覇王の冒険   作:モモンガ玉

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覇王の長い夜

(結構賑やかな街じゃないか。)

(そうですね。私も初めて見たときには人の多さに驚きました。)

 

2人は今、エ・ランテルの商店街を歩いている。

予定では冒険者組合を訪ねた後、今夜の宿を探してから街の散策をするはずだった。しかしやはりというべきか、モモンガは街に入るなりキョロキョロと周囲を見回し、田舎者よろしく興味深げに歩き回り始めたのだ。

何となく予想できていたエンリは、何も言わずに散策に付き合った。

 

そして彷徨っているうちに商店街を発見した。

立ち並ぶ露店には食べ物や衣類等の日用品が並べられ、店主が声を張り上げて客寄せをしている。モモンガはそんな店の全てを冷やかして回っていた。

仕方のないことだろう、何しろお金がないのだから。しかし自分の姿で商品について詳しく質問したあげく、1銅貨も落とさずに去るというのを繰り返すのは辞めて欲しい。

 

(ん、エンリはここに来たことがあるのかい?)

(はい、何度か。とは言ってもモンスター討伐の依頼に来ただけなので、街のことについてはよく知りませんけど。)

(なるほど。じゃあこの街に知り合いはいないのか。)

 

エンリが気軽に話せる相手がいるのなら、情報収集のためのコネクション作りをしなくて済む。

もちろん冒険者をやって行く上で横の繋がりは重要になってくるだろう。名前からして危険と隣り合わせの職業なのだから。しかしその冒険者について何も知らないモモンガは、彼らの世界での常識を知らない可能性がある。

例えば“冒険者は夕食の前に必ず踊る”という風習があったとして、それを知らずに1人で食べ始めてしまうと非常に浮いてしまうだろう。

デビューに失敗すると大抵は暗い未来が待っているものだ。それは避けたかった。

 

(いえ、2人ほどいますよ。村にたまにくる薬師の男の子と、そのおばあちゃんです。)

(おお!)

 

思わぬ偶然に喜ぶモモンガ。さっそく情報収集のためにエンリに提案する。

 

(じゃあ挨拶しに行かないとね。しばらくはこの街にいるだろうし。)

(それは賛成ですけど・・・挨拶が済んだらすぐに組合に向かいますからね? もういい時間なんですから。)

 

エンリの言葉に空を見上げると、太陽は既に傾いて夕日に変わろうとしていた。

時間を忘れて観光に勤しんでいたモモンガはそれに気付いていなかった。

 

(そ、そうだね。少し急ごうか。)

 

 

 

 

「えっと、確かこの辺りなんだけど・・・。」

 

エンリの案内で、工房らしき建物が並ぶ区画に出た。

その知り合いも店を構えているらしく、名をバレアレ薬品店というらしい。周囲から漂う臭いを考えると、この通りには薬草を扱う店が密集しているのだろう。

あまり好まれることの無さそうな刺激臭だが、それすらもモモンガには新鮮なもので深呼吸を繰り返して楽しんでいた。

エンリは眉根を寄せていたが。

 

「んー・・・あった!」

 

記憶の中の物と一致したのだろう、エンリがひとつの店の前で立ち止まる。

それは他の店とは一風変わった作りをしており、店と工房が繋がっていた。規模も周囲の物より一回りほど大きく、高級な店なのだろうと推察できる。

エンリは扉をノックしてから遠慮がちに開いた。

 

――店なのだから何も気にせず開いてもいいと思うのだが、これがこの世界の常識なのだろうか。いや、エンリはカルネ村の外のことはほとんど知らないんだよな。

 

そんなことを考えていると、少年の素っ頓狂な声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃいま―――エ、エンリ!?」

「久しぶり、ンフィーレア。」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「そんなことがあったなんて・・・」

 

エンリは、少年――ンフィーレアが用意した飲み物で軽く喉を濡らしてから、カルネ村で起こった出来事を簡単に伝えた。それを聞いたンフィーレアは呆然とする。

無論村を救ったのは怪しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)ということになっている。

2人の会話の親しさから、ンフィーレアが村を訪れたのは2度や3度では無いことが分かる。薬師として何度も村を訪れるうちに、少なくない村人と交流したのだろう。

 

彼は意を決したように握り拳を作ると、勢い良く立ち上がる。

 

「エンリ!!」

「な、なに?」

 

突然のことに大きく肩を震わせるエンリ。

 

――まずいな。

モモンガは黙考する。この少年の様子を見るに、エンリに恋心を抱いていることは確実だろう。顔を赤らめ、小刻みに震えるその姿はまさに思春期の少年の告白シーンだ。

幸いエンリは少年の想いに気付いていないようだが――何故ここまであからさまな態度に気付かないのか疑問だが――もしこの少年の想いが成就しよう物なら、モモンガの異世界生活は少年に永久就職して終了する。

勿論エンリが望むのであれば全力で解決策を探すだろう。見つからなければ流星の指輪(シューティングスター)の使用も考慮する。もしそれも失敗すれば、潔く諦めよう。

だがこの状況を最も簡単に、確実に突破する方法がひとつある。

 

「も、も、もし困っていることがあったら言ってよ。できる限り助けるからさ!」

「ありがとう! 本当にンフィーレアは私には勿体ないぐらいの友人だわ!」

 

考えている間にも2人の会話は進み続け、ンフィーレアの顔の赤みも増し続ける。

 

「そ、それで、あの・・・僕は薬師として稼ぐことができるし、蓄えもそれなりにあるんだけど・・・」

「うん?」

 

ンフィーレアが唐突に話題を変えたことで、エンリは反応に困る。

 

「だからその・・・僕とけ、けっ」

(いかん!!)

「あのっ! ンフィーレア!」

「えっ! ど、どうしたのエンリ?」

 

ンフィーレアは一世一代の告白を遮られて不安そうな顔をしている。エンリもモモンガの行動にかなり驚いているようだ。

だがモモンガはそれ以上に動揺していた。

 

――いくらなんでも早すぎるだろ! まだ付き合ってすらいないじゃないかッ!!

 

モモンガは出来るだけエンリの交流を阻害することは避けたかった。

エンリは村の恩人だからとこの状況を受け入れてくれたようだが、自分が彼女の人生を狂わせている存在であることを理解しているモモンガは、せめて彼女の人付き合いくらいは守ってやりたかった。

だが、自分を殺して彼女の中で無感情に過ごし、その生を終えることができるほど聖人でも無い。何も為さないまま実質的に死ぬのはご免だ。

嫉妬する者たちのマスクが脳裏を過ったモモンガは、心を修羅にする。

 

「私がこの街に来たのは、冒険者になるためなんだ。」

「冒険者!?」

「うん。」

 

エンリの言葉遣いに感じた違和感は、同時に襲ってきた驚愕に吹き飛ばされた。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)様から頂いた薬で、すごい力が沸いてきたのは話したよね?」

「うん、聞いたけど・・・」

「その方とある約束をしたんだ。でもそれを守るためにはお金が必要になる。」

「そ、それなら僕が――!」

 

引き留めるための糸口を見つけ、慌てて言葉を挟もうとする。

ンフィーレアの気持ちは、モモンガにもよく理解できた。自分が好きな女の子が自ら危険な世界に飛び込もうというのだから、心配になるし、何をしても止めたくなるだろう。

生憎モモンガにその経験は無いが心情を察することはできた。

 

「流石にそこまで迷惑はかけられないわ。」

 

何か思うことがあったのか、少年の言葉を遮ったのはエンリだった。

 

「僕は君がっ」

「聞いて、ンフィー。私を心配してくれてるのは分かるし、すごく嬉しい。でもこれは私がしなくちゃいけない――ううん、私がしたいことなの。それに魔法詠唱者(マジック・キャスター)様が言ってくれたわ。君を死なせたくないって。私はそれを信じてる。」

 

それはンフィーレアとは対照的な、酷く落ち着いた態度だった。

しかし彼は今の言葉に、重要な、とても重要なワードが入っていたことに気付いた。

どんな状況で発した言葉なのかは分からないが、それはまるで――。

 

「エンリ・・・君はその人のことを、ど、どう思ってるの?」

 

ンフィーレアにとっては、絶対に聞いておかねばならないことだ。この返答次第では、彼はもう立ち直れないかもしれない。

しかし聞かずにはいられなかった。

 

「え? 恩人だと思ってるけど。」

「そ、それ以外で、何かないかな。」

 

妙に焦った様子のンフィーレアに、首を傾げながらも考えるエンリ。

 

「うーん・・・子供っぽい?」

「・・・それだけ?」

「あとは偶に意地悪なところがあったくらいかなぁ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)様が気になるの?」

 

エンリの純粋な返答に言葉を詰まらせる。

彼女の表情に嘘をついているような様子はなかった。

 

「ぼ、僕も第2位階までしか使えないけど魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからね。やっぱり優秀な人の話は聞いてみたくて。」

 

言いながらエンリの瞳を見つめる。そこに不安や迷いといった感情は見当たらなかった。

彼女の決意は固い。最早何を言っても無駄だろう。

 

「引き留めてごめんね、エンリ。プレートを持ってないってことはまだ組合には行ってないんでしょ? 日が沈む前に行ったほうがいいよ。」

「気にしないで。じゃあ行ってくるね!」

「うん、またね。」

 

そう言って店から出ていくエンリを見つめる。

小さな嫉妬心から彼女の信念を曲げようとした浅はかな自分を、軽蔑しながら。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

エンリは組合への道を急ぐ。何度か訪れているので場所は把握していた。

通行人が此方をチラチラと伺っているが、気にしている暇はない。

 

(モモンガさん、さっきは驚きましたよ。時間が迫ってるならそう言ってくれればよかったじゃないですか。)

 

エンリは都合よく勘違いしてくれていた。

モモンガが突然冒険者になることを打ち明けたのは100%打算によるものだ。しかし窓から差し込む夕日に気付いたエンリは、なるほどと納得してしまったのだ。

丁度いいので乗っかることにする。

 

(悪かったよ、俺も気付いて焦っちゃってさ。)

(またすぐに会えるでしょうし、そんなに気にしてないですよ。それより、なんで鎧着てるんですか? すごい目立ってる気がするんですけど。)

 

モモンガは何故か得意げにそれに答える。

 

(いいか、エンリ。これから入る世界は大抵荒くれものが多いんだ。舐められたら終わりだと思っていい。最初のインパクトが大切なんだよ。)

(はぁ、そうなんですか。)

 

冒険者の社会を知らないエンリは生返事をすることしかできない。モモンガも知らないはずだが何故こんなに自信を持って言えるのだろうか。

 

そんなことを脳内で話していると、冒険者組合に到着した。

モモンガは概ね予想通りのファサードに胸を躍らせる。事前の情報収集に失敗したことなど既に頭の外だ。意気揚々とその小洒落たウェスタンドアを勢いよく両手で押し開く。

当然、ほとんどの視線が此方に向けられた。

 

ビクリとしそうになるエンリを抑え、悠然とした態度で受付へと歩を進める。

ニヤニヤと笑いながら見つめる者と、値踏みをするような目で見る者、そして怯えるように様子を窺う者がいた。最後の視線に困惑していたモモンガだが、横合いから聞こえた声に納得する。

 

「おいおい、なんだありゃ。パパのプレゼントかぁ?」

「バカやめろっ、あの鎧はやばい!」

 

首にプレートが下がっていないのを目敏く見つけた冒険者の嘲るようなセリフを、怯えた様子の冒険者が窘める。

要するに彼らはこの鎧の性能に気付いていたのだ。なかなか出来る奴等だと感心する。

 

普段のモモンガなら、この様に馬鹿にされれば仕返しのひとつでもするだろう。しかし、彼は今機嫌がよかった。これは所謂“お約束”というやつだ。

上機嫌のまま、受付嬢に話しかける。

 

「冒険者の登録をしたいのですが。」

「はい、此方で承ります。・・・あの、失礼ですが大森林近郊から来られた方ですか?」

「ん? どうして・・・あ。」

「はい、かなり噂になっています。」

 

モモンガ達は視線の()()()()に漸く気付く。

周囲に耳を澄ますと、「赤い突風」「人間投石機」「亜人」などと聞こえてきた。最後のはいくらなんでも酷いだろう。

エンリは頭を抱え――ようとしたが、手続きを進めるモモンガに阻止された。

 

――それは数日前の事。

冒険者になるためにエ・ランテルへ赴くことを決めた2人は、しばらく帰れなくなるだろうからと、出発を何日か遅らせることにした。

それでネムと遊んでいたのだが、モモンガの魔法のおかげで退屈することは無かった。空を飛んだ時などモモンガも含めて3人で大はしゃぎしたものだ。

その合間にもモモンガは周辺の探索を怠らなかった。

森を制覇するには日数が足りないため、村の近辺を調べることにした。

 

最初はゆっくりと周囲を見て回り、片手間にオーガを弾きながら地図を作っていった。それが一段落すると何故か「タイムアタック」などと言い出し、地図に引いた線の通りに走り始めた。全力で、だ。

その途中でゴブリンを1体蹴飛ばした。

 

コースを回り終えると、何かの呪文を唱えてもう1度回り始めた。

今度は景色が追いきれないほどの速度だった。風が気持ちよかったのか、「俺を止めることはできない」と悪い人モードに入り、1周目と同じくらいの時間で10周した。

おそらくその間にオーガやゴブリンを弾き飛ばし、複数の冒険者に目撃されてしまったのだろう。

 

「え? 魔獣を連れ込めるんですか?」

「はい。組合に魔獣登録をすれば連れ歩いて頂いても構いません。ただ魔獣が問題を起こした場合、登録者の管理が問われますのでご注意ください。前例はありませんが問題の規模によっては投獄されることもあります。エモットさんは魔獣を従えておられるのですか?」

「ええ、可愛らしい魔獣を1体。円らな瞳をしているんですよ。」

 

モモンガは周囲に奇行がバレていることを気にした風もなく、受付嬢と談笑している。可愛らしい魔獣などと嘘をついているのは、連れ込みを拒否されるのを恐れているのだろう。森の賢王だと正直に言えば断られるに違いない。いっそ断られればいいのに。

 

精強な魔獣を引き連れることで更に奇異の視線が増えるだろうと予見したエンリは、逃避気味に考えた。

そんなモモンガと受付嬢の和やかな雰囲気を吹き飛ばすように、ウェスタンドアが荒く開かれた。その大きな音に驚き、エンリの時よりも数段早く来訪者へ視線が集中する。

 

「大変だ! 共同墓地に大量のアンデッドが出現した!!」

「なに!?」

 

その一言で組合内は騒然となる。

 

「墓地とはどこにあるのですか?」

「こ、ここから西へ向かったところです。組合の方で確認できたら冒険者の皆さんに緊急の依頼を出しますので、申し訳ありませんがここでお待ちいただけますか?」

 

まるで他人事のように質問するモモンガだが、受付嬢のほうは平静を保てずにいる。

 

「いえ、その必要はありません。」

「え?」

 

なんとか営業スマイルだけは保っていた受付嬢の表情が、ついに困惑を露にする。

話が聞こえていた冒険者達は、まさか逃げるつもりじゃないだろうなと耳を欹てた。

 

「私が先に行って確認してきましょう。情報が本当なら、ついでに解決してきます。」

 

そう言うと新品のプレートを首にかけ、颯爽と組合を後にした。

付近の者は皆、そのあまりな態度に唖然とした。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(はぁ、冒険者がこんなにも夢の無い仕事だったとはなぁ。これじゃ詐欺じゃないか。)

 

屋根伝いに駆けながらモモンガが愚痴をこぼす。

 

(知らなかったんですか? 冒険者はモンスター専門の傭兵みたいな物ですよ。)

(・・・知らなかったよ。)

 

何で教えてくれなかったんだとでも言いたげだ。

実際エンリの様子を振り返ってみると、確かに冒険者生活を楽しみにしているような様子は無かった。本当に旅と並行した金策のために提案しただけなのだろう。

どうやら冒険者の主な仕事内容はこの世界の常識のようだ。

ンフィーレアから話を聞けなかったことを今になって後悔する。

 

(でも凄く乗り気だったじゃないですか? こうして墓地にも向かってますし。)

(そりゃあ早くランクを上げたいからね。)

 

銅級(カッパー)の仕事内容を軽く聞いてみたのだが、夢が無いどころの話じゃなかった。

荷運びや薬草取り、比較的安全な近場までの護衛がほとんどなのだ。これなら1人でマツィタケ狩りでもしていた方が楽しいし、より多く稼げる。

であれば、大きな功績を立てて目立つことによって特例での昇級を狙うしかない。

受付嬢の話では、新たに発見された遺跡の調査や危険地域の地図作成等の依頼も稀にあるらしい。だが、かなりの危険が伴うために高位の冒険者に依頼されることが多いそうだ。

 

ならば狙いはひとつ。最高位のアダマンタイトだ。

初めは冒険をしつつゆっくりとランクを上げるつもりだったのだが、こういう事情なら仕方ない。

アダマンタイト級ならば全ての依頼を受けることができるはずだ。まさに選り取り見取り。楽しそうな案件だけを受けつくして、村にお土産を持ち帰るのだ。

 

(確かに早くランクを上げて稼ぎたいのは分かりますけど、あんな大見得切らないでくださいよ。私に友達ができなくなっちゃうじゃないですか。)

(むぅ・・・)

 

そこを突かれると痛い。

 

(まあ、決めるときにはビシッと決める女? うん、それでいいじゃないか。)

(もう! それにしたって限度があると思いませんか!?)

(お、ここが墓地みたいだな!)

 

実際には数百メートル先に視認していたのだが、身体能力に物を言わせて一気に距離を詰める。

地に降り立ったモモンガが周囲を見回すと、既に複数の冒険者が墓地の入り口に集まっていた。最低でも銀級(シルバー)。銅や鉄級の冒険者は普通、避難誘導等を行うのだろう。

だがモモンガにそんなことは関係ない。

今の最優先目標は「浮かないよう周囲に溶け込むこと」から「とにかく目立つこと」にシフトしているのだ。

 

とりあえず近くにいた冒険者達に声をかけた。

 

「どんな状況ですか?」

「見ての通り、突然大量に発生したアンデッドをここで食い止めている状態です。既に衛兵の方に組合まで知らせに行って貰いましたが、援軍が間に合うかどうか・・・。」

 

一目で分かる緊急事態であるため、お互いに挨拶などはしない。今なら格下の銅級(モモンガ)銀級(彼ら)に気軽に話しかけても問題無いと判断したが、どうやら正解だったようだ。

 

「こんな事はよくあるんですか?」

「普段はせいぜいスケルトンが数体くらいなのである。このように数百体規模での出現は前代未聞であるな。」

「心配しなくてもいいぜお嬢ちゃん。君は俺が守ってやるからよっ。」

 

最初に答えた男は訝しげな顔をしたが、代わりに不思議な喋り方の男が答える。

がっちりとした体躯とぼさぼさの髭は、まさに荒くれものにしか見えない。しかしその表情と声音は妙に優しく、彼の穏やかな人柄を象徴しているかのようだ。

他のメンバーも此方を見下すような態度はとらなかった。良いチームだ。

チャラい男は無視した。

 

(なるほど。確実に何者かが裏で糸を引いているな? いいじゃないか、精々踏み台になってもらうとしよう。)

(モモンガさんって興奮すると悪い人モードに入りますよね。)

(な、何言ってるんだ。悪者はあちらさんだろう?)

 

ついゲーム時代の癖でロールプレイしているのを見咎められて赤くなる。

恥ずかしいと自分でも思っているのだが、どうしても抜けきれないのだ。いや、捨てたくないのかもしれない。これも輝かしい思い出のひとつなのだから。

 

嘗ての仲間を思い出して感傷に浸りそうになるが、今はそれどころじゃないと頭を振る。目の前に用意された絶好の機会を、最大限に利用しなければならないのだ。

 

(さて、始めるとしようか。)

(そうですね。)

 

エンリは、墓地の入り口へと真っ直ぐに進み始めたモモンガに答える。

もう慣れたものだ。1週間程度の付き合いしかないというのに、後の行動が手に取るように理解できた。

だが今回は止める気も、恐怖に固まっているつもりもなかった。

 

エンリの頭に浮かんだのは、あの日のカルネ村。

家族を失った悲しみは凄まじいものだった。モモンガがいなければ今頃自分がどうなっていたのか分からない。あんな思いはもう二度としたくないし、させたくない。

 

目の前にいるアンデッドの群れが溢れだそうものなら、一体この街はどうなってしまうのだろうか?

勇敢に立ち向かうのだろうか。諦めて立ち尽くすのだろうか。あの日の両親のように自ら犠牲となって子を逃がすのだろうか。

想像するだに恐ろしい。

そんな事態をただ眺めていることなど、エンリにはできなかった。それならば、自分が少し怖い思いをするほうが100倍はマシだ。

 

そしてモモンガの意思も理解している。心から冒険を求めていることも、この事態を都合のいい案件程度に捉えていることも、村に愛着を持ってくれていることも。

だからエンリは初めて戦闘に介入することにした。

 

(モモンガさん。このアンデッド達は、周囲の冒険者にも倒せますか?)

(ん? まあ倒すこと事態は容易だろうね。でもこの規模になると壊滅一直線かなぁ。)

 

珍しく戦闘前にエンリが冷静でいることを不思議に思い、モモンガが足を止める。

エンリからは微かに恐怖の感情が伝わっている。しかし質問の内容は「周囲の冒険者でも対応できるか」。普通ならモモンガが勝てるかどうかを聞いてくるはずだ。

 

(そうですか。じゃあ、少しアンデッドを残して行きませんか?)

(は? 一体何を―――いや、話を聞こうじゃないか。)

 

顔に笑みが浮かぶ。それは傍から見ればどこぞの組織の女幹部にしか見えない類の笑みだろう。エンリはそれに文句を言わない。言えないのだ。

これからやろうとしていることは、まさに悪だくみと言えるものだから。

 

(モモンガさんは1体も残さず殲滅しながらすすむつもりだったんですよね? でもそうすると、どれだけの偉業を為したのか分かりづらいと思うんです。

 勿論そんなことをしなくても十分に英雄級の功績だとは思いますが、語り手が敵の脅威を理解していた方が都合がいいと思いませんか?)

(・・・ははは! 女っていうのは怖いなぁ。)

 

納得し、愉快そうに笑うモモンガだが、その言葉は流石に心外だ。

 

(ちょ、ちょっと、やめてくださいよ! 私はモモンガさんが早く冒険したいって言うからプレートを――)

(ああ、分かってるよ。ありがとう。)

(っ! も、もう!!)

 

自分から冷やかした癖にエンリの苦言を止めるモモンガに、不満げな顔をする。

だが緊張は晴れた。今ならにこやかにあの軍勢へ飛び込めそうだ。

 

(さあ、役者(アクター)になるとしようか。)

(はい!)

 

モモンガは歩みを再開する。

やがて門に辿り着くと、その閂を蹴り上げる。

 

「お、おいお前!! 何を――」

 

衛兵の言葉を無視し、そのままの足で硬く閉ざされた門扉を蹴り飛ばした。

勿論力は加減しているため門自体が吹き飛ぶようなことは無い。しかし門前に張り付いていたアンデッドは別だ。

骸骨(スケルトン)はそこらの砂利のように早変わりし、動死体(ゾンビ)は腐った肉体を四散させながら彼方へと消え去る。アンデッドの軍勢を襲った暴風と肉の雨の影響は、まるでドミノ倒しのように波及していった。

 

あまりの事態に敵も味方も音を立てる者はいない。さっきまでの喧騒が嘘のように消え失せた静寂の中、1人の少女の声だけが響いた。

 

「これから敵の首魁を叩く。ここは君たちに任せよう。」

 

その言葉を聞いてもほとんどの者の理解が追い付かない。視界に映っている現状が頭に浸透してこない。

だが1人、いち早く回復した冒険者が声を上げる。

 

「か、銅級(カッパー)の分際で仕切ってんじゃねえ! 自分が何やったか分かってんのか!?」

 

お前こそ敵前で何を言ってるのか分かってるのか、という言葉は飲み込んだ。目上の人間を尊重するのは社会人の常識だ。

運良く難を逃れて此方へ侵入してくるアンデッドを切り捨てながら辟易する。

どこの世界にも格下を見下す存在はいるものだ。

 

「おや? ミスリルの冒険者はこの程度のアンデッドに怯えるのですか?」

「テメ・・・」

 

顔を真っ赤にした愚かな男を、仲間らしき冒険者が窘める。

何故あんな男と共に行動しているのか本気で理解ができない。目の前であのような無様を晒されればどんな素晴らしい冒険の最中でも興が醒めるだろう。

 

「では、頼みましたよ。」

 

モモンガは腰を落とすと、2本のグレートソードを鋏のように交差させて正面に構えた。何をするつもりなのかと、付近の冒険者が此方に注目する。狙いは直線上のアンデッド。風圧と飛び散った死体で結構な数のアンデッドを倒せるはずだ。

残るアンデッドは彼らの処理能力を少し上回るが、死人が出るようなことはないだろう。組合からの援軍が間に合うまで粘ることは容易だ。

 

完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)

 

アンデッドの歩く音に忍ばせて唱える。

モモンガの魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての筋力では、この分厚い肉の壁を突っ切るのは少々難しい。だが100レベル相当の戦士の筋力ならば、ゴールテープよりも容易く通り抜けられるのだ。

 

「私の道を遮るのなら――例え世界だろうと切り裂くッ!」

 

モモンガはその場に残像だけを残し、風となった。

壮絶な衝撃波が周辺を襲う。人間は近くの物にしがみつき、知性の無いアンデッドは力のままに吹き飛ばされた。

 

「この数なら俺たちでも抑えられる! あの人が首謀者を捕えるまで、ここを守り抜くんだ!!」

「おうよ!」

 

墓石すら綺麗に無くなったその通り道に目もくれず、的確な指示を出したのは4人組のリーダーだった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(あー、緊張したなぁ。でも大成功だったね。これはミスリルもあり得そうだ。)

「最後の何なんですか!? いくら何でもあれはダメですよっ!」

 

モモンガが満足気に頷くが、エンリは顔を真っ赤にしていた。

確かに演技をしようという話にはなっていたが、あれは大言壮語どころか妄言の域だ。

ランクが上がっても恥ずかしさでもう街を歩けない。

 

(あれも作戦の内だよ、エンリ。人間っていうのは他人の成果を語るとき、内容を3割減らしているんだ。あれくらい言わないと「ちょっと強い人」止まりになっちゃうよ。)

「だから何度も言ってますけど限度っていうものが――」

(ここは一応敵地だよ。声を出すとまずい。あ、ほら気付かれた。)

(うぅ・・・ごめんなさい。)

 

釈然としない物を抱えながらも、大きすぎる失態に何も言えなくなる。

モモンガの余裕な態度を見ると問題は無いのだろうが、今後どんな敵が現れるか知れない以上、同じことを繰り返す訳にはいかない。ここはしっかりと反省しておくべきだろう。

 

「こんばんは、良い夜だね。」

「冒険者か。どうやってここまできた。」

「走って来たんだよ。」

 

禿頭の男は表情を歪めると、不快感を隠さずに舌打ちした。

代表して声を上げたことと尊大な態度から、あの男がリーダーだろうと当たりを付ける。

 

「カジっちゃーん、どしたの~? んー?お客さんじゃーん。私も混ぜてよ。」

 

男の舌打ちを聞いてか、奥の霊廟から1人の女が現れる。女はモモンガを見るなり、邪悪な笑みを浮かべる。

しかしモモンガの視線はそれを捉えていなかった。女が横に連れている薄絹を着た少年。その長い前髪には見覚えがあった。

 

(ん? エンリ、あれは――)

「ンフィーレア!?」

 

その少年は日暮れ前に訪れた薬品店で出会った、ンフィーレア・バレアレだった。両の目からは血を流し、それを痛がる素振りも無くただ立ち尽くしている。

エンリの声を聞いて何も反応を返さないところを見ると、精神支配を受けているのだろう。不快感に顔を歪めるが、すぐにエンリの表情に上書きされる。

 

「ど、どうしてここに・・・それにその怪我・・・」

 

エンリの様子を見た女は、その口を耳まで裂いて嗤う。

 

「アハハハハ!! これは傑作だわ~、もしかして恋人奪っちゃった? アッハハごめんねー。でもお姉さん何もしてないから安心してー、ちょぉっと目を潰しただけだよん。」

 

その衝撃に耐え切れず、膝を突く。見開かれた瞳からはとめどない涙が溢れ出た。

 

「そんな、そんなこと・・・うっ、うぅ・・・」

「え? ちょ、ちょっと待ってアハハ! ここまで来て、そんな鎧まで着といて、それはないでしょ!! 少しはやるかと思ってたのに、ヒ、ヒィ、アッハハハハハ!」

 

エンリの嗚咽を聞いた女は更に甲高く笑う。今にも転げだしそうな勢いに、禿頭の男も呆れ果てた様子だ。だがこの場において1人だけ、場違いな存在がいた。

 

「はぁ・・・」

 

 

その“男”は、深呼吸のように深いため息をついて立ち上がる。

涙に濡れた顔に、烈火の如き怒りを湛えて。

 

「覚悟は、出来ているか?」

 

少女が、脅すような低い声を上げる。みっともなく流した涙を拭うこともせず、怒りだけが込められた声だった。

豹変した態度に苛立ち、スティレットを引き抜く。

 

「あ? ンだその顔。まさかこのクレマンティーヌ様に勝てるとでも思ってんのか?」

 

クレマンティーヌは、元とはいえ彼の漆黒聖典所属、第9席次であった。その法国最強の部隊を欺いて至宝を持ち出し、秘密結社ズーラーノーンに鞍替えしたのだ。

新参者でありながら既に十二高弟の座に上り詰めた彼女は、自他共に認める”英雄級の力を持つ性格破綻者”だ。

銅級(カッパー)の冒険者ごときに負けるなど、彼女でなくとも考えないだろう。

 

「勝つ、だと? 何か勘違いをしているようだな。俺はこれからお前を――嬲るんだよ。」

「は? アッハハハハハハハ! カジっちゃん、こいつ狂いやがったよ!! 仲間殺られて相討ち覚悟で突っ込んでくる馬鹿は大量に見てきたけど、こんなの初めて! ヤバい、こいつ最高だわ!!」

 

クレマンティーヌは心の底から笑った。ここまで面白いオモチャはいつぶりだろうか? これまでの人生でこれ程までに愉快な気持ちになったことはあるだろうか?

いや、無い。今この瞬間こそ、自分の生涯における絶頂の瞬間だと、確信した。

そんな幸福を齎してくれた相手に最大限の敬意を籠めて、全力で、長く遊んでやろうと決めた。

 

ケタケタと笑うクレマンティーヌに構わず、開戦を促す。

 

「いいからかかってこい。多少腕に自信があるようだが、その矜持を綺麗に圧し折ってやろう。

 お前など所詮井の中の蛙に過ぎないと知れ。」

「あら~ん? いいのかなーそんなこと言っちゃって。今度は泣くくらいじゃ済まさねぇぞ。」

 

右手にスティレットを構えると深く屈み、地を掴む。

一度も避けられたことのない、必勝の構えだ。

 

「そんじゃーまず右腕から行きますよーっと!」

 

言うが早いか、矢のように駆け出した。

速度に体重を乗せた彼女の突きは、どんな堅牢な鎧であろうと突き破る。例え狙いを伝えたところでそれを見切ることなど不可能だ。

残像を追うことができたとしても、グレートソードの遅い一撃など容易く避けられる。武技を使うまでもない簡単な作業だった。

 

しかし次の瞬間、クレマンティーヌが見たものは噴き出す血潮ではなく―――迫りくる土だった。

 

「え?」

 

初めての異常事態に理解が追い付かず、受け身も取れずに頬を強かに打ち付ける。

 

「なんだ? それがお前の全力か?」

「な゛にふぉ・・・」

 

鈍い痛みに歪んだ顔を上げ、つい先ほどまで泣き崩れていた少女を見上げた。

彼女の手にはグレートソードなど握られていない。あるのはただ、血の滴るガントレットだった。その表情に、背筋が凍る。

 

「愚かなお前に教えてやろう。お前は今の俺にとって”最も大切な物(宿主)”を、酷く傷つけてしまったんだよ。」

 

未だ少女の怒りは留まることを知らず、顔は歪み続けている。クレマンティーヌにとってそれは、悪魔にしか見えなかった。ここまで来て漸く自らの浅慮を嘆く。

 

相手の力量に気付かずその逆鱗に触れるなど、自分だけは決してないと思っていた。

実際にこいつからは何も感じないのだから。だが今は、それが逆に奇妙であることに気付く。これだけの力を持ちながらそれを悟らせないのは、彼女が知る限り2人しかいない。

まさか、こいつは・・・

 

――神人?

 

慌てて背後を振り返る。そこにあったのは、首から血を流すただの死体だった。

クレマンティーヌは決して油断などしていなかった。戦闘中に標的から目を離すなど油断していたとしても絶対にあり得ない。こんな芸当ができるという時点で、自らの推測が正しかったことを裏付けている。

 

「ああ、そうだ。ちょっと実験したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

正真正銘の人外を相手取ってしまったクレマンティーヌは、恐怖に言葉を返すこともできない。

 

「大昔の文献に、傷口を焼くと止血できると書いてあったんだ。それってどの程度の傷まで対処できるんだろうね?」

「ひっ・・・」

 

悪魔(少女)が空間からひとつの巻物(スクロール)を取り出すと、グレートソードを振り上げる。

 

「や、やめて・・・あ゛あ゛あああ!!」

 

2人きりの共同墓地に、甲高い声が響き渡る。

木霊のように、何度も、何度も。

 




Q.木霊でしょうか?
A.クレマン「いいえ。」

アインズ様が完全戦士化状態で木の棒を使っていたので、スクロールも使えるかもしれないと思いました。違ったら捏造設定ということでよろしくお願いします。

さーくるぷりんと様、kuzuchi様
誤字報告ありがとうございます。

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