覇王の冒険   作:モモンガ玉

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楽しかっ(ry
 ※小説1巻参照

見切り発車でゴー


覇王の誕生

私は昼間だというのに薄暗い森の中を走っていた。

息など森に入る前から切れている。砕けた右の拳からは血が滴り、極度の緊張の中でも感じる痛みは増し続けている。

ただ立ち止まれない理由を左手に掴み、走り続けていた。

しかし悪夢との距離は開かない。

 

「あっ・・・」

 

妹が木の根に躓き、前のめりに倒れた。背後に詰め寄った騎士が下卑た笑い声と共に剣を振り上げる。

 

「ネムッ!」

 

妹に覆いかぶさり、押し倒すように庇う。背中に焼けつくような痛みが走るが、そんなことに気を取られている暇はない。

私は妹を、ネムを守らなければならない。身を挺して逃がしてくれた両親のためにも、2人で死ぬわけにはいかないのだ。

せめて妹だけでも生きて逃がして、両親の想いに応えなければならない。1人の姉として、可愛い妹を逃がしてあげたい。

 

「お姉ちゃんっ・・・!」

「ヒヒヒ、お前らはよく頑張ったよ。もう諦めろって。」

 

背から流れる血を見たのだろう、妹が心配そうに私を呼ぶ。

 

「隊長・・・この村で最後ですので遊びはほどほどにお願いします。」

「この俺に口出しするのか? お前から殺してもいいんだぞ。」

 

隊長と呼ばれた男の不機嫌そうな言葉に、もう1人の騎士は黙り込む。

実際のところ、この状況から妹が逃げ出すのは不可能だろう。逃げられたとしても、家族を失い、村を失った少女が生きていけるほどこの世界は甘くはない。

こんな外道の集団に日常を、村を壊されたことに怒りが沸いてくるが、単なる村娘にできることなど何もない。

せめてもの抵抗に、剣を構える騎士を涙を湛えた瞳で睨みつけることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うわ!?)

 

しかし思いに反して自分の体が動いた。

突き出したのは騎士の鎧を殴りつけて砕けた右手。更なる激痛を予感して顔を歪めた私の目に映ったのは、いつの間にか綺麗になった自分の手と―――錐もみしながら派手に吹き飛ぶ外道の姿だった。

 

「「「え?」」」

 

間の抜けた声がシンクロする。

私には、この場において最も困惑しているのは私だろうという、奇妙な自信があった。なにしろ全身鎧をまとった大人を片手で吹き飛ばしたのだから。

そして先ほどから聞こえる妙な声。

 

(な、なんだこいつら? 転移させられた? そんな魔法聞いたことがないが・・・最終日に大掛かりなPKなんていい趣味してるなぁ。ていうかもう最終日は終わったはずなんだけど・・・バグか?)

 

再び私の手が勝手に動き、空中で妙な動きを繰り返す。

 

(コンソールが開かない? GMコールも反応がない。《伝言(メッセージ)》は・・・ダメか。)

 

「お、おいお前! 何しやがった!」

 

2人目の騎士によって謎の声は中断させられる。

その言葉がトリガーだったかのように、私の手が虚空に添えられ――

 

心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

何か柔らかいモノを握りつぶした。

 

 

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

 

 

「あの、あなたは誰なんですか?」

 

俺の口が勝手に動き、言葉を発した。視界は左右に揺れている。

――いや、状況的に見て異質なのは俺なのだろう。

目線の高さ、服装、肌、声、そして胸の膨らみ。どれをとってもこれが別人の体であることは明確だ。何らかの理由でこの少女の体と同化してしまったのだろう。

骨すら辞めて霊体化してしまうとはどうなっているんだ。

 

そしてこの世界だが・・・ゲームではないだろう。

森の涼しさにアクセントを加える木漏れ日、頬を撫でる爽やかな風、微かに漂う血の臭いに、仄かに香る汗の混じった甘い匂い・・・

 

「あ、あの・・・」

「お姉ちゃん・・・?」

 

顔が熱くなるのを感じる。俺の精神とこの体は完全に連動してしまっているようだ。主導権がどちらにあるのかは今の時点では判別できないが、今の俺の心情は完全に悟られているだろう。

孤独な人生を歩んできた俺にこの距離は近すぎる。いや、正確には距離など1mmも開いていない訳だが。

慌てて雑念を振り払い、現状に向き合う。

 

(それにしてもこれ、一体どういう状況なんだ?)

 

「わかりません・・・いつも通りに水を汲んでいたら突然帝国の騎士たちがたくさん攻めてきて、村を・・・お父さんとお母さんをっ・・・」

 

そう言って俺の―――少女の目に涙が浮かぶ。

会話が噛み合っていない気もするが、今は置いておく。

俺は思考で会話できたことに驚きながらも、少しの情報を纏める。

ここは恐らく帝国ではない国にある村落、その近くの森だろう。魔法は問題なく使えるようだ。村人に心当たりがないのならこれは誅殺ではなく殺戮。少女との会話が成立したことから、ここが異世界であるという考えに信憑性が増した。成立する会話や動く口、匂いなど、現代の技術と法では再現できない。そして俺はなぜか少女とボディシェアリング中である。

 

何らかの手段を見つけるまでは少女と共に過ごすことになる。流星の指輪(シューティング・スター)を使えば元に戻れるだろうが、それは最後の手段にしておくべきだ。それにアンデッドの姿よりも人間の姿のほうが余計な敵を作らなくて済む。要するに隠れ蓑だ。

そうなると、このまま事態を静観して宿主ともいえる少女が四六時中塞ぎ込むことになってはたまらない。

今も焦りの感情が俺に流れ込んできている。異世界初日から沈鬱な気持ちになるのはご免だ。

それにこれは利の無い話ではない。少女や村人に恩を売ることで今後の活動がやりやすくなる。この騎士がただの先兵だとしても、魔法詠唱者(マジック・キャスター)に殴殺される兵を送り付ける飼い主などたかが知れている。なによりこいつらは――不愉快だ。

無辜の民(恐らく)に対する殺戮に怒りを覚えたモモンガはここで思考を打ち切る。そうと決まれば鏖殺だ、と。

 

 

 

 

――中位アンデッド作成 死の騎士(デス・ナイト)――

 

詠唱と共に虚空から黒い霧が現れ、足元の騎士を包み込む。騎士は全身から黒い液体を溢しながら歪な動きで立ち上がり、やがてその液体は騎士を完全に飲み込んだ。

 

(うげっ!)

「「ひっ・・・」」

 

見慣れない光景に当の本人も妙な声を上げる。何しろユグドラシルとは全く違うショッキングな登場だったからだ。怒りも鳴りを静めてどこかへ行ってしまった。

困惑しているうちに、膨張した液体は空気に染み込むように掻き消え、2mを超えるアンデッドの騎士が立っていた。

 

しかし今も襲われているであろう村を思うと、いつまでも呆けているわけにはいかない。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、この村を襲っている騎士を殺せ。1人も逃がすな。」

 

そしてモモンガは口をパクパクしている幼女に目を向け、手を伸ばす。

 

睡眠(スリープ)

 

モモンガの魔法により気絶したように倒れる幼女を体が勝手に受け止め、近くの木の根元に寝かせた。

どうやらこの体に主導権というものは無く、互いに好きなときに動かせるようだ。

そのことにモモンガは安堵する。

下手に自分に主導権があると、体を奪ったような形になり少女との関係に不和が生じる。

かといって自分の意思では動けないとなると、何もできない退屈な毎日になっただろう。

これがどちらも好きにできるというのがちょうどいい塩梅に思われた。

それでも他人(少女)の体に異物(モモンガ)が紛れ込んでいるという事実は変わらないが、力を貸すことで我慢してもらおう。

 

(えっと・・・まずは自己紹介かな? 俺はモモンガ。君の名前は?)

 

こんな形での自己紹介なんて初めてだけどね、と付け加える。

自分は恐らく少女の倍くらいの年齢だし、これから共に過ごすのだからと敬語は使っていない。

 

「え? あ、私はエンリ・エモットといいます。」

 

少女はまだ状況が掴めていないようで、聊か困惑気味だ。

それも当然だろう。何しろ憑依(?)している自分ですら何がなんだか分からないのだから。

 

(そうか。エンリ、どうやら俺たちは脳内で会話ができるみたいだ。声に出さなくてもいいよ。)

(え? じゃあやっぱり、あなた――モモンガさんは私の中にいるんですか!?)

(話が早いね。正直俺も何がなんだか分からないんだけど、今言えるのはひとつ。俺が君の力になれるってことだ。)

(ぁ・・・)

 

そこでようやく彼女は先ほどまでの事実に気づいたようだった。

即ち――自分が恐るべき膂力を発揮し、おぞましいアンデッドを生み出したということに。

 

(村には死の騎士(デス・ナイト)を向かわせた。この程度の連中なら十分だろう。君はやりたいことがあるんじゃないのかい?)

(そうだ! お父さん、お母さん!)

 

モモンガは頷くと、寝ているネムに守りの魔法をかける。

そして無様に吹き飛んで木にめり込みながら絶命している男を死の騎士(デス・ナイト)へと変えた。

 

(よほどの事がない限りこれで安全だろう。念のため護衛を付けておこう。)

(あ、ありがとうございます。)

 

エンリは顔を引き攣らせながらも、ここまで遠回しに自分を殺すことに何の意味もないことを理解しているため、モモンガを信じて駆けだす。

 

(自分の心配はしなくていい。こうなった原因が分かるまでは君は俺だ。まだ死にたくないからね。)

(はい!)

 

エンリの両親の見た目を知らないモモンガは捜索をエンリに任せ、周囲を警戒しつつも興味深げに視界に映る世界を眺める。今でこそ荒らされた家ばかりだが、大きな間隔を空けて建てられた木造住宅は、どこか牧歌的な雰囲気を感じる。

現実世界ではまず見ることのなかった風景だが、何故か懐かしさを感じてしまう。

ここが異世界なのだという実感と、未知を求める冒険心が沸きあがってきた。

 

ふと、エンリが立ち止まった。

 

「ああ・・・」

 

瞳から涙が零れる。悲しみと絶望が伝わってくる。そこに混じる微かな怒りは、俺の物だろうか。

――こいつらは、俺の異世界への第一歩目に“俺”に涙を流させるのか。

 

不快な感情に顔を顰める。

モモンガには、元の世界への未練など何もない。生き甲斐を失った世界に戻りたいなど誰が思うだろうか。

そんなモモンガにとって、今日という日は記念すべき1日なのだ。それを汚されて、放っておけるはずがなかった。

 

(俺は、エンリの両親を生き返らせることが出来るかもしれない。)

「・・・え?」

 

まだ試していないから断言はできないが、蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を使えば復活は可能だろう。だが、まだ補充の目処が立たない以上、現時点でこれは貴重なアイテムだと言える。

両親だけならいいが、これを吹聴されて村人全員にせがまれると面倒だ。

 

いや―――

 

(ただし、条件がある。)

「なんでもします! だから!!」

 

モモンガは、まだ数刻の付き合いしかないエンリを信じることにした。

この憑依が本当に一時的なもので、1時間後には現実世界に帰っているかもしれない。

もしそうなればアイテムの無駄遣いになるだろう。

しかしそれがなんだというのか。そもそも現実世界にユグドラシルはもう存在しない。

あるいはこれが夢だというのなら―――俺は俺のやりたいようにする。

そしてこの行動を後悔することはないだろう。

何故ならこれは、モモンガの欲求を満たすための行動でもあるのだから。

 

(旅に出たいんだ。)

 

だからモモンガは素直にやりたいことを伝えた。

 

(俺はこの辺りの人間じゃなくてね、今では人間かどうかすら怪しいものだけど。とにかくこの世界を見て回りたいんだ。さっきの森を、この村を、この国を、周辺の国を、その向こうの海を、そしてさらに向こうにあるかもしれない大陸を。

 だから一緒に、旅に出てくれないか?)

 

一体何十年かかるか分からない話にエンリは唖然とする。ただの村娘として十数年生きてきた自分には余りに危険で、スケールの大きな話だった。

しかしそれは決して不可能なことではないと思う。

この人の力は圧倒的だ。そしてそれが今自分に宿っている。そこらのゴブリンやオーガなど歯牙にもかけないだろう。

そして今、モモンガさんは私だ。身を危険に晒すような無茶はしないはず。

それなら―――

 

「わかりました。」

(そうか!)

「ただ・・・ひとつだけ、お願いを聞いてもらえますか?」

 

ひとつだけ私の頼みを聞いてくれるなら、どこまでも喜んで付いていこう。

 

(ん?)

 

一体なんだろうとモモンガは続きを促す。

 

「たまにでいいんです。この村に、カルネ村に帰ってきてもいいですか?」

 

無理な話だとエンリ自身理解している。

旅に出て遠くを見て回りたいと言っている人に対してカルネ村を長く離れたくないと言っているのだ。

こんな矛盾、まだ幼いネムでも気づくだろう。少なくない時間と労力を使って想像できないほどの距離を移動しても、また同じ道を戻れというのだから。

そもそも救ってもらった身でありながら更に願いを叶えて貰おうなど、断られても文句は言えない。

それでもエンリは、生まれ育った、両親と暮らした村を捨てたくはなかった。

 

(なんだ、そんなことか。)

 

だからエンリは、何でもないことのように答えるモモンガに深い感謝と、

 

(俺の使える魔法に《転移門(ゲート)》という物があってね。一度目にした場所ならばどれだけ離れていても転移できる。毎日だって帰れるさ。)

 

更に深い畏敬の念を抱いた。

 




初めまして、ここまで読んでいただきありがとうございます。
小説を書くのは初めてなので右も左もわからない状態です。
妄想を文章にするのって大変なんですね・・・。

捏造になりますが、モモンガ様は骨の残滓が多少残っているという設定です。敵ならば人間を殺してもなんとも思いません。

できるだけ読みやすくなるように頑張ります。
突っ込みどころが多数あると思いますがお付き合い頂ければ幸いです。

※魔法表記を統一しました。

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