梅雨が明け、肌を焼く強烈な日差しが燦々と青空から地上へと降り注ぎ、湿度も高い都会の蒸し暑さ。高層ビルの遥か遠くの空高く広がる積乱雲、公園や街路樹の僅かな緑の中で、短い命を燃やしながら奏でる蝉時雨が本格的な夏の始まりを告げる。
そんな真夏の八月初旬、四度目の右膝の手術は無事終わり、日帰り手術で退院。退院から三日、現在自宅療養中なのだが、家に居ても暇なため気分転換を兼ねて、近所の図書館に足を運んだ。
朱雀高校の次に緑の多い図書館の敷地内の歩道を通って低い階段を数段上り、両開きの自動ドアを潜る。途端に夏とは思えない冷たい空気に身体が包まれた。寒いくらいの人工的な冷気は、一瞬で額の汗を乾かす。筆記用具と一緒に持ってきた薄手の長袖上着を羽織り、館内に完備されている自習室の空いている席に腰を落ち着け、課題を開く。夏休みの課題と向き合ってしばらく、切りのいいところでペンを置く、軽くのびをして掛け時計を見ると、勉強を始めてからちょうど二時間が経過していた。
「やっと止まったわね」
「え?」
すぐ隣で、女子の声が聞こえた、聞き覚えのある声。顔を動かして隣を見る。やや呆れた
ちょうど昼時だったこともあり、二人と一緒に近くのファミレスに場所を移す。店内は夏休みということもあってか、俺たちと同じ学生が大半をしめていた。知り合いも何人か居て、綺麗な小麦色に日焼けした肌からみんな、充実した夏休みを過ごしていることが容易に想像できる。
「うららちゃんの言った通りね。アンタ、アタシらにぜんぜん気づかないんだもんっ」
「ごめんごめん」
「ふふっ、一年生の頃から変わらないわ。集中してる時の
「そういえばアンタ、さっき普通に歩いてたけど、手術したのよね?」
氷たっぷりの透明なグラスいっぱいに注がれたオレンジジュースのストローをくわえる
「したよ。みんなが、旧校舎の火事を阻止した日にね」
今回の手術は、遊離した骨を除去するクリーニング手術。スポーツで使われる「ネズミ」を取る手術。開いた膝の傷痕は一センチに満たない小さなもの、骨や靭帯でもなく血が巡る場所のため、回復も比較的早く、手術箇所も小さいため松葉杖の必要ない。
膝の手術をした八月一日の夜、
「でも、ホント良かったわ。うららちゃんが放火犯にされなくて」
「
「そうなの。
「
「へぇ~、この女子が
「ええ、そうよ。美化され過ぎだけど......」
「そんなことないわよっ」
画像をスライドさせる。前半はギャグテイストと下ネタ系のイラストが大半を締め、後半に行くにつれて例の火事に関するイラストが増えていった。
「お、おう......な、なに? この一枚だけ創造センスが爆発してるイラストは」
「ああ、それね。最初に見た火災現場を、
「
けどそれ以上に、
「20時2分37秒......? うーん......」
確か、
何より、
火をつけた人間は、別に居る。
それが事件前日の夜、俺と
「
「ああ、うん、ちょっと考えごとしてた。あ、ごめん、メッセージ」
真相はどうあれ未然に防げたからいい、考えたところで推察の域を出ないと頭を切り替えて、ポケットから取り出したスマホを開く。送信者は、
「おつかれ~。お前、歩けるんだよな? 明日の夜みんな誘って、近所の花火大会いかねぇか? だってさ」
「行くー! うららちゃんもいいよね?」
「ええ、明日は塾もないから大丈夫よ」
「やったー!」
「じゃあ、
「あ、アタシにも
そういいながらも、とても嬉しそうにスマホを操作している。
「花火大会、楽しそうね」
「そうだね」
「よーし、送信完了。うららちゃん、浴衣ある?」
「じゃあ、ご飯食べたら一緒に買いに行こっ」
「ええ」
昼食の残りを片付け、会計を済ませて店の外に出る。
「じゃあ、また明日の夜に」
「何言ってるのよ、アンタも来るのよ!」
図書館へ戻って、残りの課題を片付けてしまおうと思った矢先「女子だけだと無難なの選んじゃうから、男子の意見を聞きたいのよ」と言われ、結局押しきられる形で、二人の買い物に付き合わせされることに。ファミレスからほど近い、近所のショッピングモールへ。ここには、彼女たちのお目当ての浴衣はもちろんのこと、
「この花柄デザインの浴衣、うららちゃんに似合いそう」
「そうかしら?
「そっかなぁ? あ、そうだ! じゃあお互いに選びっこしよっ」
「面白そうね」
二人は別々に、ハンガーで陳列されている浴衣を手に取りながら品定めを始める。どちらに着いていけばいいのか迷っている間に必然的に放置状態、女性物の浴衣が並ぶ店内に取り残されてしまった。どうやら、ここに居る存在意義はなくなったらしい。
しかし、水着の時はまだ
その前に、同じモール内のカフェで食後のアイスコーヒーを買いに行く。すると、カフェのテラス席でノートを広げ、季節のフルーツをふんだんに使ったデザートドリンクを飲んでいる、
「
「あら。
顔を上げた
「夏休みの課題?」
「そうよ。家だと、弟がお友達と遊んでるから。あなたは?」
「俺も同じ。近所の図書館で課題を片付けてたんだ」
「あら。だらけてないでちゃんとやってるのね」
「まあね。あ、そこ小数点の位置ずれてるよ」
「え? ホントだわ......」
どことなく悔しそうな
「う~んっ。そろそろ休憩にしようかしら?」
「おつかれさま。何か買ってこようか?」
「いいわ、まだ残ってるから」
ノートの横にあるドリンクを持ち上げて見せる。自分の分のアイスコーヒーを購入してから席に戻り、お互いどんな夏休みを過ごしているのか他愛ない世間話。
「前に言ってた家族旅行は、来週末なんだ」
「ええ、お盆休みを利用して行くのよ」
「そうなんだ、楽しんでね」
「ありがと。お土産は覚えてたら買ってきてあげるわ」
「ははは、期待しないで待ってるよ。じゃあ、そろそろ行かないと」
「用事?」
「うん。ツレが......って、噂をしたらってヤツだ」
汗をかいたアイスコーヒーの容器を持って席を立ったところで、
「アンタ、どこ行ってたのよ! って、
「あなたのツレって、
「図書館で偶然会ったんだよ」
「ふーん、そう」
「ちょうどよかったわ。
「花火大会? 何よ、それ?」
小首をかしげた
「あら、ほんと。気がつかなかったわ」
「それで、どうするの?」
「そうねぇ~。まっ、時間作ってあげてもいいわよ」
「はい、決まりっ! じゃあ、
「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! バッグが......!」
「
「はいはい、仰せのままに」
「ふふっ、
「
ショップへ戻り、今度は四人で浴衣を選ぶ。品定めを始めてから二時間ほどで買い物は終了、三人とも新しい浴衣を新調した。だけど、それぞれ幾つかの候補は見たけど最終的にどの浴衣にしたのかは、教えてはくれなかった。
「私、友だちと花火大会へ行くの始めてなの。だから、今からスゴい楽しみ」
「そっか。きっと......絶対楽しいと思うよ」
「うん。それでね、浴衣を着るのも子どもの時以来だから。明日、
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
新しい浴衣が入った紙袋を抱いて玄関へ向かう