勉強合宿からの帰り道を宮内くんと潮くんに送ってもらった私たちは、雅ちゃんの自宅タワーマンションの玄関口で話をしながら、着替えを取りに行った小田切さんを待っている。
「お待たせ」
コンビニの袋とトートバッグを下げた小田切さんは、プールの時よりも落ち着いた声と表情で「はい。差し入れのアイスよ」と、コンビニの袋を雅ちゃんに差し出した。
「わぁ! 寧々ちゃん、ありがとー!」
「ちょっと、よしなさいっ。汗かいちゃうじゃないっ!」
雅ちゃんに抱きつかれて、うんざり顔をして抗議しているけど、引き離そうとはしていないから本気で嫌がっているわけではなさそう。彼女とは対照的に、笑顔で案内している雅ちゃんを見ると、私も何か用意してくれば良かった、と少し後悔してしまう。
「ただいまー」
「お帰り。お二人ともいらっしゃい、ゆっくりしていってくださいね」
出迎えてくれた雅ちゃんのお母さんに「お邪魔します。よろしくお世話になります」と、小田切さんと一緒に丁寧に挨拶をしてから、雅ちゃんの部屋へ。部屋の隅に着替えが入った荷物を置いて、雅ちゃんの希望で、みんなでお風呂に入った。
「さすがに、三人一緒は狭かったわねぇ~」
「十分広かったわよ」
小田切さんと、私も同じ感想。髪の毛を乾かすのを手伝い、手伝ってもらって。お風呂上がりの火照った身体を、小田切さんの差し入れのアイスを食べて冷やしながらのおしゃべり。話題は、二学期最初のイベント文化祭。
「参考までに聞きたいんだけど、超研部は文化祭で何をするの?」
プールに行く間のバスの中で超研部のみんなで話していた時に、山田くん発案の、焼きそばパン屋。雅ちゃんと椿くんは、別の出し物をやりたかったみたいだけど。採算が見込めない、と山田くんに却下された。
「また、ずいぶんと超常現象からはかけ離れた出し物なのね。それに、お客さん来るのかしら?」
「焼きそばパンなんて、購買で安価で売ってるわよ?」と、小田切さんは疑問を呈する。雅ちゃんは、得意気な顔で答えた。
「ふふ~んっ、その点は抜かりないわっ。ちゃーんと秘策を考えてるんだから!」
「へぇ、どんな手なの?」
「それはぁ、当日のお楽しみよ!」
雅ちゃんが言った、秘策。いったいどんな方法だろう。十個売れるたびに売り子の私たちが一枚ずつ服を脱いでいく宮村くんの案は、雅ちゃんが却下したから少し気になる。
「そう。ちょっと冷えちゃったわ」
小田切さんはあまり興味なさそうに言って立ち上がり、窓辺へ行くとカーテンを引いた。窓の外には、まるで無数の宝石を散りばめたような、煌びやかな東京の夜景が広がっている。なんだか、秘密の観光スポットを発見した感じ。
「あら。ここから、学校見えるのね」
「ホントね」
隣に行って同じように窓の外を見ると、朱雀高校校舎の数ヵ所から明かりが盛れていた。来週から新学期だから、きっと先生方が準備をしているのだろう。
「えーっと、うららちゃんのお家は......」
雅ちゃんが、私の家の方へ目を向けた。だけど今は夜、家は住宅街の中だから簡単には見つからないと思う。諦めて今度は、小田切さんの家を探そうとする雅ちゃんに「無理よ。私の家はあっちだから」と、彼女はベットのある壁を指した。
「なーんだ」
「さあ、もういいでしょ。そろそろ寝ましょう」
順番で歯を磨いて部屋に戻る。先に歯磨きを済ませた二人はまた、窓の外を見ていた。
「何を見ているの?」
二人の背中に話しかける。
「あ、うららちゃん」
「宮内くんのアパートを探してたのよ」
「それならきっと、あのアパートね。」
自宅のある住宅街を少し越えた先の橋を渡った、川沿いのアパートを指さす。まだ、明かりが点いている。
「山田のヤツ、ちゃんと宿題やってるかしら?」
心配そうに言う、雅ちゃん。
「大丈夫よ。宮村くんが見てくれてるから」
「だから、不安なんでしょ。何でもテキトーだから」
「さすが寧々ちゃん、わかってるわ」
雅ちゃんは腕を組んでうんうんと頷きながら、小田切さんの意見に同意した。宮村くんは、生徒会長を目指していると言っていたけど、二人からの言われように少し心配になった。テーブルを部屋の壁に立てかけ、カーペットに敷いた布団の中に入って横になる。
「じゃあ、消すねー」
ひと言断りを入れて部屋の灯りを消した雅ちゃんは普段使っているベットではなく、私と小田切さんの間に敷かれた布団に入った。
「そういえば、例の写真見せてもらったけど。新学期になったら、魔女を探すんでしょ?」
「ええ、そのつもりよ」
「だったら、アタシたちと一緒に――」
「ダメよ」
小田切さんは、雅ちゃんの提案をぴしゃりと遮り、断った理由を述べた。
「私たちが探す魔女は、記憶に関する能力を持つ魔女。今までの魔女とは別格、魔女の能力が効かない白石さんはともかく、あなたは記憶を消されるかも知れないわ。そうなったら超研部たちと出会う前の山田のように思い出を忘れて、忘れられて、忘れたことすら思い出せなくなって。最悪、ひとり孤立してしまうかもしれないのよ」
小田切さんの言葉は、彼女自身の実態験談だけあってとても説得力がある。記憶を消されたら今、こうしてお泊まり会をしていることも忘れてしまうかも。話を聞いて雅ちゃんも怖くなったみたいで「......別の話にしよっ」と話題を変えた。
「女子のお泊まり会の定番と言えば、恋バナ!」
「おやすみ」
薄い掛け布団を被って、小田切さんは背をそむけた。
「ええ~っ、寧々ちゃん、ノリわるーい!」
「夜ふかしは、美容の天敵なの。それに夜はちゃんと寝ないと、身体の成長が止まっちゃうわよ」
「うっ、うららちゃんはっ?」
「私も日付が変わる前にはベッドに入るわ。寝ないと記憶が定着しないから」
「ほら見なさい」
「うぅっ、説得力が有りすぎて反論の余地もないわ」
間接照明が灯る薄暗い部屋の中で、どこか恨めしそうな目で私たちに交互に目を向けた雅ちゃんは、顔が隠れるくらい深く掛け布団を被った。
「そういうことだから。おしゃべりは、二人でしてちょうだい」
「うららちゃんは、平気?」
「大丈夫よ。林間学校で朝まで起きてたから」
「じゃあ、恋バナ! 夏合宿の時に気になる人が居るって言っていたけど、進展あった?」
「どうなのかしら? 悪くなっていないと思うけど」
「とりわけ進展はないわけね。ところで~、気になってる男子って、誰?」
興味津々といった感じで、私の布団の中に潜り込んできた。
「フッた椿はないとして。やっぱり、ミヤミヤコンビのどっちか?」
「ミヤミヤコンビ?」
初めて聞くワードに首をかしげる。
「宮村と、宮内のこと。あいつらの頭文字を取って、ミヤミヤコンビね。うららちゃんは、どっちかって言うと、宮内との方が仲良さそうよね? あいつの部屋にあったアルバムでも一緒の写真多かったしぃ~」
口元に人差し指を添えながら、私たちの関係を探るような視線を向けてくる。
「一年生の時同じクラスだったから」
私は、正直に答える。人付き合いが苦手だった私に、きっかけを作ってくれた人。
「それだけ?」
「ええ、それだけよ。宮内くんは、友だち」
――いいえ、少し違う。
私にとって彼は、一番信じられる人......ただの友達以上の、信友ね。
その後、去年の今頃の思い出話をしていたはずがいつの間にか「ゾンビと幽霊は、はたしてどちらが強いのか?」と、恋バナとも、思い出話とも無縁な方向へ話題は変わり。時計が午前一時を回った頃、雅ちゃんの寝息が聞こえてきた。
「小田切さん」
雅ちゃんを起こさない程度の小さな声で、反対側を向いている背中に話しかける。
「......なに?」
背中を向けたまま、返事が返ってきた。
「記憶、取り戻せるといいわね」
「そうね。さあ、寝ましょう」
「ええ、おやすみ」
* * *
「校内で暴れてる一年生を大人しくさせないと、お店を出店できないですって!?」
二学期始業日の放課後。生徒会室へ、文化祭で出店予定の「焼きそばパン屋」を申請へ行っていた宮村くんたちから聞かされたのは、文化部の私たち超常現象研究部が部の活動と関係のない「焼きそばパン屋」を出店するための条件を、生徒会長に出されたという話しを聞かされた。
「何よそれ。また面倒な条件を突き付けられたわね。ねぇ、うららちゃん?」
「ええ。それにしても、会長が魔女のことを把握していただなんて......」
「今は、そんなのどうでもいいさ。どのみち解決しねーと、出店はおろか、部の存続に関わる話にまで発展しかねねぇんだぜ?」
「廃部って。イヤよっ、そんなのっ!」
「おれなんてまだ、入部してひと月も経ってないぞ?」
「ま、不満を言っても変わんねーよ。とにかく、廃部が嫌ならやるしかねぇのさ。んでだ、暴れてる一年ってのは――」
宮村くんの言う通り。五月の体育祭の時も似たような感じだった。あの時は、宮内くんが身体を呈してくれたおかげで事なきを得たけど。今度は、そうはいかない。
暴れている一年生のリーダー格は、魔女の能力を有する女子、滝川ノアさん。夏休み中に他校生と乱闘事件を起こした、浅野蓮くん。期末テストで集団カンニングを主導したとされた学年トップの成績の、深沢冴子さんの三人。私たちは手分けをして、彼女たちに話を聞いてみることなった。
学校からの帰り道。
「結局、何の手がかりも見つからなかったわね......」
深沢さんに話を聞きに行った雅ちゃんは、落胆した様子で肩を落とした。
「山田の後輩も、夏休みの暴力沙汰は個人的な事情の一点張りで話にならないし。どうすればいいのよぉ......?」
「大丈夫よ。山田くんが、滝川さんを説得してくれるわ」
「......でもさ。キスしようとして痛烈な拒絶されたんでしょは? 部室で突っ伏してたけど、本当に大丈夫なのかしら? ハァ......よし!」
大きなため息をひとつ付き、顔を上げた。
「じゃあね、うららちゃん。また明日ー!」
交差点で雅ちゃんと分かれて、家路を歩く。
家の近所の公園でよく知る朱雀高校の男子生徒が、ベンチに座っていた。
「どうしたの?」
私は、ベンチで途方に暮れていた彼......宮内くんに声をかけた。
「――えっ? ああ、白石さん」
宮内くんは、少し困った笑顔でタメ息をついていた理由を話してくれた。悩みを打ち明けてくれた彼に私は、「大丈夫よ」と答える。だって私が悩んだり、落ち込んだりしていた時いつも助けてくれた。
一年の三学期の終わり頃もそうだった。
右膝のリハビリで入院していたのに病院を抜け出して、落ち込んでいた私に、嫌な顔ひとつ見せず付き合ってくれた。
だから今度は、私が力になる。
だって私たちは、ただ友達以上の――信友なのだから。