「そこまで。鉛筆を置いて、解答用紙は後ろから集めるように」
試験官を務める教師は腕時計の針を確認して、試験の終了を告げる。各列の最後尾の席で試験を受けていた生徒が解答用紙を回収して、教師が待つ教卓へ持っていき。回収し終えた解答用紙を教卓で整えた教師が、教室を出ていった。直後、後ろから声をかけれた。声の主は、宮村。
「やっと、終わったなー」
試験は、中間・期末共に出席番号順に席を振り分けて受ける。二学期始めの席替えで、ひとつ前の席で授業を受けている宮村に後ろの席から声をかけられるのは、なんとも新鮮な感じ。
「ああ、長かった」
机の筆記用具を片付けながら返事をかえす。都内屈指の進学校だけあって、試験科目も多く、比例して試験期間も長い。それに今回は、それだけじゃない。
「ホントに、な!」
試験のことだけじゃなく、言葉の本質を汲み取った宮村は、言葉尻をやや強調して笑った。
テスト期間中......いや、今回はテスト前から色々なことがあった。山田の記憶、サッカー部の試合。そして、“7人目の魔女”との対面。
結論を話すと、結局、俺の記憶は消えなかった。
記憶を失う前に生徒会主催の儀式が行われ、消えてしまった全員の記憶を取り戻すことを、山田が願ったと聞いた。
儀式を行うことに慎重な態度を取っていた山崎がなぜ、儀式を開いた真意がわからないけど。お陰で、魔女に関する記憶を失わずに済んだことは確かで。でももう、心変わりの理由なんてどうでもよかった。不思議なチカラを持つ魔女たちと出会ってからの日々を忘れずに済んだのだから。
「さっ、部室へ行くわよー」
普段の席で連絡事項だけのホームルームを終えた担任が教室を出ていくとほぼ同時に、伊藤はバッグを持って席を立つ。
「オレら、購買で飲み物を調達して来る。伊藤さんは、先に行ってくれよ」
「アタシ、オレンジジュースね。100パーセントのっ!」
分かれ道の階段までは一緒に行き、伊藤は部室へ向かう。俺と宮村は売まれたオレンジジュースを自販機で買ったあとも超研部へは向かわず、食堂完備のラウンジでいっぷく。ホットコーヒーが注がれた紙コップを置き、正面の席で足を組む宮村に尋ねる。
「それで? 話があるから、ここへ来たんだろ?」
今日の放課後超常現象研究部の部室では、文化祭の打ち上げを兼ねた山田の超常現象研究部復帰パーティーを行う予定。後者の方は、主役の山田には内密にことを進め、大まかな準備自体は昨日のうちに済ませてある。パーティーだから当然、飲み物の類いも既に用意している訳で、ここへ来る理由は別にある。
「察しが良くて助かるぜ。実は、折り入って頼みたいことがあってな......!」
目線の高さまで紙コップを持ち上げた宮村は、何かを企んでいるような笑みを浮かべ、爽やかにウインクしてみせた。
* * *
超研部の戸を開けて入るなり、先に来ていた伊藤は不機嫌そうに口を尖らせた。
「おそーい。ジュースを買うのに、どれだけ時間かかってるのよー」
「まだ来てねーんだからいいだろ。ほらよ」
「あっ、ありがとー」
オレンジジュースの紙パックを伊藤に手渡し、宮村は中央のテーブルにつくと、種類ごと並べられた菓子へ手を伸ばす。しかしその手は、伊藤にパシッと叩かれ阻止された。
「イテ」
「ダーメ、主役が来てからっ。それよりアンタたちも、椿を見習って手伝いなさいよー」
「おっし、これでどうだ? 白石さん」
「ええ、ちゃんとまっすぐ揃ってるわ。ありがとう」
教室の後方へ目をやると、昨日まで「文化祭、中間テストお疲れさま!」と書かれていたホワイトボードの文字が「山田くん、復活パーティー」に変わり。その周りを椿と白石が、色紙で作った輪飾りと色とりどりのモールで飾り付けをしている。俺たちはパーティーグッズの準備をしてから、主役の山田が来るのを話しながら待った。
「でもまさか、アタシたちの方が記憶を消されちゃうなんてね。全然気がつかなかったわ」
「おれもおれも。つーか、知ってたなら教えてくれよ」
「ごめんなさい。西園寺先輩に知られてしまったらまた、記憶を消されると思ったから......」
「うららちゃんは、悪くないのっ。悪いのは全部、宮村なんだからっ!」
「ヒデーな、伊藤さん」
「だって、シスコンだし~」
「オレは、シスコンじゃねーッ!」
理不尽な責任転嫁をされた宮村も含めて、みんな笑っている。こんな顔を見るのは久しぶり。あとは......。
「それにしても、山田のヤツ遅いわね」
「だな。白石さん、何か聞いてない?」
「山田くんなら、日直日誌は真面目に書きなさいって先生に言われて、書き直しさせられていたわ」
「ハァ、なんか、山田ね」
「ああ、いつもの山田だな」
「けど、それにしちゃ遅すぎないかー?」
椿の言う通り、集合時間を二十分近く過ぎている。山田の様子を見に行くため、俺は席を立つ。
「ちょっと見てくるよ」
「私も、行くわ」
「大丈夫。入れ違いになったら、サプライズにならないでしょ」
「そうね。じゃあ、お願いするわ」
立ち上がろうとした白石を制止して一人、部室を出る。部室棟から教室棟へ続く渡り廊下を歩いていると、探していた山田が、こちらへ向かって歩いてきた。女子を、三人も引き連れて。
「山田」
「おう、お前か。まだ行ってなかったのかよ」
「遅いから様子を見に来たんだよ。日直って聞いていたけど、お邪魔しちゃったみたいだね」
後ろに居る大塚と猿島、隣に居る滝川の魔女三人。
「チゲーよ! これは、そう言うんじゃ......」
「そうですよ~。先輩の本命は、ノアなんですからっ。ねぇ~、せーんぱいっ」
「だから、違うっての!」
腕に抱きついた滝川を振りほどこうと試みている山田の言い分は、儀式の件で魔女たちに伝えることがあるらしく、立ち会った魔女たちに声をかけて回っていたため、約束の時間を過ぎてしまったということらしい。
「小田切さんたちは?」
「玉木は、図書室で用事を済ませてから。山崎たちには、レオナから話が行ってるハズだ。けど、小田切にはまだ、連絡が取れねーんだ。てか、既読もつかねぇ」
山田はスマホを取り出して、もう一度画面を確認。三十分近く前に送ったメッセージは、未読のまま。
「そっか、探してみる。みんなは先に、部室に行ってて」
「いいのかよ?」
「これ以上待たせると、伊藤さんに怒られるぞ」
一瞬めんどくさそうな表情を見せた山田を見て、猿島が笑う。
「あっはっは! 山田、顔に出すぎー。雅ちゃんに言っちゃうよ~」
「マジで勘弁してくれ! アイツ怒らせると、電子レンジ没収されちまう!」
「あのー、山田さん。私、部活が......」
大塚が控えめに挙手、前に聞いた冬のイベントの準備が終わっていないそうで、部活動へ向かいたいとのこと。
「そうだったな。小田切と連絡ついたらメールすっから、頼んだぜ!」
「こっちも連絡取れ次第知らせる。また、後で」
四人と別れて、スマホを取り出し「もうすぐ、山田が部室に着く」と伊藤に連絡を入れてから、小田切にメッセージを送る。すると、数秒後に彼女から返事が届いた。どうやら、送ったタイミングが良かったようだ。内容は、今日をもって現生徒会は任期満了となることから、生徒会室の整理をしているそうで、山田が送ったメッセージには気付いていなかった。
まだ時間がかかるそうで、大塚の事情を踏まえ、片付けを手伝うため、生徒会室を訪ねると、次期会長の宮村以外の生徒会役員の四人が手分けして、資料や私物の整理を行っていた。
「いやー、来てくれて助かったよ。猫の手も借りたいくらいだったからね」
「会長、手を動かしてくださいね。このままのペースでは、下校時間までに片付きませんわ」
「私、友達と約束をしてるから急いでもらいたいんですけどー」
「わかっているよ、飛鳥くん、猪瀬くんもね。さっそくだけど、これを焼却炉へお願いできるかな」
山崎の視線の先にある机には、廃棄資料の束がいくつも重なりまとめて置かれている。束の一つを持つ。見た目通りずっしりとした重み、女子が校舎裏の焼却炉まで運ぶには大変な重労働だろう。
「はぁ~」
廊下を歩いていると、隣で小田切が小さくタメ息をついた。
「重い? 持つよ」
「大丈夫よ、ありがとう。いつになったら能力を消してくれるのか考えていただけだから」
「ああー、そっか」
小田切も、他の魔女たちも、能力を保有したままの状態が続いている。この状況が続いている原因は、山田にあった。儀式を行ったあと、能力の使用と消去に待ったをかけたため。理由を問い詰めても口を固く閉ざし、「今は、まだ言えない」の一点張りを貫いた。
「もしかしたら山田は、そのことで魔女を集めようとしてるのかもね」
「そうだといいんだけど。とにかく、片付けちゃいましょ」
「だね」
生徒会の片付けを済ませ、俺たちは超研部へと急いだ。
そして、山田が魔女を超研部へ集めた本当の理由を知らされることになる。儀式で叶えた願いは山田に関する記憶の復活ではなく「朱雀高校から魔女の能力を消してくれ」という願いだった。
「まさか、私たちの能力が既に消えていただなんて、夢にも思わなかったわ。でも、もっと早く教えてくれてもよかったんじゃないかしら!」
大勢の人が行き交う商店街を歩きながら、ちょっとだけ口をとがらせる小田切。
「まあ、山田なりの気遣いだろう。中間の真っ最中だったからな、突然、能力を失ったと知れば少なくからず動揺が走る」
「私は、むしろ気になって集中できなかったわよ」
五十嵐のフォローもむなしく、山田の気遣いも、小田切にとっては逆効果だったみたいだ。
「ところで山田は、学校から魔女の能力を消したと言ったんだよな?」
「ええ、そうよ。それが、どうかしたの?」
「......俺も儀式が行われた日に、山田との記憶を思い出した。だが、去年の今頃のことは思い出せていない」
五十嵐の言葉を聞いた小田切は、その場で立ち止まり眉をひそめ目を伏せる。
「......私も、思い出せないわ」
「これは、どういうことだ......?」
「そうね......前に、ナンシーが言っていたわ。ナンシーの魔女のグループと、リカ先輩のグループはお互い干渉出来ないかもって」
「それだと、二人が記憶を取り戻すには、ナンシーのグループの儀式じゃないと無理ってことなのかもね」
「そうなるわね、きっと」
「そもそも、ナンシーは今も、魔女の力を持っているのか?」
五十嵐の疑問はもっとも。相互不干渉はあくまでも仮定の話で、実際にはわからない。今回の儀式で、ナンシーたちも能力を失っている可能性はあり得る。
「連絡もないし、消えていないと思うけど。念のため確認してみるわ」
再び歩みを進め、いつもの駅前へ到着。この駅から電車に乗る小田切は改札へ向かわずに、俺たちと向き合った。
「二人はこれから、予定はあるかしら?」
「いや、特にないが」
「俺、バイトが入ってる」
試験でもらっていた休暇も終わり、今日から復帰。ボールに触れるのも、約二週間ぶり。
「そう、じゃあ私も、久しぶりに寄っていこうかしら。潮くんは、どうする?」
「まあ、構わないが」
「じゃあ、行きましょ。使用料も部費でまかなえるわ」
「毎度ありがとうございます」
二人に向かって丁寧に頭を下げると珍しく、五十嵐が軽く笑みを見せた。
「そういえば俺たちは、フットサル部だったな」
「そうよ。ちゃーんと活動しないと部費を削られるんだから」
「それは、大問題だね。部室ないけど」
「お前の家があるだろう」
「あら、潮くん、それ名案だわ。これから集まるときは、宮内くんのお家にしましょ」
「いやいやいや......」
冗談半分で話をしながらバイト先のフットサルコートへ。
疑問は残ったものの、魔女の件が一旦終わりを迎え、俺たちは、久しぶりの部活動を楽しんだ。