黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode20 ~アウェイ~

 梅雨が明け、肌を焼く強烈な日差しが燦々と青空から地上へと降り注ぎ、湿度も高い都会の蒸し暑さ。高層ビルの遥か遠くの空高く広がる積乱雲、公園や街路樹の僅かな緑の中で、短い命を燃やしながら奏でる蝉時雨が本格的な夏の始まりを告げる。

 そんな真夏の八月初旬、四度目の右膝の手術は無事終わり、日帰り手術で退院。退院から三日、現在自宅療養中なのだが、家に居ても暇なため気分転換を兼ねて、近所の図書館に足を運んだ。

 朱雀高校の次に緑の多い図書館の敷地内の歩道を通って低い階段を数段上り、両開きの自動ドアを潜る。途端に夏とは思えない冷たい空気に身体が包まれた。寒いくらいの人工的な冷気は、一瞬で額の汗を乾かす。筆記用具と一緒に持ってきた薄手の長袖上着を羽織り、館内に完備されている自習室の空いている席に腰を落ち着け、課題を開く。夏休みの課題と向き合ってしばらく、切りのいいところでペンを置く、軽くのびをして掛け時計を見ると、勉強を始めてからちょうど二時間が経過していた。

 

「やっと止まったわね」

「え?」

 

 すぐ隣で、女子の声が聞こえた、聞き覚えのある声。顔を動かして隣を見る。やや呆れた表情(かお)伊藤(いとう)と、どこか可笑しそうに微笑んでいる白石(しらいし)がいた。

 ちょうど昼時だったこともあり、二人と一緒に近くのファミレスに場所を移す。店内は夏休みということもあってか、俺たちと同じ学生が大半をしめていた。知り合いも何人か居て、綺麗な小麦色に日焼けした肌からみんな、充実した夏休みを過ごしていることが容易に想像できる。

 

「うららちゃんの言った通りね。アンタ、アタシらにぜんぜん気づかないんだもんっ」

「ごめんごめん」

「ふふっ、一年生の頃から変わらないわ。集中してる時の宮内(みやうち)くん」

「そういえばアンタ、さっき普通に歩いてたけど、手術したのよね?」

 

 氷たっぷりの透明なグラスいっぱいに注がれたオレンジジュースのストローをくわえる伊藤(いとう)は首をかしげて、松葉杖なしに手術前と変わらず歩いていたことを不思議そうに見ている。

 

「したよ。みんなが、旧校舎の火事を阻止した日にね」

 

 今回の手術は、遊離した骨を除去するクリーニング手術。スポーツで使われる「ネズミ」を取る手術。開いた膝の傷痕は一センチに満たない小さなもの、骨や靭帯でもなく血が巡る場所のため、回復も比較的早く、手術箇所も小さいため松葉杖の必要ない。

 膝の手術をした八月一日の夜、猿島(さるしま)の予知能力で旧校舎の火事を知った超常現象研究部は、火事の原因と思われる旧校舎で天ぷらを揚げる事が趣味の男子生徒――椿(つばき) 剣太郎(けんたろう)と、火事が起こる予定の時間に山田(やまだ)が入れ替わり、火事を未然に防ぐ事に成功したと、宮村(みやむら)から連絡を受けた。

 

「でも、ホント良かったわ。うららちゃんが放火犯にされなくて」

白石(しらいし)さんが?」

「そうなの。猿島(さるしま)さんとキスして変わっていく未来の中に、うららちゃんが放火犯にされちゃう未来があったのよ。山田(やまだ)椿(つばき)と入れ替わったから、その未来も変わったんだけどね。はい、これ」

 

 伊藤(いとう)は、小型のノートパソコンを立ち上げて超研部の部員らしき人物たちが描かれた漫画風のイラストを見せてくれた。

 

大塚(おおつか)さんが、山田(やまだ)猿島(さるしま)さんが見た未来を分かりやすくイラストにしてくれたものよ。あの子、漫画研究部だから」

「へぇ~、この女子が白石(しらいし)さんだよね?」

「ええ、そうよ。美化され過ぎだけど......」

「そんなことないわよっ」

 

 画像をスライドさせる。前半はギャグテイストと下ネタ系のイラストが大半を締め、後半に行くにつれて例の火事に関するイラストが増えていった。

 

「お、おう......な、なに? この一枚だけ創造センスが爆発してるイラストは」

「ああ、それね。最初に見た火災現場を、山田(やまだ)本人が書いたヤツよ。酷いったらないわよねぇ」

山田(やまだ)画伯の作品か。まあ、火災現場と見えなくもないけど」

 

 山田(やまだ)猿島(さるしま)と思われる二人の人物が、旧校舎らしき縦型の長方形の物体が燃えている横に立っているイラストは、大塚(おおつか)のイラストを見た後だとよりインパクトを感じる。

 けどそれ以上に、山田(やまだ)が描いたイラストを見て気になる点があった。パソコンを操作して、大塚(おおつか)が書いたイラストと照らし合わせて見る。

 

「20時2分37秒......? うーん......」

 

 確か、宮村(みやむら)の報告によると三人が旧校舎に入ったのは、火災発生予知時刻の20分ほど前。空き教室に立て籠った椿(つばき)を説得して、山田(やまだ)と入れ替わるまで未来は変わらなかった。イラストの時間まで、10分そこそこ。旧校舎は本校舎に比べると木材を多く使っている分、防火対策は万全。正式に解体が決まっているとはいっても、解体工事が始まるまでスプリンクラー、消火器、消火栓も生きているはず。灯油や、ガソリンみたいな可燃性の高い液体燃料でも使わない限り、短時間で校舎全体に火が回るとは考えづらい。

 何より、猿島(さるしま)が見た未来で火事ではなく、放火犯として疑われたこと。つまり、火事は事故ではなく、放火と断定されるだけの証拠が挙がった。

 火をつけた人間は、別に居る。

 それが事件前日の夜、俺と宮村(みやむら)が導き出した答え。実際火をつけなかったのは、三人が校舎に入っていく姿を見て、しばらく時間を経っても校舎から出てこなかったから思い止まった。もしくは、放火を警戒していた宮村(みやむら)が周囲を見回っていたからあたりだろうか。後日実行に移さなかったのは、衝動的な犯行......。 

 

宮内(みやうち)くん、どうしたの?」

「ああ、うん、ちょっと考えごとしてた。あ、ごめん、メッセージ」

 

 真相はどうあれ未然に防げたからいい、考えたところで推察の域を出ないと頭を切り替えて、ポケットから取り出したスマホを開く。送信者は、宮村(みやむら)だった。

 

「おつかれ~。お前、歩けるんだよな? 明日の夜みんな誘って、近所の花火大会いかねぇか? だってさ」

「行くー! うららちゃんもいいよね?」

「ええ、明日は塾もないから大丈夫よ」

「やったー!」

「じゃあ、宮村(みやむら)に伝えておくよ」

 

 白石(しらいし)伊藤(いとう)も行けることを宮村(みやむら)に伝える。するとすぐに「さっすが! んじゃ明日な。男連中には声かけとくから」と返信が来た。

 

「あ、アタシにも宮村(みやむら)から来た。魔女に声かけといてだって、もう仕方ないなわね~」

 

 そういいながらも、とても嬉しそうにスマホを操作している。

 

「花火大会、楽しそうね」

「そうだね」

「よーし、送信完了。うららちゃん、浴衣ある?」

 

 白石(しらいし)は、首を横に振った。

 

「じゃあ、ご飯食べたら一緒に買いに行こっ」

「ええ」

 

 昼食の残りを片付け、会計を済ませて店の外に出る。

 

「じゃあ、また明日の夜に」

「何言ってるのよ、アンタも来るのよ!」

 

 図書館へ戻って、残りの課題を片付けてしまおうと思った矢先「女子だけだと無難なの選んじゃうから、男子の意見を聞きたいのよ」と言われ、結局押しきられる形で、二人の買い物に付き合わせされることに。ファミレスからほど近い、近所のショッピングモールへ。ここには、彼女たちのお目当ての浴衣はもちろんのこと、小田切(おだぎり)とデートした時に立ち寄った雑貨屋、カフェなど多くのショップが展開されている。

 

「この花柄デザインの浴衣、うららちゃんに似合いそう」

「そうかしら? 伊藤(いとう)さんの方が似合うと思うけど」

「そっかなぁ? あ、そうだ! じゃあお互いに選びっこしよっ」

「面白そうね」

 

 二人は別々に、ハンガーで陳列されている浴衣を手に取りながら品定めを始める。どちらに着いていけばいいのか迷っている間に必然的に放置状態、女性物の浴衣が並ぶ店内に取り残されてしまった。どうやら、ここに居る存在意義はなくなったらしい。

 しかし、水着の時はまだ小田切(おだぎり)が居たからマシだったけど、今回は完全にアウェイ。周りには女性客しかいないし、しかも同世代の女子が多い。逃げ出すように居心地の悪いショップを脱出、店先のベンチで二人の買い物が終わるのを待つことにした。

 その前に、同じモール内のカフェで食後のアイスコーヒーを買いに行く。すると、カフェのテラス席でノートを広げ、季節のフルーツをふんだんに使ったデザートドリンクを飲んでいる、小田切(おだぎり)が居た。

 

小田切(おだぎり)さん」

「あら。宮内(みやうち)くんじゃない」

 

 顔を上げた小田切(おだぎり)は、俺に近い丸テーブルの椅子の上に置いてあるバッグを反対側の椅子に移動させた。お邪魔してもいい、ということだろう。彼女の行為に甘えて、小田切(おだぎり)の右隣の椅子を引いて失礼する。

 

「夏休みの課題?」

「そうよ。家だと、弟がお友達と遊んでるから。あなたは?」

「俺も同じ。近所の図書館で課題を片付けてたんだ」

「あら。だらけてないでちゃんとやってるのね」

「まあね。あ、そこ小数点の位置ずれてるよ」

「え? ホントだわ......」

 

 どことなく悔しそうな表情(かお)をして、指摘された問題の答えを修正した彼女はペンを置き、両腕を大きく上げてのびをした。

 

「う~んっ。そろそろ休憩にしようかしら?」

「おつかれさま。何か買ってこようか?」

「いいわ、まだ残ってるから」

 

 ノートの横にあるドリンクを持ち上げて見せる。自分の分のアイスコーヒーを購入してから席に戻り、お互いどんな夏休みを過ごしているのか他愛ない世間話。

 

「前に言ってた家族旅行は、来週末なんだ」

「ええ、お盆休みを利用して行くのよ」

「そうなんだ、楽しんでね」

「ありがと。お土産は覚えてたら買ってきてあげるわ」

「ははは、期待しないで待ってるよ。じゃあ、そろそろ行かないと」

「用事?」

「うん。ツレが......って、噂をしたらってヤツだ」

 

 汗をかいたアイスコーヒーの容器を持って席を立ったところで、白石(しらいし)伊藤(いとう)が、目の前のショップから出てきた。店先へ出て、二人に呼び掛けるとすぐにやって来た。

 

「アンタ、どこ行ってたのよ! って、小田切(おだぎり)さん?」

「あなたのツレって、伊藤(いとう)さんたちだったのね」

「図書館で偶然会ったんだよ」

「ふーん、そう」

「ちょうどよかったわ。小田切(おだぎり)さん、明日の花火大会どうする?」

「花火大会? 何よ、それ?」

 

 小首をかしげた小田切(おだぎり)に、伊藤(いとう)が先ほど誘いのメッセージを送ったことを伝えると、彼女はバッグからスマホを取り出して画面をチェック。

 

「あら、ほんと。気がつかなかったわ」

「それで、どうするの?」

「そうねぇ~。まっ、時間作ってあげてもいいわよ」

「はい、決まりっ! じゃあ、寧々(ねね)ちゃんも一緒に浴衣選びましょっ」

「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! バッグが......!」

寧々(ねね)ちゃんの荷物持ってきてーっ!」

「はいはい、仰せのままに」

「ふふっ、伊藤(いとう)さん嬉しそう」

 

小田切(おだぎり)さん」から「寧々(ねね)ちゃん」へと一瞬で呼び方を変えた伊藤(いとう)の言葉に頷いてドリンクの空き容器を片付け、テーブルに放置された課題とバッグは白石(しらいし)が持ってくれた。

 ショップへ戻り、今度は四人で浴衣を選ぶ。品定めを始めてから二時間ほどで買い物は終了、三人とも新しい浴衣を新調した。だけど、それぞれ幾つかの候補は見たけど最終的にどの浴衣にしたのかは、教えてはくれなかった。伊藤(いとう)いわく「明日を楽しみにしていなさいっ」ということ。小田切(おだぎり)を最寄り駅へ送り、伊藤(いとう)とは途中の交差点で別れて、同じ帰り道を白石(しらいし)と並んで歩く。

 

「私、友だちと花火大会へ行くの始めてなの。だから、今からスゴい楽しみ」

「そっか。きっと......絶対楽しいと思うよ」

「うん。それでね、浴衣を着るのも子どもの時以来だから。明日、(みやび)ちゃんのお母さんに――」

 

 伊藤(いとう)のことをいつの間にか下の名前で呼び、楽しそうに饒舌で話す白石(しらいし)の話に相づちを打ちながら歩いていると、すぐに彼女の家の前に到着。

 

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 

 新しい浴衣が入った紙袋を抱いて玄関へ向かう白石(しらいし)の笑顔は、とても印象的だった。

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