黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode53 ~新入部員~

 近年暖冬が続いた冬とは打って変わって、厳しい寒波に見舞われた冬が過ぎ去り、街の木々たちの新緑の葉が芽吹き、枝の先の小さなつぼみがやや膨らみ始めた春。新しい出会いと別れの季節。三年生は卒業してそれぞれの道を進み、下級生たちは学年をひとつ上げて少し大人になった。

 ――とは言ったものの、実際そう大きく変わらないのが現実。その証拠に、春休み明け最初の登校日で変わったことといえば今日、入学式を迎えた見慣れない新入生たちと、新しい教室、そして、新しいクラスメイトたちくらいなもので。入学式終わりの連絡事項だけのホームルームを終えて帰り支度をしながら、一年の頃に同じクラスだった仲の良い女子、白石(しらいし)と話していると、これまたよく知る大きな目にショートカットがよく似合う快活な女子、伊藤(いとう)が寄ってきた。

 

「ちょっとちょっと! アンタの彼女、ちょー怖いんだけどっ!」

 

 伊藤(いとう)が目を向けた方を見ると、廊下から寧々(ねね)が不機嫌面で目を細めてこっちを見ていた。

 

「まったく、どうしてこうなるのかしらっ?」

「そう言われてもこればかりはねぇ」

「さすがに、クラスは替わってあげられないわ」

 

 話しながら、四人で廊下を歩く。

 三年に進級して行われた最後のクラス替えは、白石(しらいし)伊藤(いとう)と同じクラスだった。一学年につき二十近いクラスがある中から一緒のクラスになれる確率は高くないわけで。残念ながら寧々(ねね)とは、別々のクラスに振り分けられてしまったことが、お気に召さないご様子。

 

「ま、彼氏と一緒のクラスになりたいのは分かるけどねー。うららちゃんもそうでしょ?」

「そうね。一緒のクラスだったら、きっと楽しいと思うわ」

「だよねー。体育祭、文化祭でしょ、それから! 何をおいても、修学旅行!」

 

 二年に修学旅行が組み込まれている学校もあるが、朱雀高校の修学旅行は、三年の初夏。行き先は、その年によって変わる。毎年基本的に海外旅行で、確か今年は――。

 

「グアム! 青い海、白い雲、煌めく太陽、海辺のカモメの声がアタシたち呼んでるのよっ!」

 

 世界有数のリゾート地のひとつ、グアム。

 伊藤(いとう)のテンションが高いのも頷ける。

 

「カモメって、グアムにもいるのかしら?」

「さあ? どうだろう。ナマコならいっぱいいるって聞いたことあるけど」

「ナマコは、ロマンチックじゃないわね。ところであなたたち、パスポートは持っているのかしら?」

 

 寧々(ねね)に訊かれて、パスポートは静岡の実家にあるのを思い出した。自分で取りに帰るか、送ってもらうかしないといけない。

 

「私、持ってないわ」

「アタシもー。寧々(ねね)ちゃんは、持ってるの?」

「ええ。でも、更新手続きしないといけないのよね」

「じゃあ、今度みんなで一緒に行こー」

 

 伊藤(いとう)の提案に、寧々(ねね)白石(しらいし)は快く承諾。

 

「決まり! それじゃあ、アタシとうららちゃんはこっちだから」

 

 階段を降りようとしたところで、二人は立ち止まった。帰らないのか訊ねたところ、新入部員勧誘のため今から、部室で準備をするそう。渡り廊下を部室棟へ向かう二人とはここで別れて、俺たちは階段を下る。玄関のロッカーで靴に履き替えて校舎の外へ出ると、校舎から正門へと続く通路の両側に各部活動の勧誘ブースが設けられ、新入部員勧誘の準備が進められていた。

 

「相変わらず、スゴい活気だね」

「うちは生徒も多いけど、その分部活の数も多いから毎年新入生の取り合いになるのよね」

 

 入学式後のホームルームを終え、まもなく来るであろう新入生を勧誘するため大急ぎで準備している大勢の生徒たちを横目に歩く。すると、ブースの前でファイルを持ってチェックしていた小柄でふたつ結びのおさげ女子が、やや早足で俺たちの前へやって来た。

 

「先輩方」

 

 制服の下に白いパーカーを着た彼女の制服の襟元には、生徒会役員であることを示すバッジが光っている。どうやら、新しい生徒会役員。

 

「あら、猪瀬(いのせ)さんじゃない。どうしたの?」

「会長に頼まれたんです。一緒に来てください。こちらです」

 

 寧々(ねね)を見る。彼女もこちらを見て「何も聞いていないわ」と、小さく首を横に振った。

 

猪瀬(いのせ)さんは寧々(ねね)に頼まれて、生徒会の役員になったんだ」

「はい、どうしてもとお願いされまして。ま、私としても、生徒会に所属していれば受験に有利になるんで異論はないんですけど」

「そうなんだ。だけど一人で、書記と会計を兼任するなんて大変なんじゃない?」

「慣れてますから」

「前会長の時、宮村(みやむら)じゃなくて山崎(やまざき)会長の時ね。書記と会計を完璧にこなしていたのよ。だから今回、彼女を推薦したの」

 

 宮村(みやむら)が会長の時は、寧々(ねね)玉木(たまき)が手を焼きながら、副会長に選ばれた二人を指導しつつ職務を遂行していた。それを一人でこなしているというのだから、相当優秀な子だ。くせ者の山崎(やまざき)が指名した理由もよく分かる。

 

「褒めたって何も出ません。お小遣いピンチですし。あ、着きました」

 

 彼女につられてやって来たのは、校舎裏。

 そこはかつて、運動部の部室として使われていた旧校舎が建っていた場所。つい先日まで、鉄骨の足場と建設シートに囲まれていた場所に、スタイリッシュな建築物が出来上がっていた。

 

「新校舎よね? 完成していたの」

「はい、春休みの間に完成しました。どうぞ、こっちでーす」

 

 彼女の後に続いて、新校舎の中へ足を踏み入れる。入ってすぐの高い吹き抜けで解放感のあるエントランス横の階段を上って、校舎の三階へ行き、南向きの部屋の前で立ち止まった。ドアの上部に設置されているプレートに書かれていたのは――。

 

「フットサル部?」

「そうです。先輩たちの部室です」

「でも――」

「私たち、会長に、部室はいらないって言っていたんだけど?」

 

 寧々(ねね)のいうようにフットサル部は、元々魔女の手がかりを探すために作ったかりそめ部活。だから、他の部活のように新入生の勧誘もしないし、部室も要らない、と元会長の山崎(やまざき)に伝えたハズ。

 

「その元会長が、新校舎完成図の中に先輩たちの部室を書き込んでいたんです」

「会長が?」

「サプライズだって笑っていました。去年の体育祭の後から、先輩のこと気に入っていたみたいですよ」

 

 そういえば、次期会長にならないかとか何度か言われた覚えがある。特に気に入られるようなことをした覚えはないんだけど。

 

「ま、そういうことですので。どうぞ」

 

 書類と一緒にファイルに挟んである封筒を受け取る。封筒の中身は話の流れの通り、部室のカギ。鍵穴に差し込み、ロックを解除、扉をゆっくり開いて、部屋の中に入る。

 

「ちょっと、冷蔵庫と水道もあるじゃない!」

「うちより贅沢だ」

 

 柔らかな春の日差しが白いカーテンの隙間から差し込む、広さ十畳ほどの広い部屋の床にはカーペットが敷かれ、他にもテーブルやら液晶テレビ、オーディオプレーヤー、本棚、冷暖房完備と、とても部室とは思えない環境が整っていた。

 

「気に入って貰えたかな?」

 

 突然背中から声をかけて来たのは、現生徒会長の玉木(たまき)

 

「ご苦労だったね、猪瀬(いのせ)くん」

「いえ。じゃあ、私は見回りに戻りますので」

 

 ぺこっと会釈すると、猪瀬(いのせ)は新入生部活勧誘の見回りへと戻って行った。

 

「なあ、玉木(たまき)。本棚の医学書とかも、元会長が用意してくれたのか?」

「イヤ、それは僕の権限で用意した物だよ。必要な物じゃないかなと思ってね」

「ま、そりゃありがたいけど」

 

 個人で買い揃えようと思ったら、それ相応の金額になる代物だから、嬉しい贈り物なのはそうなんだけど。

 

「金額はついて気にしないでくれたまえ。それらの本は僕たちが卒業した後、図書室に置かれることになっているからね。レンタルと考えてくれればいいよ」

「そっか、それならありがたく使わせてもらうよ」

 

 汚さないように細心の注意を払って使わせて貰おう。因みにこの部屋の家電製品や家具一式は、全て玉木(たまき)が用意してくれたそうだ。

 

「ねぇ、どうしてここまで優遇してくれるのよ?」

「キミたちには選挙戦とかいろいろとお世話になったからね。僕からの感謝の気持ちと言ったところかな」

「ふーん。そう」

「で、本音は?」

 

 釈然としない様子の寧々(ねね)の替わりに訊くと、玉木(たまき)はひとつ息を吐いた。やはり、何か別の理由がありそうだ。

 

「お見通しなワケだね。実は、“7人目の魔女”になった五十嵐(いがらし)くんの待機場として使ってもらおうと思ってね」

 

 合点がいった。生徒会と五十嵐(いがらし)は協力関係dから、いつ問題が起きても対処出来るように下校時刻まで学校に居てもらわないと困る。その見返りとして、この部室を提供すると。

 

「“7人目の魔女”の特権ってことなのね」

「そういうことさ。さて、じゃあ、僕も生徒会室に戻るとするよ」

「ああ、いろいろありがとう」

 

 ドアノブに手をかけた玉木(たまき)が、何かを思い出したように振り返った。

 

「ところで、サッカー部の練習はいつから参加するんだい?」

「一応来週の頭。新入生の仮入部に合わせて本格参加する予定」

「なるほど。球技大会でキミのプレーを見させてもらったよ、球技大会同様に本大会での活躍期待しているよ。()()としてね」

 

 わざわざ、友達の部分を強調したのは生徒会長の立場ではなく、玉木(たまき)自身としての言葉だと伝えたかったんだろう。

 

「じゃあ、俺たちも帰ろうか?」

 

 声をかけても寧々(ねね)は返事をすることなく、テーブルに肘をついて座ったまま、ただただじっと、窓の外を眺めていた。

 

寧々(ねね)?」

「えっ? な、何かしらっ?」

「そろそろ帰ろうかって」

「そ、そうね、帰りましょっ」

 

 戸締まりを済ませて、俺たちは部室を後する。階段を降りてエントランスへ降りると、五十嵐(いがらし)滝川(たきがわ)と出くわした。二人はそれぞれ、副会長の有栖川(ありすがわ)黒崎(くろさき)に新校舎のことを聞いて、ここへやって来たと話した。

 

「話は、玉木(たまき)に聞いた」

「そっか、見ていく?」

「ああ、滝川(コイツ)が見ると言って聞かなくてな」

「ノアのせいにしないでくださいよ。先輩だって気になってるクセにー」

 

 スッと顔を横に背けた。気になってるんだ、分かりやすい。

 

「じゃあ、カギを――」

「いや、必要ない」

「じゃーん、えへへ~」

 

 これ見よがしに滝川(たきがわ)は満面の笑顔で、部室のスペアキーを見せつけてきた。

 

「俺たちは、部室に寄って行く。先に帰ってくれて構わない」

「わかったわ。じゃあ、また明日」

「はーい、また明日でーすっ。五十嵐(いがらし)先輩、早く行きましょー!」

 

 二人と別れた俺たちは校舎の前に戻ってくると、正門へ続く通路は、まるで文化祭の時のように多くの生徒で賑わっていた。どうやら、入学式と最初のホームルームを終えた新入生たちの勧誘という名の争奪戦が本格的に始まったみたいだ。

 

「毎年のことだけど、どの部も必死ね」

 

 部員が増えれば、部費も増える。特に部員の少ない弱小部にとっては死活問題、部員獲得に躍起になるのも道理と言うもの。そんな殺気にも似た熱気が立ち込める中を歩いていると、部活の勧誘とはかけ離れた場違いな魔女を発見した。

 

「何で、魔女なの?」

「あっ、寧々(ねね)ちゃんだ」

 

 魔女は、伊藤(いとう)白石(しらいし)

 

「部活の勧誘よ」

「ほら、超研部(うち)って二年生が居ないから、このまま新入部員がゼロだと廃部になっちゃうのよ」

「ああー、それで魔女のコスプレしてるんだ」

「ええ、この格好なら目立つからって、(みやび)ちゃんが」

「ナイスアイデアでしょ? ところで二人は、部の勧誘活動しなくていいの?」

「別に精力的に活動してる訳じゃないから」

「ふーん、ま、アタシたちとしてはライバルが減ってありがたいけどね。あの部とかすんごい人集まってるしっ」

 

 伊藤(いとう)が恨めしそうに見つめる先にある部活は、サッカー部。閑古鳥が鳴いている超常現象研究部とは対照的に、新入生の注目を集めていた。近くで話していた新入生たちに耳を傾ける。どうやら、去年の総体、選手権とベスト16という結果を残したサッカー部は、学業優先で強豪校を諦めた新入生が両立を目指す受け皿になったようだ。

 

「スゴい人気だったわね、サッカー部」

「そうだね。部員が多いと、それはそれで大変なんだけどね」

 

 練習の統率、試合に出られない部員のモチベーションの維持など他にもいろいろあるけど。一番大変なのは、補助をしてくれる存在、マネージャー。ケガの手当て、ドリンクの補充、テーピング等の消耗品の買い出し、大会前になると全員分のお守りを用意してくれたりもした。献身的なマネージャーが居たからこそ、集中して部活に打ち込めた。いくら感謝しても足りないくらい。

 

「へぇ、いろいろ大変なのね」

 

 そういうと口元に人差し指を添えながら、少し考えるようなそぶりを見せる寧々(ねね)

 

「ところで、今日は?」

「バイトはいつも通りの時間からだから、都心に出て買い物しようと思ってるけど」

「一緒に行ってもいいかしら? 大きい本屋さんに行きたいの」

「もちろん」

 

 昼時とあって、大勢の人たちで賑わう商店街ではぐれないように手を繋いで歩いていた俺たちは、いつも寧々(ねね)が電車に乗る駅から都心へと足を伸ばした。

 

           * * *

 

「で、今年は何人入ったんだ?」

 

 一週間後の放課後、新校舎の真新しいサッカー部の部室のベンチに座って右膝にテーピングを巻きながら、部長の朝比奈(あさひな)に訊ねる。

 

「そうだな、三十人弱ってところだ。中には、中学でそこそこ結果を出してるのも居る」

「へぇー、じゃあ、ある程度期待出来るな。よし、出来た」

 

 巻き終えたテーピングの上からサポーターを着け、立ち上がる。先日寧々(ねね)と一緒に買いに行ったアップシューズの感触を確かめながら、グラウンドへ向かう。

 

「膝は?」

「問題ない」

 

 予防策(テーピング)もバッチリしてる。

 

「いきなり三十人も増えたら大変じゃない?」

「まーな、だが、やりがいはあるさ。予め言っておくが、お前を遊ばせておくつもりはないからな」

「いやいや、俺、新入部員だから」

「フッ、まあ、そう言っていられるのは今のうちだけだ。イヤでも協力することになるさ」

「はあ? どういう意味だよ」

「さてな」

 

 まったく要領を得ない。いったい何のことを指して言っているんだろう? そんな俺の疑問は、グラウンドに出た瞬間に払拭。そして新たに、さっきまでの疑問がバカらしく思えるほどの大きな疑問が生まれた。

 

「な、なんで?」

 

 それは――。

 

「今日から、サッカー部のマネージャーになった、三年の小田切(おだぎり)寧々(ねね)よ。よろしくね」

 

 新入部員の中に、ここには居るハズのない女性が微笑んでいたからにほかならない。

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