。」
「久しぶりって、昨日の攻略会議で会ったばっかりだろ。」
「やっぱり見えてたんダナ。」
「いや、目合ったし。」
それともなに?無かったことにしたいとか?・・・なにそれ泣きたい。
「さっき言ったことはホントダヨ。ハー坊の隠蔽と索敵スキルは正直、規格外の性能ダ。」
「・・・このスキルは個人差があるのか?」
「イヤ、基本的に装備でボーナスとかを付けない限りは変わらないヨ。」
「じゃあなんで。」
「それはオイラにも分からないヨ。だからハー坊は規格外なんダ。」
マジか・・・・・・。気が付かんかった。ステルスヒッキーは本当にあったのか。
「・・・無茶したらしいナ。」
「ん?」
「ボス攻略の後だヨ。」
「ああ、別に無茶ってほどじゃねぇだろ。」
「ハー坊が一番危ないんダゾ?」
「あいつらにプレイヤーを攻撃する勇気はねぇよ。」
「それが普通なんダ。」
「そうか。」
ならそれが出来た俺は異常だな。でもそんなことはずっと前から分かってる。自分が異常なことなんて。
「これからどうするつもりダ?」
「とりあえず安全地帯を探す。後のことはそれからだな。」
「・・・・・・オイラに心当たりがあるんダケド。」
「そりゃ是非とも聞きたい。それで?いくらだ。」
「助けてくれた御礼ダ。タダでいいヨ。」
「お前の為に助けた訳じゃない。攻略が滞るのが嫌なだけだ。」
「それでもダヨ。」
前にもこんな会話をした気がする。こいつといい、あの娘といいどうしてこう、人の行動を好意的に受け取るんだろう。いつか詐欺にあいそうだ。
こいつはねぇな。
「わかった。場所はどこだ?」
「とりあえずオイラについてきてクレ。」
「いや、場所さえ教えてくれれば自分で行くから。」
「ちょっと道のりがややこしいンダ。言葉では説明しにくイ。」
「お前は時間いいのか?」
「ちょうどそこも変更点がないか確認しておきたかったカラナ。」
「俺はついでか。」
「にゃハハハ、そゆコト。」
見えないプレイヤーに対してカラカラとアルゴが笑う。笑った顔はフードでほとんど見えないがとても楽しそうだ。
「そこは安全なんだろうな。」
「安全性はオイラが保証するヨ。じゃあ、行こうカ。」
「おう。」
そこからの道のりは思った以上に長かった。っていうかキツかった。
テーブルマウンテンの岩壁をよじ登り、小さな洞窟に潜り込み、ウォータースライダーじみた地下水流を滑る。途中何度かあった戦闘も、アルゴのくれる情報と隠蔽を利用して危なげなく終えた。ちなみに隠蔽だが、アルゴがやりにくいということで途中で解いた。
タダで情報を教えてくれるもんだから、理由を聞いてみた。そしたら
「サービスだヨ。」
と楽しそうに一言。
タダより怖いものは無い。昔のひとはよく言ったもんだと思う。全くもって恐ろしい。このゲームに臓器売買のシステムが無いことを祈るばかりだ。
未知のシステムに戦慄しているとどうやら目的地に着いたらしい。
周囲を岩壁に囲まれた小さな空間に泉と一本の樹、そして小屋が建っていた。
「こんな所があるんだな。」
思わず呟いた俺を尻目にアルゴは小屋に近づき、その扉を勢いよく開け放った。
中には一人、NPCがいた。初老でムキムキマッチョの大男。スキンヘッドでひげをはやしていて、いかにも達人といった風貌だ。
それで頭の上には金色のビックリマークがでていた。クエストNPC?
「あのオジサンがこの小屋を貸してくれるNPCダ。」
「いやいや、なんか色々おかしいだろ。なんでこんな山奥に。」
「今のハー坊にはピッタリの場所ダロ?」
「いや、まぁそうだが。でもあれクエストNPCだぞ?」
「まぁまぁ、細かいことは気にするナ。」
「おっ、おい!」
アルゴが背中を押してそのオヤジの前に立たせる。オヤジと目が合う。
「入門希望者か?」
「はっ?えっ、入門?」
「気にするナ。とりあえず返事。」
「おっ、おう。」
「修行の道は長く険しいぞ。」
「・・・・・・なぁ、これおかしくないか?」
「おかしくないゾ。はい、ヘーンージ。」
「あっ、ああ。」
オジサンの頭上のビックリマークがハテナマークに変わる。クエストを受領したらしい。大丈夫なんだろうな。
するとオジサンはついてこい。と一言いって小屋の外に出た。背中をアルゴに押されながら続くとオジサンは巨大な岩の前に立った。
嫌な予感がす・・・・・・このくだり何回目だよ。
オジサンはあごひげをしごきながら言った。
「汝の修行はたった一つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。為し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう。」
「あっ、俺急用を思い出したんでこれで・・・・・・。」
「駄目ダ。」
アルゴに後ろからしがみつかれる。
ちょっと!アルゴさん!当たってる!当たってますって!何がとは言いませんが!
それに気を取られたのがまずかった。気づけばオジサンは目の前にいて、両手には筆と小さな壺。
「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝には、その証を立ててもらうぞ。」
まずっ!逃げ出そうとするがもう遅い。オジサンの右手は視認も出来ないスピードで俺の顔に筆を走らせた。
頬に感じる筆の感触。顔に落書きをされたと瞬時に気づいた俺は急いで頬を拭ったが悲しいことに取れていない。
「その証は、汝がこの岩を割り、修行を終えるまで消えることはない。信じているぞ、我が弟子よ。」
そう言うとオジサンは小屋へと戻って行った。これはどういうことか?そうアルゴに問いかけようとした。その瞬間。
カシャ
まるでカメラのシャッターのような音が響いた。
「なぁ、二つ質問があるんだが。」
「なんダイ?」
凍りついてる俺の顔とは逆にアルゴの声は楽しそうだ。
「一つ目、このクエストはなんだ?」
「エクストラスキル《体術》の習得クエストダヨ。クリア条件はさっきのオジサンが言ったとおりダナ。」
「安全地帯は?」
「ここにはモンスターもポップしないし、入ってこない。立派な安全地帯ダロ?」
「二つ目、さっきの音はなんだ?」
「これの音ダナ。」
アルゴは四角い結晶をヒラヒラさせている。
「なんだこれは?」
「《記録結晶》ダヨ。音声や映像の保存。写真を撮ることも出来るンダ。」
「何を撮ったんだ?」
「分かってるダロ?」
瞬間、アルゴの持つ結晶に手をのばす。しかし、アルゴは予想していたのか俺の手が触れるよりも速く、結晶をしまってしまった。
「くそ・・・・・・。だがわざわざクエストを受けなくてもよかったんじゃないか。」
苦し紛れにそんな質問をする。そしたら急にアルゴは俯いてしまった。
「・・・・・・騙したのは謝るヨ。・・・でもハー坊はこれくらいしないとまた危ない事しそうダカラ・・・・・・。」
俯いたままアルゴは続ける。その表情はフードに隠れて見えない。
「流石に命にかかわるようなことは俺だって――。」
「するヨ。ハー坊は優しいから。」
俺の言葉を遮ってアルゴはそっと抱き着いてくる。
「あんまりオネーサンを心配させないでクレ。ハー坊に何かあったら悲しむ人だっているんだゾ。」
そんなの俺の勝手だ。そう言うのは簡単だ。でもそのときの俺はそれが言えなかった。
「まぁ・・・・・・その、なんだ。エクストラスキルが習得出来る訳だしな。このクエストだって暇つぶし位にはなるだろうし・・・・・・。えと・・・・・・ありがとう。」
顔が赤くなるのを感じる。このゲームのことだ。目ざとく検知して反映させていることだろう。
「素直じゃないナ。ハー坊は。」
「うぐっ・・・。」
多少声が明るくなったアルゴは少し考えた後言った。
「実は・・・ナ。理由はもう一つあるンダ。」
「なんだよ。」
まだあるのか。俺がそう思っていると、アルゴは顔を上げ、言った。
「おそろい・・・・・・ダナ!」
「っ!」
アルゴの素顔が見えた。といってもほとんどフードで見えないがその頬にはヒゲのようなペイントがあった。なるほど・・・だから鼠なのか。
それにしても不意打ちだ。思春期の男子がその言葉に弱いって知ってて言ってるなコイツ。
ん?おそろい?ということは俺の顔にもあんなヒゲが描かれてるのか。気になるが・・・・・・止めておこう。自分の傷を広げるだけだ。
「なァハー坊、オイラとフレンド登録しないカ?」
「ん?」
「フレンド登録ダヨ。」
「フレンド?」
なにそれ?パーティーとは違うの?
「もしかして・・・・フレンド登録を知らないのカ?」
「ああ。」
「ハー坊。流石に知識不足だと思うゾ。」
アルゴはため息をつくとフレンドについて説明してくれた。簡単にいうと登録したプレイヤーにメールを送ったり、安否情報を確認できるらしい。なるほど、確かに便利だ。
「だが断る。」
「オヤ?いいのカ?」
そう言ってアルゴは記録結晶から写真を表示した。その写真には頬に落書きされた目の腐った男が写っていた。・・・・・・見たくなかったのに。
「・・・・・・わかった。」
「素直なのはいい事ダナ。」
脅しておいてなにを。と言いたいがやめておく。これ以上なにを要求されるか分からない。
俺が色々諦めていると、アルゴは少し真面目な雰囲気で話し出した。
「ハー坊が思ってる以上に今、ハー坊は危険なんダ。ほとぼりが冷めるまでここにいてくれヨ?」
「ああ、分かってる。俺だって死にたくはないしな。それに亀の甲より年の功って言うし―。」
「ンッ?」
「ごめんなさい。」
見えた。フードの隙間から見えた。絶対零度の瞳が。
「じゃあ、オイラは戻るけど最後に一つ。教えてあげるヨ。」
「なんだ。」
「その岩・・・・・・鬼だヨ。」
「デスヨネー。」
分かってたけど分かりたくなかった事実を告げ、アルゴは帰って行った。
「・・・悲しむ・・・・・・。」
一人残された俺は、さっきのアルゴの言葉を思い出していた。
あれがあの場で一番効率がよかった筈だ。そう思って納得しようとすると、あの時のキリトの顔が頭にチラつく。さっきのアルゴの言葉が頭をよぎる。そのことがどうしようもなく俺の心をかき乱す。
「チッ。」
そんな胸の不快感をぶつけるように、俺は目の前の岩を殴った。
かってぇ・・・・・・。
「この情報は誰にも売れないナ♪」
それから数日間のアルゴの働きは凄まじかったらしい。
読んでいただきありがとうございます。次の第九話も頑張っていきたいと思います。